東方病愛録   作:kokohm

74 / 90





寅丸星の愛

 ……自分が幻想入りとやらを果たしてから、もう二年ほどになるのだろうか。今でこそ人里で暮らしているものの、当初幻想入りしたばかりで途方にくれていた自分を拾ってくれた聖さんには、まったくもって感謝しきれない。こうして夜、月明かりを感じながら日記を書いていると、あの頃を思い出す。

 

 特に、星さんのことを……

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします」

「……え、ええ。よろしくお願いしますね」

 

 今にして思えば、顔合わせの時の星さんの反応は、些か奇妙なものだった気がする。聖さんが寺の方々を紹介する中、動揺、とまではいかないのかもしれないが、変にうろたえていたような、そんな風だったと思う。

 

 ただ、その時の自分は、彼女の態度にそれほど違和感を覚えるようなことはなかった。元々、自分は背が低く、顔立ちが幼いということがあって、女性ないしは子供に誤解されるということが、不本意ながらよくあった。これでも、れっきとした成人男性であるにもかかわらず、である。そのため、自分の正体を知ったときの周りの人々の反応には、まま慣れているところがあったし、村紗さんや雲居さんなど、他の方々がまさしくそういう反応を見せていたので、星さんの態度は特に気にならなかったのだろう。

 

 

 それからの日々は、あっという間であったと思う。聖さんたちの指導の元、命蓮寺での生活は、それなりに大変であった。修行僧というわけではないのだが、ややそれに似た生活を送っていたと思う。もっとも自分も、居候の身でただ飯を食らうなどということに耐え切れなかっただろうから、それはそれでありがたいことだった。何だかんだ、その生活は自分にとっても、中々に楽しい生活だったと思う。

 

 

 

 ただ、問題があったとするならば……

 

「――ああ、こんなところにいたんですね!」

「ああ、寅丸さん。何かご用ですか?」

「寅丸など他人行儀な、どうか星と呼んでください」

「はあ……では星さんと」

「ええ、ええ。それでよいのです。おっと、そうそうそう。申し訳ないのですが、少々付き合ってもらえますか?」

「構いませんよ」

「良かった! ささ、こちらに……」

 

 お世話になり始めて少しした頃から、妙に星さんに絡まれるようになった。絡まれる、と言っても決してマイナス方面ではなく、ただ何というか、一々どうでもいいようなことでも、星さんは自分に手伝ってもらいたいと言うようになったのだ。

 

 自分も男だ。見目麗しい女性に頼りにされて、決して良い気分ではなかったというと嘘になる。ただ、それも状況によっては、疑問の感情が大きくなる。流石に、妖怪で自分よりも力があるであろう彼女が、自分に対し力仕事を頼む、というのにはやや、首を傾げることはあった。

 

 ただ、まあ、それも単に手数を増やす為だったのあろうと補完できたし、そういったこと以外でも、寺での生活において必要なことを教えてくれたりしたので、彼女の絡みを忌避するようなことは特段なかった。

 

 ただ、難があったとすれば、一つ。

 

「……出かけるのですか?」

「ええ、少しおつかいに」

「では、私も行きます」

「え? いえ、しかし……」

「何があるか分かりません。私も着いて行きますので、少々お待ちを」

「はあ、分かりました」

 

 自分が命蓮寺の外に、何かしらの用事で出ようとする時。その全てにおいて、何故か星さんは自分についてこようとしたのだ。いや、別にこれも、決して悪いというわけではない。確かに彼女の言うとおり、この幻想郷という場所を考えれば、ある程度警戒を強めても、それほどおかしいというわけではない。それは事実である。

 

 ただ、それにしても、些か過保護に過ぎないだろうかと、そう自分が思ってしまうのもまた事実であった。特に、例えば聖さんなどから、自分がおつかいを頼まれるのを見た時になど、露骨にその顔を歪めているのは、流石におかしいだろうと思ってしまった。いくら何でも、と、そういう思いが自分の中にはあったし、それは他の皆さんの中にも、程度の差はあれ、あったような気がする。まあ、これはあくまで、自分の推測に過ぎないのだけれど。

 

 

 

 

 そんな彼女の謎の解決に、少しばかりのとっかかりが出来かけたのは、ある月夜の晩のことであった。

 

 

 

 

 その時、夢の中であった自分は、ふと、何か人の気配を感じて、のっそりと目を開けた。自分が泊まっていた部屋は一人部屋で、誰と一緒に寝ているわけでもなければ、誰かが起こしに来るということも滅多にない。そもそも、その時の自分の感覚は、確かに今は深夜であると告げていた。だから、気の所為だろうと思いつつ、自分は目を開けたのであるが、

 

「――え?」

 

 視界と、思考にぼんやりとかかっていた霧が、一気に晴れた。理由は、目の前にある、見知った女性の顔。覗き込むようにして、寝ている自分の顔を見つめていた顔は、紛れもなく星さんのものであった。

 

「……あら、起こしてしまいましたか」

「何故、ここに?」

「あまりに良い月に、貴方がどこかに行ってしまうのではないか、と思ったもので」

「はい……?」

「大丈夫なようで、安心しました。では、また明日」

「あ――」

 

 引きとめようとして、しかしその手が伸びるよりも早く、星さんは部屋を出て行った。正直、さっぱり状況がつかめなかった。身を起こし、ガシガシと頭をかいてみても、まるで経緯が理解できない。

 

 かといって、このまま寝てしまうには、頭が覚醒しすぎていた。どうしたものか、と少し考えて、自分は月光浴でもしようと思い、部屋を出ることにした。何となく、星さんが言う、良い月とやらを見てみたかったというのも、その理由だったのだろう。

 

 

 

「眠れないのかい?」

「……ナズーリンさん」

 

 そうして、ぼんやりと月を見始めてからどれくらい後のことだったのだろうか。気付けば、自分の隣にはナズーリンさんが立っていて、彼女はまるで何もかも見通しているような目を自分に向けていた。

 

「何故、ここに? 貴女は普段、ここに寝泊りをしていないと聞いていましたが」

「ちょっと用事があったからね。時間の兼ね合いもあって、今宵はここに泊まらせてもらったというわけさ」

 

 それで、と隣に腰掛けながら、彼女は自分に問いかけた

 

「何か悩んでいるようだけれど、どうかしたのかい? 例えばそう、ご主人のこと、とか」

「……ええ、そうですね。ちょっと、ご意見を聞かせてもらえますか」

 

 ちょうど良い、と思った自分は、彼女に星さんの行動の意味について、尋ねてみる事にした。ここ最近星さんに対し思っていたことと、今しがたの体験。それらをざっくりと説明してみると、ナズーリンさんは何処か楽しげな、からかうような表情を、自分に対し向ける。

 

「何か?」

「いや、鈍いな、と」

「鈍い? それは……そういう意味なのですか?」

「そうだと、私は見るがね」

「はあ」

 

 星さんが自分に好意を向けているのか。そんな意味であった自分の問いかけに、ナズーリンさんは含みのある笑みで頷く。しかし、その時の自分には、どうにもその答えに納得が出来なかった。

 

「しかし……星さんが自分に対し構うようになったのは、自分がここに来てからそう経ったころからではないですよ? 流石に、短いのではないかと」

「顔見せの時、ご主人は様子がおかしかったんだろう? だったらほら、一目惚れという奴なんだろうさ。そう考えれば説明がつくじゃないか」

 

 そう言われてしまうと、自分も言い返しようなかった。何せこれまでの人生において、一目惚れをしたことも、一目惚れをされたことも、一度たりともなかったからだ。恋愛の一つや二つは経験があるものの、一目惚れ、というフレーズに関しては、一切関わった事がなかったので、その言葉を出されてしまうと、安易に違うとは言い切りにくかった。

 

「……ですが、先ほどの行動はなんだったのでしょうか? それだけは、どうしても納得が出来ません」

 

 一目惚れの件はともかくとして、これに関しては、まだ説明が出来ていないだろうと、自分はナズーリンさんに問いかけた。今にして思えば、少々彼女に答えを望みすぎていないかと自分に対し叱責をしたくなるが、それも、当時の自分からしてみればそれだけ疑問であったのだろう。

 

「それは、まあその意味のとおりじゃないのかい? 君が何処かに行ってしまうと思ったから、その存在を確かめたくなったんだろう」

「こんな夜中に、ですか?」

「不安なんてものは、時間や場所を選ばず湧いて出てくるものだと思うよ。それがようやく見つけた、唯一の財宝とすれば、なおさらだ」

「財宝?」

 

 大仰な、と自分が彼女の顔を見ると、いつの間にかナズーリンさんは、ひどく真剣な面持ちになっていた。斜に構えたいつもの表情ではなく、何かに対し真剣な表情だった。

 

「ご主人はこれまで、沢山な財宝を集めてきたけれど、しかしその中に、ご主人にとって価値のあるものは、一つとしてなかった。それが急に、今こうして目の前に現れたんだ。そりゃ、執着もするだろうと、そうは思わないかい?」

 

 そうだろうか、と自分は今宵何度目かの疑問を持った。

 

 執着。そんな感情を、自分は人に対し覚えたことがない。だからやはり、違うと言葉には出さないものの、しかしどうしても、懐疑的にならざるを得ない。おそらく、自分はそれほど、その言葉に対し、真剣になる事が出来なかったのだろう。

 

「――まあ、全ては私の推測だけれどね」

 

 ふっと、表情を常のそれに戻して、ナズーリンさんは立ち上がる。お休みなさい。そんな言葉を反射的投げようとしたその時、そうそう、と彼女は言った。

 

「君に何かが起きた時。それがもしかしたら、全てが変わってしまう時かもしれないね」

 

 え、と自分がその言葉に問いかけるよりも早く、ナズーリンさんは廊下の向こうへと歩いていった。まるでそれは、彼女の主人である、星さんを真似たような対応であった。

 

 どうにも、問いを投げるのが遅れる夜だ。それが、最後に自分が思った感想であった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、真夜中の会話を交わした、翌日。星さんは何事もなかったように、いつものように自分に接してきたし、ナズーリンさんは、知らぬうちに命蓮寺を離れていた。ひょっとすると、あれは自分が見た夢幻であったのだろうか。そんな言葉すら思い浮かぶほどに、それからしばらくの間、平穏無事な日々を遅れていたと思う。

 

 

 

 

 ……しかし、予言めいたナズーリンさんの言葉は、ついに現実となってしまったのだ。それは自分が、大怪我をしてしまった、あの時が始まりだったのだろうと、今になればそう思う。

 

 

 

「何故出歩いているのですか? 貴方は部屋に戻って休んでいないと」

「いえ、もう怪我も治りましたから」

「いけません。例えそうだとしても、いつまた怪我をするか分からないのですから、今は自室に戻っていなさい。何なら私も同行します」

「しかし……」

「認めません! いいですね? これからは決して一人で外を出ず、ずっとこの寺の中にのみ留まるのです。決して、決して私の目の届かない所に行ってはいけませんよ」

 

 そんな、まるで子供に対し向けるような言葉を、しかし星さんは自分に対し言うようになった。原因はよく分かっていた。これより少し前、外で起きたちょっとした事故と、それが原因で自分が永遠亭のお世話になったのが、彼女の言動の理由で間違いなかった。過保護になっている、と一言で纏めるのであればそうなるのであろう。

 

 だが、確かに大怪我はしたものの、しかし命に別状があったわけでもなく、後遺症の類が残るでもなく、少しすれば動き回る程度は容易になったにもかかわらず、彼女の言動は変わる事がなかった。むしろ、日が経つに連れて過激になっていたと思う。何せ最終的には、もう片時も自分から離れないようになって来たのだから。それこそ、他の誰が何を言うとも、どんな用事があろうとも、全てを無視するほどである。

 

 こう言ってはなんだが、これはもう、自分を監禁してしまうつもりなのではないだろうか。最終的にはそう思ってしまうほどに、星さんの行動は徐々に、しかし確実に、エスカレートしていった。

 

 少しばかり平和ボケしている自分でも、流石にこれはおかしいと思った。星さんは何かがおかしくなっているのではないか、そう考えてしまうほどに、星さんは苛烈で、狂気的であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな頃だった、聖さんに呼び出されたのは。

 

「――命蓮寺を離れろ、ですか」

「はい。はっきりと言って、今の星は少しばかりおかしいことになっています。その原因は、こちらは少々言いがたいのですが、貴方であると私は思っています」

「それは……そう、ですね」

 

 それは自分でも、おおよそ分かっていたことだ。だから、苦悩しているようである聖さんの言葉にも、割合すんなりと頷けたと思う。

 

「である以上、一度貴方達を引き離した方がいいと、そう私達は判断しました。その間に星を何とか矯正したいと、そのように私は思っています。生半可なことではないでしょうから、貴方には長い間、ここを離れてもらうことになると思いますが……」

「構いません。自分としても、今の星さんには、やはり思うところがありますので」

「……とりあえず、人里の方にお願いして、住居と仕事に関しては探してもらえました。貴方を拾った身として恥じるばかりですが、当面はそちらで生活をしてもらいます」

「分かりました。何から何まで、お手数をかけて申し訳ありません」

「いえ、身内のことですから……」

 

 身内。その言葉は、自分の胸に強く残った。それは決して星さんの事を指しているのではなく、自分のことも指しているのだと、そう察する事が出来たからだ。短い間だが、お世話になった人にそう思って頂けた。それが妙に、自分には嬉しく感じられた。

 

 だからだろうか。未だに、聖さんの力のない笑みは、自分の心にしっかりと刻まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。もう、こんな時間か」

 

 ふと顔を上げた所で、自分は今がもう深夜に近いということに気がついた。物思いに耽りながら日記を書いていたせいで、思った以上に現実の時間から切り離されていたらしい。少し前と比べて、人の気配が感じられないのも、戻ってくるのが遅かった理由だろうか。

 

 今、自分は人里に住んでいる。紹介された仕事も、それなりに上手く行っていると思う。何だかんだ、命蓮寺にいたときに培ったスキルが、それ相応に役立っているようである。

 

「どのくらい経つんだったかな」

 

 ふと、窓の向こうにある月を見て、呟く。幻想郷に来てから、おおよそ二年。人里に来てからは、ざっと三ヶ月。細かい数字は、パッとは思い出せないが。大まかにはその程度であったはずだ。

 

 今、星さん達はどうなっているだろうか。先ほどまで思い出に浸っていた所為か、やはり思い出すのは彼女たちのことだ。

 

 改めて考えてみれば、自分は星さんに対し、一体どのような感情を抱いていたのだろうか。少なくとも、好意は抱いていたはずだ。しかし、それが愛にまで発展していた――しているのかどうかは、いまいち分からない。そうであるのかもしれないし、あるいは家族愛の類の可能性もある。もしくは、単に好意的な感情を抱いている止まりの可能性もある。まあ、結局のところ、今ここで考えたところで、早々分かるようなものではないのだろう。分かるとすればいつか、星さんに会った時ぐら――――

 

 

 

「――うん?」

 

 ふと、戸を叩く音が聞こえた気がした。深夜、ということを考えればおかしなことだが、しかし気の所為であった気もしない。そう思っていると、またもや戸を叩く音が、今度はっきりと聞こえた。

 

 間違いない。今、誰かが戸の前で、こちらが出てくるのを待っているのだ。

 

「しかし、こんな時間に誰が……」

 

 パッと、思い至るものはない。それなりに知人友人も増えたが、流石にこの時間に突然ともなれば、訪れてくる心当たりなどまるで思い浮かばない。はて、一体誰が来たのであろうか。

 

「どなたで…………!」

 

 戸を開けて、思わず、自分は息を呑んだ。何故ならば、そこに立っていたのは、少し前まで思考の上げていた人物であったのだから。

 

 

「――やっと、見つけましたよ」

 

 だが、何故だ? 何故、貴女がここにいる? 何故、貴女の手に鈍く光るものがある? 何故、貴女の服は赤い?

 

「な、ぜ……」

「私の、大事な大事な、宝物。さあ、一緒に行きましょう。誰にも害されず、邪魔されず、犯されぬ場所へ。大丈夫、私が貴方を守ってみせます。貴方が誰にも傷つけられぬように、貴方が何処にも行かぬように、私が絶対に守ってみせます」

 

 何を言っているのか、頭に入ってこなかった。自分の意識は、ただ月明かりに照らされた彼女の顔に向いていた。それ以外の何物も、自分の目には入ってこなかった。

 

「さあ、行きましょう。私の、ようやく見つけた、宝物の貴方……」

 

 そう言って、彼女は手を差し出した。ただ、狂ったような微笑を向ける彼女を、自分はただ、ずっと見つめていた。

 

 

 




 はい、星回です。リクエスト消費、になりますかね。どうでもいいですが、自分は彼女に対し寅丸とも星とも呼ぶイメージがありません。じゃあどう呼ぶのかっていう話ですが、それは自分でもよく分かりません。どうでもいい話ですね。

 今回の話ですが、最初はナズーリン視点で書く予定でした。大枠は変わらず、能力に絡めて、初めて自分の宝物を見つけた星が、彼を保護監禁まで持っていき、それに気付いたナズーリンが鉈で勝ち割られるという、まあそういう感じの話です。それを変えた理由はあまりなく、何となくこっちの方がいいかなって思っただけです。以前に書いた文の話に似ているところもありますしね、そのままだと。何にしても、結構強引な展開には変わりないでしょうし。結果的に増えた場合は除き、始めから長く書こうと思っていると、絶対と言っていいほどだれてしまうので、割と展開が強引になる、というのは秘密です。

 さて、次回ですが、一応ネタ自体は浮かんでいないことも無いです。また気が乗った時に、出来る限りテキパキと書いていきたいなあ、と思っています。最近めっきり書く気力が湧かないのが難点ですけどね。ではまた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。