東方病愛録   作:kokohm

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上白沢慧音の愛・弐

「ふん、ふふん……ふふふ、ふん……」

 

 自然と、鼻歌が漏れる。ああ、機嫌が良いも良い。いつもと変わらぬ里の景色が、しかしまるで光り輝いているようにも見える。ま、もっとも、それはここ最近ずっとなのだがな。さーて、そろそろ……

 

「あ、慧音先生じゃねえか」

「ん? ああ、お前か」

 

 ふむ、呼び止められては仕方がない。何やら話がある素振りでもあるし、尋ねてみるか。

 

「何か用事だろうか?」

「用ってほどじゃないんだが……先生は今日も、あの男の所かい?」

 

 ……ほう。

 

「それが何か?」

「いや、その……前から言っているけどよ、あの男は止めておいた方がいいんじゃねえかって」

「根拠があってそれを言っているのか? でなければそれは単なる侮辱だ」

 

 ああ、まったく。良い気分が台無しだ。何でこう、何人も何人も、あいつを悪し様に言いたいのやら。不愉快極まりないことだ。

 

「そりゃ、その……面が悪人くさいし、近寄りがたい雰囲気をかもし出していやがるし、そもそも外来人なんて信用出来ないだろ」

「外見は生まれついてのものであり、邪険にされれば雰囲気も悪くなるだろう。そして、外来人だからといって差別していいわけではない」

「いや、だけどよ……」

 

 ……イライラしてきたな。何でこう、下らない理屈を私に押し付けようとするのか。そんなに私がアイツに近寄るのが気に入らないというのか。自分には何の関係もないだろうに、まったくこの……

 

「……あっと、そうそう! 実は他にも話があるんだけどよ」

「話?」

 

 特に表情を取り繕っていないから、私の不機嫌がばれたみたいだな。露骨に話を逸らすくらいなら、最初からああだこうだと言わなければいいものを。

 

「ほら、あれだよ。ここ最近の殺人事件のこと。もう十人近く殺されているってのに、未だに犯人は捕まっていないんだろう?」

「……ああ。自警団の捜査や見回りには私も参加しているが、まだ影も形ものようだ」

「何やってんのかね、まったく。一人二人だけじゃなくて、家族諸共殺されることも増えてからは、うちのかみさんや子供も怯えちまっていてよ。さっさと捕まえて欲しいもんだ」

「そうだな。おかげでおちおち夜も出歩けない」

 

 下手に出歩けば犯人と疑われかねないからな。その所為で私も、夜にアイツの家に向かう時は無駄に神経を使ってしまう。個人的には、早く落ち着いてもらいたいものだが。

 

「まったくだってんだ。この前もちょっと歩いていただけだってのに、アイツらと来たら――」

「もういいか? 私も暇じゃないんだ」

「え? あ、ちょっと……」

 

 これ以上はもういいだろう。返事は聞かず、さっさと離れてしまおう。まったく、時間の無駄だったし、余計な手間もまた増えそうだ。やれやれ、やることばかり増えていく。

 

「まあ、目的の為の行動なら、どうとでも我慢は出来るか」

 

 特にそれが、愛の為ならばなおさらだ、っと。

 

 

 

 

 ……さて、随分と時間を食ってしまったが、アイツはいるかな?

 

「私だが、いるか?」

 

 ノックと共に、声をかける。まま、いつものこと。これももう十分、私の日常になってきたかな。

 

「……ああ、いらっしゃい」

 

 ふむ、元気そうだな。いや、いつもより僅かだがテンションが低いか。疲れているのかな?

 

「やあ、ちょっと上がらせてもらうぞ」

 

 ……部屋を見た限り、特別な事をしている形跡はないか。となると、外で肉体労働でもしてきたのかな。

 

「何やら疲れているようだが、何かあったのか?」

「……子供に絡まれた」

「ほう?」

「無碍にも出来ず、遊びに付き合ったら、思いの外疲れた」

「それはそれは……ふっ、くく」

 

 いかん、コイツが子供相手に遊んでいるのを想像しただけで笑える……! 無言、無表情でオロオロとしているのが目に見えるようだ……!

 

「……笑うなよ、分かるが」

「……っ、いや、すまん。つい……」

 

 ……あ、駄目だ。止まらん。

 

「く、っくく……」

「……ぬう」

 

 

 

 

 

「…………ふう。いや、すまんすまん」

 

 ようやく笑いが収まってくれた。いやまったく、変なところにツボがあるな、私も。

 

「……まったく」

「まあ、いいじゃないか。お前も中々、受け入れられてきたということなんだから」

 

 生来の顔立ちと体格、そして雰囲気のせいか、どうにもコイツは人に避けられやすい性質だ。場合によっては邪険にされることや、いらぬ疑いなどもかけられるほどには、まあ近寄りがたい風体をしている。外来人である、というのも拍車をかけているのだろう。実際は朴訥とした話しぶりや、質実剛健である様など、何かと頼れる男であるのだが、どうしても、最初から近づこうとしなければ、そんな良さが知られることもない。

 

 しかし、それでも、日々然りと生活を続けていれば、少しずつでも信用というものは勝ち取れるものだし、特に子供というのは直感的な部分で人を見る事もある。いずれは親しまれるであろうと思っていたが、どうやらその推測通りであったようだ。私も、色々とこいつのために骨を折った甲斐があったというものだ。

 

 

「……どうかな。遊ばれていると、その子供を無理矢理連れていった親はいた」

「む……やはりまだ、お前を良く思っていない人も多いか」

「無理もないんだろう。特に、慧音と親しくしていることを、快く思わない人もいるようだからな」

「そこは、愛し合っていると言うべきではないか?」

「客観的な表現だ」

 

 まあ、それはともかく。やはりそう易々とはいかんか。難しいというか、実に面倒だな。

 

 

「ふむ…………」

「ところで、今日は何の用だ?」

「……ん? ああ、いや、今日泊まるぞと言いに来ただけだが?」

「三日に一度ぐらい来ていないか?」

「そうか? まあいいじゃないか」

 

 いっそ同棲したいぐらいなんだがな。流石に周囲がうるさい。無視できればいいが、そうもいかんのが現状と。

 

「……やはり難しいな」

「何がだ」

「いや、こっちの話だ」

 

 まあいいか。そのうちどうとでもなるだろう。

 

「では、そういうわけだから、今晩は頼むぞ。たぶん夜中に来ることになると思う」

「大丈夫なのか?」

「例の殺人事件か?」

「ああ」

「大丈夫だろう。これでも私は逃げ足も速いからな」

「……まあ、並の人間よりは強いからな。大丈夫か」

「うむ、任せておけ」

 

 少なくとも、里の人間に後れを取るほど柔ではないからな。心配は嬉しいが、そこはそれだ。

 

「じゃ、また後でな」

「ああ」

 

 …………さて、と。準備をしないと、な。

 

 

 

 

 

 

 

「……おい…………おい! おい、いるのか!!」

 

 ……うるさいな。誰だ、一体。

 

「朝っぱらから何だというんだ……」

「……出てくる」

「いや、いい。私が行こう。たぶんその方が早い」

「む、しかし……」

「いいから」

 

 まったく、朝からうるさい。誰だ、まったく。

 

「――誰だ、朝から」

「え? は!? 慧音先生!? 何でここに……」

「恋人の家に泊まる事がおかしいか? で、何の用だ?」

「いや……それは…………その」

「――言え」

 

 何をうだうだと、さっさと言わないか。

 

「……その、また殺人が起きまして。しかも、今回は家族三人一緒に」

「……そうか。で、それは分かったが、何故この家に? まさか、アイツを犯人と疑ったから、ではないだろうな?」

 

 もしそうだと白状したら本気で叩いてやる。

 

「いや……念のためですよ? 一応、ここから近いところで起きましたし……」

「なら私も言っておくが、私は昨夜ずっとこの家にいた。無論二人でだ。これで、あいつを疑う理由はないよな?」

「え、あ…………はい」

「ならば帰れ。私も後から話を聞きに行くから」

「はい……じゃあまた…………」

 

 ……まったく、理不尽なことをする。何故もああ、第一印象でのみ決め付けるというのか。朝っぱらから不愉快だな。

 

「……帰ったか」

「何だ、聞いていたのか?」

「自分のことだからな」

「悪いな、アイツには後でもう少し言っておく」

「いや……」

 

 ……ん?

 

「どうかしたのか?」

「……一つ、聞いていいか」

「勿論。で、何だ?」

「――殺したのはお前か?」

 

 …………おっと、そう来たか。ふむ…………まあ、いっか。こいつにあんまり嘘をつきたくないし。

 

「何故分かったんだ?」

「……殺人が起きたのは、決まってお前が泊まりに来る日だったからな。泊まった日に殺人が起こらなかったことはあるが、泊まらなかった日に殺人が起きた事はないと、前々から思っていた……アリバイ作りか?」

「どちらかといえばお前のだな。私はそうそう疑われないが、お前はそうもいかん。私が一緒にいたと言えば、まあ表立って疑われないと考えたんだ」

「……殺した理由は何だ?」

「お前を悪く言ったから」

「……は?」

 

 おや、珍しい表情だ。こういう表情もたまにはいいな。

 

「お前を根拠なく悪し様に言う奴が多かったからな。お前を受け入れてもらえるよう、そういうことを言う奴を排除していたんだ。説得しても聞かないような奴らばっかりだったからな」

「……それだけで?」

「うん? 十分な理由だろう?」

「子供を殺したのもか?」

「がっつりそういう風に教育されているようだったからなあ。これは駄目だと纏めた」

「…………お前が教えた子だろう」

「うむ、愛情を持って接してきたが、致し方がない」

 

 何事にも優先順位というものはあるからな。思うところは若干あるが、愛の前には叶わんよ。

 

「……そうか。だが、これ以上は止めろ」

「何故だ?」

 

 はて、止める理由はあまり無いように思うのだが?

 

「…………万一にでもお前が捕まったら、俺が困る。要らぬトラブルも増えることは目に見えている。お前も、俺と離れ離れ、というのは嫌だろう。知人の少ないこの場所で、恋人を失いたくはない」

「――なるほど、それもそうだな。じゃあ止めよう」

 

 下手を打つつもりもないが、まあ確かにそろそろ危ないと言えば危ないか。あまり忠告や助言をしないこいつがわざわざ言うのだ。聞くのは恋人の務めというやつだろう。

 

「では、そろそろ朝食にしようか。忙しくなりそうだし、ちょっと多めに作るつもりだが、食べるよな?」

「……ああ」

「うむ、うむ。そうこなくてはな」

 

 ……そうだ! 今度からは、子供たちとコイツをよく合わせる様にしよう。いや、これは名案だな。そうすれば、多少時間はかかるだろうが、将来的にコイツの味方は増えるだろう。悪い人間ではないことは確かなのだから、接触を増やせばどうとでもなる。これ、平行してやっていればよかったな。まあ、別にいいか。

 

「やる事が多くなってきたな。忙しいったらありゃしない、か」

 

 だが、いい忙しさだ。愛の為に努力を惜しまない。うむ、我ながらいいことだろう。

 

「やはり、愛のために生きるものなのだな、我々は」

 

 さあて、今日も一日頑張ろう!

 

 




 はい、慧音回二回目でした。あんまり間は空いていませんが、頭の中でうろうろしていたので、予定を変えて書き上げてしまうことにしました。内容は確か、一回目の後書きで話した気がするifバージョンを元にしています。ま、結末は変えていますけどね。

 今回の話としては、ナチュラルに狂っている感じを書きたくてやってみました。本文を読めば自明なのですが、慧音は自分の行いに対しまったく罪の意識を感じていません。愛という名の免罪符すら使っていないという感じです。心中でも、被害者その他の視点というよりは、若干犯人っぽく書いてみたつもり。まあ割とざっと書いたので、色々と細部がないですけどね……

 実の所、最初は彼視点で、さらに心中ものにするつもりでした。ただ、こういう終わり方のほうが、この場合は狂っているかなあと思ったので、今回はこういうエンドに。何エンドなんでしょうね、これ。ちなみに、彼が慧音を突き出そうとしなかったのは、まあ愛しているからですね。本文でちょっと書いたような打算的なものもありますが、それ以上に慧音が居なくなる事が嫌だったと。犯人をかくまってしまう家族のようなものですが、その相手が罪悪感を覚えていない場合、かくまった方は将来的にどう思うんでしょうね、と。

 さて、次回。前書きで言った通り、もう一人の二週目は先送りにします。ちなみに咲夜のことです。で、次回に関しては、一応今あるリクエストの中で、多少思いついたキャラがいるので、それをどうにか形にしてみようかなあとか思っています。流石に次は間が空くと思いますので、気長にお待ちください。ではまた。


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