二十話の後日談になります。あちらを読んでいないと意味が分からない部分が多いと思いますが、今自分で読み直すと、読み直してとは言い難い出来か…………
「……そろそろ、『見る』としましょうか」
念には念を入れないと、ね。
……どうして、私はあんな事をしてしまったのだろう。ただそれだけを、私は考える。この暗く、閉じきった部屋で一人、膝を抱えてだ。
勿論、お師匠様などには止めておけとやんわりした口調で言う。でも、無理強いはして来ない。たぶん、そうするとまた、私が
でも、そうしてくれないだろうか、という思いも実はある。いっそどこかに括りつけでもしてくれれば、こんなに後悔のみに苛まれることもなくなるかも知れない、
「何を後悔しているの?」
何をって、決まっているじゃないの。あの人を傷つけたこと。
「何故、傷つけたの?」
分からない。分からないけれど、何故かその時はそうした。それで……
「彼を傷つけた。彼の心を」
そう、私はあの人が、そういうことをされるのを恐れていたのを知っていながら、私はあの人を拒絶した。
「具体的には、何をしたの?」
詰り、貶め、そして蔑み…………最後には、攻撃した。
「人を傷つける力で、彼を撃った」
そう。
「彼を、殺しかけた?」
「殺しかけてまではいない!!」
そこまではしていない!! 私がやったのは、ただ…………
「でも、彼は血を流したわ」
「そ、れは…………」
「弾を撃ち、腕を傷つけた。胸を打ち、身体を地面に叩きつけた。たくさんの打撲と、そして血を流させた。知っている? 彼、その状態で数日生き延びたのよ? 辛うじて動けるようになるまで、外で必死に息を殺して、貴女達から隠れて、一筋の希望を抱いて」
「……きぼ、う?」
「貴女達が、正気に戻ってくれるという希望。でも、無駄だったわね」
「正気……」
そうだ、私はあの時、確かに正気じゃなくて…………
「ねえ、あれが貴女の正気だったんでしょう? 本当はずっと、彼に
「――違う!! 違う、違う、それだけは絶対に違う!!」
そんなわけない! そんなはずが無い!
「誰!? 貴方は誰なの!?」
そもそも、これは誰の声だ? 気付けば語りかけてきた、この声は誰だ? 周りを見ても、誰も見えない。暗いこの部屋に、私以外の誰も居るはずがないのに……
「本当に正気じゃなかったの? 変ねえ、じゃあ何で、貴女の手はずっとそうなの?」
「……手?」
手? 手が、私の手が何だと言うの? 暗いこの部屋では、私は自分の手すら見えない。
「クスクス、気付いていないんだ?」
パッと、明かりがついた。顔を上げ、気付く。
「これなら、気付ける?」
居たのは、人形だ。デフォルメの利いた、子供用みたいな人形。それが、私に語りかけている。
「ねえ、貴女の手はどうなっている?」
手……? 人形の声に、思わず私は見た。
その手は――――何故か、赤い。
「え…………?」
「あの日、楽しそうに浸していたじゃない? 彼から流れた――真っ赤な血溜まりの中に」
「え…………あ、あ…………あ……!」
血――赤い血。鉄の臭いとぬるりとした感触はまさしく血でそれはあの日彼が流したそれでそれは私が攻撃して私が傷つけてそれで私は笑って笑って血を私の身体に塗って浸して飲んで笑って叫んで狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って――
「…………あ」
――そして、悦んだ。
「きゃあぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!!!!!!!?!!!?!!!!」
「――鈴仙!?」
「誰か、人を呼んで!! 押さえつけて向こうまで運ぶ!」
「落ち着いて! 鈴仙!!」
「赤が! 私の手が、血で、赤くて!!」
「血?! 貴女の手は
「狂乱しているんだ! 早く先生を呼ばないと!!」
「今呼びに行っているんだってば!」
「…………ここは、これでいいかしらね」
さあ、次に行きましょう。
「……そうですか。ありがとうございました」
また空振り、か…………少し、休憩しよう。
「ふう……」
路地裏の壁に背を預けながら見る空は、どんよりと暗い。まるで私の心の様、というのは身勝手か。
「情報ゼロがこうもきついと思うのは、いつ以来ですかね……」
人里の聞き込みを始めて、もうどれくらいか。これだけ調べたのに、まだ彼は見つからない。ここまで何もないと、心に来るものがある。
「誰かが隠しているのか……彼が自ら隠れているのか…………」
後者だったら、どうしようか。いや、どうしようかと、私が思うのもおこがましいのか。それだけの事を、私はしている。
「だから、謝りたいんですけどね…………」
「――あらあら、自分勝手な」
「っ! 誰です!?」
見える範囲に人はいない。何処だ? 誰が声をかけてきた? 見えるのは精々、捨てられたものらしい人形くらい。他には録に物もないこの路地裏の、一体何処から……
「私が誰かなんて、どうでもいいじゃない。重要なのは、あ・な・た」
「……私が何だと?」
この声、何だ? 聞こえているのに、妙に印象に残らない。何か不自然な、まるで作られたもののような。これは、一体何だ?
「ねえ、教えて? 貴女は今、どんな気持ちなの?」
「……私が抱いているのは、寂しさと後悔です。それ以外に何があると?」
何故だ? 何故私は、質問に答えた? この声、何かがおかしい。でも、何がおかしい? くそっ、思考が纏らない。
「寂しさ? 寂しさねえ。後悔はともかく、寂しさってのはおかしいんじゃないの?」
「何が言いたいんですか?」
「だって、ねえ? 確かに、彼の絶望を見届けられなかったのは後悔でしょうけれど、それを寂しいと思うのは変じゃない?」
「っ! 誰が! 誰がそんな後悔を得ていると言った!? 私の、私達の後悔は……!」
「後悔は? その続きは?」
後悔は……私の後悔は…………
「ああ、もしかして――記事のこと?」
「っ……!!」
「あは。そう、そんなにあの記事が気に入らなかったんだ? 貴女が書いて、配った。彼に対する誹謗中傷が書かれた、断罪の書面が」
「あれはっ! あれを書いたとき、私は……」
「正気じゃなかった? でも、嬉々として書いたわよね? 嗤いながら配ったわよね?」
……そうだ。私は、書いてしまった。その一時の、ありえないはずの感情に身を任せ、悪意に塗れた虚報を書き、彼の社会的信用を貶めてしまった。
「その所為で彼の信用はがた落ち。訂正をしたそうだけれど、一旦付いた悪評は消えないわよねえ? でしょ、信用ある新聞記者さん?」
その通りだ。正気に返った後、すぐに私は先の記事を撤回した。でも、未だに彼を侮蔑する者は多い。なまじ、彼の近くに容姿の整った女性が多かったこともあり、元々彼を良く思っていない者が潜在的には多かった。だから、私の書いた記事は彼らに利用された。今でもそうだ。もはや、私にはそれを否定することが出来ない。いや、私だからこそ、否定出来ない。
「後悔している? ねえ、後悔しているの? もっと、もっと、もっと書けばよかった。もっともっと、彼を貶めればよかったって。ねえ、そうなんでしょ? ねえ、ねえ、ねえ、ねえ」
「――うるさい!」
そんなことがあるわけがないだろう! 私が、私が彼を本気で、本気で詰るわけがない! 誰が、誰が、誰が!!
「私は、そんなことをしない!」
「なら、これは何なの?」
「……え」
ポトリと、何かが落ちてきた。思わず、目で追ったそれは、私の書いた記事で、いや、これは、違う、これはまだ、書いていなかった、違う、書いて、でも記事にしていない、いや、そうじゃなくて、これは、そう、書きかけの、二つ目の、私の書いた、
「書きかけで放置した、貴女の二冊目の記事。凄いわよねえ? こんなにたっぷりと、悪意の満ち満ちた文章を書けるなんて。そそられ、情景をありありと想像できる。いいわよ、貴女。人を貶めるに足る、十分すぎるほどの才能を持っているわ。ふふ、これも出していたら、一体どうなったのかしら?」
「なん、で……これが……ここに」
「そんなこと、どうでもいいじゃない。大事なのは、これが、
「……印、刷?」
そうだ。これは原本じゃなくて、印刷されたもので、つまりいつも私が配っている……
「…………は?」
……配っている物と、同じ?
「気付いた? これ、
バラバラと落ちてくるのは、これと同じ記事で、それは何冊も何冊もあって、つまり、ええと、これは、その、この、私の、これが、あの人の記事が、要するに、
「ほら、皆読んでいる」
振り向けば、いたのは、記事を持って、その一面の写真は、彼で、彼で、彼で、彼で、彼で、彼で、彼で、彼で
私の記事だ。
「――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあアアアアアアアアアああアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「――な、何だ?」
「誰――記者さん!? おい、どうした!?」
「記事……彼の……私が…………そこで、皆が読んで…………」
「……様子がおかしいぞ。おい、医者の所まで連れて行くから手伝ってくれ」
「ああ、分かった」
「それにしても、何があったんだ?」
「記事……って、
「そりゃ、歩きながら読む奴なんていないだろ。いや、にしても変だけどさ……」
「……十分ね」
これで
「あと何人か行ったら、そろそろ
ああ、楽しみだわ…………
「……じゃあ、私は一旦帰るから。飯、食べておけよ」
「ええ…………」
不安げな目。でしょうね。私も魔理沙の立場なら、私を不安に思う。こんな、いつ死んでもおかしくなさそうな女を見れば、誰もがそう思うわよね。
「……は、あ」
魔理沙が帰って、匙を持って、口に運ぶ。味がない。いや、味はあるはずだ。ただ、それを私が感じられないだけで。
「あの人は……」
どう、しているのかしら。分からないから、不安だから、後悔しているから。だから、私は壊れているんでしょうね。なんで、なんでこうなったのかしら……
「貴女が裏切ったからでしょう?」
「……誰?」
覚えがあるような、ないような。誰の声だったかしら、これ……
「誰でもいいでしょう? 今の貴女にとっては」
「……そう、かもね」
確かに、どうでもいいか。私にとってはもう、誰もがどうでもいい。
「私、貴女に聞きたい事があるの」
「何?」
「どうして、彼を裏切ったの?」
「……分からない」
本当に、何故だったのだろう。私は彼を、助けを求めてきた彼を、否定した。何故そんなことをしたのか、未だに私は分からない。
「貴女は知っていたわよね? 彼の過去を、その恐怖を、知っていたはずよね?」
「ええ、知っていたわ」
かつて、彼から聞いたことがある。だから私は、彼が裏切られる事を恐れていた事を知っていた。知っていた。知っていたのに。
「でも、貴女は彼の手を振り払った。どうして?」
「……分からない」
「貴女は何故、彼を守らなかったの?」
「……分からない」
「貴女は何故、彼を裏切ったの?」
「…………分からない」
「そればっかりね」
「そうね……」
でも、本当に分からない。何故私は、私達はあんな事をしたのだろう。でも、それを調べたいとは思わない。思うほど、気力がない。
「じゃあ、貴女は知っている?」
「何を?」
「彼があの後、どうなったのか」
「……それは」
どうなったのだろう。
恐れた? 恐怖した? 失望した? 怒った? 泣いた? 壊れた? 叫んだ? 傷つけた?
分からない。
「……知っているの?」
「ええ、知っているわ。ほら、後ろ?」
「……後ろ?」
振り向く。暗い。見えない。この家は、こんなにも暗かっただろうか。おかしいけれど、どうでもいい。もっと、もっと目に付くものがある。
「人形……?」
ただの人形じゃない。浮いている。自力じゃない。縄だ。縄が梁から伸びて、それが人形の首に繋がっている。
「――これが、彼」
人形が、くるりとこちらを向いた。にぃと人形らしからぬ笑みを浮かべ、首を括ったままに、人形が口を開いている。話している。
「それが、彼?」
「ええ。彼は、こうなった。この意味、貴女なら分かるでしょう?」
「……ああ」
そうか。彼は、皆に裏切られた彼は、誰も味方がいなくなった彼は、
「彼岸を選んだのね……」
「ええ、そうよ」
「もう、謝れないのね」
「ええ、そうよ」
「もう、何も出来ないのね」
「ええ、そうよ」
ああ、そうだったのか。もう、手遅れだったのね。彼も、機会も、何もかも。全てを、私は失ったのか。あの時、あの時に、彼を裏切った、あの時に。
「……でも、一つだけ。貴女には出来る事がある」
縄。輪の出来た縄が、人形の傍に落ちた。落ちきっては、いない。繋がっている。梁に。
つまり、
「……そうか。そうすれば、彼に……彼の元に、行けるのね」
「ええ、そうよ」
立ち上がり、縄を掴む。いつの間にか、台も足元にある。都合がいい。ちょうどいい。これで、すぐにいける。
「……ねえ、貴女、誰? 覚えがあるけど、思い出せない」
「教えない。貴女には、絶対に」
「そう。じゃあ……いい」
台を、蹴った。
「……バイバイ、霊夢」
……ああ、そうか。貴女は、アンタは……
「……ア…………リ…………」
「……ふふ」
ああ、
「ふふふふふふ…………」
やっと、終わった。
「ハハハハハッハハハハハッハハハハハッハハハッハハ!!!!!!」
これでいい。もうこれで、誰も私達の元には来られない! 誰も、誰も、誰も!! 皆、この事件に注目せざるを得ない! 裏の私に気付いても、こちらに来る余力はない!!
「ああ……これで、もう
色々と、あちらに準備を残してきておいた甲斐があった。おかげで細工も重々に出来たし、その様をまじまじと見て、話して、誘導する事が出来た。
ああ、楽しかった。面白かった。愉快だった。私達の幸せの邪魔を、こうもボロ雑巾のように扱えた。
「これで万全――っと、そろそろ彼が帰って来る時間ね」
いけない、いけない。片付けないと。万一にも彼に、ほんの欠片でも察せられたら困るし。
「気付かれたら面倒だものね。子供の為にも、お父さんには笑顔でいてもらわないと」
もう、お腹も大きくなってきた。そろそろ、私達の可愛い子が生まれる。
「良い子だといいわね……ううん、私達の子だもの。良い子に決まっているわ」
あんなに優しいお父さんと、こんなにけなげなお母さんの子だものね。皆、貴方を祝福してくれるわ。
「だから、一緒に幸せになりましょうね……」
幸せになれなかった人たちの分も、ね。
「ふふ、ふふふふふ………………」
はい、長らくお待たせしましたが特別回です。候補の中から反応のあったアリス回の後日談を書きました。これが私なりのドロドロなので、想像と違うと言われても耳を塞がざるを得ないという。なお、書き方は当時のそれとある程度合わせています。個人的に、私は一人称視点を読むと、この人はどうして心の中で描写説明をしているのだろうと思ってしまう人なので、この話などは瞬間的な思考を書く事を念頭に書いています。まあ、それだけだと文章にならないので、適当に描写は入れているんですが。ままならないものです。それと、これを書くために過去の話を読み直すのが苦痛だったです。時々読み直して文章の訂正などを行うことがあるのですが、それが遅々として進まない理由を強く実感しました。ぶっちゃけ、一週間前とかに書いた文でも、読み直すと恥ずかしくなるという。
今回の話は、大雑把に言うと、皆をおかしくすることで彼を連れ去ったアリスが、正気に戻った彼女達を更に追い込み、彼の調査を行えないようにしたという話です。方法は心理誘導と魔法、それによる幻覚と言い張ります、ええ。あと本文中でもちょっと触れていますが、あくまで今回の三人は書けそうだった人を書いたというだけで、実際にはもっと多くの少女たちがアリスの手で狂わされています。フランをそそのかして紅魔館大戦争を引き起こしたり、妹紅と慧音に殺し合いをさせたり、早苗の精神を完全に壊したりと、まあ色々です。それでアリスは奥さんを平然としているのですから凄いですよね、という。
どうでも良い話ですが、私は基本的にWordで作品を書いて、それをコピペして投稿しているのですが、射命丸の「あ」の羅列は適当にAを押し続けた結果、Wordが自動変換した結果のカナ交じり。途中でひらがなが混じったのがそれっぽいかなとそのまま採用しました。自分でやってなんですが、「あ」がゲシュタルト崩壊しました。なお、元予定だと逆行した射命丸が力を振るってしまい、人里で妖怪だとばれるという展開だったんですけどね。なんかこっちの方が追い込んでいるかなって思ったので、こうしました。鈴仙とかぶっちゃったのだけが後悔といえば後悔。
で、次回。いい加減口だけでなくリクエストキャラの消化をしたいかなあと思っています、菫子とか。内容自体は思いついて印ですけどね、文章化が難しい。まあ、また間が空くかもしれませんが、気長にお待ちいただければと思います。ではまた。