東方病愛録   作:kokohm

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マエリベリー・ハーンの愛・弐

 ――今回はインタビューをお受け頂きありがとうございます、マエリベリー・ハーンさん。

 

「いえ、気にしないでください。むしろ私達の学生時代の話なんて聞いて、何か意味があるんですか?」

 

 言っていませんでしたか? 私は一応、物書きの端くれでして。貴女方……ハーンさんと他のお二方のお話を耳に入れてから、是非取材したいと。ああ、勿論実名は出しませんし、参考以上のものには扱いません。プライバシーは守りますので、そこはご安心ください。

 

「ああ、そうでしたね……それで、何から話せば?」

 

 そうですね。まずは馴れ初めからでしょうか。お三方は大学からのお付き合いだったんですか?

 

「ええ、元は彼女――蓮子がサークルに引き込んできました。そこから紆余曲折あって、仲良くし始めたって感じでしょうか」

 

 宇佐見さんが引き込んだと言うのは、その時からお二人は付き合っていたということでしょうか?

 

「そう……では、なかったと思います。たぶん、ですけど」

 

 ……歯切れが悪いですね?

 

「二人が付き合い始めた時期を、正確に知っていると言うわけではないので。後から考えたら、もしかするとあの時からかな、という想像はあるんですが、別に本人に確かめたことは無いですから。私が知っているのは、私が彼を好きになったときには、もう二人は付き合っていたということだけです」

 

 それはええと……告白したら付き合っていると返されたということですか?

 

「いえ、そうではなくて。私がそう、自分の想いを自覚した後に、二人が恋人同士の会話をしていたのを聞いたものですから」

 

 告白はしていない、と。

 

「その時点では、ですけどね」

 

 なるほど。その事実に気付いた時、どう思われましたか?

 

「そうですね。まずは落胆……いえ、絶望しました。好きになった人がもう、自分の友人と付き合っていたんですから」

 

 絶望、ですか。失礼ながら大げさにも聞こえますね。

 

「貴方にはそうかもしれませんが、私には本当にそう思えました。だって、自分が好きな人と大切な友人が、恋人となっているんです。恨もうにも、大事な友人にはそんな事を思うわけにもいかない……蓮子が居なければ、なんて思える訳がなかったんです。だって、彼を愛していたのと同じように、私は彼女のことも好きだったんですから」

 

 どちらも好きだからこその、どうしようもない絶望ということですか……失礼しました。それなら確かに、そのように思われることも当然かもしれません。共感は出来ませんが、納得は出来ます。

 

「ありがとうございます」

 

 ……それで、その絶望の後に貴女はどうしました?

 

「表面上は、いつもの生活を続けました。二人に対して笑顔を浮かべて、何でもない世間話を交し合う。そんな、それまで通りの日常を」

 

 それだけですか?

 

「……いえ、裏ではずっと、ドロドロとしたものを感じていました。羨望や嫉妬、怒りや恨み。そういったものを友情と友愛という壺に閉じ込めて、愛情と羨望という蓋で塞ごうとしました」

 

 それは……成しえたのですか?

 

「ええ、少なくとも在学中は。だから私はずっと、二人の隣に居る事が出来た。大事な友人と大好きな人のすぐ傍で、二人の幸せを願っていました。二人が幸せならいいと、そう思って――思い込んで」

 

 思い込んで、ですか。

 

「不思議なものです。そうやって言い聞かせていると、案外と本気でそう思ってくるんですよ。二人が幸せであって欲しい、自分は見ているだけで構わない……とね」

 

 ふりではなく、本気でお二人を祝福するようになった、ということですか?

 

「二人の事が好きなのは事実ですから、そこまで不思議でもないのかもしれません。とにかく私は、二人が幸せで居る事を願うようになりましたし、そうなるように行動してきました。あるいは客観的に見れば、二人が愛している間は私も言い訳が立つからそうした、ともとれるかもしれませんが」

 

 お二人が恋人である間は、貴女が彼の恋人になることは絶対に無い。彼の恋人になれない理由を、そうして作ったということですか。分かるようで、分からない気もします。

 

「でしょうね。私だって、本心からそう思っているわけじゃ在りません。私が思っていたのはあくまで、二人の幸せだけです」

 

 それは理解しました。理解しましたが……

 

「何か?」

 

 ……であるならば、どうしても納得出来ない事があります。今貴女がこうして、こんな所に閉じ込められている理由にもなった件です。

 

「ああ、貴方が私を訪れた理由でもある――私の自殺未遂ですか」

 

 はい。しかも、貴女はわざわざ、お二人の前でそれをした。御自身の喉に、包丁を突き立てるという形で。

 

「ええ。今もこのチョーカーの下には、その時の傷が残っていますよ。見ます?」

 

 いえ、ご遠慮させていただきます。むしろ知りたいのは、その様な行動をとった理由です

 

「――喧嘩をしていたからですよ、二人が」

 

 喧嘩…………ですか?

 

「はい。卒業したばかりの頃、新生活を望むに当たって、二人の間でちょっとした諍いが起こっていました。このままだと仲違いするかもしれないと、そう思ってしまうほどのものです」

 

 ……続けてください。

 

「蓮子の家でその喧嘩が起こったとき、どうしたらいいのかと私は思いました。今この瞬間、二人は喧嘩をしている。もし仲直りしても、私の居ないところでまたやるかもしれない。そうすれば、二人は分かれてしまうかもしれない。二人の剣幕の中、私はふとそんな考えを抱きました」

 

 それで?

 

「私は、二人の幸せを願わないといけない。だって、私には二人が幸せであってくれないと嫌だったんですから。だから、私は台所から包丁を持ってきて、それを二人に見せました。二人は驚いた後、どうするつもりかと私に問いただしてきました。それに、私はこう答えて、自分に包丁を突き立てました――――分かれたら許さない、と」

 

 …………失礼ながら、意味が分かりません。何故その流れで、自殺未遂をすることになるんです?

 

「自殺未遂になっているのは、単にお医者さんのおかげですよ。実際は、本当に死ぬつもりでした。そんな遺言を残して死ねば、喧嘩をするたびに私の言葉を思い出してくれるでしょう? そうなれば、二人は絶対に分かれません。私がいなくなっても、二人は私の言葉の通りにしてくれると、そう考えました」

 

 些か、都合の良い解釈のように思えますが。

 

「それは貴方が二人を知らないからです。あの二人ならそうなるだろうという予感が、私にはありました。そこに置いてある写真が証拠ですよ」

 

 写真……台の上の奴ですか。手に取っても?

 

「ええ」

 

 これは……お二人の写真、ですか。しかも、手にはお子さんが抱かれています。

 

「はい、二人の子供です。少し前に贈られてきたものですが、素敵な親子の姿でしょう?」

 

 確かに、そう取ることも出来るでしょう。しかし…………

 

「どうかしました?」

 

 …………目が、笑っていない気がします。張り付いた、あるいは引きつった笑みにしか、私には見えません。

 

「あら、そうですか?」

 

 ええ。

 

「それは残念です。二人に無理を言って送ってもらったものだというのに、そんな感想を持たれてしまうなんて」

 

 …………ねえ、マエリベリー・ハーンさん。

 

「はい?」

 

 本当は、二人に復讐をしたかったのではないですか?

 

「……どうしてそう思われるのですか?」

 

 貴女は言った。心の中の壺にドロドロしたものをいれ、蓋をして塞ごうとしたと。表面での貴女はお二人の幸せを願うようになったみたいですが、奥底でのその感情の集合体は、それ単体での変化をしていた。つまり、二人への復讐心に。

 

「ふむ」

 

 そして貴女は、お二人の喧嘩という機会を得た。その時貴女は、こう思ったのではないですか? ここで死ねば、二人へのあてつけとなる、と。自分の表の感情に折り合いをつけつつ、本心を達成するその機会に、貴女は心の奥底の感情を爆発させた。違いますか?

 

「…………そうですね。あくまで貴方の推測です、と言うのは楽ですが、ここは貴方に敬意を表して、本当の事をお教えします」

 

 はい。

 

「本当は、ですね。私は二人に――私の事を忘れて欲しくなかったんです」

 

 ……は?

 

「だって、その時の二人は、私のことなんて眼中になかったんですよ? あんなに二人のために頑張って、自分の思いを無視して無視して頑張って、それで二人は、私を無視して喧々囂々の有様なんです。嫌じゃありませんか、そんなの」

 

 それは……

 

「だから、私は二人の前で死んでみようとしたんです。そうすれば、二人は絶対に私の事を忘れないでしょう? 自分達の幸せを続けようとしつつ、絶対に私の事を心に刻み続けるでしょう? それが、私のドロドロの処理方法だったんですよ。どうです? これで満足ですか?」

 

 ……本当なのですか?

 

「さあ、どうでしょう。これもまた本心じゃないかもしれません。どうとるかは貴方にお任せします。一つ目なり、二つ目なり、貴方の推測なり、お好きなものを参考になさってください」

 

 ………………正直、私にはどれが真実か分かりません。でも、一つだけ確信できるものがあるとすれば、

 

「あるとすれば?」

 

 貴女が今浮かべているもの以上に怖い笑みを、私は知らないということだけです。

 

「ふふ、それは光栄です。さあ、そろそろお引取りを願えますか? 面会時間としても、もういい頃合でしょう」

 

 そう、ですね。では、私はこれで失礼させてもらいます。

 

「……ああ、そうだ。この会話って、全部録音させていたんですよね?」

 

 ……ええ、そうですか。

 

「じゃあ、この会話の一部始終を、二人にも聞かせてもらえませんか?」

 

 え……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうすれば、二人はもっと私の事を忘れませんよね?」

 

 

 

 

 

 

 




 はい、メリー回二度目です。前回が菫子だったのでメリーの二回目となりました。蓮子二回目でも良かったんですが、それだと紛らわしいなということで。久々に書いたので個人的には些か微妙な内容だなあと思ってしまっているので、今回のテーマに関してはいずれまた別の形で書きたいと思います。いやまったく、思っていた通りにならないもんです。

 今回の内容ですが、まあ要は三角関係のうち一人が自殺を試みたというだけです。ただそれが、一体どのような思惑の元なのかというのが一応大事なわけですね。結局本編中では三つの案が出てきましたが、一体どれが本当なのかは分かりません。案外そのうちのどれにも真実は無いかもしれません。分かっているのは蓮子達が歪な幸せを手にしており、メリーはそれを思って笑っていることだけです。まあ、本当はもっと違う形にするつもりだったんですけどね、メリーとインタビュアーが勝手に喋りました。今回は真面目に手綱を握っておくべきだったかなあと思わないでも無いです。やっぱり久々だと勘が鈍っているということなのでしょうかね。

 さて、次回。はっきり言って何も考えていません。今度こそは、と思いながら気力を養っていこうと思います。ではまた。


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