東方病愛録   作:kokohm

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 前話の裏であっただろうお話です。こちらだけだと話が通じないと思うので、まずはあちらに軽く目を通していただければと思います。





秋穣子の愛

 秋静葉と秋穣子は似ていない姉妹だ。そんなことをよく、穣子は聞いたことがある。その評価に対して、穣子は常々こう思っていた。

 

 それは正しく、しかし間違っている。自分たちは似通っていないようで、実は極めて似通った姉妹なのである、と――

 

 

 

 

 

 

『――その、よろしいでしょうか』

 

 その一言で、穣子は恋に落ちた。所在なさげに立ち、困惑と共に声をかけてきたその男に、穣子は一目惚れをした。その線の細さも、整った顔立ちも、優しげな雰囲気も、その全てが関係なかった。ただただ、ひたすらに、まったくの理屈もなく、直観としか言いようの出来ないもので、穣子は彼に恋をしたのだ。

 

 最初にそれを自覚した時、穣子はひどく動揺した。自身の困惑を語る彼に頷きつつも、その『芯』は揺れに揺れていた。恋の熱にうなされていた、というのもあるのだろうが、それ以上に、自分がまさか、一目惚れなどという、極めて感覚的な反応を得たということを、どうしても信じることが出来なかったからだ。これが姉の静葉ならともかく、穣子自身がそうなるとは、まったく想像もしていなかったのだ。

 

 感覚的、あるいは感情的と、穣子はよく言われていが、実際には、穣子は理屈的な性格をしている。表面では天真爛漫に、まるでその時その時の気分で動いているように見えて、しかしその内心では、全て合理的な、完全なる計算のもとに動いている。

 

 この辺りは、彼女の姉である静葉とは、極めて対称的なところであった。物静かで、口数がやや少なく、何より外から見て行動原理の分かる振る舞いをしていることから、他人からは理性的な人物だと見られている静葉だが、穣子からすればそれは全くの間違いである。確かに、当人もそのように誤認している節があるが、秋静葉という女性はかなり感情的な人物である。その感情をおくびにも出さず、自分の行動の全てに根拠を定めてしまうからこそ、静葉自身すらもそう誤認しているに過ぎないのだ。これを根拠なく、ただ姉妹だからと理解していることだけが、穣子は自身の理屈ではない部分であると思っていた。

 

 だがそれも、彼と出会った瞬間に、そうではないのだと知ることになった。自分にも、自身ですら理屈づけられない、ただ感情のみで生まれるものがあると理解させられた。その『押しつけ』は極めて強烈で、だからこそ彼女は、思わずこう口にした。

 

『あの……困っているなら、うちに来ませんか?』

 

 その申し出に、

 

『ええと……ご迷惑でなければ、お願いできるでしょうか』

 

 困惑しつつも、すまなそうに男が頷いたとき、穣子は改めて、自身が恋をしていることを自覚したのである。

 

 

 

 

 かくして、自身が恋した男と、突然の共同生活をすることになった穣子であったが、いきなりの難題にぶち当たることになった。姉の静葉もまた、彼に対する恋心を生みだしてしまったのである。

 

 これは考慮すべきことだったと、後から穣子は若干の後悔と共にため息をつくことになる。確かに、行動原理等は対称的な穣子と静葉だが、その実、似通っているところはどこまでも似通っている。似ていないが似ているというその面は、男性の好みでまで発揮することになったのだ。

 

 あるいは、それだけであれば、何の問題もなかったのかもしれない。自身の感情面に疎い静葉相手であれば、彼への思慕の感情を自覚させることなく、彼女を出し抜くことも可能だったであろう。しかし、穣子にとっては都合が悪いことに、彼もまた、静葉に惹かれているようであったのだ。普段のそっけない静葉の言動を考えると、彼も二人と同じく、一目惚れに近しい感情を得たようであったのだ。静葉の態度から好かれているとはみじんも思っていないのか、それを彼が口にすることはなかったが、穣子には彼の心が静葉にあることが、いっそ痛いほどに察することが出来た。第三者からしてみれば面白い構図であろうが、穣子にとってしてみれば、歯噛みなどという言葉では片づけられない、どうしようもなく危機的な状況であった。

 

 

 

 かくして、穣子は悩んだ。一体、どうすればいいのか、と。手順を踏むことは得意な彼女であったが、恋愛という、指針のないことを行うことは、まったく何も分からなかったのだ。彼とただ、他愛のない話をすることで、確かな充実感を得てしまうこともまた、彼女に積極的な行動を起こす渇望を生み出させなかった要因かもしれない。自分よりも静葉を頼る彼と、頼られる静葉に対し嫉妬心は生まれていたものの、そこから繋がるものが、どうしても生まれなかったのである。

 

 

 そうこうして、どうすればいいのかと悩んでいた今日、突如として事態は動き出した。彼の現状を知った博麗の巫女が、彼を幻想郷の外に送り出すことを提案してきたのである。

 

 それを穣子が、彼から聞かされた時、まずは驚き、そして焦った。恋心を抱く彼を、むざむざ外の世界に送り返してわけがなかったからだ。どうすればいいのか、内心をおくびにも出さず悩む穣子であったが、彼の話を聞いていて、ふと、一つの妙案が浮かんだ。まだ何も知らないらしい静葉に、彼自身の口から、ここを離れることを知らせてもらおう、というものである。

 

 普通であればそれは、ただの恋の後押しでしかないだろう。ここから離れるという男と、その男に恋する女。そんな告白が起こってしまえば、なし崩しに『愛の告白』が起こることは自明の理でしかない。だが、穣子にはそうは思えなかった。自分の心に自覚のない静葉であれば、それによって生まれた感情を、自身の心を乱すノイズとして認識するに違いない。

 

 そうすれば、感情的な静葉のことだ。出ていこうとする彼に対し、そのノイズの赴くままに何か強硬的な――例えば、暴力的な手段を用いるに違いあるまい。根拠のない推測だが、不思議と穣子にはそのような確信があった。あるいは、静葉が人気のないところでしばしば見せる、彼女自身すら自覚していないらしい狂的な笑みが、穣子にそのような推測を組み立てさせたのだろう。なんにせよ、それは穣子にとって確かな未来予測であった。

 

 そうなれば、話は簡単だ。静葉に協力し、彼を家の倉庫なりに縛り付け、帰らせないようにする。適当に刺激すれば、流石に静葉も自分の感情を自覚するだろうから、おそらく協力関係を生み出すのは難しくない。静葉を主犯とし、穣子自身は協力者のような立場になれれば、後の流れは決まる。

 

 おそらく、監禁されることになった彼は、自身の解放を訴えるだろう。いくら恋心のある相手でも、普通ならば監禁を受け入れることはないはず。必死でこちらを――静葉を説得しにかかるだろう。だが、間違いなく、静葉はそれを受け入れることはない。自分の中の感情的な一面を認めていないように、静葉はかなり強情なところがある。やってしまった以上、彼の説得にほだされるようなことは、確実にないと見ていいだろう。

 

 そうなれば、彼の標的は静葉から、その協力者である穣子に代わる。あの手この手の弁舌を用い、彼は穣子に対し様々な言葉を投げかけてくれるだろう。それでいい、いやむしろ、それがいい。これまでよりも苛烈で、密な会話を彼と交わすことが出来る。それは穣子にとって、望外の幸福に違いないはずである。ゆくゆくは、というのは勿論あるが、ひとまずはそれだけで十分。彼と語り、彼の中に新たな感情を生ませ、同時に自分の中の感情を育む。

 

 それで、今はそれだけでいい。それだけで、まずは十分。何せ、時間はたっぷりあるに違いないのだから。

 

「……そろそろかな。お姉ちゃん、私の思ったとおりにやってくれているといいんだけど」

 

 ああ、実に楽しみだ。自身の中の想像に一区切りをつけて、穣子は先ほど席を立った彼の後を追い、ゆっくりと家を出るのであった。

 

 

 

 




 はい、穣子回です。一応形が出来たので、ざっと書いてみました。

 今回の内容は、そうですね、幸福を感じる閾値が低く、手段の選択が下手くそ人が恋心を抱いたら、みたいな……うん、間違いなく違いますね。まあ、前話の内容から、幾つかルートは考えていたんですが、どれもこれもしっくりこなかったので、結局一番穏便そうな内容を選んだという感じなので、どうにもボケているんでしょうね。久々すぎて文字数も少ないですし、中々難しいものです。理性的なようで感情的な姉と、感情的なようで理性的な妹。その辺りもちゃんと書きたかったのですが、どうにも調子が出ず申し訳ありません。言語化って本当に難しいですね、という言い訳。

 さて、次回はどうしましょうか。また気が向いたときに、誰かしらを選んで書こうと思います。案自体はつらつらと考えているんですが、どのキャラに合わせるかというが案外難しかったり。こんな調子ではありますが、どうか見捨てることなく、次回も気長にお待ち頂けたら幸いです。ではまた。


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