「まぁ、それからそうこう過ごして今に至るって感じかな。」
「後半ざっくりし過ぎではありませんか?」
「そりゃ僕の初々しかった子供の頃の記憶を赤裸々に語るなんて照れ死にしちゃうからねー。」
「そ、そうですか……。」
私はにやにやして思考を張り巡らせている中村さんに今日何度目かの溜息を覚えました。私も少し強引に聞き出してもいいんでしょうか?しかし中村さんとの仲が悪くなるのもいやですし……。
「それより、その後その花穂さん?って方はどうなったんですか?。」
「んー?あぁ、今は旅行してるんだよね。全く、妖夢さんにアイツの事を話したら何だか会いたくなっちゃったよー。」
「旅行……ですか。中村さんは長い事彼女と会ってないんですか?」
「長い事?……まぁ長い事会ってないねぇ。」
私が彼にそう聞くと彼は表情をあまり変えず悲しそうな声色で言いました。
「そうですか……で、でもきっと会えますよ!」
私は失礼な事を言ってしまい急いでそう付け足しました。すると彼はキョトンとした様な顔をした後に言いました。
「ありがとう。僕は大丈夫だけどお凛々の事をしっかりと見てあげて?アイツは僕以上に酷い目に遭ってるし不幸なヤツだからより親切にしてあげて欲しい。アイツは不器用で感情の起伏があまり無い奴だけど、心の底で馬鹿みたいに手を挙げて自分の手を持ってくれる奴の事を待ってる……。その手をしっかりと掴んでこっち側まで引っ張って欲しいんだ。」
「中村さん……。」
「別に妖夢さんじゃなくたって構わない。けれどもアイツに今一番近くに入れるのは妖夢さんだけだから。お願いしたい。」
彼は正座したまま姿勢を正し、頭を下げていいました。
「どうかお凛々の乾いた心に綺麗で澄んだ水を注いで欲しいんだ。」
その時私は気が付きました。私のいる立場は九十九さんの心の拠り所なれれば逆に彼を傷つけ続けるガンにもなるのだという事を。私は九十九さんへの気持ちを心に決め、彼へと言葉をかけた。
「分かりました。私が精一杯出来る事をやって見せます!」
彼はその言葉を聞くと顔を上げた。彼の唇は赤く腫れていた事に私は気が付きました。
「ありがとう……。妖夢さんに出会えて良かった。」
彼は私に笑顔を見せてそう言いました。私は作り笑顔ではない彼の本当の笑顔を見れた気がしました。
「さしあたってお願いがあるんだけど……」
「えっ……?」
中村さんはそう言うと正座を崩して私に近づき、いつも九十九さんに浮かべる悪い笑みを浮かべて新たな話題を切り出してきました。
夜も深夜が近づき俺は自分ので無いバイクを飛ばして家へと向かっていた。団体客がいた為かいつもよりも遅い時間に家へと着く事になるだろう。
「魂魄は……大丈夫か?」
夕飯の心配はしていない。それについては奴が何とかしてくれるはずだ。幾ら何でも彼女を飢えで困らす様な男では無い。問題はその後、不審者が来なかったりしないかとか、事故や事件に巻き込まれていないか、一番怖いのは火事である。しかししっかり者の彼女の事だから大丈夫だろうと思っていた。アパートに近づくと俺はそれなりに近場で邪魔にならない程度で人目に付きにくい場所にバイクを停めてアパートとへと向かった。
「明かりが灯ってる……。」
俺の部屋からは明かりがついていて、人影がしきりに動いていたのを見た。別に電気切って寝てても良かったんだが……と思いながら鍵でアパートのドアを開け、階段を昇り始めた。すると家の前で何やらキャリーバッグを持っている中年夫婦の姿を見た。二人は俺の足音に気が付くとこちらを向いた。
「あら、凛くんじゃない。今日もバイト?」
「えぇ、倉田さんでしたか。こんな時間にどうしたんですか?」
「いや旅行から帰って来ただけよ。主人の休暇も明日までだから。」
「あぁ、そうでしたか。どこへ行ったんでしたっけ?」
「ヨーロッパを二週間程かけて回ってたの。パリのエッフェル塔はいつ行ってもいいわ。そうそう貴方の部屋なんだけれど何故から知らないけれど女の人の声が聞こえてくるんだけど……。」
「いや、別に俺は変な事をしてるわけじゃないんですけど、事情がありまして……。」
俺は隣の部屋の人に怪しまれるのはやばいと思い必死に言い訳を考え始めた。
「それについては大丈夫よ?けれども不思議な声が聞こえてきたからちょっとびっくりしちゃったのよ。」
「不思議な声……ですか?」
「えぇ、なんでもこれは九十九さんの為……気を落ち着かせて……すぅ……はぁ……とかよ。不思議じゃない?」
「不思議というか……何ていうか。」
おいおい……魂魄、お前は帰ってきた俺に何をするつもりなんだ……?
「取り敢えずはなしを聞いてみます。夜なので迷惑をかけない様にしますので。」
「あらあら?相変わらず気が利くわね。それじゃお休みなさい。」
「おやすみなさい。」
俺は軽く頭を下げて挨拶を告げた後にドアに向かい合った。
「魂魄……何してんだ?」
少し躊躇いながらもインターホンを押した。ピンポーンという間抜けな音が聞こえると共にバタバタと部屋を動き回る音も聞こえた。
「どっ、どちら様ですか?」
「あー、俺だ。九十九凛だ。」
「あ、はい!少し待ってください!」
彼女はそう言うと玄関まで小走りで近づいた後急に止まり深呼吸をし始めた。なんでそこを開けるだけで深呼吸するんだ?と思いながら待っているとドアが開いた。中にいたのは……
「おっ、おっ、お帰りなさいませ。ご、ご主人様。」
白いエプロンを纏った魂魄の姿だった。
「はっ?」
「ご、ご主人様。」
混乱が解けないままの俺に更に彼女は言葉を続けた。
「ごっ、ごはんにしますか?シャワーにしますか?そ、そ、それとも……。」
「わ、わたっ……わたっ……しにし…ます…………か?」
「えっと……魂魄さん?」
見ると彼女は耳まで真っ赤にしていた。
「わたっ……わたっわたっわたっ!」
「落ち着け!取り敢えず落ち着くんだ!」
「わたっしは……落ち着いて……落ち着いてぇ……「ゴンッ」はうう……。」
俺はペチペチと彼女の頬を叩いたり、体を揺さぶったりした。しかしそのせいで彼女の頭は強打して気を失う手前までいった。
「お、おい。大丈夫か?」
「は、はい……何とか。」
「いきなりどうしたんだよ。びっくりしたんだけど。」
「じ、実は……。」
遡る事約五時間前に貰った物です。
中村さんが九十九さんを喜ばせる為に料理を振舞えと言ってメモを渡しました。そのメモには彼の好きな食べ物と帰ってきたら掛けてあげる言葉が書いていました。そこには……
「本当だ。アイツ、明日あったらマジ殴る。」
彼は私が中村さんから貰ったメモを見てそう呟きました。私も殴っていいんでしょうか?
「取り敢えず……」
九十九さんは玄関からリビングの方を見て言いました。
「魂魄が用意してくれた夕飯食べていい?」
私はその言葉を聞いて笑みをこぼしました。
その後私達は夜遅くに二人で向かいあって座り、私の用意した料理を食べる事にしました。九十九さんは私の料理を美味しそうに食べてくれました。中村さんが言っていた好物であったにせよ、いつもより美味しそうに食べてくれるので私も笑顔でいっぱいでした。
「魂魄、どうしたんだ?」
「は、はい?」
彼の声に意識を戻すとあります私は変な声を出してしまいました。
「どうしたんだ?食べないのか?」
「あ、いえ。いつもより九十九さんは美味しそうにごはんを食べるなぁ……と思いまして。」
「ん、そう?俺はいつもと変わらない気がするんだけどな。」
彼はそう言うと再び箸を動かし始めました。
それじゃあ何故……
私は変わらず美味しそうに食べる彼を見て思いました。
何故いつもよりも美味しそうに食べている様に見えるのだろう……