終業のチャイムが鳴り終わる。
部活に行くものもいれば、寄り道をしてどこに行こうかと会話をしているものもいれば、そのままさっと帰るものもいる。
それまでとは違い、どこか皆浮ついた雰囲気である。それが放課後。
うちの中学校は高校へはいわばエスカレータ式のような感じなので、他の高校を受験する人以外は正直受験勉強はそれなりで大丈夫なのだ。
帰宅部の僕も今まではすぐ帰ったり、たまに友達と寄り道したりの日々だった。
・・・だがっ!今日からは違う!!
なにせ僕はこのクラスの少女「前川みく」をアイドルとしてプロデュースすることになったのだ。
そうなると、遊んでる時間などない。
早速彼女の席を振り返る。
そこには彼女の姿はぽっかりと開いていた。
僕は慌てて教室を出て走りだした。
すると校門の前でその後姿を見つけた。
「・・・ちょっと・・・前川さんさっさと帰らないでよ・・・昨日言ったじゃん
今日からプロデュース始めるって」
僕は息を切らしながらそう言うと、彼女は怪訝そうな表情をして振り向いた。
「いや、みくはそんなことしないし、第一やってなんて頼んだ覚えはないんだけど」
なんかこうよくこういう冷たい態度されると喜ぶ人もいるけど、あいにく僕にはそんな
性癖を持ち合わせてない。
だけどめげずにっ!
「でも前川さんアイドルになりたいんでしょ?だったら僕が協力するから!なんでもするから!!」
すると彼女は小さくため息を付いた。
「・・・みくはアイドルになんかなれっこない」
彼女の表情はどこか寂しげで、なにか諦めた表情をしていた。
「だからこれ以上みくには関わらないで」
そう言うと彼女はその場を足早に立ち去った。
僕はその後を追わずただ彼女の後ろ姿を眺めていた。
*************************************
その日の夜。夏の厳しい暑さも過ぎ、少し秋をのぞかせるような風が心地いい。
僕は前日と同じく河川敷にいた。だがそこに彼女の姿はなかった。
今の彼女の性格だったらアイドルになるには恐らく無理であろう。
いくらルックスや歌声の才能を持ち合わせていても。
本人もそれを自覚している。だからこそ躊躇しているのだろう。
やはり彼女をトップアイドルにすることなんて無理なのではなかろうか。
彼女が嫌がっているのに無理させる必要はないのだろうか。
憧れは憧れのままで終わってしまったほうがいいこともある。
やりたい事とやれる事は同義ではない。
おそらく彼女の中にもそのような「諦め」にも似た感情があるかもしれない。
だが。
聴いてしまったのだ。
彼女の歌声。
その瞬間、僕は彼女のファンになってしまった。
この歌声をもっと多くの人に聴いてもらいたい。そう思った。
そして彼女自身も本当になりたいと思っていなければ、あんな努力はしていないはずだ。
おそらく、あのように練習をしていたのは昨日が初めてではないであろう。そんな気がした。
その時決心した。
迷惑がられようが、嫌われようがやはり彼女をアイドルにさせてあげたいと。
要らないお節介なのかもしれないが、俺がそうしたい。
彼女の背中を押してあげたい。
それが今の僕の願い。
僕の決意。
*************************************
次の日も彼女は休憩時間、いつものように隅の席で本を読み耽っていた。
窓からの日差しが彼女に差し込み彼女を照らしてる。
その日差しはまるで彼女に吸い寄せられるように集まってきている。
とりわけ天使のようだ。いやむしろ天使だ。
僕はそれに見入っていると、彼女が本から顔を上げこっちを見る。
目が合う。
昨日のこともあり、更につい気恥ずかしさで思わず目をそらしてしまった。
なにかすごく悪いことをしてる気分。
いや何もないのに女の子を凝視してるのは良いことではない。というかただの変態だ。
しかし、彼女をその気にさせるにはどうしたら良いのだろうか。
頑なにあそこまで拒絶されてしまうと中々難しい。
・・・うーん・・・。
・・・仕方ない少々強引だが。
*************************************
その日もいつものように終業のチャイムが鳴る。
すると僕は寸分の隙も与えず、教室を出た。
彼女の行動は把握している。
彼女は金曜日になると学校の図書室に寄って帰る。
うちの学校は図書室は別の棟になっている。
行き方はいくつかあるが、彼女は人通りの少ない特別棟を通って行っているのも調査済みだ。
僕は誰も来ないと踏んだ物理準備室に物影を潜めた。
いやなにこれ。僕、完全にストーカーですよね。これ。
しばらくするとそこに見慣れた一人の少女が廊下を歩いてやってきた。
僕はドアの横を通った瞬間、その子の腕を引っ張り、物理準備室に引き込んだ。
彼女は軽く悲鳴を上げたが、僕は彼女の口を左手で抑え、右手の人差し指を立て「静かに」とアクションする。
自分でやっておいてあれだが、やっぱりこれ色々アウトですよね。
だがそんなことも言ってられない。
すると彼女は頬を真っ赤にして、少し涙を浮かべながら僕の手を思いっきり手で振り払った。
「いきなりなにをするの!」
ひぃ!
あれ・・・前川さんこんな人だったっけ。
いや、そりゃ怒りますよね。はい。
「ごめんその、普通に話しかけたら逃げられちゃうかなって思って・・・つい」
「だからってやり方ていうものがあるよ!」
彼女は、はぁと大きなため息をついた。
もう僕が説明せずとも彼女にはわかっていた。
「だから・・・みくはアイドルなんてならない。ううん、もちろんなりたいけど、今のみくなんかじゃなれっこない」
彼女は俯きながらそう言う。それはどこか儚げで諦めたように。
すると彼女は僕に視線を移し目を細めた。
「この前・・・褒めれてもらったのすごく嬉しかった。でもね、それだけじゃアイドルは務まらないんだよ。みくには他の素質がない。こうやってさ、たまに普通に話すこともできるけど、みんなの前に出てあんな風に振る舞うの、あんなキラキラ輝けるの、みくには絶対できっこない」
「そんなことない」
僕は彼女の会話を遮るように言った。
「なんでそんなことわかるの!君はみくのなにがわかるの?!」
「・・・自分には出来っこない。そう決めつけて逃げる。傷つきたくないから逃げる。
自分が出来ないと思ったことは逃げ続けて、そんな事でずっとやっていていいの」
彼女は俯き目を見開く。
「今アイドルで輝いてる子たちもきっと何も傷つかずにやってきたなんて絶対にないよ。自分に思い悩みながら、批判も受けながら・・・でもその子たちも今こうして輝いてる」
物事すべてがうまくいくことなんてない。
それは何にしても一緒。
好きでやりたいと思ったことでも必ず壁にぶち当たる。それは一度でなく何度も。何度も。
でもその先に待っている光を掴み取りたいから頑張る。努力する。
「だから、一回でいいからさ、やってみようよ。僕も協力するからさ。傷つくことから逃げてるだけじゃ何も始まらないよ」
「・・・なんでみくなの」
「えっ?」
「みくよりかわいいこなんてたくさんいるじゃん!もっとキラキラしている子たくさんいるじゃん!!アイドルになれそうな子たくさんいるじゃん!なんでみくなの。そうだよ、もうこれ以上傷つきたくないの!だからほっといてよ!!」
「なんでってそんなの・・・」
「そんなの、前川さんのことが好きだからに決まってるだろ!!!」
「・・・え・・・?」
「好きな子がこんな悩んでるのに力になれないなんて僕は嫌なんだよ!」
夕暮れの物理準備室に沈黙が流れる。
ふと冷静になる。
・・・・・・あれ、僕は今とんでもないことを・・・。
彼女の顔を見ると夕日よりも更に赤く染まっていった。
「ももももももちろん、アイドルとしてのま、前川さんが好きってこと
だから、か、勘違いしないで」
慌ててた僕も顔を真っ赤にしながら答える。
いやなんだよこのツンデレ。てか何言ってんだよ僕は!
「そ、そうだからそう!僕はアイドル前川みくファン第1号として、こうなってほしくて、
だから」
「ぷっ!」
すると彼女は思いっきり吹き出し、そしてゲラゲラ笑い出した。
「な、なに笑ってんだよ!」
「ご、ごめん、なんでもない・・くくっ」
いや笑いすぎですよ前川さん。
それにしても・・・
「初めてだね」
「え?」
「僕の前で笑ってくれたの」
「なに?これ以上口説こうとしてるの?」
「ち、違うから!その、前川さんの笑顔も素敵だなって思って」
「なにそれキモい!」
いや我ながらキモいこと言ってるのは自覚済みですよ。ええ。
「わかった。君の思いは伝わったよ。君の勇気に免じて一回だけ頑張ってみるよ」
「ほんとに!」
「そんな熱狂的なファンがいるんじゃ頑張らなきゃ罰が当たりそうだもん」
彼女は少し照れを隠すような仕草を見せながら、僕を見つめる。
ただもうさっきまでの何もかもから逃げ出す彼女じゃない。そんな目だった。
「あと・・・」
「ん?」
「君のことそういう対象として見れないのでごめんなさい」
彼女はきれいなお辞儀をして、ニッコリと僕に微笑みかけた。
そんなこんなで「トップアイドルプロジェクト」(仮)は今度こそ始動となりましたとさ。
僕の恋心が早くも破れ散ってしまうという犠牲をもって。