ムラマサ外伝・屏風の虎を解き放て(読み切り)
師匠に会いに行こうか――
休みを与えられることになった時か、あるいは故郷シキ国の懐かしい街並みをこの目にした時か、真っ先にそのアイデアは頭に浮かんできた。拙者ザトー・ムラマサの故郷の一つであるシナト村というところは、最大の港町でもあるシキ国の王都ガランの街から、島の中心に向かったところにある巨大な連峰のひとつに存在する。そう、シナト村は山の天辺に構えていて、毎日風は冷たく厳しいが村から見る天空山の景色は絶景だ。
拙者はザトー・ムラマサと申す。拙者の生まれシキ国ではファミリーネームを最初に置く。皆は拙者の事を「ムラマサ」と呼ぶ。新大陸の端に存在するこの島国は、かつて戦争の時代にシュレイド王国の支配下に置かれながらも、独自の文化を発展させた珍しい国のひとつである。拙者には故郷が二つある。シナト村とはそのうちの一つ。生まれ故郷ではなく、拙者に生きる道を示したある恩人の住む村である。
天空山――その名の通り雲の上に達するほどの一つ一つの高くて鋭い山々が、落雷、雨風、闊歩する獣たちの牙や爪によって崩落を繰り返し、研磨されていく様を眺めることができる。そんな景色を幼いころから見てきた由縁か、拙者は剣を叩き磨くことに興味を持ち始めた。一つの山をより強く、美しく、鋭くしていくために、モンスターという天然の武器職人が何度も刀を叩き、削り、それらを美しくしていく……そんな刀匠の生きざまに拙者は惚れたのでござる。
武器は美しい。不思議なのは、それらはしばしば殺傷力を得ようとすればするほど美しく見えるということかのう。毒液に濡れて妖しく光る鎌、対象により多くの苦痛を与えるべく発達した棘の数々。じわじわと相手を追い詰める麻痺牙の剣、それらは芸術と言っても良い。狩人の装備をつくる職人は全てが一芸に秀でたスペシャリストの集団で、そのスペシャリストの中でも同じ武器に特色を出す者もいる。そしてこの拙者の故郷の特色は、天空山で採れる希少な鉱石とこの村にかつて住んでいたという『鬼』からの刀打ちの秘伝である。
拙者はこの『鬼』と呼ばれる人物から刀打ちの極意を教わった。打った刀を試すために剣術も学び、さらに自身の工房を持つ金のためにギルドナイツをも志した。これは理にかなっていた。お金を稼ぎながら武器を扱う者の気持ちを知るいい機会でござった。いわゆる出稼ぎと言うやつだ。この時代は特にお金が物言う時代であることは間違いなかったからのう。ギルドナイツになるための資質は、拙者には十分あったと自負する。事実、模擬戦形式のテストは一発合格でござった。
武器は人の道その物。己のごとく磨き上げ、叩き上げ、一つの完成形に向かって研ぎ澄ましていく。山の恵み、海の恵み、生命の恵みを食らいながらその姿を変えていく。打つ者の心によって白銀の刃にも、漆黒の暗器にもなりうる。『鬼』は拙者にあらゆる完成形を示し、その助言を与えてくださった。いつか、自分自身の武器種をハンターやギルドナイツの装備として普及させること。職人にとってこれ以上の名誉はない。
岩の裂け目にピッケルを差し込みながら、拙者は天空山の断崖絶壁を登っていた。かつてこの村を出るときに利用していた石の階段はとっくに削れ、今ではつま先程度の足の置き場しかない。もともと客人の少ない村ではあったが、ここまでくるともはや完全に孤立してしまっているのだろうか。この天空山の事を知っている人間でなければ、まさか村ひとつ訪ねるのにこれほどの登山道具を用意しなければならないなんて思っても見ないことだろう。だが、この村の本当に驚くべき事実はもっと他にある。その村は一応よそ者の拙者を除いて、村人全員が由緒正しい竜人種の血統であるということだ。
こうして拙者は物心つくころにはシナトの村で育てられ、天空山の美しく研ぎ澄まされた様を見てきた。モンスターの武器、人間の武器。形は千差万別なれど、その目的は狩りと決まっている。そして拙者は武器の新たな一面を、新たに教えられることになるのでござる。ここで拙者があのガランで与えられた休暇の間にどこで何をしていたのか記しておくことにしよう。武器を作るとはどういうことか、武器を扱うとはどういうことか。拙者と、あの『伝説』との出会いについて今語ることにしよう。
商店の老夫婦、近所の子どもたち(と言っても彼らも人間である拙者よりずっと年上だが)などの挨拶もほどほどに、拙者は村の外れにあるあばら屋へ向かい、その戸を叩いた。建物そのものはかなり古いものでござったが、そこからアンバランスに飛び出た鋼鉄の巨大な四角柱の煙突は見事なものである。しばらくするとドタドタと音がして、荒々しく戸が開いた。つままれて引っ張られたように伸びた長い耳と鼻を持った壮年の老人がだらしなく後頭部をかきながら姿を見せる。この老人こそが拙者に刀匠の道を教えた師匠でござる。口は悪いが、孤児であった拙者の面倒を見てくれた公私ともに素晴らしい御仁である。
彼は拙者の姿を見るなり、目を丸くしてしばらく呆然としていたが、やがて口がかすかに「お前……帰ってきてたのか」と言葉を発した。
「お久しぶりでござる、師匠殿」
「おお、まさか本当にお前か。ムラマサ! 茶ぐらいしか出せないが、上がれあがれ」
師匠に言われるがままに、拙者はあばら屋の中央に囲炉裏を挟んで向かい合った。かつてここで修業をしていたころと左程変わっていないようだ。師匠の座っている方の壁には鉄の扉が収まっていて、その先は拙者たち職人の領域である。六畳ほどの居間にはいたるところに欠けた茶碗や食べ残しが散らばっていたが、お茶だけは上質で、どうやら食うことには困っていないらしい。
拙者はこの村を出てから今に至るまでの経緯をざっくばらんに語った。
「……ギルドナイツやハンターになって初めて理解したでござる。彼らにも人の道というものがあるように、武器には武器の道というものがある。武器の道を究めてやるのは使い手の義務。そして拙者たち刀匠の道でござる。両者の信頼によって業物は生まれるのでござるな」
拙者が話す間、師匠は黙ってうなずいていた。冷めたお茶を一気に飲み干すと、満足したように目にしわを寄せてこう言った。
「はん、いっちょまえに語るようになってきたなムラマサ。狩人にとって武器や防具とは命を預ける相棒。使い手の気持ちとなり、使い手をいたわる。それでこそワシの弟子じゃ!」
師匠は膝を強くたたいて、師匠は熱く語る。やがて座敷から立ち上がると鉄の扉の方へ歩き出しながら拙者にこういった。
「どれ、久しぶりにここで打ってみるか?ついこの前、コテツのやつに鉱石を補充させたところだ。あの坊主には会ったか?」
「いえ、さきほど村を歩いていた時は見つからなかったがのう……」
「……やれやれ、そんじゃまた例の竹林に潜り込んでんだろう。虎退治だが何だが知らねぇが、なんでガキっていうのはそういうのが好きなんだろうなあ。アイツもお前みてぇにまっとうに刀打ってくれりゃ文句はねぇんだがよ」
「はて、虎退治?」
師匠の口にした『虎退治』という言葉に拙者は思わず反応した。
例の竹林、とは天空山の中腹部あたりにあり、ここから左程遠くない場所にある。本来竹が育つような環境ではないにも関わらず、あの一帯だけはなぜかいつごろからか竹林が広がっているのだ。うっそうとした一面緑で、一見してモンスターのような巨大な存在が生きていける環境ではないのに。詳しい話を聞こうとすると、師匠は「ワシはあんまりこういう話を信じねぇんだが……」と前置きをしながらも、拙者に説明してくれた。
「なんてこたねぇ。最近マカ錬金の坊やが妙な屏風を商人から買い取ったんだがな。なんでもそこに書かれた虎のようなが生き物が、夜な夜な屏風を抜け出して人を食らうっていういわくつきの屏風らしくてな。村のもんも気味悪がっている。四股を持ち、虎よりも大きく獅子より立派な鬣を持つ。馬より力強くしなやかで……あー」
残り少ない髪の毛を無造作にくしゃくしゃしながら師匠は自分でもあり得ないとは思うんだが、と最後に付け加えた。
「まあ、この手の話はガキどもの方が詳しい。今日もマカ錬金屋の坊主んとこで屏風を穴が開くほど見つめてることだろうよ」
夜な夜な屏風から飛び出す虎、拙者は非常に興味を持った。師匠の家を出ると、拙者は師匠と共にマカ錬金屋へ向かうことにした。シナト村はいくつもの山の峰という狭い場所をつり橋でつないだ簡素で狭い村なので、子どもの頃の拙者はこれが怖くて怖くてたまらなかった。強靭な爪で山岳をもろともせずに走り回るモンスターたちに憧れるものだ。だからコテツという少年がそのような獣の姿を一目見たいと考えるのもうなずける。そのようなことを考えているうちにあっという間にマカ錬金屋についたのだが、そこにコテツの姿はなかった。
マカ漬けの壺と呼ばれるアイテムをご存じだろうか? この壺の中に薬草や毒消し草などを漬けたあと、土の中に埋めて熟成させることで、様々な効能をもたらすアイテムに変身するという摩訶不思議な壺であり、村の一角でこの方はマカの研究をしているのだ。
「コテツはきとらんのか?」
「今日は来てませんねぇ~」
「これが例の屏風にござるか……」
その屏風はすぐに拙者の目に入ってきた。店先に堂々と飾られているので無理もない。幅5メートルに高さは2メートル以上はあろうかという巨大な深緑色の屏風が飾られていたのだ。一面緑色の竹林の絵に、確かに墨で描かれた一匹の虎のような獣の姿が息をひそめてこちらを睨みつけている。隙を見て、今か今かと獲物を狙っているかのような切迫した状況を拙者に想起させる。色調は大胆かつ絢爛。黒い獣の墨絵もまた、シキ国ならではの質素という美徳の表現を併せ持った一品である。そのようなことは職人としての拙者の感からもうかがえる。
「なるほど確かに、今にも屏風から飛び出して襲い掛かってきそうだ。見事な虎にござる」
「それは虎ではありませんよ」
拙者がそう呟いていると、マカ錬金屋14代目が隣にやってきて拙者にこの屏風について講釈を垂れる。
「かつてこの国の竹林の奥深くに棲むと言われ、命をつかさどる神様として祀られた神聖な生き物。古い地方の言葉では『イナガミ』と呼ばれたそうです」
「ほう。これはイナガミというモンスターであったのだな。見たところ、牙獣種か牙竜種といったところかのう。いや未知の存在と言う意味では『古龍種』も捨てがたい」
「も、モンスターって……神聖な生き物ですよ~?」
文献や史料に残るモンスターを見るとこのように分析したくなってしまうのはもはや拙者や書士隊にとっての職業病やもしれぬな。
「夜な夜な屏風から出て人を食う、とは?」
「ああ~その話を心配しているんですね。普通に考えてあり得ませんよ。だってこれはただの屏風絵なんですから。確かに迫力ありますけどね! なんでしたら裏まで見てみます?」
マカ錬金の坊主はどうやらこの屏風をとりまく悪い噂をぬぐうことに熱心らしい。確かに、このままでは客は寄りつくどころか恐れてマカ錬金屋に顔を出さなくなるであろうからな。
屏風の裏にはもちろん何もいなかった。その後もしばらく屏風を眺めていると後ろから二人を呼び止める声がした。懐かしい声だと思い振り返ると、これまた見た目はかなり若い竜人の青年が腕を組んで仁王立ちしていた。すぐにそれがコテツであると拙者には分かった。故郷と出て行った時と容姿から服装までなにもかもが変わっていないのだから。頑固な髪質をむりやり後ろで引っ張って留め、髷を結おうとしたせいで両目尻が吊り上っている。
「コテツか、お久しぶりでござる!」
「ムラマサ! いつの間に帰ってたんだ?」
「ついさっきじゃ、お前はどこほっつき歩いとった?修行の途中だろうに、ええ?」
「何って、もちろん虎退治だヨ! オイラ本当に見たんダ! その屏風から虎がいなくなった瞬間をナ! アハハ!」
平べったい墨絵を指さしてコテツは叫んだ。しかし師匠はお構いなしにコテツの衣の襟をつかんで軽々と持ち上げてしまってそれ以上の大声で怒鳴る。
「バカ言ってねぇで修行だ! せっかくお前の兄弟子も帰ってきているっちゅうに……」
「のうコテツ、虎がいなくなった瞬間を見た、とはどういうことなのか説明してほしいでござるよ」
「なんだムラマサ、お前までこんなガキの言うことに付き合うこたあ……」
「確かに竜人の子どもが考えた冗談のひとつかもしれないでござる。だがまあ、話だけでも聞いてみてはいかがだろうか、マカ錬金の主もそれを機会に何かこのいわくつきの屏風の噂をやめさせるアイディアが浮かぶやもしれぬ」
拙者の提案にみんな納得してくれた。師匠もコテツを話してやると、彼はふんぞり返りながら大声でその経緯を説明してくれた。
「ある晩のことサ、オイラ師匠の罰で家の外に締め出されちまってさあ。暇だから夜の散歩してたんだヨ。そしたらマカ錬金屋のそばでゴソゴソって音がしたんだ。泥棒だったらヤバイと思ってオイラ14代目を起こして報せなきゃと思って……中に入ったらあの屏風から虎の絵が消えてて、その後大きな獣の唸る声まで聞こえてきたんだヨ!」
コテツの態度はともかく、少なくとも悪ふざけを言っているようには拙者には思えなかった。
「ゴソゴソという音と、獣の唸る声か……」
「だーかーら! 屏風から本当に虎がでてくるわけねぇだろ! こんな平べったい紙切れからどうやって出てくるんだよ。裏から叩いて追い出したりでもするのか? ええ?」
「で、でもオイラ本当に聞いたんだヨ! なんなら今夜ムラマサとここで張り込みしているよ」
断固として彼は主張を曲げない。話を聞いてますます興味が湧いた拙者もコテツの側に立ち、「拙者もその様子、見てみたいでござる」と師匠に告げた。
「ムラマサ……お前まで……!!」
「この虎でないにしろ、コテツがこのあたりで獣の唸り声を聞いたというのは気になる。モンスターが近くに潜んでいる危険もあるしのう。14代目の身の安全のためにもここは様子を見るべきかと」
しばらく考え込んだ師匠であったが、結局14代目の安全を守るという言い分が効いたのかしぶしぶ了承してくれた。
「わかった。ただしチャンスは今夜だけだ。今夜、その虎が屏風から消えなかったら、この話はおしめぇだ。修行に専念しろコテツ!」
しぶしぶ師匠が了承すると、コテツは嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「決まりでござるな。そうと決まれば、さっそく張り込みの準備をしようぞコテツ、師匠!」
「分かったムラマサ!」
「なっ、ワシもやるのか!?」
「さっきから虎虎って……虎じゃなくてイナガミですよ~!」
その後14代目の了承も半ば強引に得ることができたのだ。
その晩、拙者はコテツと共にマカ錬金屋でそれぞれ屏風と14代目を見張ることにした。拙者は屏風、コテツと師匠は14代目の寝室の外を見張ることになった。店の中、月明りが窓からわずかに差し込む場所で拙者は虎と対面するように座して、眺めていた。
ずっと見ていても飽きない美しさである。獲物を静かに狙う息遣い、月明りを受けて赤い光を反射する眼光。しなやかな四肢と尻尾、鋭い牙、そして優雅な鬣。どれをとっても素晴らしい。かつてシキ国にはこれほどの技術を要した画家が存在していたとは拙者も知らなかった。この作品を描いたのは一体いつの時代の誰なのだろうか、拙者は思いを巡らせていた。だがいくら待ってみても屏風の中の猛獣が牙を剥いてこちらに襲い掛かることはない。
「やはり、屏風から飛び出るなど、あり得ぬことか。とすれば、やはりこの近くにモンスターがいる可能性があるのう……」
拙者は決心して蔵を出た。夜風に当てられて急に体が冷えたので厠へ行きたくなった。マカ錬金屋の厠を借りるために14代目の小さな屋敷に入って行った。
異変が起こったのは厠を出た直後であった。拙者が井戸で手を洗っていると、コテツが屋敷を走っていくのが見えたのだ。拙者の名前を呼びながら。呼び止めるとコテツがこちらに気づき、慌てた表情をして拙者にこう言った。
「14代目が寝室からいなくなった!」
「何!? ちゃんと見ていたのだろうな?」
「見てたサ、一つしかない入口を! さっき何か部屋の中で大きな音がしたから何事かと思って戸を開けたら、14代目がいなくなってて……」
コテツに連れられて14代目の寝室に向かうと、部屋の中には呆然と立ち尽くしている師匠の姿があった。
「師匠……!?」
「やられた……だから寝室の中でしっかり見張った方がいいと言ったのに14代目のやつ……そうだ! おい、屏風はどうなっている?」
ハッとして拙者たちはすぐに走った。蔵の前まで戻ってきて重たい扉を開けると、屏風はその場で一歩も動かずそこにあった。だが、目を凝らしてその屏風を見て、拙者たちは声を失うほど驚愕した。
月明りに照らされた屏風の中から、虎の姿だけが消えていたのだ。
「これは一体どういうことじゃ……」
「本当に屏風から虎が? しかし14代目はどこに消えた? 出口は一つ、見張っていたはずの寝室から忽然と消えるなんて……!」
そして拙者は昼間の話を思い出して手を叩いた。
「竹林じゃ! 14代目が言っていた、イナガミは竹林に棲む神様だと。拙者はこれから竹林へ行ってくる! 助けを呼んでおいてほしいでござる!」
「わ、分かった! おい、コテツ行くぞ!」
「ムラマサ、どうか気を付けて!」
拙者は背中に鬼斬破を留めると、すぐに天空山の中腹に向かって下山し始めた。
***
高く伸びる竹の折り線が幾重にも連なる、鮮やかな緑の屏風の先にその『虎』はいた。拙者がこの竹林に入って数十分のことだ。かなりのスピードで走ったが、それでも14代目の姿は見当たらない。視界も悪く、14代目は背が低い。捜索はかなり困難に思われる。そして14代目よりも先に、拙者はその姿をとらえてしまったのだ。
「こいつが……イナガミ? しかし14代目はどこに……?」
『虎』と呼ばれるのも無理はないだろう。大きな体に四股を持ったその生き物に近いものを上げるならば、シナト村の住人には少なくとも虎か牙竜種ぐらいの生き物だ。だが、直接この目で見て拙者は思わずその美しさにため息を漏らしたのだ。これは虎や獅子と言った生き物などでは済まされない。黒色の身体に覆われた身体に黄色の優雅なたてがみを生やし、威厳がある。頭皮が角質化したのか、後頭部に大きく発達した深紅の角を二本持っていた。頭は高く貫録を思わせる姿で、地面に爪を深く食い込ませながら、その獣は緑の屏風を端から端へと舐めるように歩いていた。こちらに背を向けたときにその長い特徴的な尻尾を見ることもできた。尻尾の先端にあったのは……タケノコのような見た目をした鋭い槍だ。
緑の屏風を抜けた先はイナガミのお気に入りの場所なのだろうか。古龍も景色を楽しむものなのだろうか? とにかく古龍種というのは気まぐれで人間の常識なんてものでは決して理解することができない存在なのだ。その付近だけは地面が踏み鳴らされていて竹がそれほど生えてはいない。下手に動かれるよりも、戦うのならここがいいだろう。拙者は覚悟を決めて、屏風の向こう側へと飛び込んだのでござる。
イナガミはすぐにこちらの気配に気づき、振り返った。その巨体からは想像もつかぬ軽やかな足取りでこちらを視認すると、威嚇に前足を振り上げて大きく咆哮した。さあ、虎退治の開始だ。拙者も背中の鬼斬破を鞘から抜いて臨戦態勢に入ったのでござる。
すぐにこちらに向かって突進してくるか、と思いきやイナガミはあさっての方向に頭を向けた。うっそうと生えた竹の中から一本を口にくわえるとそれを薙刀のように器用に扱いながら拙者に向かって振り下ろした。
「竹を武器にするとは……!?」
地の利を活かした戦い。その奇抜さに最初は驚かされたが、難なくこれは鬼斬破でいなす。続いて横に薙ぎ払いが来るが、これは低く飛ぶことで回避した。隙が見えたので拙者もここで反撃にイナガミの胸部に鬼斬破の一太刀を加えた。やはりかなり甲殻はかたかったが、それでもイナガミの胸部には小さな裂傷ができ、血液と共に白い液体のようなものが噴き出した。次の瞬間その液体はパキッという乾いた音を立てて、傷口を覆い固めてしまった。どうやら体液を固めて傷ついた箇所を補強してしまうらしい。
再びイナガミの攻撃が始まる。咥えていた竹を放り投げると、今度は別の竹林を槍のような尾で薙ぎ払った。今度は何をするのかと身構えていると、イナガミの唸る声と同時に何本もの竹が拙者めがけて降り注いできたのだ。
突然のできごとに致命傷こそ免れたものの、拙者は降り注ぐ竹槍を脇腹に掠めてしまった。シナト村の紫色の胴衣からわずかに血がにじむ。
「ふっふっふ……面白い、面白いぞお前さん!」
かつてこれほどまでに、明確に『武器』を扱うモンスターがいたであろうか。岩や毒をまき散らす野蛮さとは違う。無駄のない動きで相手を追い詰め、あらゆる手を尽くして目の前の敵を倒す。このイナガミと言うモンスターは武器というものの特性を明確に理解して扱っている。拙者にはそんな気がした。驚きもしたが、拙者は同時にうれしくなったでござる。まるでギルドナイツとして悪漢をこらしめていた時のような、一対一の仕合を拙者たちはしばしの間繰り広げた。一進一退の攻防に息をする間も思いつかない、まさに真剣勝負と言った具合であった。
つばぜり合いのわずかな隙を狙って突きを入れる。拙者もイナガミも小さいが傷が増えていく、やがて体液が放出されると再び傷を覆うように灰色の甲殻が姿を見せた。このままでは埒が明かないかもしれない。不死の虎か、なるほどこいつは厄介な。この楽しい戦いもほどほどに、拙者はなんとかここから離脱する方法を考えようとしたのでござる。
と、ここで再びイナガミが噛みつこうと跳びかかる。脇に飛びのいてこれをかわすが、イナガミはそのまま身体をひねると尻尾を薙ぎ払って拙者に重い一撃を与えた。鞭のようにしなった強靭な尾を受けて拙者はそのまま数メートル吹き飛ばされた。地面に倒れ込んでいるところに、再び竹槍を口に咥えたイナガミが馬乗りになって突き刺そうとした。
「ぐっ!」
痛みにこらえながら地面に鬼斬破を突き立てると土の他に何か硬い感触がしたが、お構いなしにその柄を握ると助走もなしに剣の上に向かって体を跳ね起こす。ギルドナイツのような厳しい鍛練をこなした者でなければ、このような奇抜な動作もかなわなかっただろう。横になったまま体をふわりと浮かせると、腰に差していた小刀でイナガミの眉間を斬りつけた。やはり致命傷には至らないが、動揺させるには十分すぎるほどの奇襲となったようだ。
いくら傷が回復するとはいえ、相手もモンスター。痛覚は存在するらしい。痛みにひるんだイナガミは黄色のたてがみを荒く乱しながら苦々しい顔をするも、傷口から流れた体液で再び顔に甲殻を覆い始めた。彫りの深い形相が月明りに照らされ明暗を際立たせ、底なしの畏怖を拙者に放つ。風格と年功を兼ね備えた古の獣は、灰色の強固な甲殻をまとってさらに力強く見える。
いい勝負だと思っていた矢先、拙者は次の瞬間自分の目を疑った。
イナガミが尾を地面に突き立てると、大きな地響きと共に地中から大量の若竹が何本も何本も勢いよく飛び出してきた。竹はどんどん高く伸びていき、比較的踏み均されて広かったこの土地もあっというまに竹林に塗り替えられてしまったのだ。拙者は突き出る竹に串刺しにならないように逃げまわった。あっという間に辺り一面が緑に染め上げられる。よもや植物の成長まで操るとは、拙者もまるで何が何だかという様子でその美しくも恐ろしい光景を呆然と眺めてしまっていた。竹林の陰から月明りに照らされた赤い眼光が獲物の隙をうかがうようにじっとこちらを見つめたまま。
まさに屏風で見た景色と同じ構図である。
なるほど。今までのはほんの小手調べ、というわけか。己の体質と地の利をものにし、傷すらもチャンスに変える。拙者がこれまでに見てきた狩人達の中でも、こやつは一番の狩人であると同時に職人でもあるに違いない。ここまで戦っていて気持ちのいいやつは初めてかもしれない。そんなことを思い始めた時――。
突如竹林の中から拙者たちを照らす光が増えた。やがて闇の向こうから無数の黒い球が投げ込まれた。見覚えがある。シキ国のギルドナイツが装備しているといわれる特製のけむり玉だ。もっともこれを開発したのは拙者の師匠。つまり応援が来たということらしい。イナガミが何事かと周囲に首を振って警戒するがやがて目の前も見えなくなるほどの煙に包まれた。口惜しいが、拙者はここで撤退するしかなかった。
集団の中から師匠が現れた。口に布を当ててそそくさと拙者の元へ走ってくると、拙者にも布を渡してこういった。
「14代目が見つかった。引くぞ!」
「……待たれよ。鬼斬破を回収せねば」
近くに刺さっていた鬼斬破を手に取り引き抜こうとした。だが――
「……?」
「どうした? はやくしないと……」
何故だか鬼斬破は地面に突き刺さったまま抜けなくなってしまったのでござる。
***
「抜け道とな?」
「そ、そうなんです。歴代マカ錬金の技術を狙ってくる暗殺者が後を絶たないために、寝室に竹林に通じる中腹への隠し通路が造られてあるんです……」
「しかしなぜ夜中にその通路を?」
「大量の竹を湛えるためにあの竹林の土壌は栄養分に優れていて、マカ漬けの研究を行うにはうってつけの場所なんです。毎晩壺を埋めにあの通路を使っておりました……埋めているところを見られたら盗まれる危険もあるし……」
「じゃあコテツが効いた物音というのは……」
「おそらく寝室から隠し通路に行くときの扉の音だったのだろうな」
マカ錬金屋14代目は五体満足で発見された。消えた理由はなんとマカ漬けの研究で夜な夜な竹林へ行っていたのだという。なんと人騒がせな……。夜明け、14代目と拙者それから師匠は店の前で事の次第を聞いた。コテツは夜寝ないで見張りを頑張っていたからであろうか、師匠の家で不足分の睡眠を補てんしていることだろう。
「しかし14代目のあの屏風が此度の人食い虎の話と無関係とは拙者は思えぬ。師匠とコテツも見たであろう? 確かに屏風から消えていたぞ!」
「何度か竹林にもシキ国の調査隊が出入りしていたことはあったが、竹林にそのようなモンスターがいると今まで報告を受けたことはない。だとすれば間違いなくあの屏風とイナガミが現れたのには関係がありそうだが……」
拙者は再び、屏風を端から端までじっくりと眺めた。今朝再び目にしたその屏風には、竹林の影に紛れてこちらの様子をうかがうイナガミの絵が、初めて見た時と寸分たがわずそこに潜んでいたのだ。
そして一刻を争う事態に、拙者の鬼斬破は地面に突き刺したままである。これは困ったことになってきたようだ。確かにあの時、地中の下で何か硬い物を突き刺してしまった感触があった。
「竹林……竹……地中か」
しばらく考えながら唸っていると14代目が心配そうに拙者に尋ねてきた。
「お、お騒がせして申し訳ございませんムラマサさん。あなた達を信用して最初からきちんと説明しておけば……怒ってますよね」
「いや、心配ござらん。おかげで面白い敵と一戦交えることができたのだからな……ただ鬼斬破が地中の何か硬いものに刺さってしまってぬけないのだ。そればかりが気がかりゆえ」
あの鬼斬破は、師匠が選別に拙者が送ってくださったものである。あのまま竹林に突き刺したままというのはどうも気がひけた。
「ああ、それはきっと地中の竹の根に突き刺してしまったのでしょう」
少し考えて14代目は答えた。
「なんと、地中にも竹が?」
「ええ、竹は植物の中でも特に成長が早いと言われています。1日で1メートル伸びることもあるそうですよ。また竹の根はとても深くて長く、周囲数メートルにまでその長さが及ぶとも言われていますから。成長の途中で巻き込まれると、取り除くのが大変なんです」
「成長……か」
「そりゃあもう……地中は見えないけれど、全て竹でできてるんじゃないかってくらい覆われていて、竹林の下は地上よりも鬱蒼とからまる無法地帯なんですよ」
「覆われる……見えない」
拙者の中で、再びあのイナガミの光景がフラッシュバックする。急速に成長した竹、竹に覆われて見えにくくなった虎。全てがつながった。そして拙者の中であの屏風と、その作者がもたらした芸術性の恐ろしさに鳥肌が立つほどの衝撃を持って迎えた。このような、マカ不思議なことがあるものか、いや、あってしまったのだ。
この屏風が語る人食い虎の伝説に、拙者は今巡り合ったのだ。
「なるほど……そういうことでござったか!!」
拙者は勢いよく立ち上がると、屏風を手にした。表面を軽くなでると、思った通りの感触がした。
「ああ! ちょっと何勝手に触ってるんですか!?」
「14代目さんよう……この屏風はとんでもないお宝だぞ!」
拙者は嬉しくなって14代目の小さな体をぶんぶんと振り回した。14代目も師匠も、何が何だか分からないといった様子で拙者の様子を見た。
「待て待て! どういうことかちゃんと説明しろやドアホ!」
いらいらした様子の師匠に拙者は余裕の笑みを浮かべてこう宣言した。
「ふっふっふ……今日の晩、拙者が再びこの屏風から虎を追い出してみせようぞ!」
こうして拙者たちは再びあの竹林へと足を運んだのだ。あの屏風も一緒に持って、イナガミの姿を探していた。
「しっかし、屏風を持ってイナガミのところへ向かうだなんて、いったいどういうつもりだ? イナガミを出てきたのをいいことに『ホラ、屏風から飛び出た』とか言い出したらぶん殴るからな……」
畳んであるとはいえ十メートルもある屏風を背負って歩くのは竜人の師匠にも骨らしい。
「夜な夜な屏風から出て人を襲う虎……なぜそのような非現実的な伝説がシキ国で広まったのか、まずはそこから考えることにしようぞ師匠」
愚痴をこぼす師匠をなだめようとして拙者は、竹林の中を歩きながら説明を始めた。
「まず拙者たちが見たように、イナガミが竹林に現れたあの夜この屏風から虎が消えていた。つまりイナガミが現れる時、この屏風から虎の絵が消えるということになるでござるな」
「けっ、どうせ三人して寝ぼけてたんだろうよ」
鼻で笑いながら師匠が一蹴するも、拙者はめげずに今度は14代目に確認するかのように尋ねる。
「ところで14代目、竹が一番成長する時間帯はいつじゃ?」
「種類によってはまちまちですが、あの竹林の竹はだいたい夜更けから朝にかけて成長を始めると言われています」
「イナガミの絵が消えた時間帯もそのあたりにござるね」
まさか、師匠は目を丸くして恐る恐る拙者に尋ねた。
「もしかしてその屏風……」
「そう、この屏風は繊維に竹が含まれているのでござるよ。しかもただの竹ではない……おっ、地響きがした。お目覚めのご様子……二人とも、屏風の絵から絶対に目をそらさないでほしいでござるよ」
拙者たちが息をひそめていると、緑の線の隙間からイナガミの姿が見えた。尻尾を地面に突き刺して、歩きながらも何か瞑想しているかのように目を閉じていて、やがてじっとし始めた。おそらく拙者たちがやってくることを地中の竹の根に加わる圧力で感じ取っているのだろう。
やがて屏風に変化が訪れた。
「な、なんだこれは……」
「イナガミの絵が……どうして!?」
師匠と14代目が瞬きもせずに見ていた屏風からイナガミの絵がじわじわと消えていき、屏風はただの竹林の様子を描いた緑の屏風になってしまったのだ。
「その竹は、イナガミの生成した特別な竹にござる。あやつのエネルギーに反応して急成長し、繊維が虎の絵を浸蝕する。結果、まるで屏風から絵が消えてしまったかのように見える、というわけでござる」
「確かに、よーく見ると緑色のこまけぇ繊維がじっくりと伸びてるのが見えるな……つまり屏風からイナガミが飛び出していたのではなく、イナガミが近くに現れると竹の繊維が伸びて屏風から絵が見えなくなるということだったのか!」
「さしずめ、古代の人間たちが神様であるイナガミに出くわさないようにと考えた目印だったのであろうな。屏風からイナガミが消えたときは外を出歩かない、といった具合にのう」
「だから、屏風から虎が出てきて人を襲う、か……」
そこまで言い終えて、ふと拙者は師匠と14代目が目に涙を浮かべて屏風に釘付けになっているのを見た。
「こ、これは素晴らしい!」
「長年生きてきてこんな芸術作品を見たのは生まれて初めてだよ。ワシは幸せ者じゃあ……」
まっこと、拙者も幸せ者だのう。生きている間にこのような『伝説』に立ち会えるとは。だが、拙者がこの屏風をここへ持ってきたのにはもう一つ理由があった。
「目に焼き付けましたかな? そろそろこいつを返してやりたくてな」
「えっ……あ、おいムラマサ! ……返す? 今返すって言ったか?」
「ちょっと、返してくださいよ!」
拙者は名残惜しくも二人からその屏風を取り上げた。屏風を折りたたむと、ゆっくりと姿勢を低くしたまま拙者はイナガミの元へと近づいた。竹林を抜けて、またあの時一線を交えた広場までくると、イナガミは閉じていた目をかっと見開いて、吠えることも、威嚇することもなく拙者を見た。拙者が付けた眉間の傷は既に消えていた。恐ろしい生命力だ。一生の時間をかけてもこやつにはかなう気がしないでござる。狩人としても、職人としても。
「探し物はこれでござろう。神様よ」
拙者は刺激しないようにゆっくりと背中の屏風を地面に広げて置き、そのまま後ずさりで後ろに下がった。屏風の竹林は主との再会を喜ぶかのように絵を歪めてしまうほどに繊維が伸びてしまっていた。こちらを警戒しながらもイナガミはゆっくりと屏風に近づき、まず匂いを嗅いだ。そして、再び拙者を睨み付けたあと、その屏風を口に咥えた。次の瞬間、屏風から伸びていった緑色の糸がイナガミの体を包むようにまとわりついてやがて完全に見えなくなった。いくらか繊維を失った屏風は絵も形もぐちゃぐちゃなガラクタになってしまった。
「イナガミ殿はずっと、自分の分身を探していたのであろう。それを追いかけわざわざここまでたどり着いたと。しかし屏風は人間たちの集落の中。古龍であり、神様であるイナガミ殿では近づけまい。だが、これほどの生命の神秘を拝ませていただいたことを拙者は一生忘れないでござる。これ以上の芸術、一生かかっても拙者には作れまい。参りました」
深々と頭を下げた。もちろん言葉や感謝の意など伝わるはずもない。相手はモンスターなのだから。それでも、拙者には何かこのイナガミが訴えていることが分かるような気がして。同じ狩人として、同じ職人としてなら、やはり自身の作品は長い年月を経ても、自分の目の届く場所にあって欲しいと考えるものだろう。そうしてイナガミはみずからの住処にかならず竹林をはやす。この竹林こそ、こやつにとっての武器であり、防具であり、力そのものなのだから。
イナガミはしばらく拙者を見つめていたが、その視線に殺意はなかった。ゆっくりと拙者に近づいていくと、頬を頭で軽く撫でた。言葉は通じぬが、何か感謝をしているんだと拙者には感じられた。
突然隅っこから竹が急成長しだした。そして地面から竹の根があらわになるとゆっくりとそれが砕けていき、突き刺さっていた鬼斬破が抜け落ちた。
「もしかして……返してくれるのか?」
雅翁龍の周りであの白い液体が散布される。今度は体の一部分ではなく、全体を覆い尽くすほどの量だ。やがて乾いた音がすると、イナガミの背中には灰色の巨大な翼が生えていた。そのまま地面を強く蹴ると天空山の崖にとびかかり三角跳びで崖下の広い世界へと大胆に滑空し、やがて姿は見えなくなっていった。月明りに照らされて妖艶に輝く古の獣は、最後までその姿を見せつけるかのように優雅に消えていった。三角跳びをした天空山の岩壁には、雅翁龍の後ろ足によってまたひとつ力強い装飾が施された。
「ああ、せっかくの芸術が~!!」
14代目はまだ名残惜しそうにボロボロになった屏風を掴んで泣き喚いた。きっと相当な値段がしたに違いないので少し気の毒だ。
「まあまあ、芸術も永遠ではないということにござる。それに神様はきちんと我らに褒美を残してくれたようじゃ、なあ師匠?」
「どういうことだ?」
拙者は両腕を広げて、この緑一色の世界を指し示した。
「この生命力溢れるイナガミの竹を装備にすれば、何か面白いものが作れるとは思わぬか?」
「……なるほど!」
しばらく考えて合点がいったらしく、拙者と師匠はしばらく間ニヤニヤがとまらなかったという。
「そうと決まれば、さっそく何本か持ち帰って分析するか」
「いくらで売れるか見ものですな……伝説の人食い虎の竹! このさびれた村にも観光名所ができそうでござるね」
「ドアホ! さびれとらんわ!」
こうして拙者たちは無一文になってシナト村への帰路を急いだ。コテツは伝説に立ち会えなかったことを酷く後悔したが、やがてすぐに他のものに興味を示し、それ以来『虎退治』などとは口にしなくなった。それからさらに数日天空山での休養を楽しんで、拙者はガランの街へと帰ったのだ。
イナガミの竹を繊維に織り込んだ衣を新たに身にまとう。拙者とあやつとの絆のようなものがそこにあるような気がした。拙者はこの数日で狩人としても、職人としても成長することができたのだ。この思い出を胸に拙者はまたこれからさらに両方の道を極める者になろうと強く決意したのである。
こうして屏風の虎は竹林から放たれた。それ以来、拙者が古龍種イナガミの姿を見ることは二度となかったという。
番外編ということでムラマサ主人公の外伝です。
古龍という生命の神秘さを自分なりに表現してみました。古龍種って人間の力では計り知れない「自然の力」の象徴みたいなとこあるじゃんって書きながらしみじみ。
今後もこんな感じで行き詰った時とかに外伝を書いていきます。よろしくお願いします。