朝は日の出と共に起床、軽いストレッチとトレーニングをした後、昨日の二つ焼いたこんがり肉のもう一つにかぶりつく。焼きたてはさることながら、冷めても美味しいのがアプトノスの霜降りである。本来市場では高値で取引されるこの肉も、ハンターになればこれから毎日食べることになるのだろうか。
(飽きるなんて言ったらバチが当たるかな)
ハンターになる前まで何気なしに食べていた肉が、実は元を正せば人間と同じように命を持つ生き物であって、その命を奪うことで自分たちが生きている。そのような自然の摂理を彼は昨日この手で体感した。一日たった今でも手には若干の不快感が残っている。悪夢を見なかったのは不幸中の幸いか。
(いや、これでいい。命を奪うことに無関心になったとしたらそんなやつは…)
朝から恐ろしい思考が頭をよぎり、目はすっかり冴えてしまった。そろそろ村長も起きているだろうか、普段着に着替えると、クラウスはこの村で一番大きい桜の木の下へ向かうべくドアを開いた。
ドアを開いてすぐに目の前に女性が立っていることに気がついた。クラウスはその顔に見覚えがある。全身を碧色の鱗や翼に覆われた防具で纏い、背中には折りたたまれた見慣れない銃のような武器を背負っている。クエストから帰ってきたばかりなのか、彼女の顔は泥や煤で若干汚れているが整った顔立ちであることは充分にわかる。最後に会った時よりも日焼けしていて、さらに大人びたようにも見える。
「だーれだ?」
開口一番彼女はひょうきんな声のトーンでクラウスに問いかけた。
「忘れるわけないだろ…久しぶりだなロロア!」
クラウスがそう答えながら右手を差し出す。自分の名前を覚えていてくれたことを嬉しそうにしながらロロアもまた再会を喜び手を握り返した。
「いやあ、まさかあんな小さかったアンタがハンターになるとはねえ…昨日まで私も狩りに行っててさ、出迎え出来なくて悪かったね」
「また会えて嬉しいよロロア、いや今は先輩かな、ココット村専属ハンターのロロア・ロレンスさん?」
クラウスがかしこまったように尋ねるとロロア・ロレンスははにかんだ様子でこう返した。
「なーに言ってんのさ! たかだか二年だよ。ハンターの二年なんてあって無いような差なんだ。ボケっとしてるとアンタも訓練所の後輩にあっという間に追い抜かれるぜ」
「ハハハ、そりゃ大変だ。ところでどこ行ってたんだ?」
「ちょっくら火山にね、グラビモスってやつとやりあったんだがこいつがなかなか強敵で…っと、この話はまた今度な、もう眠たくて眠たくて…」
最後まで言うか言わないかでロロアが大あくびをしたのでクラウスは彼女を帰らせることにして、村長のもとへと向かった。
「今日はいよいよオヌシに肉食竜の討伐クエストを与える。心の準備は良いな?」
そう言って村長が渡した受注書にはこれまでの緑色のと違って赤インクの判が押されていた。成功条件は鳥竜種の仲間、ランポスと呼ばれる小型モンスター三頭の討伐である。ランポスの姿はクラウスにも見たことがあった。やつらは体が小さい代わりに数が多い。そしてその数を利用した集団での狩りを得意とする。「青き狩人」なんて呼ばれているらしい。
「群れからはぐれたランポスが、村の近くをうろついているらしいと住民から報告があったのじゃ。どうじゃ?」
「もちろん、やらせてください村長」
村長の問いかけに二つ返事で返すクラウス。村長はさらに言葉を返す。
「決して油断するでないぞ」
クラウスの手は未だにあの時アプトノスを殺した時の不快感と恐怖が残っていたが、それと同時にひとつの意志もあった。三年前訓練所で出会ったロロア・ロレンス。彼女は今、あのような立派な装備をして、ハンターの中でも実力者のみが行くことを許されると言われる火山のモンスターどもを相手にしている。彼女に一刻も早く追いつきたい、その一心がクラウスを駆り立てる。
クラウスは受注書を受け取ると、準備を済ませるために一度部屋に戻った。
「よう、いらっしゃい。新米ハンター殿!」
「これからお前さんは俺たちの贔屓だ、よろしく頼むぜ!」
クラウスが近づいてきていたことに気がつくと、二人の男は威勢のいい声で彼に話しかける。次に彼が訪れたのはココット村の工房である。ココット村の工房は双子の兄弟が経営していて、加工担当はもっぱら弟の専門であった。幸い、釣りポイントを探している時に見つけた鉄鉱石と大地の結晶を使ってハンターナイフをハンターカリンガに強化することができた。斬れ味が強化されて、切っ先が工夫されて刃を振り抜きやすくなったらしい。
防具は兄に頼んでハンターシリーズを一式揃えることにした。新米ハンターにお勧めの装備らしく、地図が常備されたり釣りや肉焼きの心得を得ることができるという便利な機能がある。本当はモンスターの素材で作ればもっと良い性能の防具が作れるのだが、今のところはこれで充分だろう。装備を一新したことでクラウス自身も力がみなぎるような感覚を覚えた。実際にはそんなスキルがついてくるわけではないのに。これならいける、そう確信してクラウスは歩き慣れた道を通って森丘のベースキャンプへ向かった。
***
生い茂る木々の葉が陽光を遮り、昼でも森は一定の暗さと湿気を保っている。この森丘の中では異色を放っている場所でもある。水とキノコが豊富なこの一帯は草食種モスやブルファンゴにとっての楽園、しかし現在その楽園は彼ら草食種のものではない。
クラウスは茂みに隠れて息を潜め、敵の気配を探ろうとしていた。
本で読んだことがある。「青き狩人」鳥竜種のランポスが得意とするのは不意打ちと群れの数を活かした集団での襲撃。手馴れのハンターでも彼らの群れに襲われて無傷で帰るのは難しい。
今回ははぐれたランポスの討伐だから、囲まれても対処は出来るだろうが、それでも油断は禁物だ。狩り場では何が起こるのかわからないのだから。
しばらくして奥の方から動く気配があった。恐る恐る顔を出すと、遠くの方で青い生き物が動いているのが見えた。ランポスだ。青い鱗に鈍い橙色の鶏冠をした生き物が三匹、近づいてきているのが見えた。甲高い鳴き声をあげて、周りに威嚇するように周囲を警戒している。
一見隙の無いように思えたが、クラウスには作戦があった。群れで戦う知能はあっても人間のそれには遠くおよばない。頭を使ってこそ人間というものだ。彼は茂みからそっと身を乗り出すと、手にしていた石ころを自分とは反対側にある湖に向かって投げた。
クラウスの予想通り、湖で水音がしたために青き狩人の意識は一斉にそちらへと向けられた。ランポスたちはこちらに背を向けている格好だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。クラウスは腰に差したハンターカリンガに手をかけて、颯爽と茂みから飛び出してランポス目掛けて走り出した。
ところが走りだしてすぐに、クラウスは足もとに落ちていた枝を踏んづけてしまった。パキッと乾いた音が静かな森の中で嫌に響く。しかし気づかれたものの、三匹のうちの一匹はしっかりと捉えた。
クラウスが勢い良くハンターカリンガを振り下ろすと、刃はランポスの首から胸を一気に引き裂いた。正面に陣取っていたクラウスはランポスの鮮血を大量に浴びた。再びアプトノスを殺した時の不快感で体が怯んでしまう。そのせいで二回目の攻撃は一回目よりさらに浅くなってしまった。
しかし、怯んでいるのは向こうも同じ。突然の事態にトリ頭の狩人たちは状況を立て直せずにいる。クラウスは再び前に踏み込んだ。振り上げた片手剣に続いて、盾の尖った装飾で一撃目に負わせた傷を深く抉ってやると、出血はさらに激しくなった。力が抜けたような掠れた鳴き声をあげながら、一体目のランポスが地面に倒れる。これであと二匹。
とうとう相手の二匹も事態を飲み込んだのか、こちらに対して激しく吠えて威嚇している。しかもそのうち一体がこちらに対して後ろを取ろうとしているではないか。挟み撃ちの格好になってしまった。
(奇襲が失敗したのが辛い…)
心の中で悪態をつくものの、現状有効な手が思いつかずにいる。その間にも狩人の反撃がくる。前からの爪攻撃をクラウスは盾で防ぐが、同時に後ろからの爪が彼の背中を引っ掻いた。
ランポスの爪はハンターシリーズのおかげで大したダメージにはならなかったが、何度も受けていると危ないかもしれない。
せめて挟み撃ちを防ぐことができれば…そう考えて、辺りを見渡すとフィードの端に根が複雑に歪んだ巨木を見つけた。あの木の根を背にして立てば、挟み撃ちを防ぐことができるだろう。
再び前後からの爪攻撃が襲いかかるが、今度は盾を使わずに彼はその場でしゃがみこむ。すると、勢い余った二頭の爪攻撃は互いの体を引っ掻く形となり二頭を同時に怯ませる形となった。
(今しかない!)
起き上がるとクラウスは一目散に巨木の下へと走った。これで後ろは取られない。盾をしっかり構え直して二頭の襲撃に備える。
その後は敵の攻撃をいなしつつ、適度に反撃を加えていくだけで狩人達は弱っていった。危険を感じた二頭がこちらに背を向けて逃げようとするが、その背に向かってハンターカリンガを振り下ろすと、弱々しい声をあげながらもう一頭が地面に倒れた。
残る一頭もまた逃げようとしている。ところが茂みに姿をくらませようとしていたその時、最後の一頭は突然血を吹き出して数メートル先へと吹き飛ばされた。
(あ、あれ? クエストクリア? いいのかこれで?)
驚いてクラウスが目を凝らしているとすぐにその正体を捉えることができた。体はランポスたちと同じ青い体。しかし一回り大きく、その鶏冠は綺麗なオレンジ色をしていた。爪は通常のランポスよりも大きく凶悪で、これまでの戦績を物語るように鮮血の如く赤く染まっていた。青き狩人を統べる者、ボスの風格がそいつからは感じ取れた。見ただけでわかる、こいつはランポス達の親玉。
「ドスランポス…!」
ドスランポスはクラウスの姿をすぐに捉えた。黄色い眼に捉えられた瞬間、恐怖でクラウスの体が一瞬強ばった。
(目的は達成してるし、一旦引くか? しかし…)
ふと頭によぎるロロア・ロレンスの姿、彼女に早く追いつきたい一心は結果として焦りに変わっていた。今の自分は冷静さを欠いていると、もう一人の自分が言っているような気がしなくもない。だが、そうした一瞬の迷いも親玉は見逃さなかった。
突如飛びかかってきたドスランポスにクラウスは反応することができなかった。逃げるか戦うか、敵前で迷っていた彼は、そのどちらの手段もみすみす取り逃がし、一気に窮地に立たされる。ハンターアームの左腕に食い込む凶悪な爪を振りほどこうとするが、押し倒された状態ではうまく力が入らない。幸運にもその時、クラウスは右手の自由がわずかに効くことに気がついた。
無我夢中で振り回すとハンターカリンガの盾の装飾がドスランポスの前足に突き刺さった。思わぬ反撃にドスランポスが怯むと、その隙に彼は腰をあげて距離を取ることができた。
数メートルの距離で再び対峙するする狩人と狩人。ドスランポスは次にその首を真上に伸ばすと不快な甲高い鳴き声で叫び出した。その鳴き声には一定の規則があるような気がしたが、クラウスはすぐにそれが仲間を呼び寄せようとしているのだとわかった。
鳴き声をあげてものの数秒で、クラウスは青き狩人の群れに囲まれていた。その数親玉含めて六頭。
予定外のフリーハント。しかし、野放しに出来ない理由もあった。ココット村からほど近いこの森丘地帯は行商人などが通るルートも近い。野放しにすればそのうち村にも被害が出るだろう。今ここで退却しても誰も文句は言わないがしかし、立て続けに起こる生命を賭した戦いの中で彼の中の冷静さは目の前の好奇心に負けてしまったのだ。
クラウスは今、この目の前にある冒険をあえて掴むことを選んだ。