タンカを切ってドスランポスに挑むが、クラウスにはこれといった作戦が思いつかなかった。再び木の根を背にして立ったものの、七頭の肉食竜の猛攻をやり過ごす自信がない。自分が窮地に立たされている状況を今更ながら理解すると、体中から冷や汗が出る思いでここに立っている。
じわじわと詰め寄る青き狩人、それを後ろから見物している群れを統べる者。圧倒的なピンチであるにも関わらず、クラウスはこの状況を打破するべく頭をフル回転させた。七頭もいては体力がもたない。いずれガードが押し切られるだろう。
(もっと狭い所へ逃げることができれば……)
すると、たまたま手を伸ばしたアイテムポーチの膨らみに気がついてクラウスはあるアイデアを思いつき、そのアイテムを取り出した。今ランポスたちはこちらを警戒してひと時も目を離していない、これなら確実に効果があるだろう。
「これを見ろ!」
クラウスが叫びながら取っ手のついた円柱状の物体をアイテムポーチから取り出した。叫び声につられてモンスターたちの視線はその円柱状の物体に集まっているのを確認した後クラウスがニヤリとし、直後物体からは強烈な光が発生した。
このクエストで彼が支給品として受け取っていた「閃光玉」と呼ばれるアイテムである。生き物の激しく発光する性質を利用したもので、敵の目をくらますことができる。薄暗い森の中でできるだけ多くの光を得ようとしていたランポスの眼にとって、この閃光はあまりに強烈だったようで、親玉も含め驚きのあまり隊列は乱れ、クラウスの前に抜け道ができる。しかしその道は退路ではなく、森の更に奥へ進むものだ。獣道もはっきりとはしておらず、さらに草木が色濃く生えている森の奥深くへクラウスは足を踏み入れるしかなかった。
背の高い草の中をしばらく歩いていると、狭い空間に出た。辺りにあるのは湖と無数に散らばる草食種の死骸と骨。辺りを警戒しながら広場の中央に進んでいくと、地面の巨大な足跡に気がついた。かなり大きい、一メートル以上もあるモンスターの足跡が続いている。どうやらここは大型の飛竜の憩いの場らしい。
しばらく探索を続けたクラウスはここで入口の狭い洞穴を見つけた。周囲は高い壁に覆われ、ランポスなら一頭ずつしか入ってこれない狭い穴だ。先ほどドスランポスの怒った甲高い叫び声が聞こえてきたから、時間の問題。クラウスはここで迎え撃つことに決めた。
やがてクラウスが通ってきた道をたどるようにドスランポスとその子分たちが姿を見せた。洞穴に佇む獲物の姿を再び視認すると、再び耳障りな叫び声をあげて襲いかかった。しかし洞穴が狭く、ランポスたちは思うように攻められない。
作戦が狙い通りうまくいき、すっかりこちらに勝機が回ってきたことをいいことに、彼はいよいよ反撃に出た。狭い入口で足止めを食らっているランポスを一頭、また一頭と切りつけ仕留めていく。知恵こそ人間の最大の武器。訓練所時代の教官の受け売りだけど、今それを実行している自分は最高にセンスのいいハンターなのではないかとさえ思うと、上機嫌にならざるを得なかった。
手下どもが折り重なって地面に倒れるといよいよ森は静かになり、ついに場面は親玉とハンターの一騎討ち。攻めあぐねた怒りからか、ドスランポスの嘴から荒い息の漏れる音が聞こえていた。
「ようやく正々堂々戦えるな……お前が村の近くを彷徨かれると行商とか色々困る奴がいるんでな、悪いけど狩らせてもらうぜ!」
ハンターカリンガを握り直し、クラウスはドスランポス目掛けて突進する。鋭い前足を盾で右側にいなすと、ドスランポスは行き場をなくした爪のバランスを取ろうとして右半身を無防備な状態でこちらにさらした。その隙に左手で握り締めていたハンターカリンガをフォアハンドで敵目掛けてふり抜いた。
カリンガは腹部に突き刺さり、血が噴き出すと共にドスランポスは苦しそうにうめいて後退する。鱗と革が並のランポスよりも厚いようで、先程のような手応えは無い。
が、これで終わりではない。突き刺さった鋒を更に横に引くと鎌のようなカーブのかかった刃はいともたやすく青い鱗を裂き、生々しい赤の模様を付け加えた。
親玉もやられっぱなしでは無い。痛みに一瞬怯んだものの、横を向いたまま長く細い尾をクラウスが盾を持ってない左手側から叩きつけた。ムチのようにしなる尾が巻き付くようにクラウスの脇腹に直撃したので、衝撃が加わりやすい格好となり、彼もまた痛みで数歩交代する。
「いってぇ……!」
じわりとくる痛みに一瞬めまいを起こすが、意識をなんとか保つことができた。再び襲い掛かる爪攻撃を先程と同じようにいなし、もう一本の赤い模様を加えると、前者の攻撃よりも手応えがあり、出血も多いことに気がつく。どうやら鋒が肺に達したようだ。
ドスランポスの呼吸は最早息も漏れ、弱々しくなっている。こちらに背を向けて逃げようとするが、フラフラと足を引きずる肉食竜に追い討ちをかけるのは難しいことではなかった。クラウスは走ってドスランポスに飛びかかると、腰につけていた剥ぎ取り用のナイフに持ち替えた。突然の出来事にドスランポスは慌てふためき、残りの体力を振り絞って彼を振り解こうとするが、かなわず。
無我夢中でナイフを振り回すと、そのうちの一撃がドスランポスの頭を後ろから貫いた。その瞬間、絶え絶えだった鳴き声もやみ、静かにそれが絶命した。
地面に伏した青き狩人をクラウスはしばらく呆然と眺めていたが、ついに思考回路が体に追いつくと先程くらったムチの打撃も忘れて、ひとり喜びを森の中で爆発させた。
***
ココット村へ帰ると、すぐさまクラウスは村長に呼びだされた。目標を達成したにも関わらず村に帰らず、挙句親玉のドスランポスと一戦交えたことが森丘を監視するギルドの気球から村長にに知られたからだ。お陰で休む間もなく説教が始まり、クラウスはますますグロッキーな様子になっていた。
ギルドのサポートなしに狩ることをフリーハントと言うが、昨日ハンターになったばかりの人間が一日で、しかもギルドのサポート無しに大型モンスターを仕留めたというのは村で一躍話題となった。クラウスの仕留めたドスランポスはじきに新人向けの狩猟クエストとしてクラウスに手渡される予定だったから結果オーライとは言ったものの、ココット村の村長は厳しい口調で最後に釘を刺した。
「今回はたまたま、運が良かっただけじゃ。死に急ぐような真似をするでない」
「ちぇっ、悪かったよ……確かにやばかったのは認める」
これまで体験したことのない世界、本であっても味わうことのできない未知の興奮に浮き足立っていたことをクラウスは認めた。なんとか機転を聞かせて生還したが、ハンターは一瞬の油断が命取りであることを彼は両親の経験からしても十分に理解していた。
「おいクラウスやったな! まさかハンター二日目でドスランポスを倒しちゃうなんてさ」
重い空気を吹き飛ばしたのはロロア・ロレンスの陽気な声だった。今朝会ったときと同じく碧色の竜の防具に身を固めていて、背中には同じモンスターの素材から作られたであろうへビィボウガンが留めてある。後ろからクラウスの肩をバタバタと叩くと、その威力に少し驚きやれやれといった感じでロロアに言った。
「連中、全く数が多くて厄介だよ。一頭ずつおびき寄せて……って聞いてるのか?」
説明しようとしたのに、クラウスはロロアの顔があんまり興味無さそうなのに気がついて話す気が失せてしまった。
「あ、ああ。ごめん……そんな苦戦するやつだったかなーって」
「おいおい嫌味か、センパイ?」
「センパイはやめろ! ごめんーそんなつもりはなかったんだけどさあ……まあいいや。村長、今日も火山だ。頼むぜ!」
結局最後まで言い切らずに、ロロアは村長から受注書を受け取ってさっさと出発してしまった。
「なんだよアイツ。人が必死の思いでやってるっていうのに」
愚痴をこぼしていると村長がなだめるようにクラウスに言った。
「あやつも最初はオヌシのように血気盛んなやつじゃった。知っておるか?」
「訓練所で同じ釜の飯を食った仲間だからな……正直驚いたよ、大剣素振り千回を毎朝自主トレでやるようなアイツが、よりによってへビィボウガンとはね、訓練所でもほとんど人気なかったぞ」
ロロアが背中に留めていた二つ折の銃、へビィボウガンと呼ばれる武器種はかなりの重量があり、それ故抱えたまま走るのは困難である。その代わり圧倒的な攻撃力をもった武器でもあり、初心者には扱いが難しいと言われるが、お世辞にも考えて動くような人間と言えないのがクラウスのこれまでの彼女に対する評価である。そんな彼女がパワー一筋の大剣よりもボウガンに手を出したことが彼にはまだ理解できずにいた。
結局その日クラウスは森丘で再び薬草や生肉の採取を行うだけで、その後はずっと部屋でくつろぐことにした。ベッドに横たわりながらクラウスは訓練所で出会った他のハンター候補生の顔を思い浮かべていた。
(ミランダは元気にしているだろうか……あいつは南方の島へ行くんだっけか。ニコルは北方で、あのムカつく野郎はミナガルデのエリートコース。そういや……隣の部屋でやたら喧嘩売ってくる女がいたな……確か隻眼で……)
そんな風に候補生の仲間の顔を思い出そうとしていたが、やがて睡魔に襲われクラウスは眠りについた。
***
ココット村を出発して丸二日、ロロア・ロレンスは火山のベースキャンプに到着した。ここへはある一連の依頼のひとつを受けてやってきた。大陸の南部エルデ地方の北に位置する火山地帯と、その麓に広がる火の国。彼女はその火の国の姫君の依頼を受けてここまで来た。火山は特に食物連鎖の頂点にいるような強力なモンスターたちのひしめく過酷な土地だ。
「リオレウス一頭の狩猟」 、受注書を握るロロアの手は震えていた。リオレウスなら既に彼女も何回か対峙したことがある。原因は狩猟クエストを表す白い判の下にもう一つ赤いインクで書かれた「亜種の存在を確認」という文字。目撃情報によれば原種本来の赤い鱗とは違う色をしていて、より凶暴性が増しているというのだ。
「確かに怖いけど......ま、いつも通り全力を尽くすだけね」
自分にそう言い聞かせるとクーラードリンクを一気に飲み干して彼女は火口を目指して歩き出した。蒼い翼をまとった空の王者に出くわし、その美しさに見とれていると、ロロアの手の震えが緊張から期待へと変わっていったことには自分でさえ気づくことがなかった。
流れる溶岩の中州に空の王者は鎮座していた。見慣れた姿にも関わらず、それは火山とは対照的な蒼色の光を放っていてその生態の異常さと神秘さを際立たせている。
これだから......
「これだから......ハンターってのはやめられないのよね!」
立ちはだかる生命の神秘を目撃し、ロロア・ロレンスの中でハンターとしての「何か」が弾けた。リオレウス亜種の咆哮を上げるよりも先に、彼女は妃竜砲【遠撃】の引き金を引いた。
***は大きな時間の経過や、視点が変わる場合に使われているものとします。