ホセ・シャイロックは憔悴していた。自分の代わりに泥をかぶり、除隊処分を受けたあの東方出身の後輩について今更ながら後悔するようになったからだ。彼は一度そのことを考え出すと止まらなくなる人間で、それは自身でも嫌と言うほど理解しているつもりだった。
それでも、考えないわけにはいかない。都合よく忘れようとしている己を許せない。彼の失脚は果たして必要だったのか、彼の代わりに自分がその責任を認めていたらどれほど気が楽だったのだろうか。
(もし私が責任を取ることにしていたら、貴様は今の俺と同じように苦しんでくれるのか、ムラマサ?)
ふと焚き火を囲んで談笑していたロロアたち三人のことを思い出していた。会話からしてムラマサは既に実生活に問題のないくらい、どこからどう見ても堅気の人間に見えたが、同じギルドナイツ故にやはり真意が見えない。自分を恨んでいるのではないか、そんな気があったってわかりはしない。それ故にホセは上から言い渡されたこの任務をムラマサに伝えるべくきか、この一日中悩んでいた。
任務は国王の極秘の勅命。「樹海探索において、王国に害をなす因子の排除」。わかりやすく言えば、遺跡の中で王国にとって不利なものが出てきたら隠蔽せよということらしい。
「王国にとって不利なものとはなんだ……? アクラ地方には一体何があるっていうんだ……」
彼らの目指す未開拓地、通称アクラ地方と呼ばれるその地域は大陸の中でも特に情報の少ない地域であった。Gクラス相当のモンスターはもちろん、調査の進まない新種が跳梁跋扈する世界。そんな場所に隠された王国の負の遺産など考えたくもなかった。
(いや、問題はそこではない。なぜ今になってムラマサを再び闇の世界に引きずり込もうとしているのだ、何が狙いだ国王は......)
エリートコースでの訓練、そしてギルドナイツに入隊してからの更なる苦行。彼がここへ来て三年の月日が経過しているが、あの何を考えているのか分からないふざけた性格の国王を未だに許せなかった。
一年前のある日、ホセ・シャイロックは後輩のザトー・ムラマサ(彼の国ではファミリネームが先頭にくるらしい)とともに、ある任務についていた。未だにギルドの認知下になかった辺境の村を保護し、街までのルートを確保してハンターの拠点にする計画があった。ミナガルデからさほど遠くないにも関わらずその村が今まで認知されなかったのは、その地域に新種の飛竜種が姿を見せていて調査が難航していたからだ。
新種のモンスターが村に現れれば、ハンターのいないこの村は瞬く間に壊滅してしまう。安全確保のためにと村と交渉を続けていた二人であったが、指導者が頑なにギルドの傘下に下ることを拒否したため任務は難航した。それでも、ギルドの出張所はダメでも、ベースキャンプ等の設営と、街道の整備という最低限のノルマを取り付けることに成功し手配が始まった。
ところがその矢先、例の新種のモンスターが姿を表した。霧の立ち込めるこの湿地帯の村で二つの赤い光は流星を描くような猛スピードで動き回り、黒い剣のような翼で村を瞬く間に破壊していく。住民の避難を急がせていたホセたちギルドナイツであったが、倒壊した民家の下敷きになった家族を、敢えて見逃したのだ。そう判断したのはホセである。今の自分達ではどうすることもできない、そう判断し、竜車を走らせるつもりだった。ただ一人、ムラマサを除いて。
ムラマサは竜車から降りると新種の黒い暗殺者など見向きもせず、民家の元へ走った。瓦礫を分けてなんとか子どもだけは救出したものの、彼一人で負傷した大人二人を担いで新種のモンスターから逃げるのは不可能だった。彼は十数歳ほどの少年を両親から引き離すと、そのまま竜車に向かって駆け出した。
後日、ムラマサの人命救助行動と、ホセのギルドナイツの部下の保身が天秤にかけられた。自分たちの利益しか考えないギルドの上層部は当然後者を支持した。ムラマサ自身でさえ、仲間を危険にさらして子供ひとりの命を救ったことを謝罪した。ホセの嘆願もあって口封じこそまぬがれたものの、ムラマサは除隊処分の後、ホセ自身による監視のもとで生きることを許された。
そして今にいたる。こうして過去の記憶をたどっていてもホセにはどうしてもムラマサの真意が掴めなかった。いつもヘラヘラとしていて、人に気配を読ませない。彼は常に自身の気配を何色にでもできる天才だった。だからこそ彼は恐れていた。この任務を自分の口から言い渡すことは、かつて突き放してしまった同僚を自分たちの勝手な都合で再び利用するということにほかならない。
(だが命令を伝えなければ俺様もムラマサの命もないかもしれない......あの国王は何を考えているのかわからないし......くそっ!)
勢い良く椅子から立ち上がると、ホセは執務室のデスクにあった電話を手に取りダイヤルを回した。
「珍しいですね、先輩殿の方から呼び出しとは......」
「ちょっと昔のことを思い出してな」
真夜中のミナガルデ、その広場の中心にホセとムラマサは向かい合った。あたりは灯りひとつなく、雲の切れ間から月の光が漏れたりもれなかったりしていて、目の前の空間もそこに立つ人間の輪郭さえもお互いにつかめないほどに暗い瞬間さえある。最初はひょうひょうと姿を表したムラマサだったが、ひと目ホセの表情を見ると何かを察したのか口を固く結んでこう言った。
「もしかして……本当に拙者を斬りにきたでござるか?」
「暗殺ならもう少しコソコソやるさ」
「ホッ……驚いたでござるよ〜先輩とまともにやりあったって勝てるやつほとんどいないでしょうに」
「俺様は貴様に正々堂々、久しぶりに勝負を挑みに来た」
「なるほどなるほど……ってええ!? あの……」
ムラマサが抗議の声を上げる前にホセは動いていた。外套の中からナイフを掴んだ腕が出てきて瞬く間にムラマサの眼前に突きつけた。あまりに一瞬の出来事にムラマサは目をつぶることしかできずにいると、ホセは大きなため息をついて一言、「随分と腑抜けになったものだ」 と呟く。突き付けたナイフをその場で180度回し柄の方をムラマサに差し出すと、自分は外套からにもう一本のナイフを取り出した。
「……いいんですか?」
「殺すつもりで来い」
ムラマサもナイフを受け取ると、数歩下がって構えの姿勢になった。先ほどと打って変わってムラマサの気配が急にどす黒くなった。久しぶりに感じるムラマサの殺気。何十もの槍で身体を貫かんとする激しいプレッシャーにホセは生唾を飲み込んだ。
次の瞬間、ムラマサは目にも止まらぬ早さで地面のタイルを蹴り、ホセの鼻先に鋭い一閃を加えた。かろうじて身体をそらして反応したホセは大振りして無防備になったみぞおちを柄で思いきり小突く。ムラマサは呻きながら崩れ落ちたかに思えたが、ナイフを持ってない方の左手で地面に手をつくと逆立ちして体の捻りをバネにハイキックをホセの顔に加えた。キックをくらったホセは横に吹っ飛んだが、ムラマサは警戒を解くことなく、ホセにこう言った。
「吹っ飛んだふりしてぬか喜びさせるのやめてほしいですね。ま、どうせ手応えで分かりますけど、先輩?」
「おい......いつもの口調はどうした?」
「そんなこと今はどうでもいいでござるよ」
「お前はいっつもそうやってふざけたことを言う。何が本心なのか分かりゃしない」
「何をおっしゃるか、全部拙者でござる!」
次に動いたのもムラマサ。再びナイフを持った右手でホセの腹部をめがけて突きを入れるが、ホセもこれをナイフの柄で脇にそらし、左ストレートをムラマサの顔面にはなった。だが顔面殴打に怯むことなく彼はそらされたナイフを逆手に持ち替え、脇腹目掛けて横に突き刺そうとする。それをさらにホセは手刀で小突いて阻止する。だがこれで、ホセにはムラマサのもう一方の腕を阻止する手段がなくなった。彼の左ストレートがホセの顔面に直撃すると、ようやく彼は数歩後ろによろめいた。
ムラマサはそのまま攻撃の手を緩めない。さらに踏み込んでホセの懐に入ると心臓目掛けて深々と突き刺した。
「どういうつもりですか先輩? 殺すつもりで来いとか言っといて......おもちゃじゃないですかコレ」
ムラマサがホセからナイフを離すと柄からおもちゃの刃がシュッとでてきた。
「これが実戦だったら、俺様は貴様に殺されてたわけだ。元ギルドナイツに敗れるようじゃ俺様もまだまだだな」
そう言ってホセは自分が手にしていたナイフを捨てて、両腕を上げて降参のポーズをとる。それを見てムラマサも持っていたナイフを地面に落とした。
「先輩のことは恨んでいませんよ」
突然ムラマサが口を開いた。尋ねようとしていたことを先に答えられてホセは少し驚いたが、お構いなしにムラマサは続けた。
「拙者は自分の正しいと思うことをしたいのでござる。先輩も同じでしょう? あの場であの家族を放っておきたいなんて思った同胞は一人としている筈がない。みんな同じ気持ちだったでござるよ。そして先輩はリーダーとして、それを断腸の思いで諦めた。みんなが言えなかったことを敢えて言うことで、恨まれ役を買ったんですよ。違いますか? 」
ホセはただ黙ってムラマサのいうことに耳を傾けていた。いつの間にか月が雲から飛び出し、広場に立ち尽くす二人の人間を照らしていた。未だ申し訳なさそうにしている顔を見て、ムラマサはあきれ顔でさらにこう言った。
「腑抜けはどうやらそっちの方でござるね」
「ムラマサ......」
「依頼」
「えっ?」
「引き受けますよ、依頼。喜んで調査させていただきますよ」
「ま、まだ何も言ってないぞ?」
「実は既に連絡を頂いてまして......」
「やれやれ、俺も信用されてないんだな......ギルドナイツやめるか」
「先輩が辞めたら、拙者と違って間違いなく口封じされるでござるな」
「うるせえよ......」
ザトー・ムラマサが除隊処分で済まされたもうひとつの理由、それは彼が対人戦闘のプロフェッショナルであり、彼を暗殺すること自体不可能と判断されたからということは、ギルドナイツの中でもタブーとされている。
***
こうしてロロア達が志願した通り、三人は調査隊のメンバーとして認められることになる。それからの二週間、彼女らは探索に向けてそれぞれ準備を進めた。ロロアは妃竜砲をリオレイアの素材でさらに強化し、ヴェロニカはなんとか大地の結晶を集めて、太古の塊を磨き切り、パルセイトコアを手に入れた。ムラマサも自身の考案した防具を着込み、斬破刀を鬼斬破にまで強化した。出発日、ミナガルデの街では壮行式が華々しく行われ、アクラ地方を目指す調査隊はまず、大陸の最西端であるフェニスクスと呼ばれる港町を目指して進行を開始した。
クラウス・クローゼがミナガルデの街にたどり着いたのは、それからさらに一週間後のことであった。彼はロロアの帰りをミナガルデで狩りに勤しみながら待ったが、半年後帰還してきた調査隊の中に彼女の姿を見つけることは出来なかった。
どうもSHIPSです。ようやく物語が動き始めるということで真面目にここまでひとりブツブツ振り返ります。
既に何度か戦闘描写を書いているので、お分かりいただいてる方もいるかと思いますが、戦闘は割とゲームらしさを抜いています。写実より()です。首を切れば落ちるし、肺や頭は一発撃つだけでもゲームの感覚よりかなりのダメージになります。
それにしても……リアルさを追求したいのが今の目標なんですが、それだとどうしてもキャラとモンスターのパワーバランスとか折り合いを付けるのに苦戦します。とくにムラマサ。あんな長い刃渡りの刀振り落としたら普通まっぷたつだろ……とはいえ切れない刀ってのもかっこ悪い……この辺りを不自然にしないかつ、戦いをスタイリッシュに白熱させたいという板挟みに苦しんでます。あともっと苦戦させたいけど露骨に怪我させるのもなんだかなあ……って感じになってます。簡単にネコタクgoするのもそれはそれで描写するとシュールだし。結局どうするのかこのあたりは分からん。
3人の武器は描写がイメージしやすく、書きやすいからという理由で選んだ経緯があります。個人的に太刀=東洋人は鉄板。狩猟笛とかどう描写したらええねん……狩猟笛やランス系使ってるキャラの出てくる作品で、こんなのあるよとかありましたら、教えていただけると嬉しいです。自炊してもいいんですよ? 自炊はダメか。 ご口授ねがいます。
それでは、これからも宜しくお願いします。