調査隊が出発してから1ヶ月がたとうとしていた。何度か大型モンスターの群れに遭遇することはあったものの、三十人もの熟練したハンターたちの敵ではなく、生態系を崩さないように捕獲などの配慮も行いつつ彼らは進行した。概ね進路も順調で、このままのペースならあと三日で大陸最西端の港町、フェニスクスにたどり着く計算だった。
「それにしても、暇だなあ......」
竜車の引く荷台の上に寝そべって、ロロア・ロレンスはぼやいていた。防具も身に付けず、下着に外套を羽織っただけの姿で昼寝を楽しんでいた。出発して直ぐにゲネポスの群れにあたり、その後はダイミョウザザミの大発生。かと思えば今度はドスガレオス相手に砂まみれの一日。セクメーア砂漠では毎日大型モンスターとの戦闘に明け暮れていたというのに、砂漠を突破した途端驚異となるモンスターの影はほとんど見えなくなった。ここ数日は不気味なほど静かで、砂漠でのロスをあっという間に取り戻してしまうほどだ。
狩りに際しても、怪我人こそほどほどに出るものの、甚大な被害はなかった。ハンター、王立書士隊、商業ギルド、医療班の各指導者が定期的に会合を行い問題点や今後の予定について話し合ってはいる。だが、調査隊の中にも派閥と言うものができ始め、特に戦闘員であるハンターの非戦闘員に対する軽蔑が時として見られ、ロロアもそれを何度か目撃していた。若い書士隊の少女がハンターが言い寄られている現場を目撃して、彼女も一度止めに入ったことがある。
「大丈夫か? そのローブ王立書士隊か、若いのに大したやつだな」
「......ハンターなんて、嫌い」
「あ......お、おい!」
ロロアのフォローも虚しく、その少女は去っていったが。
もちろん、この現状を許さないとするハンターもいる。中でもハンター代表を勤める熟練のGクラスハンター、セルゲイ・ゴールウェイのカリスマ性には、基本自由人であるロロアも一目置いていた。
彼の放つオーラは人を鼓舞し、激励する。現に先のドスガレオスとの戦いでは、鬼神の如く大剣を振るい、砂中を泳いでいたドスガレオスを何頭も釣り上げた。そんな姿がロロアも含め他のハンターたちの闘士を焚きつける。いつごろかセルゲイのことを「武神」と呼ぶ者さえ現れた。この調査が終わる頃には生ける伝説とかになってそうで、ロロアにはそれが若干楽しみでもあった。
「生ける伝説とともにアクラ地方探索を生き残った。これ以上の名誉はないよねえ......クックック」
「何を一人で笑っているのですか、ロロア?」
一面青いはずだった視界に割り込む一人の影、これまでロロアとともに幾多の狩猟を行ってきた戦友の一人だ。出会った当初は「絵本の中のお姫様」と評していた彼女だが、ここ数日の戦いですっかり大人の女性に成長していた。もっとも、彼女が大人びた理由についてはロロアにはもう一つ心当たりがあるのだが。
「昔も昔で可愛い顔だったけど、今のヴェロニカも素敵だなあ......」
「えっえええ!? 急に何っ?」
うっかりロロアが口を滑らすと、ヴェロニカ・ガヴェッタは頬を赤らめてあたふたし始める。基本ノーマルな彼女も困った顔をするヴェロニカの可愛さには時折グラついてしまうことがある。
「ってロロア、もしかしてまたパンツ一丁で外套まとってるの? はしたないからおやめなさい!」
「い、いいじゃないか、砂漠で汗かいてて気持ち悪かったんだよ。本当ならパンツも履きたくないところをこっちは我慢してやってるの!」
「い、いくらロロアでもそれはドン引きですわ......」
「あ、ああ悪い......流石に冗談だよ」
まったくあなたはそれでも花も恥じらう乙女ですかと説教を始めるヴェロニカをよそに「それにしても」、とロロアは呟く。
「ムラマサがあれだけ危ない危ない言ってた割には、今のところ順調そのものだよなあ私達」
「何を言ってるの、本当に大変なのは海を越えた後ですわ。いえ、海からが本番です。ムラマサが言うには、海には海竜種と呼ばれるモンスター達がいて......」
そう言って、ヴェロニカは外套のポケットからメモを取り出して解説し始める。今回の探索地、アクラ地方の樹海はムラマサの故郷シキ国のさらに北に存在する。そのシキ国から海を越えてやってきたムラマサは、旧大陸と新大陸をわかつこの海のこともよく知っていた。だが昼の陽気に当てられて、とても勉強どころではないとロロアは彼女を制してさらに他の話題をふることにした。
「それで? ムラマサとはどこまでいったの? 付き合ってるんだろアンタ達」
ヴェロニカの手からメモ帳がばさっと落ちる。体の動きがピタッと止まったかと思えば、その白い肌がフルフル亜種のごとく紅潮し、次の瞬間彼女の頭は煙を出して爆発した。
「な、なななーー!?」
その悲鳴は調査隊のほぼ全員に聞こえるほどの大声だった。すっかりパニックに陥ったのか、彼女は言葉ともいえぬ言葉を喚きロロアの肩を掴んではゆっさゆっさと振り回した。
「い、いつ気づいたんですの?」
気がつけば涙目になっているヴェロニカだが、意地悪そうにニヤニヤしながらロロアは「今の反応で!」と答えた。
「で? アイツはその後アンタになにかしたかい?」
「そ、それは......まだですわ」
「はぁ? 男じゃねーなーアイツ」
「そ、それよりロロア......隠していてごめんなさい。チームが気まずくなるかと思うと言うに言えなくて」
「えっ? なんで気まずくなるんだよ?」
「えっ?」
「私はむしろ、アンタたちがいつになったらくっつくのか楽しみにしてたぐらいだよ」
「え、ええーー!?」
「そこの二人! 昼寝をしているので静かにして欲しいでござる!」
タイミングがいいのか悪いのか、後方の竜車の上に噂の男が現れた。東方の部族の装束に身を包み、無精髭を生やした長身の男が荷台の上に立っている。以前まで後ろで束ねていた髪をバッサリと斬り、前髪をおろしたその姿はかつてロロアが初めて彼に出会った時よりも幼く見える。
「やっぱりそっちの髪型のほうが似合ってるよ、ムラマサ」
「お褒めにあずかり光栄にござる。しかし、それはそれ。うるさくて昼寝ができない!」
「うるさくしてたのはヴェロニカだろ?」
「そ、それは......そうでござるが......」
「それとも、やっぱ贔屓してんのー? 可愛い彼女だもんね? 仕方ないかー?」
「へっ?」
猫なで声を出してロロアがからかったその瞬間、ムラマサの体がピタッと止まった。やがてその顔は瞬く間にリオレイア亜種のごとく紅潮し顔から煙を出して爆発した。
「な、なななーー!?」
「うるさいぞムラマサ」
セルゲイから数十分に渡る説教を受けたあと、三人は自分たちに与えられていた竜車のテントの中に戻った。
「別に隠すことなんてなかったのにさ!」
「うう......面目ない。二人ともこのような、こ、恋人関係を持つのは初めてで、一体どうしたらよいのやら......」
「なーんだ、そんなことかよ。私は気にしないよ。それよりちょっと耳貸せ、ムラマサ」
そう言って手招きしてムラマサを呼ぶと、ロロアは彼の耳元でアドバイスした。
「一番後ろの竜車、藁しか積んでないから。狙い目だぜ」
「ばっ......ロロア殿! 拙者たち、まだ手も握ったことのないレベルでして......」
「......なーんだそんなの、さっさと済ましちゃえよ」
ダメだこりゃとロロアはため息をつき、それを不思議そうにヴェロニカは見つめていた。
「その洞察力を先のダイミョウザザミ戦に活かしていれば、狩猟数でトップになれなかもしれないのに……」
「私はそんなものに興味無いぞ。生き残ればそれで満足なの」
これまでの戦いはGクラスハンター30人の手にかかれば赤子の手をひねるような物であった。ハンター達はここぞとばかりに競うように行く手を阻む敵を狩猟した。ロロアたち第10チームも何度か参戦し、それなりの戦果をあげていた。最年少Gクラスハンターとしての意地というものよりは、「自然に戦った結果」だとも彼女は言うが。本当の戦いはやはり海をこえたあとだろう。
彼女もロロアに気になることを尋ねた。
「ロロアにはいないのですか、そのような気になる男性というのは?」
「うーん......どうだろうねえ? いるっちゃいるんだが」
「一体どのような男なのでござるか?」
「ロロアのことだから、きっと年下ね」
「えっ?」
心に浮かんでいた相手の特徴を一つ当てられて、ロロアは内心ドキッとした。今まで二人に対して恋愛には手馴れてるといった感じを装ってきただけに、ヴェロニカの意図せぬ反撃に声が裏返ってしまった。
「おお、どうやら図星のようだヴェロニカ!」
「これはいわゆる図星ですわね、ムラマサ!」
「ちょ、ちょっとまて! 私はクラウスのことをそういう目で見てるんじゃ......ってヤバっ」
「クラウスというらしいぞヴェロニカ!」
「クラウスですって、覚えましたわー!」
(息ピッタリだなチクショウ!)
初めてロロアは二人をくっつけたことに後悔した。
「なるほど、そのクラウスという方はロロアの後輩ハンターで、訓練所時代からの付き合いというわけですね」
「まあ、そういうことになるな。アイツ、私に憧れてて時々無茶するんだけど、なんつーか見てると私も頑張らなきゃなって気持ちになるんだよなあ」
「つまり両想いにござるか」
「それは両想いってことね」
「い、いちいち復唱しなくていいから......つか、ほんとに仲いいよなアンタたちは。ほんと......」
ほんと、見ていて羨ましくなるくらい。そう言いかけて慌てて口をつぐむロロア。
「ロロアはクラウスと仲良くないのですか?」
「せっかくアイツ頑張ってたのに、私はさっさと先へ言ってしまったからなあ......今はどうしているやら。手紙も出してないから、まるで分からないなあ」
(先に行って待ってるぜなんて言っちゃったけど、ちょっとかわいそうだったかもな)
ロロアは自分がココット村を出ていった日のことを思い出していた。クラウスがココット村に来てからというもの、彼の目覚しい成長ぶりに彼女は嬉しさとともに焦りを覚えた。だからこそ、二年の月日が経って自身の狩りにマンネリを感じていた彼女は、その夜村長にもっと難易度の高いクエストを手配してくれと頼み込んだ。村長は自身のハンター時代のコネで、ミナガルデのカウンターで依頼されていた火の国の依頼を彼女に回した。リオレウス亜種という久々の強敵と対峙したことで、彼女は完全に向上心を取り戻したのだ。
「そうだなあ......怒ってるかもなアイツ。今更付き合ってーとか言ったらどんな顔するんだろ」
「ロロアがそんな顔をするの、初めて見ますわ」
「そんなひどい顔してるか?」
「産気づいたケルビのような顔ですね」
「いや微妙にわかりにくい例えだぞ、それ......ってえっ?」
最後に聞こえた声はロロアにもヴェロニカにも、そしてムラマサにも覚えのないものであった。慌てて三人が声の方向を振り向くとそこには紫色の外套をまとった褐色肌の小柄な少年が立っていた。調査隊は自身の所属するグループごとに纏うローブの色が異なる。ハンターはオリーブ、サポーターはベージュ、そして紫色は王立書士隊だ。
「申し遅れました、僕の名前はパスカル。王立書士隊メンバーとして、貴方達のチームに加わることになります。どうぞ宜しくお願いします」
丁寧に自己紹介をすると王立書士隊のパスカルと名乗るその少年は深々と頭を下げる。顔を上げるといそいそとずれた丸メガネを直すその仕草は、かなり頼りないイメージを三人に与えた。ヴェロニカはきょとんとし、ムラマサは訝しげに彼を見つめ、そしてロロアは思い出した。今日からチームに王立書士隊のメンバーが配備されるということを。
呆然とする三人をよそに、少年はただニコニコとこちらに微笑んでいた。