狩人達の軌跡   作:SHIPS

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ドルコン主人公の読み切りです。本編の内容が分からずとも理解できるようになってはいますが、3-6だけでも読んでおくと助けにはなるかと。


※直接的な表現は控えていますが、微妙にエロいので苦手な人は要注意です。




ドルコン外伝・砂滸伝(読み切り)

 新大陸、タンジア。旧大陸と新大陸を分かつ青い海が面するこの街は、ロックラックやガランなど新大陸側では他の大都市ほどでもないが、仮にもG級クエストカウンターの設置されたハンターズギルドの指定する主要な狩人達の拠点のひとつであった。岬にそびえたつ炎の燃え盛る巨大な灯台を目印に、毎日多くの交易船と客船が往来する。

 

 ギルドの置かれるきっかけとなった遥か昔現れたという災厄によって一度壊滅の危機に追いやられたこの港町は、ガラクタを積み木のように組み立てて利用した建築が不格好に並んでいて、お世辞にも上品な街並みとは言えないが、多くの狩人達にとっては街の景観などそもそも気にもとめないのであろう。大事なのは機能と活気。狩人達にとって都合の良い拠点と言うのは、利便性と人口これにつきるらしい。人口が多ければそれほどクエストの依頼も豊富になるからだ。スラムを彷彿とさせる街の雑然さとは裏腹に、G級クエストも取り扱うこともあってここのギルドは意外に稼ぎもよかった。

 

 環境ゆえに、今では新大陸の中でも名高い喧噪の大都市ロックラックの砂を嫌ってこちらに移動してくる腕の立つハンターも多いらしい。こうした砂漠地域の人間にありがちな無慈悲でリアリストな気質は風に乗ってここにも伝染し、結果的にロックラックほどでないにしろ、この港町の治安も良いとは言えなくなった。

 

 ドルコン・デネザは漁師の子どもとして、このタンジアで育てられた。幼いころから父親の手伝いをしていたこともあって、素潜り、モリ漁など一人前に生計を立てられるほどには鍛えられている。

 

 ハンターとしての訓練を受けていないものであれば、小型の肉食モンスター一頭であっても討伐するというのはかなり危険な行為であったが、彼が17歳の頃には「お小遣いかせぎ」と称して漁の合間にこっそりルドロスに喧嘩を売るのが日常となっていた。肉食獣の素材は魚よりも高価で取引されるのだ。幸い父親も優秀な漁師であったために食い扶持に困ることはなかったが、それでもドルコンは漁の傍らにお小遣いをせっせと貯めていった。

 

 ある時、彼が必要としていた額がそろった。安価な大量の小銭を袋につめて、大事そうに抱えながら彼は家を出た。小さいころからずっと眺めるだけであったそれを手にするために、彼は道を急いだ。

 

 だが不幸なことに工房まであと少しというところで突然地面が揺れだし、小銭の入った袋を道に放り投げて転んでしまった。それはここ最近タンジアを悩ませていた謎の地震であった。袋に入った結構な重量の小銭は鈍器のようにだるい弧を描いて、前を歩いていた屈強なスキンヘッドに直撃する。

 

「おうおう兄ちゃん……慰謝料にこれもらってくぜ! 手を上げないだけましだと思えよクソガキ……!」

 

 ドルコンは言い返せことができなかった。男の装備する防具と背中に留められた大剣「真・リュウノアギト」の威圧感に恐れをなしてしまった。この男はタンジアのギルドで幅を利かせているハンターの一人。いくら他の漁師より力があるとは言っても、本業で本格的な肉食獣の狩猟を行う者に力で勝てるはずなどない、と彼は悔しそうに歯を食いしばるしかなかった。

 

 だが、そんな屈強な男の前に立ちはだかる細い影があった。この温暖な港町では見ているだけで暑苦しくなるような黒の外套に身を包んだ女が、俯きながら大男に近づいてこう言い放った。十字架や特徴的な文様が見える。おそらく宗教家の女性なのだろう。

 

「その人のお金を返してはくださいませんか?」

 

 ドルコンは昔からどちらかと言えば女性に対して奥手だった。朝から晩まで海に潜りっぱなしだし、昔から魚を取るのは男の仕事。そんな男だらけの社会で育った彼にとっての女性は母と祖母のみ。だからこそ、こんな風に自分の味方になってくれる美女など見てしまったら、心がどうにかざわついてしまうのは仕方のないことだろう。

 

 異国情緒のある黒い外套に身を包んだその女性に、ドルコン・デネザは一目ぼれしてしまった。女性にまるで免疫のない彼は、その清廉な色白の表情と服の下からでもわかるグラマラスな体つきに思わず息を飲んだ。長くて気品のある紺色の髪は三つ編みに結っていて、フードの脇から鎖骨あたりまで垂れている。

 

「あん? なんだてめぇ?」

「神はいつでも、あなたの行いを見ています。ギルドナイツが見ていなくても、ね」

 

 細く長い指を厚い唇に載せるとウインクをして、女性は「だめですっ」と男性をたしなめる。男もその美貌に一度はひるむものの、すぐに調子を取り戻したようで耳を赤くしながらも「そこどけっ!」と女性を肩を掴んでむりやり道から退かそうとした。

 

「あ、危な……」

 

 一目ぼれの女性が襲われそうになって、思わずドルコンも後ろから男の体にしがみつこうとしたが、その両腕は空を切った。彼が大男を掴むよりも前に、この女性が男をいともあっさりと上に持ち上げて、近くに止めてあったアプトノスの餌の藁の中に投げ捨ててしまったのだ。何が起こったのかも理解できずに男は「へっ?」と情けない声を上げただけで、藁に投げ込まれた。目を見開いたまま、大男もドルコンもしばらく開いた口がふさがらなかった。女性はなおもニコニコしながら道端に散らばったドルコンのお小遣いを一枚一枚丁寧に拾い上げると、袋に戻して彼に返した。

 

「お仕事お疲れ様です。神様ではありませんが、頑張っていらっしゃる殿方にちょっとしたご加護です」

「……あ、ああ。ありがとうございます。シスターさん」

 

 ドルコンはすっかり彼女の顔、体、立ち振る舞いすべてに心を奪われてしまっていた。彼女は一体何者なんだろう。見たところ年は同じくらい。この辺りでは見たことのない服装と顔立ち、おそらく彼女は他の街からやってきたのだろう。ということは仕事を求めてやってきたハンターか。なるほどあの屈強そうな男も持ち上げてしまう訳だ。そのまますれ違っていく彼女の肢体を、目尻の端に消えていくまでじっくりと横目で堪能し、やがてドルコンは自分の買い物を思い出して工房へ向かった。

 

 

 

「なんでだよ! お金ならちゃんと足りてるじゃないか」 

「そういう問題じゃねえんだよ、坊主。分かってくれや……」

 

 ドルコンはひどく落胆した。こうしたハンターの武器というのは、一般人にはそもそも買う資格すらないのだと職人に告げられたからだ。ハンターの武器は扱いが難しく、また片手剣一本でもそれなりの重量があるために下手な一般人が持つには危険な代物だと彼は説明した。まして彼の注文しようとした武器は大剣「アギト」。当然ながらハンターとしての鍛練を受けていないドルコンにまともに扱えるはずがない。

 

「自慢じゃないが、これでもルドロスぐらいなら何度も狩ってるんだぜ!」

 

 つい口を滑らせてしまったのが災いして、ドルコンは港中に響き渡るほどの怒号を浴びる羽目になる。

 

「ったくよぉ……ここにギルドナイツがいなくてよかったぜ。私益を目的とした過剰な密猟は間違いなくブラックリスト入りだぜ? 酷けりゃ問答無用で斬首だ斬首! ただでさえ新大陸のギルドナイツはガラが悪い上に、ポイント稼ぎにこっちから喧嘩をふっかける始末の悪さ。 密猟者に武器を売ったとなりゃあ俺の首だって明日も胴体の上にくっついてることか……なあ悪いこたぁ言わねえよ坊主。せめてハンターとしての訓練を受けてりゃ文句も言わねえが……」

「ハンターの訓練か……」

 

 ドルコンは先ほど出会った敬虔な女性のことを思い出した。ハンターになれば、『アギト』が手に入るだけでなくあのような可憐な女性とも親しくなれるのだろうか?

 

「ようし、分かった! じゃあ俺ハンターになるよ!」

「はぁ? お前本気か? そんな簡単に決めていいのか!?」

「さっきも言っただろうが。これでもモリでルドロスとやりあうくらいの力は……」

「ああぁだからそういうことは黙ってろ! さっさと帰れ!」

 

 

 

***

 

 

 

 実に間抜けな話だと、ドルコン・デネザは今でもその話を蒸し返されると恥ずかしくなる。あのファティマ・モーセフザイの本性さえ知っていれば、ハンターになることもなく、彼はおそらく一生漁師としてタンジアで平和に暮らしていたことだろう。

 

 アギトを買うつもりだった小遣いにその後もせっせとルドロスを狩って得たボーナスも加えるとなんとかネコタク準快速(ネコタクエクスプレスより少し到着が遅い)、ロックラック行きに足りた。家族に置手紙を残して身ひとつで乗り込む。途中砂上船に乗り換えながら、ロックラックの正面玄関を表す一対の白い巨塔の前に彼はやってきた。その巨大さにあっと息をのむドルコンであったが、あわてて視線を足元に戻す。御上りさんと思われると厄介だからだ。既に自分を狙ってスリの魔の手が近づいているのかも――所持金がたったの42ゼニーだということも忘れて、ドルコンがキョロキョロしていると巨塔の影でうずくまるぼろいマントを着た人物が見えた。物乞いだろうか。「すられるよりは思いきって世のため人のため」と、彼は物乞いに近づいて――ぎょっとした。既に干からびていたのだ。よく見るとボロ布の隙間からはあばら骨が数本なくなっている。明らかに人為的に摘出されているようであった。

 

 大砂漠のまっただ中、一枚岩の中心にそびえたつ巨大な峰山龍の牙。伝説ではこの巨大牙の主、峯山龍ジエン・モーランが一枚岩に激突、岩に突き刺さった牙から水がわき出てオアシスになったと言われている。オアシスを中心に周囲の砂漠の民族が寄りあうようになったこの街は、一文無しどもの駆け込み寺とも呼ばれるように、ちょっと裏通りをあるいてみればいかがわしい素材に謎の薬。ガラの悪い行商人たちは、いかにもならず者という一面を持ち合わせる。

 

 彼らの誰しもが、かつて夢を求めてここへ来た者のなれ果てとは言わないが、故郷ではそれなりに腕利きだったと豪語する荒唐無稽な放浪者も一定数いることから、やはり人間の境遇というものはここロックラックの天気予報よりも予測がつかないのだろう。

 

 その後もおどおどしながら表通りを歩いていると、ドルコンに声をかける獣人種が現れた。

 

「ロックラックへようこそニャ。私はここでガイドをしているニャ。名前はサルサ」

 

 ネコのような外見をした獣人種、アイルーは燃えるような赤のドレスを身にまとっていて目立っていた。下手をしたら、今ドルコンが着ているものより高いのかもしれない。

 

「訓練所ってどこにあるんだ?」

「訓練所なら、集会所で申請を行った後、定期便で直行ニャ。お兄さんはハンターになるのかニャ? ここは刺激的な街ニャ。ぜひとも一生をここで終えるたくましいハンターになって欲しいニャ……タンジアなんて魚臭い港町、お兄さんには似合わないニャ!」

「ハハッ……考えとくよ」

 

 ドルコンの中で、干からびた老人の映像がフラッシュバックする。夢を追う人間がいる一方で玉砕する者も一定の比率で存在することを忘れてはならない。そのような教訓をつい先ほど教えられて彼は素直に喜べなかった。サルサのかける御土砂もほどほどに、こんな場所でハンターを続けていたらモンスター以外にも様々な死因がありそうだ、と彼は身震いさえした。

 

「ドハハハ!! 聞いたか黒鬼? 黒龍の一件以来、俺たちの名前をかたる狗竜の骨が大陸各地に現れているらしいぞ!」

「バハハハ!! 赤鬼よ、俺たちも人気が出てきたなぁ! 今日は狩りに行かず祝杯といくか、狗竜の骨どもは俺たちに乾杯(完敗)ってなあ!」

「相変わらずだなぁヘルブラザーズ……」

「しかし各地を旅しているだけあって、実力も折り紙つきらしいな。古龍種とやりあってるだけあって風格も違うぜ」

 

 

 ロックラックの集会所。大声でしゃべる二人組のハンターを尻目に、ドルコンもハンター候補生として登録を済ませてネコタクを待っていた。酒場の様子を眺めていると、見覚えのある集団を見つけた。ネブラシリーズと呼ばれる装束に身を包んだあの女性が集団の中にいたのだ。ファティマの方もドルコンの姿に気づき、何かを仲間に伝えると、こちらに走ってきた。身体が揺れるたびにその豊満なふたつの砂丘が、陽炎のように視界の先で揺らぐ。

 

「顔が赤いですわよ。ロックラックでは肌を隠していないとあっというまに焦げてしまいます」

 

 あろうことかファティマは黒い修道服を脱ぐと、ドルコンの頭から肩にかけてかぶせた。修道服を脱ぐと、隔てるものがインナー一枚となったその砂丘はますます形をはっきりと帯びるが、すぐに後ろからやってきた彼女の仲間が代わりの外套をかぶせてしまったので、彼のオアシスは蜃気楼のように一瞬のうちに消えた。

 

「それにしてもこうしてまた再び会えるとは思いませんでした。私、ファティマと申します。私もこれから仕事で訓練所へ向かうところでしたので」

「ど、ドルコン・デネザ……仕事って?」

 

 聞けば彼女は定期的に訓練所に顔を出して、『慰問』を行っているらしい。

 

「どうして訓練所に慰問なんだ? ふつう牢獄とか孤児院だろ?」 

「ああ……すぐにわかるかと思いますよ」

 

 今思えば、これが彼にとって引き下がる最後のチャンスだったに違いない。

 

 

 

***

 

 

 

 訓練所はロックラックをはるかに超える過酷な環境であった。

 

(なるほど……こりゃ慰問でもないと、自殺者が出かねないな……)

 

 ギルドの管轄するハンター訓練所は旧大陸、新大陸にいくつかあり、それぞれ腕によりをかけた教官の指導の元、厳しい鍛練が行われる。なかでもロックラックの管轄するこのハンター訓練所は新大陸では一番の名門であり、なおかつスパルタ教育で有名な場所であった。その代り実力ある者はそれなりの待遇も受ける。飛び級制度が採用されていて、最短記録では本来の期間3年のところを、1年で卒業した猛者もいるらしい。

 

 ドルコンが訓練所についてものの数分、彼は大砂海に命綱なしで放り投げられ、灼熱の太陽とデルクスのひしめく中飲み水も無しに1時間泳ぎ続けろと言い渡されたのである。幸い水中での泳ぎにはなれていたドルコンは、ほとんど砂を飲み込む前に砂中での体制の維持の仕方や空気の確保の仕方を理解したが、下手をすればこの訓練で脱落者が出かねないだろう。もがけばもがくほど砂の中へと沈んでいく体。砂と共に生きてきたロックラックで生きる人間にとってはこれも必要最低限の知恵なのだろうか。

 

 砂中でのサバイバルを覚えた後は地下に掘られた地底湖で重りをつけて泳ぐというもの。新大陸では狩猟地の中には完全に水没していたり、海中でもモンスターを相手にしなければやってられないこともある。基礎体力や持久力は最重要項目とみなされているらしい。重りを付けたうえでの泳ぎに慣れたら今度は大剣を持たされてやはり水中での素振り。指定の回数をこなさなければ息継ぎに上がることも許されない。

 

「こ、殺される……」

 

 訓練初日を終えて、既にドルコンの心は折れかけていた。同じ便で訓練所に来ていた他の仲間はドルコンを除いて全員がその日の夕方の便で逃げ帰った。命あるだけマシだと教官はぼやくが、その一方で初日を終えたドルコンを待っていたのは先輩たちからの熱い激励と歓迎だった。いつからかこの訓練所では初日の試練を乗り越えた者への歓迎パーティが行われるようになっていたのだ。

 

「俺の負けだ、もってけドロボー!」

「毎度ありっ!」

「なかなか見込みがありそうだなお前。よそもんにしては、だがな」

 

 ここが砂漠であることも忘れそうな豪華な食事があっという間に訓練生たちの胃袋に収まっていく。魚介中心の食生活だったそれまでのドルコンの身体は獣の肉というものがこんなにありがたいものだとは知らなかった。自らも獣になった気分でローストされたキングミートにかぶりついているが、食堂の扉が静かに開くと大広間の訓練生たちは手を止めてその方向を見た。ある者は手鏡を出して身だしなみを整えたり、顔にベッタリとついた肉汁をあわててインナーの袖で拭いたりとその様子は実にさまざまである。

 

「ついてるなお前。今日は慰問の日らしい……あのファティマ嬢のありがたいお話が聞けるぜ」

「胸と尻に気を取られて、内容なんざほとんど入ってこねぇけどな!」

 

 ドルコンの隣に座っていた先輩の候補生がささやく。ファティマ・モーセフザイは定期的に大陸中を回って説教をしながら慰問を行っているらしい。タンジアにいたのも説教の旅の途中だったのか――ドルコンが納得して彼女の方を見ると驚きのあまり口に含んでいたキングミートをうっかりのどに詰まらせた。

 

 修道服とはうってかわって、彼女が来ていたのは純白のドレス。神に仕えるシスターとしてはいささか派手すぎるとドルコンは思ったが、周囲の人間はそんなこと気にもせずに彼女に釘付けである。野郎だらけの訓練所――あるいは男女(おとこおんな)もいるが――に舞い降りた天使のように見られているのだろう。彼女もまんざらでもない様子でにっこりほほ笑むと、手にしていた分厚い聖典を開き説法を始めた。蝋燭に照らされた白いドレスの彼女から語られるこの世界各地の伝承伝説は、なんとも味のある光景であった。彼女の持ち寄る話は――時にはその地に伝わる<唄>を歌うこともあるらしいが――毎晩異なるらしい。読み聞かせはいつも夜更けまで行われる。

 

 他のスケベ男達と一緒にされてはたまらないと、ドルコンも初めは彼女の読み聞かせに集中していた。だが彼女の説法と言うものがグロテスクで、なかなか異様な雰囲気を放っており、並の教えではないことだけを覚えるとだんだん飽きが来て、「砂滸猟の蛮勇」とかなんとかの節を最後に結局はその肢体を眺める烏合の衆の一羽になり下った。

 

 

 

「さっきコッソリ聞いた話なんだけどよ……」

 

 説法が終わった後、訓練生の一人が仲間に話しているのをドルコンも聞いていた。

 

「ファティマ嬢の使っている浴室が今夜は使えないらしい」

 

 その一言に、黒山の衆が湧く。女訓練生たちは呆れ顔で、巻き添えを食らわぬとさっさと自分たちの部屋に帰って行った。ロックラックの訓練所は女性の部屋のみに浴室があるのだが、使える水の量が限られている上に、たびたびそれは故障で使えなくなる。そういったことに慣れている女候補生たちは夜中こっそり地底湖で水浴びをするのだが、野郎どもは筋肉質な女の肌など気にもとめていないのが現実である。それどころか時折、洞窟から神出鬼没の水竜ガノトトスが流れ着くことさえあり、水浴びも、のぞきにもそれなりの危険が伴う。しかしファティマは違う。とりわけあの白いドレスから強調されるボディラインを一糸まとわぬ姿で拝めるとなれば、危険を冒す価値はあるといったところだろうか。砂漠に現れたオアシスとはまさしくこのこと。

 

「まじかよ! ということはファティマ嬢も地底湖で水浴びか?」

「あの伝説の蛮勇の湖だろ? ガノトトスに食われても知らねえぞ?」

「懲りねぇなあお前、この前だって着替えをのぞこうとしたら、こやし玉調合テストの実験台に任命されたんだろ?」

「傑作だったよなぁ、教官に『モンスターの鳴きまねで臭さを表現しろ』なんて言われた時のお前の顔!……ワハハハ!!」

 

 我こそはという訓練生が鼻息を荒くして盛り上がる。しかし、のぞきも容易ではない。教官のガードを突破する必要があるのだ。ドルコンも気にしていないという風を装って入るが、先ほどから食堂の同じ床をずっと箒で掃き続けている。

 

「おい新入り。そこはもういい。今度はこっちだ」

 

 ドルコンに声をかける一人の女がいた。彼女は彼よりも1年早くここへ来たらしい。歓迎パーティなどやっておきながら、食堂の掃除は新人の仕事だと言われ、彼女も腹いせに彼をこき使ってやろうという魂胆なのだろう。

 

「は、はい。……お、俺はドルコン、よろしくな」

 

 女に興味津々なドルコンはなるべく気さくさを装って彼女に挨拶するが、彼女は別に気にも留めない様子で「……エリフ・キュージだ」と答えた。

 

「お前は覗きに行かないのか?」

「そ、そんな俗物っぽいことしねぇよ!」

「俗物か……フッ面白いことを言うじゃないか。そうか私は俗物か……」

「そうだ……えっ? ええ!?」

 

 ドルコンが素っ頓狂な声を上げて驚くのでエリフが慌てて彼の口をふさいだ。

 

「お前女じゃねぇか……どういうことだ、そういう趣味のやつか?」

「私をあんなスケベどもと一緒にするな! 私はあの女の化けの皮を剥がしたいだけだ。まさかこんなに早くチャンスが巡ってくるとは……」

「化けの皮? どういうことだ?」

 

 不思議そうに尋ねるとエリフは周囲を見渡して誰も盗み聞きしていないことを確認すると、話を続けた。

 

「あの女、着やせしているが実はかなり屈強だぞ。写真に収めてばらまいてやろうと思ってね。二度とここへ来られないようにしてやる」 

「そ、それはいたずら通り越してないか? かわいそうだぞ」

「どうかな。あんなに見せびらかしてるんだ。お望み通り、ありのままを見せてやればいいのさ! これまで野郎どもをたぶらかした見せしめさ」

 

 前から気に入らなかったんだ、と悪い顔をしてエリフは微笑んだ。砂をかむような思いで彼女は苦々しく説教するファティマを見ていたに違いない。そのままドルコンに耳打ちでとある条件を申し出る。

 

「私に協力してくれるっていうなら、お前にいいことを教えてやろう。私が地底湖の洞くつで探し当てた絶好のポイントだ。教官のガードも突破できる」

 

 ドルコンの理性をつかさどる最後の砦は、エリフの誘惑によって砂上の楼閣のごとく崩れ去った。すっかりその気になってしまったドルコンは彼女に連れられて食堂を出て行き、のぞきの準備に取り掛かる。

 

 

 

***

 

 

 

 ファティマ・モーセフザイが地底湖に現れた。身体を洗い清めるためとはいえ夜の砂漠は冷える。ホットドリンクを飲んで、月明りが水面に反射して揺らめく幻想的な青の洞窟で、ドレスをゆっくりと脱いでいく。衣服を脱ぎだし裸になる彼女のそばにはなぜか黒い棺桶が一緒におかれていた。その不思議な組み合わせにドルコンは興奮の前に、不思議な感覚を覚えた。

 

「棺桶?」

「夜の地底湖はごくまれに魚竜種のガノトトスがここへ紛れ込むんだ。彼女はあれでもハンターだからな、もしもに備えて装備を近くに置いているのだろう……さて、私も写真の準備を始めなければ……」

「あれが武器か……ってか、ガノトトスの話はマジだったのかよ!?」

 

 この大砂漠の下で水竜ガノトトスの名を聞くとは――ドルコンは驚いてエリフを見た。

 

「静かにしろ! その様子だと、お前もあの女の尻ばかり眺めていた口か。『砂滸伝』といわれる伝説を聞いたことは?」

「砂滸伝? 滸ってのは水辺の事だろう? 砂の水辺ってなんだよ?」

 

 訳が分からないとエリフに説明を求めるドルコン。ため息をつきながらも彼女はカメラの準備を進めながら彼に説明した。

 

 

 

「それこそが新大陸に伝わる伝説のひとつ。その昔、大砂漠の中心で水竜ガノトトスを見たという蛮勇がいた。ロックラック中の者が彼を笑った。ガノトトスとは水の魚、決して砂の中では生きられないから見られるはずがない。ところがそれから数日後、蛮勇が大砂漠からガノトトスの瑞々しい鱗とヒレを手に入れて帰ってきたのだ。再びロックラックの者はこれを疑い、ギルドナイツは彼を偽証罪で数週間の間拘束してしまった。二度と妄言を吐かないという誓約書まで書かされたらしい。嘘かまことか、その文書は現在この訓練所に保管されている。それから数年の月日がたち、今度はまたあの男が現れた……彼はなんとガノトトスを新鮮な生け捕りのまま連れてきて、あの一枚岩の湖に放ったので、彼を疑う者はとうとういなくなったというわけだ」

 

 そこまで言ってエリフは「後は分かるな」と話を打ち切った。ドルコンはいまだその伝説を信じられないといった様子で、ファティマの裸体を堪能するのも忘れてエリフの顔をボーっと眺めていた。やがて我に返ると、

 

「砂漠に現れた水竜。それで砂滸伝か!」と、納得したようであった。

「ロックラックの歴史に詳しいとある竜人が言うにはね。『諦めずに努力する反骨精神』という教訓を含んだこの伝説にあやかって訓練所は建てられた。飛び級を採用しているのも、ハンターの力量と言うものが経験年数にとらわれないことを体現しているという訳だ……おっと、水面に仰向けに浮かんだぞ! これは紛れもないチャンス……!!」

 

 邪悪な笑みをうかべつつも、エリフの頬は少し紅潮していた。冷静を装うとも彼女の息遣いは荒くなる。

 

「なんでお前のほうが興奮してるんだよ……それにしても、なんて体してやがる。あの胸と腰つきは反則だろ……罪深い」

  

 水面が揺れるたびに月明りもまた多様な形に揺れて、サファイアのように輝くファティマの肢体。出るとこが出て、引っ込むところは引っ込む。古代の彫刻さえ音を立てて崩れそうな肉体美を二人がしばらくの間その様子を眺めていると、地底湖の端に暗い影が近づいてきているのをドルコンが見つけた。

 

「あ、おい……あれ見てみろ。巨大な影が……」

「ま、まさか本当にガノトトスが? いや、ファティマ・モーセフザイならとっくに気づいているだろう。ギリギリで回避して華麗に狩ってしまうに違いない。それより考えても見ろ。全裸ではしたなく二つの砂丘を振るうシスターだ……恥ずかしすぎて明日から街を歩けなくなりそうね……ハアハア」

「ヒッ……お、お前なあ」

 

 エリフの豹変ぶりには彼もドン引きである。彼女は片手で鼻を押さえている。女って怖い! 

 

 影の正体がやはり水竜ガノトトスであった。ドルコン達の隠れている岩陰からでも視認できるほどに近づいてくるが、ファティマはいまだに水面にプカプカと気持ちよさそうに目を閉じて浮かんでいる。

 

「お、おい……もしかして気づいてないんじゃないのか? まったく動く気配がないぞ……」

「ば、ばかな……彼女だってハンターだろ? あの装備だって毒怪竜ギギネブラと言ってそこそこ危険度の高い飛竜種のものだ。実力者のはずだが……」

 

 ガノトトスは静かに水中を泳ぎ、どんどんその距離を縮めていく。一方で彼女はまだ気が付いていないのか目をつぶって遊泳を楽しんでいる。その距離わずか数十メートルまで来たとき、ドルコンはついに我慢ならなくなった。

 

「もう見てられない。俺は行くぜ! 助けを呼んできてくれ!」

「なっ、ドルコン! 無茶だ。今日始めて大剣を握ったようなやつが、ガノトトスに敵う訳がない! まして素手だと?」

「ファティマがなんとかしてくれるんだろ? 俺は危険を知らせにいくだけだ! 蛮勇なんかと一緒にするな!」

 

 岩場から飛び出すと、ドルコンは地底湖に飛び込み泳いで、ファティマの元へと急いだ。水しぶきの音に気が付いて彼女が目を開くと、思わぬ闖入者の登場に驚愕のまなざしを向けるが、やがて自分の現在の格好を思い出して胸を片腕で隠しながら器用に立ち泳ぎで何事かとドルコンに尋ねる。

 

「ドルコン? どうしてここに……?」

「お説教は後で聞く! それより早く地底湖から上がって! ガノトトスが……!」

「……あぁ、それならご心配なく」

「そうだよ、だから急いで……へっ?」

 

 次の瞬間、ファティマの立ち泳ぎしていた場所がオレンジ色の鱗とヒレに置き換えられていた。水面の下からガノトトスが彼女の体を丸呑みにしようとお頭を突き上げてきたのだ。一瞬のできごとに激しい水しぶきに襲われたドルコンはしばらく水中でもがくが、なんとか体勢を整えると自身の身を守るために一度慌てて岸に向かって泳ぎ始めた。

 

 岸にたどり着いて、顔を酷く青くした。自分の目の前で巨大なモンスターが彼女を丸呑みにしたその瞬間を目撃し、彼は恐ろしさに嘔吐した。ハンターになるということで多少覚悟はしていたものの、弱肉強食というものを目の前で見せられてドルコンは眩暈がした。

 

「あ……ああぁ……」

 

 何が大丈夫だよ畜生!――呆然とするドルコン。そうこうしている間にもガノトトスがその首をこちらに向けていた。ところが次の獲物に狙いを定めてとびかかろうとしたその時、高い周波数の快音が地底湖に響き渡り、あまりのショックにガノトトスが驚いて水面を飛び上がり、口を開いた。中からファティマが飛び出してきて地底湖の岸に着地すると、置いてあった「クロノヒツギ」を手に取り、ピストンを素早く操作して音を奏で始めた。それは恐ろしい亡者の叫びのような、音楽ともいえぬ恐ろしい断末魔がビリビリと響き渡り異様な空間に包まれた。そんな異様な空間とは裏腹にドルコンの体は不思議な力で満ちていく感覚が走る。

 

「こ、これがハンターの力なのか……?」

「下がっていなさい」

 

 繊細な指さばきで柄のピストンが操作され、次々に異なる音色が響き渡る。音が鳴るたび棺桶は振動し、中に潜む「何か」が棺桶の封印を破ろうとガタガタと動き出す。水面からガノトトスが飛び出してきた。陸上なら幾分かハンターにも地の利があるだろう。

 

 ガノトトスが予備動作に大きく首を振ると、その口から高水圧のブレスが噴き出した。しかしファティマも既に見切っているのかこれを難なくかわすと、頭の脇から勢いよく棺桶を振り下ろした。ショックに怯むガノトトスであったが、そのまま振り払おうと体を横に向けて彼女にタックルをお見舞いしようとする。しかしこれもファティマは上体を反るようにして身体を低くし脚の間をすり抜けるようにしてかわした。胸に瑞々しく跳ねるふたつの魚を湛え、踊り子のように妖艶に舞うと、そのままガノトトスの懐に陣取って細い足に叩き付けをお見舞いする。魚竜種は水中にいる時間の方が長いために、並の飛竜に比べて足は退化していて衝撃に弱いのだ。バランスを崩してそのばでビタンと跳ねて暴れるガノトトスを前にファティマは追撃を与えるのではなく、狩猟笛のクロノヒツギのピストンを再び操作し始めた。今度は様々な色をした音色が棺桶にたまっていき、今にも蓋を抑えていた錠前がキリキリとハズレそうなほどに「中身のそれ」がグロテスクに脈動を繰り返していく。

 

「てぃやああ!」

 

 ファティマがクロノヒツギをガノトトスの頭部めがけて振り回すと、衝撃と同時に激しい大音量の音波が起こり、水竜の体ごと地底湖まで殴り倒してしまった。驚きのあまりガノトトスはそれ以上こちらを狙うことをやめたのか、こちらに一瞥するとやがて地底湖の奥深くへと帰って行った。地底湖の滸には打撃によってはがれたガノトトスの鱗が散らばっていて月明りに反射して瑠璃色の光を放っていた。

 

「こ、これはどういうことだ……ドルコンにファティマさん!? し、失礼しました!」

 

 エリフに呼ばれて地底湖の様子を見に来た訓練所の教官がその光景に驚いて俯いた。地底湖の幻想的な風景ではなく、ファティマの格好に驚いてしまったのだ。彼女はいまだ服を着ていない。

 

「そ、そういえば……人が集まる前に、は、はやく服を着てくれファティマ!」

 

 慌てて思い出すとドルコンは急に恥ずかしくなってそっぽを向いた。

 

「ああ、そういえばそうでしたね。うふふ……ねぇドルコン?」

「なっ!? おいお前、ひ、人前で何をしている!?」

 

 

 

 そっぽを向くドルコンに彼女は後ろから抱きついてきた。直に触れた感触に思わずドルコンの体は緊張した。その様子はファティマにもばれてしまい、彼女はたおやかなその指で今しがた唾を飲み込んだドルコンの喉をいたずらに撫でた。女性に耐性のないドルコンにはその動作のひとつひとつに過敏に反応してしまう。

 

「や、やめろ!? なんだよ急に! 離せ……」

「あなたもエリフも、どうして地底湖にいたのかしら? もしかして……覗いてたの?」

 

 高揚していたドルコンの体はホットドリンクの効果でも切れたかのように急に凍りつく。ファティマの声の温度差に苦しくなって、彼はそれ以上答える前に気を失ってしまった。

 

「あらあら、これはもしかして童貞というやつかしら?」

「ふぁ、ファティマ! 正体を現したな。お前はやはり男どもをたぶらかす色欲の……!!」

 

 エリフが顔を真っ赤にしながら指を指して叫ぶ。ファティマは振り返ると余裕の笑みを浮かべて彼女に言った。

 

「その色欲に当てられてるのはあなたも同じよ、エリフ。鼻の下、血を拭いた跡があるけど……どうしてかしらねぇ?」

 

 ふざけた調子でファティマが尋ねると、エリフも「ば、ばかな!? 確かに水で洗ったはず……」と慌てて顔をゴシゴシするが、その直後彼女の不敵な笑みを見て一杯食わされたことに気が付く。

 

「お、お前えええぇ!!」

「ホント、大した人達たちですねぇ。あなた方のことをここの理事を務める父上に報告してもよろしいのですわよ? 神聖な砂滸伝のこの湖で、同性に興奮して鼻血を垂れ流すどうしようもない変態がいると……」

「なっや、やめろ……そ、それだけはやめろ! 私は一族の誇りを背負ってここまで……やめてくれ!」

 

(くそ、ハメられた!)

 

 ミイラ取りがミイラになるとはこのこと。エリフも涙目になりながら膝をついて懇願すると、ファティマは一応気を取り直した様子で「そうねぇどうしましょうか……?」と挑発的な態度で彼女を見下す。許しを請うエリフの喚き声がその後も地底洞窟に響き渡った。

 

「さ、さすがはロックラック訓練所統括の娘、ファティマ・モーセフザイ。噂に聞いた通りの御仁でいらっしゃる……」

 

 この日から訓練所の教官はますますその厳しさに磨きがかかったとか。

 

 

 

***

 

 

 

「よう、ドルコン……どうしたその荷物? もしかしてもう帰っちまうのか!? せっかく初日の試練を乗り越えたってのによう……」

「ああ、そうじゃないんだ……ただちょっとな。えーと……」

 

 翌朝、ドルコン・デネザは訓練所の玄関口に立っていた。やるせない気持ちにため息をついていると、彼の先輩ハンターがやってきてドルコンに尋ねる。

 

「今日で晴れて卒業になったんだ。これからファティマと一緒に旅に出ることになった」

「おお、飛び級って奴だな。すごいじゃねぇか……頑張れよ! ……ってハァ!? 卒業!? だ、だってお前昨日来たばっかじゃねぇか!」

 

 先輩訓練生は腰を抜かしてそのばで尻もちをついてしまった。後にロックラック訓練所の最短卒業記録がこれ以降破られることは永劫なかったという。重役の娘であったファティマ・モーセフザイの進言によって、ドルコン・デネザ、エリフ・キュージ2名の卒業が決まった。彼らはこれから彼女のお供として信仰の旅に同行するという条件付きだが。

 

「あ、アハハ……本当だよな……俺にも何が何だか……」

 

 自嘲気味に力のない笑いを見せると、

 

「おい」

 

 ドルコンを後ろから呼び止めたのはエリフ・キュージであった。

 

「1年間修業していた私ならともかく、お前は本当にズブの素人じゃないか。大丈夫なのか?」

「まあ、素人ってわけでもないぜ。一応ルドロスぐらいなら漁の合間に何匹か狩ってたからな」

「そ、それって度が過ぎると違反行為になるぞ。ギルドに目をつけられたらどうするつもりだったんだ。お前?」

「ギルドなんて知るかよ。俺は金が欲しかっただけだ……それに」

 

 ギルドよりももっとヤバイ女に目をつけられてしまった気がする、と言おうとしてドルコンは口をつぐんだ。エリフの後ろからその元凶が歩いてきたからだ。

 

「あらあら……何の話ですか二人とも?」

 

 ニコニコしながらファティマは尋ねるが、ドルコンは「何でもねぇよ!」とぶっきらぼうに答えた。

 

(覚えてろよ、いつかギャフンといわせてやる。この女……!)

 

 こうしてまたひとり、反骨精神を手に入れた蛮勇がロックラックから生まれた。彼女やエリフに狩りの基礎を教えられながら着々と力をつけていったドルコン。時には無茶なクエストに連れて行かれ、時には九死に一生を得る思いで、それでもなんとか彼女と共にGクラスの座へと登り詰めたのだという。タンジアの港を苦しめていた謎の地震の原因を突き止め、狩猟したナバルデウスの素材からG級装備に乗り換えた今となってはそれも過去の話だ。

 

「さあて、ドルコン。さっそくハンターとしての修練ですわ。あなたはこの砂海を泳いでロックラックまで行きなさい!」

「む、無茶言うな! この腹黒シスター!」

「はぁ……本当にこれから私はどうなってしまうんだ……」

 

 訓練所から借り受けたレザー装備と初心者ハンターの装備でエリフとドルコンも門を出る。外へ出ると荒々しい砂風と灼熱の太陽が彼らを待ち受ける。陽の光に肌を焼かないよう外套で身を包むと、初心者ハンターとはいえ流浪の渡り鳥を思わせるたたずまいとなった。

 

(ま、逃げ出すチャンスはそのうちいくらでもあるだろ……)

「これから俺たちはどこへ行くんだ?」

「まずはあなたたちの装備を整えるためにもう一度タンジアへ。私、本当は砂が大嫌いですの。ドルコン、あなたも欲しい武器があったのでしょう?」

 

 ファティマに指摘されてドルコンは驚いて彼女の方を見た。

 

「見ていたのか?」

「あれだけ騒いでいてはね……よかったですね、知り合いのギルドナイツに頼んで口封じしておきましたの。あなたはさぞや私のげぼ……お供として働いてくれると信じておりましたから」

(これだから女って奴は……)

 

 ドルコンのため息は吹きすさぶ砂風に紛れて彼女たちには聞こえなかった。

 

 

 3人の信仰の旅が始まる。結局信仰の旅を始めて10年以上経つが、ドルコンとエリフは未だファティマと行動を共にしている。

 




~ 後日談・ドルコンの日記より ~

 ファティマ・モーセフザイがあの「砂滸伝」の舞台である砂漠の地底湖で、ガノトトスを狩猟した日の事を思い出した。文字通りの裸一貫で華麗に水竜を御すその姿は妖艶で、月明りに妖しくきらめいた水の滴る滑らかな肢体は今でも思い出すことができる。

 だが、今気がかりなのは、その美貌についてではない。彼女が一度ガノトトスに丸呑みにされた後、どのようにして脱出することができたのかということである。確かに彼女は俺の目の前で一度ガノトトスにぱっくりと食われたが、その後見事に生還を果たしている。いくらハンターといえど、モンスターの強靭な顎から脱出するのはそう容易なことではない。その時水浴びをしていて防具を身にまとっておらず、武器も持っていない彼女ならなおさらのことである。

 あの時、確かに周波数の高い快音があたりに響いて、驚いたガノトトスが口からファティマを吐き出していた。ハンターとして、修練を積んだ今なら分かる。あの音はディアブロスやチャナガブルを相手にするときお世話になった『音爆弾』の音に似ていた。そして水竜ガノトトスは視力が良くない代わりに聴覚に優れていて、大きな音に弱いと言われている。状況からして彼女がガノトトスの口の中で音爆弾を使ったのは間違いない。

 問題は、その音爆弾がどこから出てきたのか、ということである。さきほども述べたが、彼女は文字通りの裸だったのである。俺が泳いでファティマの元へ寄った時、胸を隠しているファティマの手に音爆弾はなかった。つまり、飲み込まれる直前まで「彼女は音爆弾を手に持っていなかった」ということになる。直前に会話もしていたはずだから、当然「口にも含んでいなかった。」

 冷静に考えて、俺にはもうひとつの可能性が浮かんだ。それは「あのファティマ・モーセフザイならやりかねない」といった期待か、不安か。前か、後ろか。どちらかは判断できないが、ガノトトスが現れる危険があることを知っていた彼女ならおそらくそれくらいの隠し玉は用意していそうだ、という俺の憶測に基づくものである。

 彼女は音爆弾を――


 日記はここで途切れている。

 

***



 ファティマ一味(?)誕生秘話です。「さこでん」と読みます。一応露骨な描写を避けているのでR-18タグはいらないよね?← 舞台が砂漠と言うことで、砂にまつわる表現を多く取り入れたつもりです。ファティマを美しい美しいと書いてる割に、体つきについての描写が多いのはドルコン視点だから(笑)ファティマというキャラクターを前面に出している一方で、それに関わるドルコンの心理描写という構図をとっており、ドルコン主人公の外伝という位置づけになっています。気性が荒いと見せかけて、女耐性のない童貞ドルコンでした。負けるなドルコン、その反骨精神で……。

 タイトルの元ネタは中国の奇書『水滸伝』です。様々な理由で世間からはじき出された英雄達がとある場所(ここが水の滸であったことから水滸伝というようです)に集まり、持ち前の反骨精神で悪徳官吏を打倒するというあらすじです。ガノトトス生け捕り云々の話は完全にオリジナルです。自分の書きたいロックラックの世界観と合わせて水滸伝をもじり、アレンジしました。ロックラックいいよね! ちょっと世紀末に書きすぎて申し訳ないとも思ってるよ!
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