狩人達の軌跡   作:SHIPS

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2-9 パスカルという少年

大陸最西端の港町フェニスクスに到着してから、セルゲイとロロアの申し出により酒場を貸し切っての調査隊の交流パーティーが開かれることとなった。目的はもちろん、王立書士隊メンバーの活躍を称賛してのことであった。

 

ロロアはほとんど最後列で戦っていてその様子を見ることができなかったものの、森の中でのパスカルやセルゲイのその後の戦績は目覚しいものであった。パスカルは各チームの書士隊メンバーを鼓舞したり、ハンターたちを説得して回ることで書士隊メンバーを戦いの表舞台に出した。セルゲイはカドワキの判断のもと、危険をかえりみず単独で走って書士隊メンバーを使役していないチームに子細を伝える。その道中で幾多の敵を薙ぎ払い、しまいには前に出過ぎてドスイーオスとドスギアノスの率いる群れに囲まれていた第2チームの危機を救うという、正しく獅子奮迅の活躍だったのだ。王立書士隊の活躍に当初は彼らを見下していたハンターたちも少しずつ受け容れるようになっていた。彼らの協力なくしては、死亡者を出さずに戦いを切り抜けることは出来なかったかもしれない。

 

「しかし、私はネロ・アンドレのことを過大評価しすぎていたようだ。結果として俺とカドワキが一番前にいれば、もっと状況を早く察知できていたのにな......申し訳ない。お前には借りができた。仲間のことも感謝している」

「私は、アンタがあの状況でやれるだけのことを充分にやったと思ってるよ」

 

パスカルとマリアを肩に乗せてはしゃいでいるカドワキの姿が遠くに見える。ムラマサとヴェロニカは何やら夫婦漫才を披露しているらしい。そんなバカ騒ぎをよそに酒場のカウンターでロロアとセルゲイは二人並んでウォーミル麦のビールを飲んでいた。上等ではないが、死線をくぐり抜けた者同士の友情の酒だ。

 

「それにしても、こうしてまたアンタに会うことができるとは夢にも思っていなかったよ」

「気づいておったか、お嬢ちゃん」

「その顔でお嬢ちゃんはやめろ......覚えてるさ、私がハンターを目指すきっかけになった人だもの」

セルゲイの顔を見てすぐに、ロロアにはその人物がかつて自分が街で出会ったハンターであることに気がついていた。10年以上たった今、その男はミナガルデの顔を背負って立つ名のあるGクラスハンターとなっていた。

 

「アンタがチームに王立書士隊メンバーを入れようとした理由がわかった。その答えは、アンタが子どもの頃の私に教えてくらなかったものと一緒だ、今なら答えられる」

「ほう......答えてみな」

「人間が持っていて、モンスターたちにはない力、私は最初それが知恵だと思った。でもそれだけではないんだよな」

そこまで言ってロロアはジョッキのビールを飲み干す。口についた泡を拭って彼女は次にこう答えようとした。

 

「それは......」

「仲間を信じるところ、でしょうおじさん?」

 

ロロアが答える前に、いつの間にかカドワキの肩から脱出してきたパスカルがカウンターテーブルのそばまできていて彼女の代わりに答えた。

 

「 もーこういう野暮なところは、ほんとガキンチョだなあ」

「えへへ、ごめんなさい」

「そんな謝り方があるか! ったく無茶しやがって〜!一応聞くけど、それジュースだろうな」

「ジュースですよ、大丈夫です!」

 

ロロアがこのヤローとパスカルの髪をくしゃくしゃにいじると、うれしそうにパスカルは謝った。

 

「と、とにかく、ロロア姉さんも言おうとしていた通り、人間は仲間を信じることができます。群れどうしで争うあのイーオス、ギアノス達とは違います」

 

「そうだな、書士隊のお前は俺たちハンターを信じぬき、俺たちも彼らを信じぬく。本来ならそうして、今回の戦いを切り抜けるはずだったのだが......本当にうちのバカどもが非礼をした。申し訳ない。お前たちの冷静な判断が俺の仲間を救ってくれた。ありがとな」

「指導者たるあなたが軽々と頭を下げるべきではないと思います。でもそうですね......僕もみなさんのお役に立ててとても光栄に思います」

 

セルゲイの真摯な態度に納得したのか、パスカルも深く頭を下げた。

 

「セルゲイ殿とロロア殿〜! 幹事がそんなところでしおらしく何やってるでござるか!」

 

急にムラマサとカドワキが肩を組んでカウンターに割り込んできた。顔を真っ赤にしてすっかり出来上がっているようだ。

 

「うわ! 大丈夫かムラマサ? アンタ酒弱いんだろ?」

「こんな幸せそうな顔をしたカドワキさんは僕久しぶりに見ます!」

「さて、それじゃ幹事がここらで威厳を見せねばなるまい、なあお嬢ちゃん?」

「その顔でお嬢ちゃんって呼ぶのはやめろ......しょうがない、いっちょ付き合ってやるよ! ようし店の酒全部もってこい、勝負だセルゲイ!」

「是非もない! 格の違いというものを見せてやろう!!」

 

港町の夜は賑やかに更けていった。

 

***

 

「くそっ......何が王立書士隊の活躍だ! 実際に戦ったのは俺たちだろうが!」

 

酒場で盛り上がる彼らを憎らしく睨みながら、ネロ・アンドレと第2、第9チームのハンター達はその怒りの炎を燃やしていた。

 

「あんな力のない、足手まといにしかならない雑用係に骨抜かれやがれやって、セェルゲイ!!」 勢い良く蹴りあげた空のオイル缶はそのまま海へと沈んでいく。ネロ・アンドレは自身の功績となるはずだったものをみすみす奪われ、行き場のない怒りを晴らせずにはいられなかった。

 

酒場で無邪気に笑う王立書士隊の面々に、後に恐ろしい事態が起こることなど、この時はパスカルやマリアにも察知することができなかった。

 

***

 

「サヴァン?」

「そう、サヴァン。ある精神的なショックなどをきっかけにその人に若年期にのみ特異な能力が身につくことがあるんだけど、実はハンターチームについている王立書士隊メンバーはみんなそのサヴァン症候群なんです。僕も」

 

翌朝、ロロアは酔いを覚まそうとして波止場まで来て、そこで海を眺めていたパスカルと鉢合わせた。しばらくお互いに黙っていると、やがてパスカルの方から口を開いたのだ。

 

「待て、サヴァンなら聞いたことはあるが、話が読めない。なぜその人達と私達を一緒に?」

「サヴァンの中でも僕たちは特に記憶力や第六感に優れています。だからこそカドワキさんはそれにかけて、敢えて非力な僕たちをハンターのチームに付けたんじゃないかって思うんです。だって王立書士隊の中でも武闘派って言ってもハンターの皆さんから見ればたかが知れていますし......知は力なりってね」

 

私の家族が、とさらにパスカルは続ける。

 

「私やマリアの家族はモンスターの襲撃にあって死にました。その時のショックで僕たちは、一度見たり聞いたりしただけであらゆるものを記憶出来る力を手に入れたんです。僕は考えました。この力はきっと、あのモンスターに復讐するために神様がくれたのだろうって......僕たちはミナガルデの街であらゆるものを吸収して王立書士隊に志願しました。王立書士隊になっていつか故郷に戻り、あのモンスターの正体を突き止め復讐することが僕の生きがいです......ってこんなことお姉さんに言ってもしょうがないですよね」

「どうしてハンターではなく、王立書士隊に?」

「単純に、訓練所へ行くお金がなかったので......王立書士隊なら試験に合格さえしてしまえばすぐにお給料も貰えます。それに僕にとっては書士隊だろうがハンターだろうが、関係ない話なんです。そう思いませんか、ロロア姉さん?目の前の自然の脅威に立ち向かうと言う意味では僕たちの差なんて微々たるものです。なのに......なんで私達は差別されるのでしょう。どうしてハンターだけが称えられるのでしょう。ハンターがみんな、セルゲイさんやロロア姉さんみたいな人だったらいいのに」

 

そう呟くパスカルの目は潤んでいた。

 

「子どものお前にそんなことまで考えさせるなんて、ハンターである前に私達は大人失格だな」

 

ため息をつくとロロアはパスカルの小さい体を強く抱きしめた。

 

「アンタが私やヴェロニカのこと姉さんと呼ぶのはそう言う事かい?」

「えへへ、ごめんなさい。迷惑でした?」

「......なあパスカル。もし私がハンターをやめる時が来たら、私の村に来ないか? 復讐なんかやめてさ、ヴェロニカもムラマサも、私の後輩も連れてきてみんなで仲良く暮らそう。なんならマリアも一緒に」

「......いいの?」

「ま、当分先だけどな!」

「えへへ、ありがとう。ロロア......」

 

パスカルを引きはがすと、ロロアはいつものニヤニヤ笑いを見せて、こう言った。

 

「よし、そうと決まれば新大陸での戦いに向けて、アンタには更にやってもらうことがあるからね。仕事はしっかり覚えてもらうよ! その能力で私達を勝利に導いてくれ!」

「ホント人使いが荒いですね......森での戦いも結構無茶だったんですよ?」

「クックック......そうそう、流石にあれは反省してる。無茶といえば、ヴェロニカも大変だったんだぞ。初めて鉄球なんて振り回したから肩が外れそうになってさ......」

「て、鉄球!? どういうこと?」

 

しばらくのあいだ、森の戦いで起こったことを二人は話していた。

 

翌日、サポーターによって補給物資と船の準備が整い調査隊は船に乗り込むこととなる。船は大型船が2隻でそれぞれにハンターと書士隊のチームが5チームずつ、医療班とサポーターも半分ずつ乗船することになった。さらに港町からの協力で船には水夫達が乗船する。航海予定日はおよそ1週間だ。大型船1号のリーダーはもちろんセルゲイ、そして2号のリーダーは......

 

「む、無茶だよロロア! 僕船の統制なんてやったことないんだよ! アイルーに知恵の輪やらせるようなものだよ」

「その例えは露骨すぎないか?......でもやり方は知ってるんだよな?舵を取れって言ってるんじゃないよ。 海図も天候もバッチリ頭に入ってると来た。適任じゃないか! 私は戦うことに専念したいしな。海竜種......どんなやつらなんだろうな?クックック......」

 

ロロアは自分が2号船のリーダーになることを拒否し、代わりにパスカルを推薦した。何名かの反対もあったが、彼の読みと観察力であの森の戦いを乗り切ったことはもはや殆どの人間が知っていた。最終的に彼らも折れて、パスカルがこの船の指揮を取ることとなった。

 

「そんじゃ、キャプテン。出航に向けてひとこと!」

「み、みなさんの力を僕に貸してください! よろしくお願いいたします!」

(堅いな......)

(堅いでござる......)

(堅いですね)

 

「2号船のリーダーがよもやパスカルとはな」

「戦闘に専念したいというロロアさんらしいアイデアですね」

「どうせまた、面白いとか考えてるに違いない」

1号船の船首でセルゲイとカドワキが談笑していた。店の酒を枯らす勢いで飲んだにも関わらずセルゲイはロロアよりも元気な様子であった。

 

「楽しみではないか、これから向かうシキ国の王都ガランはお前の故郷、懐かしいな。あの頃が」

「ええ、帰ってくるのは実に10年ぶりですよ。妻子にも会える......」

「それから、あのムラマサという男も......」

「ああ、でも彼は確かガランの出身ではなくたしか......シナトとかいう村だそうです。ガランからはかなり遠いらしいですけどね」

「ほう……? それは残念であったな」

 

こうして2隻の船は出航した。

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