アクラ地方の探索を行う調査隊の船はフェニスクスの港町を出航し、その進路を北西のシキ国に向かって進みだした。船が出発して数時間、既に港のあった大陸の形は殆どおぼろげで、好天の中四方を一面の海に囲まれた。
「大陸棚を抜けたら、海竜種の縄張りに近づくことになります。縄張りの中央ではなく、両端を挟むように進みましょう」
「2隻一緒に縄張りを避けて通ることはできないのか?」
「2隻で陣を固めるのは、逃げる際にも衝突の危険があります。まして二つの海流が入り乱れるこの海域での操舵は困難を極める。多少の交戦は覚悟して、お互いに群れを引きはがすように交戦すれば一隻分の戦力でも挟み撃ちされることなく交戦できるでしょう」
「カドワキはどうだ?」
「パスカルの観測に同意します。これだけの範囲の群れを避けて通るのはかなり難しいかと」
併走する船の上でセルゲイ、パスカル、カドワキ、ロロア、そして水夫の面々が会議を行っていた。フェニスクスの西に位置するこの海域はアクラ海に続く海流とアクラ海から流れてくる海流が真ん中に浮かぶひとつの孤島を挟んで流れている。
孤島の沿岸沿いは海竜種と呼ばれるモンスターたちの楽園になっているようで、この孤島に近づかないようにしつつアクラに続く海流に乗る必要がある。
モンスターの襲撃に備えるためにハンター達は甲板を交代で見張っている。この後は2隻が距離を取ることになっている。沖合に進むまでは特に大型モンスターの襲撃に合うことなく来ていたのだが、水深の更に深い海域に乗り出し、縄張りの端に差し掛かったところが勝負どころだ。
ハンター第8チームのリーダーであるエドワード・トロイトは、付近の海の色が他の部分と違うことに気がついた。その色の濃い部分に試しにペイントボールを投げてみると、濃い影は分散し、やがて見えなくなった。その様子をデッキから見ていた彼のチームの書士隊メンバーが怒鳴る。
「そこのあなた何してるの! 水生獣たちにちょっかいを出すなんて!」
「え、ええ! これモンスターだったの? てっきり魚かと......」
「そういう軽はずみな行動がみんなを危険に晒すんです! 気をつけてください!」
「す、すみません。パオさん......」
どこか抜けてて危なかっしい、というのがエドワードに対する他のハンターたちの評価であった。彼が調査隊に志願したのも、彼の狩り仲間が勝手に応募したものであったし、彼のGクラスクエストでの成果も極めて普通。それでもロロアよりは経験が豊富だが。
セルゲイの命令通り、王立書士隊メンバーのサポートに頼って戦うことを選んだ数少ない理解者のひとりだが、蓋を開ければその書士隊メンバーというのが極めて高圧的だったので、押しに負けてしまったいうのが本当のエピソードである。もちろんあの戦いを殆どの被害なしに乗り越えてからは、彼のチームもその書士隊メンバーを信頼することを誓ったのだ。
「ところでパオさん。海竜種ってどんなやつなんですかねえ? ミナガルデじゃ海竜種を相手にする仕事はありませんでしたから......」
「そんなことも知らないんですか? 海竜種はその名の通り、主に海などで遊泳することに適した体を持つモンスターの総称です」
「それってガノトトスとか魚竜種とどう違うんですか?」
「彼らには前足があるんですよ。もしかして、泳いでいればみんな同じだと思ってるんでしょ?」
「え、ええまあ......ぶっちゃけ、どうでも......?」
最後まで言い切る前にパオと呼ばれた女性はさらに食い気味に反論した。
「全然違いますよ! 骨格が違うのに一緒にしたら全然ダメなんです! だいたい、あなたはリーダーなのに集中力というものが無さすぎです!さっきもぼーっとして海を眺めて......正直あなたがどうして今まで生き残ってきたのか疑問を抱かずにはいられません。あなたの方が私にとってはちょっとした生命の神秘です」
そう言いながらパオと呼ばれた女性はメガネを光らせ毒舌の数々を吐いた。
「昔から運だけは良かったもので......」
「運で生き残れたら苦労しません!」
「はいすみません......」
(あれは信頼というか、尻に敷かれているって感じ......)
第8チームの一部始終を眺めて苦笑いしたあと、パスカルは広げていた海図にこれまでの航行ルートと海流の向き、海竜種モンスターの縄張りの同行を書き込んでいた。今しがた水生獣にちょっかいをだそうとした愚かな計算外がなけらば、そのままうまく海域を抜けられるだろう。
ふと、パスカルが作戦通りに一旦離れていくセルゲイたち1号船の方に目を遣ると、船員たちたちが慌ただしくロープを手に取っているのが見えた。続いて船の上に緊急事態発生を知らせる黒い信号弾が上がり、1号船は進行ルートから引き返してしまった。不審に思ったパスカルは2号船に指示して1号船に近づけさせると船体間に板を渡して、ロロアと共に1号船の様子を見に行った。甲板に降りると、中央に水浸しの格好で震えている紫色のローブを来た青年が座っていて、その人物をなだめるようにセルゲイとカドワキが寄り添っていた。
「悪質な悪戯だ。何者かに背後から気絶させられ、タルに詰められたまま海に投げ捨てられたらしい。幸いデッキにいた水夫が異変に気づいて知らせてくれたが......」
カドワキが事の次第を説明するとパスカルは目を見開き怒りで体を震わせた。
「そ、そんな......ひどすぎる。悪戯なんかじゃなくて殺人未遂だ! 一体誰が!?」
そう叫んでパスカルは周りに立っていた人間一人一人をきつく睨んだ。今までに見せたことのないような顔にロロアも驚いた。
「私は第10チームのロロアだ。パスカルとは友達だ。名前と所属は?」
彼にとっては今1号船の人間のほとんどが信用出来なくなっていることを考えロロアが尋ねると、青年は細い声で答えた。
「シロッコです......第4チームの」
「そのチームは確か、森での戦いの時彼をチームに入れて戦っていたよ、ロロア」
パスカルがロロアに向かって答える。
「戦況は?」
「彼は司令塔としてよく頑張っていた......と思う。少なくとも第4チームから恨みを買うような結果でないことは確かだよ」
「とすると......やはり彼らのことをよく思っていない連中の仕業か......」
思い当たる節があって、ロロアはすぐにその男の影を探して、捉えた。こちらの方をみてニヤニヤしている長身にやせ細ったいけ好かない顔の男。
「ネロ・アンドレ......!!」
反射的にロロアはネロの胸ぐらを掴んでいた。
「おいおい、いきなり胸ぐら掴むとはご挨拶だなあ」
「何をニヤニヤしてやがる......アンタがやったのか? 返答しだいじゃぶっ飛ばす」
「いくら俺が気に入らねえからってそれはないぜ。俺がやったって証拠はあんのかよ? だいたいそいつだって犯人の顔を見たかもしんねえ......」
ロロアはネロを離し、依然としてにらみ続けている。パスカルもまたシロッコに何か手がかりはないかと尋ねるが、先にセルゲイが前に出て、その場を制した。
「い、今なんて......?」
「シキ国に着くまで、全員犯人は追求するな。この件は海を越えるまで保留にしてほしい」
セルゲイの口から出たのは意外な言葉だった。 自分の耳を疑ったロロアだが、意外なことにパスカルもそれに同意した。
「お、おい。いいのかパスカル」
「シロッコには悪いけど、今はお互いを疑っている場合ではありません。間もなく海竜種の縄張りに入りますし......ただし第2チームを2号船の第6チームと入れ替えましょう。第6のアイリーンがいれば、これ以上樽詰めにされる心配はないでしょう。それから、第2の書士隊メンバーを変更させて下さい」
そこまで言うと、パスカルはネロの方に向き直し、一息したあと落ち着いた声で「僕が第2を監視します」と続けた。
「ああ? 監視だと? 何を偉そうに」
「あなたはいつも僕たち書士隊メンバーにちょっかいを出していましたから。疑われて当然です。カドワキさんもそれでいいですよね?」
「あ、ああ......だが、第10チームはどうする?」
「第2についていたオネゲルをそのまま第10についてもらいます。いいよねロロア?」
パスカルの問いにロロアは「アンタがそれでいいなら」とだけ答えた。パスカルがオネゲルの名前を呼ぶと、パスカルと同じくらいの歳に見える赤毛の少年が第2チームの後ろから姿を現した。
(また子供か......王立書士隊はどうしてこう子どもに重荷を背負わせる)
内心ため息をつきながらも、笑顔でロロアはオネゲルと呼ばれた男に声をかけた。
「よろしくな、オネゲル」
「......足引っ張るなよハンター風情が」
ロロアの差し出した手を無視して、オネゲルはそのまま2号船へと乗り込んだ。
(こ、これはまたキツイのがきたな......)
平静を装おうとしてロロアの口が歪んだ。
「オネゲル、ロロア姉さんに失礼なこと言うなよ!」
「ハンターなんて、俺たちがいなきゃ何もできないくせに、なんでこんなに偉そうなんだ?」
オネゲルのセリフに船上の空気が凍りついた。
そしてそれをきっかけにしたように書士隊メンバーからも、ハンターに対する不満を募らせる言葉が沸き上がる。以前のハンターの書士隊に対する蔑みが、森での戦い以降、書士隊のハンターに対する不信へと変わっているようであった。
「静粛に! みんなこんな時に何を言ってる? じきにモンスターとの交戦が予想される。さあ配置につこう!」
カドワキが書士隊をなだめさせたが、彼らの視線には疑念が込められたままだ。調査隊の中で再び綻びが生じようとしていた。
かくして1号船には1、3、4、5、6チーム、2号船に2、7、8、9、10チームが乗船することになり、第2の書士隊にパスカル、第10にオネゲルがついた。
「こんなことしたって無駄だと思うけどなあ〜俺じゃないんだし」
2号船に降り立つとネロがパスカルの方に下品な笑いを浮かべた。パスカルはネロをきつくにらみ返して小さな声で「絶対に暴いてやる」と呟いた。
縄張りの海域に入ってからも、船の中のピリピリとした空気を全員が感じていた。セルゲイは特に責任を感じていて、もう少し早く手を打つべきだった、とカドワキに頭を下げるがカドワキは「簡単に頭を下げるな」とパスカルの受け売りをした。
「おい、そこのお前。見回りサボってるんじゃねえよ」
「べ、別にサボってねえよ!お前の方こそちゃんと見てろよ、見てることしかできねえんだからよ!」
「な、なんだと!」
「ちょ、ちょっと......喧嘩している場合ではないと先程も......」
甲板から海を警戒していたが、ふとしたすれ違いから口論になるハンターと書士隊メンバー。慌てて近くにいたムラマサが割って入ろうとするが、三人が口論になっていた所に彼らは飛び込んできたのだ。水面から四股を持った黄色い体のモンスターが飛び出し甲板で言い争っていた三人のうち一人を押し倒した。
「る、ルドロスだ!」
突然の襲撃に第7チームの書士隊メンバーが叫んだ。そのまま水棲獣のルドロスに押し倒され首に噛み付かれそうになるが、ムラマサが懐にしまっていた小刀でルドロスの頭を突き刺すと、牙が彼の首に届く前に絶命した。
「な、なんだどうした?」
「また書士隊の奴が何かおかしなことしたのかよ......」
「ハンターたちがいきがって余計な手を出すのがいけないんだろ!」
「い、いい加減にするでござるよ! 今がどういう状況か......」
だがその騒ぎを皮切りに襲撃は始まった。船の周りで次々と派手な水音がし、水棲獣たちが甲板に飛び乗ってきた。海賊のような無秩序さで、ルドロスたちは甲板にいた人間たちを次々に襲いはじめたのだ。
「ハンターたちはルドロスを各個撃破! 書士隊は彼らのサポートを」
「さ、サポートって言われても何をすればいいんだ......」
「邪魔なんだよ、引っ込んでろ!」
奇襲とはいえ彼らも熟練のハンター、彼らも自分自身の体勢を立て直してすぐに戦闘を始めた。しかし、書士隊メンバーはほとんどがその場に立ち尽くしたままだった。
「みんな何をボーッとしてるんだ! 戦わなきゃ僕たち全員やられるんですよ!」
「そ、そんなこと言われてもどうすれば......」
「みんな各チームのハンターから離れないで、状況を分析して彼らをサポート......」
「そのサポートってさ......ぶっちゃけいらないんだよねー」
「......え?」
パスカルの隣にいたネロアンドレが呟いた。
「ぶっちゃけお前らがいなくても変わんねえっていうか、足手まといがいなきゃ俺らだって普通に戦えるのわかってる? お前らはさあ......所詮お荷物と変わんねえの! 誰かに守ってもらわなきゃ何もできないの! わかったら引っ込んでな坊っちゃん!」
そう言ってネロはパスカルの腹を殴り、船の隅に投げ捨てた。強烈な殴打を食らったパスカルは船の手すりに体を叩きつけられそのまま気絶してしまった。その一部始終を見ていたロロアがルドロスの群れをかき分けながらネロの元へ一直線に走ると、彼の頬に平手打ちをお見舞いした。
「アンタは......しかるべき人間がしかるべき罰を与えるから」
「お前は生意気言ってんじゃねえよ......どっちの味方なんだ」
「......ルドロスの餌にでもなってしまえばいい!」
ロロアは捨て台詞をはいて、再び自分の持ち場に戻った。
「オネゲル!」
「俺の心配は無用だ、いいから俺の指示通りに動け。やつらを見ていて分かったが、襲う人間には法則性があるらしい。これからいう敵を順番にやれ」
「......」
「生きるためだ。勘違いするな。お気に入りが酷い目にあってるのはわかるが、少し頭を冷やせ。こちらにまで被害がおよぶ」
「そんなこと分かってるよ……!」
そう言ってオネゲルは甲板に現れたルドロスを順番に指さして指示した。
「ハンマー女は左の二頭、太刀野郎は正面だ。マストを背にして戦え。この船のマストは水生獣ごときの体当たりではびくともいないからな」
(ハンマー女って私?)
(太刀野郎......)