狩人達の軌跡   作:SHIPS

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2-12 さらなる脅威の深みへ

シュレイド王国の存在する旧大陸とは別に、海を挟んだところに新大陸と呼ばれる場所が存在した。新大陸というのは、自分たち旧大陸側の人間が区別してそう呼んでいる。歴史に残る航海の初成功の記録は今からそう昔のことではない。それほどこの時代の海を越えるという行為は危険なのだ。

 

だからむしろ、この航海を犠牲者数名で乗り越えたことは誇るべきなのだと、パスカルはセルゲイにそう言った。

 

Gクラスのロアルドロスの狩猟及び撃退に成功し、数日後船を大破させながらも調査隊の2隻の船はシキ国の王都ガランにたどり着いた。しかし港に着いてセルゲイが開口一番に告げたのは、死傷者の報告であった。死傷者の報告の中に王立書士隊の中でもリーダーを担っていたカドワキの名前が含まれていた。

 

1号船も、ロロア達同様に水生獣たちの襲撃を受けていた。カドワキの指示のもとに当初は落ち着いて対処していた彼らであったが、水夫の中に1人逃げ遅れた者がいた。こんな折にロアルドロスが甲板に現れたのだ。ロアルドロスから水夫を庇ったことで、カドワキは体を噛み切られた。最後に言葉も残せず、一瞬のうちに息絶えたのだという。なんとかセルゲイたちの活躍によりロアルドロスを2頭とも狩猟したが、1号船のダメージは2号船以上であった。セルゲイは王立書士隊のメンバーにこれ以上のないくらいの謝罪の意を示した。彼自身もまた、友を失ったショックに目に涙をためていた。

 

シキ国から新大陸のアクラ地方へ向かうためには、さらにここから船に乗って北上する必要がある。今回の戦いを受けて調査隊全員が疲弊していたために、パスカルは船の修理を待つ口実もつけてガランでしばらく休みを取ることを提案した。港で死傷者達の追悼を行ったあと、彼らはシキ国の役人たちに連れられてガランの街の宿屋に通された。役人たちは国王に謁見することを求めたので、セルゲイとパスカル、それからシキ国の出身であるムラマサがついていくことになった。

 

街を歩いていく役人たちと3人の様子を宿の窓から眺めた後、ロロアは自室のベッドに倒れ込んだ。服は宿屋にあった和装を借りたが、自分で袖の部分に黒い喪章を結び付けた。深くため息をついて仰向けになると、今しがた母国の土に葬られた戦友の顔を思い出していた。カドワキが死んだ。王立書士隊の中でもひときわその才に溢れていて、彼らのリーダーも努めたカドワキはあっさり消えていなくなった。それはこのハンターという仕事が、いかに常に死ぬことと隣り合わせであるかということをロロアに嫌でも思い知らせた。腕の包帯と喪章を交互に眺めては、明日は我が身かとそんな考えが頭を過る。

 

(まだ目的の調査地にもついていないのに、私は何を怖気づいているんだ......!)

 

重い考えを振り払うと、ベッドから飛び起きるともう一度窓の外を眺めることにしたロロア。ガランの街並みは朱色を基調としていて、夕日の光を受けてさらに輝いて見える。瓦屋根の背の同じ建物が道に沿って並び、その下から客寄せの声や子供の笑い声が聞こえてくる。

 

「気晴らしに散歩してみるか」

 

綺麗に区画整理されたガランの城下町。途中現地のハンターたちともすれ違いながら、ロロアは城の方へ向かって歩き出していた。ロロアと同じように和装をした少女たちが出店でかんざしを選んでいるのを眺めていると、彼女の心に不思議な感情が沸き上がってきた。

 

もしハンターという道を選んでいなかったら私はこの華の10代20代をどのように過ごしたのだろうか、そんな想像が浮かんでくる。これでも彼女は容姿にそれなりの自信もあった。恋愛や結婚というものをこれまでの全く意識してこなかったわけではない。彼女もまたハンターである前に23の乙女なのだ。

 

(今からでも遅くないかな……ハンター辞めて、ココット村に帰れば。アイツもいるし)

 

訓練所時代から、クラウス・クローゼが自分に行為を抱いていることに彼女は気がついていた。しかしそうだとわかっていながら村を出ていくことにしたのは、彼女がハンターになって色々な世界を見たいという夢を捨てきれなかったからではないのだろうか。

 

(そのままクラウスと結婚か、悪くないかもな……悪くないけど)

 

かんざしを選んでいた少女たちはお目に叶うものを見つけられなかったのか、その場を去っていった。

 

(まあ、まだ早急に決めなきゃいけないことでもないよね。生きて帰ればいいだけの話なんだから)

 

一人で結論を出し、自然と笑みがこぼれる。ふと後ろからロロアを呼び止める声がした。振り返ると、耳の尖ったひとりの婦人が立っていてロロアに挨拶した。婦人の後ろには小さな女の子がしがみついていて、ロロアに好奇の視線を向けていた。異国の人間がこの国の服を来ていることに興味を示しているのかもしれない。

 

婦人はカドワキの妻だった。既にセルゲイから話を聞かされた後だったという。婦人は別段泣いたりしているという様子もなく、静かに佇みロロアに話しかけた。

 

「それにしても、よく私が調査隊の人間だとわかりましたね」

「船から降りるときに、あなたがセルゲイと話しているのを見てましたから。彼は主人と仲が良いですから」

「そうだったんですね、通りであの二人は息ピッタリな訳だ……ってごめんなさい」

「お気になさらず」

 

二人は港の波止場まで歩いた。調査隊の船は早速修理が始まっていたが、かなり時間がかかりそうだ。

 

「王立書士隊や、ハンターなんて仕事をしていればいずれは覚悟せねばならないことですから」

「そうですね。はっきり言って、かなり危険な仕事であることは確かです」

「それでも、自分の頑張りで後の世の人々の助けになるから、ってあの人はいつも手紙でおっしゃっていました」

「仕事熱心だったんですね」

「ええ、でも私は少し悔しく思うのですロロアさん」

「悔しい?」

「ええ、私は元ハンターだったのですが志半ばで諦めたのです」

 

そう言いながら、彼女は海のすぐそばまで歩き出した。ロロアもそれについていく。

 

「もしあの時夢を諦めず、二人で同じ世界を見ることができたらって思うのです。もし同じ世界を歩いていたなら、例え今のようなことになっても納得できると思うのです。だってその人のいる世界をきちんと理解していたのだから。あの人と同じ世界を歩いていたなら、もうちょっと彼の死を理不尽に感じることはなかったのでしょうね……それが私の唯一の心残りです」

「カドワキさん……」

「ロロアさん。あなた今いくつ? 結婚してます?」

「23です。結婚はしてません」

「まあ、やっぱりそんなに若かったのね。若いのに、感心するわ……ロロアさん、あなたはどうする?」

「どうするって……」

 

「あなたの恋人と、同じ世界を見続けるための覚悟はある? それができないと結婚は辛いわよ」

「アハハ……言ってくれますねえ」

「うふふ、ごめんなさいね……ちょっと心の整理がつかなくて意地悪しちゃった」

 

そうやって笑う彼女の目は潤んでいた。

 

***

 

その日の夜、ネロ・アンドレは同じ港の波止場へ来ていた。ネロの自室に置かれていた1枚のメモが彼をこの場所へ呼び寄せた。深夜の波止場は灯りも少なくかなり暗い。風が海のすぐそばの林を通り抜ける不気味な音が響く。

 

「あ、あのーすみません」

 

声がしてネロが振り返ると影でよく見えないがローブをまとった人間がそこに立っていた。目を凝らしてみるとその影はマリアであることがわかった。

 

「マリアちゃんだっけ? ……こんなところで、一体何の用?」

「……もう、女の子にそれ言わせます? アンドレさん!」

そう言って彼女は恥ずかしげに体をくねらせる。やけに露出した胸元を見せびらかし、上目使いでネロを見つめた。

 

「へへっ意外だなーマリアちゃんが実はそんなイヤらしい子だったなんてよー……

 

……なんて、そんな手に引っかかるかよ! 舐めてんじゃねーぞ!」

ネロは懐からナイフを取り出して警戒し出した。このタイミングで夜に二人で会うなんてどう考えても怪しいと彼は察知したのだ。ネロの様子を見てやれやれと言った感じのため息を吐くと、マリアははだけた胸元をしっかり締めてこう言った。

 

「さすがにGクラスハンターだけあって警戒心もさすがですね。いや、さすがにこれで引っかかったら間抜けというか、色々犯罪ですからね」

 

腕くみをしてひとり頷いて納得するマリア。次の瞬間、彼女の顔は一変して恐ろしい憎悪で満ち足りた。

 

「シロッコを樽詰めにしたのはあなただと、あなたの部下から聞きました。本当ですか?」

「ハッ! それが今更なんだ? 女々しくてムカつく野郎だったからな、せっかく書士隊の子と仲良くしてやろうと思ったのに正義感ぶりやがって、ちょっと力の差を教えてやっただけだろうが?」

 

ネロの顔もまた、憎悪と嘲りに満ちていた。そんな顔を見てマリアはうつむき、小さく「幻聴取りました」と呟く。

 

「まだ、分かりませんか? 自分のしたことが一体どういうことなのか」

「はっ?」

 

マリアの表情が柔らかくなった。しかしその顔とは裏腹に悪意のこもった声でさらに続ける。

 

「私達、実はある任務の途中なんです。『探索において王国に害をなす因子の排除』っていうんですけどね、これってつまりこういうことじゃないですか?」

「はあ?」

「ふふふ……最後の最後まで油断してはいけませんよ、ハンターさん?」

 

次にネロが自分の身に起きたことを確認した時、既に彼の首は体を離れて宙を舞っていた。声も上げることができず、宙を舞ったその首はマリアに対して嘲りと怒りの混じった表情を変えずに、砂浜に落ちた。やがて後をおうように主を失った体が倒れる。目の前の光景に動揺することもなく、マリアはネロの死体をただひたすらに凝視していた。

 

「囮とはいえ、このような下衆の前で肌を露出させたこと、申し訳ありません」

「私のことは構いません。任務ですから」

 

砂浜にいつの間にかムラマサが立っていた。大鎌威太刀の血を拭い背中に再び留めると、ネロの死体を海のなるべく遠い所へ放り投げ、砂浜の血痕は砂を適当にかけて隠した。

 

「『王国に害をなす因子の排除』……書士隊であるシロッコに手を掛けるということは調査隊にとって不利益をもたらす。つまり排除対象と断定、ということか。マリア殿がまず出ることで油断させ、自白させて事実を確認した後暗殺する。台本通りだ。ご協力感謝するでござるよ。任務という大義名分以外にもこやつには腹が立っていたからな」

 

すっきりしたという顔でムラマサは礼をした。

 

「あらあら、私怨でやったとなれば色々問題ですよ。ギルドナイトさん?」

「現役のマリア殿と違って、今の拙者は自由の身だからな」

「ほんと、恨めしい限りです……それにしてもいつから私がギルドナイツと?」

「森であなたを見たときからね。いくら書士隊でもギルドナイツのマークを見てすぐにピンと来るなんて、その気がなくても危険でござるよ?」

「なるほど、気をつけます。それにしても、本当に私達は同業者に対して嘘がつけませんね……」

「裏切りを特定しやすくするためでもあるからのう。遺書はもう部屋に置いたか?」

「手はず通りに」

「それじゃ、拙者達も帰るとするかのう!」

「そうですわね」

 

二人の思惑通り、翌日ネロの自室から手紙が見つかる。シロッコを樽詰めにしたのは自分だと自白し、バレるのが怖くて逃げたという旨のものだった。深く考える余裕がなかったのか、何かを察したのか、セルゲイはその後の追求はしなかった。船の修理にはおよそ一週間の時間がかかることが分かり、それまで調査隊のメンバーはガランで休暇を取ることが正式に決まった。ネロの居なくなった第2は解体され、メンバーは第1に吸収された。元凶がいなくなったことが原因か、カドワキの身を呈した行いが彼らの心に響いたのが原因か、それ以来ハンター達の彼らに対する軽視はますます薄れていった。第1の書士隊メンバーにはパスカルが残り、オネゲルは正式に第10のメンバーとなった。第1メンバーはハンターが5人となりジンクスを嫌うものたちが反対したがこれに対してセルゲイは持ち前の強面で、「ジンクスなど俺が打ち破ってやる」と豪語した。

 

一週間の時間を調査隊のメンバーは様々な時間を過ごした。ムラマサは一週間を全て使ってずっとシキ国にある自分の故郷に帰っていた。ヴェロニカは王都周辺にあるという古代の王の墓を観光し、パスカルや他の書士隊年少組は浜辺で一日中遊んだ。ロロアやセルゲイ、エドワードら第8のメンバーやそのほかのメンバーも気が向けば夜に酒場で飲みながら、互いの話やカドワキの話をした。

 

「昔はよく、あいつとやんちゃをした。未開の土地を調査するときは必ずあいつとチームを組んだが、寝息がうるさいし、寝相もひどい。眠れやしなかった」

「へえ……意外だな。大人しそうなのに」

「いびきがひどいとカミさんにも怒られていたなあ。それからあいつは絵が致命的に下手でな……懐かしいわ。地底人かと言いたくなるようなグラビモスの絵だったのう」

「そ、それはそれで見てみたい気もしますわ……」

「さっきから悪口ばっかりだなセルゲイ、カドワキもあの世で泣いてるぜ?」

「なあに、顔を合わせればいつも互いの欠点を言い合う仲だった。だからこそ俺たちは、自分の欠点をなくしてやろうと互いに切磋琢磨したのさ……」

 

 

彼の話を初めているうちに、セルゲイはとうとう涙を流した。その男泣きにつられて、いい大人たちがみんなして酒場の片隅で泣いた。その光景を思い出すとロロアは今でも恥ずかしくなるが、とにかくそれで一週間はあっという間に過ぎ、とうとうガランを出発してアクラ地方へ向かう準備が整ったのだ。

 

出発日の朝、セルゲイとロロア、パスカルの3人はカドワキの墓の前に来ていた。何の示し合わせもなかったが、この3人が揃った。セルゲイは墓の前に黄金芋酒のボトルと2つのグラスだけ置くと、何も言わずに船の方へ向かった。それに習い、ロロアとパスカルも黙ったまま墓に向かって一礼すると船に戻った。




第二章まで終わりました。ここまであっという間でした……書きため放出しきったので三章から遅れます。これ言うの何回目だよ……

いつも読んで頂いてる方も、たまたま足を踏み入れてくださった方も読んで下さりありがとうございます。ここまで続けられて感謝感激です。これからも頑張ります。

二章終わったので登場人物とここまでの話を超大雑把に整理します。
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