3-1 血気盛んにして成長未だやまず?
どこからともなく響く聞きなれない鳥の鳴き声は、右や左からこだまするように降り注ぎ、侵入するものの方向感覚を惑わす。道なき道の雑草を抜けたり、かと思えば大型モンスターに踏み均された草原に来たり、川の流れる渓流地帯があったりと、アクラ地方はまさに自然の形をそのまま残したと言える新天地と呼ぶにふさわしい世界だ。林をひとつ越える度に樹海は表情を変えていく。そんな樹海の真っ只中で横たわる草食種の死骸。死骸に群がる肉食竜たち。その光景はハンターたちに改めて弱肉強食の意味を強く示す。
シキ国の王都ガランからこの新大陸のアクラ地方までの道のりはこの前の航海が嘘であったかのような順調ぶりであった。嵐の前の静けさともセルゲイは言うが。一切モンスターが現れることもなく、数時間して船はアクラ地方の浜に着いた。座礁しないように沿岸で錨を下ろすと、一行は少しずつ荷物をおろしながら上陸した。
森を飛び抜けてひときわ巨大な枯れ木の麓で、調査隊はキャンプをしていた。数々のテントが並び、その中や外で様々な人間があちこちを慌ただしく行ったり来たりしている。キャンプ地中央の大テントでは、パスカルとパオを中心として、今後の調査についての会議が行われていた。樹海はこの巨木を中心にして東西南北に広がっていて、ここに来るまでに既にある程度調査をした南方を除いて、少しずつ他の地方にもハンターと書士隊を向かわせて探索を行おうとしていた。
巨大なテーブルを囲むハンターと王立書士隊のメンバーたち。幾度の戦いを経験したことで、彼らの顔は出発したあの日よりもたくましく見えた。広げられた白地図に少しずつペンで情報が書き込まれていく。パオに言わせれば、この瞬間が王立書士隊をやっている生きがいのひとつなのだという。ハンター達が狩場で普段手にしている地図も、初めはこうやって作られていくのだろう。報告の通りにパオが全て書き終えると満足げにひとり頷く。中心の巨木に向かって南から一本の道ができ、その周辺を破線の楕円で囲まれてある。
このキャンプ地自体急ごしらえなので、周囲の安全を確保することが最優先事項に決定すると、テーブルを囲んでいた各チームはそれぞれの持ち場の探索に向かうべくテントをあとにした。
「俺たち第10チームは巨木の内部の調査だ。大型モンスターの巣になっているかもしれないから気を抜くな」
白地図を指でなぞりながらオネゲルは第10チームの探索区域を説明する。巨木の内部は空洞になっていて、その中をからに幹の太い木が何本もひしめいているようだ。ロロアがさらにオネゲルに尋ねる。
「遭遇しうる敵は?」
「俺にもわからん。緯度の割に比較的温暖だが植物がかなり茂っているから、リオレウスなどの大型の飛竜種ではなく、翼が邪魔にならない小さい飛竜、地面での移動に特化した獣竜種だろうな。とにかく情報が少なすぎて、今のところ断言することはできない。もう少しサンプルが必要だな」
「カドワキは土舐めただけで生態系把握したらしいけどー?」
ロロアが挑発すると、オネゲルはムッとした表情でこう返した。
「俺をあいつと一緒にするな、悔しいがカドワキの力は俺たちの想像を遥かに超えていた……水夫ひとりのためなどに払われる犠牲ではなかったのだ」
「ふーん……生意気なアンタがそこまで言うとはね」
オネゲルはしばらく遠い目をしてテントの入口から見える巨木を見つめていたが、やがて我に帰ると支度をすると言って書士隊の宿泊用のテントに戻った。
数分後、大テントに再び第10チームの4人が揃った。他のチームは既に出発したか、キャンプ地周辺を見回りしていた。4人の前には巨木が立ち塞がり、周囲を見渡すとその表面に綻びがあって人が通れそうな穴が空いていた。ここから内部に入っていくことが出来そうだ。
一人ずつ穴を通っていくと、天然の洞窟の中は光があまり入ってこず湿度も高い。植物の香りが一層強くなるがその他の異様な匂いもオネゲルは嗅ぎとっていた。異臭の方向へ歩くと、草食種だったと思われる死骸を発見した。
「やられて日が浅い、やはり大型モンスターの根城になっていることは間違いない。だが……この傷跡……」
オネゲルは死骸の首から胸部に引き裂かれていた傷を指でなぞり、凍りついた。様子がおかしいことを感じ取ったロロアが彼の肩に手を掛けると、彼は驚く早さでこちらを振り向き、戸惑いの表情を見せた。
「どうした? 傷に見覚えが?」
「……いや、見たことはある……気がするんだが、なぜか思い出せない」
「? 曖昧だな、分からなきゃ分からんって言ったって責めないぞ」
「う、うるさい! 俺は見たことあるんだよ……なのに思い出せないなんて……」
立ち上がるとオネゲルはロロアの方を振り向いて言った。
「とにかく、この巨木の主を探すぞ。もしかしたら、他の連中が出くわしてるかもしれないがな。この森の中では信号弾を上げても気づかれないから他の手段を使う」
そう言ってオネゲルは鈴を取り出した。 3人はそれぞれ武器を出して辺りを警戒し始める。だがいくら待ってみても敵の動く気配はない。
「タイミングが悪かったか、はたまた他のチームと鉢合わせになったか……?」
諦めかけたその時、3人の入ってきた入口と反対方向から黒い影が動くのが見えた。その黒い影がどんどんこちらの方へ走ってきており、やがてその姿を捉えることが出来る。
「へっ?」
一瞬3人にはそれがオネゲルの発した声だと分からないくらいの間抜けな声が響いた。なぜなら彼の予想に反して現れたのは、体長がほんの2,3メートルほどしかない動物だったからだ。青い毛並みをした熊のような姿をしたそれは、四足で走ると、木の幹にかかっていた蜂の巣を叩き落とした。既に蜂の巣には蜂が一匹もいないらしく、その青い熊のモンスターはこちらの姿に気づかないままハチミツを下品に貪り始めた。
「……アオアシラ、牙獣種でござる。シキ国の新米ハンターが相手をするような雑魚でござるよ」
ムラマサがロロアとヴェロニカに耳打ちをする。それを聞いたロロアは満足げに頷くと、ひとりアオアシラと呼ばれたその牙獣種に向かってゆっくりと近づいていった。
「ろ、ロロア? 一体どういうつもりですの?」
「もちろん狩るんだよ。キャンプのみんなに被害が及ぶと危ないだろ?」
「そんなことを言って、顔がすごく悪い顔になってるでござる」
「えっ?」
ロロアの顔が酷く歪んでいることをムラマサが指摘すると、ロロアは自分の顔をペタペタと触りだしたり叩いたりする。その様子を見て「自覚がなかったのか」とため息を漏らすヴェロニカ。
「ま、いいじゃないの。せっかくだから私ひとりで戦わせてくれ!」
「で、でもかなり強い奴かもしれないぞ、アクラ地方だからな」
「それはそれで、面白いからOK!」
「……冗談が通じないのかお前は」
「さあね!」
アイテムポーチからペイントボールを取り出すと、ロロアは未だにハチミツに夢中な青熊獣にそれを投げてぶつけた。突然の襲撃に驚いたアオアシラが蜂の巣を落としてあたふたとするが、そんなことはお構いなしに彼女はタンクソーサラーを構えて弾を込め始めた。
「久しぶりの一対一かあ、腕がなるなあ……クックック」
いつもの不敵な笑みを浮かべてロロアは、タンクソーサラーの引き金に手を掛ける。アオアシラもようやくこちらの敵意に気づき、あわてて啖呵を切るごとく、こちらに牙を見せて威嚇し始める。そしてこちらに走って突進してくるのを見てから通常弾レベル2を放った。
***
アオアシラがフラフラとしながらこちらにフックを放つが、ロロアはそれを鮮やかな身のこなしで交わしていく。時にバックステップで、時にバック転をしながら余裕で距離を取ると、タンクソーサラーをアオアシラの腕や肩目掛けて引き金を引く。弾丸は容赦なくアオアシラの身体に突き刺さり追い詰めていく。もはや彼女にとってこれほどの敵はちょっとした運動ぐらいのものだろう。
再びフックが来るが、今度は調子が出てきたのかシャドーボクシングでもやっているかのような仕草でステップを踏むと、フックの隙間を塗ってアオアシラの腹にストレートを加えた。もちろん人間ごときのパンチでアオアシラの体にダメージなどほとんど与えられないが、こうした一対一のやりとりにロロアは懐かしい気持ちを覚えていた。
(今までずっと後衛だったし、久しぶりにひとりで戦ってみたかったんだよな)
パーティでの狩りに明け暮れている中で、彼女はココット村で教わっていたことを忘れていないかと危惧していたが、それも杞憂だったらしい。敵の動きを読み、隙を突いて、攻撃。よくばり過ぎず、冷静に対処する。ワンパターンでも、その動きは洗練されていた。師匠のルガから教わったことを一通り試した頃にはアオアシラは口からだらしなく舌を垂らして、傷だらけの身体を引きずるように逃げようとした。
「うん、なまっていないようだ……!」
逃げるアオアシラを走って追いかけるロロア。すぐに追いつくと、その背中に飛び乗った。暴れるアオアシラに必死にしがみつく。しばらくすると疲れ果ててその動きが重鈍になり、チャンスとばかりにロロアは持っていた剥ぎ取り用の小さいナイフで切りつけ始めた。なんども突き刺したり、切りつけたりを繰り返すとアオアシラはさらに動きが弱々しくなりダウンした。しばらく抵抗を続けたが、最後にその頭部に通常弾レベル2を放つと瞬時に絶命した。
「ふう……楽しかったぜ、クマさん!」
ロロアが振り返ると、3人は目を丸くして彼女の方を見つめていた。特にヴェロニカの様子が著しく、口をパクパクとばかりさせていた。
「ん? どうかしたか?」
「また、強くなりましたねロロアは」
「そうかな? まあ確かに体は昔に比べて軽くなったな」
「ロロア殿はいつか、セルゲイ殿を越えるやもしれぬな……」
ロロアにはごく当たり前の動作をこなしただけという印象であり、このふたりの賞賛に彼女は珍しく頬を染めた。
「む、ムラマサの割にはいいこと言うじゃないか」
「素直じゃないのう」
「うっせ、ほっとけ!」
3人が談笑しているとこに咳払いが1つ投げ込まれた。オネゲルはまだ緊張をといてない様子でこう言った。
「あのアオアシラは、この巨木の主とは関係ないな」
「え? そうなのか?」
「素人が……お前は戦っていて気づかなかったのか。あんな太い爪でケルビの首から胸をスパっと切れると思うのか? それにこんなちっぽけな牙獣種一匹にこのテリトリーを得られるなんて思えない」
オネゲルはアオアシラの現れた方向へ歩いた。光が差し込まずかなり暗くなっているようだが、彼が手招きして3人も近づくとどうやらさらに先に続く道があるようだ。
「真っ暗だな、植物もいっそう激しい」
「さっきのアオアシラ、もしかして逃げてきたのか?」
「恐らくは、この巨木の主に追いかけ回されたのだろうな。逃げる途中でもハチミツをしっかり頂くとは食欲旺盛だな……いや、待て」
3人が闇の中へ足を踏み入れ用としたその時オネゲルが待ったをかけた。必死に考えこみ、やがてひとつの結論にたどり着いた。
「あのハチミツは、アイツの罠だろう。ここで待っていれば親玉は姿を……来た!」
オネゲルが指をさした方向にひとつの影が舞い降りてきた。体は小振りだが翼を持っていて、棘の長い尻尾や鋭くしゃくれた嘴のシルエットが現れる。その姿が陽光に照らされると彼は目を見開いて動揺した。
毒々しい紫色の甲殻と鱗を持ち、頭部の黒くて鋭い嘴は鳥竜種のそれに近い。だが、頭部の左眼のあったと思われる場所は十字模様の生々しい傷後になっていて、威圧感を感じさせる。そのモンスターはアオアシラを一瞥し、続いて4人の方を向いて怒りを表しているかのごとく直立して不快な咆哮を上げた。
見た目はイャンクックそっくりだが、明らかにそれより異常な空気をまとっていたそれを見てハンターの3人もそれぞれ背中の武器に手をかけて対峙した。