樹海の中央にそびえ立つ巨大な樹木。その中央に舞い降りたのは、紫の刺々しい甲殻と鋭い嘴を持ったモンスターだった。その威圧的な姿に彼らは恐怖で体を硬直させた。
「黒狼鳥のイャンガルルガだ……アイツがアオアシラを罠にはめるために蜂の巣を縄張りに落としたんだ。あいつは好戦的で頭がいいから、それくらいのこと造作もないだろ……厄介なやつだ」
オネゲルが口惜しげに説明するが、見つかった今となってはあまり意味がない。
「体中の傷も、戦いによるものか。そんな面白いやつがいたなんてな」
「お、おいもしかして戦う気か……?」
ロロアだけでなく、ヴェロニカとムラマサもそれぞれ武器を構えるのを見てオネゲルが狼狽した。
「どの道ここを縄張りにしてるなら、倒さないとこのすぐ近くでキャンプしてる皆にもじきに被害が及ぶだろ? あんな好条件の土地、もうそんなにないだろうしここで倒した方がいいだろう」
「その相手をお前は分かってるのか? このアクラ地方で幾多の戦いを経験してるような猛者だぞ……!」
「オネゲル」
彼の名を呼んだのはヴェロニカだった。いつ間にか振り返って後ろにいたオネゲルの肩を叩くと笑顔で答えた。
「ああなってしまったロロアを止めることはできません。それにあなたも、もっと私達を信用してください」
「い、いや……でも」
「心配するな」
タンクソーサラーに再び弾丸を込めながら、ロロアがフォローした。
「死ににいくつもりはない、お前と同じ気持ちだよ。だから俺たちが死なないようにサポートしてくれ」
「……くそっ……やってやるよ!」
「決まりだな……よし行くか!」
4人はそれぞれ散らばって武器を手にとった。
黒狼鳥と呼ばれたそいつは翼や足をばたつかせてこちらを激しく威嚇するものの、こちらに対して攻撃を仕掛けてこない。
(あれだけ威勢のいい割に、先手をうってこないのか?)
不審に思いながらも第10チームのいつものフォーメーションで3人は攻撃を始めた。まずムラマサが黒狼鳥の右から走り込み、鬼斬破で一太刀浴びせようとした。しかし、黒狼鳥はその動きを見ることなく先に体を動かして斬撃をかわした。
「か、かわされた!」
「心配無用です、ムラマサ!」
さらに黒狼鳥の左からはヴェロニカが走り込んでいた。タイミングを見てロロアが敵の頭部目掛けてタンクソーサラーの引き金を引くが、イャンガルルガは今度は頭の前に自らの翼を広げてこれを防いだ。その翼を再びもとの位置に戻そうとし、懐に飛び込んでいたヴェロニカは翼の一撃を受けて後方に吹き飛ばされた。
「攻撃の手を緩めるなロロア、ボウガンで頭部を狙っているあいだはあいつも動けないはずだ」
「わかってる!」
スコープを覗き込み、再びイャンガルルガの頭部目掛けて通常弾レベル2を放つが、黒狼鳥はこれも素早い身のこなしでかわしていく。弾丸の切れ目をぬって再びムラマサがイャンガルルガの胴を斬りつけようとするが、刀は激しい音と火花を立てて弾かれてしまった。
「ま、まるで刃が通らない……!」
刀が弾かれた反動で動けないムラマサを黒狼鳥は逃しはしない。体を翻して、紫色の尾をムラマサ目掛けて振り回す。尻尾は彼の体に命中し、後方へ押しのけた。
「ぐっ……! やはり、かなりの強敵のようでござるな」
「黒狼鳥の尻尾には毒がある、当たりどころが悪いと大変な事になるぞ!」
ロロアのさらに後ろにいたオネゲルが叫ぶ。
「受身をとっていたから防具で尻尾の棘を防げたでござるが……なるほど本当にこやつは厄介な……」
彼の装備する特注の防具は先程の尻尾の棘で一部が裂けてしまっていた。ようやく与えた一撃も堅い甲殻に弾かれ、状況は不利な一方だと全員が認識したその時。
「……私が囮になろう」
「えっ?」
「もうひとつのフォーメーションで行こう、あのイャンガルルガが思いつかないような作戦で裏をかく」
そう言うと、ロロアはタンクソーサラーを一度背中に戻してイャンガルルガに向かって走り出した。
「なっ、お前……無茶だ! ガンナーの防具は接近戦闘できるような造りになってないぞ」
オネゲルの忠告も虚しく、ロロアはイャンガルルガの鼻先まで近づいた。啄みでロロアを退けようとするイャンガルルガだが、ダイブしてこれをかわすと振り向きざまに目の前でタンクソーサラーを展開し、イャンガルルガの嘴目掛けてゼロ距離で通常弾レベル2を放った。突然の出来事にイャンガルルガも含め全員の動きが止まるが、やがて事を判断したヴェロニカとムラマサも後に続いた。第10チームの新しいフォーメーション、それはロロアを前衛においた超攻撃型のフォーメーションだ。
イャンガルルガの激しい追撃をボウガンを抱えたまま華麗な身のこなしでかわしていく。ルガ・バレットから教わった体術で、彼女は十分すぎるほどの俊敏さで敵を翻弄した。イャンガルルガの意識はすっかりロロアに釘付けとなり、二人にも攻撃の隙が見えるようになる。振り回された尻尾をくぐり抜けると、僅かな瞬間で引き金を引く。狙いこそ適当だが、ゼロ距離ならまず外れることはない。何発か撃ったところでイャンガルルガがうめき声をあげて怯んだ。ヴェロニカはその隙を逃さなかった。レグヌム=バスターレのレバーを引いて、イャンガルルガ目掛けて鉄球を射出した。
鉄球は綺麗にイャンガルルガの頭部に命中し、その衝撃でバランスを崩して転倒した。だが転倒してもなお暴れていて、チャンスが現れない。結局ほとんど攻撃を与えられないまますぐに立ち上がってしまった。
それでも3人は攻撃は続けた。イャンガルルガの猛攻の間を縫うように武器を着実に当てていく。しばらく攻撃していると、イャンガルルガもかなり興奮してきたのか荒々しく口から黒煙を吐いているのが見えた。それでも臆することなくロロアはそのまま囮となってイャンガルルガの気を引き続ける。だが、ひとつの問題が彼女に差し迫っている。既にボウガンに込めていた分の通常弾がなくなってしまい、このまま囮を続けているとリロードのタイミングがないのだ。
再び啄みが彼女を襲うが横っ飛びで軸から外れると、イャンガルルガも怒りで我を忘れたのか目の前に敵がいないにも関わらず、攻撃をやめない。
(こいつ、そう言えば左眼が見えてないんだ!)
そう確信したロロアであったが、彼女がボウガンに弾を込めようとしたその時、イャンガルルガは急に向きを変えてこちらを見てきたのだ。
「なん…で…!?」
この時、振り返ったイャンガルルガとロロアの目が合った。傷でこちらの姿が見えていないと思った左眼が不気味に光っていた。狩人のような狡猾な眼を向けて、「獲物が引っ掛かった」とこちらを嘲るような顔で、それは笑っていた。
―お前、全弾撃ちきっただろ。
そんな言葉が聞こえてくるような、勝ち誇った顔で嘴から炎が吐かれた。そこから先は時間の流れがゆっくりになったかのように、ロロアの目に絶望の瞬間が示される。
直後、爆発音が樹海の辺りに響いた。
***
スローモーションのように動いていた最後の瞬間がもとの速さに戻ったことに気づくと、私はようやく我に帰って、目の前の世界を認識した。
それまで見たこともないような美しい田園の真っ只中に私は立ち尽くしていた。突然の出来事でも頭は自然と冷静でいて、自分の身に起った出来事をはっきりと理解していた。ハンターになった時から、こういう瞬間がいつか来ることは覚悟していた。あ、でもよく見るとこの景色ココット村近くの森丘に似てるなあ。
死ぬっていうのはこういうことなのか。
イャンガルルガの策略にはめられた私は、その火球をもろにくらって、恐らく死んだのだろう。それにしても、あの戦いの中でボウガンの装填数まで把握されてたとは、なんて恐ろしいやつなんだ。全弾撃ちきる癖は直した方がいいのかもな……あの左眼も、最初から見えてたのにわざと隠してたのか。信じられない、アイツはどこまで狡猾なんだ? しばらく攻撃をかわしていたり、少しずつ隙を見せていたのもこのためか。そのためにわざと殴られたり撃たれたりもして……うう、思い返しても身震いがする。勝つためには手段を選ばないらしい。あのオネゲルが激しく動揺するわけだ。
決してモンスターを舐めていたわけじゃない……けど、いざこうしてやられるとやっぱり悔しいな……まあそれほどの強敵に破れたっていうなら仕方ないのかな。アクラ地方ってすごい。私達の想像の遥か上をいく強敵がいて、こんな所になら『秘境』があったっておかしくないかもな。
「秘境か……」
声に出してつぶやいてみる。かつて一人の青年が私に話してくれた秘境の話を思い出した。何処からともなく現れ、ブームを巻き起こしたとある冒険譚の本。名前は確か……『クープランの冒険』と言ったか。20巻に及ぶ冒険小説で、とにかく読む人の心を掴んで離さない笑いあり涙ありのストーリー。そんな中、話の流れをぶった切るかのように書かれたその断章は多くの読者を驚かせた。
『超太古にまつわる神話』の章。最初読んでいたときは私も本当に驚いた。それまで砂漠を冒険していたはずの主人公が突然舞台も日付も変わって緑に囲まれた謎の遺跡に立っていたんだもんなあ……作者はなぜあんな事をしたのだろう。
その小説は現実の世界観に沿ってよく書かれていたが、その断章だけは不思議な浮遊感があり、現実味のない話であった。賛否両論のその断章の真偽を巡って王国の人間が真面目に討論したというのだからお笑い種だ。
まあ無理はないか。『人と竜が共に暮らす秘境の地』なんてものが本当に存在するなら、わたし達にもその秘訣を教えて欲しいくらいだ。
***
どの位の時間が経ったのだろう。さっきから太陽の位置は変わらない。ひどく退屈だ。今の私には物思いにふけることと、野に咲く花を眺めているしかできない。それにしてもここは本当に天国なのだろうか? その割には誰も私を出迎えてくれない。カドワキぐらいはいて欲しかったなあ。
私は次に残された仲間たちのことを考えた。ヴェロニカやムラマサ、オネゲルはあれからどうしたのだろうか? 3人でなんとか倒せたのだろうか、それともみんなやられてしまったのか、逃げおおせたのか。私の勝手な判断で巻き込んでしまった、本当に申し訳ないことをした。
「せめてあいつらだけでも……生きて帰ってさえしてくれれば……私は死んでもいいから……頼む」
激しい後悔の念が湧き上がると自然と涙がこぼれていた。だがそんな願いに明るい声で拒否する声が返ってきた。
「それは無茶な相談だ、なぜならお前は死んでないからな」
***
ロロアが目を覚ますと、彼女の目には狭い天井が広がっていた。目で見て、次に思考が追いついて彼女は自分が生きているという事、救助されてこの調査隊の医療班のテントに運ばれてきたのだということを理解した。
視界の端で声がした。体を動かすと激しく痛むので、彼女はその姿を捉えられはしなかったが、男の声だ。
「あんたは……医者か?」
弱々しくロロアは声の主に尋ねる。男は短く「そうだ」と肯定した。
「全くどうしてハンターって生き物は、こうも自分の命に無頓着なんだろうな。普通生きてた!って気づいたらもっと喜ぶだろ? 助けがいのない……」
「そんなことはないぞ……生きてて……よかった。感謝する……」
「ま、それなら良いんだけど。喉までがっつり火傷してるから、あんまり喋るな」
影が近づいてくる。ようやくロロアはその声の主を捉えることができた。同時に自分の視界がやけにぼやけていて、狭くなっていることにも気がついた。
「……ひらべったい顔」
「よく言われる。だが、それは俺の顔のせいだけではない。お前がものを立体的に見れなくなったからだ」
「?……哲学か?」
「言葉通りの意味さ。 イャンガルルガの火球を食らってお前は全身に火傷を負った。特に左半身は重症、正直俺がハンター専門の医者でなかったらとっくに匙を投げてる」
そこまで医者が言うと、ロロアはハッとした。右腕を持ち上げて本来それがあったと思われる部分に手を触れても、その感触がない。寝起きで視界がぼんやりしているものだと思っていたがどうも違うらしい。
「左眼はもう取り返しが付かない。すまないな……助けてやれなくて」
静かなテントの中で、男の乾いた声が響いた。