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ロロアがイャンガルルガの火球に倒れたあと、爆発音を聞きつけてキャンプで待機していた第8チームが駆けつけた。彼らの助力もあってなんとか彼女を回収、退却することができたのだが、Gクラスのモンスターのブレスが直撃したそのダメージは深刻で、特に左半身や顔には深刻な火傷を負ってしまった。彼女の左眼を含む顔の半分が焼かれ、跡が残ってしまった。
ロロアに声をかけた白衣の男、パトリックは医療班きっての名医であった。彼女の状態を見ても動揺することなく、彼は適切な処置を行っていった。そのお陰で一命をとりとめ、ついさきほど意識を取り戻したのだ。イャンガルルガとの戦闘からほぼ丸一日経過してのことだった。
「正直驚いたよ。あれだけ重症だったのにわずか1日で意識を取り戻すとは……ハンターってのは体の鍛え方が俺たちと違うというのはこれまでにも何人も治療して実感していたが、これほどの回復力は初めて見た」
「そりゃどうも……その鍛え方も私は特に他のハンターより厳しかったからね」
過去のルガとの修行を思い出してロロアは答えた。
「なあパトリック、私はあと何日で動けるようになる?」
「このぶんだと3日で動けるだろ。ただし、痛みは残るぞ……左眼はどうあがいても無理だ。誰かに移植でもしてもらえれば話は別だがな」
「み、3日で治るのか!?」
思わず体を動かそうとしたロロアは左半身の激痛にうめいた。しかし、包帯で隠れていない方の右眼を輝かせてパトリックに聞き返した。
「ネコタクのないこの戦いじゃ上出来の治療だったはずだ。第8の連中に感謝するんだな。あのイャンガルルガの猛攻の中お前をここまで運んできたのは彼らだ」
「そっか、エドワードたちが来てくれたのか……ヴェロニカとムラマサは?」
「2人とも重症だったが、命に別条はない。オネゲルとかいう坊やもよく状況を判断して動いてくれた……全くお前の周りは優秀なやつらが多いな」
そこまで言うとパトリックは座っていた椅子から立ち上がり、ロロアが横になっているベッドのそばまで来た。死んだような目をしたその男はロロアに冷たい声でさらに続けた。
「お前、またあのイャンガルルガとやりあうつもりじゃないだろうな」
「……だったらどうする?」
「俺は自分の力量を弁えないやつは嫌いだ。口では仲良くしようなんて言ってくる奴らもいるが、正直反吐が出る。 そうして治療しても治療してもネコ車で送り込まれてくるんだよ。バカバカしい。何がそこまでハンターを固執させるのか。3回治療のルールがなかったらと思うと恐ろしいな」
パトリックは白衣のポケットから葉巻を取り出すと、火をつけた。吐いた煙は何ともわからない形となってやがて見えなくなる。
本来クエストで『力尽きた』ハンターは、ネコ車で運ばれた後治療を受けてベースキャンプから再挑戦できる。ただし2回までだ。3回を超えてしまった時点でクエストは失格、拠点に帰ることが義務付けられている。ハンターが自分の引き際を理解しなければ無駄に命を落とすリスクも高いからだ。この3回治療のルールのことをパトリックは言及していた。まして正規のクエストでないこの探索、道の土地でネコ車による支援はない。この地で『力尽きる』とは死を意味すると言っても過言ではない。
「ま、これに懲りたらアイツに手を出すのはやめろ。明日ここを引き払ってあのイャンガルルガの根城から離れる。それで一件落着だ。いいな?」
パトリックの問いかけにロロアは何も答えなかった。
翌日、調査隊はあのイャンガルルガの根城から離れるためにテントを畳んだ。他の地域を探索していたチームから好条件の土地を発見したという報告があり、新しいキャンプ地の目処は立った。ロロアも医療班の竜車に乗せられて移動したが、その途中で竜車に第10チームの3人、パスカル、第8チームの面々が彼女の見舞いにやってきた。ヴェロニカもムラマサもロロアほどではないが、あの後傷を負ったらしくムラマサはヴェロニカに肩を貸すようにして歩いてきた。
「ごめんな、ひとりで無茶して、アンタ達まで危険に晒しちゃうなんて……私は最低だな」
開口一番ロロアは謝罪したが、ムラマサもヴェロニカもそれを慌てて止めさせた。
「私たちの方こそごめんなさい。あなた一人に重荷を背負わせてしまって……」
「本来なら拙者が囮をすべきところであった……やはりあの超攻撃型フォーメーションは今後封印すべきでござる」
「ロロア、君はどうするつもりなんだ? 僕たちが救ってやった命をまた無駄にしたりはしないよね?」
後ろから第8チームのリーダーであるエドワードが声をかけた。
「しかも今は左目まで失って……それでもまだあいつに挑むつもりなのか?」
「左目……やっぱり見えないのね」
ヴェロニカが声を震わせて呟く。
「利き目でなかったにしろ、後ろから戦況を常に把握しなきゃならないのに、その目を失うのはガンナーにとって死活問題だ。君はもうハンターとしてやっていけるのかどうかも危ういんじゃないか」
竜車の中に沈黙が流れる。エドワードの言うことはもっともであり、他の人間も遠からず考えていたもののロロアの前で言うことができずにいたのだ。
「エドワードの言う通り、今のままじゃハンターを続けるのは難しいかもな」
最初に沈黙を破ったのはロロアであった。エドワードの方をまっすぐ見て、真剣な目つきでこう続けた。
「今は引くけど、私は絶対に諦めない」
「正気の沙汰とは思えないよ」
「秘策ならちゃんとある!」
そう言ってロロアは右手で拳を強く握りエドワードに向けた。秘策という言葉を聞いてエドワードも興味を示したのかさらに尋ねようとするが先にムラマサが反応した。
「いよいよ、アレらを使うのでござるね」
「こうなった以上、私もこのハンデを補うためにあらゆる手を使わないとな。イャンガルルガみたいに!」
諦めないというロロアの決断がかなり強いものだということを悟ると、エドワードやアリスも観念したのか困った顔を見合わせた。
「……ま、僕は第10チームの人じゃないから、どうなっても知らないけどね。実に君らしいというか……さすがは、調査隊きっての鉄砲玉軍師、ロロア・ロレンスさん」
「て、鉄砲玉?」
「噂になってるよ。いつも無茶な行動に出るってね。生きて帰れば有名人かもね!」
「いやーはは……そりゃどうも」
彼女の苦笑いはやけど傷とは別の部分にひびいた。そんな苦笑いでも笑顔には変わりないのでそれを見た一同は安堵の息を吐いた。
***
イャンガルルガの驚異から逃れるために、調査隊一行は半日かけてアクラ地方の樹海を東に移動した。新たな場所でキャンプが立てられていく様を眺めながら、ロロアは自身の左目があった部分を覆う眼帯をさすった。いざこうして見えなくなるとやはり不便だ、と彼女は感じていた。視界が狭い上に片目では物と自分との距離感が掴めない。
(エドの言う通りだなこれは。どうやって克服するか……)
医療班のテントができるまで木箱に座っていると、白衣を着たパトリックが彼女の前に現れた。
「その様子だと、まだ諦めてないの?」
「当たり前だろ」
「即答かよ。おじちゃん悲しいなあ……命を粗末にするやつは嫌いだ」
「でもアンタのいうことも、もっともだと思った」
お互い視線を合わせようとはしなかったが、パトリックには彼女が本気であるということを薄々感じ取ってはいた。
「だから、次は勝算のある戦いをするよ」
「……やれやれ。話し合っても無駄みたいだな」
「アンタ、そんなにハンターが嫌いならどうしてこんな仕事してるんだ?」
「勘違いするなよ。俺が嫌いなのは後先考えず闇雲に突っ込んでいく馬鹿だ。それ以外の奴なら話は別だ」
「どうやって判断してるわけ?」
そこまでロロアが言うとパトリックは口を閉じた。まるでバツの悪いことを当てられたしまったかのように表情を曇らせた。
「やっぱりアンタも割り切れてないんだろ。医者として、傷ついた人間を助けてやりたいと思いつつ、命を投げ出す連中のことをよく思ってない。板挟みみたいな気持ちなんだろ?」
「分かったようなことを……」
「私も割り切れてないよ」
「は?」
パトリックの方を見ると、ロロアは眼帯を外して光を失ったボロボロの眼球を見せつけてこう言い放った。
「こんな顔になっても、自分が生きてることを喜んでるし、死ぬことが怖い。でも、あの時死んでしまった方が楽だったと思える自分もいる。私はあの時自分で自分が生きるか死ぬかを選べなかった。生かすと選んだのはアンタだ。他のハンターたちだって、私と同じようにそうやって治してきたんだろう?」
「話がさっぱり見えねえぞ……屁理屈言ってるんじゃねーぞ」
「おつむの良さは医者のアンタの方が上だろ……とにかく、だ」
軽く咳払いをして間をおいたあと、ロロアがさらに続けた。
「割り切った方がいいと思うぞ」
「……」
パトリックはロロアの胸ぐらを掴んだ。これまでに見せたことのない形相で、相手が怪我人であることも忘れて怒鳴りちらした。
「お前を生かしてやったことをめちゃくちゃ後悔したぜ!!」
「……」
「お前に俺たち医者の何がわかる。どいつもこいつも、ハンター様とやらに媚諂ってる連中ばかりだと平気で信じ込んでやがる。黒焦げになっても治してくれる不死身の薬としか思ってねえ……!」
「そのへんにしときなよ兄さん」
一触即発のムードに降りかかる鶴の一声はエドワードのそれであった。兄と呼ばれたパトリックは一度エドワードをきっと睨みつけるが、苦々しく「お前に兄さんと呼ばれたくないね」と不満を垂らし、渋々ロロアを掴んでいた手を離した。
簡素なローブを直してロロアは更にパトリックを追及した。
「そんな風に思っていながら、どうして医者を続けてるのか、私には理解できないな」
「ロロアもやめるんだ、さすがに怒るよ?」
先ほどとはうって変わってエドワードの視線は突き刺さるようにしてロロアに向けられた。彼女は二人の姿を交互に見つめて、ある思案を巡らせていた。
(兄さん? 兄弟だったのかこいつら、にしてはパトリックのさっきの言葉も気になるな)
「……どのみちその目じゃもうハンターとしてやっていくのは無理だ。帰った方がいいんじゃないのか」
冷たい声で宣告される彼女への引導。ガンナーであり、ハンターである彼女にとって資本である体を欠損することは何よりも絶望的なはずである。しかし、それでも彼女のもう片方の目は以前よりさらに輝きを増していた。
「命を投げ出すつもりはない。かといって、諦めもしない。片方目が見えなくなったからってなんだ? まだ私の足は動いてる、手だって使える、頭も働く!」
「……もう勝手にしろ」
「アンタに見せてやる。本当のモンスターハンターってやつをさ!」
差し向けられた指、パトリックに対しての宣戦布告。今だ光を失っていない赤い瞳は、彼女の指同様まっすぐ目の前の医者を貫かんとしていた。
パトリックは心底彼女の態度に動揺した。これまで自分が治してきたハンターたちとは明らかに態度が違うものを感じていた。
(媚びてはいないが……それが命の恩人に対する態度かよ)
「……やっぱりてめえを治療したのは間違いだったな。何処でも野垂れ死んでろばーか!」
「兄さん、リハビリまでは付き合ってあげなよ」
「兄さんと呼ぶな! アリスは絶対にやらんぞ」
「そ、そういう意味で呼んでるんじゃないんだってば!」
先程までパトリックを固めていた威圧感のようなものがなくなると、二人は急に関係のない話題で口論を始めた。あっけに取られながらロロアがそれをしばらく眺めているうちに、調査隊の新たなキャンプ地が整われていった。ロロアは終始二人の口論を眺めているように見えたが、その実裏で安堵のため息をもらしていた。
(ちょ、調子に乗ってあんなことを言ったが、誘いに乗ってくれて助かった……)
「まだお前のことを許したわけじゃない。お前がきったタンカ、最後まで見せてもらうぞ。俺にハンターの生き様とかいうもの見せてみろ!まあどうせ、あと数日もすりゃ泣きべそかいて街に戻ることになるだろうがな」
「ほざいてろこの人間不信! 私はまだ戦える」
かくして片目を失ったロロアのリハビリが始まった。
「手を止めないで下さい、エンプティ!」
「……」
3人の様子をハラハラしながら見ていたエンプティの姿を見て、パオが彼の肩を後ろから叩いた。声をかけたにも関わらず、肩に置かれた感触に彼は驚いて素早く振り返ると、手の主を確認した。持てるだけの殺気をもって振り返ったが、顔なじみであることに気がつくとすぐに表情を緩めて軽く頭を下げた。運んでいた木箱を所定の位置まで運び終えると、彼女に対して何やら手振りをして意思を伝える。
「……」
「あー、あの3人喧嘩になりそうだったんですね。まあロロアさんって見るからに血の気多そうだし……えーとすみません私、手話はあんまりまだ覚えてなくて……ええと、こうだっけ?」
「……!」
パオにしてみれば見よう見まねの手話であったが、エンプティが理解するには充分な内容であった。嬉しそうにエンプティが彼女の手話を褒める。
「あはは……つ、通じたってことかな。それにしてもロロアさんと違ってあなたは聾唖の現役Gクラスハンター。ハンターって本当に面白いというか人間離れしてますね……っと、エンプティ、もしかして唇の動きでわかる?」
人間離れという所までパオが話すと、エンプティの表情が曇り出した。慌ててパオが訂正する手遅れらしい。すっかり機嫌を損ねたエンプティは次に運ぶ荷物も持たずに、フラフラとどこかへ去っていってしまった。
「あ、ああーごめんなさい! もうーあんな顔しといてナイーブな人なんだから」
本当、第7チームって曲者ぞろいというか、そう言いかけて、パオは慌てて唇を隠した。彼女の疑問は続いて彼が聴力を失ったことに向けられたが、尋ねる前に彼はそそくさとその場をあとにしてしまった。