狩人達の軌跡   作:SHIPS

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3-4 空っぽの男

その晩、聾唖の狩人は記憶を失う前の自分を夢に見ていた。この樹海探索に志願したエドワードについていくと決意したその日から、何度か見ている夢。正確にはそれが本当に己の記憶なのかは分からない。しかし、それを確かめる方法を彼は思いついた。

 

彼は机に向かって自分のみた夢を日記に書き記した。その中で出会った人物の様子を克明に書き記し、自分に出会い、似たような経験をした者を探し出す。自分のことを知っている人間を探す旅をしながら、彼はハンター稼業に勤しむ。

 

これまでに彼が覚えているのは、自分がハンターを目指してミナガルデに来たこと、ただそれのみである。名前も年齢も出身も、気がついた時には全てを失っていて、手元に残るのは支度金と自らも恐るほどの闘争本能。記憶を失っていても闘争本能は残っていた。もしくはそんな闘争本能もまた記憶を失ったショックによるものかもしれないと、彼は己の疑いに疑いを重ねて日々を過ごす。

 

「あなたにお似合いの芸名をつけてあげたわ」

 

ミナガルデのハンター登録を行う受付嬢の一言によって空っぽの彼に一つの名前が与えられた。それ以来男は自らをエンプティと名乗った。

 

今朝の夢をまたひとつノートに書き込んだ。故郷と思われる場所、家族の姿、ただし肝心な部分がぼやけている。微かに残る自分の記憶か、あるいは願望の表れなのか、今となっては彼自身知るよしもない。

 

彼に残っていたのは体のそこから沼のようにドロドロと沸き上がる闘争本能だけであった。彼自身が本能とそう呼んでいるのは、戦いというものが彼を誘う理由を思い出せないからだ。空っぽの彼の中ではモンスターに親を殺されたわけでもなく、大自然のもたらす強大かつ理不尽な厄に大切なものを失った訳でもない。理由が無いのに戦うことをやめないのは本能から彼がそうしたいと願うからだと結論づけた。

 

ハンターになったことで彼の闘争本能の捌け口が生まれた。ハンターとなって本能の赴くままに命を奪い始めた。モンスターの命を奪う時の自分は狂っている、身体が勝手に動く一方で、狂気を振りまくもう一人の自分を傍観していたことに彼はいつしか気づいた。

 

またか。

 

日記を書きながら彼は腹の底に渦巻くどす黒いものが喉を上りかけていることに気がついた。テーブルに置いてあった水を注いだグラスを掴むと、吐き出しそうになったものを胃に戻しこむ。過去のことを思い出そうとする度に一緒に沸き上がるこの黒い霏の行き場を彼は持つことができずにいる。いっそ吐き出してしまおうか、そう考えたこともあった。

 

吐き出した結果。次に彼が気がついた時には死屍累々の地獄絵図の中にいた。悪臭の霧が立ち込める空間にひとり佇む自分がいた。後ろからかけられたひとりの男の声にわれに帰ると、彼はその凄惨さから目をそむけるように意識を閉じた。

 

「先史の、異教の儀式なんてものは僕は信じていないけど、流石にアレはそれに匹敵するんじゃないかってほどキツかったなあ」

 

破壊衝動に駆られた彼を最初に発見したのは当時ハードクラスに上がりたてのエドワード・トロイトであった。大剣をやすやすと振り回し、戦いとも呼べぬ圧倒的な暴力を繰り広げた挙句、突然立ち止まったかと思えば今度は発狂したかのように叫びだし、意識を失った男。そんな恐ろしい光景を前に彼はただならぬ雰囲気を察して、彼をアリスの兄、パトリックの元へと連れていく。

 

彼がランスを使うようになったのはパトリックの勧めでもある。精神に異常をきたし、戦いに我を忘れることの多いエンプティにとっては狂気に対する盾であり、理性の砦となった。相手を観察し、隙を突く。闇雲に振るうことの叶わない巨大な武器は、その威圧感とは対照的に狂気に負けない堅忍不抜の精神を空っぽの彼に説き伏せたのだ。

 

彼は安定して己を保つことができるようになり始めていた。それが最近、再び狂気が活発化し始めていることにエンプティは焦りを覚えた。

 

「……」

 

グラスに入った水を一気に飲み干す。頭が幾分か冷めていく。しかし、依然として胸のわだかまりは取れない。胸騒ぎはロロアを助けるべく第10チームに駆け寄ったあの時。彼女を瀕死に追いやったあの黒狼鳥を見た時から。

 

戦いのさなか、彼はイャンガルルガに何かしらの感情が湧き上がるのを感じていた。そして本能から自分がこの存在を知っていることを悟ったのだ。しかし、なぜ知っていたのだろうか。そして彼はひとつの推論にたどり着いた。

 

『私は記憶をなくす前、あのイャンガルルガに出会ったことがある?』

 

最後に走り書きでメモを付け足すと、エンプティは日記を閉じた。ハンターとしての感というものだろうか、彼は運命的な何かをあの黒狼鳥に感じていた。

 

「おはよう、エンプティ。今日から再び周辺地域の探索にいくよ」

「……」

「ん? また手がかりになる夢を? よし、朝食を食べながら聞こう。パオさんとアリスも一緒にね。兄さんはロロアにつきっきりみたいだね」

 

エドワードの唇の動きを注意深く確認しながらエンプティは指を動かして返事を伝える。手の動きによって文字や言葉を意味する聴覚障害者のためのサインである。

 

「浮かない顔だね。あのイャンガルルガと対峙してから少し様子が変だが、どうした? 何か思い出したのかい?」

『少し気になることがある。パトリックの意見も聞きたい』

「よしわかった。探索から帰ったら兄さんに時間をとってもらえるように朝のうちに伝えておこう」

『ありがとう』

「いやいや、君が記憶を取り戻すまで面倒を見ると決めたのは兄さんだからね。僕も出来るだけのことは協力させてもらうよ。とにかく、さっさと朝ごはんにして探索を再開しようか」

『そうだな』

 

日記を荷物をまとめてあるカバンの中に放り込むとエンプティはエドワードに連れられてテントを出た。

 

「うーん、不思議だ。全く持ってナゾだ」

「はて……何が不思議なのでしょうか?」

「この樹海の生態系は、オレがこれまでに見てきたどの土地にも似ていない。下位からGクラスの上の高難度まで、様々なランクに位置づけられるモンスターが絶妙なバランスでひしめいている。奇跡と言ってもいいなコリャ」

 

朝食を終えた後王立書士隊のメンバーたちがテントに集まり、今後の探索について会議を始めていた。それぞれのチームが巨木の周囲の探索を行っており、そこで得たサンプルやスケッチを元にアクラの樹海にさらに正確な情報が埋められていく。緑色や茶色に赤や青のインクが上塗りされ、肉食竜の生息範囲から大型モンスターの縄張りまで事細かに情報が整い始めてきていた。

 

紫色のローブの袖をまくり、燃えるような赤の髪の毛を後ろに結ぶと、その大柄の女性は報告通りに慣れた手つきで情報を加えていく。第6チームの書士隊メンバー、アイリーン・スターバックは彼らの中でもカドワキを除いた年長者である。その周りでパオやパスカルたちもメモをとって今後の自分たちのチームの動向について方針を立てようとしている。一通りの予定を立てて、会議を一度解散するとアイリーンはふと思うところがあって円卓に残っていたパオやパスカルに声をかけた。

 

「ハンター達と同じ戦場に立たされてもう2週間だぜ、信じられるか? 始めはカドワキさんの指示に度肝を抜かれたよなあ」

「そう言えば……長いような短いような、ですね」

「……僕たちちゃんと役に立ててるんですかね。皆さん樹海の調査はそれなりに順調みたいですけど、ここを狩猟地として開くためにはまだまだ分からないことだらけですし」

 

テーブルに横一列にアイリーンとパオ、パスカルが並んで会話をしていると奥からシロッコがティーカップを盆に乗せて現れた。

 

「みなさん、お疲れ様です。何の話をしていらっしゃるんですか?」

「おおーさすがシロッコちゃん、流石の女子力ですね。アイリーンさんも皆って欲しいです!」

「お前もな、オタク女。だいたいシロッコは男だろうが」

「アイリーンよりよっぽど乙女に見えますけどね、この私のメガネには……」

「ま、まあとにかく。シロッコさんありがとうございます」

 

ティーカップを受け取るとパスカルはこの話を期に思い切って彼に尋ねた。

 

「シロッコさん、気に触ったらすみません。でも、大丈夫なんですか?船の一件の事 」

 

パスカルが恐る恐るシロッコの顔色をうかがう。シロッコは船の一件という言葉を聞いて急激に顔を青くしたが、すぐに気を取り直した様子で健気に答えた。

 

「そりゃあ、まだやっぱり怖いよ……でも、そうも言ってられない。ただでさえ人数の少ない調査隊なのに、僕だけ働かないなんてそんなのだめだ。それに僕がしっかりしなきゃ。カドワキさんに代わって僕がみんなを守らなきゃ!」

 

言葉が続くに連れてシロッコの声色はよりはっきりと固められていくのをパスカルは感じ取った。同意の眼差しでパスカルがシロッコに頷くと、彼は照れくさそうに

 

「それに……また何かあってもロロアさんがきっとなんとかしてくれるし」

 

と付け加えた。

「ほほう……前向きになりましたねシロッコ。同期で私と入ったときはそりゃもうあたふたあたふたの女の子そのもの。思わず食べ……コホン、えー乙女って感じでしたからね」

「い、今不穏な言葉が聞こえたんだけどパオ……」

「ん? 気のせい気のせい!」

「……やっぱりシロッコの方がパオよりも女の子だな」

 

ティーカップのお茶を飲むようにして、アイリーンは口元を隠しながらぼそっとつぶやいた。

 

「……いい香りだ。シキの国のお茶だな?」

「さすがアイリーン。鼻が利きますね」

「あそこのお茶は湧き水の水質と相まって旧大陸とは全く質が違うからな」

講釈垂れるアイリーンをよそにパスカルもカップに注がれたお茶に鼻を近づけた。

 

「確かに、いい香りだ。シロッコ、ロロア姉さんの分も入れてくれませんか?」

「お安い御用だ。パオも、第8のメンツに持って行ってあげたら? 今日は君たちのチーム、探索に行くんだろ?」

「いえ、それが……エンプティとエドワードは苦いものが苦手でして」

「……え?」

「ごめんねシロッコちゃん! エドワードはともかく、あのいかにもなエンプティが苦いもの苦手って正直ギャップありすぎだよね! わかる、わかるよ〜……」

 

「え、えーと。じゃあアリスさんの分だけ入れますね」

「オマエんとこのチームって第10ほどじゃないけど、曲者揃いって感じだよな」

 

と、これはアイリーン。

 

「だ、第10は言わずもがなみたいな扱いなんですね」

 

その時、テントの外からオネゲルのくしゃみが聞こえたとか聞こえないとか。

 

「あのエンプティって人は何考えてるか分かんないし、一番ヤバそうなオーラがするんだよね〜ひょっとしてギルドナイツだったりして。それでオレたちのことこっそり監視してるとか?」

「そうかな? 私には全然そういうの分かんないんだけど。それもアイリーンの野生のカンってやつなの?」

「いや、カンというか……まあカンだな。あと野生って付けるのやめろ! これでも年頃の女だぞ」

(年頃の女は自分の事『オレ』なんて呼びません!)

「目が喋ってるぞ」

「ハッ! 本当に私の周りは心を読むのが得意な人ばかりですね」

「いや、顔にでてんだよ!」

「嘘発見器みたいですねアイリーン! 見直しました」

期待の視線をアイリーンに送るパスカルであったが、めんどくさそうに彼女はぼそぼそと弁明してその場を誤魔化した。

 

「お茶が用意できましたよ、パオ」

「おっ、それじゃ私はこのあたりで。行ってまいります!」

「お気を付けて、パオ」

「ま、オマエなら大丈夫だろ。 遺跡でもなんでもデカイ報告を楽しみにしてるぜ」

「ううっまたそのようなプレッシャーを……」

 

シロッコからお茶を受け取るとパオはテントを後にした。パオと入れ替わりでテントに3人入ってきた。うち2人が女性で、全員背中に武器を背負っているのでパスカルやシロッコには彼女らがハンターであるとすぐに認識できた。そしてその顔を一度捉えてアイリーンも椅子から立ち上がって彼女らを迎え入れた。

 

「呑気に食後のティータイムですか、アイリーン?」

「なあに、もう準備は出来てる。オレたちもすぐに出発するぜ!」

「第6も探索でしたか、どうかお気を付けて」

 

第6チームの面々に向かってパスカルは深々と頭を下げた。その後頭を上げて彼女らの姿をまじまじと見て、目を丸くした。

 

「えっと……第6のファティマ・モーセフザイさん?」

「その通りですよ、少年。この間はお世話になりました。あの時の非礼、誠に申し訳ございませんでした」

 

深々と頭を下げるこの修道服のような衣装に身を包んだ紺色のロングにロールを巻いた髪の毛、エメラルドのような緑色の女性に見覚えがあった。フェニスクスの港町に着く前の森で、パスカルが奔走し、助けたハンターのひとりであった。

 

「い、いやそれはいいんですけど……前と装備が全然違くて、驚きましたよ」

 

そう言いながらパスカルは彼女の装備を見た。色も装飾も地味なものであるが、何処からともなく高貴で神聖な雰囲気を漂わせているその姿に彼はつばを飲んだ。

 

「これが私の本来の装備ですから……ウフフ」

「あ、今唾のんだ。なるほどオマエはああいうのが好みってわけだな!」

「そ、そういうわけじゃ……!」

「だが残念だったな。オマエはまだ子どもだ!」

「アイリーン、からかっては可愛そうよ」

「ま、それもそうだな。行くとするかい」

 

そうしてアイリーン達も探索に向かうべくテントを後にした。ファティマの後ろ姿を眺めながらパスカルはひとり呟いていた。

 

「第6のハンターも十分変人じゃないか……」

 

ファティマの背中にくくりつけられていた棺桶のような巨大な武器からはモンスターとも呼べぬ異形の黒い腕が突き出ていた。




まともに装備の描写を描いたの初じゃないか……orz
色んなキャラが出てくるのはひとえに色んな武器での戦闘描写を書いてやろうという試みです。3GのネブラXとヤミノヒツギ、いいよね!
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