辺り一面に響く断末魔の音楽。それがヒプノックのみのものであったらどんなにマシだっただろうか。同じ第6チームであり、ファティマと同じく新大陸の西南に位置する港町からやってきたこの2人のハンターは彼女についてきたことを後悔するただ一つの点について、彼女の武器の特性を上げるだろう。
「うふふ……いい音ね。神様が舞い降りてきそう」
威圧感の放つ真っ黒な棺から飛び出た黒い腕を模した柄。それを掴んで棺桶の部分でヒプノックめがけて強烈なぶん殴りをお見舞いするファティマ。体の細い鳥竜種には打撃を吸収する術が弱く、体のバランスを崩しやすい。敵の体がよろけたところで、すかさず横に殴った遠心力でくるりと一回転するともう一撃さらに重たい横殴りをヒプノックにお見舞いした。今度は最初に振り回したものとは微妙に音色の異なる音が上がるが、それでも3人にとって不快な音色であることには変わりない。
彼女の背負う『ヤミノヒツギ』は狩猟笛と呼ばれるハンターの立派な武器種のひとつだ。笛とは言うが実際には息を吹き込んで鳴らすものから、叩く、弦を弾くなど演奏方法は実に様々なものを総称して狩猟笛と呼んでいるだけである。攻撃の瞬間に音を鳴らしつつメロディを作る。なぜ音を鳴らすかについてはもう少し後でその理由が分かることだろう。
他の2人が助太刀に入るまもなく、ファティマはヤミノヒツギで次々とヒプノックの体を殴り倒していく。さながら断末魔が一定のフレーズを繋いでいくようになると、奇しくも音楽に聞こえてしまうのが人の耳というものであろうか。
断末魔のフレーズが完成した。さながら前衛芸術のような無秩序なリズム、音程。しかしメロディからは不思議と周囲にいる人間を鼓舞させる躍動感を生み出す。狩猟笛をの音色は戦うものの様々な能力を引き出す音色を生み出すのだ。
「いつものスタミナ減少無効の旋律ですわ」
「毎度毎度、こんな音楽で力が沸き上がってくるのが不思議でたまらないよな、エリフ?」
「まあ、そのおかげで、私もドルコンもスタミナを気にすることなくこんな無茶なフォーメーションを取れるんだけどね」
エリフと呼ばれた全身を簡素なドレスのような装備に身を包んだ女は背中から昆虫の羽を模した鮮やかな色彩の弓「アレクトレスルージュ」を取り出すと、アイテムポーチから白い液体の入った瓶を取り出した。慣れた手つきでレストに瓶をセットすると矢筒から一本取り出して弦を引き絞る。
彼女が矢を放つまでのあいだ、その脇からドルコンが飛び出した。ヘリオスと呼ばれるその装備は白い大理石のような重厚な防具に古い鎖を巻いていて、頭部は異教の神を思わせる動物を模している。物々しい姿の彼は、「ネプチューンエッジ」を両手に構えると、頭上で交差しながら雄叫びをあげた。熟練した双剣使いは自らの気を練り上げ「鬼人化」を行うことでスタミナを普段より多く消費しながらもその攻撃性を増すことができる。
ドルコンはファティマと戦っているとは違うもう一方のヒプノックへと走った。身にまとう防具をものともせずに、眠鳥の啄みを縫うように交わすと脚部や腹部目掛けて激しい回転切りを浴びせた。肉は簡単に割かれて刃や防具に血が付着するが、ネプチューンエッジから生み出される水が直ちに血を洗い流し、切れ味を維持させようとする。
ヒプノックが反撃に出た。今しがた懐に潜り込んだドルコンを振り払おうと、強烈なキックをお見舞いした。反応することはできたが、とっさに体は動かず、仕方なくドルコンは地面に倒れる際受身をとった。
「ぐっ! いい脚してるぜ」
悪態をつくドルコンだが、続けてヒプノックの鋭いキックが迫る。だがキックが当たる直前、ヒプノックの頭部に矢が突き刺さり、続いて矢尻から小さく発火したのだ。突然の発火に驚いたヒプノックが出してた脚を一度引っ込めて、火を消そうともがき出した。炎が極彩色の羽に燃え移り大きくなっていることを見ると効いているようだ。
エリフは追撃の手を緩めない。矢筒からさらに矢を取り出すと弦を引き絞り狙いを定めた。ドルコンもまた体勢を立て直すと再びヒプノックに向かって走っていった。気を練り直して鬼人化すると、赤いオーラを体から発して雄叫びをあげながら斬りかかる。
羽ばたきで火をなんとか消したヒプノックだが、直後に迫ってくるドルコンの回転切りをかわすことが出来なかった。腹部を派手に切り裂かれたヒプノックは苦しそうなうめき声を上げて後ろに後退した。
「うっわ……やべ!」
その頃、ファティマとアイリーンが対峙していた方のヒプノックに変化が見えた。口から荒い息を吐き、動きが俊敏になっているように思えた。立て続けに繰り出されるキックを命からがらよけていたアイリーンだが、足がもつれてしまいその場で倒れ込んでしまった。そこへ強靭な脚が容赦なく襲いかかる。装備の軽いアイリーンはいともあっさり吹き飛ばされ、数メートル後方へ投げ出された。ローブは爪で破れ、かばおうとした腕に大きな切り傷を負ってしまった。
「前に出過ぎですよアイリーン」
柄についた運指を操作しながら、再びヤミノヒツギが断末魔のフレーズを歌い出す。音色が色となって辺りに広がり、周囲の人間に降りかかる。ドルコンやアイリーンの負った傷は全快こそしないものの、痛みが徐々に和らいでいき行動に支障のないほどまで沈静化された。
「回復速度上昇の旋律ですわ。ドルコン、まだまだいけますわよね?」
「お、お前。また俺にあれをやらせるつもりか?」
「他に何があるというの? さあ休まず鳴らし続けますから、頑張りなさい。大丈夫、この音楽がかかっている間は死にたくても死ねなくなりますわ」
「笑顔で悪魔みたいなこと言ってんじゃねー腹黒シスター!」
しかし、ファティマの言うことは最もであった。ドルコンの体には常に緑色のオーラが走り、傷がついたそばからその痛みが沈静化されていき、麻酔のような痛みのない心地よさが彼を包んだ。
ドルコンに回復効果の旋律をかけ続け、傷ついても傷ついても攻撃を続ける戦法。エリフはゾンビアタックと呼んでいるとかいないとか。しかし、あくまで旋律の効果は肉体の活性を促すもの。かならず後でその代償がくる。ドルコンはいつになってもそれが怖くてたまらない。
「ったく、こいつに弱みを握られたのが俺の人生の最大の汚点だちくしょう……」
巧みな指さばきで柄のピストンを操作すると、断末魔の音色は様々な色を醸し出しながらさらに複雑なメロディを紡いでいく。紫、緑、青……棺桶の蓋から漏れ出すような曇った叫び声が瘴気のように混ざり合い広がっていく。さながら前衛芸術の混沌とした絵画のような空間が辺りを支配する。棺桶に閉じ込められた身の毛のよだつ異形の獣が、牙をむくその瞬間を今か今かと待ち構え、蓋を封印している鎖を引きちぎらんとばかりにガタガタと震え出す。棺桶に塗られた目のような装飾が、一定のリズムで明滅を繰り返す。
「フィナーレ、派手に行きますわよ。エリフ、お願いします」
「了解、それじゃいくよ!」
次にエリフは矢筒のもうひとつのポケットから先ほどとは違うタイプの矢を取り出した。矢の先端に小さな袋が取り付けられていて、炸裂弾のような形をしていた。
「それじゃ、雨を降らせようか!」
弓矢を上空に向けると彼女は矢を放った。放たれた矢は空中で炸裂すると、袋の中から礫のような物体が辺に降り注いだ。礫がヒプノックの体に直撃すると、小さな火炎が起こり、痛がるようにフラフラとその場でもがいた。しかしその大きな体では無数に降り注ぐ礫を交わしきることはできない。
ヒプノックの意識が空に向けられる頃、ファティマのヤミノヒツギが今にもはちきれんばかりに膨らむと、彼女はそれをやすやすと振りかざし、ヒプノックに飛びかかった。敵も相手の異常性を理解したのか鋭い嘴で立ち向かおうとするが、これが勝負を決定づけてしまった。
嘴がファティマの体を貫く前に、ヤミノヒツギがヒプノックの頭部を真芯で捉えた。叩きつける瞬間棺桶から強烈な音波が発生し、ジェットブーストのような爆音と共にその威力を倍増させた。
「ソニックブームの旋律……お味はいかが?」
事切れる直前、ヒプノックの瞳にファティマの顔が映る。口端を歪めて笑っているが、目は冷淡に見開かれ、対象に死を宣告していた。ヒプノックの嘴はボロボロに砕け散り、頭蓋骨は大きく陥没して、眼球は潰され、脳漿を垂れ流してそのままドサッという音と共に地面に倒れた。
「おお神よ……また命がそちらへ旅立たれました。祈りを……」
死体を前に胸ポケットからロザリオを取り出すと、ファティマは両手を握り合わせて膝をついた。なにやらぶつくさと祈りを始めるつもりらしい。
「うっひゃー相変わらずえぐいね……ファティマの編み出したソニックブームは」
「気を抜くなよ、もう一頭残ってるんだ!」
「へーへー。ファティマもお祈りは後にして!」
「そうでしたわ、また活性の旋律を……」
「ま、まだやる気かよ! 俺の寿命が……」
「ねーエリフ? ドルコンって実はこの歳になってまだ……」
「いいいやあああ止めてええ!!」
そして樹海に二つの断末魔が響く。この後、第6チームは無事にもう一頭のヒプノックを討伐し、そこで傷を負ったマリアを保護した。
***
「左半身はこれでもう差し障りなく動くはずだ。あとは左目の無いハンデを、お前がどうやって乗り越えるかだ。策はあるのか?」
「無いぞ、そんなもん」
「そうか、よし、それなら……はっ?」
ロロアのそっけない答えに、パトリックは既にやる気をなくしかけるが、その後ロロアが付け加えて気を取り直した。
「だが、あのイャンガルルガについて分かったことがある。アイツはかなりハンターとの戦いに慣れている」
キャンプ地の隅でロロアはパトリックと共に左目の無い体に慣れる訓練をしていた。片眼では対象との距離感がつかめず、物を立体的に見えず、何より単純に視界が狭くモンスターの攻撃を目指できない危険をもたらす。
地面に転がる尖った石を掴むと、ロロアは地図のようなものを書き始める。
「あいつも言ってみれば私たちと同じハンター。拠点を持ち、狩りを行い、更に戦いの中で学習するんだ。あいつは4人の中でだれがリーダーかを見極めた。私のボウガンを見て、私の攻撃方法には一定の隙があることを発見した。そしてその隙をついた。リーダーをやられた集団は当然動揺する。ここまで考えてるなんて、全くイャンガルルガっていうのは恐ろしい奴だよな」
「ほ、本当にモンスターがそんなことをやってのけるのか?」
「私たち3人の攻撃を見て、一番くらってはいけない攻撃を判断して対処していたりもしたな。人間よりも賢いなありゃ……」
「む、無理だ! そんな相手に今のお前が適うわけ……」
パトリックが反論しようとするが、ロロアは手を前に出してそれを制した。
「だが、それは私達も同じだよ。この戦いであいつはカードを使い過ぎた。私にはまだあいつに見せていないカードがある。そこに勝機はある」
「……そんなギャンブルみたいな考えでモンスターを屠れるなら誰も苦労しないぞ」
パトリックが苦々しく食い下がる。屁理屈だ、彼は一蹴した。そのように偉そうな口を叩いて自分の実力もわきまえず突っ込み命を落としていった患者たちを何人も見ていたからだ。
「ああ言う賢い奴ほど自分に理解できないことが起こったとき脆いもんだ。そのようなカードを私は持っている。ミナガルデにいた時、一度試したが、この土地の環境に合わせてまた調整が必要になってきた。私はこれからその調整を行おうと思う」
「ロロア殿、持ってきたでござるよ!」
二人の所へムラマサが現れた。両手に大きな袋を抱えている。
「それがお前のカードか?」
「ああ、ムラマサが作ってくれた。今はまだかなり限定的な使い道しかないが、私好みのいい装備だよ」
「それで、これらをどうやって使うんだ?」
「ああそれはだな……」
数分後、対イャンガルルガの作戦の全貌を聞かされたパトリックは笑っていた。この無鉄砲軍軍師の荒唐無稽な作戦を笑う蔑みではなく、冷静な観察眼と知略に富んだ一人の狩人への期待へと変わっていた。
――こいつなら、本当にやってのけるかもしれない。
ふとパトリックはそんなことを考え、すぐに首を横に振った。しかし、腹の底に沸き上がるこの期待のような感情が彼の顔を綻ばさずにはいられない。
「お前、本当に何者なんだ?」
思わず彼の口からそんな言葉が漏れ出していた。
「私は私だ。 ロロア・ロレンス、ただのGクラスハンターだよ 」
そう答えて、ロロアはいつものように顔をニヤリとさせた。
イャンガルルガとの決戦まで残りわずか。