狩人達の軌跡   作:SHIPS

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3-9 キヲテラウ

 目もくらみそうな激しい電撃が樹海を走り始める。分厚い雲が太陽を完全に隠すと、その神々しくさえ思える青白い光をまとった無双の狩人の姿がより際立った。ふとポツリという水音がロロアの肩から聞こえた。雨音は徐々に激しさを増して、瞬く間に土砂降りとなった。

 

(雨か……面倒なことにならないといいけど)

 

 既にあちらも戦闘力を剥き出しに来てきた以上、引き下がるのは困難だろう。何より、今のエンプティには撤退という言葉はとうてい聞こえるはずがない。

 

 早速帯電状態になったジンオウガは出し惜しみすることなく、己の技を繰り出した。その場でひねり回転に跳ぶと勢いのついた背中から尻尾にかけて直径50センチはあろうかという巨大な電撃の弾が2発、こちらめがけて放たれた。カーブを描いた電撃が地を這うように迫るが、第10チームの面々はこれをなんとかかわしてそれぞれジンオウガに向かって走り始めた。

 

 先頭をエンプティが走る。ゲイボルグの盾を前に構えながら走る彼にロロアは後ろから狙った。弾丸が途中で炸裂すると、近くにいた彼の体は岩のように硬質化していく。突っ込んでくるエンプティに対してジンオウガは電撃をまとった前脚を振り上げた。押し潰そうとした前脚を彼は盾で受け止めた。

 

(硬化弾があるとはいえ、受けきるのはかなりキツイな……)

 

 今しがたロロアの撃った硬化弾はその名の通り、ハンターの皮膚を硬化させて防御力を上げるものだが、それでも高難度個体のジンオウガの一撃にはかなりのスタミナを削られるらしい。

 

 防戦一方に思えたエンプティが反撃に出た。繰り出される電撃のスタンプの隙を塗って腰の据わった上段突きをジンオウガの胸部に放った。突然の反撃に驚くジンオウガだったが、素早く身を翻して彼の攻撃範囲から離れたかと思うと宙返りから尻尾を叩きつけようとした。直撃こそまぬがれたものの、衝撃でエンプティは大きく後方に吹き飛ばされる。

 

 ジンオウガの叩きつけた土煙の中からムラマサが飛び出した。素早く背中の大鎌威太刀を抜くと、ジンオウガの首元を狙って振り下ろした。

 

「な、なにおう!?」

 

 しかしジンオウガはこれを自らの頭部の角で受けた。しばらく鍔迫り合いが続いたが、受け方が悪かったのか切っ先はわずかに首元に刺さっていた。鎌は受け流しが難しい刃の形状をしているのだ。まして数十センチほどのモンスターの角では受けきれない。

 

「流石ねムラマサ!」

「……いや、足りない……」

 

 ヴェロニカが歓声を上げるもムラマサはまだ満足出来ずにいた。効率よく毒を注入するにはもっとモンスターの体の奥深くを狙う必要がある。しかし、依然としてムラマサが傷を与えられたのは僅か。

 

 いくら猛毒といえどもそれは人間にとっての話。モンスターの、それもGクラスの生命力は無尽蔵とも言えるほど豊かで、並の毒薬では毒が回る前に免疫によって克服されてしまう。免疫がつく前にさらに毒を与え続けていかなければ意味が無い。麻痺毒、睡眠毒どれ一つをとっても効率にそれを扱うには、それぞれの毒の特性を熟知していることが武器を扱う者にとっての常識だ。

 

 ジンオウガが角を振り払うと、ムラマサの体も簡単に投げ出されそうになる。しかし、頭部にロロアが通常弾を放つといささか大人しくなり、ムラマサは投げ出されずに済んで自らの意思で距離を取ることができた。

 

 エンプティが起き上がる。体を青白い電気が走っていて、起き上がるのも辛そうだ。電撃をまとった攻撃を受けて体がショックを受けているようだ。

 

「エンプティ!」

 

 すぐにオネゲルがエンプティの元に駆け寄った。ジンオウが倒れたエンプティに向かってのしのしと歩くが今度はムラマサとヴェロニカが行く手を阻んだ。

 

 エンプティはアイテムポーチから緑色のドロドロとした液体の小瓶を取り出すとエンプティにその中身を飲ませた。彼はその液体を飲むと大きく咳き込んだ。そして完全に意識を回復したかと思うとすぐに再び立ち上がった。にが虫のエキスは栄養分が豊富で、自然治癒力を高める他に、その強烈な風味故にきつけ薬として気絶した仲間に使われることがある。

 

『助かった。礼を言う』

 

 手の動きで感謝の意を示すと、エンプティは再びジンオウガめがけて走り出した。

 

 無双の狩人は、Gクラスのハンター3人を前にしても一歩も引かない動きを見せた。ヴェロニカのハンマーを身を翻して勢いを殺し、ムラマサの太刀はツノや爪でいなした。その隙間に放たれるロロアの弾丸ですら、かわしきることはできないものの急所を避けていく。追撃をしようとさらにヴェロニカとムラマサが踏み込むと、待ち構えたかのようにその場で体を宙返りさせ尻尾を振り回してふたりをふたりを薙ぎ払った。

 

「くぅっ……なんて強さなの!」

「さすがと言うべきでござるか……しかしこのままでは……」

 

 地面に投げ出されたヴェロニカが起き上がると、顔についた泥を拭う。ブーツは既に多量の水を吸ってしまっていて足取りも重い。

 

ムラマサはアイテムポーチから青色の木の実を取り出して口に含んだ。体を走る電気が多少和らいでいく感覚がした。もう一つ取り出すとそれをヴェロニカに向かって投げた。

 

「とっておいて良かったでござる……」

 

 ウチケシの実は、モンスターの特殊な攻撃による体の異常を緩和させる。希少な植物なので見つけるのは容易ではないが、ムラマサは道中でこれらをいくつか拾っていたのだ。

 

「ロロア殿……あのジンオウガ、既に拙者の太刀筋を見切り始めている」

「太刀筋まで見切るなんて……つくづくこの樹海は面白い敵が多いな……」

「……感心している場合か?」

 

 どこをとっても隙のない佇まいで余裕の表情を見せるジンオウガ。まるで戦いを楽しんでいるかのように、相手を弄ぶかのように、さあ来いとズッシリと地面を踏みしめていた。そんなエネルギーに満ち溢れた無双の狩人とは対照的に、ロロア達の表情に疲れが見え始めた。

 

 体を震わせて驚嘆の念を示すロロアと対照的にオネゲルはひどく焦燥していた。これといって突破口が存在していない。しかも自分はGクラスハンターとは違って正直自分の身を守るのもままならない実力。

 

 そんなオネゲルの心配などどこ吹く風にロロアは答える。

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。王立書士隊ならあんたもこのくらいの事は抑えときなって!」

「……この状況でまだ減らず口を言うか。いいだろう、どこまでも付き合ってやるさ! もう1回さっきの陣形だ。ムラマサとヴェロニカはお前たちは……」

 

 2人を手招きするとオネゲルは次の作戦を打ち明けた。

 

「しかし、急ごしらえの戦術でどうにかなる相手では……」

 

 打ち明けられたオネゲルの言葉に一度は反論するムラマサであったが、以外にもそれを制したのはエンプティである。ムラマサには彼の複雑な手の動きによる会話をほとんど理解出来なかったが、その表情から少なくともオネゲルの作戦に賛成していることは分かる。

 

「あれの隙をつくには、奇を衒うしかない」

「奇を衒う、か……その通りだな」

 

 最終的にはその作戦に同意した。

 

 雨は未だ勢いを緩めず、大量の水を湛えきれない地面は水たまりを残し水煙を生み出す。日光を遮る雲と水煙でおぼろげになる灰色の混沌をかき分けるように、目の前の縄張りへの侵入者を追い詰めるように、悠々と闊歩する王者。ひとたび地面をふみ締めれば雨水で電気が地面を伝い、周囲に電を走らせながら何かが弾けるような、バチバチとした攻撃的な音を発散する。

 

「もう一度いくぞ! エンプティ!」

「……」

 

 ロロアの合図とともに、エンプティを先頭に3人がジンオウガに向かって走った。迎え撃つかのように前脚に電撃をまとったジンオウガが押し潰そうと掌底を振り下ろした。これをゲイボルグの盾で防ぐと、エンプティの後ろからヴェロニカが飛び出した。彼の肩に飛び乗ると、地面に向かって鉄球を射出し、反動で大きく飛び跳ねると鎖を操って鉄球をジンオウガの頭部めがけて振り回した。

 

「鉄球なら角では受けきれないでしょ!」

 

 鈍い音を立てて棘付き鉄球は見事にジンオウガの頭部を捉え、確かな手応えを与えた。だが、ジンオウガは怯むことなく、着地したヴェロニカと盾を構えていたエンプティをまとめて尾で薙ぎ払った。だがジンオウガの尾はエンプティの体そのものを吹き飛ばせなかった。彼は盾だけを地面に置いて、ヴェロニカとは時間差でジンオウガに飛びかかった。両手にゲイボルグの槍を持ち、目に好奇の視線を張り巡らせて、エンプティはジンオウガの胸部に鋭い突きを与えた。

 

 突然の出来事にジンオウガは身をひるませた。だが、これもすぐに追い払おうと、体を横向きにしてタックルを繰り出そうとする。背中に大量の電撃を蓄えた状態でのタックルは非常に高圧の電流が流れていることだろう。しかし、エンプティは引き下がらない。彼の闘争本能が逃げることを許さない。

 

「グゥッ……グウオオオ!!」

 

 ランスを伝って電流迸るエンプティの体、常人では本来耐えられないほどの電流を味わうことになるが、それでも彼はジンオウガに突き刺した槍から手を離さなかった。豪雨の中、獣のように吠えて彼は意識を保とうとする。ジンオウガはなおも振り払おうとするが、その後ろからさらに迫るもう1人の影に気づくことができなかった。

 

 地面に突き刺されたエンプティの盾の影からムラマサが現れた。もう1人の存在に驚いたジンオウガが急いでエンプティを振り払おうともがくが彼は手を離さない。よく見ると強く握りしめたまま白目を剥いて気を失っている。

 

 鬼の形相に気を取られていたジンオウガの隙をムラマサは逃さなかった。刀身に赤いオーラの込められた黒い大鎌を目にも止まらぬ速さで振り下ろした。

 

 肉の派手に裂ける音が大雨を裂いて鳴り渡り、ジンオウガの頭部から胸部にかけて深い傷が刻まれた。これまでの削りあいで傷の入っていた角が大鎌の一振りに耐えられず砕ける。そして刃に塗られた猛毒が傷口からジンオウガの内部を蝕んでいくだろう。それでも、ジンオウガは今しがた自分に傷を与えた人間をその二つの眼で凝視した。無双の狩人は未だ戦意を喪失していない。

 

「ちくしょう……!」

 

 ムラマサの後ろからさらに、オネゲルが走ってきた。大急ぎで気絶したエンプティの体をつかむと、がむしゃらにその体を引っ張ってジンオウガから引き剥がした。ジンオウガからわずかに距離を取ることに成功すると勢いよく叫んだ。

 

「ロロアァー!」

 

 オネゲルの叫びが土砂降りの中で響いた。すかさず引き金を引くと、放たれた弾丸は大粒の雨を切って一直線にジンオウガの傷に抉りこまれた。その後数秒、弾丸が小規模な爆発を起こす。傷口はさらにぐちゃぐちゃに開き内部の血肉をより派手に散らした。鱗の裂けた僅かな隙間に刺さった徹甲榴弾は内側からジンオウガの体を爆破したのだ。爆風に巻き込まれてエンプティとオネゲルが宙に放り出されるが、地面に叩きつけられたショックで意識を回復し、口に入った泥を吐き出した。

 

 しばらくして毒も勢いよく体中をめぐり始める。王者の動きは先程よりも力がなく、威圧感を幾ばくか失っているようにも見える。かなりの大ダメージを一度に与えたことでジンオウガの戦意は大きく削がれた。

 

 しばらくして無双の狩人はこちらの力を認めたのか、しばらくこちらを睨みながら、やがて脚を引きずるようにして樹海の奥へと走り去って行った。どうやらジンオウガを撃退することに成功したようだ。

 

 

「……エンプティ! 大丈夫か?」

「……ア、アアア……」

 

 気配が消えると、ロロア達ははすぐに倒れているエンプティの元へと駆け寄った。 彼女が彼の体を起こそうとするが、未だにバチバチと音を立てて電流が残っていた。しかしやがて全てを放電し切ると幾分か体が楽になった様子でいる。

 

「ウチケシの実でござる、それから回復薬を!」

 

 ジンオウガの電撃ををまともに受けて、口も満足に動かない様子のエンプティ。しかし、ロロアにはその僅かな口の動きが何かを伝えようとしていることに気づいた。オネゲルの顔を見るなり、弱々しい笑顔で彼は 『キヲテラウ』と満足げに呟いた。

 

***

 

 樹海を覆う雲はさらにその色合いを濃くしていきやがて樹海全域を夜のように暗くしてしまった。降り注ぐ鳥や虫たちの鳴き声は今ではすっかり雨粒の木の葉や、水たまりを叩く音に成り代わっていた。

 

「やばいやばいやばい……!!」

「アッハッハッハー!!不運だね、どうするこれ?」

「どう考えても不運なのはあんたのせいよ!」

「本当に何がどうなってるんですか……」

「い、いいから走って!ひ……広い所に誘導したら覚えときなさい!」

 

 豪雨の中を走る5人の影、エドワード率いるトロイトチームは脇目も振らず全力疾走で道を急いでいた。途中木の根に躓きながらも勢いを殺すことなくひたすらに足を動かして、迫る黒い外套の悪魔から逃げていた。

 

「だいたいなんで私たちが新種の黒いヤツと遭遇してるのよ! セルゲイ達は何してるの?」

「相手は新種だからね……生息範囲の予測はあくまで予測なんだ……特定のテリトリーを持ってないってことも。それにしてもまさか僕たちが遭遇するなんて……僕の幸運体質も『彼女』にはかなわないか、トホホ……」

 

 

 

 エドワード・トロイトとアリス・オットは並走しながら息を切らすこともなく走っていた。その後ろをパオがゼエゼエ言いながら走り、さらに最後尾には第5チームの生き残りたちが意気揚々と後をついていた。

 

 遡ること数分前のことだ。

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