もし、小説の中の世界が――あるいは誰しもが語り継ぐようなありふれた伝説が――この世に実在しているとしたら、人間の反応は実に様々なものであろうか。少年少女の頃、夢見ていた本の中の世界がそこに存在すると知った時、一度はこの目で見てみたいと思うことは自然な反応だろう。
だが、いざそれが目の前に現れたとき、それを許容できる頭の柔らかさを持つ人間はあまりにも少ない。なぜなら、彼らには彼らなりの世界の切り取り方というものが既に存在していて、知らず知らずのうちにそれを当てはめようとしてしまう。結果として目の前の存在をしばしば受け入れることができずにいるのだ。伝説は伝説であってしかるべきだった。
――若くしてロロア・ロレンスはこうしたひとつの持論を持っていた。あの日あの時、クラウス・クローゼに出会い、ひとつの本と出会い、彼と討論を重ねるうちにこの話題には現実味を帯びていたかに思われた。だが、結局はそうした討論もまた目の前の現実を歪める要員の一つであり、己の視界に移るのだろうということも重々覚悟していた。それにしても――
「――事実は小説より奇なり、とは昔の人はよく言ったものだな……想像以上のものだ……」
「私、今まで様々な時代や民族の遺跡をこの目で見てきましたけど、これはどれに似ているということもないのですね……!」
「ほう……あなた方にはそう見えるのか。我々にしてみればあれらはただの廃墟だというのに、人の見る目というものはいかようにも変われるものだな?」
「何か言いたげだな?」
依然としてロロアはこのメヌエラという男から警戒心を解いていない。ギルドナイツのそれとは異なる、貫録と言うものを彼女は感じていた。彼女の視線を感じたメヌエラは首だけを彼女の方へ向ける。だがその視線は次に彼女ではなく、さらにその後ろの人物にすぐ向けられた。
「それにしても、まさかお前達まで一緒とはな。意外だったぞリゴドーン……それからクープラン」
メヌエラの言葉に全員が首を傾げたが、やがてすぐに彼の言葉の意味を理解した。全員の視線は今、この二人のハンターに注がれていた。
「……?」
目を丸くするエンプティ。彼にはメヌエラの口が見えなかったので、全員が一斉にこちらを見たことに大いに驚いた。
「……やれやれ、覚えてたの? 俺の事なんかとっくに忘れてると思ってたよ」
「ちょ、ちょっと待て! どういうことだ、説明しろリゴドーン」
「クープランって……まさか、エンプティがクープラン!?」
エンプティとは対照的にリゴドーンの口から出てきたのはあっさりな返答だった。混乱する一同を制すると、リゴドーンは低い声で「今はギルドマスターに会うのが先決だと思うな」と答えた。
「その通りだ。今はまず、こちらに来てもらわねば……二人の処遇についてもな。その困惑した表情、耳だけでなく記憶まで失ったか?」
「久しぶりの再会だってのに、つれないねぇメヌエラは」
(どうなってるんだ……次から次へと一体?)
「……」
全員の視線を集めたまま必死に頭を整理し始めるエンプティには、それ以上街の景色を楽しむ余裕がなかった。
洞穴を抜けた先は、それまでの樹海の景色とは全く異なる世界が広がっていた。まるで世界が切り取られて樹海のまっただ中に捨てられているようだが、泰然としてその都はそびえたっていた。苔むしたり、蔦の絡まった石作りの建築物は人知れずここで流れていた悠久の時を思わせる。太陽こそ差しているものの、都の周囲は高い木々に囲まれていて澄んだ空気の流れる音や、町中を走る水の流れと水車の軋む音がわずかにするのみ。よく目を凝らせば建物の中には数人の人間がいることもうかがえたが、街の大きさに反してその数はあまりにも少ないという印象を調査隊のハンターたちに与えた。
何より調査隊一行の目を引いたのは大きな階段を上った先にそびえたつ、雲を突き抜けた巨大な塔と、そこからのびるアーチ状の連なる巨大な水道橋。これほどの規模の歴史的建築は、ただの趣味にとどまるヴェロニカはおろか王立書士隊でも目撃した者は少ない代物である。
都の名をアクラディ・アウス・レグヌムと男は言った。このアクラ地方に存在する唯一の都市である。この男、メヌエラの物心がついたばかりの頃――もっとも竜人の血が半分流れている彼にとってはおそらくかなり昔のことになるのだろうが――この都市にはまだ多くの人間が暮らしていたという。アクラディのギルドマスターが待っているという神殿に向かう途中で、メヌエラはこの地の歴史を簡単に説明した。
「はるか昔のことだ。国王の迫害を受けたある竜人の一族とそれに同調した博愛主義の人間たちが聖地を求め、自分たちの国を建てようとした。たどりついたのがこのアクラの地。周囲から隔離されたこの奇跡の土地で、独自の文化が発達した」
「何故こんな辺境の土地に……?」ムラマサはこれまでの苦戦や犠牲の数々を思い出して、彼らに同情するような気持ちで尋ねた。
「当時のシュレイド国王はそれは恐ろしい暴君でな。ちょっとやそっとの僻地では見つかると考えていたらしい。幸い竜人の技術と身体能力なら、アクラの樹海を抜けることもあなた方ほど困難ではなかった」
「……私たちがここへ来ていたことも早いうちから知っていたのか?」
ロロアが鋭い視線で先を歩くメヌエラをにらむ。
「助けられる命もあったはずだ」
射殺すような視線を感じたメヌエラはそれでもどこ吹く風と言った様子で「その通り」と答えた。
「いくら我々でも身体を真っ二つにされた人間を治すことはできん……あの少女は運が良かった。我々としても、異国の地のハンターというものがどれほどのものか見ておきたくてな……というのはついでだが、実際のところこちらも人手不足なのだよ。その上例の黒い風の騒ぎでな……」
「黒い風?」
ふとメヌエラが立ち止まる。調査隊一行の10名を後方から呼び止める声がして彼らが振り返るとそこにはやはり彼らの見慣れない装備に身を包んだアクラディのハンターと、後ろにエドワード・トロイトと仲間の姿があった。全員やはり顔に疲労が見えるが五体満足でいる。
「エドワード!無事だったか!」
「いやぁ、正直もうだめかと思ったんだけどね……そこのフォルランって人が新種の黒い竜に襲われていたところを助けてくれたってわけよ」
「黒い竜」という言葉に反応して顔をしかめたメヌエラは、フォルランに尋ねた。
「また現れたのか」
「ああ、被害はなかったけどね。こちらのキリコ殿はなかなかの暴れ馬でな……気づかぬうちに『ウィルス』を克服したのだろう」
「ふむ……なるほどな。よし、ではあなたがたもついてきていただこう。もう一つのチームには今、リュードが保護に向かっているだろう。生きていればな」
「我々シュレイドのハンターを舐めてもらっては困るな」
「フッ……では、じきにここへたどり着くことだろう……あの塔の下の神殿が我々のギルドだ」
挑発と受け取ったセルゲイが反論するが、彼は何食わぬ顔で鼻を鳴らした。メヌエラが指を指した方向に、石造りの神殿のような厳かな雰囲気を放つ建物が巨大な塔の麓にたっていた。
「アクラディ・アウス・レグヌムのハンターズギルドか」
「ハンターの数は7名。小さなギルドだが、我々も必要最低限の狩りしか行わぬゆえこれがちょうどいいのだよ」
「周りは『高難度個体』の巣窟だというのに、本当にそれでやって行けるものなのか?」
「……彼らの実力は僕ら以上だよ、ロロア」
ロロアの問いかけに答えたのはエドワードであった。彼は先ほどのフォルランを思い出しながら彼女にこういった。
「竜人の身体能力は侮れない。フォルランはさっき、大型モンスターの突進を大剣一つでかるがる防ぎ切った。アリス以上のパワーだった……身のこなしも僕たちとは比べ物にならない……」
「おほめにあずかり光栄だな、エドワード殿。我々の技術力が装備の軽量化に貢献し、この体に流れる由緒正しき竜人の血統が卓越した力を我らに与えてくださるのだ」
「あまり自慢するように話すものではないぞフォルラン!」
ふんぞり返って己の血族について説明するフォルランをメヌエラは厳しく注意した。少し機嫌を損ねたらしいフォルランであったが、やがて別の話題を思いついてこう続ける。
「そんな我々でさえ、今この地を襲っている異変に悩まされている。上には上がいるものだ。我々だけではこの危機を乗り切るのは困難かもしれない。そこで、だ」
フォルランは調査隊のメンバー全員の顔を一人ずつ順番に見つめながらこう申し出た。
「我らがギルドマスターは共同戦線をあなた方に提案したい。そちらは我々の協力を受けて樹海の調査ができる。こちらはあの黒い風を追い払うことができる。ウィンウィンの関係だとは思わないか?」
しばらくの沈黙の後、ああそうかとエドワードは手を解いた。
「黒い風というのは、僕らが遭遇したあの黒いモンスターのことですね」
「そいつらだけではない。あの黒い竜一頭のせいで、この地はかつてないほどの危機に面している」
メヌエラは神妙な面持ちで立ち止まった。いつの間にか一行は神殿の扉の前に来ていた。
「この先で、我々のギルドマスターが待っている。詳しい話はそこで行うこととしよう」
小さな石の扉が左右に開く。神殿の廊下は薄暗く、両脇に松明が置かれただけの質素な空間だった。しかし廊下や階段を奥に進むにつれて光が見えてきて、また空気が次第に重くなっていくのをロロアは感じていた。
最後に長い階段を登って広い空間に出た。教会の大広間のような場所が広がっていて、両脇には絢爛なガラスの装飾が施されている。この都の技術の高さがうかがえる複雑な幾何学模様だ。太陽の光は幾何学模様を受けて複雑な乱反射を描き大理石の床を七色に照らす。
大広間の奥にはこれも豪華絢爛な装飾の施された玉座が置かれていた。よく目を凝らしてみると、ロロアはその玉座に鎮座する小さな老人の姿をとらえた。短い脚をうまく組ませ、しわくちゃの左手にはキセルを持って一服しているその老人は体の大きさからは考えられないほどの威圧感を周りに放っている。長い耳が頭の両端から垂れていて、その耳たぶには大きな金色のイヤリングがついている。
「ギルドマスター、旧大陸シュレイド王国のハンターの皆様をお連れしました」
「うんむ、ご苦労じゃった……リュードとスカルボは?」
巨大な大広間に老人のしわがれ声が響く。その小さな体からは想像できない声量がある。
「リュードはもう彼らのひとつのチームと接触しています。スカルボにはフォルランに変わって黒い風の追跡を。それからトカとフウガに彼らの保護を。お忘れでは?」
「ただ、ちょっとボケが始まっておるだけじゃ。よしよし。そのまま警戒を怠らせるな……」
「……かしこまりました」
「さて……久しぶりの御客人であるのう。よくぞ来た、勇気あるシュレイドの狩人たちよ。体が弱くてのう、座ったまま失礼するぞ」
調査隊の中からセルゲイが前に出た。片膝をついて礼をつくして名を名乗ると、セルゲイはさっそくこの地について気になるだけの情報を訪ねた。
「ふぉっふぉっふぉ……あの過酷な土地で連戦を抜けてなおもそれほどの余力があるとは。それでは順番に答えていくことにしよう」
一度咳払いをはさむと、アクラのギルドマスターは話を続けた。
「この地は、はるか昔国王の迫害を受けた竜人を含むある一族によって開拓されたのじゃ。その一族の名は今ではわしも分からぬがのう……彼らは自らの国を建てようと決意したのじゃ。世界各地にちらばった同志達の一派、それがこの過酷な旅の末についにここへたどり着き、そこで定住した。彼らは元いたシュレイド王国の政治を参考にハンターズギルドを立ち上げ、自然の驚異に対抗しうる仕組みを多く開発した。それから長い年月が経った。アクラの中で再びシュレイド王国に帰ろうと言い始める人間が現れた。この竜人の技術を持ちかえればきっと国王も認めてくれるだろうと信じて疑わぬ連中がいたのじゃ。ふとした対立から壮絶な内乱が起こり、竜人も人間も多くの人間が死んだ。人口は半分以下になった。今なおその傷跡は深く残る。おぬし等もここへ来るまでに見たはずじゃ。今ここにおるのは幸運にも災禍を逃れた半竜人の者たちがほとんどじゃ」
「あれらもかつてはこの都の領土だったってわけか? にしては人が少なすぎる。その内乱ってのはどんだけやばかったんだ……?」
エドワードはこれまでの道のりで見てきた遺跡の数々を思い出しながら、驚嘆のため息をもらした。この老人の言うことが真実ならば、この広大な樹海のほぼ全域がかつてアクラディ・アウス・レグヌム領土ということになる。それが今や、少し高台に建てばその全域が見渡せるであろうかという規模にまで、この都は廃れている。栄えあるシュレイド王国の出の者や、新大陸の歴史も浅い広大な開拓地で育った人間には到底考えられないことだろう。
「このギルドでもかつてそれなりの数のハンターがいた。多くは死んだ。リゴドーンやクープランのようにこの都を出ていく者もいた。もっともここはアクラの地、この樹海を生きて出ることは容易ではないがな。」
「周囲から完全に断絶され、その存在を知らせることもなく滅びつつあるというわけか」
「ギルドマスターの前で滅多な事を言うな!」
「まあまあメヌエラ。彼らの言うことはもっともだろう。我らの土地は今や全盛期の約20分の1。これを滅びつつと言わずして何と言う?」
激昂するメヌエラを今度はフォルランがたしなめる。
「こっちはこっちで大変ってわけか。だが、置いてきた非戦闘員の保護もメヌエラの仲間たちが今行っている。私たちの目的はおおよそ達成したな」
ほっとした表情でロロアはセルゲイを見た。だがセルゲイは強張った表情を未だ緩めることができずにいる。
「セルゲイ?」
「まだ話は終わっていない。俺たちは何の条件もなしにここを出られるわけではないのだからな」
「その通り。黒い風について、オヌシ達に協力してもらわねばなるまいて」
ギルドマスターが目を細める。一人ひとりのハンターの体をなめまわすように見た後、再び口を開いた。
「ここ最近、アクラ地方に謎の黒い竜による被害が出ておる。怪しげな黒い風を振りまき、生態系に害を与える異形の獣がこの樹海をさまよっておる。フォルラン……」
「うむ。エドワード殿達が遭遇したあの黒い飛竜。我々は古代の伝承から言葉を借り『ゴア・マガラ』と呼んでいる。少し前からこのアクラの樹海に現れては、あらゆる生態系に影響しながら彷徨っている。それが、カスチェイ殿の浴びたあの黒い煙だ」
「あれは確か黒い鱗粉でしたね……」
その時の光景を思い出しながらガロッキアがつぶやいた。
「あの鱗粉は体内に入り込むと生体に悪影響を及ぼす危険があるのだ。我々は『狂竜ウイルス』と呼んでいる」
「ウイルス?」
「そうだ。あの粉塵は身体を蝕み、抵抗力や免疫を奪っていく」
ちょっと待った、とカスチェイが反論しだす。彼女はあの黒い粉塵を直接吸っていた。
「アタイはそのウイルスとやらを思いっきり吸い込んじまったが、今ぴんぴんしてるぜ。免疫が落ちたなんて気はみじんも……」
「おそらくそれはウイルスを『克服』したからだろう。ウイルスは克服することができる。詳しい原理はまだ分からないが、とにかく身体を絶えず動かすことで何らかの免疫がつくのだろうな」
「なるほど……脳筋のカスチェイには効かないわけだ」
ぼそっとパオが呟く。それを聞いたガロッキアは笑いを誤魔化そうとして咳払いし、カスチェイは怒りをあらわにする。沸いてしまった調査隊一行を見てメヌエラが不機嫌な顔をする。
「あん? てめー今バカっていったか? バカって言ったやつがバカなんだよ!」
「い、いいからカスチェイ。今はだ、黙っててくれるか……ククッ」
「……ギルドマスターの前で、なんと緊張感のないやつらだ……!!」
「ま、まあ落ち着くんだメヌエラ……ええ、話をもどそう」
手をたたいてフォルランが再び注目を集めようとする。静かになったところで再び話し始めた。
「これから我々と君たちであの黒い竜の調査といこうじゃないか。我々が黒い竜の誘導と討伐、君たちはその『被害者たち』の調査だ」
『被害者』という言葉にロロアは奇妙な感覚を覚えた。そして後にこの被害者の調査というものの危険さを知ることとなる。
「ま、人海戦術ぐらいにはなっていただけるだろうよ。彼らの実力程度でもね……」
メヌエラが鼻を鳴らして蔑むような目で彼らを見ていた。フォルランもまた表情の読めないような笑みを顔に張り付けている。セルゲイもロロアも、まだ何かあるらしいということを悟り、これから起こることの数々に不安をよせていた。
***
植物の青臭さをものともしない酷い死臭が、樹海のある場所で漂い始めていた。彼女らがそこで異変に遭遇してからは既に数十分が経過していただろうか。おびただしい紅色の死体を積み上げてなおも、そいつらは見境なくファティマ率いるモーセフザイチームに襲いかかっていた。無秩序な毒牙の雨を避けるようにしながらも、彼女らの体力は次第に削られていく。それは自然回復の旋律では賄いきれないほどに。四方八方から襲いかかる血走るイーオスの群れ。それらの異様な雰囲気に気が付かないアイリーンではなかった。
「互いに背中を守れ……相手の攻撃を見極めて、食らっていい攻撃とそうでない攻撃を見極るんだ!」
「そんなこと言ったって……」
「奴ら、次から次へと来るじゃねえか!!」
「おお神よ、このような修羅ば……試練を私に与えてくださるとは」
ファティマ達は肉食竜のイーオスの群れに囲まれていた。普通イーオスほどの頭であっても、これほどの仲間を殺されては目の前の得物をあきらめるだけの賢さは持っていることだろう。奴らは決して引かなかった。まるで飢えているかのように、一切の統率もとらずお互いがお互いの体を乗り越えるように群がり、得物の喉に食らいつこうと暴れだしたのだ。体表は黒く変色しており、目は赤い光をぎらつかせて無意味に吠えては狩人たちを威圧する。
当然武器を研いでいる暇はない。ドルコンの持つネプチューンエッジの刃はすでに内部の流水機構を切らしていて、既に乾いた血が固まり始めて思うように相手の体を裂けずにいた。エリフの腰にあった矢筒もすでに予備の二本目に入っている。なるべく矢を温存するために、少し前から矢を剣のように振るってイーオスに応戦していた。
「ったく、里一番の射手である私がこんなところで死ぬなんてかっこ付かないわよ……なんとかしなさいよドルコン!」
「む、無茶言うな……俺だって手一杯だよ……オラァ!」
刃のこぼれかけたネプチューンエッジの切っ先がイーオスの首に突き刺さる。だが、痛みにひるむことなくその毒牙はドルコンの腕に食らいついた。大理石のような強固さを誇るヘリオスXアームではその牙で貫くことはできないが、確かな痛みにドルコンがひるんだ。そこへイーオスの巨体がのしかかるように迫る。
「ぐっ……ハンターなめんなよ山賊風情があ!」
自分より体重の重い相手を根性でやり過ごすと、素早くその体にネプチューンエッジを二本突き刺してイーオスは絶命した。
「奴ら、倒しても倒しても出てくる……どうなっているのかしら?」
「様子がおかしい……『高難度個体』とか『亜種』では説明できない何かヤバイものがあいつらについている。あの口から吐き出してる黒い煙はなんだ? このアクラの樹海はどうなってるんだ……!?」
アイリーンがローブの裾から返り血のついていない場所を探して汗をぬぐう。ファティマの背中をこれまで十分に守ってきたものの、慣れていない戦いにサーベルを持った腕の筋からビリビリとくる訴えに体を震わせていた。肉離れ寸前のようだ。
これで何体目だろうか。周囲に散乱した紅い狩人たちの跡を眺めながら、アイリーンはイーオス達の群れの数を概算しようとして、しかし辞めた。この群れ数を率いるドスイーオスの実力のほどなど考えたくもなかったからだ。そのドスイーオスはいまだ現れない。血の匂いをかぎ分けてきたのかどこからともなく叢からそいつらは現れる。
「くそっ……もう、限界だ……!」
アイリーンの腕が急に地面に垂れた。とうとう腕が逝ってしまったらしい。体力と腕っぷしに自信があろうとも、Gクラスハンターたちと違ってこれほどの持久戦を経験したことのない彼女にとってはこれが限界だった。急に戦意を失ったアイリーンを狩人は逃しはしない。群れの中の一匹が無情にも彼女めがけて襲いかかる。
「ふむ、なるほどな……」
アイリーンの目の前で突然大きな爆音がして、襲いかかるはずだったイーオスの体は爆発四散した。衝撃でアイリーンの体に大量の返り血や内臓が飛び散る。驚いて彼女が目を見開くと、イーオスの死体の山をかき分けてひとつの巨大な影が現れた。
その男は禍々しいオーラを放っていた。黒くて歪な角や黄色い眼球を頭部に宿した外観で、死神が防具をきて歩いているようなオーラを発して、その巨大な影は悠々と現れた。銀色の巨大な槍を軽々しく肩に担いで男はその黄色い眼でじっとこちらを見ていた。イーオス達もその影に気づくと、群れの何頭かが、今度は彼めがけて襲いかかろうとした。
「……」
男はそれ以上は一言も発さなかった。迫りくる狩人たちを手にした銀の槍で一頭ずつ相手をしていく。食らいつこうとすれば、その槍を顎にねじ込み爆破。跳びかかるものは薙ぎ払い倒れたところに槍の背面で地面に叩き潰す。相手に背中を許すことなく、また息を乱すこともなく、そいつは次々と狩人たちを残虐な方法で処理していく。
ハンターの武器の一種でもあるガンランスは、その重量と複雑な機構を兼ね備えた玄人向けの武器であり、扱うものはそれほど多くはいない。
「ガンランス……それから見たことのない防具だ。あれは何者なんだ?」
襲いかかる敵の数が分担されて多少はらくになったドルコンが影の方を向きながらつぶやく。
「少なくとも、敵ではないようだな。とにかくあいつがやっつけてくれるなら助かるぜ。最後の矢筒で最後だ」
「アイリーン。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
ファティマも影の姿を見て一度は驚くもののすぐに事の次第を悟った。
(なるほど、あれがアクラの地に住むという……)
しばらくしてついにイーオスの攻撃が止んだ。おびただしいほどの屍の山が雑木林の中に出来上がり、強烈な血の匂いが漂う中でそいつはヘルメットを脱いでファティマたちに話しかける。その頭部に髪の毛は全く生えていなかった。
「リュードだ。お前たちの仲間に会わせてやる。ついてこい」
(こいつ……あれだけガンランスを振るっておいて息が全く荒れていない……)
ドルコンもまたヘリオスXのフルフェイスの防具を脱いだ。リュードの顔をまじまじと見つめると、彼はドルコンに眉をひそめて、
「ハゲではない、スキンヘッドだ」と忠告した。