狩人達の軌跡   作:SHIPS

40 / 52
3-13 集いし猛者たち/つかの間の休息

 

「きっかけは些細な喧嘩だった。俺は耐え切れなくなってこの都を捨てた。数少ないハンターの一人を失うことはこのアクラの地において相当の打撃であったに違いない。それでも俺は外の世界がどうしても見たかった。だからある晩、エンプティと共にここを出た。もう十年も前の話だ。再びここへ戻った時は驚いたよ。この数十年でアクラはさらに衰退している……」

 

 リゴドーン・ゴードンは大広間の中心で両腕を縛られた状態でいたが、何食わぬ顔でぶつぶつとつぶやいていた。彼の目の前ではメヌエラが立っていて、大量の水が入ったバケツを両手に抱えていた。死んだような目をしたかつての旧友に対して一切の容赦もなしに睨み付けた。

 

「裏切り者が今更ここへ何の用だ……?」

「帰りたくなっただけだよ。久しぶりに、故郷にね……」

 

 メヌエラは大量の水をバケツごと逆さにしてリゴドーンの頭に叩き付けた。憎しみを込めて。

 

「……ぶっ」

「シュレイド国王の差し金だろう……竜人の技術を人間どもに伝来させようと躍起になっていたからな、お前は。さしずめ、向こうの国王にそそのかされて我々の事をかぎまわるつもりだったのだろう!」

「……知らないね」

 

 アクラディ・アウス・レグヌムにたどり着き、ひとたびの平穏を手に入れたかのように思われた調査隊一行だが、メヌエラの発言によりそれはまだ先の話となった。リゴドーンとエンプティ(メヌエラはクープランと呼んでいる)がこのアクラ地方の出身であることがメヌエラの口から明かされ、事態はますます複雑なものとなっていたのだ。メヌエラが突然リゴドーンの尋問を始めると言い出したからだ。その声を合図にするようにメヌエラが彼の背後に忍び寄ると、あっという間に縄で彼を捕縛してしまった。

 

「裏切り者の処遇について。ギルドマスター、意見をお聞かせ願いたい」

 

 メヌエラは静かに語りかける。表情は穏やかだが、隠しきれないほどの殺意が込められていた。

 

「よさぬかメヌエラ。御客人の前で……」

「御客人の前だからこそなのだ。こやつがここで何をしようとしていたのか、きちんと知らせなくちゃならない。黒い風を追うのはそれからでも遅くない」

 

 フォルランもまた顔に笑顔を貼り付けて、ギルドマスターに進言する。

 

「リゴドーンがここで何をしていたか……だと」 

 

 セルゲイが不審な顔でフォルランの方を見る。

 

「こやつはこのアクラの地の大罪人。一歩間違えれば、シュレイド王国との戦争になりかねないほどのな。リゴドーンはこのアクラの地である研究を行っていた。そこから生み出された『兵器』を使ってシュレイド王国を滅ぼすと企んでいたのだからな」

「……かつてシュレイドから追いやられた竜人の一族の復讐のためか」

「その通りだ。さっき話を聞いたばかりにしては頭の回転が速いな、ロロア殿は」

 

 フォルランはなおも話を続ける。

 

「もちろん追いやられたというのはリゴドーンが生まれる何百何千年も前の話。こやつがなぜそこにこだわるのかは我々も知らない、とにかくこやつの行動はこのアクラの地を危険に晒しかねなかった。ある時捕えたものの、クープランと共に逃がしてしまった」

「クープランというのが、エンプティのことか?」と、これはオネゲル。

「さきほどからそう言っているだろう。こやつは間違いなくクープランと言う名前だ。エンプティなど……センスの欠片もないな、シュレイドの人間と言うものは」

「……では、『研究』というのは?」

「それを聞いたら、君はこの先一生をギルドナイツに追われて生きることになるだろうよ」

「おどしのつもりかリゴドーン?」

 

 セルゲイの問いかけに答えたのはリゴドーンであった。調査隊の一員として動いていたあの時と目つきが変わっていた。

 

「おどすだなんて。俺はただ心配してあげてるんだよ、セルゲイ。俺の『研究』の内容を知ってしまったら、それこそ調査隊は終わりだ。君たちが今つついているのは、シュレイド王国最大の汚物の詰まりなんだからさ。そうでなくとも君たちは、既に色々やらかしてしまったけどね。あれだけ人を見下してたネロ・アンドレが突然自分の罪を認めて失踪したなんて、もう少し疑うフリだけでも続けるべきだったんじゃないかな。あれはうかつな行動だった」

 

 ムラマサが前に出ると、勝ち誇ったような顔でリゴドーンに宣言した。

 

「それなら心配ござらんよ。ネロを殺したのは一人のギルドナイツだからのう、あやつは正義のために殺されたわけだ。お前の思惑通りにはならないで……」

「ふぅーん……ギルドナイツねぇ。ハイハイ、素晴らしいことで。で?」

 

 リゴドーンの眼光はさらに厳しく冷たい色調を帯び始める。ギルドナイツのムラマサでさえ、その異常性に息をのんだ。

 

(ギルドナイツを前にしてもこれほどの自信か。よほど肝の据わった男なのか……ギルドナイツ以上の存在が奴のバックにいるとでもいうのか?)

 

 ギルドナイツ以上の存在――ムラマサの脳裏にはシュレイド国王の顔が浮かぶが、すぐにそのアイディアを振り払った。

 

(ばかな。拙者にこの依頼を申し出たのは国王ではござらぬか。リゴドーンはハッタリを言っているに違いない)

 

 

 

 

 エンプティの名前がクープランであった。ロロアとセルゲイは互いに視線を合わせる。語らずとも彼らの言いたいことはすでに伝わっている。恐る恐るロロアが今度はメヌエラに尋ねた。

 

「クープランってもしかして、本を書いていたりしなかったか?」

 

 メヌエラは少し考えて答えた。

 

「……いや、本を書いているところなど見たことがないな」

「そ、そうか……」

 

 考えすぎか、ロロアが自分の推測が外れていたことをここまで喜んだことはこれまでにないだろう。

 

「しかしなぜそんなことを聞く?」

 

 メヌエラが不思議そうに彼女に尋ねた。

 

「そもそも私たちがここの存在を知ったのは『ある一冊の本』を手掛かりにしてきたからなんだ」

「本だと? それではこの地の存在がすでにシュレイド王国に伝わっているということか?」

「本に書かれた描写を頼りに、このあたりがそうだと推測しただけだ。結果的に当たったわけだが……本の名前は『クープランの冒険』、お前たちがクープランと呼んでいるその男と同じ名前なんだよ。こいつは」

 

 ロロアが本のタイトルを口にした途端、まさか、信じられないといった様子でメヌエラとフォルランは目を見合わせた。周りの人間に聞こえないようにボソボソと耳打ちをして。

 

「おい……クープランの冒険って」

「間違いないであろう。あの子どもが……そうかそうか」

 

 

 

「リゴドーンのことは一旦保留にしてやろう。我々としても戦力が欲しい所だからな」

 

 メヌエラはリゴドーンの背後に回ると、その縄を解いてやった。リゴドーンも何が何やら分からないという様子だったが、ひとまず自分がこれ以上拷問を受けることがないということを察して、幸福に満たされた顔で伸びをし始める。

 

「いきなりどういう風の吹き回しだ。何を企んでいる?」

「ひとまず、この男がシュレイド王国の回し者ではない可能性が高くなり、そなたらがここから生きて出られる確率も増えたということだ。我々竜人の力はただの人間とは桁違いだからな。身体能力と技術の結晶を手に、我々は一人で幾多の戦況を覆す力を持っている。噂をすれば、ほら……」

 

 フォルランの指さした方向を全員が見ると、大広間の出入り口から階段を上ってくる一段の影があった。黒い禍々しい古龍の防具に身をつつんだ巨大な男に連れられて、調査隊一行にとっては見覚えのあるメンツが入ってきたのだ。

 

「ファティマ!」

 

 ファティマたちの表情はひどくやつれていた。先頭を歩くリュードを除いては。全員大量の返り血を浴びていて真っ赤に染まっていたので何人かがぎょっとしたが、パオはアイリーンの腕に気が付いてすぐに駆け寄る。

 

「アイリーン、その腕どうしたんですか!?」

「ヘヘッ……ちょっと無茶しすぎたみてえだ。この程度で腕がダメになるなんてオレもまだまだだな」

「無事だったか、ファティマ」

「この状態を果たして無事と言っていいものか……」

 

 ファティマはドルコンの肩を借りながらリュードから目をそらそうとしない。

 

(何者ですか、こいつら……)

 

 他人に借りを作ってしまったことを、ファティマは激しく後悔している。視線に気づいたリュードは、彼女の方を見返すなり「ハゲではない、スキンヘッドだ」と小声で言った。

 

「紹介しよう。リュード、我らの仲間だ」

「リュードだ。これはハゲではない、スキンヘッドだ。そこの馬鹿者のせいで髪の毛を失っただけだ」

 

 リュードがフォルランの方を指さしながら自己紹介をする。強面な外見とは対照的に、男の話し方は穏やかである。

 

「あの時フォルランのジェノサイドレイザーの毒が頭を掠めてからというもの。俺の髪の毛は……髪の毛はあああ……!!」

「ぐっ……い、いやぁあれは悲しい事故であったねリュード。ポジショニングが悪かったよ、うんうん……」

(こんな奴に借りを作るなんて……!!)

 

 情けなく男が泣き出すのを見て、ファティマは歯を強く食いしばる。その後ろでドルコンとエリフは互いに肩を組みながら、ロロアとセルゲイに話しかけた。

 

「俺はドルコン。こっちはエリフ。お前のことは知ってる、ロロア・ロレンスだな。俺たちはファティマの下についてた……トチ狂ったイーオスどもの群れに襲われていたところをこのハゲに助けられたってわけだ」

「お互いよく生き残ったな、ドルコン。ここは安全だ」

「どうやらそのようだな……全く死ぬかとおもったぜチクショー」

 

「こういってはなんだが、お前たちがイーオスの群れに苦戦するとは意外だな……」

「相性の悪さ、おびただしい数の群れ、油断。原因は色々あっただろうけど……一番の原因は、そこのリュードとかいうのが言っている『狂竜ウイルス』だろう」

 

 エリフもまた悪態をつきながら息も絶え絶えにこう答えた。『狂竜ウイルス』、先ほどロロア達も聞いた言葉である。

 

「狂竜ウィルスに感染するのは何も人間だけではない。モンスターも同じだ。あいつら殺気立ったように襲い掛かってくるぞ……」

「それが狂竜ウィルスの『被害者』だ」

 

 間に割って入ったのはメヌエラだ。そしてロロア達に対してこれからの作戦の内容を伝えた。

 

「お前たちには狂竜ウィルスに侵されたモンスターの狩猟を頼みたい。我々はゴア・マガラを追う。できるだけ早いと助かるが、今は体を休めるがよい。じきにお前たちの仲間もここへつれてくる手はずになっている。トカとフウガも手慣れの者だ。うまくやってくれるだろうよ」

 

 少しの間をおいてロロアが口を開いた。

 

「……アンタ達を信用したわけじゃないけど、今はそれに乗っかるしかないようだな。セルゲイは?」

「言うまでもない。彼らの身の安全も確保できるしな。これからは俺たちも狩りに専念できるということでもあるからな」

 

 セルゲイは、メヌエラの手を取った。

 

「交渉成立だな……ついてこい、宿を案内してやる。それから傷の手当ても必要だな。フォルランに取ってこさせよう」

 

 

 

***

 

 

 傷の手当てを受けた後、ロロアはヴェロニカと相部屋で石造りの古宿の一室でくつろいでいる。ヴェロニカは額に巻かれた包帯をさすりながら不思議そうに眺めていた。傷が急速に癒されていくのが彼女にもよく分かったのだ。怪我をしたマリアに巻かれていたものと全く同じものらしい。改めてこの国の文明の偉大さに彼女は驚きと困惑の表情を繰り返していた。

 

 事態は急速に展開しつつあった。立て続けに目の前で明かされる真実の数々に若干の酔いを覚えるが、ロロアにはまだやるべきことが残っている。

 

 神殿で二人が耳打ちをしていた会話は、実は彼女の耳には届いていた。左目を失った影響か、ここ最近で彼女の耳は異常なほどにさえ始めている。生き残りたいという強い気持ちが体に働きかけているのだろうか、体は異常な進化を遂げて彼女はたぐいまれなる聴力を手にし始めていた。

 

「あの少年、か……」

「ロロア。左目に包帯は巻かないのですか?」

 

 ベッドの上を這うようにしてヴェロニカは彼女に近づいた。肌着を身に着けただけの彼女の肌には、ここ最近の戦いでうけた打撲の痕が痛々しく残っているのが見えた。ハンターにとって傷は勲章のような物と言い張るものもいるが、それでも自分の体を気にかけない女は少なくない。ロロアはこの厳しい戦いに彼女を呼んでしまったことにばつの悪い思いをした。

 

「メヌエラも言っていただろう。真っ二つになった体をくっつけることはできない。消失してしまった器官を復活させるのはいくらこの文明でも無理だよ」

「そ、そうでしたか……ごめんなさい」

「気にするな。その代り、耳はすごくいい。どんな内緒話も丸聞こえだ!」

「本当……呆れるほど前向きね、ロロアは」

「私のとりえの一つだからな。ところでヴェロニカ、疲れてないか?」

 

 ロロアの久しぶりの笑顔を見て、ヴェロニカも多少安心したのか、つられて顔がほころぶ。

 

「疲れていませんわ。外を出歩いてみます? 実は私もこのアクラディ・アウス・レグヌムの建物の数々に興味があるの!」

「なら決まりだな。さっそく行くか!」

 

 ローブを手に取って部屋を出ようとするロロアをヴェロニカはあわてて制した。

 

「その前に、服はちゃんと着なさい!」

「ろ、ローブで隠すから……」

「だーめーでーすー! 全くそれでもあなたは花も恥じらう乙女ですか……」

 

 乙女という言葉を久しく聞いてなかったロロアは、その言葉の意味が今の自分の格好にあまりにミスマッチしていて思わず吹き出してしまった。

 

「ロロア?」

「クックック……いや、すまん。あんたは変わらず私を乙女扱いしてくれるんだなあって……それじゃ、お言葉に甘えて」

「ええ、ぜひ!」

 

 

 二人が部屋を出ると、宿の廊下ではムラマサが窓から外の景色を眺めていた。

 

「ムラマサも行きますか? これからまた忙しくなりそうですし、今のうちに」

「奇遇であったな。拙者もそのつもりで二人を待っていたでござる」

「なんなら、二人っきりにしてやろうか?」

 

 ニヤニヤしながらロロアはムラマサに尋ねるが、ムラマサは落ち着いた様子で「せっかくですが」と断った。

 

「今は何となく三人でいた方が良いと思ったのでござる。ヴェロニカもそれで良いな?」

「ええ、私も。この三人でいたいです」

「へぇーこの前まで手もつなげなかったくせに、ずいぶん余裕たっぷりだな?」  

 

 面白くないと顔を膨らませる彼女の顔を見て、ムラマサも「まあまあ」と苦笑いでたしなめる。

 

「それにしても、こうして三人でのんびりしていると……ミナガルデで狩りをしていたころを思い出すなあ」

 

 三人が宿屋を出ると、日が暮れかけているのかあたりは少し薄暗く、冷たい風がどこからともなく流れてくる。ヴェロニカが深呼吸をするとその鼻腔に深い香りを感じた。木々の青臭さと、雨上がりの独特の匂いの他に香を炊いたような渋い香りがした。

 

「これこれ、こういうのが良いんですわ!」

「本当に好きだねヴェロニカは。ガランで休暇を取っていた時も、シキ国の古城を回っていたんだろ?」

「それはそれ、です。実際この建築様式や装飾は、どの国のものとも全く違う独自のものです。ここで誰にも知られることなく、ひとりで育ってきたのでしょうね……」

「ギルドナイツ技術班でもあった拙者にとっては、何よりこの国の文明力が気になるところでござる。生憎、工房や店は既に閉まっているけど……」

「それはまた今度だな……さて、と。おーいそこの!」

 

 辺りを見渡して、ロロアは道端の廃墟の柱に腰掛けるひとりの小さな竜人に声をかけた。真っ白な髪を腰のあたりまで垂らし、露出の多い装備からのぞく色白の肌は病弱にさえ思える。子どもはロロア達に気づくと、顔を明るくしてこちらに手を振りながら近づいてきた。

 

 

「オマエ達、見ない顔だな? メヌエラの言ってたオキャクサマか! ボクはスカルボ、明日からよろしくね!」

「私はロロアだ。こっちがヴェロニカでこっちはムラマサ。明日ってことは……坊やもハンターか?」

「坊やじゃないよ! ボク、女の子!」

 

 三人の顔を見上げながら、スカルボと名乗ったその少女は抗議の声を上げる。

 

「わかったわかった! それで、スカルボ? この街に図書館ってあるのか? ホラ、本がいっぱいある所だよ」

「図書館あるよ。むっちゃデカイんだ! でも本なんて楽しい?」

「まあな。ちょっとこのアクラ地方に興味が湧いたんでね。調べものだよ」

「……ふーん? まあいいよ。僕は本なんかより自分の足で歩く方が好きだけど!」

 

 スカルボに案内されて、三人は街を練り歩いた。かつてこの地にも多くの人間がいたことを思わせるように、ヴェロニカの見知った様式のものもそうでないものも混ざって通りに建てられていた。格式高い装飾に目を輝かせながら歩いている一方で、ムラマサは気になっていたことをロロアに耳打ちで話しかけた。

 

「『超太古にまつわる神話』、そこに書かれた秘境の伝説、そして国王の企み。一体ロロア殿は『どこまで』見通しているのだ?」

 

 ムラマサにはどうしても腑に落ちないことがいくつもあった。結果的に彼女の知恵と閃きによってもたらされる奇策の数々はこれまで幾度の戦いでムラマサとヴェロニカ、そして多くの人間を救ってきた。しかし、それにしては彼女のそれらは冴えすぎている、と彼はある種の疑いすら持つようになっていた。思わぬことを聞かれて目を丸くしたロロアであったが、彼の問いに対してはこう答える。

 

「もしかしてロロア殿は……」

「まだ確証はないし。この秘境に何かヤバイ秘密があることは、お前のいる私たちがこの調査隊に選抜されたことから知っていた。でなかったらこんな経験浅いひよっこの私達まで呼ばれるはずがないからな。だが、根本的な部分がまだ分からない。国王が探しているもの。それを突き詰めれば、この調査隊の出すべき『答え』も自然と見つかるだろうよ。……それから、私の故郷が実はこのアクラディ・アウス・レグヌムで、『クープランの冒険』を書いたのも私だと思っているのなら、それは違うとハッキリ言っておこう」

「う、疑ったわけではござらぬよ。あまりにもロロア殿が達観した態度でおられるというか……では、調査隊の出すべき『答え』とは?」

「これから確かめる。もっとも簡単に見つかるとは思っちゃいないが……」

 

 三人は街道からすこし小道にそれたところに建てられた図書館に来た。正面玄関では巨大な大理石の柱がいくつも並んでいて、いくつかひびが入っていたり蔦が絡まってはいるものの、そこにこの文明の最後の力というものを感じさせられる。

 

「ギルドナイツの書物庫を上回る大きさ……見事なものだ」

 

 建物の壮観さに驚いてムラマサがぼやく。ヴェロニカもこれ以上にないくらいに目を輝かせてそれを眺めているが、ロロアはスカルボに連れられてそそくさと建物に入ろうとしたので慌てて二人もそれについていった。

 

「本なんて楽しくないよ」

「それは今まで楽しい本に出会わなかっただけさ。私にはあるぞ、お気にいりの冒険譚がな。お前と同じぐらいの見た目をした子どもが書いた」

「ボク、こう見えても結構年取ってるよ、少なくとも20歳以上はね。竜の血がメヌエラ達より強かったからより年を取るのが遅いだけで、メヌエラ達とは同年代なんだ」

「竜人ってのは年を取るのが遅いとは聞いてたけど、混血でもここまで成熟の差に違いがあるのか?」

「うん。詳しいことは分かってないけど……人間との竜人の混血、つまりクォーターでも純血の竜人ほどではないけど、見た目よりずっと年をとってるってのはよくあることさ」

「なるほどな……」 

 

 案内ありがとうとロロアが手を振るが、スカルボも彼女に興味を持ったのか「ここにいる」と言い放ちその場を動こうとしなかった。

 

(参ったな……私たち三人だけの方が都合がいいんだが……)

 

 仕方ないといった様子で、ロロアは手始めに一番近い本棚から適当に数冊取り上げてページをめくることにした。だが、めくってすぐにあることに気が付く。

 

「あ、しまった……」

 

 本に書かれていたのは現代のシュレイド王国の言葉ではなかった。いくらか見覚えのある文字があるものの、その内容を理解することはできない。

 

「古代シュレイド語か、すっかり忘れていた……くそ~……」

「ロロア、文字読めないのか?」

 

 本を持った両腕の中からスカルボの頭が飛び出した。顔をニヤニヤさせながら、ロロアの方を見た。

 

「私たちの国の言語と違うんだよ。読んでくれるか?」

「むっふっふ~ロロア子どもみたい」

「なっ……!!」

 

 反論しようとしたが、彼女が口に出す前に気づいた。この竜人の少年からしてみれば自分は確かに子どもみたいな歳なのだから。

 

「……ちぇっじゃあお願いするよ。お姉さん」

「素直でよろしい……えーとそれでこの本は……」

 

 こうして夜が更けるまでロロアとスカルボは図書館で書物を読みふけった。幼い少女を脚に挟んで本を読み聞かせる姿はさながら親子のような印象をヴェロニカとムラマサに与えた。もっとも読み聞かせをしているのは少女の方だが。

 

「なんだか……綺麗な光景ですわね」

「ああ、まるで家族のようでござる」

 

 すでに外は真っ暗になっていて、大量の本に囲まれながら本を読む二人の姿は蝋燭の明かりにともされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。

すっかりロロア達が本の世界につかり始めたので、ヴェロニカとムラマサは少々呆れ気味になりながらもその様子を見守っていた。彼女に気づかれないよう、こっそり燭台の影でその手を握って。

 

「夢中になっちゃって。どっちも子どもですね!」

「あ、ああ……まったく子どもにござる!」

 

 ここが薄暗くてよかったと二人ははにかんだ顔を見合わせて、精一杯の誤魔化しにロロアをからかうことにした。

 

 

***

 

 

 翌日、調査隊の残りのメンバーもまたアクラディ・アウス・レグヌムのハンターに連れられて、無事に保護された。

 

「ロロア! 無事だったみたいだな、ええ?」

「こんなところでくたばる私じゃないよ。パトリック達も無事で何よりだよ」

「残った書士隊とハンター達でなんとか、な。生き残るためだ、ハンターが嫌いとか言っている場合でもない時世だしな……勘違いするなよ! まだお前のことを完全に認めたわけじゃねぇ」

「そのくらいの元気があれば、大丈夫そうだな……」

 

「パスカル、パオ、アイリーン、オネゲル。よく頑張ってくれましたね」

「シロッコも元気そうで、安心しました。こちらはアイリーンが腕を痛めてしまって……」

「オレならまだやれるぞ!」

「アイリーン、大人しくしないと本当に腕を切ることになりますよ」

「ただの炎症だろ。あんまりこいつを興奮させるな腐れ女が」

「く、くさ……このガキ……!」

「オレは興奮なんてしてねぇよ! 済ましやがって、このガキ!」

「……大丈夫そうですね、みなさん」

 

 パオとオネゲルが取っ組み合いを始めようとしたので、あわてて間にパスカルが入る。書士隊の中ではよく見られる光景だ。

 

「感動の再会のところ悪いが、我々も作戦を始めたいのでな」

 

 メヌエラがロロア達に割って入る。旧大陸や、新大陸のそれとは異なるデザインのレウスシリーズを身にまとい、背中には折りたたまれた紫色のヘビィボウガンが留めてある。ロロアはその紫色の素材に見覚えがあった。

 

「そのボウガン、もしかして……」

「かつてイャンガルルガを狩猟した時に作ったものだ。そうそう、お前の左目を奪ったイャンガルルガはその二世だ。どうだ、悔しいか? お前が苦戦の末に敗れた黒狼鳥を、我は何年も前に倒したのだよ。これがアクラのハンターの実力というものだ」

 

 大勢の人間を前にメヌエラが彼女に高らかに宣言した。その後ろでフォルランが額に手をあてて「自慢げに言うなといつも注意してるのは誰?」とあきれ顔で呟いた。

 

「面白ぇ……後で吠え面かくなよ!」

 

 

 

「作戦の確認をしておこう。そちらのチームは主に黒い風に当てられた『狂竜化モンスター』への対応をお願いしたい。『狂竜化モンスター』については……実際に見てもらった方が早いとは思うが、とにかく奴らの攻撃に当たらないように気をつけていただきたい」

 

 改めて集められたハンターたちを前にフォルランが今回の作戦内容を伝えた。巨大な石の円卓に書士隊の作り上げた地図が置かれ、そこに新しくメヌエラから得た情報をもとに、モンスターの生態系や環境が書き直された。

 

「対応、か。つまり討伐でも狩猟でも、撃退でも構わないと?」

 

 横からセルゲイが口をはさむ。どうしてはっきりと狩猟と言わないのか、彼は自分たちの実力が甘く見られていることが少し気に食わなかったのだ。

 

「あなたを見くびっているわけではないが、とにかく無理はしなくていいということだ。足止めだけでも我々には十分ゴア・マガラと単体で交戦する時間ができる。晴れている間はゴア・マガラの周囲で常にウイルスが漂い、その瘴気に当てられたモンスターたちが縄張りを超えて暴れだす。戦おうにも大混戦になってしまうからな、それを防ぎたいのだ」

 

「狂竜ウイルスで理性を失い、死にもの狂いに樹海で暴れ尽くすモンスターたちの争いは見ものだぞ。果たして何人が生き残るかな……?」

 

 不意にメヌエラの不穏な言葉が上がり、調査隊の中で何人かが体をびくびくと震え上がらせるが、セルゲイは一切動揺しなかった。

 

「必ず全員連れて帰る。この身に変えてもな」

 

 彼の一喝に、辺りが静まり返る。やがて彼らの中から「やるぞ」、「生き残ってやるんだ」と肯定的な声が漏れ始める。面白くないとメヌエラは苦々しい顔をした。

 

「そっちこそ、この戦いが終わったら私たちを安全に樹海から脱出するよう手配するんだ。約束だぞ」

「……比較的強敵の少ない陸路でシキ国北端まで案内することは約束しよう。だがそれにはやはり、我々の管理から外れた『狂竜化モンスター』を食い止める必要がある」

 

 セルゲイが睨むようにメヌエラに迫ると、彼も気おされてしまったのかしぶしぶ了承した。静かな戦いが終わったところを見計らって再びフォルランが説明を始める。

 

「ゴア・マガラの討伐には我とメヌエラ、リュードの3人で向かう。トカとフウガは待機だ。スカルボは各チームの伝令に走れ」

「あの……俺は?」

 

 リゴドーンが手を挙げて尋ねた。「お前か……」とフォルランは困った表情をするが、少し考えた後「お前はそのままセルゲイ殿のチームに混ざれ、クープランもな、ロロア殿のチームだ」と答えた。

 

「……」

「まだ自分のことを思い出せていない様子だな」

『リゴドーン、俺のことを知っていたのか。なぜ教えてくれなかった? 今までの態度は全て演技か?』

 

 エンプティはリゴドーンに手の形を細かく作って彼に尋ねた。リゴドーンは微笑みながら口をハッキリ動かしながらできるだけ分かり易い言葉を心掛けてこう語りかけた。

 

「さあ、どうしてだろうね……これが終わったら教えてあげよう。生き残っていたら、の話だけどさ!」

 

 リゴドーンの含んだ言葉は、エンプティの心の中に蟠りを残した。

 

 一足先に出発するために調査隊のハンター達が準備のためにテントに出ると、外では王立古生物書士隊のメンバーが待ち構えていた。パスカルとオネゲルはロロア達の姿を見つけると、すぐに駆け寄った。

 

「いよいよだな……」

「ロロア姉さん……」

「よう、悪ガキども!」

 

 今回の作戦では王立書士隊は同行しないことがフォルランの提案で決まっていた。このアクラ地方では彼らの能力でも判断できないことが山ほどあるということに、彼らもこれまでの戦いで痛感していたので特に反対する者はいなかった。パスカルもオネゲルも、これ以上彼らの力に慣れないことにひどく落胆していたが、足手まといになるよりマシだと自分に言い聞かせハンターたちを送り出す決心をした。

 

「俺たちが未熟なせいで……お前にはいつも迷惑をかけるな。すまない、力になれなくて」

 

 これまで彼の態度からは信じられないであろう謝罪の言葉が漏れた。あのオネゲルでさえも、アクラの闇に投影された自分自身の自惚れを自覚させられていた。自惚れを知った彼は、この先さらに強くありたいと願い続けるのだろう。謝罪の言葉に彼の変貌ぶりを見たロロアは、本当の意味で大人になりつつあるこの少年に再度感心した。

 

「ミナガルデに帰るまで、油断はできないぞ。私が帰ってくるその時のためにもっと作戦考えておきな、オネゲル!」

「……言われなくてもそのつもりだ」

 

 ロロアとオネゲルが固い握手をしているところを、パスカルは横で見ているしかできなかった。今、自分の隣にいる同い年の同僚がずっと経験豊かで自身に満ち溢れた存在であることに若干の焦りを覚えた。彼はこの探索で確実に成長していた。第2チームでふてくされていたあの時とはまるで違う新しい存在にパスカルは激しく動揺した。

 

「パスカル?」

「えっ?」

「もう行ってしまうぞ。ロロア達が」

 

 オネゲルの言うとおり、ロロアは既にオネゲルとの挨拶を終えて出発しようとしていた。

 

「あっ、ろ、ロロア……!」

 

 言葉がうまく出せないパスカル。ここ最近、自分の中でこんな風に真面目に考えたことがない、焦る気持ちだけが募り、とっさに出たこと言葉はとても短いものだった。

 

「が、頑張って!」

 

 パスカルの精一杯の言葉にロロアは何も言わず右腕でガッツポーズをとると、そのまま外に通ずる洞穴の中へと入って行った。

 




 切るところが思いつかなくてまさかの一万字越え。この辺りは物語の根幹に関わるのでなかなか慎重になります…すみません。実はこの後どうするかまるでアイディアがなくなっちゃって。大まかな方向は決まってるんですが、そこに至るまでの展開でどのキャラの個性を出していくかが書けない。ストーリー練り直しのシワ寄せか、ぐぬぬ。

 しばらく鬱展開が続いてノイローゼ気味になり、気晴らしにモンハン大辞典読んでたら面白いネタを見つけたので、ムラマサが主人公の外伝を書きはじめました← 四章行く前のどこかで公開できたらいいな。3-14が割とガチで滞っているので次が遅くなるかもしれませんorz

 それはそうとお気に入り10件、UA2000に到達しました。本当にありがとうございます!最初に書き始めたころからは想像もつかないことになってきて私もドキドキしてます。今後ともよろしくお願いします。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。