狩人達の軌跡   作:SHIPS

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3-15 戦闘狂どもここに極まる

 

「だーめだ。やっぱり目ぼしい情報は見つからないか……」

 

 天まで届きそうな大理石の本棚に左右を挟まれ、光もわずかな燭台の中、古文書と呼ばれる類のそれを書物庫の長い廊下一杯に広げて唸る一人の女がいた。女は食い入るように古文書の文字を目で追っていた。しかし解読し終えてお目当ての情報が無いことを知るとがっかりして、大声で子どもの名前を呼んだ。

 

「スカルボー……スカルボ、いないのか?」

「スカルボならさっきメヌエラ達の様子を見に行くって出て行ったよ」

 

 本棚の陰から現れたのはスカルボではなかった。彼女同様にやはり背は低かったが、ロロアにとってなじみのある顔であることに変わりない。

 

「パスカル? すまない。ここは暗いから分かりにくいが声はパスカルだな?」

「少し休んだ方がいいんじゃない、ロロア姉さん……狩りに行かない間ずっとここに籠っているんだろう? 読むにはここは暗いし、せっかく残った右目までだめにしてしまうかもしれない……今僕のことを視認できなかったのもその影響だと思う」

 

 彼女にとっては痛いところをつく発言であった。言い返すこともできずにしばらく少年を見つめ返していると、パスカルは呆れ気味にため息をついてこう続けた。

 

「ま、どうせ止めないんだろうね。どうしてあなたがここまでこのアクラ地方に興味を持つのか、古今東西の歴史に詳しいシュレイドの王立古生物書士隊を差し置いてここまでして追求しようとしているものは何なのか……誰にも教える気はないんだね?」

「……教える気がないわけじゃないよ。ただ、確信するまでは言いたくないんだ。この目でそれを見ない限りはね」

「僕にできることは?」

「蝋燭を取り換えてくれるか?」

「……」

 

 アクラディ・アウス・レグヌムの図書館。ありとあらゆる本が古代シュレイド語で書かれているにもかかわらず、ロロア・ロレンスは次第にその言語を経験的に、あるいは感覚的ではあるが把握しつつあった。スカルボから渡された手作りの「シュレイド語の頻出単語帳」があるとはいえ、常人では考えられないスピードだとパスカルは称賛した。しかしながら、古文書を追えても出てくるのはアクラ地方各地の伝承その断章に留まっており、彼女の求めているものとは違う。

 

 パスカルの求めているものもまた、そこに存在しているにも関わらず、今ではそれが暗がりの中に紛れてしまっている様な気がして、彼は不安でたまらなかった。自分が第10チームを離れて代わりにオネゲルが加わった。同期のあの少年はこのわずかな時間で変わりつつある。パスカルはそれが大人に成長するということなのだろうと考えた。この女性の持っている「何か」に当てられて、可愛さとか美しさとかそういったものとは別の魅力で、オネゲル・コクトは人を信頼することを覚え始めていた。

 

 これだけ人を引き付けておきながら、パスカルにはどうしても彼女のただ一点について気に入らないところがあった。誰にも声をかけず、誰の助けも借りようとせず、この新天地で文字通り四六時中戦っている一人のハンターに対してパスカルが投げかけた言葉はこうだ。

 

「もっと僕たちを頼って、ロロア」

 

 はっきり力強く言うつもりだったが、急に照れが入ってしまったのか語尾に続くにつれてパスカルの声は小さくなった。だがロロアの耳はしっかりとその声を聞き取った。

 

「……心配かけてごめんな、パスカル。そうだな、『お前には』教えておこう。この先私が無事でいるとも限らないし。そうなったらこれはあんたの使命」

「どうしてロロアはいつもそうなんだ……?」

「えっ?」

 

 堪忍袋の緒が切れたといわんばかりに、次の瞬間パスカルの口から取り留めのない子どもの駄々があふれ出た。

 

 

 

「いつもかっこいいこと口では言ってるけど、ロロア自身はどうなのさってことだよ! どうしてあなたは、そうやって自分を蔑ろにするんだ! もっと自分を大事にしろよ。死ぬのが怖くないの? ロロアを大事に思ってる人間の事も考えてくれよ。 最近のロロア、なんか冷めてるよぉ……」

 

 

 

 はっきり力強く言うつもりだったが、急に悲しさがこみあげてきてパスカルの声は小さくなった。今度ははっきりとロロアにも聞こえた。

 

「私が冷めてる……?」

 

 そんな風に考えたことはないと、ロロアは反論するが、パスカルは動じない。

 

「冷めてる。すごい冷めてる。もうなるようになれって感じ」

「参ったな……私は別に自分を蔑ろにしているわけじゃなくてだな……」 

 

 ロロアがため息をついていると、背後から二人に声をかける人間がいた。

 

「パスカル坊やは甘えん坊だから、ロロアお姉さんが恋しくてたまらないってことだよ。お前も察しが悪いなあ?」

 

 スヴェンが両手に松葉づえを動かして現れた。両足共に簡素な義足をつけている。彼のことをセルゲイから聞いてはいたが、その凄惨さに驚いて一瞬ロロアは息をのんだ。

 

「スヴェン! その足……」

「ま、あの轟竜ティガレックス、それも生体未確定の特異個体が最後の相手となりゃあ、多少格好はつくだろ? それよりロロア。俺からも言っておくが、少しは休め」

「べ、別に恋しいわけじゃ……」

「お前までオネゲルみたいになるこたあねえよ、子どものうちに甘えとけって。……ったくこいつ、セルゲイのチームに入ってからというもの、お前の事ばっかり考えててちっとも集中してくれねぇ。そりゃあ俺たちむさくるしい男だらけのチームだけどさ、心外だなぁなんていうか」

 

 ありのままにスヴェンが口を開いてしまい、パスカルもこれ以上にないくらい赤面して俯く。しかしやがて、スヴェンの足について気の毒に思い、話題を変える狙いもありつつ申し訳なさそうに話しかけた。

 

「そ、それよりスヴェン。足が……」

「……ちょうどこれを最後に引退を考えてたところだ。最後の最後で、俺にもとびきりの勲章ができたな!」

「違いない……あんたの名前はきっとミナガルデの殿堂に刻まれるさ」

「ヘッありがとうよ。……さて、それじゃあお前たちの仲介をしてやるか」 

 

 近くにちょうどいい高さの本の山を見つけると、スヴェンはそこに座り込んで一息ついた後話し始めた。

 

「どっちもお互いのことをまるでわかってねぇみたいだし、口論になる前に俺が二人の気持ちのズレを説明してやる」

「どういうことだよ?」

「普段は書士隊並に物わかりがいいはずなのにお前ってやつは……まあいい」

 

 ため息をつきながらも、スヴェンの目は優しくなり。静かな口調で話し始める。

 

 

「まずロロア。お前が何を企んでるのか分からんが、休んだ方がいい。ハンターとしての勘だがな、この先まだまだ嫌な予感がする。狂竜ティガレックスと対峙していて分かった。あの狂竜ウイルスにはまだ何かあるような気がする……っていうのは表向きで、パスカルの言うとおりだ。同業者がやられるところは俺も極力見たくねぇ。ここまで生き残ったお前の力を信用していないわけじゃないが、お前はこの先間違いなく、新たな時代のハンターたちの希望を背負って立つ存在になるからな。お前はこの先の世界になくてはならない存在になる。あのセルゲイ・ゴールウェイに変わって、あらゆる人間の羨望の的、生ける伝説になる。いい加減認めろ。謙遜は時として嫌味であり、時として迷惑だ」

 

 面と向かって言われたのでロロアもこれには驚き、また少し照れくさそうに頬をかいて目をそらした。

 

「め、迷惑ってなあ……」

「それからパスカル。つぎはお前だ」

 

 困惑するロロアをよそに、今度はパスカルの方を向いて珍しく真面目な顔をしたスヴェンが語りかける。彼はロロアの反論を抑えるために敢えて早口でしゃべり倒したのだ。

 

「お前はモンスターの観察とか環境の調査とか実に良い目を持っているくせに、ハンターという生態はまるでわかっちゃいねぇ」

 

『ハンターの生態』?パスカルはすっかり何がなんだか分からないという顔をしたので、これまたスヴェンが大きなため息をついて解説する。

 

 

 

「そもそもどうして未開拓地の調査にハンターが同行しているのか、あるいは王立書士隊がハンターに交じって前線に置かれているのはなぜか。分かるか?」

「ひとつはシュレイド王家によるギルドの監視・干渉としての役割と、書士隊の身の安全の確保ってカドワキさんが……」

「表向きはな。だが今考えると、セルゲイとカドワキが考えていたのはどうもそれだけではないように思える。これで俺もあの二人とは長い付き合いだからな」

 

 ロロアはガランの街の酒屋でセルゲイ達と酒を飲み交わした時のことを思い出した。二人の武勇伝についてはスヴェンがよく覚えていて、その数々の発見について話を聞かされていた。

 

「もしかして……王立書士隊はハンターの生態すらも把握しなければならないと?」

「さすが、ロロアと違って察しが良いなお前は! 把握しなければならないというか、すでに把握しているんだよ、ともに行動するうちにな。お前も分かっているはずだ、ロロア・ロレンスというモンスターの生態を」 

「レディをモンスター呼ばわりとは、あんたも大きくでたねぇ」

「言葉のあやさ。さて、そこでパスカル坊やとロロアお嬢ちゃんに大ベテランのスヴェン様からありがたいお説教。『モンスターハンター』って言葉は知ってるか?」 

 

 もちろん知ってる、とロロアはうなずいた。その一方でパスカルは目を丸くして「言葉通りの意味と違うんですか?」と不思議そうに尋ねる。

 

「ハンターという仕事はそもそも、モンスターを殲滅するのが仕事じゃない。自然界に常に気を配り、個体数の管理や人と自然の調和を図るための仕事なんだ。その中でも選りすぐりのハンターのことを、ギルドは敬意をもって『モンスターハンター』と呼ぶわけだな」

 

「でも、それが私たちの仲介とどういう関係があるんだ?」

 

 今度はロロアが尋ねる。

 

「自然と共に生き、自然とともにある。それがハンターの生き様ってことだ。なるようになる、生きたいように生きる。どこかに留めておくなんてことはできねぇ。たとえ軍隊が相手でも、権力が相手でも、誰にも狩人の礎を砕くことはできないのさ。俺たちも自然界の一部そのものなんだからな。人が自然に手を出そうものなら、自然の一部になるしかない。でも自然を知らない連中はその一部にはなれない。だからカドワキは考えた。本物というものを知らない人間に、王立書士隊や学術院に勤めることはかなわないってな」

 

 そして今回の調査隊でそれがもたらす可能性は十分に証明された、とスヴェンはここまで話してふっと全て息を吐き出した。

 

「『モンスターハンター』になり得るためには、腕や装備だけではどうにもならない。そこに近づくために一人の人間の力では不可能と判断したセルゲイとカドワキ。二人の作り上げた最高の一打が、このチームだ。もっともそれを理解しているか、あるいは知らず知らずのうちに実行しているのはほんのわずかだったがな。さて長くなったが要約するとこうだ」

 

 本の山から立ち上がって、スヴェンは二人の方を向いて最後にこう告げた。

 

「ハンターってのは、恋をしてもロクな最後にはならねぇってことだ。まだパスカル坊ちゃんには難しいかもしれないがな。それでもハンターのことをもっと知りたいと思うなら、お前もこの先もっと経験しないとな。いろいろなことを……なんて!」

「なっ、別に恋とかそういうわけじゃ……!」

「ハハハ! 若さ故の過ちは、老けた時美徳に変わるってな。悩めよ少年!」

 

 

 

 頬を赤らめ反論するパスカルを尻目にスヴェンがその場を立ち去ろうとしたその時だった。廊下の入口側からもう一人見慣れた影が現れた。ヴェロニカ・ガヴェッタが大急ぎでこちらに走ってくる。神妙な面持ちで三人に重たい口を開いた。

 

「ロロア……大変なことになりました。ギルドホールに来て」

 

 

***

 

 

 時分は昼にも関わらず、ゴア・マガラの周囲では夜のように辺りが闇に覆われていた。日光を遮るほどの鱗粉がばらまかれていて、黒蝕竜はその鱗粉を感知しながら辺りの様子を探っていた。やがてこちらに近づいてくる三人の強者の存在を感じ取り、警戒を強めた。

 

「昨日対峙してみてわかったことだが、奴は視覚によって私たちの存在を感知してはいないようだ」

「例の黒い風……鱗粉を広範囲にまき散らしているが、やはりあの鱗粉で感知しているらしいね。どうするフォルラン?」

「少なくとも現段階で鱗粉を対処する方法は……攻めて攻めて攻めまくるしかないな。狂竜症を発症させないためにも。二人とも気づいていたと思うが、狂竜症を克服?とでも言うのか、あの快感はたまらないな。克服しない理由がない!」

 

 昨日と同じくメヌエラ、フォルラン、リュードの三人が黒い風を追いかけて姿を見せた。お互いに避けられぬ戦いを感じているのか、ゴア・マガラは彼らの存在に気づいても、威嚇も咆哮も上げることもなく、ただじっとなめまわすようにゆっくりと歩いて近づく。一触即発の空気、どちらが先に仕掛けるかも分からない。一日経っていても、彼らとゴアマガアラをつなぐピンと張られた一本の線のような感覚が今にも切れそうとばかりにビリビリと両者に振動を伝えている。

 

「今日もシュレイドのハンター達が周囲を固めている。今度こそ邪魔者抜きで戦えるな。アクラの地をおびやかす黒蝕竜……お前を狩る!」

 

 啖呵を切ると、挑戦を受けるかのようにゴア・マガラの不気味な外套が黒い炎のように空にたなびき、その周囲から黒い風が少しずつ辺りを浸蝕していく。太陽がかすむほどの黒い空気に辺りが包まれると、今度はゴア・マガラの翼が徐々に紫色に変色した。肩についていた腕のような翼の外殻が離れると、一対の腕のように広げられて地面を力強く掴んだ。咆哮を上げると同時にそれまで閉じられていたと思われていた触角が、禍々しい紫色の光を帯びて立ち上がる。六本脚の異形の怪物へと変貌を遂げたそれは、恐ろしさよりも強い不快感を彼らに与えていた。

 

「六本脚の飛竜など、我は見たことも聞いたこともないぞ……」

「翼と腕が同化としているとみれば、あれも四肢に翼をもった典型的な古龍種の仲間だろう。古龍種の祖先もかつてそうだったと聞く」

 

 メヌエラは背中のカホウに手をかけた。ベルトの弾丸ポーチから貫通弾を取り出すと、繊細な手さばきで弾を込めはじめる。フォルランもメヌエラもそれぞれの得物に手をかけて、臨戦態勢の準備に入る。それぞれ表情は穏やかなままだったが、ゴア・マガラに劣らず狩人としての嗅覚や、隙に付け入る狡猾な視線を離さない。

 

 先陣を切ったのはフォルランだった。その場で威嚇行動しているゴア・マガラに真っ直ぐ突進していくと、ジェノサイドレイザーを真上から頭部に向かって大きく振りかざした。だが、剣が振り下ろされる直前にこれを身体をそらして回避すると、今しがた現れた六本目の腕で反撃にフォルランの体を叩き潰そうとする。だが、そのまま彼女は回避を行おうともしない。空を切った大剣を素早く構え直すと前転でさらに深い所へもぐりこんだ。

 

 腕が振り下ろされる瞬間にゴアマガラの胴に大きめの弾丸が突き刺さった。メヌエラのカホウから放たれた貫通弾だ。扱いこそ難しいが、貫通弾の最高速は通常弾よりも速く、与えるダメージは通常弾を上回る。弾丸を受けて狙いが逸れようとしていたゴア・マガラの腕だったが、もう一方の腕で深く地面をえぐるほど踏ん張ると、軌道を修正してそのままフォルランに太い腕の一撃を加えた。

 

 あわや直撃かというところだったが、惨爪はわずかにメヌエラのデスギアの布地を裂いてしまう程度で済んだ。ところがフォルランはお構いなしに表情を崩すことなく、恐怖に怯みもしない。まるで始めからこうなることを予測していたかのように身体を捻って回避すると、そらした体の反動をばねにジェノサイドレイザーで腹部に強烈な一撃を加えた。鋭い肉の裂く音がして、ゴアマガラの腹部に赤い巨大な傷が浮き上がった。当然懐に潜り込んでいたフォルランはその返り血をもろに浴びるが、決して目を閉じることはない。むしろさらに見開いている。

 

 ゴア・マガラもやられっぱなしではなかった。今度こそ翼を羽ばたかせて、低空にそのまま飛ぶと今しがた大剣を振り回した直後で回避の体制の取れないフォルランに黒いブレスを吹き付けて応戦する。再び何発かの貫通弾がゴアマガラの体に突き刺さるが、当たり所が悪いのかバランスは崩れない。ブレスをもろにくらったフォルランは後ろに大きく吹き飛ばされた。鱗粉がフォルランを包むとき、彼女は頬の傷から虫のようにもぞもぞと何かが入っていくような嫌な感覚を覚えた。

 

「傷口にウイルスが入ったか。ははは、こりゃ発症も近いかもしれないな……」

 

 唾を吐いて、傷口に塗りたくるフォルラン。もちろん気休めにしかならないだろう。

 

「お前は外を切れ。中はリュードに任せておけ」

「ちぇっ……まあいいか。後で変わってくれまいか、リュード?」

「そう言って、獲物をいつも欲張ろうとするのはお前の悪い癖だな、フォルラン……」

 

 再び黒蝕竜の六股が内側に切り込もうとするフォルランに次々に襲い掛かるが、彼女はジェノサイドレイザーを軽々と振り回しては、一本ずつ荒くいなしていく。最後の反転した尾のスイングまできっちり防ぎきると、バック転で一度距離をとった。そのスペースに今度はリュードが走り込んできた。新たな侵略者の存在にゴア・マガラも立て続けに爪や尾から鱗粉をまき散らし、的確に狙いを定めるが全てガンチャリオットの盾に阻まれ、爪と盾のこすれる不快な音と、黒い風を照らすように火花が散った。モンスターの強靭な腕を受けてなお、その盾を持つ手は微動だにしていない。そのまま反撃とばかりにゴア・マガラの腹部に突きを加え、さらに引き金を引いた。大きな砲撃音と共に弾丸が矛先から射出され、モンスターをのけぞらせる。鱗を裂き、内部に直接ダメージを与えるガンランスの常套手段でもある。

 

 だが、大技にはデメリットも伴う。砲弾の強烈な衝撃でわずかにバランスを崩したリュードに、お返しとばかりに黒い風のブレスが襲い掛かる。体中に刺すような痛みが広がりリュードもわずかに怯むが、逃げ出すほどの恐怖はない。

 

「これが、彼らの受けた痛みか……なるほど。確かに暴れたくなるものだな。かわいそうに……苦しかったろうに」

「そうだ、あいつが全ての元凶だ。黒い風、その嵐の中心」 

 

 自然と共に生き、自然との調和をはかる。それはこのアクラの地のハンター、リュードにとっても同じ。中でもモンスターを愛し、モンスターに敬意を示す戦い方を好む彼にとって、この地のモンスター達を否応なしに避けられぬ死をもたらすこの異形の存在に怒りを覚えていた。

 

 自身を鼓舞するかのように両腕を上げて吠えるリュード。身体の周りからオーラのようなものが発散されて、それが黒蝕竜の気をさらに引きつける。

 

「あとはいつも通りやれ。ぬかるなよ!」

「任せなさいて!」

 

 黒蝕竜の懐にはリュード、外側をフォルラン、さらにその後ろにメヌエラ。リュードが敵を引きつけ攻撃の起点を作る。足の速いフォルランが外周から強襲。メヌエラが必要に応じて動きを妨害し、サポートする。アクラディ・アウス・レグヌムのハンター達のいつも通りのフォーメーション。チームでありながらそれぞれがそれぞれの仕事をきっちりとこなさなければ成立しない。誰かが失敗すれば誰かが深手を負う。連携させるには、個人の高い持久力と危機を察知する勘の良さが必要な上級者の陣形である。それでいて、メヌエラによほどの技量と度胸がなければリュードも二人を信頼してこれほど捨て身な戦い方を行うことはできないだろう。

 

 潜り込んだリュードを吹き飛ばそうとゴア・マガラが大きく体を揺らして闇雲に腕を振るうが、リュードはこれをガードし続ける。振り上げた腕が地面に着く直前で貫通弾が爪からえぐるように腕を貫き、再びバランスが崩される。針穴に糸を通すように的確な射撃でメヌエラは狙い通りのモンスターの反応を読んでいく。動きが大人しくなったところで、外周からフォルランが抜刀した勢いでジェノサイドレイザーを振り下ろした。黒い腕から翼にかけて大きく鱗が裂け、白銀の刃に塗られた鉱毒が塗り込まれていく。立て続けに攻撃を行おうとするものの、周囲の異変に気が付くと急いで大剣を背中に戻して再び距離をとった。

 

「リュード! 大技が来るぞ」

 

 ゴア・マガラの周囲に振りまかれていた鱗粉が突如体の周囲に収束し、身体がリュードもろとも巨大な闇のドームに包まれ見えなくなった。ドームの中ではリュードが取り残されていたが、彼は慌てることなくガンチャリオットを背中に戻すと大盾を両手に持ち片膝をついてそれに備えようとした。咆哮と同時にドームが爆発し、鱗粉が針のような形状に変化して辺りにまき散らされた。

 

「うっ、や、ヤバ!」

 

 雨のような針を受けるために、フォルランは大剣でこれをガードした。メヌエラは肌身に黒い針を受けないように、レウスガードの装甲で素肌を隠すように体を低く小さくした。黒い雨を受けたレウスシリーズの防具は黒紫色に染め上げられ、そこから瘴気が体を取り巻こうとしていた。

 

「やっかいな攻撃だ。何度もやられると我も理性を失いかねん……面白い。久々に骨のある奴と戦えそうだな! 黒蝕竜!」

 

 爆風が晴れると、次第にフォルランとメヌエラにもリュードの姿が見えた。メヌエラと同じく体中を紫色の光を帯びた鱗粉に侵されていたが、目だった外傷はない。

 

「まだいけるか、リュード?」

「……俺に防げない攻撃はない」

「そうこなくてはなあ。久々の強敵だ、存分に楽しまなければなあ!」

「メヌエラのネジが外れたのか、狂竜ウイルスのせいなのか、もう我には分からないなあ……ん、あれは……?」

 

 邪悪な高笑いを浮かべるメヌエラにため息をつくフォルランだったが、ふとどんよりとした虚空の彼方からこちらにまっすぐ飛んでくるひとつの影に気が付いた。近くに飛んでくるまでよく見えなかったが、それがはっきりとしたときフォルランは驚愕と不審な顔を入り混じりに、目を見開いた。

 

「メヌエラ! また妨害だ。なんだか様子がおかしい!」

「あん? またシュレイドの連中がしくじったか?」

「それは分からないが……とにかく気をつけろ。あれはなんだ? ……妙な胸騒ぎがする――おい、なぜあの飛竜は鱗粉を体にまとっている!?」

 

 

 

 フォルランの指さした方向に、その飛竜はいた。体中を毒々しい炎のように燃え立つ黒いオーラに包んで、血走った赤い眼をぎらつかせて、体中を返り血と思われるどす黒い血にまみれたそいつは突然上空から現れた。黒狼鳥、イャンガルルガ。その足が地に着いた途端、得も言われぬプレッシャーと異様なオーラが辺り一面に広がった。かつてロロア達が戦ったその時よりもさらに傷を増やし、耳は跡形もなく嘴も欠けてはいるものの、凶器としての恐ろしさを増すように黒光りしていた。翼の爪はより太く鋭く発達していて、尻尾の先の棘からは過剰に分泌された赤紫の猛毒が滴り、それが地面に垂れると同時に植物が息絶え地面がひび割れた。

 

 アクラ地方での過酷な狩りに精通し、これまで幾度となく死線を潜り抜けた三人であっても、これほどの殺意を感じたことはこれまで一度もなかった。ひとたびそのモンスターが地面を歩くたびに、体中を氷づけにされたような感覚が走り、生物としての枠組みを超えてしまったかのようなその存在がゆっくりとこちらに迫る。

 

「な、なんだあれは!?」

「くっ……桁違いもいいところだ。いったん退却しようメヌエラ。またゴア・マガラとやりあうチャンスは……」

 

 イャンガルルガが咆哮をあげた。もはや咆哮と呼べるかも怪しい不快な周波数の絶叫が響き渡り大気を震わせる。衝撃に視界はかすみ、イャンガルルガの周囲でやはりゴアマガラと同じように黒い風が嵐のように辺りを包み込んでしまった。大気を通じてその震えは三人にも、ゴア・マガラにも伝わっていた。

 

「メヌエラ!」

「……待て、もう少しだけ待て。我は見届ける必要がある。次の一手のために! あいつが何者なのか我は見極める!」

「無茶だ! 諦めろ、あれはもう生き物じゃない! 因縁でもつけられたら『あの時のように』アクラディ・アウス・レグヌムは終わるぞ!」

 

 ゴア・マガラとイャンガルルガが対峙している隙に、メヌエラのもとまでフォルランとリュードが駆け寄る。その場を動こうとしないメヌエラをリュードが無理やりに抱きかかえると、三人は急いでその場から離れようとした。身体を軽くするために装備と必要最低限のもの以外を投げ捨てると、視界の悪い森に向かって一斉に逃げ込んだ。

 

 肩に抱きかかえながらも、メヌエラは後ろでその黒狼鳥の体をじっと見つめていた。見れば見るほど生命と判断していいものかも不思議なその存在を脳裏に焼き付くまでそれを見ていた。イャンガルルガがゴア・マガラに襲い掛かる直前の場面を最後に、視界は黒い風と木々の陰に隠れて見えなくなった。

 

「なんだ……イャンガルルガか? ……狂竜化にしては、まるで……!?」

 

 

 

 その後アクラディ・アウス・レグヌムのギルドホールにたどり着くまでメヌエラは放心状態であったが、次第に克服できなかった狂竜症が体を蝕みリュード、フォルランともども気を失ってしまったという。ロロア達がヴェロニカに呼び寄せられたのは、それからさらに数時間後のこと。彼らが意識を取り戻してからのことだったという。

 




いつもより遅くなってしまって申し訳ございません。次回はなるべく急ぎたいと思います。
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