狩人達の軌跡   作:SHIPS

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 昔むかし、王国にやとわれた戦士がいました。男は王のめいれいで、手下を引きつれてこの世界にねむる財宝を探して旅をしていました。

 ある日のこと、海をこえたもうひとつの大陸で男はモンスターのしゅうげきにあいました。命からがらしりぞけたものの、いんねんをつけられ引き返すことができません。

 とほうにくれていた男は森のおくふかくで見たことのない国を見つけました。国の者は傷ついた男をてあつくもてなしました。かれらは森の中にひっそりと住んでいて、外の世界というものを知りませんでした。男にきょうみをもったふたりのせいねんがいました。

 ひとりは学者、その国の中でかれ以上にものを知っている人はいません。

 もうひとりは詩人、その目に見たもの、その耳にきいたものは一度に覚え、物語や詩にしたためていました。

 彼らはまいにち男のもとをおとずれ、外のせかいについて話をききました。男はこれまでのじぶんの旅路や、世界でみてきた生き物やまち、ひとびとについてかたりました。はなしをきいて学者は自分がいかに()()であったかをかんじました。詩人は自分がいかに経験がたりないかをつうかんしました。

 あるとき、男の傷がいえてじぶんの国にかえるといいだしました。学者は戦士の男についていくといいました。じぶんじしんでこのせかいを見て回りたいといいました。しかし学者の仲間はそれをゆるしませんでした。彼のちしきはこの国にひつようだったからです。

 仲間は学者をとじこめてしまいました。

 しかしどういうわけかある晩、学者はろうやから姿を消していたのです。男もまたいません。きっとにげだしたのでしょう。

 それから、ふたりのゆくえを知るものはいません。



3-18 リゴドーン

「完成したのか?」

「ええ。私とフォルラン、リゴドーン、三名の手によってね」

 

 バークレー・ミカミは白衣のポケットから慎重そうにそれを取り出した。三名の技術と努力の結晶により、ギルドホールに集まる群衆に再び息が吹きこまれる。少し疲労の色が見えているのは、この樹海で危険を顧みず東奔西走した人間たちが大多数を占めているからだろう。このギルドホールでは姿の見えないパトリック・オットも今頃は無茶をしたけが人たちの治療にあたっていることだろう。ギルドマスターも玉座でひとまず一息をつき、彼らにねぎらいの言葉をかけるとともに、ポケットから懐中時計を取り出して確認する。極限状態イャンガルルガの討伐のため、出発したハンターたちがここを出てから既に一時間以上が経過していた。

 

 ここまでは計算通り、それどころかリゴドーンの協力もあって予定よりもかなりの時間が短縮されたことに、彼女は驚きを隠せないでいる。

 

「それにしても、よもやお前が我らのために動いてくれるとは思わなかったぞ。どういう風の吹き回しだ?」

「……さあて、ね。人助けに理由なんているのかい?」

 

 怪しげにリゴドーンを見つめるフォルランであったが、以外にもその視線を引いたのは次のミカミの一言であった。

 

「私なりに、あなたのこの調査隊での動向を分析しました」

「へぇ……それで結果は?」

 

 ミカミが前に出て彼と対峙するようにその両目をじっと見つめると、リゴドーンの顔から笑みが変わった。快楽から起こるものではなく、どちらかと言えば嘲笑のそれに近かった。

 

 リゴドーンは彼女の言う分析に興味を持ってこれを聞こうと彼女の方へと向き直る。

 

「あなたは少なくとも、善悪のために研究を行う人間ではないような……気がする」

 

 それはこれまでの研究者としての彼女にしてはなんとも説得力のない口調であり、説得力のない語尾がついていた。「何が言いたいのだ?」とフォルランがミカミに追及すると、彼女はその結論にいたるまでの根拠を語り始める。

 

「何ぶん人間の観察と言うものは初めてでして。人間の性格と言うのはそもそも言葉で説明がつくものなのか、私には分かりませんが。まあそれは今いいとして。あなたの目的、私には分かります」

 

 彼女は喋りながら次に紡ぎだされる結論に従って、なるべく言葉を選びながらすべてを解き明かす。

 

 この男を巻き込んで描き出される一筋のシナリオ、その根底にあるものを彼女は突き詰める。

 

 

 

「それは研究者としての本質に近いものと私は感じている。研究に善悪はない。それを決めるのは人間自身であること、そう信じてやまなかったひとりの男は自らの『研究』の大成ため、古巣を飛び出した……」

 

 そこまで言い終えて、リゴドーンが突然笑い出した。やはり違ったか――なれないことはするもんじゃないとミカミは自身の行いを恥じるところであったが、彼はうなずきながら手を叩いて称賛し、彼女を迎え入れる。彼の様子からして彼女の推測は当たったのだと理解するが、それにしても素直に喜べないと言った様子で彼女は未だリゴドーンを警戒する目つきで一定の距離を置いていた。

 

「素晴らしい。僕は研究者と言うものを、ハンター以上に警戒しなければならなかったようだ」

「リゴドーンがアクラディ・アウス・レグヌムを飛び出した理由と言うのは……?」

 

 まだ、納得いかないと改めてフウガがミカミに問いただすが、彼女の答えは変わらない。

 

「ええ。その『研究』とやらに行き詰ったから外の世界へ飛び出したというだけですよ。純粋な好奇心のため。勝手に『逆賊』などと騒ぎ立てたのは……」

「君たちの方だった、ってことだよ。ようやく気付いたのかい? もう十年近く前の話だったと思うんだけど」

 

 ざわつき始めるギルドホールの隅で再びフウガの反論が割り入る。

 

「待たれよ。それではこやつのこれまでの態度はなんだったというのだ?」

「さあて、素だったんじゃないですか? 皮肉屋としての」

「ちょ、ちょっと待て! そんなことがあってたまるか、そんなことで我らはこの男を『逆賊』扱いしていたというのか?」

「あなた方の間に何があったのかは私たちには関係ありませんが、少なくとも研究に協力してくださるあなたの態度は真剣そのものであった。事実この『抗竜石』の完成には彼の知識と技量が必要不可欠であった」

 

 ギルドホールの喧騒が一層大きくなる中、バークレー・ミカミの凛とした声が樹海を駆け抜ける一筋の光のようにあたりを照らしていく。

 

「パトリックと話していて気が付いたんです。『研究のこととなると、周りの事がかまっていられなくなる』……それはあなたも同じだったのでしょう。だから……飛び出した。それを完成させるために――今、私がさらなる知識を求めてこのアクラの地にやってきたように。フォルラン氏が私と出会うことで新たな知識に出会ったように」

「そこまでつまびらかにされると、さすがの僕も恥ずかしいね……君は探偵にでもなった方がいいんじゃないか?」

「ご冗談を……同じ研究者だからこそ、あなたの真意に気が付くことができたのですよ。隠しているつもりだったのでしょうが、やはり故郷を守りたいという気持ちは抑えられなかったのですね」

 

 リゴドーンは真の友達を得たとでもいうように満足げにうなずいた。これが鬼気迫っている今のような状況でなければ、長年続いていたこの男の灰色の潔白をはらすことをさぞ周囲の人間は喜んだろうというのに、最悪のタイミングでそれは明らかにされた。

 

 ――灰色の潔白。問題は『彼が何を研究していたのか』ということだ。『逆賊』と思われても仕方ないほど恐ろしかったのだろうか。物によっては、規模によっては、やはりメヌエラ達の迫害を受けても仕方のないことだろう。ここまで真実を大衆に告白しておきながら、彼女には今後の展開のことをまるで準備していなかった。

 

 ――なれないことはするもんじゃないな。ここまで脊髄反射で物を申したのは彼女にとってこれが初めてであった。すこしでも理性は言葉を選び、聴衆を誘導させたつもりだったが、やはり彼女は言葉を紡ぐのが絶望的に不得意だった。

 

「リゴドーン。ハッキリさせましょう。あなたは我々の味方になれる可能性がある。あなたの真意を聞かせてほしい。もしかなわぬというのなら、三つの『抗竜石』のうち、貴方の作ったものを今ここで……叩き割る!」

 

 正気じゃない――群衆のどこからか、そんな声が聞こえた。誇りを惜しむほど優しい相手ではない。そう言ったのはミカミ自身だ。こんなつまらないことで、今しがた完成した最後の希望のうち一つを無駄にするなんて。ならば、これは何のために問うているのか、しゃべった後で彼女の理性は発動機のようにフル稼働し始める。

 

 私は何を言っている? 石を叩き割るだと? 今しがた完成したこの一筋の希望を? 何のために……。 

 

 考えるのはよそう。この男の底知れぬ知略を相手にして、余計な知識は無駄になる。だから私は真正面からぶつかってみよう。『信頼』という武器を突きつけて、同じ研究者としての勘でもって、この男の何重にも貼られた仮面を根こそぎ取っ払ってやろう。

 

 

 

「僕の『抗竜石』の効果は極限状態のモンスターにとりわけ有効だ。それだけは壊さない方がいい」

「……答えろリゴドーン! お前は私たちの味方なのか!?」

 

 ミカミが叫んだ。これまで他のどの人間も感情的になった彼女の怒鳴り声を聞いたことがなかった。彼女の両目の下にできたくまは、ここぞというところでは相手を射当てを威圧するのにちょうどがいいメイク。

 

「これじゃ答えにならないかな? 僕の『抗竜石・心撃』は極限状態による身体の異常発達を抑える効果がある。今のイャンガルルガにはもっとも効果的なはずだ」

「……聞いたでしょうみなさん。この男は本気のようです。故郷を守りたいと思う気持ちは我々と等しく同じだ」

 

 彼女はそういうが、未だギルドホールをとりまく群衆の視線はリゴドーンに対して冷たかった。やがてフォルランが彼らをせかすように「我々はこれから抗竜石をハンター達のところへ届けに向かおう。リュードとメヌエラ、彼女に協力してやってくれぬか」と指示を出していく。

 

「ああ。ついでに、彼らの援護にも向かわねばなるまい。準備はいいのかフォルラン?」

「休んでいる暇はないよ……それにしても驚いたな。まさかミカミ氏に『真相』に迫られるとは……悔しいが、彼女の洞察力は本物だな……だが、我も負けっぱなしではないぞ。抗竜石の開発途中で、狂竜化モンスターの持つ『弱点』を見つけた」

 

 フォルランが胸をはって自慢する。リュードもメヌエラも驚いた様子で彼女に食って掛かる。

 

「『弱点』?」

「ああ、おそらくは極限化にも共通ものだと我は考える。速いとこ、この検証をロロア殿に伝えればあるいは本当に何とかなってしまうかもしれないな?」

 

 

 

 メヌエラは運だとか、可能性という言葉を嫌っていた。地に足着いた考えをする彼らにとっては希望的観測など何の意味もないものだと常々思っていたからだ。今そこにある事実をもってしてすべてを語るのが竜人族であると、本気でそう考えていたのだから。

 

 だが、文献を読めば読むほど、その決意は崩れていく。現実に、この世界では人間の打ち立てた法則や発見を悉く覆すものが横たわっている。果たして竜人である自分にとって本当に確かなものとは、地に足着いた考えとは何なのだろうかと自問自答する日々、図書館で本を読み漁るロロア・ロレンスという人間はかつてのメヌエラと重なった。

 

 新世界との邂逅が、人々を進化させる。その瞬間をまじまじと見せられて、彼は今一度自分の生き方を見直そうとしていた。しかし、今更そのようなことに気が付いた自分を恥ずかしく思って、フォルランへの返事についぶっきらぼうになってしまう。

 

「既に全滅していた、でなければよいがな。とにかく急ぐぞ……フォルラン、何をボーっとしている?」

 

 メヌエラはイライラして彼女に食ってかかるが、フォルランはそれとは別に思う節があるのか、メヌエラとは視線を交わさずにギルドホールの玄関口、さらにその先の洞穴を眺めて呟いた。

 

「まだ何かあるのか? 早くしないと……」

「三人の研究者によってつくられた三つの抗竜石。『心撃』は狂竜ウイルスによって硬化されたモンスターの甲殻をわずかに軟化させる。『耐衝』は狂竜モンスターから受けた攻撃を和らげる。『剛撃』は狂竜モンスターへ与える苦痛が倍増する。素材は画一されていたはずなのに、出来上がったものは三人とも効果の違う物が出来上がった……これはどういうことだと思う?」

 

 フォルランはここまで言うと、じっとメヌエラを見つめる。いつになく真剣な目だったが、メヌエラも逃げまいとこれを見つめ返す。

 

「……三人の研究者か。シュレイドのバークレー・ミカミ、アクラのフォルラン、そして両方の世界を知るリゴドーン……」

「そう。その違いは三人のこれまでの生きてきた『軌跡』にあるわけだ。我々は追いやられた古い歴史を捨てて、今こそ彼らと手を取り合うべきなのではないかな……?」

 

 彼女の発言にじっと耳を傾けるメヌエラ。しばらく考えた様子を見せて、

 

「ギルドマスターも、今回の件を通してそう思うとよいがな」

 

 と歯切れの悪い言葉を残した。

 

 

 

 ギルドマスターだけは知っていた。かのアクラの一族に起こった悲劇をその細部にまで。

 

 

 

***

 

 

 

「それにしても、急にどうしたんですミカミさん?」

「さあ……気が付いたら、体が勝手に動いてました。私もこの戦いの熱にやられたといったところでしょうか」

 

 パオがミカミのもとへ駆け寄り、彼女のやり遂げたような顔を見て驚いた。寝不足なはずの彼女の顔は吹っ切れたような、すっきりしたといったような様子であり、目の下の深いくまとは対照的に口端は前向きに歪んでいた。

 

「私の仕事は、ひとまずこれで終わり。パトリックのところへ向かいます、今頃けが人の治療で手をこまねいているでしょうから」  

 

 白衣の女はどこか誇らしげにも肩を揺らしてギルドホールを立ち去ろうとしたとき、彼女の前にまたしてもリゴドーンが立ちはだかった。何かを言いたげな彼に対して再びミカミは顔を顰めて挑戦的な態度で彼に言い放つ。

 

「不思議な人だとは常々思っていました……あなたはネロ・アンドレと行動を共にし、王立古生物書士隊の人間を良く思っていない一味の人間だとばかり思っていたのですが……あれはあなたなりの『警鐘』だったということですか?」

「あのままでは彼らの結束は望めなかった。早い段階からハンター達には手腕だけではどうにもならない現実を突き付けてやる必要があったのさ。幸い、シュレイド王国とギルドの水面下の対立を体現したこの調査隊という体裁はうってつけだし。特にネロくんはね……」

「そのためにカドワキ氏までも犠牲にして……そうまでしてあなたがここにたどり着きたかった理由、私は非常に気になります」

「怒らないんだ、カドワキが死んだことを?」

 

 リゴドーンがニコニコしながら危機として人の神経を逆なでするようなことを言ったつもりでいたが、彼女はやはり動じずといった具合でため息をつき、さらに続ける。

 

「私は先ほども言いましたね。『研究のことになると他の事が構っていられない』……研究対象にならない限り興味を持たないんですよ。マッドサイエンティストと笑うでしょうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()が、私を?」

「捨てたとは心外だなぁ。それに『捨てられた』って思うということは、結果としてメヌエラ達にも負い目があったということなんじゃないか?」

 

 彼のいうことはもっともであると、彼女も理解していた。アクラディ・アウス・レグヌムから出ていくことそのものが大逆であると彼らは認識していた。そうまでしてこの国の秘密を持ち出されては困る何かがあったのだろうと彼女は推論を立てる。いざ口に出すとそれは勇気のあることだと彼女はやるせない気持ちになる。が、ここまできたなら戻り道はない。

 

 

 

「あなたの『研究』に興味がある。願わくば、協力させていただけないだろうか?」

 

 

しばらく沈黙が続いた後、リゴドーンは何かを決心したかのように手を叩いた。目を大きく見開くと、狂喜の混じる薄ら笑いを浮かべて

 

「……ついてきなよ、マッドサイエンティスト」とだけ告げた。

 

 

 

 アクラディ・アウス・レグヌムのギルドホール、すでに多くの書士隊員達とハンター達が出払ったこの場所で、その部屋への侵入を拒もうとする者はいなかった。特に警戒することもなくリゴドーンはミカミに背中を見せたまま意気揚々と鼻歌を歌って、ギルドホールの玉座よりもさらに裏手に回ってきた。それまで玉座の裏に着たことがなかった彼女はその様相に驚いて目を見開く。

 

 そこには数十メートルに及ぶ玉座の裏側には巨大な竜の壁画が描かれていた。王立古生物書士隊、その上級の書記官の肩書を持つ彼女にもそのモンスターの見覚えはない。

 

細部まで見てみるとやがて彼女はその壁画の竜の妙な『違和感』に気が付く。

 

 四つ股を持つという骨格の点では、彼女の知識ではそれは『古龍種』に分類される。だが古龍種よりもさらにそれは長く太く発達しており、黒い翼はその直線的な壁画でさえ歪に思わせるような異形を模していた。極めつけは頭部に振られた銀色。まるで竜が兜をかぶっているかのような甲殻の描写が施されている。角は三本。普通自身の防衛のために内側に反るように生えるか、他生物への攻撃のために外側へ発達するはずが、その生物は内側にも外側にも発達した角をもっていた。角竜上科ブロス科の双璧をなす、モノブロス、ディアブロス。どちらの長所もとらえたかのような角がそこに生えており、この世の者ならざるその容貌に彼女は若干の吐き気を催した。

 

「芸術にこんなものを言うのはいささかナンセンスですが、生物学的にあり得ない骨格だ……」

「『あるいは我々が生物と言うものの定義を正しく理解していないのかもしれない』……だっけ、ミカミさん?」

 

 自身の発した言葉を逆に言い返されてミカミは少し顔を顰めるが、言い訳することもなく「その通りだな。それで、もしかしてあなたの研究と言うのはこれか?」とさらに尋ねる。

 

「通称『イコール・ドラゴン・ウェポン』かつてシュレイド王国が竜大戦の時代に開発した兵器さ。だが世界征服に興味はない。伝説は伝説であってしかるべきものだからね……だからさ」

「だから?」

 

 リゴドーンがそのまま壁画の脇にはめられた粗末な木製の扉を開く。扉の先は薄暗い地下階段が続いていて、扉を開けた衝撃に埃が舞い、ますます降りる先の様子が分からなくなった。

 

「僕は自分の手で『伝説』を作ることにしたんだ……『クープランの冒険』理想を語り、追い求めた三人の『主人公』のようにね。ああ、マスクをどうぞ。最近また出入りするようになったとはいえ、時間相応に埃がたまっているからね……」

 

 リゴドーンは身にまとっていた外套を脱ぎ捨てる。その下から現れたのは派手な赤色の民族衣装。その気品の込められた意匠とは裏腹に、彼女はまだ未だ呑み込めないその気味の悪さに冷や汗をかいた。

 

「三人の主人公。『戦士・学者・詩人』君は学者、僕が詩人。残る一人は……この戦いが終わったら決まっていることだろう」

 

 

 

***

 

 

 

 ロロア達が最終決戦の前に向かう前の出来事である。

 

 エンプティ、またの名をクープランは先日リゴドーンから受け取ったそのメモが頭から離れず悶々としていた。イャンガルルガとの戦いを終えたらおそらく『そこ』へ向かっている時間はないだろう。確認するなら今しかチャンスはない。

 

 ――あるいは、決戦を終えたらこの地にそのまま残るのもいいか。エンプティの中にじわじわと蘇るクープランとしての記憶の数々、これが自身の記憶であることは間違いないが、未だその記憶をだれか別人のものではないかと思う人格もそこにいて、自己にうまいこと折り合いをつけられずに二つの島の間を行き来していた。左右から音を立てて襲い掛かる二つの海流に互いに引っ張られ、船員のいない難破船は宛の書かれていない積荷を大量に積み込んだまま沈みかけていく。

 

 アクラか、シュレイドか。この決断は重すぎる。決めたら最後、他方の島へ向かうのはこの調査隊のように苛烈を極めるものとなるだろう。それほどまでに、この土地と王国の間には歴然とした壁が存在することを、両者の記憶から感じているエンプティ。そうこうしている間にも、彼の船には記憶と言う名の積荷が膨れ上がる。

 

「……っ!!」

 

 突然彼の腰をつつく感触がしてエンプティは驚いて振り返る。オネゲルはエンプティの表情を見るや否や、その気持ちの沈みようをくみ取って尋ねる。

 

「体調の悪さ、という感じではなさそうだな。エンプティ、大丈夫か?」

『……驚いただけだ。心配するな』

「ここへ来てからずっとその顔だ。アクラの地でのできごと、思い出してきているのか?」

『オネゲルが人の心配とは珍しいな』

「なっ……!? 今それは関係ないだろ!」

 

 不意に自分が子ども扱いされたことに顔を赤くして反論する。だが、どうも茶化すだけではないニュアンスを感じ取るとオネゲルはひそめた眉を元に戻して「……そうかも」と答えた。

 

 この少年の成長ぶりは目覚ましいものがあるな、エンプティもまたオネゲルの顔をまじまじと見つめてその時間経過に驚く。調査隊がミナガルデを出て既に二ヵ月ほどの月日が流れているだろうか? 事あるごとに他人に噛みつき、卑下していたあの少年をここまで大人に変えたのは周りの環境によるものが大きいのだろうか。

 

『昔の俺は……クープランはこう言った』

 

 煩雑した船の積み荷から記憶の切片が取り出してエンプティは言った。

 

『冒険が人を大人にすると……お前ぐらいの年頃の少年と、リゴドーン、その二人に語った。今思えば、リゴドーンが俺をアクラに連れ出したのではなく、その逆だったのだのだな。かつて国王の元で働いていた俺が……偶然この地に迷い込んだとき、この運命は始まっていたのかもしれない』

「国王の元で……って、エンプティ?」

 

 

 

 ――ようやく思い出した。俺がこの地にやってきた経緯を。最後のピースはここにある――

 

 エンプティは自らの拳を握りしめてギルドホールの床をきつく睨み付けた。

 

 

 

「エド?」

「んー何、アリス?」

「どうしてエンプティに何も言ってあげないの?」

「……」

 

 エンプティを遠くから見つめるエドワードとアリスの姿。特にアリスは心配そうにエンプティを見つめていて、対照的にエドワードはなんてことはないと言った様子でいる。

 

 もともと三人でいることが多かったエドワードチームが、ここ最近特にエンプティとの間に隔たりがあることをアリスは危惧していた。彼の記憶を取り戻す手伝いを決め、アリスの兄で医者をしているパトリックに紹介したのは紛れもないエドワードだ。だからこそ、彼女は最近の彼のエンプティの記憶に対する無関心ぶりに違和感を覚えていたのだ。

 

 エドワードは今でもその時の状況を克明に覚えている。テロス地方の密林、その洞穴の中でランポスの大群に囲まれながら奇声をあげて血玉を吹かせていく狂気の男と出会った。ひとたびその暴走が始まれば、周囲の生き物を根絶やしにしようとする彼の異常性を目にしながら、エドワードはその男に近づく。どうにかして事情を聴きだすと、彼は幼馴染の兄で医者をしている男を紹介し、記憶を取り戻すための様々な手段を講じたのであった。

 

 エドワードはしばらく黙りこんでいたが、アリスに催促されて仕方ないと言った様子で「そうだねぇ」とぼやいた後、

 

「こればっかりは、本人の問題だと思うんだよね。誰かにアドバイスをもらってどうこうできるものじゃない……エンプティ自身が決めることなんだ」

「じゃああなたは、エンプティがこのままアクラの連中とまたつるむようになってもいいと思っているの?」

「……彼が望むなら無理やり連れ戻すなんてことはしないだろうね。それより、今はイャンガルルガに集中するべきだと思うけどな!」

 

 やはり彼の顔は無関心を示していた。アリスの中では一抹の不安がよぎったまま。

 

「あなたはいつもそうやって面倒事から逃げ出そうとするの……ちゃんと正面から向き合おうとしないのはどうしてなの? 私と言い、兄さんと言い……」

「……」

「彼自身の問題とか他人には体のいいこと言っているけど、エドはどうなのよ?」

 

 アリスの言葉はエドワードには耐え難いほど突き刺さっていた。彼は大きく機嫌を損ねたかのように眉をひそめて、ばつが悪そうに

 

「準備ができたなら、もう行くよ……」

 

 と、言い残してギルドホールを出て行った。未だ後味の悪さを残しながらも、迫る戦いの事で次第に頭がいっぱいとなり、アリスもまたその足を進めた。

 

 

 

 この光景からさらに時間が経過し、黒狼鳥との決戦は最終局面へと向かうことになる。




 挿入話なのでいつもより短めです。でも物語的にはとても重要です。

 探究心がためにを国を捨てた一人の男。男に外の世界を教えた一人の戦士。二人と共にいながら、それを傍観するように物語をしたためた一人の詩人。

 三人の立場は違えども、目指した場所は同じだったのです。

 その中の一人、学者は新たな伝説を作り出すにあたって三人の主人公を探すことにしました。戦士も、詩人もかつての面影はありません。だから彼は道化の面をかぶりながら代役となる人物を探していたのです。悟られないようにひっそりと、確実に。

 男は自らの伝説を書き記す詩人であることを選びました。新世界を求める学者には、彼の真の友である一人の女を選びました。

 残るは世界を知る剛き戦士というわけです。



 なーんてかっこつけてみましたが。いよいよ物語を読み解くすべてのピースが出てきました。私めSHIPSから『超太古にまつわる神話』について読者の皆様にちょっとした挑戦状です。

※追記

万が一のことも考え挑戦状はなしの方向でお願いいたします。
メッセージに関する推理等のコメントについても一切返信しません。


 いつものぞきにきてくださる方々、読んでいただいている方々に多大なる感謝を。第三章はおそらく次が最後です。

 今更だがエンプティは手話のくせに饒舌すぎるぜ、キャラ設定失敗した……。
 最近読ませていただいている某モンハン二次創作の仮面のお方みたいに、かたことで表現しておけばよかったのかなあなんて← まあこれも処女作の至りということで。
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