狩人達の軌跡   作:SHIPS

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 結果として私が、このアクラディ・アウス・レグヌムで得ようとしていた真実は未だわからないまま。その代わりと言ってはなんだけど、非常に面白いことに気が付いた。だから私にもしものことがあって、ちょっと動くことができなくなったときはそれを私の信頼する友、パスカルとヴェロニカ、ムラマサの三人に託すことにした。彼らならこの地を取り巻く伝説と、かつて国を追いやられた竜人のとある一族の謎を解き明かし、彼らの間にある溝を取っ払ってくれるに違いないだろう。

 もしものことが起こったら、パスカルにはそれをお願いしたい。『クープランの冒険』に登場する三人の主人公。まずはその三人を突き詰めて、彼らに問いただすのだ。先史竜大戦の時代に起こった悲劇のことを。

 過去を解き明かしたら今度は現在。この調査隊の陰で現在行われようとしている壮大な争いの火種に決着をつけるための策を考えるのだ。


3-19 黒狼鳥の誤算

 メヌエラ達は、その光景に驚いて目を見開く。

 

 一つは、生物死に絶える灰白色の大地、その中央で狂い咲く歪なナデシコの花弁。

 

 一つは、それを塗り尽くさんと、曇天に散り撒かれるヒガンバナの花弁。

 

 

 

 そして何よりも驚いたのは、そんな非現実的な世界でいまだ立ち続ける生き物。誇りを捨てない狩人の姿。

 

 その中心に女はいた。いつだって自分の知恵と力を使って乗り越えようとする者。奇妙な自然のめぐりあわせが生み出した生態系の頂点。この千紫万紅の華を愛で、なおかつ我がものにしてみせようと未だ奮闘する。

 

 彼女の周りでは既に多くの仲間が力を失い膝をついていた。にも関わらず強者は彼らに目もくれない。未だ倒れぬ宿敵との戦いを心底喜び、これに興じている。

 

 全ての芸術家は、その光景を一挙手一投足に目を見張るだろう。

 

 全ての学者は、その生態に驚嘆の息を漏らすだろう。

 

 全ての戦士は、その姿に酔いしれ、あるいは嫉妬するだろう。

 

 全ての詩人は、その過程を詩に残し、全ての歴史家がその結果を奇譚にしたためる。 

 

 

 

 そうでない者は、彼女をただ気狂いの死にたがりだと、嗤うだろう。

 

 

 

***

 

 

 

 口からハッキリと形を帯びる火球が投げ出される。質量を持った炎がひび割れた大地をさらに焦がし突き進むが、それを腰の据えたガードでエンプティが防ぐと、その後ろでスクラムを組んでいたセルゲイが飛び出す。イャンガルルガは肥大化した翼の爪でこれを迎え撃とうとするが、懐にガード前進して突っ込むエンプティのゲイボルグがその翼膜を深々と突き刺した。翼膜とは思えぬほどの強靭な表皮がゲイボルグの槍を懐柔しようとする。そのままセルゲイが煌剣リオレウスを頭上から振り下ろすが、これもひっかき傷程度のところで弾かれてしまう。

 

 反撃に対を成す翼爪がセルゲイめがけて貫かんとするが、その翼はまたしても遠くから放たれた貫通弾に軌道をそらされ、セルゲイに直撃することはなかった。慌てて弾丸の飛んできた方向にガードをしようと翼で体を包もうとするが、その予測を裏切るように今度は反対側から貫通弾が撃ち込まれる。

 

 戦闘をしながら経験していくイャンガルルガ。その存在は特異ではあれども、彼も鳥竜種の一端であることは間違いない。黒狼鳥は未知の敵に即座に対応できる頭脳までは持ち合わせていない。他の好戦的なモンスターよりも生傷の絶えない個体が多いのは、経験を得るために様々な戦いを経験しなければならないから。極限化はそうした引き際を知らない彼の性格に拍車をかける。

 

 故に現状のこの相手を理解することにも時間がかかっていた。一人だと思っていた飛び道具の使い手は小さい小型の弩を片手にしているだけ。その彼女とは全く別の方向から飛んでくる弾幕。所謂トリアタマのイャンガルルガにはこのカラクリを見抜くだけの視界とアイディアを持ち合わせていなかった。着々と人間達にダメージを与えてはいるものの、とりわけこの三人には有効打を与えられていない。

 

 貫通弾特化・四ノ型の組み合わせ。分解した戦術弩のパーツをいわゆるターレットを設置して好きなタイミングで弾丸を発射する戦術のひとつである。

 

「そろそろこの泥仕合にも幕を下ろしたいところだな。アンタがその気なら……私にだって策はあるぜ」

 

 ロロアが手元の拳銃についたボタンを操作すると黒狼鳥の四方から再び十字に貫通弾が発射される。だがイャンガルルガも自身の体の特性を活かしているのか今度は強固な鎧に任せ、これを弾く。しかし、硬化をしている間は相手も動けない。

 

「やはり、飛行やタックルなど激しい運動時に肉質を硬化することはできないようだな。極限状態の肉質は運動に支障をきたすレベルの硬化。カチコチの筋肉では動けないからな」

「するとやはり、奴の攻撃時にのみチャンスがあるということか。だが、エンプティの体が持つか……おい、あれを見ろ。どうやら間に合ったようだな!」

 

 

 

「……メヌエラ! 待ってたぜ……」

「ひどくやられているな」

 

 乾いた地面を走る三人の足音にセルゲイが気づいて振り返ると、フォルランとメヌエラ、リュードの三人の姿が見えた。イャンガルルガが狙いをクープランに向けたところで、フォルランが手に橙、紫、赤の宝石のように輝くそれを持って彼女に近づくと、そのうちの一つ、紫の石『抗竜石・心撃』を彼女に手渡す。

 

「銃口に付着させろ。狂竜化によって硬化されたモンスターの甲殻を軟化させることができる……我はクープランにもこれを渡さねばなるまい」

 

 リュードがミカミの説明を受けたようにロロアに説明するが、ロロアは紫色の石をフォルランに返し、「そういうことなら、こいつはエンプティに渡してやってくれ」と答えた。

 

「的確に定点を攻撃するランスの方が相性がいい。狂竜化でも硬化できない部位があるんだ。私の戦術弩ならそこを狙っていける」

「やはりというべきか、この戦いでそなたは気づいたというのか。狂竜化の『弱点』を?」

 

 フォルランは驚愕のまなざしで彼女を見た。彼女の装備する防具もすでにいたるところが痛み、撓んでいて既にボロボロになっているが、右目は未だ凛として輝く。

 

「難しいことは分からないけど、ようするに返り血とウイルスが反応して甲殻を異常なほど強固なものにしているんだろ? より多くの戦いを経験した極限個体がより強固に、強くなるのは、戦闘で浴びた返り血を自らの糧にしているから……ってどうした?」

 

 

 

「これだけの力の差を見ても、楽しそうだな」

 

 

 

 ふとリュードがロロアに対してとんでもないことを口にした。笑顔で狂竜ウイルスの解説を始めるロロアに半ば狂気めいたものを感じたリュードが思わず口に漏らすと、ロロアも困ったような顔をして「そんなことはない……けど」とどもり始める。

 

「……そうだな。楽しいと感じてしまう自分がいる。次はどんな技を見せてくれるんだろう? こいつは今までにどんな強敵と渡り歩いたのだろう? ずっと孤独で、ずっと独りで戦ってきた戦士に、狩人である私が導いてやれる答えは何なのだろう? ってな……」

「何が言いたいのか、さっぱり分からん。 人間と言うものはやはりおかしな生き物だ」

「……私たちと、あのモンスターとの違いってなんだと思う、メヌエラ?」

 

 ふとロロアの口からさらなる疑問が出る。

 

 人とモンスターの違い。――竜人族である彼らにとってこれは最大の疑問。どこまでがモンスターなのか、どこまでが人なのか、その狭間に近いと言われる竜人族はしばしば論争の的になる。竜にどれだけ近いのか種族に差はあれど、彼らは人に似ていて厳密に人でない。袖や裾の長い艶やかな民族衣装は、その色に注意を引いて四本の指を隠すため。重い豪華な装飾品の数々は顔や体への注目をそらすため。ヒトと異なる生き物であることを無意識のうちに感じていた彼らの先祖は、やがて姿を隠して生きることを決意したのだ。

 

 遥か昔に、竜人のとある一族が迫害に国を追われたのも違いが要因だった。竜と人間の境界線は何か。アクラの地で、その疑問に答えを持つことができるのは紛れもなくただ一人、ここに立つハンター。

 

 

 

「私は思うんだが、生き物に境界線なんてものは初めから無いんだよ。誰もがモンスターなんだ。誰もが戦っている……私も、あのイャンガルルガも」

 

 イャンガルルガの方へ向き直り、最後に結論づけてふっと息を吐いたロロア。――アクラの地での彼女の答えは決まった。

 

 

 

「誰もがモンスターか……面白い、ならば見せてもらおう。お前がモンスターたるその証をな!」

「我はひとまずけが人の手当てに回ろう、リュードはクープランとセルゲイ殿に抗竜石を!」

「今度は逃げぬ……わが命はアクラと共に」     

 

 リュードが背中のガンチャリオットに手をかける。いつでも抜刀できるようにすると黒狼鳥にまっすぐ走っていく。フォルランは新たに作った狂竜症を抑えるワクチンを持って既に倒れたハンター達の元へと介抱に向かう。黒狼鳥は生きのいいあらたな宿敵を見つけて狂喜すると、その黒い嘴を振り上げて雲まで劈くほどの咆哮で威嚇をした。ビリビリと肌を伝う振動も、今では彼らの意思をくじくことはできない。

 

「さあ行くぞ!」

 

 リュードが「カホウ」に通常弾を込める。ロロアよりも近い位置で武器を展開すると、引き金を引き始める。振り払おうと黒狼鳥がタックルを仕掛けるが、これを紙一重でかわしながらぴったりと張り付くように立ち回り、ほぼゼロ距離から通常弾を浴びせていく。弾丸はその甲殻を貫きすらしないものの、徐々に傷が残っていく。攻撃を受けている以上イャンガルルガも防戦一方でいるわけにはいかない。尾の棘や翼の爪でもってこれを取り除こうとやっきになるが、嘴を伸ばしたところで再びエンプティのゲイボルグの切っ先が嘴をとらえた。

 

 黒く輝く嘴に赤黒い血液が付着するが、なおも怯むことなくそのまま嘴をエンプティめがけて振り下ろす。サイドステップでその場から離れると、エンプティも負けじと追撃に黒狼鳥の脚になぎ払いをかける。バランスを崩してそのばで転ぶ黒狼鳥をエンプティは未だ憎悪の顔で攻め続ける。硬質化した甲殻で既に切っ先は先端が欠けている。

 

 

 

 なおも体をじたばたさせて動かないイャンガルルガは不意に遠くで動いた女狩人を見た。ロロアと目があったその直後、狭かった視界はついに全てを闇に閉ざされる。

 

 

 

「この時を待ってたぜ……!」

 

 ターレットに装填されていた最後の貫通弾が黒狼鳥の残りの右目を貫いた。それまで極限状態の硬質化が嘘であるかのように眼球が勢いよく破壊されて、初めてイャンガルルガが痛みに悲鳴を上げた。

 

「狙い通り、眼球だけは硬質化できねぇみたいだな?」

「あ、あの距離からイャンガルルガの眼を……!」

 

 

 

「クープラン!」

 

 彼の肩に手を置くと、クープランと呼ばれた男がハッと我に返る。また正気を失いかけている自分に嫌気がさしながらも、リュードから「抗竜石・心撃」を受け取りランスにその物質を一回研ぐようにして付着させた。足がもつれて動けず、光失い暴れ狂うイャンガルルガにその槍を突き刺すと、さきほどよりも手ごたえがある。同時に貫いた傷に鈍い紫の光が瞬いていく。狂竜化ウイルスとは異なる暖かい光を感じた。

 

『これならいける……!』

 

 バランスを取り戻したイャンガルルガが立ち上がる。両眼孔から赤い光が失われたその姿は身の毛もよだつような不快感を放ち、血液や他の体液が混じる異臭がその異常をより際立たせる。

 

 一匹狼が激昂する。体の周囲に再び黒い煙が集まると、ドーム状にそれを広がるように解放していく。目は見えずともこちらの場所を未だに特定できることにリュードもエンプティも驚く。そのまま反撃に尾の毒を振りまくように体を縦に回転させて飛び立つ。

 

「目をつぶしただけではダメか……!」

「ゴア・マガラのように、狂竜ウイルスでこちらの位置を感知しているのか。どこまで進化する気だあのバケモノは……!!」

 

 口から吸いこまれる黒い風。何度克服しようとも、ウイルスはさらに狩人達の体を蝕んでいく。

 

 

 

 その場で翼をはためかせて地面を離れると、イャンガルルガのターゲットはロロアに移る。脚の爪が彼女をとらえようと振り下ろされるが、ロロアはこれを間一髪のところでローリングで回避する。そのまま器用に回り込んでなおもイャンガルルガが追跡をかけるが、これも紙一重でかわす。距離を取ろうと小型の拳銃を構えたまま走りだし、展開していたターレットを一つ回収しながら回る。腰の弾帯から通常弾を取り出すと、片方の拳銃を口に咥えて弾倉に通常弾を詰め込んだ。再び回り込んでのサマーソルト。装填に手間取ったのか足が遅れる。その瞬間、脇腹を鋭い刃物で切り付けられたような痛みが広がる。

 

「ぐっ……あぁ!」

 

 ロロアの防具は紙のように簡単に切り裂かれ、その棘からは猛毒が傷口へ走る。膝をついたロロアにさらに容赦のない追撃を与えようと、イャンガルルガの嘴で再び黒煙が見えた。だが、翼は再び走ってきたエンプティの槍に貫かれて、黒狼鳥はその場で怯み追撃を辞めて地面に降り立つ。狙いをエンプティに替えようとしたその時、反対側へ回り込んでいたリュードがガンチャリオットの銃口から砲撃を発射する。二つの要塞に挟み込まれている間にセルゲイがロロアの体を支えて、イャンガルルガから離れる。

 

「私の目が見えないこといいことに左側を狙いやがって……」

「解毒薬は持っているか?」

「あ、あぁ……私は大丈夫だ。セルゲイ、戦術弩のターレットを回収して私のところへ持ってきてくれるか?」

「だがその身体では……」

 

 ロロアはアイテムポーチから回復薬グレートを取り出した。これほどの大ダメージを受けてしまっては、もちろんこんなものは気休めにしかならないだろう。続いてポーチから包帯を取り出して脇腹の傷に強くあてる。完全に毒を抜くことはできないが、霞ヶ草の包帯はあのマリアの怪我も急速に回復させた代物であった。だが、毒と傷を抑えても、まだウイルスの対処が残っている。

 

「無理をするな、ワクチンを使え。フォルランもお前の応急手当てを……」

「手当は終わった。私は大丈夫だと言っただろう? セルゲイはターレットの回収を急いでくれ。向こうの二挺だ。集めたら一か所にまとめて、あのイャンガルルガの足元にばらまいてくれ。私は残りの一挺を取りに行く……それで決着をつける」

 

 彼女の表情から次第に余裕が消えていく。免疫の低下に伴いウイルスが血流を驚くべき速さで体を巡っているのだろう。立っているのも容易ではないはずだった。

 

 それでも敵からそらされる目線などない。彼女覚悟を見て取り、セルゲイも呆れ顔でロロアを見つめるも、

 

「ようし……最後の秘策だ。俺もエンプティも、できる限りのサポートをする。」と、答えた。

 

「生ける伝説……アンタと共に戦えたこの栄誉を私は一生忘れないよ」

「そういうセリフ、お前には似合わないな……まあいい、では準備はいいな? 俺は先にターレットの回収に向かう。そこから先はお前の秘策とやらに頼む」

 

 セルゲイがフィールドをかけ始める。灰白色の大地をせっせと走ると、役目を終えて地面で沈黙するターレットを拾い上げる。これを二回。ロロアもまたふらつく足を懸命に動かして近くに落ちていた小さな砲塔を拾い上げる。ふとイャンガルルガを見る。リュードとエンプティ、メヌエラの猛攻を前に未だ善戦を続けている。あれだけの長時間の戦いを経過してか、動きに若干のふらつきが見えるようになった。

 

(極限とはいえ、むこうもかなり消耗しているな……あいつが今まで経験したことのないような戦い方を、今までに経験したことのないようなハンターってやつをあいつに教えてやる……!)

 

 空元気に拳を強く握る。体中を毒が巡っているのが分かる。心臓の鼓動が早くなっていく。嫌な汗が流れる。体は火照る。対照的にこれからおこなう秘策の行程は極めてクリアに頭に浮かぶ。

 

 ふと黒狼鳥の背後へ目をやる。今まで様変わりしたその光景に気が付くことができなかったが、アクラディ・アウス・レグヌム領内の山から湧き出た水が川となり、滝となってフィールドの脇を流れていた。しばらく川を下ったところは大きな崖が続いていて、その下は水煙で全く見えない。

 

 

 

***

 

 

 

 突いては弾き、撃っては砕く、二本のファランクスと一人の狙撃手。かつてのアクラの地でのコンビネーションを思い出して、リュードとエンプティがお互いのスペースを確保しつつ黒狼鳥の脚元で戦っている。

 

 強烈なキックの二連撃、ガードするエンプティ。蹴り上げた脚が地面に着くよりも前に鋭い反撃がそれをすくいあげる。バランスを取ろうとした翼へリュードの砲撃。極限状態による硬化で傷こそ与えられないものの砲撃によるショックは確実に黒狼鳥を弱らせていく。三度イャンガルルガが転倒する。だが近づかせまいと尻尾の毒液を器用に振り回し、近づく隙を与えようとしない。

 

 エンプティだけは毒液の雨をお構いなしに攻め立てる。頬に強酸性の劇毒が付着しようとも一切怯まない。抗竜石に対する免疫までつけられてはたまったものではない、と一心不乱に槍を前後させる。攻撃を続けていくと、徐々にイャンガルルガを取り巻いていた禍々しい黒い風が収まっていくのが見える。甲殻に付着していた紅い返り血の装甲も反応を終えたのか液体となって流れ落ちていく。

 

「もしかして……鎮静化が始まっているのか? これは、いけるぞクープラン!」

「ウオオオオオ!!」

 

 リュードの歓声もお構いなしにエンプティは攻撃の手を緩めない。スタミナなどとっくに限界を超えているのだろう。腕は悲鳴をあげていて、血管がギチギチと腕に浮き出る。首にかけられた『逆鱗』のスキルをもたらす護石が明々と輝いている。

 

 獣のように吠えて、腰の据えた最後の一撃が下されようというとき、ゲイボルグの槍をイャンガルルガの嘴が脇から加え、抑えてしまった。それ以上槍を動かすことができずにエンプティがしばらく呻いていると、イャンガルルガが首をひねってそのまま槍を真っ二つに折る。鈍い音が響いてハンターの伴侶たる武器がひとつ砕け散った。

 

「嘴の力だけで……!?」

「……くそっ、どうする?」

 

 動揺もつかの間、最後の反撃が放たれる、そのまま嘴から黒煙をもらすと、地面に火球を放ちもろとも爆破させる。盾でこれを構えるものの、近くにいたリュード、クープランもろとも巻き込まれ吹き飛ばされる。イャンガルルガもまた炎にその嘴を焦がす。生きているのが不思議に思えるほど、一匹狼の体はぼろぼろだった。

 

 

 

「万事休すか……我らはどうすれば……!?」

 

 地面に倒れる調査隊のハンターたちに応急手当てを行っているフォルランが最後の瞬間を目にして、ついに観念したかのような表情を見せる。アクラの地のハンターをもってしても、シュレイド王国のハンターの力をもってしても、この自然の気まぐれが生み出した絶対的な力を前に膝をついた。

 

「最後まで見ていろフォルラン!」

 

 メヌエラが再びイャンガルルガに突進する。対抗するように放たれる火球をすれ違うようにかわしてゼロ距離に近い場所から通常弾を撃ちこむ。イャンガルルガもまた体を振って追い払おうとする。かなり体にガタがきているのか爪の一振りも、脚のキックも精度が悪い。それをいいことにメヌエラも舞うように転がり、飛び跳ねては攻撃をかわして引き金を引いていく。

 

(よし……これならいける!)

 

 そう思って最後のリロードに入ろうとしたとき、既につぶれたはずのイャンガルルガの眼孔とメヌエラの目が合う。あの時ロロアが感じたおぞましい視線と同じ、悪意に満ちた表情で黒狼鳥の最後の勝利宣言が高らかと彼の頭に響く。

 

 

 

――全弾撃ち切ったな。

 

 

 

 メヌエラの目の前で嘴からあの黒い煙が噴き出される。絶望の光が彼の目の前でその光量を増していく。

 

「メヌエラァ!」

「し、しまっ……!!」 

 

 

 

 次の瞬間足元で大爆発が起こり、煙で周囲の状況が見えなくなる。これほどの業火をゼロ距離で受けてしまえばガンナーのような装甲の薄い人間ではひとたまりもないはずだ。フォルランの頬から涙がこぼれる。彼の死を確信した。

 

「ば、ばかな……メヌエラまでもが……」  

 

   

 

 爆炎から三人の影が現れた。メヌエラの前でリュードとクープランが間一髪で間に入り、彼を囲むようにその大盾を構えていた。三人とも全焼だけは免れたようだが、体中にひどい煤と火傷を残した。

 

「お前たち……」

「俺はともかく……まさかクープランがメヌエラを守ることになるとはなあ……奇妙な運命だぜ、ったくよぉ……」

「……」

 

 そのままメヌエラと二人のファランクスは折り重なるように倒れていく。倒れる直前にリュードが呟く。

 

「あとは任せたぜ……」

 

 黒狼鳥の勝利宣言が木霊する。だが、その行動が黒狼鳥にとっての最期の命取りとなってしまう。

 

 イャンガルルガは気が付かなかった、セルゲイによって足元に散らばめられたロロアの戦術弩のターレットの数々を。

 

 イャンガルルガは気が付かなかった、自分の立っているすぐ後ろが天敵である川の急流であることを。

 

「ようやく追い詰めたぜ……一匹狼さんよう」 

 

 ロロアが手にしていた小型のボウガン。再び分解すると、それを見よう見まねで改造していく。球形の黒い物体が出来上がると、最後の力を振り絞ってこちらに気が付いていないイャンガルルガに突進する。

 

 気が付いたときには、彼女は嘴の先まで迫っている。慌てて迎撃態勢を取ろうとしてイャンガルルガは後ろに跳ぶように滞空し始めた。また彼女の見えていない左側へ回り込んで尾の毒を仕掛けようとしたのだろう。彼女が尾の毒を警戒して脇にかわそうとするその瞬間を余裕の表情で待った。

 

 

 

 

 

 

 黒狼鳥の読みは外れた。こちらのサマーソルトを当然警戒して回り込むだろうと思っていた彼女はそのまま避けるそぶりも見せず突っ込んできたのだ。

 

 驚いて次の一手を考えるも、それは既に手遅れだった。ロロアの合図とともにイャンガルルガの足元に散らばっていたターレットが突如として爆発し、その爆風が空を飛んでいたイャンガルルガの翼にショックを与える。

 

「お前の弱点。それは戦いを知っているからこその『慢心』だ。多くを経験をしているからこそ、見たことのない敵に弱い……こんな命知らずなバカ野郎は、さすがのアンタでも戦ったことがないみたいだな?」

 

 空中でバランスを崩しふらつくイャンガルルガ、そこへ爆風に乗ったロロアが背中に乗り込んだ。しばらく激しく翼をはためかせて空中で暴れるイャンガルルガだったが、やがてスタミナがつきたのか大人しくなっていく。

 

 震える手でロロアはアイテムポーチから白い筒状のそれを取り出した。

 

 

 

 ミカミは言っていた。これは刺突する対象によって注入量を変える仕組みが施されていると。

 

(つまり、始めからモンスターへのワクチンの注入も考えられていたってわけだ。エンプティの抗竜石による猛攻のお陰で鎮静化されつつある今なら……あるいは!!)

 

 最後の力を振り絞って、注射針をイャンガルルガの首元に突き刺した。突然の異物感に黒狼鳥がさらに暴れ狂い、突き刺したままの注射針はいともあっさり折れてしまったが時すでに遅し。飛んでいる間は極限化による肉質効果も行えない。肉質を硬化させれば翼をうまく動かせず、そのまま川底へ真っ逆さまに落ちるからだ。

 

 

 

***

 

 

 

 振り回されて歪む視界、耳鳴りの止まらない頭。暗くなっていく世界。消えていく音。意識がこの世の器から遠のいている感触がした。

 

 現実の光景と入れ替わるようにフラッシュバックするのはこれまでの彼女の『軌跡』。

 

 二十年と少し、ハンターになった時からその短命さは覚悟していたが、まさかこんなに早いなんて――

 

 次々に浮かぶ周りの人間。お父さん、お母さん、ココット村の村長、バレット師匠、工房の兄弟たち。道具屋のお姉さん。それから街で出会ったヴェロニカとムラマサ。調

 

査隊でここまで一緒に頑張ってきたセルゲイやエドワード、パトリック。その類まれなる知恵でいつも私たちを助けてくれたパスカル坊や、ちょっと頑固者だが根はやさしい

 

オネゲル。まだまだたくさんの人間の顔が浮かんでくる。そして私に冒険することの楽しさを教えてくれた、クラウス。思えば私も、こんなに多くの人間に支えられてここまできたんだなぁ。

 

 そうそう、お前も忘れないよ孤高の一匹狼。アンタは間違いなく歴史に残る最強の戦士だった。最後にアンタと戦えたこと、私は狩人として誇りに思う。

 

 今度は狂竜ウイルスに侵されていない、本当のアンタと……いつか、戦おうじゃないか。

 

 

 

***

 

 

 

「これが狙いだったのか……ロロア! もう十分だろう、そこから降りて……ロロア!?」

 

 ロロアの秘策。その一部始終を見てセルゲイの中にもまさか、という疑念が浮かんだ。注射針を打ち付け、いまだイャンガルルガの背中から動こうとしない彼女の姿に焦燥感を覚え始める。目をこらして彼女の様子を見る。すでにその目に光が失われていた。

 

「ロロア! 今すぐそこから戻ってこい! まだ間に合う! 目を覚ませ! ロロア!!」

 

 セルゲイの呼びかけもむなしく、ロロア・ロレンスは黒狼鳥の背中にしがみついたまま何も言わず、何も答えない。やがて完全にイャンガルルガの体から黒い瘴気が浄化されていく。それと同時にスタミナも力尽きたのか、そいつは陸に戻るだけの翼も動かせず、背中に彼女を乗せたまま崖下の川底へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 きりもみになって川底へ落ちていく中、セルゲイはロロアと目があった。光を失ったその顔は不思議なことに最後に笑顔を見せながら何かを呟いて、やがて水煙の中へと消えていった。

 

 

 

 黒い風が晴れていく。最後の黒狼鳥の怒号が天まで届くと、雲の切れ間から陽光が顔をのぞき、灰白色の死に絶えた大地を暖かく照らした。




 三章終わりです。なげぇよ……こんな長くなるとは思わなかった。つら……でもクロスが発売される前にとりあえず一区切りついて良かった~。

 よくないですね(真顔)。ロロア・ロレンスがなんと……実は二章のとある場所でチラと「おっ? 死亡フラグか?」的な描写をかいていたので、よもやよもやと思っていた人もいるかもしれませんが。アクラの樹海で数々の戦いを経て、そこでの狩人達との自然とのやりとりを見て感動したロロア。彼女ほどの力を持つ人間にもなれば生きるため以外にも、様々な理由を狩りに持ち込んでくる余裕も現れることでしょう。

 そしてアクラディ・アウス・レグヌムの暗い歴史。そこにすむ一族が示す人と生き物の曖昧な境界線。余計なものが一切ないこの地だからこそ、彼女たちはより原始的な命のやりとりの美しさに魅了されました。どんな形であれ自然を愛し、自然と共に生きぬいたひとりのモンスターハンターでした。こりゃあクラウス惚れるのも無理ねぇな←

 ぬぅやっぱり複数人の戦闘描写はムズイぜ。イラストレーションズ欲しい。

 四章から再び主人公クラウスにバトンタッチです。コラそこ、クラウスって誰だ?とか言わない。樹海に消えたロロア・ロレンス、クラウスは遅かれ早かれこの報せを耳にすることでしょう。彼のとった決断とは。そして調査隊の報告を受けていよいよ野望が動き出す?

 といったところで第四章へと進んでいきます。いきなり鬱展開ですので(ぇ)ご容赦ください。それでは!

 あ、でも四章行く前に、もう一度物語のおさらい兼解説兼キャラプロフィールと外伝が入るかもしれません。気まぐれでやっていきます。皆さんの物語に関する疑問もいろいろあると思いますが、次第にそれらも明らかになります。

 最近時間が取れず深夜にかいてるので誤字脱字が酷いかもしれません。一応確認しましたが、もう眠いので今日は寝ちゃいます。すみません、おやすみなさい!
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