4-0 邂逅/アクラの樹海に消えた英雄
ハンター候補生たちの朝は早い。
日の出と共に鐘の音が鳴り響くと、重たいまぶたをなんとかこじ開け起き上がる若者たち。制服(と言っても訓練時に着る質素なものだが)に着替えて、ハンター候補生たちは慌ただしく支度をする。
ココット村から一番近いこの訓練所は現役のGクラスハンターたちの数々を輩出するエリート中のエリート校で、ロックラックのそれと双璧をなすかのようにその訓練内容も一際厳しいことで有名だ。遅刻なんてしようものなら鬼教官アデク・ゴールウェイの罵声と共に恐ろしい補習が待っている。荒野のど真ん中に立ち、辺りは高い塀に囲まれていて隔絶された監獄のような雰囲気とは対照的に、中にいる候補生たちの目はいきいきと輝いている。彼らの夢はただ一つ、ハンターになること。理由は千差万別あれど、互いを励まし合う姿がそこには多く見られた。
ここ、宿舎のとある一室を除いては。
「おいホセ、なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「なぜ俺様に貴様を起こす義務がある......」
「仕方ない......寝癖はこのままで行くしかないか」
起床の鐘からさらに数十分。ここでは四人が同じ部屋で生活する。円形の部屋ではクラウスとホセの他にニコルという小柄な少年と、さらにカーテンを隔ててもう一人女が共同生活をしているがその二人は先に訓練に向かっていた。
クラウスがベッドから飛び起きると、一冊の本が床に滑り落ちた。表紙には見慣れない文字と質素な装飾が施されていたが、彼はそれを一瞥こそしたものの特に気にもしなかった。
「だいたい、いつもいつも夜中に本を読んだまま寝てしまう貴様が悪い。その寝言も本の中のものだろう? いい歳して子どもの読むようなものを......」
「うっせ……ほっとけ!」
「では先にいくぞ」
「あ、ちょっと待ってくれよ! 今朝の訓練はどこだっけ?」
校庭には既にハンター候補生たちが集まっていた。その候補生たちの前に、赤い服を来た無精髭の男が立っていた。
「遅刻者は腕立てだ。寝起きだし100で勘弁してやるか。これから準備体操の後、大剣の扱い方を学んでもらう! とくに最近の主流である体内の『気』を用いた戦い方をマスターしてもらう」
「教官! 『気』ってなんですか? どうやったら出るんですか?」
「気合でひねり出せ!」
「気合ってどうやって出すんですか?」
「いいから始めろ!できるまで終わらんぞ!」
「は、はあ……」
(大丈夫かよこの人……)
一斉に大剣の模擬刀を使った訓練が始まった。大半の人間はどうしたら良いかわからず教官の罵声を浴びるが、中には模擬刀を握って直ぐに体から『気』というものをみなぎらせる者もいて、クラウスは呆気にとられた。その中のひとり、しかも彼より少し歳上なぐらいのハンター候補生は別格で、体の周りにどんどん赤いオーラを出すとそれを凝縮させた瞬間に振りおろした。辺りに地響きを起こしながら土煙に囲まれるその姿にクラウスは目を奪われた。やがてこちらの視線に気づいたのか、その候補生は模擬刀を地面から離すと肩ににかけながら近づいた。
「アンタ、私のこと見てた?」
「お、お前すげえな。あんな説明でよく……」
「あー……私ここ3年目だから、この教官のことはなんとなく分かるんだよね。私はロロア・ロレンス、よろしく」
「上級生か……俺はクラウス・クローゼだ」
そう言ってロロアは背中の大剣を再び取り出してクラウスにこう言った。
「教えてやろうか?」
「おお、ありがとな先輩!」
「先輩はやめろ……」
これがクラウスとロロアの出会いである。二人の出会いは実に味気の無いシンプルなものだったと彼は振り返る。気さくでサバサバした性格の彼女とは意気投合したクラウスであったが、既に訓練3年目に入る彼女とあまり訓練で一緒になることは少なかった。それでも二人は同じ訓練の時には必ず会い、教官にどやされるその時まで談笑した。
***
「へえ。クラウス、アンタ本を読むのか。なんてタイトル?」
「よう、『クープランの冒険』って言うんだ。 主人公のクープランがひたすら色んなところを旅しては、色んな遺跡にであったり、モンスターに襲われたり、笑いあり涙ありの冒険活劇だ」
ある日の夜、訓練を終えて宿舎のラウンジでクラウスが本を読んでいると、ロロアが歩いてきた。彼女が尋ねるとクラウスは快く読んでいた本を彼女に見せる。
「この主人公の旅する世界がまた幻想的というか素晴らしいというか......まあ、そういう主人公に憧れ世界中を旅したいって気持ちで俺はハンターになったんだ」
「なるほどねえ......って、なんだいこりゃ?」
「ああ、これか?」
ロロアは彼の持っていた本の表紙を見て目を丸くした。その本の文字はいくらか見知った文字に似てはいるものの、彼女には全く何が書いてあったのか読めなかったのだ。
「古代シュレイド文字って名前くらいは聞いたことあるだろ?」
「ああ……いくらか現代語と似た意味のものはあるが、文法も語法も全くの別物。ほとんど読める人がいないんだったな。ましてそんな分厚い本……」
参ったな、とクラウスは苦笑いしながらロロアに語りかけた。
「ま、まあ。そう嫌な顔するなよ。これがなかなか良い出来だと思うんだ」
「アンタ、これが読めるの?」
信じられない、といった様子で彼女の表情は凍りつく。裕福だった幼少のころ、父親に無理やりつけられた家庭教師から命からがらの逃走劇を毎週繰り広げていた彼女にとっては、なんの苦痛もなくそれを楽しんでいる年下の青年の存在がにわかに信じがたかったのだ。
「……それならアンタが読み聞かせてくれ。おすすめの冒険譚なんだろう?」
「……へ?」
「読み聞かせろって言ってんの!」
突然の申し出に今度はクラウスの表情が凍りつく。反応の薄い彼にやきもきして、ロロアもまた半ば自棄になってなってまくし立てる。
「い、いやお前、そんな子どもみたいなこと……!」
「そこまで面白いって言われたら気になるだろ? でも私は古代シュレイド語はほとんど分からないんだ。私はじきにここを卒業するし、勉強するには時間もない……」
彼女が必死に冷静を装おうとしているのはクラウスにも見て取れた。訓練の時の凛々しい顔はどこへやら、頬を染めたそのギャップに彼もまた急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「そ、それもそうだよな……!じゃあ毎晩1章ずつ読み聞かせてやるよ」
「あ、ああ。任せた!」
こうしてロロアが訓練所を出るまでの間、2人は就寝時間までの僅かな時間をほぼ毎晩一緒に過ごすようになった。クラウスは毎晩時には大げさな手振りをしたり、時には涙を流し始めたりと感情の赴くままに彼女に読み聞かせた。
『クープランの冒険』は、一見すればどこにでもある物語のうちのひとつであった。そんな本がここまでロロアを夢中にさせたのには理由があった。登場する土地のほとんどが現実に存在する場所を舞台に書かれているのだという。それほどの情報収集をどのようにしていたのか、聞こうにも、その本には作者の名前が書かれていない。ロロアもクラウスに本については様々なことを尋ねたが、彼は答えることができないとだけ言った。この本は彼の故郷の祖父の本棚に入っていたものだ、とだけ返した。
ついに最終章の読み聞かせが終わった。長い冒険が終わった時、2人は自然と口を開きこの話の感想や意見を積極的に言い合った。
「この、『超太古にまつわる神話』の章って話、クラウスはどう思う?」
「その話に興味を持つとはお目が高いな。『超太古にまつわる神話』……かつてこの世界を襲った災厄の中心にして、終焉の地とも言われている秘境が存在する。ロマンだろう?」
「じゃあこの本の作者もここにたどり着いたってことか。どうやって?」
「さあな……こればっかりは俺にも」
「……そっか」
就寝時間が近づいていた。続けようにもこの章に関してもはや議論すべき点は見当たらない。
翌朝は、ロロアはこの訓練所を出ていく。クラウスはもちろんそのことを知っていた。明日から、また彼はひとりでこれを読んで夜を過ごすのかもしれない。
(何か、話題はないかな……)
最後のチャンスに焦るクラウスだったが、そうこうしているうちに先に口を開いたのはロロアだった。
「終わっちゃったな」
「ああ……」
「すごい物語だったな。私もいつか、そんな本のような冒険をしてみたいよ」
ロロアの視線は次第に遠くなり、ラウンジの窓から差し込む金色の月を眺めていた。その目に輝く二つの金色の光にクラウスは引き込まれそうになる。照れ隠しに慌ててロロアに尋ねるクラウスの声は若干上ずった。
「ロロアは冒険がしたくてハンターに?」
「いろんな世界を、いろんな生き物をこの目で見てくるのが私の夢さ。きっと素晴らしいんだろうな。その本の中よりもずっと!」
「そんなの当たり前だろ? 俺たちは本の中の世界に生きているわけじゃないんだから。変なヤツ……」
「なあ、クラウス」
「……なんだよ?」
「今度は、お前自身の冒険を私に聞かせてくれよな」
「……」
クラウスの返事も待たず、ありがとう、と彼女は微かな声でそう呟いた。毎晩読み聞かせを終えた後の時とは違うニュアンスのありがとうに彼はハッとした。少し悲しげな笑顔を見て、この思いは憧れからいつの間にか恋慕に変わったのだと悟った。しかし同時に彼女の視線の先には自分よりもっと遠いところにある物が映っていることも分かっていた。だから、その呟きにクラウスは微笑んで感謝を受け取る代わりに右手を差し出すしかなかった。憧れという感情の尊さを彼はその身で十分に体験していたのだから。
「ロロア……また会おう。すぐに追いついてやるぜ」
「私に追いつきたいっていうなら、まずはその貧相な体をなんとかするこったな、本の虫のクラウスくん!」
「ほ、本の虫?」
「アンタは男のくせにヒョロすぎる。そんなんだから大剣もまともに振れないんだぜ!」
「ぐっ……言わせておけば……!」
その後のクラウスの反論は就寝時間の鐘の音に遮られたのか、ただの彼女の意地悪か、聞こえなかったらしい。ラウンジからしたり顔でロロアはその場を後にしようとした。
「悔しかったら、明日からもう少しハンター修行も頑張れよ」
ラウンジを出る直前、彼女はそう言い残した。ロロア・ロレンスはその年の主席に上り詰め、栄誉あるココット村の専属ハンターとして晴れて候補生を卒業した。
ハンターになってからも、彼は未だにその冒険譚を読みかえすことがある。狩りに向かうネコタクの中で、あるいは就寝前に、あるいはふと休憩しようとした時に。親代わりだった祖父が死に、故郷から村長に連れられてココット村へ来る時、この本を除いて彼は家を丸ごと売り払った。この1冊は彼と彼女を繋いだだけでなく、彼と世界をも繋いでくれるものなのだ。
彼はミナガルデに来て唖然とした。『超太古にまつわる神話』が多くの一般人の知るところとなる。ロロア・ロレンスはアクラの樹海を探索中に行方不明。あの本の世界に憧れていた彼女はその波に巻き込まれていなくなった。
クラウスは決意した。今こそ、自分のまいた種の始末をしなければならないと。今こそ、彼女に会いに行こうと。
***
ミナガルデに帰還したアクラ地方の調査隊。そのリーダーであるセルゲイ・ゴールウェイと、亡きカドワキの代理を務めるシロッコは帰還したその足でシュレイド城の大広間のテーブルについた。2人はテーブルに置かれた豪華な食事には目もくれず、表情も崩さぬまま座っていた。ボロボロの2人とは対照的に豪華絢爛な刺繍の衣に身を包んだ高貴の身分の男が反対側に座っていた。歳はセルゲイとそれほど変わらないが、その男のえも言われぬプレッシャーにセルゲイは額に汗を流す。何年経とうが、何度会おうが、このシュレイド現国王のオーラとでも言うべきものが、彼の心をかき乱す。
被害の報告と、アクラ地方の開拓調査についてあらかたの報告をするとシュレイド国王はしばらく何かを考えるように俯き、やがて
「ご苦労であった。今は休め……後はロンに任せる」と言った。
「はい」
「調査隊の記録、お前が編纂しろ」
「かしこまりました」
国王がそう言うと、アーサーと呼ばれた男はシロッコから彼の手帳を預かった。手帳を預かる際、彼はシロッコに語りかける。
「カドワキの件は残念だった」
「あの人は最後まで優しいお人でした……」
「彼亡き今、私の跡継ぎはマリアに回ることになるが……正直心配だ。アーサーから預かった大切な命をむげにできん。お前がサポートしろ」
「かしこまりました」
シロッコはアーサーに軽く一礼する。セルゲイもまたシュレイド国王に一礼すると応接間を後にしようとした。
「ところでセルゲイ」
「……はい」
突然広間を出ようとしたセルゲイにシュレイド国王が話しかける。
「巷では『武神』と称されるほどのお前が結果的に仲間一人を死なせ、もう一人を引退に追いやってしまった。それほど疲弊する強敵がアクラの地にいたということになるわけだが」
「……」
「どうも俺の勘がそうでないと言っているんだ。なぁ? 報告は本当にそれだけか?」
セルゲイは国王に顔を見せないまま、なるべく動揺していることが相手に気づかれないように言葉を選んでいく。
「強敵ぞろいでしたよ。あの地こそ、『我々が手出しできるような代物でない』太古の歴史と自然を孕んだ場所。これ以上の開拓は……」
「さぞかし、暗いくらーい歴史の闇でも眠っていたのだろうな? あの冒険譚が語るように」
彼はゆっくりと振り返って国王を見た。その目を真ににらみながら言葉だけは冷静を装って問い返す。
「ただのおとぎ話でしたよ。ハンターでさえ攻略不可能なかの地を、そうでない者たちに開拓できるはずがない」
「……そうか。もういい、引きとめて悪かったな」
「……」
「これでよかったのでしょうか……」
大広間の扉を閉じた後、自問するようにシロッコは呟く。長く険しい戦いを終えた彼の顔は幾分かたくましくなって見えるが、相変わらずその顔には戸惑いと脆さが両立する。
調査隊はアクラ地方と狂竜ウイルスの事を隠して報告をした。信じてもらえないだろうというのは表向きで、その実アクラ地方のハンターたちの願いでもあった。
「アクラの連中は最後の瞬間まで、あの地とともに生きることを選んだ。クープランもな……あいつにとっての故郷がどこなのかは俺にも分からずじまいだが、あいつがあそこへ残ると決めた以上、俺に止めることはできない……エンプティは死んだ。死亡ということにしておこう……ロロア・ロレンスもな」
「極限状態のイャンガルルガにとどめを刺すために一緒に滝つぼに落ちるなんて……でも彼女らしいといえば彼女らしいですね」
「いくら進化を続けるモンスターでも種族の壁をそうやすやすと越えられまい。水の中を泳げる鳥はいない。死骸を確認するほどの猶予もなかったが、誰がどう見てもあの重傷のイャンガルルガがあそこから這い上がれるとは思えん……」
城内はいたって静かであった。しばらくの沈黙が続いた後、シロッコはおそるおそるセルゲイに尋ねる。
「これからどうするんですかセルゲイさん?」
しばらく考えてセルゲイが答える。
「まずは犠牲者の家族に会いに行く。俺には彼らの最期を伝える責任があり、彼らには真実の全てを知る権利がある。我々が命と名誉をかけて手に入れようとしたものは果たして本当にそれだけの価値があったのか? あの男の態度を見ているとどうも胸騒ぎがする。まだ何か……企んでいる。ミナガルデは今俺達にとって危険な土地でもある。下手なことを言って連中の気を引かないよう、お前も気をつけろよ」
シュレイド城内の廊下を歩きながらセルゲイは神妙な面持ちでシロッコに忠告した。
「カドワキさん亡き今、ギュスターヴ・ロン上級書記官の跡継ぎにはマリアさんがつくことになるでしょう。そうなると幼いマリアさんの補佐に年長者の私がつくでしょうから、私の首が飛ぶことはありませんよ。今のところは」
もっともシロッコはこれもあまり期待していなかった。アクラでの出来事を伏せた報告。はっきりいって『ほぼ成果なし』という結果を出してしまったことに今後自分の進退もどうなるのか分からず彼も疲れ切っているのだろう。
「それなら良いが……まあ油断はするもんじゃないぞ」
「ええ、肝に銘じておきます。まだまだ厄介ごとはこれで終わらないでしょうね……私はこれから書庫へ向かいます。古代シュレイド史について何か情報が残っていないかもう一度綿密に調べようかと。王国を出た一族と、リゴドーンの言っていたというものについて、何かわかるかも知れません」
「くれぐれも感づかれないようにな。それから休息も」
「セルゲイさんこそ、お気を付けて」
シロッコを学術院まで送り届けた後、セルゲイはしばらく廊下を歩き続けた。ゆっくりと後ろを振り返る。視線を感じた。
「……さすがに手が早いな」
セルゲイを狙う1人の視線。明確な殺意がこもっていた。窓から風景を見るふりをして、彼はガラスに映った追跡者の影を見ようとした。顔面に不思議な幾何学模様の書かれた面を被ったそいつと目が合ったような気がした。
「もうあまり時間はないな……」
落ち着いた態度で彼はそのままシュレイド城を後にした。
***
調査隊が帰還してから数日、ヴェロニカはマイルームで浅い眠りを繰り返していた。
何もする気が起こらない。これまで狩人としての彼女の支えであったものがいなくなった衝撃は、ミナガルデに帰還した後も急速にその心を蝕んでいた。
ロロアと出会った頃のことを思い出す。パーティで上手く動けなかった自分に救いの手を差し伸べてくれた。ベースキャンプに向かうまでの間火を囲んで様々なことを話した。家族よりも一緒に過ごす時間が長くなることはなんら珍しい話ではない。だからこそ『ココットの英雄』をリスペクトするように、仲間を大切にできるハンターはそれだけで一つの勲章を手にしているのだ。
彼女にその勲章を得る資格を失った。ロロアを失いミナガルデに帰る間、ムラマサやパスカルはありとあらゆる手を尽くして彼女を励まそうとしたが、彼女は知っていた、彼らもまた毎晩目に涙を浮かべている。簡単に弱みを見せないのは男たちの最後のプライドだから。
彼女の怠惰とは関係なしに時間は無慈悲に流れていき、体は水と食べ物を欲する。徐にベッドから立ち上がって足をフラフラさせながらも台所について、瓶に貯めていた水を飲み干した。
あれから他の調査隊メンバーはどうしているのだろう? あれだけのものを目にして、彼らはまたいつも通りの日常に戻れたのだろうか? アクラ地方をまたにかけた、あの夢のような冒険が本当に夢だったのではないのかと、ヴェロニカはふと考える。ロロアとセルゲイの申し出により、シロッコ達や抗竜石の他絶大な発見をしたあのバークレー・ミカミでさえ、今回の探索で発見したアクラディ・アウス・レグヌムの事を公表しないことを約束してくれた。つまり、自分達の成果を隠して得られるものはなかったと報告したのだ。苦渋の選択だったと彼女は思う。犠牲者たちの命はなんだったのか、そう思われても仕方がない。そうまでしてあの土地の秘密が守られるべきなのか彼女には理解出来なかった。
――これが、私とロロアやムラマサ達との違い、ハンターとしての自然の捉え方の違い。経験の違い。生き方の違い――ロロアの発言の数々も、結局のところ彼女は理解しているつもりでしかなかったらしい。そのすれ違いに気が付かぬまま、かけがえの無い友はアクラの樹海に消えていった。
長い思慮も虚しく、その日もまた何も無く終わろうとしている。そんな彼女の呪縛を良くも悪くも解き放ったのは彼女の暮らすクイーンルームの呼鈴であった。人前に出ても恥ずかしくない格好に着替えてドアを開けると、ムラマサと並んで見たことのない人物が、玄関を取り囲むように何人か立っていた。
「ムラマサ……? 来るなら何か言ってくれれば……その方達は?」
彼の友人だったら失礼なことはできない、と思いつつヴェロニカはその集団にかなり警戒していた。全員が仮面をかぶっている。幾何学模様の面がずらりと並ぶと異様な雰囲気を漂わせていて、知らず知らずのうちに拳に力が入るが、ムラマサの放った言葉に彼女はそんな気も吹き飛んでしまった。
「ヴェロニカ・ガヴェッタ。調査中におけるネロ・アンドレ殺害の容疑でそなたを連行させていただく……レディに縄はかけたくない。おとなしくしていただこう」
悲しそうな、悔しそうな顔をヴェロニカだけに見せて、彼は確かにそう言い放った。
王歴○○○○年 寒冷期 第3節 最終日
ハンターズギルド・未開拓地調査隊 調査報告書
(中略)
<被害報告>
・総員 70名(ハンター30名、王立古生物書士隊員、20名、非戦闘員20名)
・行方不明者 3名(ハンター3名)
・死亡者 16名(ハンター5名、王立古生物書士隊員5名、非戦闘員6名)
・現在員 51名(ハンター22名、王立古生物書士隊員15名、非戦闘員14名)
<報告者総括>
今回の未開拓地調査隊は、過去に類を見ない苛烈なものとなった。多くの犠牲者と行方不明者を出してしまったことからも分かるように、アクラ地方は狩猟地として開放するには不安定で、非常に厳しい環境である。いくつかの新種の発見こそあれど、王国にとって利益をもたらす物はそこに一切ないと断言できる。この地方の開拓は断念すべきかと思われる。この責任をとって、ギルド陣営の記録者であるセルゲイ・ゴールウェイはこの調査を持ってハンターを引退することを決意する。なお、ミナガルデ出身の各ハンターの消息について記載する。外部の拠点からの志願であったファティマ・モーセフザイ、ドルコン・デネザ、エリフ・キュージ以下数名の者についてはここでは省くものとする。
セルゲイ・ゴールウェイ(生還)
ハンターを引退することを表明。ミナガルデに帰還するも、ギルドによる事後調査に顔を出さずそのまま消息を絶つ。
スヴェン・ロス(生還)
調査中にティガレックスと交戦。両足の腱切断。ハンターを引退することを表明。
グレース・フォルト(死亡)
ミナガルデへの帰路の途中、セクメーア砂漠にてディアブロスとの交戦中に死亡。
ネロ・アンドレ(死亡)
行方不明と思われたが、ガランの砂浜で遺体が発見され殺害されていたことが判明。
<中略>
・・・(死亡)
特筆すべき事項はなし。
ガロッキア・バールストン(生還)
特筆すべき事項はなし。
カスチェイ・デ・キリコ(生還)
特筆すべき事項はなし。
エドワード・トロイト(生還)
調査隊が多くのハンターを失った後も、帰路で多くの活躍を見せたとのこと。国王からの勲章授与も検討中。
アリス・オット(生還)
調査後、ハンターを引退することを表明。
エンプティ(行方不明)
アクラ地方探索中に行方不明となる。特筆すべき事項はなし。
リゴドーン(行方不明)
アクラ地方探索中に行方不明となる。ハンター登録時における名前を除くデータの様々な偽造が発覚。
ヴェロニカ・ガヴェッタ(生還)
体調不良を訴え、ギルドの事後調査にも顔を出さず。
ザトー・ムラマサ(生還)
ギルドナイツへの復帰が命ぜられる。一時的にハンターの地位から離れる模様。
ロロア・ロレンス(行方不明)
特筆すべき事項はなし。
以上のように、死亡者行方不明者の他にもハンターを引退する者が続出している。それほどまでにこの調査で何か過酷な事件があったことはうかがえるが、ギルドの事後調査で一人ひとりを呼んで事情聴取をしようとも、調査隊の人間の全員が「目だってそのような大きな事件はなかった」と答えている。何にせよ、結果的にミナガルデの経済と安全を担っていた貴重な凄腕ハンターの多くを失ってしまい、現在クエストカウンターは需要過多の状態にある。間もなく温暖期を迎えようとしている街周囲のこの状況は非常に危険である。モンスターの狩猟依頼がさらに爆発的に増える繁殖期にも備えて、闘技大会等を利用したハードクラスハンターのG級への梃入れや、外部の街からのハンターの派遣要請も検討されている。
記録係 ギルドナイツ統括 ホセ・シャイロック