世にハンターという職業が定着される前の話。
大きな翼に鋭い爪をもつ赤い飛竜やおびただしい数の群れを成す青い狩人といったモンスターの存在は、人間たちにとって著しく害をなすものであり、手出し無用の存在とされていた。家畜を殺し、作物を食い荒らし、時には村全体を焼き払う彼らを前に人間は祈るぐらいのことしかできない小さな存在だった。
ある時、砂漠の一帯にある亡国で民を苦しめる一本角の飛竜がいた。気性はきわめて激しく、目に見えるあらゆる生き物に攻撃を仕掛けていき、その角で何人もの胴を穿ち、返り血を浴びたかのようにも見える深紅の角はその凶暴性に拍車をかけていた。
この角竜モノブロスの討伐に名乗りあげた一人の竜人がいた。太陽照り付ける過酷な砂漠で一か月もの死闘が続く。水も食料も尽きかけたそのとき、ついに竜人はそのそそり立つ一本角をへし折り、地に伏せた。人々はその功績を称え彼を迎え入れた。モンスターに挑む、ハンターという一般的な姿が世に広く知られることになるココットの英雄伝に語られる伝説のひとつであった。
今まさに、その砂漠の地で再び猛威を振るっている角竜モノブロスの狩猟のために、クラウス・クローゼが訪れていた。憧れであった先輩ハンターの背中を追い続け、破竹の勢いで数々のクエストをこなし、あまたのモンスターと戦い、その素材を糧に装備を整えてすでに2年と半年の月日が流れている。日に焼けた肌と、大剣を振るい続けたせいで体格はさらに強靭になり、ハンターとして一人前というに十分な風貌を手にしていた。
ココット村の村長に渡された一枚のクエスト受注書。「最終試験」と称されたそれに書かれたメインターゲットは一本角の暴君、角竜モノブロス。あのココットの英雄伝説の始まりと言われていて、世界中の多くのハンターがリスペクトし、超えてようとしてきた一流ハンターの登竜門と言っても過言ではない。ココット村へ向かう旅客を乗せた砂上船のルートに現れたこのモノブロスをギルドが砂漠岩地へ誘導。狩猟クエストの受注が許可されたのだ。
モノブロスは先に述べられたココットの英雄へのリスペクト(または個体数の少なさから乱獲を防止するために)として、本来は狩猟は一人でのみの受注が許可されている。とはいえ、砂上船がいまだ砂漠で立ち往生しているわけだから、彼にかかった責任の重さは計り知れないことに変わりはない。不測の事態に備えて付き添いにルガ・バレットがつくことになった。
もちろんクラウスにも気を抜く理由などなかった。一刻も早く彼女に会いたい。その気持ちが彼の体を突き動かす。何ならその砂上船の復便に乗ってすぐにでもミナガルデの街を目指したいところである。
***
比較的地面の硬い荒野の一帯で、対峙するは一本角の暴君。ハートマークのような特徴的な額に四つの赤い斑点を浮きだたせて荒く息を吐いたそいつは、視界もゆがむほどの咆哮で周囲を震わせていく。戦いは朝から始まり二度の小休止をはさみながらも戦いは次第にモノブロスの体力を削っていく。ココット村の村長が彼に教えた。「事をせいては仕損じる」と、「急がば回れ」と。彼の師匠であるルガは教えた「命あっての物種だ」と。
この日のために彼が装備してきたのはレウスシリーズに大剣アッパーブレイズ。旧大陸では特に空の王者と名高いリオレウスを制したその証を堂々と示しており、彼自身もその使いやすさからいたく気に入っている。この決戦のために新たにリオレウスの狩猟を何度か行い、ついに一式をそろえたものだ。おかげでたいていの飛竜種には物おじしない度胸もついている。
「そろそろ決着といこうぜ。俺は一刻も早くあいつに会いに行きたいんだ……」
かなりの重量を持ったその大剣を強く握りしめる。持ち手のレバーを引くと乾いた金属音が荒野に響き、炎のような形をしたかぎ爪の刃が鉄の刀身からから飛び出した。こうした設計はハンターの安全を守る同時に、こうした辺境で砂や湿気で複雑な形をした刃を保護するためのもの。
三度クラウスは宣戦布告する。時刻はすでに夕暮れ。荒野の太陽がはるか遠くに見える砂山の際に触れるや否や、両者は動き出した。
首を振りながらモノブロスがうなる。彼はもう何度も見ていた。角を低くして突進をしてくるときの癖だ。
「……っ!」
剣を収めることなく、クラウスはそれをぎりぎりまでひきつける。角が体に突き刺さろうかというそのとき、紙一重で脇に転がってかわすと、砂埃の中角を振り上げたモノブロスに隙ができる。その脚へ薙ぎ払い。確かな手ごたえを感じたが、やはり角竜。そのまま振り抜くことは許さない。刃を収めてなんとか脚に食い込んだアッパーブレイズを抜くと、体制を直したモノブロスと目が合った。砂中へもぐることもあって聴覚を優先的に発達させたそいつは飛竜種にしてはつぶらだが、どちらかといえば目よりも額の赤い文様が四つ明々と殺意を放っている。
クラウスにかみつこうとその嘴が向けられるが、間一髪のところでガードが間に合う。だがモノブロスもアッパーブレイズを咥えたまま一向にひかず、クラウスも大剣を振り抜くことができない。当然モンスターの腕力にかなうはずもなく、武器ごと彼は軽くあしらわれ、後方に大きく吹き飛ばされる。体制を整えようとしたその時、再びクラウスめがけてその深紅の角が砂を巻き上げ地を走る。
「しまっ……!」
だが深紅の角の猛攻は思わぬ闖入者に阻まれる。脇から飛び出した小さな流星。まっすぐ飛んでモノブロスの額に浮かび上がる赤い模様を一つ打ち抜いた。驚いて両者がその方向を見ると、片膝をついてこちらに銃口を向ける一人の女ハンター。
「師匠? 見てるだけって……」
「あんまり私に恥をかかせるんじゃない……」
ルガ・バレットがいつの間にかキャンプから出て、クラウス達のいるエリアに入ってきていたのだ。
「何回目だ?」
「……三回目だ!」
「よし……それじゃあもうしばらく引き付けていろ!」
二つ折りのヘビィボウガン『タンクソーサラー』を背中に戻すと、砂上に生えた大きなヤシの木にの陰にルガが身を隠した。だが、モノブロスはそんな無防備な彼女を逃すまいとターゲットを変更して再び突進の予備動作に入った。
「あっ、おい! 師匠!」
轟音を挙げて突き進む悪魔の角。クラウスの声もむなしく、それはヤシの木に巨大な風穴を開けた。ヤシの木は真っ二つに折れ、衝撃で近くの地面に突き刺さる。
ルガは無事だった。あろうことかモノブロスの額の上で直立している。片方の手で耳をふさぎながら手にしていた音爆弾を角竜の目の前で爆発させた。あたりに快音が響きわたり、さすがのモノブロスも身をよじらせてひるむ。
「てめぇの顔を見てると虫唾が走るんだよ……足が完治したらすぐにでも根絶やしにしてやる……」
「い、いや……根絶やしはさすがにマズイんじゃ」
憎悪に満ちた表情でにらみつけながら暴れるモノブロスの角の上から難なく飛び降りて着地すると、続いてアイテムポーチから円盤状の物体を取り出して、地面の硬いほうへと移動を始めた。モノブロスはなおも諦めずにルガへ攻撃を仕掛けようとするが、尻尾の方で鋭い痛みが走り、再びクラウスのほうを向いた。
「悪いな。もう少し俺の相手をしていてくれないか?」
モノブロスは一瞥すると、そのまま尻尾をつけ狙うクラウスにハンマーのようにたたき下ろす。あたりに砂が舞い、地面は陥没するが直撃は免れた。お返しとばかりに脚部に薙ぎ払いを入れてやると、ついにバランスを崩してモノブロスが横転した。これでようやく安全に頭部を狙える。
頭部へ急いで回り込む。もがいているモノブロスの角に勢いよくアッパーブレイズの鉤爪を振り下ろした。鈍い音がして深紅の角は砕け、地面に突き刺さって落ちる。これでサブターゲットも完了。部位破壊報酬として得るために、慎重に攻撃していたかいがあったというもの。
ちょうどルガのほうでも準備が完了したらしい、円盤を地面に設置して安全ピンを抜いてさっと離れると地面に電流の流れる罠が出来上がる。
「準備完了だ! そのままこっちに来い!」
「おう!」
ルガは再びタンクソーサラーを銃の形にすると、バトルコートの弾帯から赤色の大きな弾丸を取り出す。慣れた手つきで弾倉に込めると、獲物が引っかかるその瞬間をじっと待った。
高鳴る鼓動。あと少しで、この戦いが終わる。
沈む太陽の最後の反撃、横殴りの強烈な西陽に照らされて、逆光にくらむ一本角。
これまで幾多の命を奪っていったそいつにも、今鉄槌が下される。
因果応報、弱肉強食……こうした自然の摂理を語る言葉は太古から数あれど、
言葉は結局言葉でしかない。
本当の自然の世界を知るには、
人間の一生という時間は日の出から日没までの時間のように短い。
物思いにふけって日々をいたずらに過ごすよりは、
この目で本物を確かめる旅人になるか、
あるいは戯れに己の力量を試さんとするか。
最後の力をふり絞った角竜の突進はルガ・バレットのしかけたシビレ罠に阻まれて、続いて数発の捕獲用麻酔弾が撃ち込まれた。体力をほとんど奪われていたモノブロスはそのまま抵抗することもできず、ゆっくりと体を倒して覚めることのない深い眠りについた。ハンターズギルドが認めるところの捕獲完了だ。
「……お疲れ様でした」
「ああ、お疲れさま。三回目の怒り時が瀕死に近いとよく言われる。覚えておいて損はないぞ。よくやったクラウス……どうした?」
アッパーブレイズを地面に放り投げ、クラウス・クローゼは呆然と空を眺めた。捕獲の直前、モノブロスの小さな瞳に青白い光が写っていたのだ。東の空はすでに暗くなり、幾千の星が顔をのぞかせている。ひときわ輝く糸を引いた彗星に彼は目を奪われた。
「……いや、何か嫌な予感がして」
「縁起でもないことを言うな。砂上船が砂漠を抜けるまで油断はできないぞ」
「そ、そうだな。悪い……っと噂をすれば、ギルドの観測隊だ。捕獲完了の手続きを済ませなきゃな」
「それにしても久しぶりのデデ砂漠で気分は最悪だ。帰ったら飲みに付き合え」
「ハハッ……ほどほどに頼むよ」
***
数日かけてデデ砂漠からココット村へ帰還すると、先に砂上船が砂漠を抜けてきたらしく、船からさらにアプトノスの竜車に乗り換えてきた行商人や、遠征に来たハンター達でいつもよりにぎわっているのが見えた。遠方の地から取り寄せたというモンスターの鱗、鉱石、そしてそのような素材の防具を身にまとうハンターの姿。防具はハンターにとって力量を表す。レウスシリーズを一式そろえているクラウスも周囲の民間人からすればかなりの強者であることだろう。特に旧大陸ではその大空に敵なしと言われているほど。
ココット村へついてすぐに村長のもとへと向かう。無事にモノブロスの狩猟が完了したことを告げると、村長も顔をほころばせてクラウスをねぎらう。
「よくやったぞ。オヌシは見事、このおいぼれの期待に応えてくれた」
「ああ、ありがとう爺さん。結局、危ないところを師匠に助けられてしまったけどな……やっぱりアイツのようにうまくはいかないものだ」
「今回は砂上船の防衛もかかっていたからな。いくらココットの英雄殿のリスペクトとはいえ、それぐらいのことは認めてもいいだろ? 私もまだ足が治ってなくて本調子じゃなかったからなぁ」
「そうそう。急にリハビリを始めたなんてどういう風の吹き回しだよ師匠?」
クラウスは気になってルガに尋ねることにした。ここ最近になって彼女は急に諦めていたハンターへの復帰をめざして動き出したのだ。ついこの前はモンスターにやられた足の湯治だと言ってユクモ村と呼ばれる新大陸の小さな温泉の村まで尋ねた。
「……まあな。いろいろ思うところもあって、だ。久しぶりの狩場ってのはいいものだな爺さん」
「砂と汗がどうとか文句言ってたくせに……?」
「それに、ロロアのことが気になってな」
「あいつ……手紙もとうとう出さなくなったな。まあ簡単にくたばるような奴じゃないってことはわかってるけど」
そう言いながらクラウスは改めて自分の先輩ハンターのことを思い出した。ロロア・ロレンスの得物はヘビィボウガン、ハンターの持つ武器の中でもかなり重く、担いで歩くのも大変なはず。ガンナーの防具は弾帯と呼ばれる弾丸を仕込む余地を作ったり、バレルや引き金などの細かい操縦のために動きを阻害しない簡素なデザインで作られていることから剣士より防御力が心もとない場合がほとんどだ。
「……それなんじゃがのう。お前たちに話さなければならないことがあって」
村長の顔が曇り始める。その様子を見てルガもクラウスも少し嫌な予感を覚える。
「なんだよ、しけた顔して……おい、まさか」
「俺から話そう、ご隠居」
ココット村の集会所の扉が勢いよく開かれて現れたのは巨大な人間だった。扉の入り口の幅ぎりぎりに通り抜けて、屈強そうな男が砂漠を抜けるときに使われたボロボロの外套を身にまとったまま現れたのだ。
「……で、でけぇ」
「お前は……」
「砂上船の安全を確保するためにココット村からハンターが派遣されると聞いていたが、まさかお前だったとはな、ルガ・バレット……」
「復帰予定だよ。私にもいろいろ思うところがあるんだ」
知っているのかとクラウスがルガに尋ねると、彼女は表情を曇らせたままその男を紹介した。
「セルゲイ・ゴールウェイ。ミナガルデの街でトップに立つGクラスハンター。あーそうそう、武神なんて異名も持ってたか?」
「……ゴールウェイ? ゴールウェイ!? もしかしてあの鬼教官の……」
「ほう。お前は兄貴のシゴキを受けていたのか。なるほどモノブロスの狩猟もこなすその実力……見事だ」
一瞬セルゲイの顔がほころぶが、すぐに本題を思い出してせき込む。
「だが今はそれどころではないな。本題に移らせてもらおう」
***
「ロロアが……行方不明?」
セルゲイから告げられたその言葉にクラウスはしばらくの間驚愕で開いた口がふさがらなかった。
「未開拓地の調査中に隻眼のイャンガルルガと出くわし、奴とともに滝つぼに落ちていった。俺が彼女を最後に見た……」
「ち、ちゃんと探したんだろうな!?」
「……満足な捜索もできないほど、事態は緊迫していた。まあ未開拓地調査ではよくある話だな」
クラウスとは対照的にルガの言葉はいたって冷静であった。彼女もまた以前に参加した経歴があったことから調査隊の事情はよく理解していたのだ。
「そんな……あいつが、ロロアが死ぬなんてそんなこと!」
「……クラウスというのはお前のことだな」
事態をしっかりと受け入れられていないクラウスに対して、セルゲイがそのまま向き直ってさらに言葉を続けた。クラウスにはどうにもその言葉に無情さを感じたが、この大男につかみかかるだけの根性がなかった。
「お前に会わせたい人物がいる。詳しくは集会所の中で話そう……」
ふとセルゲイがココット村の集会所に入ろうとしたところでもう一度ココット村の村長の前で立ち止まる。老人に対して再び一礼し「久しぶりの帰郷がこのような結果になってしまって申し訳なく思う。先立つ後輩の不義を詫びよう」とつぶやいた。
「あやつが死んだところを直接見てはおらんのじゃろう? 滅多なことは言うまいて」
村長が声を荒げたのはクラウスも初めて聞いた。セルゲイは何も言わず、クラウスとルガを手招きしてココット村の集会所に入っていった。
「ロロア……」
「ハンターという仕事の性質上、こうなることは私も何度も経験しているが……ところで、一体セルゲイまでどういうつもりなんだ? 武器さえ持っていればアイツ一人でも砂上船の進行ルートを確保できただろうが……」
ルガの疑問も最もである。彼女に言わせればセルゲイ・ゴールウェイはミナガルデはおろか旧大陸の中でも栄誉あるGクラスハンターの中でも頂点に君臨する猛者の一人だ。自然の驚異などもはや知り尽くしているだろうその男の背中に武器はない。だが、その疑問に答えたのは村長であった。
「あやつにはもう武器を持つ資格がないのじゃ」
「……引退したのか。しかもギルドカードまで返還して」
「どういうことだ?」
クラウスだけがわからない様子で二人に尋ねるので、ルガも仕方がないといった様子で彼に教えることにした。
「私たちはハンター登録を行うことで、武具を装備することが許可されている。扱いが難しいから一般人が持つのは危険なんだ。お前も資格がなければその大剣もレウスシリーズの防具でさえ使うことができない」
「……そ、それじゃあ師匠がユクモ村へ遠征したときはどうなる? 身の安全のためと言って、あの時師匠はハンターの装備をしていたじゃないか!」
「私はカードを返還していないからな。一度力を手に入れちまったら、そうやすやすと手放せなくなるんだよ、人間てのは」
「ハンターが資格を完全に放棄するというのはきわめて珍しい事例じゃ。たいていは第一線を引いた後も、死ぬまで資格を保持する人間が多いからのう」
「あの武神とまで言われていたセルゲイ・ゴールウェイがハンターの資格を返還するだけの何かがあったということは間違いないな……今期の未開拓調査はそれほど大荒れだったのか? 書士隊の知り合いに探りを入れてみるか」
苦虫をかみつぶしたような表情でルガはセルゲイの後を追って集会所へ入っていった。いまだ気持ちに整理をつけられないクラウスも、村長に諭されてしぶしぶそれに続いていった。
(ロロアが……あいつがくたばるなんて……そんなの嘘だろ?)
この後に、集会所で彼らを待ち受けていたとある少年の言葉でクラウスの心はさらにかき乱されることになる。
***
旧大陸の中心部に近い辺り、かつて王国が辺境と呼んでいたその地域に自分たちが追いやられるなど当時の人間は考えもしなかったに違いない。かつて降り立った伝説の災厄によって国土を焼き払われたその王国は旧大陸の中央部へ向かって移り変わり、現在のシュレイド王国としての形を成している。
その中央部、ミナガルデの街に存在する王立古生物書士隊のミナガルデ支部で調査隊から帰還した書士隊のメンバーたちはそれぞれ思い思いの休暇を過ごしていた。
放心状態でため息をつきながらパオ・ランが廊下を歩いていると、彼女に声をかけたのはアイリーン・スターバックであった。
「ルブラン研究室でオレたちのためにセレブリティーがふるまわれてるらしい。行こうぜ」
そう言って誘うアイリーンの声にも疲労の色が見えていることはパオにも分かった。みんなが疲れていた。あの過酷な遠征から帰還してまだ数日しかたっていない。それまで下級書記官であった彼女にとってこれが初めての遠征だったのだから無理はない。それにしてもアイリーンに言わせれば今回はとりわけ異常なものであったらしいが。
「私たちこれからどうなっちゃうんでしょうか……尋問官のあの態度、私たちが隠し事していると感づいているようにも見えましたが」
「確実に感づいているだろうな。アク……あー、あれの存在が世に知られたとして、起こりうるリスクは二つ。今の国王だったら平気でどちらの方策も取りかねない。どちらも私たちにとって幸福な結果にはならないだろうし。今は耐えるしかないぜ。」
「わかってはいます。わかってはいるんです!」
肩を震わせて、目に涙をためて彼女は訴えた。
「マリアちゃんとシロッコは王都へ異動。パスカルは突然いなくなっちゃうし、オネゲルは何もなかったかのようにどこ吹く風。アイリーンも研究室に配属されて……私だけ何も変わらない。みんな……バラバラになっちゃった……」
崩れ落ちるその体をアイリーンが正面から支えた。
「私たちが何をしたっていうんですか! 私たちは国のために……世に自然界のあらゆる不思議を知らしめるために……ただ頑張っただけなのに。一体何が起ころうとしているんですか……!!」
「……セレブリティーはオレが茶葉でもらってきてやるから、お前はもう部屋に戻れ」
慰めるように背中をさすり、彼女を個室のに送り届けた後。アイリーンは制服の胸ポケットから葉巻を取り出して火をつけた。彼女もまた、このイライラをぶつけるためのはけ口を探し求めていたのだ。口に雪山草の清涼感のある煙が充満するといくらか胸のつっかえが取れていくのを彼女は感じた。ストレスには煙草がいい。所属されたその日、ハリー・ルブランに心を見透かされたかのようにアドバイスを受けて、彼女は煙草を吸うようになった。
窓から差し込む夕日をまぶしそうに手で遮り、彼女はパオの言葉を自分の中で反芻する。事情が何であれ、彼らは動き出している。パオとアイリーンだけは、取り残されたかのようにそこにいる。
「つらいのはお前だけじゃねぇんだよクソが……」
~ アイリーン・スターバック 手記より ~
現在のシュレイド王国はかつての黒龍伝説により焼き払われた旧シュレイド王国から、かつて辺境と伝えられた旧大陸の中央部へと遷都を余儀なくされたものであることはこれまでの考古学研究で明らかになっている。旧シュレイド城のあったシュレイド地方から西と、遷都によって中央部へと移った東でみられる旧シュレイド文字には言語にいくらかの違いが見られる。旧大陸、竜西洋に面した港町フェニスクスとドンドルマでわずかな人口によって現在でも話されている旧シュレイド語からいくつか抜き出してみた。
(中略)
出土年代ごとに地図に示すと、この言語のルーツが西へ西へと動いていることから、それに伴って民族の大移動があったことがうかがえる。彼らの足跡をまだまだ追う必要があるのかもしれない。最初の移動があったと考えられるのが王国歴以前の時代、しかも黒龍が現れたとされる頃の前後とちょうど一致する。アクラの一族と黒龍伝説には何らかの関係性があると思われる。
~ ホセ・シャイロック 手記より ~
セルゲイ・ゴールウェイがハンター資格を返還したとの知らせをベッキーから受けた。すぐに装備・素材の換金手続きに入ったという。これでミナガルデに登録されているハンターからまたひとり貴重な戦力が失われた。本格的にハンターの育成と、外部拠点からの誘致も考慮に入れなければならないが、運の悪いことにまもなく火の国との火山帯の資源をめぐって交渉が行われる。火の国の姫は油断ならない賢い姫君であり、われわれギルドナイツも、国王の警備には全力で当たらなければならない。
~ ザトー・ムラマサ 手記より ~
テスター、ロロア・ロレンスの戦術弩を回収。その痕跡から彼女が最後の切り札を使ったことは間違いない。戦術弩には『排熱機構』と呼ばれるパーツが付属されているが、戦術弩ではさらにこの排熱機構を分解状態のまま起動させることができる。テストではパーツ一つにつき大タル爆弾一つ分の威力と計算結果が出ているが、排熱を行った後は銃身の温度が下がり、ボウガンの威力は極端に下がり、装填数が半分になるなどのデメリットがある。