或る者は、乏しく
或る者は、名声を得る為
或る者は、知識を求め
或る者は、罪を犯し流れ着き
様々な想いのもと
集まりし者達が創った街
バカ者達の祭り街
ならず者の街
はざまの街
猛者街
狩り場に近き街
人々はそう呼ぶ
街の名はミナガルデ
ネコタクエクスプレスなどと豪快な名前は付いているが、その値段に裏付けされているものは何より速さでしかない。舗装されていない砂利道や山岳地帯をこれでもかと一目散に走り散らすせいで、エクスプレスの車内はいつもガタガタと揺れており、慣れていない子どもが一生懸命変わり映えしない外の景色を眺めて酔いを紛らそうとしている。灰色の岩石に挟まれた渓谷のような一本道。度重なる巨大龍の進行によって道ができあがったものもある。
ココット村からミナガルデまでは数日間の旅となる。周囲を山に囲まれたその地域は砂上船を用いてデデ砂漠を渡り、山岳地帯を回り込む遠回りなルートと、割高なネコタクエクスプレスを利用して、一気に突き進むルートのふたつがある。快適性で言えばどっちもどっちだとルガ・バレットは教えてくれたが、今のクラウス・クローゼには一日でも時間が惜しいのだ。もっとも本人にはそれが本当に実現できる芸当なのか少しの自信も持ち合わせていなかったが。
「まず。お前が突破しなければならない課題は二つある」
ガタガタと揺れる客車の中で、酔いを物ともしない二人のハンター。揺らされるのには慣れていた。ルガ・バレットはそのままクラウスにミナガルデのハンターズギルドについて説明をはじめる。
「一つ目はお前の頑張り次第でどうにもなるが、もう一つはそうはいかない。それなりにコネが必要になってくる」
「こ、コネ?」
「そうだ。ハンターズギルドでは登録して3年未満の人間をGクラスカウンターへ連れて行くことは本来あり得ないことなんだ」
「……ってことは、ロロアはまさにそのギリギリでGクラスへ上り詰めたって訳か……そういえば師匠は?」
「登録してから7年だ。その前までは小さな村で専属ハンターを5年」
そういいながら改めてルガは自信の育てた弟子の恐ろしさを再確認した。ココット村で3年、ミナガルデで3年。つまりロロアのハンター歴は現役だった頃のルガ・バレットのわずか半分。
「恐ろしい奴もいたもんだ。こりゃいよいよ世代交代の時かもな……とにかく、当面お前は上位を目指すことだ。下位で一定の成績を収め、その活躍がマネージャーに認められれば昇格試験のクエストが受けられるはずだ。上位クエストカウンターには年数制限がない。寝る間も惜しんで狩り場と街を往復していれば、すぐにでも上位昇格試験を受けられる手はずが整う。あいつがそうだったようにな」
「あ、ああ。そのくらいの覚悟はしていたさ。それで、もう一つのコネを突破するにはどうしたらいいんだ?」
不安そうにクラウスがルガに尋ねると、彼女はやれやれとため息をついてさらにクラウスに問い返した。
「私を誰だと思ってる?」
そうしてニヤリと口端をゆがめた。
「揺れがおさまったな。街道に入ったってことはもうすぐだぞ」
竜車の外を覗くと、その街は確かに切り立った崖の中腹に突然現れた。よく目をこらしてみれば黒山の人だかりも見える。信じられないと、クラウスは目を丸くする。
「本当に、あんなところに街があるなんて……しかも人がたくさん」
「人々はそう呼ぶ。街の名はミナガルデってな……さあ観光している余裕はないぞクラウス。すぐにでもギルドへむかうんだ」
竜車が噴水のある広場でとまると一斉に降り出す乗客の中に混じってクラウスとルガも降り立った。そして周囲の様子を見て驚愕した。
それまで彼が見たことないくらいの大勢のハンターが、それぞれ思い思いの装備を身につけて歩いている。ハンターが装備品を身につけて街を歩くのは、己の力量を見せつけるためとも言われているが、そのバラエティにクラウスは思わず目を泳がせた。
「あんまり田舎者っぽく振る舞うんじゃねぇぞ、ヘルムをつけておけ」
「あ、ああ」
***
酒場に併設されたこのハンターズギルドも、中はハンター達であふれかえっている。豪快にこんがり肉にかぶりつく物や、ジョッキを仰いで飲み比べをする中年の男ども。風通しの悪いこの集会所も衛生面はそれほどよくないが、そもそもハンターをやっている人間であれば、そのようなことでいちいち躊躇していてはやっていられないものだ。
カウンターにむかう途中、クラウスは見覚えのある武器を見た。背中に止められた一挺のヘビィボウガン『妃竜砲』、思わずロロアを思い出してハッとするが、振り返った男の顔は全くの別人。その人物は、クラウスなど気にもとめずにGクラスカウンターで何か手続きをして、そそくさと一人でクエスト出発口へと向かっていた。
「エドワード・トロイトさん。北エルデで……ターゲットはリオレウス。間違いないわね? いってらっしゃい!」
「……どうも」
青いドレスの受付嬢の確認を肯定し、その男が去っていく。誰一人として彼を止める者もいない。
「……はい。ハンター登録はこれで完了よ。それにしてもあのココット村の村長の推薦状をもらってくるとは驚いたわ。私はベッキー、これからよろしくね!」
ミナガルデのクエストカウンターでハンター登録を済ませると赤いドレスに身を包んだ女性がにこやかにクラウスに話しかける。営業スマイルというものだろうが、それでも彼女はハンター達にとって心のやすらぎであることに違いはない。
「ええ。どうぞよろしく! 一刻も早く未開拓地調査隊のメンバーになりたいので」
「……あら。未開拓地調査に、ねぇ?」
これは期待できそう、とベッキーとよばれた女性が不敵な笑みを浮かべてつぶやく。しかしやがて彼女の興味は次にルガに向けられる。
「伝説のガンナーさんも、ハンター復帰おめでとうございます。このご時世に戻っていただけるなんて本当に嬉しいわ」
今度は敬意を持ってルガに頭を深々と下げるベッキー。ルガは気になっていたことを彼女にそのまま尋ねた。
「セルゲイがギルドカードを返還したってのは本当なのか?」
しばらくの沈黙があって彼女は冷静に答えた。
「本当のことですわ。私が手続きを行いましたから。しかし本人からギルドカードが返ってくるのはきわめて珍しいことですから、ちょっぴり感動してしまいました。大抵カードが返ってくるときと言うのは、持ち主が一緒でないことが多いですので」
悲しそうな目をしてベッキーは続ける。
「セルゲイさんがどのような気持ちでギルドカードを返還したのか、私には分かりませんけど。今ミナガルデは大変なことになっています。ここでは登録したての新人ハンターであるクラウスさんにも、いくらかレベルの高いクエストが舞い込んでくる可能性もあります。現在クエストカウンターは需要過多。残ったGクラスハンターさんや、上位のハンターさん達にも一生懸命動いてもらっている状態です」
「……ということはつまり、上位クラスハンターへのGクラスのテコ入れが始まっている訳だな?」
「……えっ?」
ルガの思わぬ反応にベッキーは唖然とする。「それは、そうかもしれませんが……」と言葉に困っていると、ルガはそのまま押し切ろうとする。
「それなら、3年ルールなんて細かいことを気にする必要はなく、やれるだけやってさっさとGクラスに上がってやろうが問題ないよな?」
「……はぁ。相変わらずですねルガ・バレットさん。……いや、元祖ヘルブラザーズの赤鬼さん」
だいたいあなたは女性なんだからヘルシスターズでしょ、とベッキーが愚痴をこぼすものの、周りに同僚がいないのを確認してからこっそりとクラウスに耳打ちする。
「ルガさんの言うとおり、現在ハンターズギルドは下層のハンター達の教育にも熱心だし、Gクラスの殿堂への招待条件を緩和している。活躍次第によってはすぐにGクラスへ上がることも夢じゃないですよ」
「じゃあ……!」
「たーだーし、それだけではありません。ミナガルデでは現在、外部拠点からも新進気鋭のハンター達を呼び寄せています。彼らとの競争にも勝たない限り、それは難しいかと」
ベッキーがそういって、カウンターに併設されたテーブルに目を見やる。その中で目的の人物を見付けると、そこを指さし紹介する。
「たとえばそうねぇ。あのポニーテールの女性なんてすごいんじゃないかしら。彼女はドンドルマから来たのよ。あ、ちょうどあなたと同い年ね! 得意武器はランスで……って、どうしました? クラウスさん?」
彼女の指さした方向を見て、クラウスは突然言葉を失った。一目散にそのテーブルに座って酒を飲んでいた黒いポニーテールの女性に言葉をかけた。
「……ミランダ・シエナか?」
「えっ……あなたは?」
「クラウスだよ! 覚えてないのかよ、ココット村の訓練所にいただろ?」
ミランダ・シエナとよばれた女性はしばらくクラウスを訝しげににらんだが、やがて思い出したのか彼女もおどろおどろしながらも、歓声を上げて彼を迎え入れた。
「クラウス! あなたクラウスなの? 見違えたわね! 気がつかなかったわ」
「お前は全然変わってないな。どうしてミナガルデに?」
「ミナガルデからの救援要請を受けてね、私が派遣されることになったのよ」
そして固い握手。一部始終を見てベッキーもルガもその様子を驚きながら見ている。
「旧友だったみたいだぞ」
「あらあら、ココット村の訓練所出身だと言うからもしかしてとは思ったけど……」
ひときわ盛り上がる杯の席。かつて同じ釜の飯を食らったその旧友との再会に彼らは胸を熱くする。無関係の周囲をも巻き込んで、互いの果敢をねぎらうようにその日は馬鹿騒ぎのうちに夜が明けたとか。
「どういうわけか、彼らの世代は強者揃いなんですよね。かつてのあなたやセルゲイさんを思い出しますわ」
「……やめろ」
ルガ・バレットもその光景にため息をつく。一つの街に、夢持つ者達が集う。
人々はそう呼ぶ。街の名はミナガルデ。
「そうでしたわ、ルガ・バレットさん。Gクラスハンターの端くれでもあるあなたに一つお知らせがありますの」
急に思い出したかのようにベッキーの姿勢が直立になって仕事モードに戻ると、後ろの棚から書類の束をを取り出した。
「待ってくれ、いきなりGクラスを相手にするつもりは……」
「クエストではないんです。生態未確定の個体調査に向かってほしいんです。紅・小隊の知見ではそのあたりは下位相当の環境と言われているのですが……さすがに新米のハンターに向かわせるには嫌な予感もして」
「……ベテランの受付嬢のカンってやつか」
ルガが書類を受け取ると、赤く強調された文字に自然と目が動く。
「通常種には見られない特徴と行動か……まあ偵察程度なら、行ってやらないこともないな。場所は?」
「ジォ・テラードの湿地帯、その外れにある集落です」
「……なるほど悲劇の村か」
忘れることはない、とルガがつぶやく。
「もしかしてアイツか」
「私の見解では、おそらくそうでしょう。私たちにとっても因縁の相手である」
***
ミナガルデからさらに大陸の中央部、シュレイド王国の王都に存在する王立学術院では、現在も隊員達が未開拓地調査から持ち帰ったサンプルやデータを解析していた。ギュスターヴ・ロン研究室、その一角の小さなデスクでシロッコが書庫から借りてきた本を積み上げては次々と消化していく。
彼は必死になってそれを探していた。幸い彼の上司は珍しくダレン・ディーノ研究室に黒龍伝説について助言をしに行っており、アクラ地方に関するデータを調べるには好機であった。
「……これにも載っていない。本当に、あの王立学術院の書庫でさえただのひとつも彼らの祖先を示す情報が無いなんて……」
また一冊の本を読み終えて収穫がないことを知ると、がっかりして彼は本を閉じた。ふと懐中時計を取り出すと深夜を回っている。
「この分だと、ロン上級書記官はまたディーノ研究室で寝泊まりかなぁ。仲がいいんだか悪いんだか」
一息ついて楽にしていると、研究室のドアをノックする音が響く。
「どうぞ。入ってください」
ドアを開けて入ってきたのはシロッコにとって、意外な人物であった。ぼろぼろの白衣を身にまとったその女性は研究室をじろじろとなめ回すように見つめ、やがて本の城壁の隙間から、こちらに声をかけた人物を捉えた。
「み、ミカミさん!?」
「ああ、シロッコでしたか。夜分遅くに失礼しますよ。書庫で借りたい物があったのですが、こちらの研究室の書記官がすでに押さえていると言っていたので、ほんの少しでも貸してはいただけないかと……」
「そ、それより。お久しぶりですね、あれからどうしていらっしゃったのですか?」
「もちろん研究ですよ。といっても、私のような研究室も与えられない腫れ物にできる研究など虫や植物ぐらいのものですが。……実は私、ヤブ医者なんです。医学の知識はあっても資格はない」
自嘲気味に笑うも、かえって目の下のクマが浮きだつその形相にシロッコは一瞬ぎょっとする。調査隊を終えてから彼女の表情は柔らかくなったはずなのに、かえって不細工に見えてしまうほどに。また、シロッコが彼女に対して引き気味になってしまうのにはもう一つの理由もある。
「……ミカミさん。すみません」
「私、あなたに嫌がらせでもうけましたっけ?」
「未開拓地調査を生き残れたのはあなたの研究のおかげでもあると言うのに、結果としてアクラディ・アウス・レグヌムに関係する事柄をすべて伏せるという決断によってあなたの活躍も……」
シロッコの言うことはもっともであった。アクラ地方をおそった狂竜ウィルス、その死線をくぐり抜けることができたのも、ハンター達同様に彼女の功績は非常に大きかった。もし狂竜ウィルスや、極限状態、抗竜石のことを定例報告会で発表したのならば、かつてない発見として彼女の地位は想像もしないほど変わったのかもしれないとシロッコは考えていた。
だが、彼女の答えは意外にも素っ気なかった。
「あれは、『私一人』の成果でありませんから。私一人が誉れを受けることはあってはならないでしょう。研究者として」
「それはそうかもしれませんが……」
「そもそも、私は地位なんて物にほとんど興味がないんですよ。私は本来、私の興味のあるものを極めていきたいのです。それが周りからどう思われていようと関係ない」
素っ気なく、また不思議な説得力のある言葉だと、シロッコは感じた。ミカミだけではない、あの未開拓地調査を終えてから周囲の人間は良くも悪くも変わりつつあった。そしてシロッコから見たバークレー・ミカミもまた、その気持ちの変化にわずかに気がついていた。
「変わりましたね、あなたも……ところで探している本というのは?」
「ああ、旧シュレイドの建国についてまとめられているものを……っと、今あなたが読み終えた物です」
「旧シュレイドの歴史を?」
不思議そうにシロッコが尋ねる。ミカミが歴史学に興味を持つのは意外だったのだ。いかにも理論的で、『結果』にしか興味が無さそうな彼女が『過程』である過去の歴史に興味を持つのを意外に感じた。
「もっと言えば、遷都が行われて間もない頃の話をね」
「もしかしてミカミさんも『クープランの冒険』を信じているのですか?」
「信じているどころか、まさに読み解こうというところですよ。その鍵は、彼らの祖先にあるのだから」
「かつて国を追いやられた竜人の一族、メヌエラさん達の先祖ですね」
「さすがはロン研究室の助手。すでに把握済みでいらっしゃったとは」
もちろんミカミは本当にシロッコをたたえてそのような言葉を発したのではない。彼もそのことには気付いている。
「あなたは何を探っているのですか? 私たちは協力し合えると思うのですが」
「……では、お互いに腹の探り合いをするのもやめませんか?」
「抗竜石が完成し、これをロロアさん達のもとへと持って行くとき。あなたとリゴドーンが地下室へ入るのを見た」
シロッコはゆっくりと切り出す。そして疑惑の視線をミカミから離さないまま、おそるおそる尋ねる。
「もしかしてあなたは、知っているのではないですか? 竜人の一族について、リゴドーンから何かを聞いたのではないですか?」
しばらくの沈黙がつづいて、彼女は観念したようにフッと笑うと両腕を広げて答えた。
「ここで話すべきではないでしょう。こんな敵地のまっただ中ではね」
「……あっ」
ここでシロッコは自分たちのいた場所を思い出した。そして同時に彼女の言葉の意味にも気がつく。
「すみませんっ」
「いえ、それより私もあなたと利害が一致しているようで何よりですよ。本を借りに尋ねるタイミングから互いに探し求めているものまで同じとは……とにかく用心することです。国王は思った以上に警戒心が強いようだ。もっと行動は慎むべきですね。ましてあなたはこれからの王立学術院を背負って立つ……」
「そ、そういうのはやめてください」
(この人、やっぱり苦手だ)
次々に話の筋を少しずつずらして本筋や自身の目的を惑わそうとするその語り口調に、シロッコはいささか頭の疲れる思いがした。この人が味方で本当によかったと、心の中で彼は大きなため息をついた。
シロッコは手記のページを一枚破ると、何かを走り書きしてそれを分厚い本の中に挟んだ。
「連絡はこちらに。ドンドルマの古龍観測隊はご存じですか?」
「……なるほどそれは都合がいい。では今後はそのようにして時間と場所を知らせることにしよう」
本を受け取ると、バークレー・ミカミはゆっくりと研究室を出て行った。シロッコは制服のポケットから懐中時計を取り出して確認する。
「さすがに少し……休憩するか」
しばらくしてデスクの整理も完了すると、シロッコは研究室のドアに鍵をかけて廊下に出た。
(それにしても敵地のまっただ中か……やっぱりミカミさんは知っているのか、アクラ地方に隠された恐ろしい火種のことを……そうだと分かっていながらアクラディ・アウス・レグヌムに残らなかったのは何故なんだろう? こちらでまだ調べなければならないことがあるのか? どうしてわざわざシュレイドで……?)
小さなろうそくに照らされた廊下をのそのそと歩きながらシロッコは思索にふけるが、あっという間に自身の部屋にたどり着いてしまい、そこから先はベッドに身を投げ出すまで頭を特に動かすこともできずに、深い眠りについてしまった。
毎回最後に確認はしておりますが、実家のパソコンの変換機能に慣れていなくて、誤字脱字がひどいかもしれません。発見次第改訂していきますのでご容赦ください。