クルプティオスの湿地帯。近い水源の豊富な環境と、湿気過多によって空には厚い雲が年中無休で陽の光を覆い隠す、光合成ができず生存競争に失敗した植物は息絶えて、代わりに地の利を活かした菌類がそれを享受し、食い荒らされた植物の死骸は腐食され毒となる。日の当たらない場所はより酷く、脚を踏み入れただけで、その臭気に体をおかされることになる。
灰色の大地に湧き上がる水煙。両腕に鎌を携えた大将軍が、ぬかるんだ地面を掘り起こして狼煙を上げる。甲殻種の特徴的な口から出されるボコボコとした泡の号令を聞くやいなや、周囲から斥候たちも現れて瞬く間に軍勢が整う。ショウグンギザミとガミザミ。戦の準備は整っている。対峙する二人の狩人を前に戦意を十分にすると鎌を振り上げてこちらを威嚇する。
背中にたたえた鎧竜の頭殻は将軍の誇り。体を大きく見せることでさらにあいてに威圧感を与えるだろう。
「あれがショウグンギザミか」
「そういえばあなた、ドンドルマの管轄に来たのは初めてだったわね」
「似たようなところは知ってるけど…こっちはもっと匂いがきついな」
「毒テング茸の群生しているところには近づかない方が良いわ、長生きしたかったらね」
「そ、それほどなのか?」
ミランダ・シエナが忠告する。こちらの姿を視認されたことを見て、インゴットヘルムのマスクを下ろした。泥跳ねから目を護るための工夫が役に立つ。続いて背中のエストックに手をかけると軽々と取り回して、両脇を締める。クラウスも続いて背中のアッパーブレイズに手をかけた。
「本当に一人で大丈夫か?」
「いいから、あなたは先に雑魚を掃除しなさい。こいつならドンドルマで何度か相手にしているし……ただ」
何かをためらうようにミランダはつぶやくが、クラウスに急かされて彼女はついつい怒りをあらわにこう言った。
「ただ?」
「あの周りのチョロチョロしたやつ、ムカつくのよ! チクチクチクチクいやらしいったらありゃしない!」
「あ、ああ……そういう」
(俺はオトモアイルーか何かかよ!)
おもわずクラウスもため息をついていると、見かねたショウグンギザミがこちらに先手を打とうとしてにじり寄ってくる。さっそく斬りかかろうとした右腕の鎌はエストックの盾にこすれ快音を立てて弾かれる。続いて左の鎌が逆方向から振りかざされるが、これも器用に盾でいなすとフリーになった懐にまず一撃を突いた。これまでのモンスターとは決定的な違いを示すように黒紫色のきつい匂いの体液が吹き出してミランダのインゴットメイルに降りかかるが、彼女は気にもとめないで、再び盾を構えてショウグンギザミの鋭い斬撃に備えた。
エストックの盾は他の工房で生産される一般的なランスにしてはサイズが小さく軽量だ。ハンターの動きをあまり阻害せず、取り回しが楽な反面、重い攻撃を防ぐのには向いていない。
ところがショウグンギザミの攻撃は切れ味こそ鋭いものの、比較的威力の軽いものが多い。これを見越しての彼女の武器選択も、戦略性の高さと経験からきたものであることは言うまでもない。
「戦いは、クエストを受注した時から始まっているのよ」
クエストカウンターに向かう前、丁寧に作戦を羊皮紙に書きながらミランダ・シエナはそう豪語した。クラウスと訓練所を共に過ごしていた頃から彼女の綿密な戦い方は変わらない。時間はかかるが堅実で確実。ドンドルマへ行ってから彼女のそうしたスタイルはさらに拍車がかかったらしい。
(しかし本当に変わらないな……ミランダは)
彼女が戦いを始めたのを見て、クラウスも自分の仕事にとりかかる。将軍をサポートしようと小さい鎌蟹どもがミランダを取り囲もうとするが、その環に入ってクラウスがアッパーブレイズをなぎ払うと、集団の注意はクラウスへと変わった。ショウグンといいながら、彼らの統率力は鳥竜種のそれに劣るのだ。
重量級の赤い爪を振り下ろすと、竜頭殻は鈍い音をたてて砕け、鎌蟹の小さな甲冑をあっさりと打ち砕く。四方からせまる子分たちを一度に相手にするのはさすがに骨だが、彼らの小さい鎌では腰のレウスフォールドに引っかき傷をつけるのが限界だった。
すぐに子分を始末し終えて、クラウスも合流する。先程から彼女とショウグンギザミの立ち位置はほとんど変わっていない。泥濘の浅い地面を見つけたのか、彼女はそこに仁王立ちに鳴ってひたすら鎌ショウグンの猛攻を相手にエストックの小さな盾を構え続けていた。隙を加えては小さく一突き、これの繰り返しである。
「チクチクチクチク……いやらしいのはどっちなんだか。さて!」
攻めあぐねている大将軍の後ろを取るのは造作も無いことだった。交戦中のショウグンギザミの後ろを取るともう一つの顔が見える。
「君主たるもの、奇襲にも注意を払わなくちゃな!」
鎧竜のヤド目がけてアッパーブレイズの鉤爪を振り下ろそうとするが、驚くほどの強度に剣はあっさり弾かれてしまった。
「あ、あれ!?」
「おバカ! あなたグラビモスも戦ったこと無いの? 堅いに決まってるじゃない!」
体越しにミランダの怒号が聞こえてくる。
「そ、そうだったな……えーと、じゃあやっぱり正面から」
「正面に立ったら私が巻き添えになるでしょ! 邪魔よ!」
「わ、分かったよ。それじゃ脚部だな……」
その後も何度かミランダの怒号がクルプティオスに響き渡ったとか。
***
ミランダ・シエナはかつてココット村近くの訓練所で、クラウス・ブレイズと同年に入った新人ハンターであった。卒業時にドンドルマ・古流観測所への配属が決まっていて、同年代の中ではホセ・シャイロックにつづいてかなり待遇のいい結果を出した出世者の一人だ。卒業試験での彼女の堅実で、計画高い考え方が命を過酷な任務の多い観測所の先輩ハンターの目に止まったのだとか。
「それにしても、まさか古龍観測所からミナガルデに異動させられて、しかもその初日にあなたに出くわすとはね」
戦いは彼らの勝利に終わった。ミランダの堅実な戦い方が功を奏し、時間はかかってしまったが、どちらも一度も力尽きることなくクエストを達成することができた。
クエストを終えてミナガルデの酒場に帰ってきた二人は、テーブルのキングミートを半分に切り分けて今日の狩猟の反省会を行っていた。クラウスもミランダも、防具の隙間にザザミソや甲殻類の匂いのきつい体液を挟んでいてどちらも周囲から鼻を摘まれる状態であったが、彼女はきっぱりとこれを行うべきとクラウスを止めたのだ。
「忘れないうちにやるべきよ、こういうものはね」
「ま、まあお前のいうことはもっともだが……こうも匂いがきついと食欲も」「ふーん? 私は臭い飯なんて慣れてるけどね。任務じゃずっと携帯食料だったし」
(どうして俺の周りはこんな女の子ばっかりなんだろう……)
「何か言いたそうね?」
「なんでもない……」
骨のついたままの肉にかぶりつくと、それでもクラウスは生きた心地がする。食欲にはかなわないということだろう。
「ま、私の方もちょっとパーティでの戦いかたに慣れてなくて、あなたをうまく活かした戦い方ができなかったのは謝るわ……それにしても役立たずだったけど」
「ううっ面目ない。今までは師匠と組んでいたから、近接同士は初めてだったんだよ」
申し訳無さそうにクラウスが説明すると、「師匠」という言葉に反応してミランダが尋ねる。
「なるほど。師匠というのはあのヘルブラザーズの片割れことね?」
「それだ。師匠、というかルガ・バレットはそんなにここじゃ有名だったのか? 前にもそんな話を先輩から聞いたけど」
「私も噂で聞いた程度だけどね」
口にためていた肉を水で流し込むと、ミランダは顎に手を当てて思い出すように話し始める。
「一昔前のハンターたちなら、セルゲイ・ゴールウェイとスヴェン・ロス、それからルガ・バレットの三人は街のハンターたち全員の憧れだったらしいわ。ルガ・バレットは『魔弾使い』と呼ばれるほどの名手でね。ガンナーの頂点と言われたお爺さんの二人の弟子のうちの一人だったわけ」
「『魔弾使い』?『お爺さん』?」
次々とでてくる固有名詞にいちいちクラウスが首をかしげるので、教えがいのあるというほほ笑みと呆れ顔を混じらせながらミランダは苦々しくつぶやく。
「はぁ……あなた本当に何も知らないのね。あるいは知らされていないのか」
「そりゃ、何にも話してくれなかったからな」
「とにかく、ルガ・バレットはヘビィボウガンの名手だったのよ。少し前に事故で引退を余儀なくされたけど」
「ああ、それは知ってた。事故の原因は何だったんだ?」
「それは……」
そこまで言って、ミランダ・シエナの意識はクラウスから他のものへと向けられてしまった。音につられて彼女の見ている方をクラウスも見ると、ここから数メートル離れた他のテーブルで大声を上げて盛り上がる一団が目に留まったのだ。馬鹿騒ぎをしている集団はなんと女性のみで構成されていた。
「あらまあ……酒には飲んでもなんとやら、ね。同性として恥ずかしいというかなんというか」
(ザザミソまみれで肉を頬張ってるお前もどうかと俺は思うけどね)
二人が隣のテーブルを見ていると、集団から突然ブロンドヘアの女性が立ち上がりふらふらと酒場をさまよい始める。あとを追うようににブルネットの女性が介抱しようとするが、その手をはねのけて彼女はこちらに近づいてくる。
「目を合わせちゃダメよ……ああいうのに絡まれると面倒臭いったら……」
だがミランダの忠告も虚しく、クラウスと女性の目が合ってしまう。色白の美しい女性だ。彼が見とれてしまうのも無理は無いだろう。絵本から出てきた女王のような風貌をしたその女性は目の下を泣きはらしている。
「……おっ」
「おっ?」
一瞬のきまずい沈黙。そして――
「……おええっ臭いですの」
「え、えええ!?」
「ま、まずい。ちょっと夜風にあたって……お、おいそこの臭いやつ! ちょっと離れてくれ!」
「んなっ!? わ、私じゃないわよ! 名誉毀損よ!」
***
「連れが悪かったねさっきは!」
「……そう思っているなら鼻を摘むのをやめてくれないか?」
「うむ。それもそうか。ちょっと女子会を開いてたものだから、さ……ずいぶん盛り上がっちゃってさあヴェロニカのやつが」
「女子会?」
「ああそうだ。私はエリフ・キュージ、こう見えてGクラスハンターさ。そんでさっきのはヴェロニカ・ガヴェッタ。私たちあるきっかけで知り合った……まあ同期みたいなものかな?」
「クラウス・クローゼだ。G級ハンターか、凄いんだな……なんて有り体な感想だが」
「いいって。実際有り体なG級ハンターだしな、私は。あいつには敵わないって」
ヴェロニカと呼ばれた女性をトイレに付き添わせた後、一人で夜風にあたっているクラウスに先ほどの連れの女性が話しかけてきた。一方のミランダ・シエナはというと、大衆の前で臭い臭い言われたのがよっぽど癪に障ったのか、会計も済ませずにさっさと帰ってしまった。
「随分と盛り上がったんだな」
「ああ。あいつの男がどうしようもないほどのダメ男でさ!」
「そ、そうなんですか……」
「女子会にしてみれば、男がいる奴が一番の酒の肴さ。修羅場なら尚更」
ニヤニヤしながらエリフは答える。クラウスは思わず苦笑いする。
「ところでお前さん、ハンターランクは?」
「まだ1だ。ついこの前来たばかりだからな」
「……で、その様子だとショウグンギザミか。なかなか見込みがあるじゃないか。ここへきてすぐに大型モンスターの狩猟を任されるなんて」
「ま、まあな。俺の故郷が……」
そこまでクラウスが言おうとしてトイレから先ほどの女性が現れた。少し落ち着いてスッキリしたらしく、こちらの方を見ると和やかに会釈する。
「先程はご迷惑をお掛けしました。おかげですっきりしましたわ」
「笑顔でそういうこと言うか普通? ま、面白いからいいんだけど。こいつはハンターのクラウス・クローゼだ。この前ここへ来たばかりのだってさ」
「あら、そうだったんですの。私はヴェロニカ・ガヴェッタ。どうぞよろしく」
ヴェロニカと呼ばれた女性が頭を小さく下げると、クラウスも釣られて会釈する。
「ああ、よろしく」
「今度はアリスの方も聞かなきゃだし、私達もテーブルへ戻るかねぇ……おいクラウス」
「おう」
「お前もGクラス目指してるか?」
「当たり前だ」
間髪入れずにクラウスが答えるのを聞いて、多少エリフも驚いて目を丸くするが、やがて「こりゃあいい」とつぶやいてこう返した。
「待ってるぜ。いつか一緒に、ひと狩り行こうぜ」
「ごきげんよう! また」
そうしてすれ違いざまにハイタッチ。二人の女性はふたたび酒場に戻っていった。
「豪快な人たちだったな……Gクラスのハンターってあんなひとばっかりなのか?」
冷え込む夜にクラウスのつぶやきが寂しく漏れる。
「……クラウス……」
「どうしたヴェロニカ?」
「い、いえ……何か引っかかるような」
「へぇ、逆ナンとは随分気が早い。だが、あれは私のタイプではないな」
「そ、そういうことではありません! ……ダメ、思い出せませんわ」
「酔いが覚めればまた思い出すだろ? それにやっぱり事情はどうあれ、お前にはムラマサの方がいいと思うぜ、あいつとしっかり話をしさえすれば、お互いロロアとのことも乗り越えていけるって……」
「……あ、ああああ!? クラウス! クラウスですって……!?」
ヴェロニカの頭が一気に冷める。
慌てて酒場の外に出て、今しがた帰っていった男の姿を捉えようとして、すぐ目の前にいることに気がつく。クラウスの方も驚いてヴェロニカに気恥ずかしそうに話しかける。
「や、やあ。そういえばさっき会計を済ませてなかったと思って……」
「クラウス、あなたクラウスっていうの!?」
「おっ、知り合いだったのヴェロニカ?」
目を見開いてクラウスに迫るヴェロニカ。唇を震わせて、今しがた起こったこの奇跡に呆然としているようだ。確かめようとあの女性の名前を口にして尋ねると、クラウスの表情も瞬く間に豹変したのがわかる。
「ロロア・ロレンスって……知ってるかしら?」
「……あ、ああそうだ!!」
二人の反応を察してか、エリフも驚いてクラウスに問いただす。
「お前、ロロアの知り合いだったのか!?」
「知り合いも何も、俺はあいつを追いかけてミナガルデにきたんだ!」
「あなたが……あなたがクラウスだったのね! なんて奇跡かしら! こんなに早く出会えるなんて! ムラマサにも伝えなきゃ!」
「俺もだ。ロロアを知っている奴に出会えるとは……ということは女子会って……」
「ああ、そうさ。私たちは未開拓地調査隊で運命を共にした」
二人はクラウスを再び酒場に手招きする。
「私達のテーブルに来いよ。あいつの話をしてやる」
「おふたりともずいぶん遅かったですねぇ……ってあれ、そちらの方は知り合いですか?」
テーブルの方からさらにもう一人メガネをかけた女性が近寄ってくる。その女性にエリフがこう答える。
「新しい酒の肴だぞパオ。ロロアの話を聞きたいってよ」
「ろ、ロロアさん……ってことはそちらの方はロロアさんの知り合い……」
ロロアという言葉を聞いてパオと呼ばれた女性は少し表情を曇らせる。
「彼女が行方不明って話は既に聞いている。俺のことなら心配しないでくれ。むしろロロアの話が聞きたかったところなんだよ俺は」
クラウスがそう言うと、パオも了解したのか「それでは……」と言って、三人をテーブルまで案内した。
「誰、その子?」
「ロロアの男だってさ」
「あら、あいつにもいたのね。驚きだわ」
「その割には、あんまりびっくりしませんねアリスさん」
「こっちはこっちで問題児を抱えて大変なのよ」
「おっ? するとエドワードか?」
「……まあね。それより今は、そちらの坊やにロロアの話をしてあげたら」
「私から話しましょう。私が一番、ロロアのそばにいましたから」
(いざこうして女性の輪に入ると……なんだか緊張するなあ)
思えば男一人、こうして女子会と呼ばれるたぐいのそれにクラウスが交じるのは初めての経験である。
(俺の周りは正直、ロロアも含めて男女みたいなやつばっかりだったからちょっと新鮮というかなんとい……)
クラウスがそう心に思い始めた直後、テーブルの向かいに座ったエリフとアリスが信じられない言動に出た。
「それで、クラウスはロロアとどこまで進んでたんだ?」
「進んで……ってハァ? い、いきなり何を……」
「うわぁウブだねぇ。この反応はキスもしてないよ、どうするのさエリフこんな男をテーブルに招いて」
「ってことはあれだけ余裕すかしてたロロアも、実は経験がないってことだろうな。よっしゃ勝った!」
「勝ったってあなたねぇ……」
「な、ななな……お、お前ら……」
助けを求めてクラウスがパオの方を見ると、彼女もこればっかりはどうにもならないという顔でうつむく。
「諦めてください。私も驚きです、エリフさんがこんなに酒癖悪かったなんて……彼女のリミッター解除は酔いが覚めるまで収まらない……恐ろしいですよ。ええ」
と、小声でつぶやくと今度はヴェロニカが続ける。
「エリフ、ファティマから解放されたと思ったら凄い明るくなりましたね」
「は、はあ……」
「翌朝になると記憶がすっぽり抜けているのがせめてもの救いです、ええ本当に」
すっかり夜も更けて、酒場の客が少なくなった頃、エリフとアリスもおとなしくなったので、酒をつぎ直しながらヴェロニカが仕切りなおした。
「さて、ロロアの話でしたわね。調査隊のこと、覚えていることは全て話そうかしら」
「幸い近くに国のお役人らしき人はいませんし、この際洗いざらい彼には聞いてもらったほうがいいでしょう……」
「そうですわね……アクラ地方で何があったのかもね」
「アクラ地方か……」
そうして彼女はこれまでの経緯を全て語り始めた。途中クラウスも何度か尋ねて、その都度パオが調査隊のことについて細かく教え、途中に起こったアクラディ・アウス・レグヌムでの出来事を包み隠さず打ち明けたのだ。
最後にロロアがイャンガルルガとの死闘の末に滝壺に落ちたところまで伝えると、酒場はとっくに閉店時間を過ぎ、とうとう客は彼女らだけになっていた。
話を聴き終えて、気の遠くなるような時間による疲労が一気に押し寄せてきた。おとぎ話のような世界と、非常な現実を伝える歴史の世界。一度に全てを受け入れることができないまま、冒険譚の数々にただただ呆然とするしか無いクラウスを前に、ヴェロニカも改めてこの調査隊での出来事を振り返り、またこれが夢ではなかったのだということを強く自覚させられたのだ。
「これが、ことの一部始終です」
「ああ……長い時間だったな」
「今でも生きているのが不思議ですね」
「本当に、壮絶な世界だ……Gクラスハンターのお前たちでさえ、そんなことになるなんて」
未だ呆然とするクラウスにつんと突かれるエリフの肘。
「怖気づいたか?」
「……まさか。むしろ逆だよ」
考えるより先に盃を一気に仰いでいた。アルコールが再び脳に刺激をもたらす。
「俺の当面の目標は今決まった……ロロアに会いに行くよ」
「会いに行く……だと?」
「今の話を聞くに、誰もロロアが死んだというところを見ていないんだよな?」
「そ、それはそうですが……本気で言っているんですか? それだけのためにあの地へ向かおうと言うの?」
驚く彼女たちをよそに、クラウスは天井を見つめてこう言い放った。
「あいつをアクラ地方に導いたのは俺だからな。なら、その尻拭いも俺がするべきだ。あいつに会いたい。あいつが、そんなことでくたばるはずはない」
「……愛の力ってヤツか?」
「エリフ、こういう時ぐらい真剣になさい」
「ちぇっ」
ヴェロニカとクラウスの目があった。彼の瞳に力強い意志が宿っているのを見て彼女もまたうなずいて答える。
「そうと決まれば、私もこんなところで腐っている場合ではありませんわね」
「……そうくると信じていたぜ、ガヴェッタさん」
「私のことはヴェロニカでいいわ。そうと決まれば、私は一刻も早くハンター資格を取り戻さなければなりませんね……もう一度ムラマサに会ってみないと……」
「ああ、そうだな……って、ハンター資格を取り戻す?」
気になる言葉に引っかかりクラウスが思わず聞き返す。しまったと気まずそうにするヴェロニカをよそに、パオが代わりに答える。
「実はヴェロニカさん、調査隊の最中に問題行動を起こしてハンター資格を剥奪されたのです。もちろん無実ですよ! 原因は彼女の……」
「そう、全ては拙者の責任でござるよ」
鶴の一声とともに勢い良く開かれた扉。その向こうから現れたのは東方風の装いに身を包んだ一人のひょろ長い男であった。険しい表情をしながらも、どこか優しげな様子でまっすぐこちらに歩いてくる。
「む、ムムムムラマサ!?」
「いやはや、お久しぶりでござる皆。少しヴェロニカに話があってのう……む、むむむ!? お主はヴェロニカの何だ? 彼女とどういう関係にあるのだ? 返答次第ではただでは……」
「落ち着きなさいよムラマサ。クラウスよ、覚えてないの? ロロアの想い人!」
「くらうす……?」
顎に手を当てて考えること5秒、ピンときたのかムラマサと呼ばれた男も声にならない悲鳴を上げたかと思えば、クラウスの両腕をがっしりと掴んで訳の分からない奇声を上げてはぶんぶんと振り回す。
「おおおお!! おぬしが、クラウスか!? いやはや話には聞いておったぞうむ! まさかこのようにして出会えようとは!? ハッハッハー!」
「ヴェロニカと同じ反応してやがる……クックック」
「やっぱりお似合いねあなた達、まあ見せつけてくれちゃってさ」
三人で手を取り合って小躍りをはじめる様子を眺めて、エリフとアリスはクスクスと声を殺して体を震わせていた。
女子会() ファティマとアイリーンがいない理由はまたこんど。