参考図書・引用
『復刻 ハンター大全』王立古生物書士隊 著 株式会社KADOKAWA 発行
P107~『特別編纂 古龍』ほか
また、P7~『世界の章』など、一部の導入文を引用しております。
今回の読み切りは裏設定や伏線が含まれておりますので、ある程度本編を読み進めているとより楽しめるかもしれません。
王歴○○○○年 繁殖期第1節 4日
シュレイド王国 王都 王立学術院第8講堂
第42回 王立古生物書士隊 定例研究成果報告学会
<目的>
今日『古生物』の名にとどまらず、世界中のありとあらゆる生物の調査に着手を始めた王立古生物書士隊。本会は今後のさらなる研究の発展と自然界にあまた存在する生命の謎を解き明かすため、後進の育成と激励も兼ねて各上級書記官の指導の下で行われる。未開拓地調査と被る今年はその膨大な研究題目のために一週間に渡って行われる。実地での調査を推奨し、自らの脚と目でそれまでの王立学術院に革新をもたらした元上級書記官、ジョン・アーサー氏の提案により開催されたと言われている二年に一度の未開拓地調査隊。現在ではハンターズギルドと提携して、さらに危険な土地での現地調査が可能となっている。本会での報告は現トップである上級書記官ギュスターヴ・ロン氏以下助手数名による編纂によって集積、後にこれを『第30版ハンター大全』として国王その他重要機関に贈与される。
現在5名存在する上級書記官と各研究室の者は本報告会のために各々のテーマに取り組み、その成果を発表するのである。本報告会は現在三日目。未開拓地調査隊の調査報告もさることながら、他方での各研究室の成果にも注目である。
<各研究室紹介>
・サー・ベイヌ研究室
爵位を持つ上級書記官の一人、サー・ベイヌ・デュランダル氏の手がける研究室。助手は現在1名のみ。実際に目で見たもののスケッチもさることながら、様々な文献や伝承をもとに彼が想像して描くものもかなりのリアリティがあると定評がある。現在は高齢のためフィールドワークに赴くことはなくなったが、なおも過去のデータから導き出すその発想力は上級書記官にふさわしい。本報告会ではなんと研究成果発表を新人に委託するという異例の事態。無名の新人カドワキ・イチロウの才能に期待が集まるところである。
・ダレン・ディーノ研究室
過去、そして現在共に古生物書士隊に名をはせるジョン・アーサー、ギュスターヴ・ロン両名に師事。彼の研究室では専ら『古龍種』についての研究が行われており、ドンドルマ独特の機関である古龍観測隊との連携もしばしばみられる。特にディーノ氏はあの旧シュレイド王国を焼き払ったと言われる存在である『黒龍』に一番精通しており、現在もその動向を追っているとのこと。アーサー氏の激励の元、彼の研究室では専らフィールドワークによる現地・現物調査を推奨している。現在は無名の新人書記官を助手においているが、ディーノ氏曰く彼女の類まれなる観察眼と独特な発想力を買ってとのこと。
・ハリー・ルブラン研究室
古生物書士隊の書記官でありながら、トレジャーハンターの一面も持つと言われる彼の研究のアプローチは独特である。彼は古代の遺跡、遺品の数々から、そこに住むモンスターの生態系や骨格、人々との関わりを導き出す。彼の功績を語るうえで外せないのは、それまで伝説上の存在と思われてきた、『幻獣キリン』の生態研究への貢献であろう。しばしば新たな発見を求めてあちこちを放浪するために研究室にいることは少ない。
・ギュスターヴ・ロン研究室
わずか数年であるが故ジョン・アーサー上級書記官に師事。世界各地の歴史や伝承に精通し、文献からのアプローチを得意とする。彼の研究室ではその膨大な知識に裏付けされた様々な生物進化論について議論が行われる。現在ディーノ上級書記官のてがけている『黒龍伝説』の研究については実のところ、彼の情報収集能力と推理能力による支援が大きいと言われている。
・トロヴァ・ゴールウェイ研究室
王立学術院では稀代の変人書記官と専らの噂。ハンターとその周辺の生態、情勢ついても記すべきだと最初に提案し、後の『第20版ハンター大全』初代編集者を務める。特にハンターの装備する装備品、装飾品、護石と、それらがもたらすスキルに精通している。荷車アイルーの雇用形態改善を目指す『獣人労働党』当主の肩書を持つなど獣人族との交流も深く、獣人族のもたらす情報をもとに医療分野での研究成果もあげている。
<研究題目一覧>
・『風翔龍の骨格およびその生態について』カドワキ・イチロウ著(新人) ベイヌ研究室
・『霞隠しの伝説、その真相とは!? 実演もありますよ!』ノレッジ・フォール著(新人) ディーノ研究室
※ディーノ氏の講評により、後日題名の改定が予測される
・『乾燥帯におけるドドブランゴ生息の可能性』マリア・アーサー著 ロン研究室
・『ウチケシの実の第6の効能』バークレー・ミカミ著 所属研究室なし
・『モンスターの臓器、人体への移植の手法と影響、およびその成功例について』 パトリック・オット著 ゴールウェイ研究室
・『新分類・牙竜種の提案』オネゲル・コクト(新人) ルブラン研究室
・『昆虫のエキス、侮るなかれ』パスカル・ロジェール著(新人) 所属研究室なし
~2時間の休憩~
***
「いやはや、記録係と言うのもなかなか重大な仕事ですよねぇ……この私のメモがよもや、かのハンター大全編纂の材料として扱われるなんて!」
シュレイド王国王都、王立学術院第8講堂。その講壇の片隅で、下級書記官パオ・ランは今一度自分のメモに目を通し、間違いがないかを確認し終えて一息ついた。王立古生物書士隊の定例報告会、その初日と二日目の発表が終わり現在は三日目。「様々な書記官の観点を参考にしたい」との理由から、毎日議事録の書記係は異なる。パオ・ランは三日目の書記官に選ばれて、聴衆とは反対側の座席についてペンを走らせていたのである。
もちろん、ギュスターヴ・ロン自らもこの学会に参加しており、彼なりに次号の『ハンター大全』の構想を練っているのだが、それにしても彼女のような下級書記官から得られる独特の視点と言うものも彼は重要視しているらしく、下級書記官の中では彼を指示する者も一定数存在する。といっても、彼の『文献からのアプローチ』というやり方は、かつて生態研究の革新に貢献したジョン・アーサー上級書記官の理念『現地調査』とは真逆であり、彼を快く思っていない人間の方が多いことも事実であるが。いずれにせよ、ロン書記官も類まれなるエキスパートであることにかわりはないというのがパオ・ランの持論である。
今回の報告会はこれまでのバックナンバーと比較しても異質なものになることは間違いないだろう。ジョン・アーサー亡き(正確には行方不明であるが、既に5年以上の月日の間消息が途絶えていることから、ギュスターヴ・ロンは彼のことを死亡扱いとしている)今、現在5人しか存在しない上級書記官だが、彼らはパオの紹介文のようにそれぞれが独自の考え方をもったスペシャリストであり、多くの初級、下級、中級書記官たちにとってその地位は憧れの的でもあった。上級書記官へ昇進すれば自分の研究室と予算を国から与えられるだけではなく、部下を助手として招くことも許可されるのだ。研究や調査にはお金が必要だ。上級書記官になれば、より自分の専攻しているテーマについて深い研究を行うことが可能となる。この定例報告会はいわばそうしたチャンスをつかむためのルーキーたちの挑戦の場でもあるのだ。
パオ・ランがペンを置いて椅子に座ったまま体をうんと伸ばしていると、彼女の肩を叩く手の感触がした。彼女が手の主を確認しようとそちらを向くと、寮のルームメイトでもある女がニヤニヤしながら立っている。
「よう、お疲れさん!」
「アイリーンこそ、昨日はお疲れ様。竜人族の言語研究、なかなか興味深かったですよ……って、今姿が見えたってことはもしかしてサボってた? 全く、自分の発表が終わったからって気を抜きすぎじゃないですか? なんなら明日はあなたが議事録を……」
ため息を吐いてパオがぐちぐちとお小言を言い始めたので、これはたまらんとアイリーンが急いで話題を替えようとする。
「お前、今年は発表無いからって書記係にされたらしいな。何してたんだこの一年?」
「ぐっ……実は新種の発見を目指していたんですが、どこへ行ってもハズレでした……はぁ、ついてない。私も未開拓地調査に選抜されてハンターについていったのならば、新種の一頭でも二頭でも発見してきた自信あるんですけどねぇ。やはり研究室にも入れない下級書記官では、モンスターいっぴきの生態研究すら満足にできないものですね……おもに予算とか、遠征費とかのせいで」
頬を膨らませてふてくされるパオを見ながら、少し気の毒に思いながらも中級書記官であるアイリーンはなんとか彼女の期限を取り戻そうと今度は午前の部の研究題目について話題を振ることにした。
「それが、午前の部の研究題目か?」
「……ああ、気になるものでもありましたか? 私のおすすめはなんといってもマリアちゃんの『乾燥帯におけるドドブランゴ生息の可能性』ですね。砂漠のど真ん中で雪獅子を見たという証言から始まり、その後ドドブランゴの体が雪山にとどまらず、砂漠のような乾燥地帯にも適応していることを証明したんですよ! なんともミステリーな導入で、驚愕の研究結果でしたよ。ギルドもいよいよドドブランゴ亜種として狩猟クエストの発注をするのかも……」
「へぇーあのちっこいのが?」
「噂話、おとぎ話でさえ真面目に調べるのが我ら王立古生物書士隊ですからね。彼女はまさにそれを体現したという訳です。さすがはあのジョン・アーサー氏の血を受け継ぐ子ですね。若いのに可愛くて博識で……ウフフフ」
メガネを光らせて嫌な笑いを見せるパオ。その様子に若干引き気味になりながらもアイリーンは次に目に留まった項目について尋ねる。
「モンスターの臓器を人間に移植……ってこれマジか?」
「ああ、なかなかマッドサイエン・テイストでしたよ。科学者だけに」
今度は彼女のドヤ顔。これもアイリーンは受け流す。
「ハイハイ。しっかし成功例だと? 何を移植したんだ?」
「『モノブロスハート』ですよ、モノブロスハート」
「ええっ冗談だろ?」
角竜上科ブロス科、深紅の角が特徴的で、かつ好戦的な性格でも知られるモノブロス。今でこそ広く知られるようになったこの飛竜種は、かつてハンターが職業としての地位を確立されるにいたった『ココットの英雄』伝説にも登場した。その名の通りモノブロスの心臓であるが、これはブロス科のように強靭な生命力をささえる重要な器官のひとつであり(正確には角竜にとってもっとも重要なのは、延髄であることが明らかにされているが)、一角竜の猛々しい怒りの象徴とも言われている。
「ええ、これには賛否両論でしたね。拡大写真で手術の様子が出されたときはそれは講堂中が騒然として……ああ、シロッコが吐き気を催して大変なことに」
「講堂の扉を開けてすぐに微妙に臭かったのはそれが原因か」
「か、彼なりに努力はしたんですよ。トイレに駆け込もうとして、途中で力尽きてしまいました。だめですよ。絶対にシロッコを慰めるとか、いらないお世話をしたら許しませんからね!」
パオはよく知っていた。このデリカシーの無いルームメイトのことを。興奮のあまりずれた眼鏡をもとに戻して一息つくと、彼女は研究についての要約をざっと読みあげる。
「成功例その一。心臓の損傷が激しかった女ハンター。配偶者の同意を得て、アイテムボックスにあったモノブロスハートを人間サイズに縮小し、これを移植。激しい拒絶反応を克服し、その後順調に回復中とのこと……なお、激昂時に額に赤い模様が浮き上がるなど未知の症状も現れているが、命への別状については未だ経過観察中。これが本当に実用化されたら大発見ですよ!」
「それってハンターの生命力だったからなんとかなったような気もするけどな。にしても成功例その一から心の臓とはたまげたぜ……一応聞くけどその二は?」
「火竜の骨髄です」
「……火を噴けるようになったとか言い出すんじゃないだろうな?」
アイリーンがゾッとしてパオから離れる。
「ご安心を。低温処理が施した上での移植だそうです。それにしても平常体温の上昇など怪しい点もありますが……」
「世の中にはイカレた発想を持つやつもいるんだな……」
「患者や近親者の同意を得ているとはいえ、なかなか真似できませんよね。さすがは変人の巣窟ゴールウェイ研究室の書記官、というより彼はほとんど医者としての活動が多いらしいですが……アイリーンも配属されるならここでしょうね」
「ば、馬鹿にすんじゃねーぞ! オレはハリー・ルブラン研究室以外ぜってーにいかねぇからな!」
「ま、アイリーンの趣味でいえば、トレジャーハンターでもあるルブラン書記官の研究室が妥当な所ですからね……オネゲル君はそんなことお構いなしに、自分のやりたいテーマに首を突っ込みまくって、既に愛想を尽かされていると専らの噂ですが」
ちなみに、とパオは突然得意げになると嬉々とした表情でアイリーンに語り始める。
「私の希望はもちろんディーノ研究室です! ギュスターヴ・ロン書記官も素晴らしいお方ですが、あちらは理詰めですから私みたいな才能だけで持ってる人間には似合いませんね……」
「お前のお目当ては研究室よりもノレッジ・フォールだろ?」
「んなっ!? な、ななな何故分かったんです!?」
頬を赤らめて明らかに狼狽するパオを、情けないとため息をついてアイリーンは理由を話す。
「お前のノレッジを見る目がそりゃあ信者みたいな目つきだったからなあ。これでもお前のルームメイトになってそこそこ日が経つんだぜ? やっぱお前、ちょっと変わってるな? 女を好きになるなんて……」
「ぐぬぬ……ええ、そうですよ! そりゃあもう、あんなかわいくて下級であるにもかかわらず上級書記官にも一目おかれているなんて羨ましいったらありゃしないですよ! ああ! 私もディーノ研究室で毎日フォール先輩とキャッキャウフフしたいっ! ディーノ教官が羨ましい! 助手とか体のいいこと言って、きっと毎日先輩のふくよかな体にあんな実験やこんな実験を……さあ生態研究だ! ノレッジ、服を脱ぎたまえ……なんて。キャー!」
「お前はディーノ教官を何だと思っているんだ……そのノレッジ・フォールの論文、ぶっ飛んだタイトルしやがって。著者名を見るまでもなく分かっちまう。ディーノ書記官にどやされてるのは、オレも何度か見たことあるけど、本当に懲りないやつだなあ」
頭をかきながらアイリーンがページをめくって研究内容に目を通していく。
「ほう、霞隠しの伝説……古龍種オオナズチの生態か。こりゃあすげぇな。書式はメチャクチャでちょっと読みにくいが、いいセンスをしてる。これはこれで癖になりそうだな。『世にあまねく情報をも穿つ独自の視点』といったところか?」
ダレン・ディーノの言葉を受け売りにアイリーンが呟くと、パオも反応して解説を加える。
「素晴らしいパフォーマンスでしたよ。オオナズチの皮に電気袋を触れさせたら、なんと皮が変色したんです! このことからフォール先輩は、オオナズチの姿を消す力に皮膚に電流をながして皮を変色させているという仮説を打ち立てたんです。これは世紀の大発見ですよ! 古龍種の真相にまた一歩近づきました。電流なんて発想は一体どこから来たんでしょうかね?」
「下手な鉄砲数うちゃ当たる、案外偶然だったりしてな。ま、そういうのは発見した者勝ちさ……お、疲労効果をもたらすブレスについても触れているな」
「大変でしたよ。講評が終わり檀上から降りる際に、うっかりその小瓶をディーノ書記官にぶちまけてしまって……身体がフニャフニャーっとなって医務室に運ばれていきました」
「そういえば以前はグラビモスの睡眠袋を研究室でぶちまけてたな、あいつ」
アイリーンはその時の光景を思い出す。大きな音がして扉を恐る恐る開けてみると、重なるようにして熟睡する師弟の書記官を見て大笑いしたものだ。
「講評によれば彼女、このまま上級書記官への仲間入りも秒読みらしいですよ」
「ゲッ! ウソだろ。同期の私でさえまだ中級上がりたてなのに、二階級特進ってどういうことだよ」
「それだけではありません。こちらのカドワキさんという方。彼も二階級特進の話が上がっていますから……」
そう言って今度はカドワキの論文のページを引っ張り出してアイリーンに手渡す。抜粋とはいえ、明らかに他の研究者よりもメモが少ない。
「ベイヌ研究室のダークホース、カドワキ・イチロウ。本来出番が二日目であったはずの彼は、なんと報告会に現れず! 三日目の朝ようやく姿を見せるも、論文も何も準備していない! 唯一持ってきたのが、なんとクシャルダオラ脱皮の瞬間を写した数十枚に渡るスケッチです」
「く、クシャルダオラの脱皮!? クシャルダオラは脱皮するのか?」
「外骨格であるという話はこれまでハンターの協力のもと明らかになっていましたが、まさか本当に脱皮の瞬間をとらえてくるなんて……これにはベイヌ書記官含め開場騒然でしたよ。長年にわたる『鋼龍亜種・希少種論争』に決着がついたわけですから。今年の報告会は豊作のようで、ギュスターヴ・ロン先生も大満足と言ったようです」
「……そうみたいだな。所属研究室なしの人間もエントリーしているみたいだし……バークレー・ミカミは聞いたことがあるが、このパスカルってやつは何者だ?」
パスカルという人物の論文までページをめくってアイリーンがパオに尋ねる。
「ああ、その子の研究も素晴らしかったですよ。研究室に入っている書記官の方は資金も潤沢ですからね、古龍やら臓器やらに比べるとどうしても見劣りしちゃうんですけど、低予算なりに身近な素材に注目した面白い研究でした」
パオもまた、自身のメモをアイリーンに手渡しながら解説を加える。
(議事録をかきながら、自分のメモまで書いてたのか。さすがは天賦の才能サヴァンだな)
頭の片隅でそんなことを思いつつも、アイリーンは研究結果に目を通す。
「えーと……特定の虫には、モンスターから得たエキスによって自身の生命力や甲殻の強化に利用する種がいる。これを人間にも応用できないかという試み……なるほど、虫の研究ならモンスターほど生態研究にお金はかからないからな。よく考えてるじゃねぇか」
「聴きに来ていたギルドマスターが本気で武器種への転向を検討すると言っていました。虫を利用した武器、いったいどうなるんでしょうかね?」
「全く想像がつかないが、これまでのハンターの装備とは一線を画すものになりそうだな……それから、もう一人はやはりバークレー・ミカミか」
彼女の名前を目にして、アイリーンはまたかとため息をついた。バークレー・ミカミといえば、あのノレッジ・フォールもかすんでしまうほどの変人であることに間違いはなかったからだ。
「まさしく天才。当初はジョン・アーサーの再来……とまで言われたはずなんですけどねぇ。今じゃすっかり除け者扱いですよ。それでも研究結果はすばらしくて、己の力のみでここまで這い上がってくることは私たちも見習うところがあるのかも」
「やはり予算の都合で、今回も身近な植物素材で勝負したか……ウチケシの実ってなんだ?」
「ウチケシの実というのは彼女が命名した新種の植物ですよ。いや、今まではなんてことはないそこらの被子植物の亜種だと思われていたものに、実は属性の力を遮断する効能があることが明らかになったのです」
かつてダレン・ディーノが著した論文に『属性論』というものがあった。『五大属性』と呼ばれるそれらは、今では広く一般的に知られている火属性、水属性、雷属性、氷属性、龍属性であり、モンスターが種によってこれら属性の力を身にまとうか使いこなしている場合があるというのが従来の通説であった。なお現在は複数の属性が混じっている可能性など様々な発展研究もおこなわれているらしい。モンスターの力の源にはこの属性がかかわっている場合が多く、特に龍属性はその独特の禍々しい色と稲妻の弾けるような反応を起こしていることから謎の多い属性として注目されている。
「火を消し、水を揮発させ、雷を体外に放電させ、氷を溶かし、龍属性のなんだかよくわからんパワーを打ち消す……そんな万能な木の実がこんな間近にあったんですねぇ。いやぁ驚きです。これはぜひともハンター大全に取り上げて、多くの狩人達の知るところとして提供してあげたいものです」
「なんだよ龍属性のよくわからんパワーって……ま、無理もないか。古代文明の武器からでしか、今のところ出所がないんだからな。そのうち龍属性をあやつるモンスターなんてのも発見されるのかな?」
「ロマンですよねぇ。私、この王立古生物書士隊に入って本当に良かったって思ってます!」
パオ・ランは改めて、世界と言うものの広さに驚嘆する。毎年多くの書記官たちが独自の視点で独自のテーマを探求し、この日のために努力している。日々の地道な積み重ねによって今の自分たちが存在し、また後世のためにあらゆる知識と知恵を遺す。こうして世界地図は色とりどりの情報で埋まっていくのだろう。彼女はその瞬間がたまらなく好きなのだ。
「……あー、お腹がすきました。休憩時間もたっぷりありますし、ご飯を食べに行きましょうかアイリーン?」
そこまで言い終えてパオはあることに気が付く、午前の部が終わったということは今はお昼時、彼女はまだ昼食を食べていないのだ。時計を見ると午後の部までまだ一時間半もある。
「おう、そうだな。シロッコも吐き出しちまってお腹すいてるだろうし、一緒に連れて行くか!」
「もちろん! ……ってシロッコに変な気を遣って励ましちゃだめですよ!」
「なんでオレが励ましちゃだめなんだよ?」
「あなたにはデリカシーというものがなさすぎんですよ! もっと女の子らしく気配りしてください!」
「嫌だね、お前の恋愛対象になるのだけはごめんだ!」
「だ、誰があなたみたいなおとこおんなをっ!」
二人は急ぎ足で、シロッコのいる医務室へと急いだ。医務室へ行くと、案の定ノレッジ・フォールはダレン・ディーノのベッドの脇に正座で座らされていて、上体だけを起こし未だつらそうにしている彼の力ない説教を食らっていた。そんな光景に少し同情しながらも、シロッコを連れて三人は学術院併設のカフェテリアへ向かった。
***
<書記係コメント>
広大なこの世界には、いまだ我々が到達できていない未知なる場所がある。
全てが明らかになるまでには途方もない時間と労力が必要であろう。
しかし、辿り着くべき場所がある限り、我々の歩みが止まることはない。
いずれにせよ、わたしのやるべきことは、
王立学術院の未来を担う後輩たちのために――
ハンターとハンターを志す者たちのために――
なにより私の好奇心を満たすために――
このハンター大全をまとめ上げ、残していくこと。
願わくば、これが全てのハンターにも遍く叡智をもたらす書となることを。
王立古生物書士隊 下級書記官 パオ・ラン
その日もまた、ノレッジ・フォールは今にも踊りだしそうな軽快なステップでディーノ研究室の戸をノックする。
「ノックをせんでも、馬鹿みたいな鼻歌が聞こえてたぞ? ノレッジ
「ムッフッフッ……ご機嫌麗しゅうディーノ上級書記官どの! あと、私もう下級じゃなくて
満面のドヤ顔を浮かべて、この前まで見習い書記官であった彼女が今日も訪ねてくる。嫌気がさしながらも、『かつての助手』を悪いようにあしらえないのが、ダレン・ディーノの性格でもある。
(全く、たまたま事故で発見した霞龍の生態で、二階級特進など聞いたことがない。ギュスターヴ・ロンも何を考えているんだ?)
独自のセンスを持つとはいえ、彼女も書士隊員になってまだまだ日が浅い。同じ上級書記官の地位に上り詰めておきながらも、ダレン・ディーノは彼女の教育係としてまずは論文の書き方を徹底的に叩き込むことになったのだ。
「お前のせいでちっとも『古龍研究―新版―』のペンが進まないんだが……」
「おお? 『古龍研究』ですか……それでは、もちろん私の世紀の大発見についてもぉ~記してくれるんでしょうねぇ?」
寝不足な朝に、彼女の有頂天な声で頭を痛くするのがもはやダレン・ディーノの日課になりつつある。これで一週間目、なおも記録は更新中である。
「いい加減報告書の書き方を覚えろとあれほど言っただろう……! だいたいあの論文のタイトルはなんだ!? 『週刊 狩りに生きる』でもあんな低俗なタイトルはそうそうお目にかかれないな!」
彼の激昂ぶりにさすがに彼女も動揺したのか、余裕の笑みは消えて言い訳を始める。
「た、確かに先輩に相談もせずそのまま提出したのは悪いと思ってますが……まあ結果的には聴衆の目を引くいい劇薬に……」
それだけじゃないんだよ! と、ディーノはさらに彼女に詰め寄る。鼻先がぶつかりそうなほどの距離から放たれる剣幕にノレッジ・フォールは思わず耳を熱くした。もちろん、ときめくような状況ではない。
「あれだけモンスターの素材の扱いには気をつけろと言っただろう!? 噂は聞いてるよ、研究室内でバクレツアロワナなんか飼いやがって。夜更けに爆発音でたたき起こされる隣人の身にもなってみろ!」
「ええっ!? 先輩研究室で寝泊まりしてるんですか? だめですよ、ベッドで休眠しないとストレスで死んじゃいますって……」
「誰のせいだと思ってるんだ!? ハンター大全の締切まで時間がないっていうのに……いいからお前の論文の書き直しだ。このままじゃ人様の目には出せないし、教育係である私の面目も丸つぶれだ! さっさと席に就け! お前が上級書記官だなんて私は絶対に認めないからな!!」
「ひえ~すいませんでしたぁ~!」
廊下の角を曲がった先でアイリーンが見たのは、首根っこを掴まれて研究室に無理やり連れ込まれているノレッジ・フォールの姿であったとか。
<あとがき>
王立古生物書士隊の外伝?という位置づけになるのかな。パオやアイリーンなどの未開拓地調査に出発する以前の様子を書いてみました。現実世界で言う大学の研究室をイメージして書きました。
「また知らねぇ名前が出てきたな」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実は
ダレン・ディーノ
ノレッジ・フォール
ハリー(ルブランは私がイメージでつけたファミリーネームです)
サー・ベイヌ・デュランダル(デュランダルは私が勝手につけたファーストネームです。彼の国では苗字が先と言う設定です)
ギュスターヴ・ロン
ジョン・アーサー(孫娘のマリア・アーサーはオリジナルです)
これらの人物は全て『ハンター大全』にて古龍研究の報告書を書いている実在の(?)王立古生物書士隊のメンバーです。特にジョン・アーサーとギュスターヴ・ロンは、王立古生物書士隊を語るうえで欠かせない存在でしょう。そこに一部オリジナル要素を加えています。当時はラージャンが古龍種に分類されていたり、ノレッジが見習い書記官であったりと色々と文面からも彼らの素性がうかがい知れます。ハンター大全は本当に読んでいて飽きませんね。本当に王立古生物書士隊が存在していて、集めた情報を一冊の本にしたというスタンスにロマンを感じます。昔のモンハン知らねぇよという人も、これ一冊を読むだけでますますモンハンが好きになること間違いなしです。
私のこの小説での目標である『一つの世界を様々な人間の切り口から解き明かす』ということの一歩目として王立古生物書士隊のこの世界での働きを書いてみました。うまく伝わっていただけたのなら幸いです。
ここでぶん投げた研究題目が拾われる日は来るのだろうか……できる限り回収するつもりではいますが。要望があればまた外伝として描くかも。