「あの、遅れて、すいま、せん……。」
その姿を見て、俺の眠気は一気に吹き飛んだ。その可憐な容姿に目をひかれたからではない。本来の彼女ならば、ここに居る筈が無いからである。
『え?』
俺の気持ちを表す言葉が教室のあちらこちらから聞こえる。
「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします。」
「は、はい!あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします……。」
そう言うと彼女……姫路はぺこりと小さく礼をした。
色白な肌に背中まで届きそうなふわりとした髪。島田美波や進とは種類の違う美しい容姿。
でも、俺達は何もその容姿に目を引かれているわけでは無い。
「……すまん、質問いいか?」
どうしても聞きたいことが有ったため、手を挙げる。
「あ、虚井くん、は、はい。なんですか?」
「……何故ここにいる。」
聴きようによっては明らかに失礼な台詞だが、これはこのクラスのほぼ全員が思っている筈だ。
姫路瑞希は、一言で言えばかなり頭が良い。俺がどうしても越える事が出来ないほどの頭脳の持ち主だ。俺以上にAクラスにいるべき人材。それが何故こんなクラスに来てしまったのだろうか。
「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまって……。」
……成程、納得した。それを聞いて周囲のクラスメイトも納得したような表情になる。
振り分け試験に限らず、この文月学園では『試験途中での退席』は0点扱いとなる。体調不良とはいえ例外ではない。そのため彼女は0点、Fクラスとなってしまったのだろう。
そんな姫路の言葉を聞き、クラスのあちこちから言訳が聞こえ始める。
『そう言えば、俺も熱(の問題)が出たせいでFクラスに』
『ああ、化学だろ?あれは難しかったな』
『俺は妹が事故に遭ったと聞いて実力を出し切れなくて』
『黙れ一人っ子』
『前の番彼女が寝かせてくれなくてさー』
『今年一番の大嘘をありがとう』
『実は俺当日道に迷ったおばあさんを助けてて……。』
『実は俺も』
『俺も俺も』
何だコイツら想像以上のバカ共だ。
「で、では、一年間、よろしくお願いします!」
そう言って姫路は逃げるように空いてる席に座った。
「びっくりしたねうっちゃん。でも瑞希ちゃんが来てくれたら教室も凄く明るくなるよねー!」
「お前がいるだけで大分教室は明るくなるよ。煩くもなるがな。」
「え、そんな~照れるようっちゃ~ん(テレテレ)」
単純な奴……可愛らしい顔してる上にその性格じゃいずれ襲われるぞ。
「ふ、ふうー……。」
「あのさ、姫――」
「お疲れ瑞希ちゃん!」
明久の言葉にかぶせるようにして声をかける進。ファインプレイだと胸の中でサムズアップ。
「あ、進ちゃん、ありがとう」
「姫路」
そこでいきなり声を出す雄二。背後から声がするってのは結構ビビるからやめてもらいたい。出来ればずっと声を出さないでほしい。つかその口今すぐ俺が縫い合わせてやろうか。
「命の危険を感じたが、まあいい。姫路。」
「は、はい、なんですか?えっと……。」
「坂本だ。坂本雄二。よろしく頼む。」
「あ、はい。姫路です。よろしくお願いします。」
雄二の台詞にも深々とお辞儀をして対応する。ええ子や……。
「ところで、姫路の体調は未だに悪いのか?」
「あ、それそれ。大丈夫?」
「……ああ、確かに気になるな。大丈夫なのか?」
「あ、僕も気になる。」
そう言って割り込んでくる明久。さっきの進の介入でめげてると思ったのに。
「よ、吉井君!?」
今ようやく明久の存在に気付いたのか、驚いたような顔を浮かべる姫路。そういや姫路ってたしか明久の事……。」
「姫路、明久がブサイクですまん。」
雄二のフォロー(?)が入る。言いよる。
「(言うじゃん)」
「(たまにはお前と意見が合致するようだな虚井)」
「(今日飯でもおごってやろうか)」
「(助かるぜHAHAHA)」
「ねえねえ僕ちっとも嬉しくないんだけど今のってフォローなの?フォローになってるの?」
「そ、そんな事無いですよ目もパッチリしてるし、顔のラインも細くて綺麗だし、全然ブサイクなんかじゃないですよ!!その、むしろ……。」
「気遣いが痛い!!」
いや明久。多分気遣いじゃないぞ。
「ふむ、しかし確かに明久の事気になると言っていた奴がいたな。」
「え、そ、それはぜひとも聞かせてもらいたい!!」
「なになに!?明久君に彼女さんが出来るの!?」
進の言葉に姫路の耳がピクピクと動く。俺の耳もピクピクと動く。俺を差し置いて明久に彼女とは、一体どういう了見だ。
「確か久保……」
「久保!?久保さんっていうのか!!」
「久保さんって言う人が明久君の彼女さんになるの!?」
姫路ピクッ
俺ピクピクッ
「――利光だったかな。」
「おめでとう明久。俺はお前を応援するよ。」
久保 利光 性別♂
「……」
「おい明久、涙を流しながら白目を剥くな」
「もう僕お婿にいけない……!!」
「安心しろ、半分冗談だ。」
「よかったな明久。半分冗談だとよ。」
「え?残り半分は?」
「な~んだ、明久君に彼女さんが出来る訳じゃなかったんだ~。」
「ところで姫路、体調は大丈夫か?」
「あ、はい、もうすっかり元気ですよ。」
「瑞希ちゃんよかった~うっちゃんと瑞希ちゃんのライバルかんけー復活だね!!」
「よう姫路。今年こそは追い抜いてやるからな。」
「あ、虚井君。フフフ、今年も負けません!!」
「ねえ雄二!!残りの半分は!?」
未だ騒ぐ明久。取り合わない雄二。スルー安定だな。
「はいはい、そこの人達、静かにしてくださいね。」
パンパン、と教卓を叩き福原先生が注意してくる。
バキャアッ!!バラバラバラ……。
突如、先生の目の前で教卓が木くずへとジョブチェンジを果たした。いや、軽くたたいただけで崩れるとかどんだけだよ。
「え~……替えを用意してきます。少し待っていてください。」
気まずそうに告げ、先生は足早に教室から出ていった。
「あ、あはは……」
それを見て苦笑いを浮かべる姫路。そりゃそうだろうそれが正常な反応だ。
「雄二、明久、少しいいか?」
「ん?何?」
「何だ虚井。」
「いや、少し廊下に出て話をしよう。」
「ん、僕も丁度言いたいことがあったし、いいよ。」
「まあ構わんが。」
「うっちゃんどこ行くの~?」
「少し廊下にな。すぐ戻るから待ってろ。」
三人で立ち上がって廊下に出る。
「なあ、この教室の設備どう思うよ。」
「ひっどいよね。」
「想像以上だったな。」
「で、Aクラス見ただろ。ありゃすげえよな。」
「……成程、そういう事か。お前らしい。」
「え、まさか廿楽、僕と同じこと考えてる?」
「おそらくな。で、分かっていると思うが提案だ。」
「戦争?」
「戦争か。」
戦争。響きだけ聞けば物騒だが、この学園では当たり前のシステムである。
通称『試召戦争』
二年生から解放される、この学園独自のシステムだ。それを使えば、上手くすればFクラスでもAクラスの設備を使う事が可能になる。
「そう。折角二年になって実力で奪い取ることが出来るようになったんだ。それに、この設備じゃ姫路が可愛そうだろう。」
「本音は?」
「あの設備は俺の昼寝にこそふさわしい。」
「だろうな。」
「理由はともかく、あの設備を奪い取るのは僕は賛成だよ。元々それ提案するために雄二に話しようとしてたしね。」
「だが、Aクラスに勝つのは至難の業。で、作戦の立案を任せようという訳だ。出来るな雄二。いや代表坂本。」
「言うじゃねえか。任せとけ。」
「明久も文句ないな?」
「ある訳無いじゃん」
「よし。じゃあそういう事で。」
教室に戻り、数十秒もすると先生が戻ってきた。
「えー、では自己紹介、坂本君お願いします。」
「了解」
ゆっくりと教壇の方へ歩み寄る。やはり雰囲気を作っている時の雄二は貫禄がある。アレで性格が良ければ……。
「坂本君がこのクラスの代表でしたね。」
「ああ。」
うなずいて教壇に上がる雄二。
「Fクラス代表、坂本雄二だ。俺の事は坂本でも代表でも、好きなように呼んでくれて構わん」
今の雄二は、制圧者だ。その雰囲気で、このクラスを少しずつ制圧していく。
「さて、皆に一つ聞きたい。」
制圧者が、ゆっくりと告げる。その異様な雰囲気に、周囲の民衆は雄二の目を見つめてしまう。
見つめられたその眼が、教室の各所をなぞるように動く。民衆も、つられて教室を眺めていく。
かびくさい畳が敷かれた床
綿がスカスカ、穴が各所に見受けられ、汚れている座布団
しみが目立ち、少し力を入れたら折れてしまいそうなちゃぶ台
それらを一周した後、雄二は皆の視線が再び雄二に集まるのを待ち、口を開く。
「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが。」
一呼吸おき、一言
「不満は無いか?」
『大有りじゃあああああああああああああああ!!!!』
二年F組渾身の叫び。やはりアイツはこういうのに向いてる。ムカつくが俺より何倍も。まあ俺は頼まれてもやらんが。
「だろう?俺だってこの現状は大いに不満だ。代表として問題意識を抱いている。」
『そうだそうだ!!』
『いくら学費が安いからといって、この設備はあんまりだ!改善を要求する!!』
『女子が少ない!!』
『そもそもAクラスだって同じ学費だろ!?あまりに差が大きすぎる!!』
途中何か変な奴いたぞ
「みんなの意見は最もだ。そこで。」
クラスメイト達の反応に満足げな顔を浮かべる。
「これは代表としての提案だが――」
そしてその顔がニタリと歯を剥き出しにして笑うと
「――Fクラスは、Aクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」
さあ、これから忙しくなるぞ。