リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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副題
 だが、奴は弾けた!


第二十二話 埋伏の毒

1.

 ミッドチルダの東部に広がる森林地帯。その奥地に一つ、その研究施設は存在した。

 古くは最高評議会が、アルハザードの血族を作り変える為に用いた場所。ジェイル・スカリエッティが生まれた地だ。

 

 その成立故に、生命操作に特化した研究施設。今も尚、違法な研究が続いていた場所。そんな暗い施設の中を、ユーノスクライアは巨大な盾を背に駆け抜ける。

 

 青年の心には焦燥がある。地上本部の壊滅。今も其処で争う教え子の様相。己を蝕む愛する人の生んだ呪詛。理由を上げれば切りがない。

 だがそんな無数の懸念を大きく上回る程に、不安を掻き立てる要素がある。何よりもその異常に違和を感じていて、焦燥感は酷く強くなっていく。

 

 それは機動六課に対する物ではない。己よりも強いであろうエース陣は心配するだけ無駄であるし、隊舎が襲撃されたとしても悪友にして親友が護る限り遅れは取るまいと信頼している。

 トーマの身は心配だ。だが彼にはリリィが付いていて、今もティアナが近付こうとしている。師である己の出番は既になく、あったとしても弱り切ったこの身では近付く事すら出来ぬであろう。

 

 故にユーノが違和を感じているのは、己が体感するこの今だ。

 焦りを強く感じているのは、彼が突き進むこの施設が余りに異様を晒しているが故だった。

 

 

(おかしい。どういう事だ)

 

 

 進行速度と言う点で、遅れなどは一切ない。ユーノは並み居るエース陣の中でも、最も突出して攻略に成功している。それがおかしいのだ。

 

 高町なのはもアリサ・バニングスも、グランガイツ夫妻やシャッハ・ヌエラですら遅れている。

 それは彼らが担当した施設内にて、余りにも過剰な防備が用意されていた事が故であろう。

 

 無数の数で道を塞ぐ戦闘機人。プロジェクトFによって再現されたエース級の魔導師たち。

 高密度なAMF(アンチマギリンクフィールド)が魔法を阻害し、壁に刻まれた神字が歪みの効果を低下させる。そんな中で戦えば、如何に彼らであっても進行速度は遅れていく。

 

 だがユーノはその影響を受けていない。

 どころか、彼が担当した施設には、障害が何一つとして存在していなかったのだ。

 

 

(この施設は囮? それとも罠か何かか?)

 

 

 完全な捨て札、と見るにはおかしな所がある。この研究施設が生きていると言う点だ。

 無人の通路を照らす明かりも、部屋の中に立ち並んでいる培養槽も、全てがまだ機能している。追い詰められたから切り捨てたにしては、これは如何にもおかしい状態だ。

 

 だが、かと言って罠かと思えば、それにも違和感が残る。

 本気で狙いを隠したいなら、防衛機構の一つや二つは動かすべきだろう。

 他の場所と同程度の防衛機構があったなら、疑念を抱くまでもなく罠に掛かっていたのだから。

 

 

(狙いが読めない。一体、何を企んでいる?)

 

 

 最高評議会の狙いが見えない。一体何が隠れているのか、それがとんと分からない。

 いっそブラフを掴まされたか、そもそもこの研究所が全く無関係であったのか、そんな風にすら思えてくる。

 

 だが、これは先にユーノら零課が死に物狂いで集めた情報。

 それを解析した情報部門と、彼らに協力したジェイル・スカリエッティに対する不信だ。

 

 全く無関係だと言うならば、管理局の最高頭脳が気付かない筈もない。

 敢えて分かって紛れ込ませたのでもない限り、最高評議会と無関係な施設な訳はないのである。

 

 

(考えても、答えは出ないか。……昔ならいざ知らず、今は思考速度も落ちてるんだから)

 

 

 ユーノは魔法を失った。明晰な頭脳は残っているが、嘗ての様にマルチタスクは使えない。

 ましてや絶えず襲い来る激痛に耐えるこの現状で、走りながらに複雑な思考を維持する事などは出来ない。

 

 故に割り切る。異常と違和に焦燥を感じながらに、考えている余裕はないと足を進める。

 最低限、罠である可能性を後続に伝える。ナンバーズに搭載された電子装備でメッセージを送ると、ユーノは大盾を起動した。

 

 

「ナンバーズ起動。モードトーレ、ライドインパルス!」

 

 

 右手に握った大盾が動き出し、背中に生じるは翼の如き衝撃波。

 溢れ出す力に背中を押し出される様に加速して、ユーノは奥へ奥へと飛翔する。

 

 罠であるなら、先ず自分が先行して確認しよう。

 これ程に弱った今でも、一般の武装局員に劣る心算はない。あると分かっているならば、一人の方が対処は容易だ。

 

 そう思考して先へと進んだユーノ・スクライアは、程なくして施設の最奥へと辿り着いていた。

 

 

「これは、大型ガジェット!?」

 

 

 その大きな巨体の姿に、ユーノはライドインパルスを解除すると構えを取る。

 対エース用に開発された化け物兵器。その数が二十。左右の壁に寄り添う様にズラリと並ぶ。

 

 これが罠か。油断させて、戦力を全て一点に集める事が理由であったか。

 二十を超える怪物兵器が戦闘出来る程に強大な空間で、ユーノは冷や汗を流しながらに思考する。

 

 勝ち目は薄い。十二回しか発動出来ないナンバーズも、機械仕掛けの鋼鉄の腕も、兵器と言う分野でこれには劣る。

 それでも唯で諦める筈がない。勝機は皆無でないならば、対処の術など無数にある。姿勢を低くして構えを取った青年は、しかし直後にそれに気付いた。

 

 

「……動かない、のか」

 

 

 動かない。無数の兵器群が、全くと言って良い程に不動であった。

 恐る恐ると近付いて確認する。目で見ただけでは理解出来ないが、それでも一目で分かる程には壊れていない。

 

 何故に動かないと言うのか、やはり理解がまるで出来ない。

 どれ程に近付こうとも、どれ程に巨大な部屋を進もうとも、ガジェットたちは反応しない。

 

 

(なら、今の内に壊しておくか?)

 

 

 一瞬の逡巡。出た結果はやめておこうと言う消極的な否定解答。

 例え相手が機能停止状態であったとしても、今のユーノでは一騎壊すにも時間が掛かる。

 

 早く解決したいと言う焦燥に、残り十一というカートリッジ数。鉄拳は唯頑丈なだけの拳であって、特別な効果は何もない。

 手持ちの物では下手に突いて動き出されたら、それこそ惨事となるであろう。故にユーノは、其処で調査を優先した。

 

 

(動いてない物を壊すのも大変なら、動くまでは後回しだ。先ずはこの場所の意図を探ろう)

 

 

 そうしてユーノは、巨大な部屋を先へと進む。

 大空洞の如くに天蓋は遠く、一体何の為に作られた部屋かも分からない。

 

 左右に佇む動かぬ機械は、まるで道の左右で臣従する騎士達の如く。

 ならばこの歩む道の先には玉座か何かがあるのだろうか、とユーノは益体もない思考に苦笑する。

 

 警戒しながら進む歩は走るに及ばず、だが歩くよりは速い。

 何事も起きずに進んで行けば、果てに付くのはほんの数分。其処には一つ、異質な一つのそれがあった。

 

 

「本当、趣味が悪い。王の玉座とでも言う気かい」

 

 

 中身のない培養槽。記された表記は後半部分が削り取られているが、前半分は明白な形で残っている。

 オリヴィエ・クローン。嘗ての聖なる王が生まれた場所も即ち此処に、この培養槽こそ玉座を意識した物なのだろう。

 

 不快な感情で眉を顰めたユーノは其処で、ふと上部に何かがあると気付いた。

 培養槽の上部に当たる部分を、懐から取り出したペンライトで照らす。其処にあったのは、少し大きめな機械モニタ。

 

 

「培養槽に、モニタ? 一体、何の為にこんな物――」

 

 

 そんなユーノの当然の疑念。それに答えが出る前に、モニタに青い光が灯る。

 触れてもいないのに動き出した機械に、最大限の警戒を向けたユーノは其処に見知った人の顔を見た。

 

 其処に映っていたのは、白衣の男。

 この場所が怪しいのだと、情報を解析した男。

 

 管理局が誇る、次元世界で最も狂った賢者である。

 

 

「ジェイル・スカリエッティ」

 

〈恐らく、此処に来るのはユーノ。君になるだろう。考える必要すらなく、それは当然と言えば当然の結論だ〉

 

 

 画面に映る男の言葉に、ユーノは僅か疑念を抱く。

 その反応に気付いていないのか、流れる映像に変化はない。

 

 

(これは……録画した映像か)

 

 

 画面の前で軽く手を振り、それでも反応がない事に確信する。

 今流れている映像は今よりずっと以前に撮影された物で、映る男の発言は先を予想した物なのだと。

 

 

〈今頃君は、これは何だと疑念に思っているであろう? 何故私がこんな記録を残したか、一体どうしてと疑問に思っている筈だ〉

 

 

 映像越しだと言うのに、スカリエッティはまるで直接見ている様に心情を見通す。

 その優れた頭脳によって、全てを見抜いているのだろう。きっと全てを予想していたのだ。

 

 ユーノ・スクライアが此処に来る。それは彼ならば、予測するに容易い事。

 ミッドチルダの東部に対象が一ヶ所だけ、そんな状況ならばクロノ・ハラオウンは最も信頼する友に其処を任す。

 

 ユーノがこの映像を見た時に疑問を抱くであろう事。それさえ予想するのは簡単だ。

 友と呼び合う仲にあっても、この狂人の胸中は揺るがない。彼は友誼を抱いた相手を、同時に測り続けていたのだ。

 

 

〈その君の疑念に、友として嘘偽りなく答えよう。簡略なまでに唯一言で全てを語るとすれば、即ち――〉

 

 

 優れた研究者としてその胸中を予測して、見切った内心に友として言葉を贈る。

 此処に偽りなどはない。此処に虚言などは入らない。彼の求道に誓って、決して嘘は一つもない。

 

 故に、それは真実。紛れもない事実こそが、そうなのだ。

 

 

〈これは遺言だ〉

 

 

 ジェイル・スカリエッティは死んでいる。

 機動六課が設立するよりも前に、この男は死んでいた。

 

 

〈君がこれを目にした時、私は既に死んでいるだろうからねぇ〉

 

 

 その事実に驚愕するユーノに対し、画面の向こうに映った故人は嗤いながらに答えを口にするのであった。

 

 

 

 

 

2.

 魔法と陰陽術によって守られた隊舎を背に、提督服のクロノは思う。

 胸中に抱いた不安は壊滅した地上本部に、今の自分でも接近を躊躇う程の力が其処に渦巻いている。

 

 

(ティアナ。無事でいてくれよ)

 

 

 あの場所へと向かっている妹の身を案じる。

 本来ならば自分が向かうべきだろうが、予言を考えるとこの場から動く訳にもいかなかった。

 

 魔群は封じた。未だ生き汚く足掻いているが、計斗・天墜に潰され自由はない。

 予言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)を信じるならば、埋伏の毒たる魔鏡もいよいよ動くであろう。

 

 クロノが制限を解除した理由がそれだ。

 反天使を二柱。同時に敵に回すと想定したからこその全力全開。

 

 当然の如く反動は大きい。今も吐血しながらに、それでも魔群を殺し切れていなかった。

 

 

「不死を語るだけあって、僕では殺せない、か」

 

 

 隕石が落ちた訓練場。大地に空いた大穴と巨大な岩の隙間から、逃げようとする羽虫を一匹ずつ潰して行く。

 切りがない。底が見えない。魔群は正しく不死であって、特別な武器がなければ殺せない。そしてクロノに、不死者殺しの武器はない。

 

 

「だが、まぁ良い。死なないと言うなら、欠片も残さず磨り潰すまでだ」

 

 

 ならばこれは我慢比べだ。支配されるクアットロの生き汚さと、クロノの気力の競い合い。

 当然、負ける心算などはない。この今になっても逃げる事しか考えていない相手に対し、クロノが負ける道理はないのだ。

 

 クアットロは消滅しない。だが必ずや敗北する。

 この女ではクロノに勝てない。単純な話、心の在り様で負けている。

 

 故に――

 

 

「がぁっ!?」

 

 

 クロノ・ハラオウンが敗北すると言うならば、それは外からではなく内の毒が理由となるのだ。

 

 

「なん、だっ、これはっ……」

 

 

 口から大量の血を吐き出して、クロノは全身に感じる痛みに呻く。

 

 クアットロに毒を仕込まれたか? いいや違う。体内で暴れ狂っているのは蟲ではない。

 身体の調子がおかしい。身体の中にある機械部分が異常を発して、残った血肉部分を責め立てている。

 

 一体何が起きているのか、答えを出せないクロノ・ハラオウン。

 そんな彼が結論に至るよりも尚早く、次なる異常は其処に訪れた。

 

 

「っ!?」

 

 

 感じる重圧。重力ではないその重さに、クロノは大地へ叩き落される。

 地面に崩れた青年の瞳に映るのは、薄っすらと淡く輝く六課隊舎。其処に刻まれているのは、間違いなく御門が用いた神字であった。

 

 

(これはっ、あの日に刀自殿が使った呪術と同じっ! 高位の歪み者を封じる陣かっ!?)

 

 

 歪みが封じられる。クロノが来ていた呪服よりも尚強い力に、その異能が全て封じられる。

 

 神字による歪みの妨害は当世、然程珍しくはなくなった。

 とは言え、それも基本は等級を一か二程劣化させる程度。大型の魔力炉を直結しても、それが限界なのだ。

 

 だがこの今に、クロノ・ハラオウンの歪みは全て封印された。

 零等級相当にまで落とされて、これ程の封印術は嘗ての御門顕明のそれをも超えている。

 

 その原因が文字にあると、そう考えるのは当然だ。

 今も力を発揮して輝き続けるこの土地に、理由がないと考える方が不自然だろう。

 

 

(何故これが六課にっ!? 一体何時から、仕込まれていたっ!?)

 

 

 こんな物、量産できる筈がない。一日二日で用意出来る物でもない。そして誰にでも出来る事でもないのだ。

 分かる事は一つだけ、これを仕込んだ人間が誰かは分かっている。これを仕込める男は、奴しかいない。他に候補など、一人として居ないのだ。

 

 

「貴様がっ、此処で裏切るかっ!? ジェイル・スカリエッティィィィっ!!」

 

 

 文字通り血反吐を吐いたクロノの言葉に、訪れた男は笑みを零す。

 狂笑を顔に張り付けた白衣の男は、クロノの言葉を認める様に声を発した。

 

 

「ああ、そうだとも――私の仕業だよ。クロノくん」

 

 

 ジェイル・スカリエッティ。この男こそ埋伏の毒。

 覚悟して飲み干した人間すらも、その毒で呪い殺す悪魔の王。

 

 そして、このミッドチルダで起きた全ての黒幕だ。

 

 

「済まないねぇ、クロノくん。君に恨みはないんだが、その歪みは邪魔なんだ」

 

 

 そう。この男が黒幕だ。レールウェイ襲撃から続く、全ての事件の絵図面。その全ての裏には必ず、ジェイル・スカリエッティの意志があったのだ。

 

 

「そんな訳で、此処で潰れて貰おうか」

 

 

 満面の笑みを浮かべて、両手を広く掲げる白衣の狂人。

 指揮者を気取る男に応える様に、浮かぶ機械の群れが現れる。

 

 無数のガジェットを背後に浮かべて、白衣の狂人は気狂いの笑みを浮かべて嗤うのだ。

 

 

「一体、何時から裏切っていたっ!!」

 

 

 崩れ落ちたクロノは問う。答えを返す意味などないと、理解しながらに問い質す。

 

 

「一体、どうやって、思考捜査を欺いていた!?」

 

 

 一体何時から、一体どうやって、そう疑問を抱くのも当然だ。

 機動六課に配属されたその日から、スカリエッティは厳しい制限下にあった。

 

 監視は完全で事件を起こす隙などなく、何かを企んだとしても思考を暴かれる。

 三日に一度のペースで頭の中身を晒されるのだ。裏切る所か、裏切る事を考えた時点で処分が下る。

 

 そんな状況を如何にして、この男は超えたというのか。当然抱いた疑問を口にするクロノ。

 普通に考えて答えが返る筈などないが、お喋りなこの男なら例外もあり得る。故に打算交じりでの問い掛けに、期待通りに狂人は笑顔で答えを返す。

 

 

「ふむ。まぁ、良いだろう。冥土の土産と言う物だ。……セオリー無視は、演出として無粋だからねぇ。答えようとも話そうともさ!」

 

 

 研究者はお喋りなのだと、そう語ったのはこの男である。

 その言葉は彼自身にも適用される。この男は結局の所、本質的に自慢したがりなのである。

 

 故に彼は答えを返す。口にする言葉に、嘘偽りなどはない。

 

 

「裏切ったのはたった今。欺いた事など一度もない」

 

 

 それも真実だ。何時からと言う問いに答えは今と、思考捜査を欺いたという答えに欺いてはいないと。そうとも、それは真実だ。

 

 

「な、に……なんだ、それは?」

 

 

 訳が分からない。意味が分からない。たった今に裏切ったと、それはどういう事なのか。

 己の吐いた血に染まって、唖然とした表情を浮かべるクロノ。そんな彼を狂った笑顔で見下して、スカリエッティは本心からに言葉を語る。

 

 

「当然だろう。()()()は知らなかった。ほんの数日前までは心の底から、君達の仲間の心算だったさ」

 

 

 裏切る心算などなかった。そんな算段などなかった。心の底から、誓って全て真実だ。

 この一連の事件の黒幕はスカリエッティだが、此処に居るジェイル・スカリエッティはつい先日まで知らなかったのだ。

 

 自分が黒幕である。そんな事実すら、この男は知らなかったのだ。

 

 

「だが、駄目だ。これはいけない。こんなにも好機が来てしまったら、ああ、裏切らずには居れんだろう?」

 

 

 だが気付いた。分かってしまった。今動けば、長く夢見た理想が叶う。

 この今にクロノ・ハラオウンを潰してしまえば、最早誰にも止められない。

 

 失楽園の日を迎えた先に、真なる神殺しが生まれ落ちる。

 生まれ落ちた神を殺す神はその力を以って、旧時代の神々を弑逆するのだ。

 

 たった一手でそれが為せる。そう分かってしまったから、動かない事など出来なかった。

 正義の味方を張るのは終わりだ。所詮その身は狂った求道者。ならばその求道の果てを垣間見て、動かぬ理由がある筈ない。

 

 

「済まない。ユーノ。ごめんね。トーマ。だが私はどうにも、我慢が出来ない性質(タチ)なんだ! ()()()にこんなにもお膳立てをされてしまえば、嗚呼、どうして我慢が出来ると言うっ!?」

 

 

 あんなにも心を砕いて、必死になってくれた師弟に詫びる。

 そうとも友誼は感じている。改心したと言える程には、その想いに感動した。

 

 だがしかし、この男はジェイル・スカリエッティなのだ。

 狂った求道者に過ぎない研究者が、抱えた二粒の宝石程度で生き方を変える筈がない。

 

 

「真実はたった一つ。私は何も知らなかった。……しかし、この状況の全ては私が意図した物だった」

 

 

 それが真実。それが事実だ。

 黒幕はジェイル・スカリエッティ。彼は知らぬ間に、全ての黒幕となっていた。

 

 知らないのだ。ならば当然、思考捜査で暴ける筈がない。

 裏切る心算などなかったのだ。だから当然、その策謀を暴ける筈がない。

 

 だからこそ、この結果は当然なのだ。

 

 

「ならばそうとも、求道者として答えよう。神殺しの誕生を此処に、全て果たすとしようじゃないかっ!!」

 

 

 笑う。嗤う。哂う。狂った様に、喜ぶ様に、涙を流す様に笑う。

 己の求道の為に全てを捨てて、そんな狂人は此処に告げる。神殺しの誕生を、失楽園の日の到来を。

 

 

「そんな訳でクロノくん。君にはここで、退場してもらおう」

 

「っ!!」

 

 

 邪魔なのだ。一番邪魔なのは、この青年一人なのだ。

 クロノ・ハラオウンの歪み。万象掌握。格下では一切抵抗できぬその力。

 

 先に見せた様に、全力を出せばクアットロですら封殺する。

 反天使三柱が揃わねば、決して訪れぬ失楽園の日。それをこの男は、僅か一手で崩せるのだ。

 

 どんなに慎重に策を進めても、直前にクロノがクアットロを転移させればそれで終わりだ。

 だからこそ、最初に必ず潰す必要があった。クロノ・ハラオウンだけは取り除かねばならない。その為にこそ、幾つもの罠があったのだ。

 

 

「抗っても無駄だよ。歪みは封じた。AMFも展開した。……それに、ね」

 

 

 歪みは最早使えない。この領域内で、その力は全て封印された。

 空に浮かぶガジェットがAMFを展開している。複雑な魔法は一切使用できない。

 

 そして、埋伏の毒はそれだけでは済まない。

 スカリエッティが裏切るとは、それだけでは済まない事なのだ。

 

 

「一体誰が、君を作ったと思っているのかね?」

 

 

 クロノ・ハラオウンを戦闘機人に変えたのは、ジェイル・スカリエッティに他ならない。

 

 

「当然安全装置はある。体内の小型魔力炉。実は特殊な信号一つで、連鎖反応を起こすんだ」

 

 

 手元で弄ぶのは一つのリモコン。ボタンを一つ押すだけで、魔力炉は暴走する。

 内にある魔力炉の暴走は爆発となり、体内で弾ける力に青年の身体は爆発四散するのである。

 

 

「詰まりは、爆発するんだよ。さぁ、華々しく散り給え――どかぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 

 狂った様に嗤いながら、スカリエッティはボタンを押す。

 余りにもアッサリと、爆破ボタンのスイッチを押したのだった。

 

 

 

 一秒。二秒。三秒。

 周囲に響く轟音はなく、力の集束すらも起こらない。

 

 

「……おや?」

 

 

 間違ったかな、と首を傾げる白衣の男。

 予想と違う結果に悩む男を前に、クロノはその手に一つのデバイスを展開していた。

 

 

「デュランダルっ!!」

 

 

 それは氷杖デュランダル。現代のロストロギアと言われる特化型のデバイス。

 懐かしさすら感じる黒衣のバリアジャケットを展開して、杖を構えるクロノの表情は酷く険しい。

 

 そんな彼を見下しながらに、スカリエッティは理解する。一体何をして、強制爆破を逃れたのかを。

 

 

「成程、暴走直前に魔力炉を凍結させた、か。……確かにそのデバイスなら、この高濃度AMF下でも凍結魔法は使用可能だろう。そういう風に作ったからねぇ」

 

 

 体内で凍結魔法を使用した。それがクロノの対処であった。

 デュランダルはエターナルコフィンの使用に特化したデバイスだが、それしか出来ないと言う訳ではない。

 

 その適正は凍結魔法に偏っているが、それでも最低限の魔法は使える。

 デバイスとしての質も最高峰であるが故に、AMF制限下でもバリアジャケットと氷結変換の魔法くらいは使えるのだ。

 

 

「だがそれで、どうしたと言うのかね? 君はもう、終わりだ」

 

 

 だが、それだけだ。デュランダルで出来る事など、それしかない。

 クロノは歪みを封じられ、戦闘機人としての性能を失った。残るは最早、氷結魔法とバリアジャケットくらいである。

 

 それだけで打ち破れる程に、この狂人が仕掛けた罠は甘くはない。

 

 

「……舐めるなよ。スカリエッティ」

 

 

 だが、クロノはそれでも強く語る。多くの人が見てるのだ。決して泣き言は口にしない。

 

 

「歪みを封じた。だからどうした? 戦闘機人としての能力を奪った。それがどうした!? 魔導師としての力の大半を封じた。それで、だから、諦めるとでも思ったかっ!!」

 

 

 彼は嘘吐きの英雄だ。どれ程に辛い状況でも、笑みを浮かべて軽々と為すのだ。

 彼は嘘吐きの英雄だ。苦悶や絶望を仮面で隠して、その背を見る人々の胸に希望の光を灯すのだ。

 

 そうとも、それくらい出来ずして、一体何が英雄だ。

 

 

「温いんだよ! この程度ぉっ!! 僕を止めるには、まるで足りんっ!!」

 

 

 立ち上がり、クロノ・ハラオウンは強く叫ぶ。

 そうとも、これより辛い地獄は通った。ならばこの温さでは止まらない。

 

 そんな嘘吐きの英雄の姿に目を細めて、スカリエッティは満足した様に頷いた。

 

 

「成程、然りだ」

 

 

 認めよう。これだけでは足りぬだろう。

 クロノ・ハラオウンの心を折るには、未だまるで全てが足りていない。

 

 

「だがクロノくん。これで仕込みが全てと、そう思われるのは不快だねぇ」

 

 

 だが、これだけではない。この狂人の執念は、こんな物ではないのである。

 

 

「言っただろう。もうチェックメイトなんだよ。……そうだろう、クアットロ?」

 

「ええ、ええ、ええ、そうですとも、ドクター!!」

 

 

 歪みが封じられたという事は、この女が動き出すと言う事も意味している。

 久しく会えた愛しい親の姿に笑みを浮かべて、クアットロ=ベルゼバブが動き出す。

 

 

「やはり貴方は最高です。その叡智は並ぶ者なく、その策謀からは誰であろうと逃れられない! そうですとも、貴方が間違いなくドクターなのよ!!」

 

「君に保証されると、自信が持てるねぇ。……一応確認だが、やはり君は裏切ってなど居なかったんだね?」

 

「勿論ですわぁ。私がドクターに牙を剥く筈など、天地が引っ繰り返ってもありえません。私は貴方の、忠実なる臣下で娘で作品ですものぉ」

 

 

 茶髪の女が纏わり付いて、愛しい者に触れる様に狂人の身体を撫で回す。

 そんなクアットロの髪を優しく梳きながら問い掛けるスカリエッティの言葉に、彼女は満面の笑みで頷いた。

 

 

「裏切ったのはエリオだけ。アストもナハトもこちら側なのに、それにも気付かずあの子ったら。ほんっと嗤いを堪えるのが大変だったわぁ」

 

「……そうか、あの子だけか。少し、残念だ」

 

 

 裏切っていたのはエリオだけ。裏切った心算になって、その実、掌の上だった道化一人だ。

 その事実を満足気に話すクアットロは、父の嘆きに気付かない。反意こそを成長の証とした男の嘆きを、彼女は違う物と捉えた。

 

 

「ご安心を、ドクター。裏切り者も既に貴方の策の内、最早逃れる術はありません」

 

()()()の策だよ。クアットロ」

 

「いいえ、違いなどありません。貴方が、貴方だけが、貴方こそが、私のドクターなのだから」

 

 

 的外れなその発言に、スカリエッティは苦笑を漏らす。

 優しく髪を梳く父に誤魔化されながら、クアットロ=ベルゼバブは保証した。

 

 己の策を進める為に、一度の死を受け入れた白衣の狂人。

 己と前の己を分けて捉える男に、彼は確かに己の父であるのだと、娘は抱き着きながらに甘く囁くのだ。

 

 

「ジェイル・スカリエッティ。貴様はっ!?」

 

「君達の敗因は、()()()の執念を甘く見た事だ。自決してでも、神殺しを為そうとしたその執念を、ね」

 

 

 機動六課の敗北理由は、たった一つそれだけだ。

 

 執念の差。意志の違い。何時か未来に託した彼らと、この今に全力で求道を求めた男。

 後者は望みを果たす為に己の命すらも捨てたのだから、前者が遅れを取るのは当然なのだ。

 

 

「さあ、潰しなさい。クアットロ。……彼が終われば、失楽園の日を阻める者などもう居ない」

 

「はーい。ドクター。お任せあれぇ」

 

 

 力の多くを封じられ、残された氷杖を握る黒衣の青年。

 唯の魔導師以下の力しか持たない今の彼に、最低の反天使である魔群が迫る。

 

 

「うふふ。ふふふ。ふふふふふ。歪みは使えない。身体の中にある機械は邪魔をする。残ったのは少しの魔法。そんな状態の魔導師なんて、甚振り殺すのは簡単よねぇぇぇ」

 

 

 先の恨みを此処で晴らそう。クアットロは粘着質なのだ。

 この女は一度として、与えられた痛みを忘れない。こうも優位に立ったならば、その仕返しをするのは当然だ。

 

 

「……だから、僕も言っただろうがっ!」

 

 

 勝機はない。だからどうした。

 敗北しかない。それがどうした。

 希望などはない。いいやそんなのは嘘なのだ。

 

 例え絶望の只中にあっても、希望の光は必ずある。

 そう信じて生きて戦い抜いた男である。ならばクロノが諦めるには、何もかもが足りていない。

 

 

「丁度良いハンデだ! この僕を、クロノ・ハラオウンを舐めるなよっ!! スカリエッティっ!! クアットロっ!!」

 

 

 無数の罠を操る狂人。高笑いする不死身の魔群。

 その双方を相手にして、黒衣の魔導師は強く示す。

 

 果てに敗北しかないと分かっても、その最後までクロノは決して諦めないのだ。

 

 

 

 

 

3.

 東部にある生体研究所。此処はその実、最高評議会とは何の関係もない施設である。

 嘗ては関係していたのだが、それは遥か昔の話。スカリエッティが生まれ育った後は、彼の研究所となっていた。

 

 故にこれは、ジェイル・スカリエッティが仕込んだ偽りの情報。ユーノ・スクライアを孤立させる為だけに、彼が仕込んだ策である。

 

 

〈さて、何から話した物か。語る物が多過ぎて、上手く説明できそうにない。だから一つずつ、順を追って語るとしよう〉

 

 

 その目的は唯一つ。友への恩義だ。

 これより死ぬであろうスカリエッティが、遺した真実が其処にある。

 

 そうと理解した訳ではないが、ユーノは居住まいを直して言葉を聞く。

 友と呼び合った男の真剣な表情に、真っ向から向き合う必要があると悟ったのだ。

 

 

〈私の望みは神殺しの誕生にある。それは君も知っての通りだ〉

 

 

 そんな彼に向かって、記録の中の男は語る。

 それは彼の目的。狂人が何を望み、何を為そうとしたかの述懐。

 

 

〈その上で語るが、単純な話。時間がなくなった〉

 

 

 神殺しを作らねばならない。それが男の求道であり、生涯の目的の全てである。

 だがしかし、その為の時間が足りない。このまま太極の完成を待っても、まるで届かないと分かってしまった。

 

 だから、それが必要となったのだ。

 

 

〈加速させる必要が生まれた。その為に手段は選べない。そうした果てに思い付いたのが、最終計画(ラストプラン)失楽園の日(パラダイスロスト)だ〉

 

 

 パラダイスロスト。それこそジェイル・スカリエッティの見出した最後の可能性。

 反天使三柱。生み出したダスト・エンジェルズによる奈落の創造。その果てにこそ、神殺しは生まれ出でる。

 

 

〈三柱の反天使の共鳴。それが真なる神殺しを生み出す奈落を作る。世界を地獄に堕とす事で、其処に萌芽は花を開いて実を結ぶのだ〉

 

 

 その絵図は完成した。その計画は既に練られた。だが一つ、未だ足りない事がある。

 用意された策を遂行する為に、失楽園の日を成立させる為に、絶対に排除しなければいけない男が居た。

 

 

〈だが、それには障害が存在した。たった一人だけ、存在するだけで破綻させる歪み者が居たんだよ〉

 

 

 クロノ・ハラオウン。万象掌握と言う歪みを持つ、最高規模の歪み者だ。

 単純な力量が問題な訳ではない。強制転移。その異能の特性が問題なのだ。

 

 ミッドチルダ内で、双子月の魔力を利用して、三柱の反天使が共鳴する事。

 それがパラダイスロストの前提条件で、その何れかが狂えばその瞬間に破綻する。

 

 クロノはそれを一手で崩す。クアットロを適当な無人世界に飛ばすだけで、スカリエッティの野望は砕けるのだ。

 だからこそ、クロノ・ハラオウンが邪魔だった。必ず排除しなければならないと思う程に、この青年だけが邪魔だった。

 

 

〈如何にかせねば、先ずは彼を排除せねば、だがしかし、これが中々に難しい〉

 

 

 故にこそ思考は其処に帰結する。ジェイル・スカリエッティの全霊を以って、如何にかクロノを潰さなければと。

 

 

〈力で押そうにも本人は強く、また最高評議会も彼の欠落を望まない。如何にか孤立させた上で、確実に排除できる機を待つ必要があったんだ〉

 

 

 その為に用意した無数の技術。御門の秘術を解明して、歪みを封じる力場を作った。

 その為に戦闘機人の部分に干渉する装置を作り出して、何時かの為にと無数の罠も用意した。

 

 それでもそれを活かす機会がなかった。ジェイル・スカリエッティは警戒されていたからこそ、罠を仕込む余地がなかったのだ。

 

 

〈だが搦め手の為に近付こうにも、彼は警戒心が強いからねぇ。六課に参加しようと声を掛けてみたら、思考捜査の強制を条件とされた。裏切る心算がないなら、頭の中身を暴かれても問題ないだろう、とね〉

 

 

 機動六課の結成を耳にして、丁度良いと売り込んでみた。

 そんな彼に返された拒絶の言葉がそれだ。思考捜査を受けない限り、仲間としては認めないと言う発言だった。

 

 

〈困った。実に困った。思考捜査の本質が分からぬ以上、どう欺いた物かとね〉

 

 

 怪しまれる事に否はない。当然なのだ。確かに狙っているのだから。

 

 だがしかし、スカリエッティとしても此処では退けない。

 如何にかそれを欺けば、逆に全幅にも近い信頼を得られると分かったからだ。

 

 

〈表層心理を探るだけなのか、深層心理も明かされるのか、或いは魂すらも暴かれるのか……ヴェロッサ君も用心深くて、どうにも話してくれそうになかったからねぇ〉

 

 

 思考捜査の本質は分からない。無理に探ろうにも、相手もそれは警戒している。

 

 スカリエッティに与えられた時間も少なかった。

 協力する気があるなら二十四時間以内に思考捜査を受けろと、それは余計な事をされない為の対策だったのだろう。

 

 

〈情報を探ろうにも限界がある。魔鏡に洗わせる事も出来たが、その時期は未だ動かしたくはなかった。故に、だ。私はこう結論付けたんだ〉

 

 

 考えた。考えて考えて考え抜いた。

 アストは動かせない。ヴェロッサは探れない。

 

 ならばどうすれば良いか――答えは気付いてみれば、余りにも簡単な物だった。

 

 

〈何だ。死ねば良いじゃないか、と〉

 

 

 画面の向こうで狂人が笑う。

 それで全てが解決だと、当たり前の様に彼は笑って口にした。

 

 己が死ぬ理由。それで全てが解決する訳を。

 

 

〈詰まりはそう。思考捜査がどんな能力だったとしても、絶対に分からない状態になれば良いのだ!〉

 

 

 深層心理を見る力でも、魂を暴く力でも、見付け出せなくなれば良い。

 それを出来るだけの用意は既に万全で、後は実行に移せば直ぐに結果は訪れる。

 

 ならばどうして、それを為さない理由があるか。

 

 

〈肉体の記憶を消しても、残ったシナプスを再構成される恐れがある。故にプロジェクトFの技術を使って、私のクローンを生み出した!〉

 

 

 元々、求道の半ばで死んだ時用に、クローン体は作っていた。

 その記憶を微調整して、必要な物だけに制限すれば良いだけ。

 

 スカリエッティならば、数分と掛からず終わる作業であった。

 

 

〈魂の器を写しても、中身を暴かれる危険は残る。故に魔鏡の力を使って、私自身の魂自体を改竄加工すると決めたのだ!〉

 

 

 そしてアストに命じて、己の魂すらも加工する。

 中にある記憶を消し去って、隠したい事を忘れた中身(タマシイ)(クローン)に移植するのだ。

 

 だがそれは、身体を入れ替えるだけでは済まない。

 フェイトとアリシアが別人であった様に、今のスカリエッティと次の彼は別人となるだろう。

 

 

〈私は一度死ぬ。己の求道を果たす為に、此処に命を終えるのだ!!〉

 

 

 連続した自我は其処で失われ、ジェイル・スカリエッティは其処で死ぬのだ。

 それが分かって、それでも為すのがこの狂人だ。そうとも己の命など、当の昔に求道に捧げていたのだから。

 

 

〈生まれ落ちる次の私は、私の理由など知らない。当然だ。そんな記憶など与えないっ!〉

 

 

 此処に生きて死んだスカリエッティが遺した罠を、次のスカリエッティは知らないのだ。

 知らないから見抜けない。どんなに思考を暴かれようとも、隠した真実が露見する事などあり得ない。

 

 

〈それでも生まれ落ちるのは私だ。ならば次の私が、今の私の意図に気付けぬ筈もない! 仮に気付けないとしても、魔鏡を動かせばそれで済む!〉

 

 

 その上で、次の己の行動を全て予測する。

 こうすれば丁度良いタイミングで気付けるだろうと、幾つもの布石を後へと遺す。

 

 クロノを封じた六課の罠もその一つだ。

 

 建設時の設計として今のスカリエッティが遺した物は、それ単独では意味がない。

 次のスカリエッティが作るであろう魔群対策の視覚妨害。それを加えるとそれだけで、神字として機能する様に作ってあった。

 

 魔鏡はいざと言う時の保険だ。そして終わりの時の訪れを告げる使者でもある。

 彼女が次のジェイルを目覚めさせ、パラダイスロストは完成する。次のスカリエッティが動くその時こそ、失楽園の日の始まりなのだ。

 

 

〈完璧だ。あらゆる要素が言っている。私が死ねば、神殺しは生まれるのだと〉

 

 

 この策は崩せない。この謀りは超えられない。

 例外があるとすれば僅か二人。彼の予想を超えた神の子と、彼の首輪を食いちぎった悪魔の子。

 

 だが彼らもまた、最後の詰めを誤った。

 憎悪に沈んだ対の子らは、最早この男の掌中からは逃がれられない。

 

 その為にこそ、共鳴と言う現象を仕込んだのだから。

 

 

〈だから死のう。だから消えよう。生まれ落ちる最高傑作の為に、ジェイル・スカリエッティを終わらせよう〉

 

 

 己の死を前にして、スカリエッティは恐怖を感じない。

 抱く情は歓喜だ。喜びだけがある。歓喜以外に存在しない。

 

 何故ならば、この命を捧げるだけで、この願いが叶うと言うのだから。

 故に待たない。故に止まらない。この狂人は嗤い狂って死に絶えて、その死後に全てを崩すのだ。

 

 

〈そう決めた時にね。一つ思い出したんだ〉

 

 

 だが一つだけ、其処に余分な色が混じる。

 それは甘さだ。求道者でしかない男が捨てきれない、そんな甘さ。

 

 

〈私を信じると語った君の瞳。その眼に飲まれた時を、確かに此処に思い出した〉

 

 

 高町なのはが死した時、ユーノ・スクライアは心の底から彼を信じた。

 柄にもなく本気で手を貸したいと思える程に、彼の対応はスカリエッティを揺るがせたのだ。

 

 そうなったのは、彼を初めて信じた少年がユーノだったからだろう。

 ジェイル・スカリエッティと言う男はきっと、それより以前に彼に憧れていたのだから。

 

 

〈あの時よりも前、それよりも前に、私は君に魅せられていた〉

 

 

 魅せられたのはあの時だ。時の庭園。大天魔に立ち向かう小さな背中。

 叡智がある訳じゃない。異能がある訳でもない。そんな子供が、逃げずに向かった。

 

 その姿に魅せられて、その在り様に憧れたのだ。

 自分はそうは成れないが、それでもそれは美しいと。

 

 だからこそ、そんな彼に信じられて、柄にもなく嬉しくなった。

 そんな彼と友になったからこそ、ジェイル・スカリエッティは此処に言葉を遺すのだ。

 

 

〈だから、此処に遺した。だから、君に遺した。この遺言を君に、あの日の礼として遺すのだ〉

 

 

 遺言の理由は、策謀の自慢の為ではない。

 そんな子供染みた感情も確かにあるが、それ以上に友誼の為に。

 

 だからジェイル・スカリエッティは、友として彼に言葉を掛ける。

 

 

〈友としてのお願いだ、ユーノ。……君は逃げてくれ〉

 

 

 逃げてくれと、この場から逃げてくれと彼は告げた。

 

 

〈この端末の下、培養槽の更に下に機械がある。それを使えば、君は地球へ転移出来る〉

 

 

 ユーノが視線を移した先、地面に半ば埋まる様にある機械。

 それが転移装置なのだろう。そう自覚して、ユーノは右手を握り絞める。

 

 

〈君だけじゃ嫌だと言うならば、高町なのはも共に逃がそう。大丈夫、魂の繋がり故に君達は共に跳べる〉

 

 

 鋼鉄の腕がギシリと動く。機械仕掛けの黒腕を、ユーノは大きく振りかぶる。

 

 

〈逃げてくれ。此処に他意はない。友として、真摯な願いだ〉

 

「友として、か。……なら、決まってるだろ。ジェイル」

 

 

 答えなんて決まっている。故にユーノは、逡巡さえしない。

 話の半分も聞かない内に振りかぶったその腕を、転移装置に向かって振り下ろす。

 

 ガンと鈍い音が響いて、転移装置は火花を吹いて壊れた。

 

 

「逃げる物か。お前がその道しか進めないなら、何度だってぶん殴って止めてやる」

 

〈……やはり、君はその道を選ぶのだね〉

 

 

 そうなると分かっていたのだろう。記録の中のスカリエッティは、嘆く様に瞳を閉じる。

 

 

〈そこから先は地獄だ。そう言っても、決して止まらないんだろう。それが君だ。その位は分かっている心算だよ〉

 

 

 瞳を閉じたままに、スカリエッティは確かに告げる。

 逃げろと言う忠告を無視した友人に、彼が友として送る最後の言葉を。

 

 

〈だから、その道を選んだ君に、これは最期の餞別だ〉

 

 

 レールが動く音が響いて、壊れた転移装置の直ぐ近くの床が競り上がる。

 中から飛び出したのは一つの機械。小型のそれから感じるのは、非常に強い魔力反応。

 

 それを手に取ったユーノは、その中身を見て驚愕する。

 内側にあったのは、純粋魔力結晶。レリック。そう呼ばれるロストロギアが入っていた。

 

 

〈私を信じてくれるなら、それをナンバーズに接続したまえ。何時か必ず、それは君の命を救うだろう〉

 

 

 飛び出した機械に付いた端子は、ナンバーズに接続できる様に作られている。

 これを付け加えればこの大盾は、ロストロギアを原動力に動く様になるだろう。

 

 それは確かに戦力アップだ。ジェイル・スカリエッティが、信用出来るならの話だが。

 

 

「……僕が何て答えるか、お前はもう分かってるんだろう」

 

〈ああ、きっと。君は二つ返事で信じると語るのだろうね。あの日の様に〉

 

「当然だ。友人を信用できない程に、僕の器は小さくない」

 

 

 疑念を抱いて当たり前、だと言うのに僅かも逡巡しないユーノ。

 そんな彼と談笑するか様に小さく笑い、そしてスカリエッティは瞳を開いた。

 

 

〈これから先、君は私の敵だ〉

 

「いいや、僕とお前は年の離れた友人だ」

 

 

 友としてはこれで終わりだ。ギラついた瞳がそう語る。

 そんな求道者を前にして、ユーノの答えは変わらない。

 

 そうとも彼がこういう男と分かって、それでも友と呼んだのだから。

 

 

〈何としてでも、私は君を潰し殺そう〉

 

「何としてでも、僕はお前をもう一発ぶん殴る」

 

 

 敵を潰す。そう語る狂った求道者。

 何としてでも改心させる。そう告げるのは、何処までも愚かな唯の人。

 

 

〈我らの道は、既に分かたれたのだから〉

 

「僕らの道は、きっと何度でも交われる。そう望むなら、何度だって手を取り合えるさ」

 

 

 誰より真摯に求道を目指す者と、誰よりも解脱に近付いた者。

 その意志が交わる事はない。彼らは友と成れた事がおかしな程に、遠く離れた者達なのだから。

 

 

〈だから――〉

 

「だから――」

 

 

 宣戦布告を此処に、相容れない二者は確かに告げる。

 

 

〈ここで眠れ。ユーノ・スクライア〉

 

「舐めるなよ。ジェイル・スカリエッティ」

 

 

 狂笑を迎え撃つ。その瞳は揺るがない。

 揺るがぬ視線に射抜かれる。だがその狂気は消えはしない。

 

 

「必ずぶん殴りに行く。改心する迄、何度だってぶっ飛ばす」

 

〈いいや、きっともう二度と、私達が出会う事はないだろうさ〉

 

 

 スカリエッティの言葉を最後に、そのモニタは光を失う。

 代わりに動き出すのは、壁の左右に控えていた巨大な機械兵器群。

 

 たった一つを壊すのも厳しい青年に、立ちはだかるのは二十のガジェットⅤ型である。

 超えられる筈がない。戦える筈がない。立ち向かえる筈がない。生き残れる筈がない。

 

 そんな道理は、しかしこの青年には意味がない。

 

 

「唯の鉄塊を数揃えただけで、僕の道を阻めると思うなよっ!」

 

 

 友として、あの馬鹿野郎を殴り飛ばすと決めた。故にユーノは走り出す。

 決して抗えぬ筈の怪物兵器の群れに向かって、拳を握り締めて立ち向かうのだ。

 

 

 

 

 




スカ山「ユーノが殴ったから、改心したと思った?」
スカ山「トーマの殴りイベントで殊勝な態度を見せたから、もう裏切らないと思った?」
スカ山「甘いな。それで裏切るのが、この私だ!」


所詮スカさんはスカさん。
改心しようと、ゲロ以下の臭いがぷんぷんします。



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