リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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恋する乙女は、無敵である。

※2017/03/10 ちょっと操作ミスしました。
二重投降になっていたので、一つ消してあります。


第二十三話 其の想いは愛故に

1.

 赤い。血の赤が、その部屋を満たしていた。

 首が取れた甲冑に、崩れ落ちた無数の屍。彼らは皆、命を落とした。

 

 惨劇が起きた部屋の中、ヴェロッサ・アコースは必死に駆ける。

 ほんの少し目を離した隙に起きた事態に悔やみながらに、大切な人の名を叫んだ。

 

 

「カリム!」

 

 

 生きていてくれ。助かっていてくれ。必死に縋る彼の想いに、答える様にか細い音が耳に届く。

 騎士達に庇われたのか、積み重なった屍の中に一つ、鼓動を続ける肉がある。近付いたヴェロッサは抱き寄せて、涙を零す様に口にした。

 

 

「カリム。良かった。カリム」

 

「ロッサ」

 

「喋るな! お願いだから、喋らないでくれよ! 今直ぐに、治療班の下に連れて行くからっ!!」

 

 

 傷は深い。命に係わる程に、その身は深く傷付いている。

 病人を多く抱えていたから六課隊舎から別の場所へと一時移動した治療班の下へと、すぐさま駆け込めば間に合うだろうか。

 

 そんな不安を抱えるヴェロッサは震えながらに、カリムにもう喋るなと伝える。

 義弟の反応に、彼の胸中を知りながらに、それでもカリムは力なく首を振った。

 

 これは伝えないといけない。これを伝えない訳にはいかない。そう悟る彼女は、確かに伝える。

 

 

「伝えないと……貴方に……」

 

 

 機動六課の隊員寮。其処に手勢の騎士達と共に、聖王を保護していたカリム・グラシア。

 魔群の襲撃。スカリエッティの裏切り。それに続く形で起きた内側からの襲撃に、彼らは瞬く間に壊滅させられたのだ。

 

 予想すらしていなかった。そんな魔鏡の正体。

 反応すら出来なかった騎士達は壊滅し、カリムも同じく傷を負った。

 

 こうして生きているのは、奇跡に近い幸運だ。

 

 魔鏡アストがカリム・グラシアに興味が無かった。

 だから一合にて切り捨てて、その死を確認する事もなかった。

 

 其れよりも外で戦うスカリエッティ、彼の支援に回る事を優先した為であろう。

 なればこそ己の役割だけを確実に果たして、魔鏡アストはこの場から姿を消したのだ。

 

 

「ヴィヴィオ、が……」

 

 

 壊滅して、惨劇に染まった寮の中。其処に聖王たる少女の姿はない。

 彼女から伝えられる言葉。此処で何が起きたのか。それを耳にしたヴェロッサは、その表情を険しくする。

 

 腕に掴んだ大切な命。此処で理解した一つの真実。

 歯噛みの果てに、ヴェロッサ・アコースと言う男が選んだ選択は――

 

 

「必ず助ける。その後だ。直ぐに治療班に連れていく」

 

 

 決まっている。彼にとって最愛は決まっていて、だから彼は目を逸らす。

 

 その選択にきっと後悔するだろう。

 それでも彼は姉を救う事を選ぶ。姉の想いより、その命を優先する。

 

 それがヴェロッサ・アコースの、唯一つ生きる意味なのだから。

 

 

 

 

 

2.

 秋の夕暮れを思わせる黄昏の空。深まる色に沈む偽りの街を一望する小高い丘。

 飛び出した石に腰掛けて、佇む男の姿は記憶のそれより酷く小さい。それは比喩ではなく物理的に、確かに血肉が欠落している。

 

 半分しかない身体を引き摺りながら、時間を掛けて向きを変える。

 そんなゲンヤの姿を見詰めて、リリィは呆然と息を飲んでいた。 

 

 

「あ? コイツか。……ちょっとばっかし、遅かった。ま、そういうこった」

 

 

 赤い血肉が覗くその断面。燻る炎は腐った黒色。取り除けなかったその呪詛は、この男を今も苛んでいる。

 事此処に至って既に手遅れ。魂深くにまで刻まれた魔刃の毒は、何を以ってしても取り除けない。明確に分かる程に、その魂は消え掛けていた。

 

 

「どうして」

 

 

 吐息と共に白い煙が宙に踊る。小高い丘を、ほんの僅かな煙が染める。

 一本しかない腕。五本もない指。そんな欠落だらけの儘に煙草を握る男の姿に、リリィはその眼を揺らがせた。

 

 

「んだよ。嬢ちゃん。そんな泣きそうな顔して」

 

 

 そんな少女に苦笑して、ゲンヤは韜晦する様に言葉を紡ぐ。

 皮の内側。骨の断面。内臓が零れ落ちて解けていく有り様。そんな状況でこの男は、誤魔化す様に笑っていた。

 

 

「あれか? こういうの苦手だったか? だよな。年頃の娘さんなら、こんなの誰だって顔を顰めるもんだろうさ」

 

「違う。違います!」

 

 

 そんな韜晦に、返す言葉は必死の色。そうではないのだ。誤魔化さないで欲しい。

 今にも消えそうな有り様で、それでも心配掛けない様にと笑い飛ばす。その浮かべる表情は酷く痛々しい。

 

 

「どうして、そんなに平然と! 消えちゃうのに、誰かを心配して! どうしてっ!?」

 

 

 ゲンヤ・ナカジマは助からない。彼に来世はあり得ない。

 腐炎で燃やされたのだ。魂深くまで染み込んだ炎は分断出来ず、今尚燃やし続けていたのだ。

 

 彼は消える。この男は消滅する。肉は滅び、心は消え去り、魂すらも残らない。

 

 きっとトーマも、心の何処かでそれを理解していた。

 親殺しの痛みを背に負って、それでも救えなかったのだと理解していた。

 

 だからこそ、あんなにも今、憎悪の心で叫んでいる。

 泣きそうな程に憎悪を叫んで、それだけで良いと迄に心から叫んで、――嗚呼、それは何と救われない。

 

 

「……あー、そういう事かよ」

 

 

 一分一秒ごとに小さくなっていく。燻る炎に焦がされて、崩れ落ちていく白髪の男。

 ゲンヤは石に煙草を擦り付けて火を消すと、空いたその手で困った様に頭を掻いた。

 

 元より女子供の扱いは不慣れなのだ。己の為にと泣かれてしまえば、どうしたら良いか分からなくなる。

 不器用な男だ。だから彼は不器用なりに、苦笑と共に言葉を紡ぐ。口にするのは唯一つ、この終わる今に彼が至れた解答だ。

 

 

「悔いはある。未練もある。だけどまぁ、そういうもんだろうさ。人生って奴はよ」

 

 

 後悔も未練も山程ある。愛していると伝えたい。唯それだけも出来なかった。

 

 だがそれでも、ゲンヤは恵まれていた方だろう。

 全てが上手く行く事などはない。あの時ああしておけば、こうしておけばと必ず思う。

 

 過程に失敗は付き物で、結果にきっと後悔する。それが人の一生と言う物なのだ。

 

 

「そうじゃ、そうじゃないっ!」

 

 

 だがそれは、当たり前の終わり方を迎えた時の話であろう。リリィは心の底からそう思う。

 

 

「消えるんですよ! 残らないんです! その腐炎に焼かれたら、魂すら残らないっ! 次がない。完全に消える。来世の救いだって、其処にはないんですよ!」

 

 

 だって次がないのだ。もう後がないのだ。

 魂すらも消滅して輪廻に戻れず、何も残る物がなくなってしまう。

 

 せめて何時か幸せになってと、来世の幸福を祈った女神が居た。

 その断片から生まれた白百合の少女は、この世界にその残滓が残っていると知っている。

 

 擦れた法則。輪廻転生。何時か幸せになる為に、別の形で次がある。

 それが今のこの世界の法則で、だがもうゲンヤにはそれすら残っていないのだ。

 

 

「だから、言ったろ。……生きるってな、そういうもんだ」

 

 

 だと言うのに、この男はそれで良いと語るのだ。

 

 

「元より一回こっきりで、次なんて元々あるもんじゃねぇ。だから皆必死になって、この今を生きる。それが人間ってものだろうさ」

 

 

 死後などはない。輪廻などはない。転生などはあり得ない。

 人の人生は一度きり。一度が終わればやり直しなど一切効かず、亡くなった者は戻らない。

 

 だからこそ、その一度が尊いのだ。どんな終わり方をしても、その一度は尊いのだ。

 それが当たり前。優しい女神が居なければ、それで当然の終わり方。ならばそう。何故にそれを理不尽と感じよう。

 

 

「未練はある。後悔もある。だけどよ、嬢ちゃん。……俺は、ゲンヤ・ナカジマは、もう十分生きた」

 

 

 己の消滅を理解して、三日を過ごした黄昏の街。

 真面に動けぬ身体で見詰めるゲンヤ・ナカジマが、出した結論はそれである。

 

 もう十分に生きたのだと、たった一度で十分だったのだと。

 茜色に染まる空の下、ゲンヤ・ナカジマは微笑みながらに言葉にした。

 

 

 

 涙が零れ落ちる。その姿が悲しくて、その結論が寂しくて、瞳から流れ落ちる。

 そんなリリィの反応。それに困った表情を浮かべながらに、ゲンヤは残った指で指し示す。

 

 

「ほら、泣いてないで、見てみろよ」

 

 

 見詰める先にある光景を、涙に霞んだ瞳でリリィは見た。

 

 茜色の空の下、稲穂の色に染まる街。作り物の大都市は、しかし冷たさなど感じさせない。

 まるで幻燈。映し出されたその世界は、現実にある物とは確実にズレている。写真と絵画の違いの様に、それは決して写実でない。

 

 小さな蛍の光の様に、或いは星灯りの様に、何処か暖かで儚い光。

 それに包まれたクラナガンと言う光景は、唯只管に美しかった。

 

 

「綺麗だろう。この街は」

 

 

 その光景こそ、ゲンヤが答えに至れた理由。

 もう十分に生きたのだと、彼に確信させた色こそこれだ。

 

 

「これはよ。アイツの心だ。アイツの心が映した、ミッドチルダの景色がコレだ」

 

「……これが、トーマの」

 

 

 黄昏の浜辺は、トーマの心にある世界。海岸線が嘗ての彼が抱いた想いの形なら、此処にある街並みは今の彼が築いた物。

 生まれたばかりの小さな子供が、大切な物を集めて作った幻燈の箱庭。彼が見て来たミッドチルダの景色の全てが、此処に集められている。

 

 これは現実の光景ではない。現実のミッドチルダは、もっと醜い色に満ちている。

 ああだとしても、彼にとってはこれが現実。幼いトーマは、世界をこんな形で見ていたのだ。

 

 

「キラキラ煌く宝石箱。そんな風にトーマの奴は、この世界を見続けてたんだ」

 

 

 現実を理解させられて、それでもこの景色はまだ美しい。

 心の底に綺麗な世界が残り続けていたからこそ、トーマの心もまた美しく在れたのだろう。

 

 そうと理解した時に、ああ、ならば十分だったと分かったのだ。

 そうとも、未練も後悔も残っているが、それでもこの人生は充実していた。

 

 

「俺には愛した女が居た。人生を何度繰り返したって、これ以上愛せねぇって女が居た」

 

 

 惚れた妻は、少し年の離れた女。快活でお調子者で破天荒。良妻にはなれないと、そんな風に明言していた女であった。

 彼女はそれでも良母であった。それに本人は恥ずかしがって認めないだろうが、不器用な男にとっては本気で惚れた良妻だった。

 

 全力で愛した。全力で愛された。その果てが死別であっても、全力だったからやり直しなんて求めはしない。たった一度で十分な程に、もう満たされたと言えるのだ。

 

 

「俺には育てたガキが居た。そのガキは俺が必死になって守ろうとしていたこの世界を、こんなにも綺麗に捉えてくれた」

 

 

 引き取った子供は、本当に小さな子供であった。何も知らない。何も知る事が出来ない。そんな無垢な存在だった。

 だけど人形ではなかった。愛される中に子供は人に変わって行って、男が必死に守ろうとしていた世界を綺麗な物と見ていてくれた。

 

 美しい物を遺せたのだ。その心の底にある美麗さを、確かに与える事が出来たのだ。ならきっと、其処に飢え乾く様な祈りなどは混ぜてはいけない。

 

 

「なら、十分だ。後悔や未練はあっても、もう十分なんだ」

 

 

 綺麗だった。それで良い。満足できる過程であった。それで良いのだ。

 結果に想いを残す事になっても、それでも十分生きたと分かった。だから次など無くて良い。

 

 

「だから、な? 泣くなよ嬢ちゃん。昔から男親ってもんはよ。泣く子に勝てねぇと、相場が決まっちまってるもんなんだよ」

 

 

 ゲンヤは男臭く笑って、残った腕を如何にか伸ばす。

 バランスが取れない身体で不器用に、撫で回す腕にリリィは想う。

 

 

「無駄だったん、ですか?」

 

 

 もう十分と、彼は感じている。ゲンヤは来世を望んでいない。

 望んだとしてもあり得ない。もう救えないと分かっていて、それでも感じてしまう想いがある。

 

 それはきっと――

 

 

「トーマが貴方を殺してでも、救おうとしたのは無意味だったんですか?」

 

 

 彼がこのまま消えてしまうなら、トーマの行いが無駄になると想えたから。

 あんなにも涙を流して、必死に救おうとして、それでも結局救えなかった。其処に感じる想いも過程も、全て無意味だったと言われた様で。

 

 だとすれば余りに悲しいと、白百合は誰かを想って涙を流した。

 

 

「……全く、困った嬢ちゃんだ」

 

 

 誰かの為に泣いてばかりだ。そんな白百合の表情に、ゲンヤは口調と裏腹に頬を緩ませる。

 ああきっと、この子は良い子だ。後を託すに足りる程に、それはこの数分の邂逅で十分分かった。

 

 だからそうとも、これは決して無意味じゃない。

 

 

「無駄じゃねぇ。無意味じゃねぇよ。……アイツのお陰で、言葉を遺せる」

 

 

 満足しているから、消え去る事に否はない。

 それでも未練は存在するから、言葉を伝えたいと想っていた。

 

 だが此処からでは届かない。ゲンヤは此処から抜け出せない。

 そんな彼にとって、言葉を託すに足る少女が此処にやって来た事、それはきっと奇跡に等しい幸運だった。

 

 

「十分生きて、残った未練だってここで晴らせる。ならどうして、それを無価値って言えるんだよ」

 

「ゲンヤさん」

 

 

 涙に震えるリリィに向かって、向き合うゲンヤは此処に託す。

 それは愛していると一言だって、伝える事すら出来ない父の最期の願いだ。

 

 

「俺は消える。もう直ぐにでも、燃え去り消える」

 

 

 存在は消える。魂は消滅する。その命は無価値となる。

 それでも言葉は遺せる。想いは遺せる。全てが無価値となる訳ではない。

 

 だから――

 

 

「だからな、嬢ちゃん。アイツを頼むわ」

 

 

 ゲンヤは願う。息子を支えてやってくれと。

 

 

「もう愛しているって、そんな事すら伝えてやれない駄目な親父の代わりによ。あの馬鹿息子を支えてくれ」

 

 

 親離れの時は来た。子離れをする日が来た。

 だから託せる少女を前に、後を頼むと微笑むのだ。

 

 

「嬢ちゃんみたいな良い子が居れば、未練はねぇ。安心して、眠れるってもんだ」

 

 

 傍らに白百合があり続ければ、抱えた未練だって無くなるのだ。

 人生には満足して、残された人への不安は消え去り、そうすればもう、本当にする事が無くなるだろう。

 

 だから頼むと、ゲンヤは口にする。

 初対面に近い相手の為に泣ける優しい少女に、我が子を頼むとその頭を下げるのだ。

 

 

 

 それは真剣な想い。もう後がない男の、最初で最後の頼み事。

 愛しい少年の身内の願いに、リリィはその想いを受け入れたいと感じている。

 

 それでも、僅かに悩んでしまう。

 その願いを叶えようと、断言できない理由があった。

 

 

「……でも、私じゃ。私の声じゃ届かない。トーマに想いは、届かない」

 

 

 それは不安だ。拒絶されたが故にこそ、彼女は不安を抱いている。

 自分がトーマの助けになれるか。いいやきっとなれはしない。そんな無形の不安がある。

 

 

「いいや、届くさ。やり方をちょっと変えれば、絶対届くと保証してやる」

 

「やり方?」

 

 

 そんな彼女の不安を、ゲンヤは笑って吹き飛ばす。

 誰より子を想う男親は、我が子の性格を良く知るが故に保証するのだ。

 

 

「嬢ちゃんはよ、良い子過ぎるんだわ。何処かでアイツの為と思って、踏み込み切れずに遠慮する。……あの馬鹿はあれで視野が狭いから、頭に熱が入ってる状態じゃ反応できねぇ。遠慮してちゃ届かねぇよ」

 

 

 トーマは大切な物に、上手く優劣を付けられない少年だ。好き嫌いはハッキリしても、好きな者には優柔不断だ。

 一番二番と決められなくて、大切な物は皆大切。だから声が届かないからと、それで其処に順序がある訳でもない。

 

 ユーノとリリィの違いは何か。それは踏み込む足の深さである。

 ゲンヤはその程度の違いと語る。傷付く覚悟で一歩踏み込む。そんな違いしかないのだと彼は笑う。

 

 

「だからさ。嬢ちゃんはもっと、我が儘になって良い。本気の想いで、ぶつかってやんな」

 

「本気で、ぶつかる」

 

「おうよ。駄々捏ねるってんなら、頬の一つも張り飛ばしてやりゃ良いだけの話さ」

 

 

 声が届かないのは、其処に遠慮があるからだ。

 誰かを想って、それはとても大事な事。だがそれでも、想うだけでは揺るがせられない。

 

 時には全力で、傷付け合う事も必要なのだ。

 

 

「頼むわ、嬢ちゃん。アイツの支えになってくれ」

 

 

 傷付く覚悟で踏み込めば、きっとリリィの声も届く。

 

 

「この綺麗な景色を見ていた瞳が、俺の命一つで曇っちまうんは余りに惜しい。アイツの夢を、駄目な親父の所為で、汚れたままにしたくはねぇんだ」

 

 

 それが出来るのは、白百合の乙女一人だけ。

 この今に憎悪に曇ってしまった瞳を、晴らして輝かせる事が出来るのはリリィだけ。

 

 そう確信するゲンヤは頭を下げて、傷付いてくれと頼むのだ。

 

 

「……まだ、自信はないです」

 

「そうか」

 

「……少し、怖いです。本音で当たって、また拒絶されたらって思うと」

 

「そうか」

 

 

 未だ怖い。自信なんて存在しない。

 二度も拒絶されたのだ。声が擦れる程に、それでも駄目だったのだ。

 

 だから不安は拭えない。自分じゃ無理だと、想う情は拭えない。

 

 

「……だけど」

 

 

 それでも、それだけじゃない。それだけじゃないから、腹を括る。

 

 

「私も少しだけ、我が儘を言ってみようと思う」

 

 

 止めないといけないと分かっている。止まって欲しいと願っている。そんなリリィ自身の想い。

 己の消滅を受け入れて、それでも残った未練が故に頭を下げた。そんなゲンヤが託した想いに、受け入れたいと言う感情。

 

 それだけではなくて、もう一つ。

 本気の想いをぶつけるならば、感じた不満はそれ一つ。

 

 

「気に入らないの。先生やエリオばっかり見て、トーマは私を見てくれない」

 

 

 あの日に暴走した時は、ユーノの言葉と行動だけで立ち止まった。

 この今に暴走している時に、トーマはエリオの事しか見ていない。

 

 それが不満だ。気に入らないのだ。どうして自分ではなくて、彼らの事ばかり見詰めるのか。

 

 

「だから、もっと見てって、好きだから、もっと見てって、我儘を言ってみます」

 

 

 嘗ての愛を捨て去って、己の恋を自覚した。なればこそ一人の少女として、成長を始めた少女は想う。

 それは幼く拙い心が生んだ、可愛らしい嫉妬の情。確かな恋情があればこそ抱く、思春期故の感情こそが原動力だ。

 

 

「くっ、はははっ、ああ、そうだな。そりゃぁ良い」

 

 

 そんな少女の、何処か拗ねた様な膨れっ面。

 切羽詰まった今に歩き出す原動力の、不釣り合いな程の可愛らしさにゲンヤは堪え切れない様に吹き出し笑う。

 

 その態度にむっとするリリィに向かって、悪い悪いと笑いを堪えて謝りながらに、ゲンヤはその想いを保証する様に口にした。

 

 

「好きなだけ甘えてやんな。好きなだけ不満をぶちまけてやりな。それを受け入れてやるのが、男の甲斐性ってもんだからよ」

 

 

 くしゃりくしゃりと頭を撫でて、ゲンヤは懐から銀色の箱を取り出す。

 金属製のその箱は、先祖が故郷から持ち込んだと言われている地球製のライターだ。

 

 それをリリィに向かって投げる。慌てて受け止めた少女を横目に、煙草を一本取り出し咥えた。

 

 

「ワリィ。嬢ちゃん。火、付けてくれるか?」

 

 

 もう腕も上手く動かないから、一人では煙草も吸い辛くなってしまった。

 そんな風に笑うゲンヤに頷きを返して、リリィは彼が咥えた煙草に火を付ける。

 

 すぅと息を吸い込んで、煙混じりの吐息を吐く。

 その白い色が茜色の空に溶けていくのとほぼ同じく、ゲンヤの身体も溶けて消えた。

 

 

「…………」

 

 

 もういない。世界の何処を探しても、もう何処にも居なくなった。

 喫い掛けの煙草は地面に落ちて、燻る火が巻き紙や刻を少しずつ減らしていく。

 

 残された煙が消えるまで、リリィは街を見詰め続ける。

 稲穂の色に染まったクラナガンの街並みは、やはり何処までも美しかった。

 

 

 

 

 

3.

 立ち並ぶ建築物を瓦礫に変えて、開けた街並みを荒野に変えて、戦いは唯只管に激化する。

 刃をその手に、悪鬼の如き表情で。最早少年達は今、何を思っていたのかも分からない。

 

 

「エリオォォォォォォォォッ!!」

 

「トォォォマァァァァァァッ!!」

 

 

 瞳に映し出されるのは、決して許せぬ怨敵のみ。祈りも願いも渇望も最早意識の外だ。

 コイツを倒す。この男を殺戮する。全身全霊全てで以って、ならば後には何も残らなくてそれで良い。

 

 湧き上がる憎悪と流れ込む悪意が殺意を燃やし、燃え上がる泥が身体を突き動かす。

 彼らは既に人とは言えまい。たった一つの感情に純化して、他の全てが零れ落ちた形骸がどうして人と呼べるのか。

 

 これは獣だ。獣と言う怪物だ。

 二匹の獣は共食いの果てに、何もかもを破綻させるのだ。

 

 それがきっと、辿り着くべき幕と言う物。

 ならばこれは一体、如何なる奇跡が生み出す結果か。

 

 

同調(リアクト)解除(オフ)

 

 

 ひらりと風に踊る様に、甘い蜜を思わせる色が靡く。

 激突する二人の戦場の中心に、白く儚い百合の花が咲いていた。

 

 両者の反応は両極端に。

 

 抜け落ちた片割れに、大剣を失い動揺を見せる神となる子。

 そんな敵手を前にして、無価値の悪魔は唯憎悪の儘に嘲笑う。

 

 目の前に一つ、獲物が増えた。神の子を狂わせるのに十分な、そんな獲物が一つと増えた。

 この今に手を緩める理由などは欠片もなく、ならば一歩踏み込みその腹に魔槍を突き立てる迄の事。

 

 理解する。トーマもそれを理解する。

 リリィは躱せない。迫る刃を防げない。きっとこの手は取り零す。

 

 

「リリィっ!!」

 

 

 それでも伸ばす。必死に伸ばす。もう失う物かと手を伸ばす。

 漸く見詰めたトーマの蒼い瞳を、白百合は覚悟を決めた瞳で見詰め返していた。

 

 

「トーマ」

 

 

 伝えるべき事がある。言いたい事がある。でも簡単には聞いて貰えない。

 だけど頬を張るのは苦手で、ならば我が身を投げ出そう。今の彼でも無視出来ぬ様に、視線を張り付けにしてやるのだ。

 

 そうして告げるは一世一代。少女にとっての大一番。

 心にそうと決めた今、必死に伸ばす手も、迫る魔槍も、全てが取るに足りない物。

 

 

「終われ」

 

 

 ニヤリと嗤う刃が迫る。その直前に――黒い魔弾が数度飛来し、その槍の穂先を僅かに動かした。

 

 

「ちっ! 雑魚が増えたかっ!?」

 

 

 打ち込まれた衝撃に、僅か後退するエリオ。

 歪みが籠った銃弾でその進撃を妨害した少女は其処に、崩れた壁に寄り掛かりながら笑っていた。

 

 

「三下の悪役でもあるまいに、女の子の檜舞台を妨害してんじゃないのよ。馬に蹴られるわよ」

 

 

 ティアナに現状は分からない。未来を視る目も上手く働かず、この襲い来る重圧に押し潰されそうになっている。

 それでも一つ分かる事。それはあの場に居る一人の少女が、腹を括って覚悟を決めた事。ならばその覚悟を活かす。そう立ち回るのが己の役目だ。

 

 そうとも、恋する乙女は無敵なのだ。

 このどうしようもない現状を、きっと変えられるのはそんな強さだ。

 

 

「女子供が、そんな甘い理由でっ! ふざけるなっ! 僕らの決着を邪魔するなぁっ!!」

 

「止めろとは言ってないでしょうが、ちょっとは待てって言ってんのよっ! 大物気取りがしたいなら、尚更ねっ!!」

 

 

 黒石猟犬。駆け付けた少女が放つ時間逆行弾は、一つ一つは取るに足りない威力である。

 ティアナ・L・ハラオウンではエリオ・モンディアルには勝てない。足止めすらも出来なくて、それが互いの実力差。

 

 それでも、足を引くくらいはしてみせよう。

 白百合の少女が言葉を紡ぐ、その僅かな時は稼いでみせる。

 

 迫る黒衣の魔刃を前に、ティアナは一人立ち塞がった。

 

 

「トーマ」

 

 

 ティアナに感謝を。彼女は恐らく一合とて持たないだろうが、それでも語る時間は作れる。

 そんな彼女に感謝を抱いて、リリィはトーマに微笑み掛ける。必死に伸ばした手に肩を強く握られ、それでも儚い笑みを浮かべた。

 

 

「リリィっ!」

 

 

 名を呼ぶ声に、籠る色は怒りである。

 どうしてこんな真似をしたのかと、死ぬ気だったのかと、激しく激しながらに睨み付けるトーマの瞳。

 

 その中に自分の姿が映っている。それだけで嬉しく想える単純な少女は此処に、己の理由を語るのだ。

 

 

「やっと、見てくれたね」

 

「――っ! そんな事の、為にっ!?」

 

 

 憤る。どうしてそんな小さな事の為にと、怒りを示すトーマの顔。

 其処で怒りを思えるのは、彼が少女を想うが為に。大切なのだと、想えているから。

 

 だからそんな感情に笑顔を零して、それでも間違っているのだとリリィは告げる。

 

 

「そんな事、じゃない。そんな事じゃないよ」

 

 

 そんな事ではない。そんなちっぽけな事ではない。

 憎悪に歪んだ瞳を向ける。その為ならば、この身を賭ける価値があった。

 

 そうして、届いた。堕ちきってはいなかったから、彼はその瞳を向けてくれた。

 その色が怒りと言う感情であったとしても、それでも見詰めてくれたのだ。だから、そんな事と言える程に小さな事ではない。

 

 

「寂しかった。辛かったよ。見てくれないのは、無視されるのは」

 

 

 痛い程に強く握り絞める。その腕の中へと身を投げる。

 震える少年の頬に手を当て、指でなぞりながらに訴え掛けるのは己の想い。

 

 辛かった。悲しかった。寂しかった。

 居るのに居ないと扱われる。声を掛けても拒絶される。それは痛かったのだと想いを伝える。

 

 

「でもそれより、ずっと辛いのは――その輝きが無くなる事」

 

 

 だがそれ以上に辛かったのは、トーマのその身が堕ちる事。

 大切な物を集めた黄昏の世界に蓋をして、憎む事だけしか出来なくなる事。

 

 それを見ているしか出来ない事が、どうしようもなく辛かったのだ。

 

 

「嫌だよ。私は嫌だ。全部を全部一人で背負って、大好きな貴方が居なくなる。そんなの絶対、嫌だから」

 

 

 だから伝える。そうはならないでと。

 この今に、純化が途切れた今に、この想いよ届けと声にする。

 

 本気で向き合う時、其処に痛みは生まれる。

 気遣う事もなく、互いの意志をぶつけたならば、痛みが生まれるのは必然だ。

 

 

「ねぇ、傍に居させて」

 

 

 だけど、だからこそ、心は動くのだ。

 痛みがあるから心が動く。本気の意志だからこそ、心が震える。

 

 心が揺れ動くからこそ、想いは其処に届くのだ。

 

 

「一緒に居させて、決して一人に、ならないで」

 

 

 白百合は告げる。それは本気の言葉。

 目の前にいる愛しい人を抱き締めて、強い瞳で言葉を紡ぐ。

 

 たった一人になってでも、憎む相手を殺したいと。

 そう狂える程に思っている彼に向かって、譲らない言葉を掛けるのだ。

 

 

「だけど、僕は」

 

「許せないよね。痛いよね。辛くて憎くて、感じるんだ。涙が零れる程に」

 

 

 涙が零れる。流れ落ちる瞳は共に、二人で一つとなったが故に共感している。

 震える程に痛いのだ。悲しい程に憎いのだ。溢れ出した憎悪の色に、今にも全てが塗り染められそうな程に。

 

 

「奪ったアイツを、どうしてっ!?」

 

 

 その想いは揺るがない。この憎悪は無くならない。

 どれ程に言葉を重ねても、そんな事では変わりはしない。

 

 それでも、そうと分かっていても――

 

 

「だけど、それだけにならないで。純化なんてしないで、たった一つしかないなんて、余りに悲し過ぎるから」

 

 

 それだけになるのは、止めて欲しい。それだけしか見ないなど、止めて欲しい。

 純化の果てには何もない。狂い泣き叫ぶ様に憎悪を吠えて、果てにあるのは滅びだけ。

 

 そんな悲しい結末など、決して望んではいないのだ。

 

 

「一緒に夢を見よう。一緒に戦って、一緒に倒して、その先にある綺麗な夢を目指して歩こう」

 

「……リリィ」

 

「私は貴方と、そう生きたい」

 

 

 許せないなら、それで良い。憎み続けるなら、それでも良い。

 だからせめて、一人で抱えないで。一緒にその荷を背負わせて。

 

 儚く微笑む百合の花。彼の為に作られて、彼の為に生まれ育って、其処に己の意志など欠片もなかった。

 それでも白百合は決めたのだ。生まれた理由も育った理由も関係ない。自分の意志で、これから先も共に居るのだ。

 

 

「私は貴方と、そう生きたいよ」

 

 

 涙に濡れた瞳で語る。紛れもなく本気の想い。

 それは確かに少年の心に響く。憎悪を叫ぶ子供の胸に、それ以外が芽吹いて育つ。

 

 その芽に水を上げたなら、きっと綺麗な花が開く。

 それだけの時間があったなら、きっと彼らは超えていける。

 

 だがしかし、その時間を与えまいとする、そんな怪物が此処には居た。

 

 

「ご高説だな。しかし、現実味がない言葉だ」

 

 

 邪魔をする少女を軽く蹴散らし、夜風を纏う悪魔が佇む。

 吹き付ける冷気を前にして、咲き誇る少女を守る様に少年は一歩前に出る。

 

 だが、止められない。少女の言葉が届いたからこそ、今の少年では止められない。

 純化が止まったのだ。共鳴が外れたのだ。憎悪の果てに得た力は霧散して、互いの実力差は元へと戻った。

 

 

「少し共鳴が外れたようだが、まあ然したる問題じゃない。直ぐにまた純化する」

 

 

 共鳴成長は無駄ではない。一度至って感覚を覚えた今ならば、そう遠くない内にまた到達できる。

 だがしかし、憎悪の力が失われたこの今に、すぐさま其処まで至れる訳ではない。この今に力の差を、埋める要素など何もない。

 

 

「ここで終われ。赤く染まれ。無価値に枯れろ。百合の花」

 

 

 夜の悪魔が手を伸ばす。手折りて花を枯らす為に、その手に暗い炎を灯す。

 彼女を庇って、向き合うトーマ。彼が正気に戻ったからこそ、確かに断言出来る言葉がある。

 

 ここでリリィを失えば、今度こそ彼の全てが終わる。

 憎悪の底からでも手を伸ばせる。そんな少女を失えば、今度こそ全てが終わるのだ。

 

 そう確信して、嗤うエリオ。トーマに抱きしめられながら、リリィは彼を強く見る。

 

 

「エリオ。貴方にも、言いたい事があるんだ」

 

「……言ってみなよ。遺言代わりに聞いてあげるさ」

 

 

 純化共鳴が途絶えたが故に、冷静さを取り戻したのはエリオも同じく。

 散り去った命に報いる願いを思い出した今ならば、彼は遺す言葉と言う物を軽視しない。

 

 だからこそ、聞き届け覚えておこう。

 そう真摯に向き合う魔刃の耳に、聞こえたのは信じられない言葉であった。

 

 

「毎回毎回粘着質に! いい加減しつっこいのよ! このヤンホモ野郎っ!!」

 

「なっ!?」

 

「リ、リリィっ!?」

 

 

 余りにも予想外。儚く優しい少女の口から、零れ落ちる罵倒と暴言。

 予想だにしていない反応に戸惑うエリオとトーマを前に、リリィは確かに宣言する。

 

 エリオを睨み付けるその瞳は、まるで恋敵を睨むかの如く。

 

 

「貴方に、貴方なんかにっ! 私のトーマは、渡さないんだからっ!!」

 

 

 トーマは私の物なのだと、恋する乙女は断言したのだ。

 

 

 

 余りにも予想外の言葉に、唖然とする二人の少年。

 時が止まったかの様な場を動かしたのは、一人の中に眠る悪魔が腹を抱えて大笑する反応だった。

 

 

〈ククク、クハハハハハハハっ! まあそうだな。傍から見れば、重度の同性愛者に見えなくもないよなぁ! 言われてしまったなぁ、エリオォ!! クハハハハハハハハハッ!!〉

 

「笑うなっ、ナハトォっ! ――っ!?」

 

 

 大爆笑を続ける内なる悪魔に苛立ちながら、襲い来る漆黒の魔弾を切り払う。

 まだ動けるのかと、面倒だと見据えた先。全身に傷を負った少女は壁に身を預け、デバイスの銃口を向けていた。

 

 だがその表情は、必死や真剣さとは程遠い。

 漆黒の魔弾を放った瀕死の少女は、笑う度に傷口が痛むからと、必死に噴き出すのを堪える表情を見せていた。

 

 

「くっ、それはないでしょ。コイツをホモのストーカー扱いって、リリィ、それ、流石に反則、くっ」

 

「ええい、どいつもこいつも、鬱陶しいぃっ!!」

 

 

 噴き出す半死人に、笑い転げている悪魔。

 そんな周囲の反応に苛立ちながら、槍を振るって後退するエリオ。

 

 今直ぐにでも一掃したい気分だが、トーマとの共鳴解除の影響を受けているのは彼も同じく。

 一気に劣化した実力との差に慣れていないから、先にもティアナを仕留めきれていなかったのだ。

 

 故に僅かに逡巡して、潰すよりも先に変化に慣れる事を選択する。

 そうしてエリオが一歩を退いて、生まれたのは僅か数秒に過ぎない隙。

 

 

「えっと、その、リリィ」

 

「トーマ。男は駄目だからね」

 

「あ、いや、その……はい」

 

 

 男色的な(そういう)意志はないのだと、そう伝えようとするが一息に切って捨てられる。

 時間も余りないので説得を諦めて、トーマは一つ溜息を零す。そうして零れ落ちる様に、くすりと笑みを吹き出した。

 

 ああ、本当に、敵わない。恋する乙女には、どうにも勝ち目が見えそうにない。

 先ほどまで怒り狂っていたと言うのに、今では軽い笑みが零れる程に、こんなにもあっさりと変えられてしまった。

 

 そんなトーマは負けを認めて、星の宿った瞳で少女を見詰める。

 その瞳の色に笑顔を零して、見つめ合うリリィは此処に言葉を紡ぐのだ。

 

 

「トーマ。誓約を」

 

「今度は、何て?」

 

 

 誓約を。今度こそ、己の意志で誓約を。

 

 

「決まってるよ。エンゲージ。その瞬間に、語るべき事なんて決まってる」

 

 

 憎悪に汚れて、全身から血を流し、それでも星の輝きを取り戻した。そんな少年に向かって、白百合の少女は微笑み告げる。

 

 

「健やかなるときも、病めるときも」

 

 

 誓いの言葉。それは何時如何なる時も、互いを想うと誓う言葉。

 

 

「喜びのときも、悲しみのときも」

 

 

 一つ。一つと噛み締める様に、心の底から誓う様に、その想いを彼に伝える。

 

 

「富めるときも、貧しいときも」

 

 

 一緒に居るのだ。何時如何なる時だって、痛みも喜びも、全て共に抱えるのだ。

 だからこそ、此処に誓約を。あの日の様に誰かに流された形ではなくて、今度は自分達の意志で確かに誓おう。

 

 

「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

 

 見上げる少女の言葉は即ち、恋する乙女の愛の告白。

 そうと理解して、何処か恥ずかしがる様に、トーマは頭を掻いて問い掛ける。

 

 

「僕で、良いの?」

 

「貴方が、良いの」

 

 

 ちょっと情けないその言葉。返る答えは一言に。その一言に、全てが籠る。

 

 

「私で良いかな?」

 

「……そうだね。君がいないと、僕はまたきっと間違える」

 

 

 問いを投げ掛けた彼に、問い返す様に言葉を投げる。

 私で良いかなと言う少女の問いに、困った様に微笑みながらに少年も返す。

 

 

「だから、傍にいてくれるかな?」

 

「その言い方はちょっと嫌。だけど、良いよ」

 

 

 答えなんて決まっている。だから不満と共に笑顔を返して、此処に二人の道は定まった。

 

 

「一緒に行こう。今度こそ」

 

「ああ大丈夫。もう間違えない」

 

 

 目指す道はもう間違えない。歩く道を、もう間違えはしない。

 風の儘に迷わずに、眩い未来を目指して歩く。我が身は即ち夢追い人だ。

 

 

誓約(リアクト)新生(エンゲージ)

 

 

 茶色の髪が、白銀色に染まっていく。蒼い瞳は深く色を変え、その身を黒き鎧が護る。

 新生した刃は、その切っ先の形を変える。手にした刃は首を落とすべき刃ではなく、己の意志を貫く為のガンブレード。

 

 

白百合(リーリエ)憧憬の剣(シュヴェールトアドミラシオン)っ!!』

 

 

 そして、彼らは共に立つ。

 夢見た果てに、何時か辿り着く事を目指して。

 

 

「待たせたね。ティア」

 

「……ほんっと、遅いのよ」

 

「後は任せて、もう二度と、間違えないから」

 

 

 既に限界を迎えて、それでも時間を稼いでくれた相棒。

 そんなティアナに感謝を告げて、トーマはエリオの前に立つ。

 

 

「エリオ」

 

「トーマ」

 

 

 見詰める先に居る宿敵に、感じる憎悪は未だ強く。

 許せない。認めない。お前だけは。そんな憎悪を抱えたままに、だがもうそれだけではない。

 

 

「憎悪じゃない。それだけじゃない。この今に、もう何も取り零さない為に」

 

 

 刃を構える。再び開いた力の差に、だが諦める理由がない。

 

 

「……共鳴する力を捨て去って、それで僕に勝てるとでも?」

 

「勝てるさ。勝ってみせる。だって、もう一人じゃない」

 

 

 必ず勝とう。勝ってみせよう。一人じゃないなら、決して負けない。

 その意志を以ってして、傍らに咲き誇る白百合の花と共に、悪魔の王へと立ち向かう。

 

 

〈行こう。トーマ。エリオを倒して、夢の先へ〉

 

「ああ、行こう。リリィ。アイツを倒して、その先に」

 

 

 何時だって一人じゃない。ならばきっと、無頼を気取る奴には勝てる。

 

 そうとも、誰かを守ると心に決めても、結局他者を足手纏いと捉えているエリオ。

 合わせる力は素晴らしい。その果てを追い掛ける少年は、この相手にだけは負ける訳には行かない。

 

 

「行くぞエリオっ! 僕達が――お前を倒すっ!!」

 

 

 憎悪だけではなく、確かな憧憬を貫く為に。

 トーマ・ナカジマとリリィ・シュトロゼックは共に、この強大なる宿敵へと挑むのだ。

 

 

 

 

 




リリィ「トーマは渡さないんだからっ!(恋敵的な意味で)」
エリオ「僕はホモじゃないっ!!」

コズミックストーカー「いいや、否。認めたまえよ諦めたまえ。愛と憎悪はコインの裏表。コインであると言う本質は変わらず、ならば即ち君の想いは正しくそうだ。愛――madness」

凄く一撃必殺さん「理解出来る。共感しよう。決着を付けるべき男との間に、ある種の絆が生まれるのは必然だ。それを誰が同性愛だのと貶そうと、お前の中でその決着が至高ならば、他者の誹りに耳を傾ける意味などない。……お前もそう思うだろう? ┏(┏^o^)┓<カメラードォ」

両刀使いのブーメランマスター「ってかよ。コイツはホモってより、両刀使いじゃね? しかも女がキャロ(ロリ)イクス(ロリ)アギト(ロリ)のロリ一択とか、業が深いにも程があんだろ。真っ平らな大平原なら何でも良いんじゃね?(ニヤニヤ)」

(∴)「何だ。塵にしては分かっている。そうだな。そうだよ。そうだよな。(胸に)起伏は要らない。(胸は)真っ平らで良いんだ」

ロリオ・ホモである「帰れ! 旧世界の遺物共ォォォッ!!」



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