リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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〇今回のネタバレ
なのは「おじいちゃん! 何か頂戴!!」
獣殿「ああ良いとも。持って行くが良い」つ聖槍


第二十五話 失楽園の日 其之拾壱

1.

 重厚な扉が音を立てて開いていく。先に見えるは絢爛豪華な玉座への道。

 目を焼く程の黄金。光り輝くのは踏み締めた大地ではなく、見上げた先に座す男。

 

 美しい。至高と語る他に言葉がない。人体の黄金比を孕んだ美丈夫。

 だが彼が宿した美麗さとは正の物ではなく、退廃さを感じさせる負の性質。正しく魔性と呼ぶべき者だ。

 

 

「此れまで道程。その最中で、卿は知った筈だ」

 

 

 玉座に腰掛けた男は、微笑と共に眼下を見下ろす。遥か高みより見詰める瞳は、愛玩動物に向けるかの如き慈愛の色。

 長い黄金の髪はまるで獅子の鬣が如く、美麗さは正しく化生の性質。慈愛の笑みを浮かべてはいるが、同時に隠し切れない程の威圧感を振り撒いている。

 

 一目見て飲まれそうだと、一つ言葉を聞いて呑み込まれそうだと、思ったなのはは即座に腹に力を入れる。

 退いたのは一歩。飲まれたのは一瞬だ。すぐさま意識を持ち直した女の姿を見詰めて、軍服の男は目を細めて笑みを深めた。

 

 

「穢土・夜都賀波岐。今はそう呼ばれる彼らの真実。其処に何があったのかを」

 

 

 これは古きに滅び、そして今の時代に再び生まれ落ちた存在。修羅の残影ではなく、再誕しようとする修羅の王。聖なる槍に宿りし至高天。

 高町なのはは彼を知らない。夜都賀波岐の記憶群。擦れたそれは獣の視点より語られた物。観測者は観測を行う自身を視る事が出来ぬ様に、高町なのはは獣を知る事が出来ていない。

 

 それでも、何となくは分かる事がある。それは一つ、この獣が敵ではない事。

 彼が敵になる可能性があるとするならば、それはこの先に待つであろう問答。それに如何に返すか、と言う点に終始しよう。

 

 全ては己次第なのだ。故になのはは背筋を正す。

 折り目を正し、超越者に向かって、真摯であろうと意志を見せる。

 

 その意志の在り方に笑みを浮かべながらに、黄金の獣は女を見定める為の言葉を掛けるのだった。

 

 

「その上で、問おう。聞かせて欲しい」

 

 

 椅子に座したまま、獣は高みより問い掛ける。超越者は神の慈愛を以って、小さき者を見定めている。

 聖餐杯はなく、再誕の儀礼は異なる要素に用いられた。故に今の獣は、槍の外へと出られない。無理をすれば力の行使は出来ようが、然程長くは続かない。

 

 故に見定めるのだ。故にこそ問い掛けるのだ。この今に託すのか、或いは己が再びに世に顕現するべきか。

 太陽の御子と言う血筋。故に器と成り得る可能性を持つ女なればこそ、見定めなくてはならない。既に()()()()()()()()()()()()女だからこそ、その胸中を知らねばならない。

 

 

「卿は今、何を想う?」

 

「私は――」

 

 

 先の光景を見て、何を想ったのか。英雄達の真実を知り、何を抱いたと言うのか。

 黄金の君はそれを問う。疑問を向けられて、高町なのはは僅かに詰まった。それは彼に飲まれたから、ではない。

 

 その答え。感じた想い。それを上手く言葉に出来ぬのだ。故にこそ戸惑う様に、女は己の言葉を探す。

 女の様子に気付いた黄金は、慈愛の瞳で彼女を見守る。此処は現実の時間軸からは僅かにズレた場所。故にどれ程に時が経とうとも、然程問題とはならない。

 ならば此処に問題となるはどれだけ待てるかと言う個人の器で、器の大きさで彼に勝る者などいない。故に問題などはないのである。

 

 

「悲しい恋人達が居ました。悲恋に終わった者達と、残された者の慟哭を知りました」

 

 

 少し考え込んでから、高町なのはは一つ一つと順を置いて言葉を示す。

 如何にか浮かんだ答えをすぐさま口にするだけでは、己の意志を伝えきれぬと感じていた。

 

 故に一つ一つと振り返りながら、見た光景への想いを此処に口にする。

 

 

「道を間違えた母子の姿がありました。愛して欲しくて、愛せなくて、間違い続けた姿が其処にはありました」

 

 

 振り返るのは、見せられた過去。感じているのは、真に迫る程の彼らの悲哀。

 

 櫻井戒とベアトリス・キルヒアイゼンに櫻井螢。悲恋の恋人達と残された少女。

 氷室玲愛とイザーク・ゾーネンキントにリザ・ブレンナー。捨てられた子供達と捨てた母親。

 

 ボタンを掛け違えた。その程度の擦れ違い。生まれた状況が悪かった。そんな致命的な不運。

 積もりに積もった要因が、起こるべくして破綻を起こした。英雄達の悲劇はある種、必然と言うべき物だったのだろう。

 

 何か一つでも違っていたら、そんな程度で避けられた破滅ではなかったのだから。

 

 

「友達の姿がありました。同じ様に飛び立っては行けなくて、それでも彼の星に憧れ続けた姿がありました」

 

 

 神に定められた演者達。作為的な悲劇によって生み出された英雄達。その中には確かに、友と呼んだ女も居た。

 そんな彼女を知る事が出来たからだろう。彼らが怪物ではないと分かっていたからだろう。嘗てにあった胸を突く程の慟哭は、人間らしさに溢れていた。

 

 だからこそ、あの時感じた答えは一つ。高町なのはは結論付ける。

 

 

「あの人達は、“人”でした。恐ろしい怪物なんかではなくて、超えなくてはいけない英雄であるより以前に――当たり前の人だったんです」

 

 

 一部の場面を切り抜いただけの回想だったが、それでも伝わって来るには十分だった。

 憤怒が、哀愁が、慟哭が、渇望が――そして何より、愛があった。だから高町なのはは、彼らを“人”と定義する。

 

 

「卿は“人”と、彼らエインフェリアをそう呼ぶかね」

 

「人ですよ。悲しいくらいに不運で、泣きたくなる程に異常で、それでも彼らは人なんです」

 

 

 哀切に涙し、怒号を叫び、歓喜を口にし、愛を交わす。それは誰しもが当たり前に行う事。

 彼らは情がない怪物ではなく、怒りの日に踊り狂った英雄と言う演者ではなく、等身大の人であったのだ。

 

 少なくとも、高町なのはの瞳には、そう見えた。

 

 

「私は彼らの過去を視て、そう想いました」

 

「そうか――ならば卿にとっては、彼らは“人”なのだろう」

 

 

 高町なのはが下した答えを、この黄金は否定しない。

 彼女の語る人の定義が、彼らの功績を貶める様な物ではないからだ。

 

 我も人、彼も人、故に対等。そう語る言葉がある。彼女が人間と認めた理由はそれに近い。

 同じ様に考え、同じ様に想い、同じ様に生きれる。そんな存在は人なのだと、それ以外の何だと言うのか。

 

 彼らは人だ。夜都賀波岐は古き世に生きた人でしかないのだ。

 先人として敬おう。此処に繋いでくれた偉業に感謝をしよう。それでも、その本質はきっと変わっていない。

 

 それが先の光景を見て、高町なのはが感じた想いの一つであった。

 

 

「それとこの過去を視て、私は私の役目を知りました」

 

 

 そんな唯の人間たち。彼らが必死になって、繋いで来た結果としてあるこの世界。

 偉大な先人を前にして、高町なのはが為すべき事。何を為せるのかと言う事。その答えは既に出ていた。

 

 

「本当にそれで良いのか。何度も何度も迷いました。その役を果たしたとして、その先に何があるのかと」

 

 

 過去を巡る途中で理解した。いいや、本当はずっと前から気付いていた筈だった。

 為すべき事を為したとして、果たして先などあると言うのか。足踏みしたい理由もあって、だから彼女は是幸いと迷っていた。怠惰に甘えていたのである。

 

 けれど、それももう終わり。時代は岐路に到達した。

 既に零れた水は盆へと返らない。このままでは撒き散らされた水は滞って腐ってしまうから、そうならない様に流れる川へと変えねばならない。

 

 ならばこそ、もう足を止める必要などはない。もう足踏みをする事など、どれ程に望もうと出来はしないのだ。

 

 

「その答えは――あの子が教えてくれました」

 

 

 玉座の間に流れ込む色。薄い蒼色をした魔力の霧に、なのはは指先で触れる。

 途端に共有される記憶と知識。この黄金の玉座にまで届いて来るのは、トーマ・ナカジマの絆の力だ。

 

 そんな次代の輝きになのはは微笑み、彼女を介して触れた黄金もまた笑みを深くした。

 

 

「ああ、良き子たち。いや、良い英雄たちだ。……卿の連れ合いも含めて、な」

 

「にゃ、にゃはは」

 

 

 触れた瞬間に流れ込んでくる記憶の中、終焉の地獄で啖呵を切る青年の姿が浮かぶ。

 

 愛し過ぎて壊されてしまった。それでも変わらず愛している。

 そう語れる男の想いに触れた女は頬を仄かな朱に染めて、直した筈の口癖で恥ずかしそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 そうして少し、間を置いた後。微笑みながら見守る黄金を見上げて、高町なのはは言葉を紡ぐ。

 

 

「私、歩くの遅いんです」

 

 

 高町なのはは歩くのが遅い。それはずっと昔から、変わらず思って来た言葉。

 歩いていては届かない。大切な者は何時も何時も、あっという間に流れてしまう。歩いていては、届かないのだ。

 

 けど、だからと言って、諦める事なんて出来ない。だから、彼の空の星を目指した。

 

 

「彼の空へ行こうと、星を見上げて飛び立った。ずっと飛んでないと追い付けないから、地面なんて見ている暇がない」

 

 

 歩いていては、届かない。走り出しても、まだ遅い。休まず空を飛び続けて、漸く見えるその高み。

 だから歩く事は出来ない。走っているだけでは意味がない。駆け抜けていく人に追い付くには、空を飛び続けていないといけない。

 

 他人なんて導いている余裕がない。正しい世の中なんて、描いている暇がない。新しい世界を生み出す事など、元から高町なのはには不可能なのだ。

 

 

「私は星になりたい。彼みたいに、あの空で輝ける様に」

 

 

 そんななのはが、願ったのはたった一つ。とても綺麗なその人の傍らで、共に光り輝く事。

 遠く遠く、気が付けば遠くに行ってしまう儚い月。今も昔も、その背中だけを追い掛け続けている。

 

 

「目指す先は命の答え。解脱と言うその理。其処を目指して飛び続けるから、他の物なんて目に入らない」

 

 

 だからこその解脱の意志。人類総解脱などとクロノ・ハラオウンは語った夢。皆で目指すと語り合ったその未来。

 だが、心の底では何処か皆とズレている。それを此処に、なのはは理解した。その綺麗な題目に酔える程、この女は優しくなれないのだ。

 

 本当は他人なんてどうでも良い。心の底にある真実は、己がそうなりたいと願う祈りだけ。

 その背中が輝いているから、追い付きたいと願うのだ。だから自分は追い掛けて、それだけで彼女は完結している。

 

 高町なのはは求道の器だ。目指した先は唯一つ。誰より素晴らしいと誇れる恋人の様な、素敵な人間へと至る事。己が解脱する事こそが、求道者としての女の夢。

 

 

「……卿は、理解しているかね?」

 

「ええ、分かっています。私は決して、()()()()()()()()

 

 

 だが、その願いは叶わない。高町なのはは求道の器だ。

 彼女は最早、神の領域に至っているのだ。解脱とは、余りに方向性が違い過ぎている。

 

 

「この身はもう人ではない。逆方向に極まってしまった。私はもう、貴方達と同じ域にいる」

 

 

 願えば願う程、求道神としての性質が強くなっていく。そうなりたいと思い描く度に、そうなるべき姿から外れていく。

 空を飛ばねば追い付けない。だが、空を飛んでいては辿り着けないのだ。故にこそ、これは愚者の願いだ。決して叶う事がない愚かな祈り。

 

 

「解脱に至れるのは唯人だけ。求道や覇道の神々では、方向性が逆過ぎる。渇望で向かえる様な、そんな場所ではないんでしょう」

 

 

 何時からか、その事実に気付き始めていた。あの日に彼が己の足で、その瞬間から外れ始めていた。

 高く飛べば飛ぶ程に、速く飛べば飛ぶ程に、目指す道が分からなくなっていく。見えていた筈の星空が、遠く遠く霞んでいく。

 

 だからこそ停滞していた。無意識に足踏みをしていたのは、それが故だろう。

 今になって漸く気付く。神となって漸く分かる。高町なのはは、人で居たかったのだ。

 

 

「それでも、私が輝きたいのは彼の星空。彼が居るあの星空。決して辿り着けない事が分かって、飛び続ければ離れて行くと分かっていて、それでも――彼の星空に行きたいと願うんです」

 

 

 もう至れないと分かって、それでも目指すのは彼の星空。

 目指せば目指す程に外れていくのに、それでも向かい続けるのは彼の星空。

 

 最高の人に相応しくなる為に、解脱を目指し続ける求道神。

 決して満たされる事なきその渇望は、彼女を無限に強化する。決して叶う事がないからこそ、彼女は最も強大な戦神へと成り果てるのだ。

 

 

「だから、私は新世界を生み出せない。私は歩くのが遅いから、望んだ道は余りに遠いから、他の物は目に映らない」

 

 

 破壊。戦闘。その限りにおいて言えば、恐らく歴代でも最高位に至れるだろう。

 叶わない願いを永劫追い続けるからこそ、彼女は壊す事に向いている。他の誰よりも、その役割こそが相応しい。

 

 

「だから、本当にそれで良いのか。何度も何度も迷いました。私が為すべきと感じたその役を果たしたとして、その先に何があるのかと」

 

 

 気付いて、それでも変われない。変わりたいなどとも思えない。至れないと分かって、それでも渇望は肥大化するのだ。

 解脱を目指すからこそ、彼女は求道神として強くなる。人に成りたいと願えばこそ、彼女は何処までも強くなる。そんな彼女が破壊者ならば、彼らこそが世界を産む者。

 

 

「トーマは前に進んでくれた。神様になんてなりたくないと泣いてたあの子が、大切な人に誇れる様に強くなろうと進んでくれた」

 

 

 神様になんてなりたくないと、そう叫んだトーマ・ナカジマ。今に至って本当の意味で、彼の言葉に共感できる。

 そんななのはは、だからこそ感動している。力への意志を手に入れて、新世界を目指した彼の決意。その尊さを、きっと誰より分かっている。

 

 

「エリオは優しさを理解した。助け合う事を分かってくれた。競い合いしかなかった地獄が、確かに違う形に変わる。だから、もう大丈夫」

 

 

 救われない人にこそ、救いの手を与えたい。そんな風に心の底から願っていたエリオ・モンディアル。

 嘗ての彼には共に歩ける人が居なかった。だからこその共食奈落で、だけどもう地獄にはならない。烈火の剣精が、そしてトーマが、彼に大切な事を伝えてくれたのだから。

 

 

「今のあの子達になら任せられる。きっと良い世界を作ってくれる。だから、私が為すべきは世界を作り変える事じゃない」

 

 

 新世界は彼らに託そう。どちらが勝ったとしても、手放しで受け入れよう。

 そう認めるに足る輝きを見せて貰った。だからこそ生み出す事の出来ない破壊者は、異なる事に己が力を使うべきなのだ。

 

 

「為すべきは一つ。先を阻む過去を切り裂いて、あの子達が進む未来を生み出す。その為に――」

 

「世界を、壊すか」

 

「はい」

 

「卿はこの世界を、永遠の刹那を破壊しようと言うのだな」

 

「それが、私の為すべき役目だって、思うんです」

 

 

 黄金の王を前に、高町なのはは意志を紡ぐ。彼に誓うかの様に、己の意志を此処に示す。

 

 

「大切な出逢いがありました」

 

 

 ユーノ・スクライア。アリサ・バニングス。月村すずか。

 出逢いはそれこそ無数にあった。この世界がなければ、出会えなかった人々が確かに居た。

 

 

「悲しい別れがありました」

 

 

 フェイト・テスタロッサ。八神はやて。アンナ・マリーア・シュヴェーゲリン。

 生きて別れた人も居れば、死別した者らも沢山居る。もう逢えないと思えばこそ、悲しいと思わずには居られない。

 

 だがそんな悲しさすらも、世界がなければ抱けなかった感慨だ。

 

 

「優しい日々が此処にはありました」

 

 

 優しくて、暖かな日々があった。日溜まりの様な温かい日常は、掛け替えのない刹那の宝石。

 

 

「辛い日も、泣きたい時も、沢山沢山、ありました」

 

 

 挫けた時は数え切れぬ程、頬を幾度の涙が濡らした事か。だがそんな日々すらも、何に替える事も出来ない輝き。

 

 

「色々あったけど、答えはきっと唯一つ。胸を張って断言できます。私は幸せだったんだって」

 

 

 言葉にすれば唯一つ。己は幸せだったのだ。彼女は確かにそう想う。

 感謝の言葉を上げれば際限などはない程に、高町なのはは想っている。

 

 父母に、出会った人々に、生まれた故郷に、この世界に――全てに感謝を抱いている。

 

 

「幸福に感謝を。この時をくれた神様へ、向けるべき言葉は唯一つ」

 

 

 ならばこそ、送るべき言葉は唯一つ。

 綾瀬の口伝を果たす日が、遠い時の果てにやって来たのだ。

 

 

「今まで有難う。私達はもう大丈夫です。……だから安心して、眠ってください」

 

 

 もう大丈夫。歩く道は見えていて、其処に向かう事ならもう自分達だけで出来るのだ。

 だからこれ以上頼るのは終わりだ。世界の揺り籠。今の人にとっての楽園。天魔・夜刀を倒す為の行進は、今日この日より始まるのだ。

 

 

「愛してくれたあの人に、その言葉を伝える為に――私は今を壊します」

 

 

 愛された事を知っている。今も愛してくれていると、そんな事は分かっている。

 それでも壊すと此処に決める。愛されているからこそ、己の意志で壊すと決めた。

 

 

「憎むからじゃない。恨んだからじゃない。哀れんだ訳でもない。与えられた義務感や、押し付けられた役目や、綾瀬の口伝だけが理由な訳じゃない!」

 

 

 憎悪や哀切がないとは言えない。口伝を果たそうと言う意志もある。

 だが一番大きな理由はそうではない。そうとも、愛されたのだ。ならば――我らも愛するが道理であろう。

 

 

「私はこの世界を愛している! 彼と出会えた! 皆と出会えた! この時を守ってくれた人を、この世界そのものである人を、娘が父を想う様に愛している!! だから――っ!!」

 

 

 今も苦しみながらに世界を回す偉大な神よ。愛すればこそ、その命に幕を引こう。

 貴方達の役割は終わったのだ。後を継げる程に育ったのだ。だから、もう眠って欲しい。

 

 この想い。相応しい言葉は以前に、伝聞として聞いていた。

 その時には理解出来ず、今になって漸く分かった。そう。この言葉こそが、何より相応しい答えであろう。

 

 

「真に愛するならば壊せ! ――真に愛するからこそ、壊すんだ!!」

 

 

 真に愛するからこそ、今の世界を滅ぼす。

 全霊の礼賛と愛情を以って、偉大な神を終わらせる。

 

 それが、高町なのはの下した答えだ。

 

 

 

 

 

 これは如何なる奇縁であろうか。如何なる運命の帰結であるか。

 黄金の君は胸を打たれる。輝きに僅か眼を凝らして――そして数瞬、理解した直後に腹の底から笑い始めた。

 

 

「クク、ハハハ、ハァーッハハハハハハハハハハッ!!」

 

「にゃっ!?」

 

 

 其れまでの威圧感など消し去って、子供の様に笑い転げる修羅の覇王。

 玉座の上で腹を抱えているその姿に、呆気にとられたなのはは子供の如く驚き戸惑う。

 

 数分か、数十分か、腹が痛くなる程に笑い続けた。そんな黄金の姿に、我に返ったなのはは不機嫌そうな顔をする。

 そんなに嗤われる事を言っただろうかと、膨れ上がった己の系譜。その反意を愛でながら、呼吸を整えた獣は笑みの残滓を残しながらに詫びた。

 

 

「いや、済まない。卿の決意を嗤った訳ではないのだ」

 

 

 無様と嗤ったのではない。可笑しくて笑ったのだ。

 余りに奇縁だと、これが運命かと、可笑しくて可笑しくて――何より、嬉しかったのだ。

 

 

「唯、奇縁だと思ったのだよ。まさか、私がその言葉を聞く側に回るとはな」

 

「……何のこと、ですか?」

 

「何、取るに足りない。戯言に過ぎんよ」

 

 

 彼女は知らない。その言葉を口にしたのが誰であったのかを。

 黄金の獣も見せてはいない。必要な光景だけを見せた。だからこそ、なのはは知らないのだ。

 

 この黄金の君が語った愛を、その忠実なる臣下が受け継ぎ遺した。

 その忠臣に育てられた女が伝え聞いており、彼女から機動六課へとその言葉は託された。

 

 それは所詮伝聞。さして重要と思わなければ、記憶の底に埋もれていたであろう事。

 その言葉を此処で口にする。伝え聞いた言葉から、これこそが相応しいと選んで口にする。それはきっと、女が彼に似ているからだ。

 

 

「だが、そうだな。愛するならば、壊さねばなるまい。これ以上、彼を苦しめてしまう前に」

 

 

 黄金の瞳でもう一度、修羅の王は女を見詰める。その明るい栗毛は、曾孫であった少女に良く似ていた。

 容姿と言う面ではその程度。もう一方の息子の方が似ていよう。だが彼とは違う。内面が母親よりだった彼よりも、この女の内面は己に良く似ている。

 

 愛するからこそ壊そうなどと、前知識もなしにその解に至る。これを似ていると言わなければ、一体何が似ていると言えるのだ。

 

 

「私が卿を此処に招いたのは、卿らに嘗てを伝える為にだ。愛する者らが憎み合って殺し合う。それが戦い続けた先に与えられる褒賞では、余りに刹那が報われぬ」

 

 

 この瞬間に、女は彼にとっての特別となった。己の血を引く者であると、確かに獣は女を認めた。

 彼は全てを愛する獣だが、それでも好む事象や特別な相手と言う者は居る。高町なのはは、そんな獣の特別となったのだ。

 

 

「だが、卿は私の想像以上の答えをくれた。愛するが故に討つと、その言葉を聞かせてくれた」

 

 

 特別な子供を前にして、黄金の獣は微笑みながらに腕を振る。

 その腕の動きに合わせて玉座の間を切り裂く様に、黄金に輝く槍が出現した。

 

 

「故にだ。これを持って行くと良い」

 

 

 誓約・運命の神槍。現実世界においては、この女を今も貫いている獣の槍。

 ジェイル・スカリエッティは起爆剤に使おうとした様だが、黄金の獣は其処から更に一歩を進ませる。

 

 この槍を、高町なのはに引き継がせる。己の復活は望まずに、全てを己が後継に託すのだ。それが、黄金の下した決定だった。

 

 

「今も卿の身体を射抜くこの槍。これは本来なれば、その時代の覇者にしか持てぬと言う物だ」

 

 

 聖なる槍を手にした者は世界を制する。故にこそこの槍は、世界を制する覇を持つ者にしか使えない。

 卵と鶏。どちらが先かと言う話だが。世界を制する者にしか使えないからこそ、これは世界を統べるに値する槍なのだ。

 

 

()()()()()()()()。唯人になりたいと願う卿では、本来これを手にする事など出来はしない」

 

 

 高町なのはに覇道はない。彼女に王たる資質はない。故に本来なれば、これを使える筈がない。

 力で無理矢理動かす事は出来るだろう。両手を焼け爛らせながら、振り回す程度は出来るだろう。だがそれでは、態々与える意味がない。

 

 故に玉座より立ち上がった黄金は、その手に槍を握りしめる。

 そうして数歩進んで高町なのはの傍へと近付くと、その槍を彼女に直接手渡した。

 

 直接手渡された黄金の槍。握り締めた掌に、返る反発の気配はない。

 新たな担い手は相応しくないと、そう断じる黄金の槍。それを獣が己の気配で、強引に抑えつけていたのだ。

 

 故にこそ、一切の抵抗を受ける事なく、高町なのはは継承する。

 受け継いだ神威の波動で己の殻を砕かれながら、彼女は羽化の時へと至らんとしていた。

 

 

「それでも私から譲り渡すと言う形でならば、卿が扱う事も適うだろう。人になりたいと願う卿には不要かもしれないが、神々が覇を競う戦場に立つならば必要だ。使わなくなるその日まで、持って行くが良い」

 

 

 これは反則的な手段。前代の所有者から直接譲度すると言う方法で、資質のあるなしを誤魔化したのだ。

 所有者としての資格はないが、既に所有しているから問題はない。そんな頓智の様な抜け穴狙い。それが此処に成立した。

 

 これは所詮裏技だ。黄金の資質を借り受ける形となった彼女ではどれ程に力を注いでも、前任者以上にこの槍を使い熟す事は出来ない。

 そして槍に相応しい“この時代の覇者”と敵対したならば、高町なのはは必ず聖槍を奪われる。抵抗すら出来ずに、槍の所有権を失うのだ。

 

 そんな欠点を持ちながらも、それでも黄金の槍は正しく至高の武具が一つ。必ずや、これからの戦いの役に立つだろう。故にそれを受け継いだ高町なのはは、黄金の獣に向かって感謝と共に頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます」

 

「何、大した事ではない。寧ろ、私が卿に感謝したいくらいだ」

 

「え?」

 

 

 感謝の言葉を紡ぐなのはに、黄金の獣はそう言葉を返す。

 その言葉の意味が分からず首を傾げる女を、黄金は楽しそうに見詰めていた。

 

 

「嗚呼、そうだ。名乗りが遅れたな」

 

 

 己の胸元程の背丈で、槍を握り締めた一人の女。己の系譜を慈愛の瞳で見下ろしながら、黄金の獣は静かに微笑む。

 名乗りは遅れた訳ではない。元より名乗る心算はなかった。だが、名を聞きたいと思ったのだ。故にこそ、先ずは己が名乗る事こそ礼儀であろう。

 

 

「聖槍十三騎士団。黒円卓第一位。首領。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ=メフィストフェレス。……これが、私の名だ」

 

 

 黄金の鬣を靡かせて、十字の軍服を纏った男。黄金の獣、ラインハルト・ハイドリヒ。

 彼は己に良く似た女を祝福する。満たされぬ餓えに苦しみながら、破壊の愛を揮うであろう己の末を。

 

 

「卿の名を、卿の口から、聞かせて欲しい」

 

 

 見下ろす黄金の双眸。確かに宿った慈愛の色。

 栗毛の女はラインハルトを見上げて、白き衣に誓う様に口にする。

 

 此処に名乗るは誇れる在り様。何を憚る理由もない。

 

 

「古代遺産管理局所属、一等空尉――高町なのは、です」

 

「そうか。卿はそう言うのか」

 

 

 白き衣の様な清涼さ。太陽を思わせる温かな輝きに、ラインハルトは頬を緩ませる。

 別れの時は迫っている。時代の流れはもう変わる。故に女の名を忘れぬ様にと己の胸に刻んで、彼は扉の向こうを指差した。

 

 

「では、行くが良い。なのは。卿の活躍を期待している」

 

「はい。ありがとうございました。ラインハルトさん!」

 

 

 交わす言葉はそれだけだ。これ以上など必要ない。故に行けと、獣は告げる。

 そんな彼へと感謝を告げて、高町なのはは背を向けた。己が向かうべき戦場へ、今を終わらせる為に彼女は進むのだ。

 

 

 

 

 

 去って行くその背中。それを見送りながらに黄金は、玉座の下へと歩み戻る。

 華美では在れど、彼に比すれば輝きが曇る。そんな玉座に腰掛けた男は、笑いながらに何気ない言葉を虚空に投げた。

 

 

「我が身に良く似た子は可愛い。成程、これも中々稀有な体験だろう。なあ、カールよ。私は今、未知を感じているぞ」

 

――内面が貴方にそっくりな子孫が既知になる程溢れる光景など、それこそ世の終わりと言う物。未知で良かったと私は答えましょう。獣殿。

 

 

 何時の間にか、彼の背後に影が居る。それは在りし日の焼き直し。

 黄金の下に侍る水銀。絆の覇道と言う繋がりを介して影を送り込んだ彼の蛇は、古き友の言葉に嗤った。

 

 

「言ってくれるではないか、カール。数億、或いは数十億年振りの言葉とは思えんぞ」

 

――何、陰鬱とした再会など、それこそ我らには相応しくはありますまい。

 

「確かにな。それにこれは、ある種奇跡の様な物。長くは続くまい」

 

 

 記憶と変わらぬ彼の在り様に、再現された黄金は深く微笑む。

 

 最早消え去るのを待つだけの残滓となった蛇と、生まれる事を選ばなかった黄金の獣。

 疑似流出が消えれば再び別れる彼らの、この邂逅はある種の奇跡。所詮は偶然の産物だ。

 

 故に彼らは、何時もの様に語らいながら、次代を背負う者らを見る。

 

 

――ならば、如何なされるか?

 

「何、稀人に過ぎぬ我らはこの一時を、共に聴衆として見守るべきだろう」

 

――成程然り。では、そうであるがよろしいかと。

 

 

 蛇は残る事を選ばなかった。獣は生まれ直そうとはしなかった。

 故に両者の消滅は時間の問題。それでも、最後まで見届ける程度の時間は残ろう。

 

 蛇はトーマの内面にて、獣は譲った槍の内にて、共に聴衆としてこの筋書なき歌劇を楽しもう。きっと素晴らしい幕を引いてくれると期待して。

 

 

「さあ、今宵の歌劇を魅せてくれ。この今に生きる、英雄達よ」

 

 

 

 

 

2.

 気が付いた時、女は既にこの場に居た。

 

 

「……え?」

 

 

 暗い暗い天蓋の下、広がる花壇に植えられたのは薔薇の花。見た事もないこの場所を、何故か己は知っている。

 此処は吸血鬼が体内。闇の賜物が生み出す内的宇宙。そうである事を知るが故に、どうして此処に居るのか疑問を抱く。

 

 

「私は、天魔・宿儺と戦っていて――それで」

 

 

 倒された筈だ。ならば此処は地獄であるのか。そうと問えば、返る答えは否であろう。

 己は未だ生きている。人の身を外れたこの血潮は、頭を砕かれた程度で死にはしない。ならば一体、何が起きているのであろうか。

 

 

「何が起きているの? ううん。そんな事を考えるよりも早く、あの場所に戻らないと」

 

 

 首を振って戸惑いを振り払う。迷っている様な余裕はないのだ。ミッドチルダに生きる人々は、今も尚危険な場所に居る。

 混乱が起きなかったのは、奈落が人々を眠らせていたから。その奈落が砕けて、七柱の地獄が流れ出した今の世界。先ず最初に犠牲となるのは、最も弱き人々だ。

 

 己の血を愛せない。そんな女が己が異常を許容できるのは、誰かを守る者で在ろうとするからだ。

 救う為に、守る為に、その為にこの血を受け入れる事を許容する。それが月村すずかの在り方で、故にこそ戦場から一人取り除かれる事を良しとは出来ない。

 

 

「駄目よ。すずか。貴方は暫く、此処に居なさい」

 

 

 だが、そんな物は女の理由だ。彼女達にとっては、関係ない。

 故に元の世界へと戻ろうとしたすずかは、その女に妨げられる。彼女の前には、病的なまでに白い少女が立っていた。

 

 

「貴女は――」

 

 

 白い肌に白い髪。赤い瞳をした幼い少女。この女を知っている。彼の記憶を見た故に、月村すずかは知っている。

 病的なまでに白い女。その名は、ヘルガ・エーレンブルグ。ヴィルヘルムの実の姉にして、彼を産んだ実の母。そして、彼の手で嬲り殺された一人の女だ。

 

 

「優しい子なの。愛しい子なの。そんなあの子が、今とっても喜んでるの」

 

 

 彼女は愛に狂っている。その目は偏執的に盲いている。見たい物しか見ない少女は、現実など見ていない。

 闇の賜物が写し取った男の母親。母性愛と姉弟愛と異性愛が入り混じった倒錯的な感情は、全てたった一人の男の為に。

 

 邪魔はさせない。今の彼は漸くに、望んだ物を手に入れたのだ。

 故にこそ、月村すずかに邪魔はさせない。此処から先は、白貌の吸血鬼が一人舞台である。

 

 

「ずっとずっと欲しかったのよね。漸く叶ったんだもの。大丈夫。誰にも邪魔なんてさせないわ」

 

「……ヘルガさん。貴女は」

 

 

 心の中に咲き誇る薔薇の園。その管理者は狂った瞳で、荒ぶる我が子を慈しむ。

 漸くに得られた物を手に、燥ぎ回っている男。その背中を愛に濁った瞳で見詰めている。

 

 そんな少女に阻まれて、先に進めない月村すずかは天蓋を見詰める。

 暗い暗い夜空の向こう。内面世界を抜け出した先こそが、つい先程まで彼女が立っていた戦場だ。

 

 

「ヴィルヘルム。今、貴方が戦っているの?」

 

 

 戦場に居たすずかが此処に居る。ならば其処には、代わりとなる者が居る筈だ。

 そして間違いなく、今其処に立っているのはあの男。ヴィルヘルム・エーレンブルグと言う白貌だろう。

 

 

 

 

 

 幾何学模様に歪んだ空の下、頭部を潰された女の身体が蠢き始める。

 魔力が黒い霧と化し、欠落した部位を塞ぐ。断ち切られた半身が繋がって、立ち上がった彼女の髪は白一色。

 

 ニィと女は歪つに嗤う。開いた瞳は赤く染まって、その身体は満願成就に震えていた。

 

 

「……へぇ」

 

 

 立ち上がった女は、最早月村すずかではない。中身が既に違っている。

 それを一瞬で理解した天魔・宿儺は、小さく笑みを浮かべて呟く。此処で出て来るかと、彼は軽薄に笑っていた。

 

 笑っているのは、天魔・宿儺だけではない。

 彼よりも大きな喜悦を抱いて、ヴィルヘルム・エーレンブルグが笑っていた。

 

 

「ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハッ!」

 

 

 溢れる簒奪の瘴気。それは最早、身洋受苦処地獄でも消し切れぬ程に。

 今のヴィルヘルム・エーレンブルグはこの異界の中でも、その力の行使が確かに出来ている。それだけの位階を獲得した。

 

 

「俺が、俺こそが――フフフ、ハハハ、アーハハハハハッ!」

 

 

 だが、それで己の身体を癒した訳ではない。この地獄に取り残された人々を、糧にした訳ではないのだ。

 それを為せば器が怒る。だから避けたと言う、そんな理由などではない。――元よりその必要がない程に、今の彼には力が流れ込んでいる。

 

 

「ハハハハハッ! ハァーハハハハハハハハハッ!!」

 

「おいおい、ご機嫌じゃねぇの。お兄ちゃん。そんなに良い事あったんかよ?」

 

 

 それこそが歓喜の理由。嬉しさが溢れて止まらない程に、今のヴィルヘルムは満たされている。

 それは彼に力を与える存在が理由だ。力を貸している者こそが理由だ。その者とはトーマ・ナカジマ――ではない。

 

 

「ああ、最高だ。最高の気分だぁ」

 

 

 彼が傅くべきは唯一人。頭を垂れるのは唯一人。恩恵を受けるのは、唯彼からのみ。

 そんな主に認められたのだ。ずっと欲しかった証を得たのだ。我こそが、最も最初に付き従った牙なのだ。

 

 そう――

 

 

「俺が、白騎士だ」

 

 

 蘇らんとした黄金が、彼を白騎士として認めた。それが今に起きた全ての事実。

 それは或いは、数合わせでしかなかったのかも知れない。この時代にまで付き従ったのが、彼ともう一人しか居なかったからなのかも知れない。

 

 だが、そんな理由はどうでも良いのだ。重要なのは唯一点、己が主であるラインハルトより近衛と選ばれたと言う事実のみ。

 

 

「あんな犬畜生じゃねぇ。生き残れなかったアイツじゃねぇ。忠義を果たせなかった奴じゃねぇっ! この俺がっ! この俺こそがっ! 白騎士なんだぁぁぁっ!!」

 

 

 己は勝ち取ったのだ。生き残れなかった奴は、やはり相応しくはなかったのだ。高らかに歓喜を叫びながらに、ヴィルヘルムは敵を見据える。

 彼が主より受けた命は一つ。先人として生きた証を、次代へと焼き付ける事。引き継がせる為に、先ずは己を教え込む事。その為に此処で全力を使い果たして死ねと、主はそう命じたのだ。

 

 故にその忠実なる騎士は歓喜する。ここぞ我の死に場所だと、この最高の舞台を前に猛っている。

 

 

「じゃ、来るかい? お兄ちゃん」

 

 

 そうとも、今こそ至高の舞台。此処こそ至大至高の戦場。これ以上など望めない。

 背負った称号は主の近衛。受けた命は全てを吐き出す全力の闘争。対する相手は、結局決着を付けられなかった嘗ての宿敵。

 

 滅び去るには良い時だ。消え去るには良い理由だ。素晴らしいにも程があるこの戦場で、白貌の吸血鬼は高らかに名乗りを上げた。

 

 

「ああ、見せてやるよ。聖槍十三騎士団。黒円卓第四位。白騎士。ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイの本当の力をなぁぁぁぁっ!!」

 

 

 妖艶な女の身体を器として、此処に己の全てを出し切る。

 全身より黒き杭を生やしながら、ヴィルヘルムは流出域へと到達した己の夜を展開する。

 

 

「行くぜぇっ!! 修羅ァ曼荼羅ァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 今の弱体化した彼らの法など、最早せめぎ合うにも足りはしない。

 幾何学模様は赤き夜に塗り染められて、簒奪の夜は此処にその幕を開くのだ。

 

 

「何もかも残さず全てぇっ! 吸い尽くしてやるよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 修羅曼荼羅・血染花。修羅の天に集いたる男は此処に、黄金の後押しを受けながらに力を揮う。

 振るわれる力は正しく極上。全てを奪いながらに迫る神威を前にして、天魔・宿儺は嗤いながらに迎え撃つのであった。

 

 

 

 

 

3.

 トーマの創造を介して、黄金と繋がったのは白貌の吸血鬼だけではない。

 同じく在りし日より遺った彼の近衛。赤を背負ったその騎士も此処に、確かに主命を受け取った。

 

 

彼ほど真実に誓いを守った者はなく(Echter als er schwur keiner Eide)彼ほど誠実に契約を守った者もなく(treuer als er hielt keiner Verträge)彼ほど純粋に人を愛した者はいない(lautrer als er liebte kein andrer)

 

 

 彼は託すと決めたのだ。槍を後継へと継承し、全てを託すと決めたのだ。

 ならばその従者として、為すべき事は唯一つ。求められたのは彼と同じく、全てを後へと継がせる事。

 

 その為に全霊を、此処に全力を使い果たす。これがお前達が到達すべき場所なのだと、滅びと引き換えに彼らの心に刻み付けるのだ。

 

 

だが彼ほど総ての誓いと総ての契約(und doch, alle Eide, alle Verträge,)総ての愛を裏切った者もまたいない(die treueste Liebe trog keiner wie er)

 

 

 アリサ・バニングスの長い髪が、紅蓮の如き赤へと染まる。炎が激しく溢れ出し、その身から放たれる力は正しく神域。

 本来の人格を内へと封じ、表に出て来たのは狩猟の魔王。黒円卓は第九位。赤騎士。大隊長。エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。

 

 

汝ら、それが理解できるか(Wißt inr, wie das ward?)

 

 

 母禮を前に追い詰められていたアリサと入れ替わり、表に出た彼女は降り注ぐ炎を打ち払う。

 

 この今に発する神威。本来同格である彼女達だが、今は黄金の従者が勝る。

 劣化を重ねた刹那の軍勢が全力を出せないのに対し、滅びを前提とした黄金の従者たちは既に決死となっているのだ。それでどうして、互角となろうか。

 

 

我を焦がすこの炎が(Das Feuer, das mich verbrennt,)総ての穢れと総ての不浄を祓い清める (rein'ge vom Fluche den Ring!)

 

 

 言葉と共に零れ落ちる炎の欠片。獄炎の理は、母禮のそれを凌駕する。

 炎を炎が燃やし尽くすのだ。未だその力は真実の形で具現していないと言うに、その断片だけで既に上回っている。

 

 

祓いを及ぼし穢れを流し(Ihr in der Flut löset auf,)熔かし解放して尊きものへ(und lauter bewahrt das lichte Gold,)至高の黄金として輝かせよう(das euch zum Unheil geraubt)

 

 

 炎雷の化身。何する者ぞ。その身が焔で編まれるならば、その炎ごと燃やし尽くそう。

 これは彼への永劫変わらぬ忠義と愛の証である。故にこそ敗れはしない。我が想いの炎、越す事などは許さない。

 

 

すでに神々の黄昏は始まったゆえに(Denn der Götter Ende dämmert nun auf.)我はこの荘厳なるヴァルハラ(So - werf' ich den Brand)を燃やし尽くす者となる( in Walhalls prangende Burg.)

 

 

 世界が変わる。太極が塗り替えられる。此処は既に砲身の中、永劫燃やし続ける世界。

 敵を睨むは紅蓮の瞳。この時代の女の身体を借り受けて、その只中に紅蓮の騎士は一人立つ。

 

 

「さあ、我らが王の勅命だ! これぞ即ち、我が君が主命である!」

 

 

 女は今、何時になく猛っている。それは嘗てに失われた主と、此処に再会出来たから。

 もう二度とは得られないと諦めていた主命を受けて、忠臣たる彼女が猛らぬ道理はない。

 

 故に与えられた役を果たすのだ。未来に繋ぐ為に、此処に過去を示すのだ。それこそが、女の愛と忠義である。

 

 

「失くした物は戻らない。故に刹那を愛した彼へ。疾走する煌きを誰より信じた男に、愛された者達へ」

 

 

 輝かしき子らへ、如何なる花嫁にも劣らぬよう、最愛の炎を汝らに贈ろう。

 見上げた先で燃やされ続ける金糸の天魔。その跡形すらも残さぬ様に、此処に大焼炙を具現する。

 

 

「私が遺す。これが最期の一撃だ!!」

 

 

 溢れ出す獄炎。これは炎としての極み。誰も届かぬ至高の愛情。

 抗う炎を燃やし尽くし、吹き荒れる雷雲を燃やし尽くし、天魔・母禮の五体すらも抵抗の余地なく燃やし尽くす。

 

 そうとも、我は全てを燃やす者。この命と想いの炎で以って、新時代を告げる号砲と為そう。

 赤き騎士の苛烈な輝き。溢れ出す炎に焼き尽されながら、天魔・母禮はその懐かしい炎に感慨を抱いていた。

 

 

「ああ、相変わらず――貴女の炎は苛烈ですね。少佐」

 

 

 ベアトリスとしての彼女が微笑む。あの日に憧れた炎は未だ、寸分足りとも曇っていない。

 この恋情は確かに至高だ。全てを燃やし尽くさんとする愛情を前にして、勝てないと素直に想ってしまう。

 

 

「だけど、今更こんな物に、負ける訳にはいかないのよ」

 

 

 それでも櫻井螢としての彼女が首を振る。己の五体を焼き尽されながら、此処で負ける訳にはいかないと歯を食い縛る。

 炎使いとしては、相手の方が一枚も二枚も上手にあろう。今の自分は劣化していて、相対する敵は嘗てと同等。そもそも勝てる道理がない。

 

 だが、そんな劣勢は何時もの事。諦める理由にはなり得ない。負けて良い理由にはならないのだ。

 

 

「そう。だってこれは、遥か昔にもう乗り越えた物」

 

 

 そうとも、これは嘗て乗り越えた。櫻井螢も、ベアトリス・キルヒアイゼンも、どちらも共に乗り越えた。

 だから此度も乗り越える。乗り越えられない道理があるか。嘗ては超えられたと言うのに、この今に乗り越えられないなど在ってはならない。

 

 

「そう。これを前に敗れるのだとすればそれは――私達があの日から、一歩も進んでいないと言う証明になってしまう」

 

 

 だって、それでは全ての時が無為になる。全ての犠牲が無為となる。此処までの時間が、無駄であったと言われてしまう。

 それは駄目だ。奪ったのだ。ならば報いねばならぬのだ。以前より衰えたなど理由にならない。天魔・母禮は、この炎だけには負けてはいけないのだ。

 

 

「彼の憎悪(アイ)に甘えているのは止めたのよ」

 

 

 故に燃やされながらも、櫻井螢は一歩を踏み込む。

 己の意志を炎に変えて、全てを焼き尽さんとする世界に抗う。

 

 

「私達は未来を託す為に、彼女の意志こそ見たいのです」

 

 

 故に燃やされながらも、ベアトリスは高く叫びを上げる。

 雷光を纏った女は、それを以って炎を打ち払う。炎使いとして劣ろうとも、総合力では負けてはいない。いいや、負けてはいけないのだ。

 

 

――なあ、螢姉ちゃん

 

 

 奪った者は大切な者。無為に奪ったのではないと、証明しなければいけない者。

 泣いているのはもう御終いだ。悲劇のヒロインは止めたのだ。ならばこそ、此処で倒される終わりだけは認めない。

 

 

『だから――』

 

 

 想いを糧に、炎と雷が混じり合う。同じ想いを抱いた二人の女は此処に、その真価を確かに示す。

 轟音を立てて燃え続ける世界が――崩れ始めた。この今、完全に一つとなった天魔・母禮の手によって、確かに崩され始めたのだ。

 

 

『貴女は邪魔だっ! エレオノーレッ!!』

 

「――っ!?」

 

 

 太極が押し返される。せめぎ合いで押し負ける。この炎雷は止められない。

 元よりこれは当然の結末だ。永劫に回帰した嘗ての世界。神座世界において、狩猟の魔王を倒したのは彼女達。

 

 天魔・母禮は、エレオノーレの天敵なのだ。覚悟を決めて腹を据えた彼女を相手にして、狩猟の魔王は決して勝てない。

 

 

(負けるのか、我が君の御前で)

 

 

 燃やし尽くす業火の世界ごと、押し潰されて敗れ去る。

 遺った魂の残滓ごとに消し去ろうとする力を前に、最早抗う事さえ出来ない。

 

 全力を出して、それでも負けた。主命を果たせなかった事を悔やみながらも、こうも明白に示された結果に僅か満足し――

 

 

「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

〈アリサ?〉

 

 

 終わろうとした刹那、納得(ハイボク)してしまった女を押しのける形で、彼女が表に表れた。

 

 

「アンタねぇ、勝手に私の身体使って、何納得(ハイボク)し掛けてんのよふざけんなっ!」

 

 

 押し潰される世界を支えて、必死に啖呵を切るアリサ。彼女としても、この現状は寝耳に水だ。

 勝手に身体の主導権を奪われて、勝手に敗れかけているのだ。文句の一つ二つでは止まない程に、彼女は怒りを抱いている。

 

 

「相手は二人なんでしょう!? だったら、こっちも二人掛かりで、それがフェアってもんじゃないっ!!」

 

 

 それでも、そんな感情だけでは抗えない。入れ替わっただけで、この炎雷には抵抗できない。

 修羅の宇宙を支えようと必死に縋って、それでも押し潰されている。その崩壊速度はエレオノーレよりも遥かに速く、それが女の限界だ。

 

 だからこそ、アリサ・バニングスは叫ぶのだ。勝手に納得していないで、この獄炎の理を己に教えろと。

 

 

「とっとと教えなさいよ! アンタの全て! 一緒にやってやるから! 一緒に勝つわよっ!!」

 

 

 アリサが加わったからと言って、勝てるなんて保障はない。今の彼女は、足手纏いにしかなっていない。

 それでも勝つのだと啖呵を切る。勝つ為に共に戦うのだと叫びを上げる。勝って凱旋するのだと、アリサは胸に決めていた。

 

 

〈ふっ、お前は……、お前と言う奴は〉

 

 

 そんな彼女に発破を掛けられ、エレオノーレは小さく笑う。

 苦みと呆れが混じったその笑みは、それでも何処か晴れ晴れした物。そうとも、彼女は気付いていた。

 

 

〈ああ、そうだな。二人でやらねば意味がない。そんな事、分かっていた心算だったのだが――〉

 

 

 教えるならば、二人でやる方が効率的だ。一人では勝てないならば、共に手を取り合う事こそ必要だ。

 自分勝手に動いて、勝手に負けて諦める。そんな形では駄目だろうと、そんなのは遥か昔に気付いていた事。

 

 それを僅か一瞬でも忘れてしまっていたのは、黄金の君に魅せられてしまったからだろう。

 

 

〈慕う殿方との再会を前にして、年甲斐もなく燥ぎ過ぎてしまったらしい。許せ、とは言わんよ〉

 

 

 恋い慕う殿方を前にして、もう逢えないと想っていたから、彼女は年甲斐もなく浮かれていたのだ。

 そんな恋する乙女の小さな過ち。笑いながらに間違いを犯したと語るエレオノーレに、アリサは力を繰りながら必死に叫ぶ。彼女には余裕がないのである。

 

 

「はっ! そんな理由、知った事かっ!! ってか現在進行形でヤバいんだから、さっさと手を貸せ恋愛処女っ!!」

 

〈……時間があれば、その口の利き方も治してやった物を。――だが、まあ良い〉

 

 

 炎雷に押し込められながら、必死に抵抗しているアリサ。

 余裕がなくて地金を晒している姿に、エレオノーレは内的宇宙で溜息を一つ吐く。

 

 教えてあげたい事は山ほどあるが、伝えられる時間は然程多くはない。

 これが最期の教授の機会だ。結果はどうあれ、己は滅びる。故にこそ、此処に戦の全てを伝えよう。

 

 

〈遅れるなよ。アリサ。寸分違わず、私を真似ろ!〉

 

「やってやろうじゃないのっ!!」

 

 

 金糸に戻った髪はそのままに、その双眸だけが紅蓮の如き朱に輝く。

 赤き鎧を纏った女は此処に全てを受け継いで、獄炎の理を確かな今に示すのだ。

 

 

修羅曼荼羅(しゅらまんだら)――大焼炙(だいしょうしゃ)!!』

 

 

 溢れ出す炎の世界を一点へと、母禮を討つ為だけに高め上げる。

 対する天魔も笑みを浮かべて、二人諸共に滅ぼすのだと熱意を上げる。

 

 共に全力。共に手を合わせて、己達の全霊をぶつけ合う。

 せめぎ合う獄炎と炎雷。決して負ける物かと意志を込めて、潰し合いは激化する。

 

 

『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

『おぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

 

 遥か高みで、我意と我意が絡み合う。我らこそが勝つのだと、彼女達は意志を示す。

 獄炎と炎雷。神域の力がぶつかり弾けて、巨大な閃光が巻き起こる。熱量を伴った光が此処に、全てを消し飛ばしていった。

 

 

 

 

 

4.

 そして崩れ去る聖王教会の中で一人、彼はそれを目に焼き付ける。

 今にも生まれようとする輝き。桜と翡翠と黄金と、三つの光が重なる姿。

 

 其れこそが、彼が求め続けた神殺し。その真の誕生を前にして、血塗られた唇を喜悦に歪めた。

 

 

「ああ、漸くに、完成した」

 

 

 言葉を紡ぐ度に、咳き込み吐血する。吐き出された血塊は、半分すら残っていない身体を赤く汚した。

 そう。ジェイル・スカリエッティは死に掛けている。身体の大半を失うと、それは本来ならば即死している状態だ。

 

 トーマの力を借りていれば、此処まで傷付く事はなかっただろう。

 それでも彼は、助けは不要と伸ばされた手を払い除けた。こうなると分かって、その力を拒絶したのだ。

 

 だからこそ彼は死に掛けている。最早ベルゼバブであると言う事を考慮に入れても、然程長くは持たないだろう。

 

 

「悪いが君には渡さないよ。トーマ」

 

 

 生きて欲しい。死なないで欲しい。何度も触れて来る絆の覇道。それを笑顔で拒絶しながら、スカリエッティは天を見上げる。

 確かに不撓不屈を共有すれば生きられようが、散々に裏切り利用して今更に手を借りようなど出来はしない。そうでなくとも、そんな気など起こりはしない。

 

 もう満足した。彼女は完成した。己の命題は果たせたのだ。だから、生きる理由がない。

 胸に宿った満足感。全てが終わりに向かうのだと言う達成感。この感情を、誰かと共感などしたくもなかった。

 

 

「この感慨。この感情。全て遍く、私の物だ」

 

 

 そうとも、これは全て己の成果だ。己こそが古き世に幕を引き、神を殺す神を作り上げたのだ。

 その結果だけで十分で、この結果だけで満たされていて、この想いを独占したい。だから命尽きるまで、その光景を見続けよう。

 

 

「ああ、見届けられないのが、少し、残念だが……そのくらいの、心残りは、必要だろう」

 

 

 押し潰された下半身。肺から下が潰れた身体。両腕も半ばくらいから千切れている。

 呼吸をするだけでも苦痛であろうが、それでもその笑顔は揺らがない。痛みなど、この感慨に比べれば塵芥と変わらないのだから。

 

 

「最期に贈ろう。神々よ。この世界に生きる、全ての民よ。……レスト・イン・ピース」

 

 

 まるで憑き物が落ちた様な表情。彼は安らかな笑みを浮かべて、静かに語る。

 せめて安らかに眠れ(レスト・イン・ピース)。それはこれから失われる命へと、勝利者たる彼が贈る最期の言葉だ。

 

 

「私の、勝利だ」

 

 

 崩れ落ちる教会の瓦礫に飲まれて、スカリエッティは潰れていく。

 跡形も残らぬ程に、押し潰されながらに笑い続ける。狂気ではなく、人らしい笑みを浮かべたままに――ジェイル・スカリエッティはその命を終えた。

 

 

 

 その黄金の輝きを前にして、彼の者は狂乱に陥った。

 信じられない。信じたくはないと、何故なら彼には分かっていた。

 

 

〈そんな、何故っ!?〉

 

「落ち着いてっ! イザーク! 今貴方が――」

 

〈嘘だ。嘘だ。嘘だ。どうしてっ!?〉

 

 

 高町なのはに覇道の資質はない。黄金の槍はあくまでも、彼女を求道神として覚醒させる為にこそ。

 そうであると断じていたから、高町なのはが聖槍を握る姿など予想もしていない。あり得る筈がないと、無意識の内に断じていた。

 

 資質がない彼女が聖槍を使うには、前任者である父の助けが必要不可欠なのだ。

 それが達成されたと言う事実は即ち――彼の黄金の獣が己の後継者に、ヨハンの系譜を選んだと言う事に他ならない。

 

 

「貴方までっ! 貴方までっ! 貴方までっ!!」

 

〈――っ! イザークっ!!〉

 

「貴方までっ!! ヨハンを選ぶのかぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 それは許容できない。それは耐えられない。なのにそれが現実となった。

 全てを捧げたのにイザークが得られなかった物を、また何もしてないヨハンがあっさりと奪って行く。

 

 その耐え難い事実を前にして、狂乱の果てに陥っている。

 肉体の主導権を奪う程に狂っていて、そんなイザークが前面に出ているが故に、常世は行動不能となってしまう。

 

 唯でさえ、スカリエッティに付けられた傷は深いのだ。

 だと言うのに此処で動けなくなっては、それこそ最悪が起こり得る。

 

 だから必死に、如何にかイザークを落ち着かせようとして――テレジアは、己を見詰める瞳と目があった。

 

 

「行くよ。レイジングハート・ロンギヌス」

 

 

 溢れる魔力は桜色。瞳に浮かんだ光は翡翠色。両手に握る杖は黄金に、獣の如く煌いている。

 白い衣を三つの輝きに染め上げて、高町なのはは聖なる杖を敵へと向ける。倒すべきは唯一人。この一手にて全ての流れを決する為に、狙うは彼女一人だけ。

 

 

「世界を破壊し、愛を以って全てを終わらせる。これは、その第一歩」

 

 

 彼女に扱いやすい形へと、変わった聖槍を天へと向ける。

 

 大量の魔力を切っ先に集めて放つは、彼の黄金が全力攻撃。それに等しいだけの特大火力。

 例え偽神であったとしても、当たれば決して耐えられぬ破壊の光だ。高町なのははその光を、天魔・常世へ向けていた。

 

 

「無間大紅蓮地獄は産ませない! 他の何よりも先ず、その子宮を此処に破壊するっ!!」

 

 

 溢れる輝きを此処に束ねて、破壊の意志と共になのはは放つ。

 それは正しく全身全霊。全てを滅ぼすに値する。天魔を滅ぼす至高の砲撃魔法。

 

 

「ロンギヌスランスゥゥゥッ! ブレイカァァァァァァァッ!!」

 

「――っ!?」

 

 

 動けぬ常世は逃げられず、放たれた黄金が天を突く。其は正しく神の一撃。

 この地に満ちた七つの太極。その全てを貫きながらに、高町なのはの砲撃は――確かに大天魔を討ち取っていた。

 

 

 

 

 

 天魔・夜都賀波岐。此処に撃滅。八柱の神威は今、此の時に欠落する。

 それは数億年の時を重ねて漸くに起きた反逆の狼煙。次代の奮闘を前にして、遂に大天魔は敗れるのであった。

 

 

 

 

 




遂に白騎士になれたベイ中尉。テンションアゲアゲで、発音も凄い事になってます。

イカベイでBriahがブゥルリィァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙になってたみたいに、修羅曼荼羅も間違いなく凄い発音。多分、シュゥゥルァマンドゥァラア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッとか言ってる。





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