リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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書けたので更新。

副題 高町家家族会議。
   公園での果し合い。
   スーパークロノくんタイム。


第十話 来訪者来たる

1.

 バンッと大きな音を立てて、ユーノは殴り飛ばされる。

 小さな少年の身体はあっさりと跳ね飛ばされ、居間の床へと投げ出される。

 

 

「ユーノくん!」

 

 

 そんな少年の姿になのはは、慌てて駆け寄るとその身体を両手で支える。

 ゆっくりと起き上がるユーノを支えながら、彼を殴り飛ばした父親に文句を口にする。

 

 

「お父さんっ! どうし――」

 

「いや、良いんだよ。なのは」

 

 

 そんななのはを、他ならぬユーノ自身が片手で制止する。

 殴り飛ばされた少年は、だと言うのに、何故だか晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

 その表情を見て、なのはは何も言えなくなる。

 そんな空気の中で、立ち上がったユーノは高町士郎に向き合った。

 

 

「……済まない。君が悪い訳ではないのは分かっている。だが、殴らずには居られなかった」

 

「いえ、僕自身、何を言われても仕方がないと覚悟していました。……遠慮なく殴り飛ばしてくれて、むしろスッキリしたって思いもあるんです」

 

 

 男と少年は、そんな言葉を互いに交わす。

 

 唯、許されただけでは罪悪感が積み上がる。

 相手が娘を愛していることが分かる親ならば更に、だ。

 

 だからこそ、殴られた事は正当だ。

 少なくとも、ユーノはそう思っている。

 

 

「そう言ってくれると助かる。……そうだな、この話はこれで終わりにしよう」

 

「……それで、良いんですか」

 

 

 そして、この一発で終わらせよう。

 そう語る士郎の表情は柔らかな物で、少年は確かな赦しを与えられているのだと理解した。

 

 故にこそ、問い掛ける。

 こんな物で良いのか、と。

 

「それで良いのさ。何時までも蒸し返すのは健全ではない」

 

 

 そんなユーノの言葉に、高町士郎は静かに己の意見を口にする。

 

 断罪とは、罪を許さない事ではない。

 裁きを下すのは、きっといつか許す為に。

 

 そうありたいと思う高町士郎は、ユーノの手を取り立ち上がらせる。

 そうして、一家勢揃いの食卓の中、空いた席へと彼を座らせた。

 

 

 

 まるでタイミングを見計らっていたかのように、薬缶が音を立てる。

 

 その音に立ち上がって火を止めると、士郎は六人分のカップを準備してから慣れた手際でコーヒーを淹れ始めた。

 

 挽いた豆の香ばしい匂いが、静まり返った室内に満ちる。

 喫茶店の店主らしく手際の良い所作で珈琲を淹れた士郎は、マグカップをユーノへと手渡した。

 

 

「さ、翠屋自慢のコーヒーだ。温かいうちに飲むと良い」

 

「……頂きます」

 

 

 カップに口を付けて、思わず美味しいと呟いてしまう。

 そんな少年の仕草に、「そうだろう」と返して高町士郎は穏やかに微笑む。

 

 そんな二人の態度に、場の空気が緩む。

 緊迫した家族会議は、漸く一家団欒の様相へと変わっていた。

 

 

 

 何故、こんな状況になったのか。

 それはユーノが、全てを明かす事を望んだからだった。

 

 如何なる罰を与えられようと、甘んじて受ける。それこそが自分の義務である。

 

 それがユーノの抱いた、一つの決意。

 守らなくてはいけない少女を、己の浅慮から戦場に追い込んでしまった事への贖罪。

 

 彼は人間の姿のまま、なのはと共に高町家に向かった。

 台風災害の直後。初めて見る顔に訝しむ高町家の面々を前に、彼は自己紹介の後で全てを語った。

 

 やや偽悪的に、自分の悪い部分を強調しながら語るユーノ。時折それに口を挟むなのは。

 二人の語りは主観が入り混じった物であったが、確かな現状の説明として受け入れられた。

 

 そうして二人が全てを語り終えた時、ユーノに向けられたのは怒りを多分に含んだ暗い感情であった。

 

 当然だろう。ジュエルシードの影響は、最早自然災害と形容する事が出来ない程の被害を生み出している。

 

 巨大樹と大狗と大地震。

 突然の気象異常に、山岳の消失。

 そして極め付けが、五百人を超える犠牲者を出した先の竜巻災害。

 

 その異常事態の原因に関わり、それに愛娘が巻き込まれる切っ掛けを生み出した少年。そんな彼に対して、どうして負の感情を向けないで居られるだろうか。

 

 恭也も、美由紀も彼を睨みつけ、今にも剣を手にしそうな形相となる。

 だがそんな彼らが動く前に、父である士郎の拳が飛んだ。そしてその拳一つで、終わりにしようと彼は口にしたのだ。

 

 そこにどれほどの葛藤があったのか、ユーノには分からない。

 ただ、温かな珈琲を飲みながら、罰と許しが同時に与えられたことだけが分かっていた。

 

 

「さて、ユーノくんの話は分かった。……それとなのは、もう殴らないから、睨まないでくれないか」

 

「むー!」

 

「なのは。士郎さんが僕を殴ったのは、なのはのことが大切だからこそなんだよ」

 

「……ユーノくんまで、そう言う」

 

 

 妙に分かり合っている二人に、拗ねた口調でなのははそっぽを向いてしまう。

 庇おうとした相手が父を庇う姿に、どうしても面白くないと言う感情を抱いてしまうのだ。

 

 そんな子供らしい態度に、やれやれ、と頭を掻きながら、士郎は話を続ける。

 

 

「魔法というものに対しては、未だ懐疑の気持ちを捨てられないが――」

 

「あら、私はなのはの魔法を見たわよ」

 

「……桃子。そういう事は早く言って欲しかったんだが」

 

「なのはが内緒にしたがっていたんだもの。そう簡単には口に出来ないわ」

 

 

 だが、言葉を口にしようとして、即座に妻に機先を崩される。

 拗ねていたなのはは、母が自分の秘密を守ってくれていたことを知り目を輝かせ、笑顔で母に抱き着いた。

 

 

「お母さんっ!」

 

「ふふっ、相変わらず、なのはは甘えん坊ね」

 

 

 笑顔でそんなやり取りする母と娘。

 その様子に、憎まれ役を買わなければならない男親は、瞳に悲哀を滲ませる。

 

 睨まれるのではなく、自分もあんな風に笑顔の愛娘に抱き着かれたかった、と。

 

 

「っと、話がズレ過ぎだな」

 

 

 そんな悲哀を咳払いで隠して、高町士郎は漸く本題へと移った。

 

 

「危険物であったジュエルシードとやらは、もう全てが回収された。そう思って良い訳だね。ユーノ君」

 

「はい。恐らくは」

 

 

 士郎の言葉に、ユーノは頷く。

 そして、終わった根拠となる情報を解説する。

 

 

「フェイト・テスタロッサは恐らく、魔力でジュエルシードを無理矢理に励起させるという方法を取ったのでしょう。……あの竜巻は海鳴市全土で起こっていました。である以上、残っていたジュエルシードは全て起動したと見て間違いありません」

 

 

 言ってユーノは、懐から青い宝石を一つ取り出すと机の中央に置く。

 彼に続くようになのはもまた、己のポケットから五つのジュエルシードを取り出すと、机に置いた。

 

 

「この六つが、僕らの回収したジュエルシードです」

 

「えっと、全部で二十一個なんだよね? なら、後十五個も奪われたって事?」

 

「ううん。壊れちゃったレイジングハートの中にも二つ入っていたから、残りは十三個だよ」

 

 

 ジュエルシードを見ながら美由紀が口にして、なのはが補足する。

 なのはとユーノの陣営が、回収したジュエルシードの総数は八つ。残る十三のジュエルシードが、別の陣営へと流れたと言う計算になる。

 

 

「成程。敵対陣営の方が、所持数は多いと言う事か」

 

「いえ、そうとは限らないかと。……ジュエルシードを求めていたのは大天魔たちと、フェイト・テスタロッサの母親です。その二つの勢力が、どういった比率でジュエルシードを得たのかは全く分かりませんから。半々か、どちらかに大幅に偏っているか」

 

 

 ユーノの言葉に、その場にいた皆が考え込む。

 

 自分達と敵対する二つの勢力。

 彼らはそのどちらも目的は不明瞭であり、保有する戦力についても同様。

 

 大天魔は人ではどうしようもない災厄であり、テスタロッサ陣営は裏がまるで読めない状況だった。

 

 

「なるほど、な。……だが、“海鳴市の安全”はもう確保されたと判断して良いんじゃないのか? もう暴走するジュエルシードはないんだろう?」

 

 

 そう口にしたのは恭也だ。

 彼の言葉には、常の彼には似つかわしくない焦りが見える。

 

 もう危険はない。そうなればなのはが無理をする理由も既にない。

 末の妹を溺愛する青年は、なのはが危ない目に合う必要を無くしたがっているのだ。

 

 

「待って、お兄ちゃん! 海鳴市だけの問題じゃないのっ!」

 

 

 反面、それで困るのは高町なのはだ。

 

 彼女はフェイトとの対話を望んでいる。

 先は拒絶されてしまったが、それでも彼女と友達になることを願っているのだ。

 

 故に戦う理由がなくなるのは困るし、それ以上に怖い事もある。

 

 それはあの時、血の記憶が見せた光景。

 ジュエルシードが虚数への道を開く力を持つ以上、アレが真実となる可能性は十二分に存在するのだから。

 

 

「そう、だと良いんですけど。話はもう少し、面倒な形になっているんです」

 

 

 なのはの危惧する事を知れないユーノは、ロストロギアに対する知識のみで判断する。

 そんな穴抜け状態の考察であっても、敵対する二陣営を無視できない理由は既に見つかっていた。

 

 

「両勢力ともに、目的が分からないんです。……僕はジュエルシードの危険性を軽んじてました。今にして思うと、ああもあっさりと一つを譲ってしまったのは、失敗だったかもしれない」

 

「……具体的には、どの程度危険だ?」

 

「複数個が同時に発動すれば、この星が消え去る程度は確実です。次元干渉型ロストロギアは、それ程に危険な物ですから……」

 

「…………」

 

 

 そんなユーノの言葉に、沈黙が降りる。

 予想以上の危険に誰もが絶句し、そして言わずともにユーノの警戒する理由を理解した。

 

 星を滅ぼしてしまいかねない危険物を、手にした誰かがいる。

 そしてその誰かは、何を考えているのかがまるで分からない。

 

 これで安全だ、と言い切る奴は楽観が過ぎるか考えが足りない人間だろう。

 そんな物を集める人間の真意を知らねば、安心する事など出来よう筈がないのである。

 

 

「となると、魔法絡みの事件はまだ終わらないということかな」

 

「ごめんなさい」

 

「いや、謝る必要はないよ。謝罪はさっき終わらせただろう? 今は対策を考える時だ」

 

 

 結論を口にする士郎に対し、謝り癖が付いてしまったのかユーノはすぐに頭を下げる。

 苦笑しながらもそんな彼の謝罪は受け取らず、士郎は話の本題に入った。

 

 

「現状。天魔とやらには意図して遭遇することは出来ない。フェイトという少女の母親についても同様だ。真意を問わなければならない相手にこそ、接触の手段を持たないと言える。この今の現状で、打てる手は一つだけだろう」

 

 

 戦場を渡り歩いた経験のある士郎が語る策。

 それは彼自身、度し難いとは思うが、他に術がないと理解している物。

 

 

「ジュエルシードを囮にして、フェイト・テスタロッサを誘き出す。そして彼女を捕縛し、彼女の母との接触に利用する。……度し難い話だが、傍観する訳にいかない以上、他に術はない」

 

 

 詰まりは幼い少女を罠に掛け、先ずはテスタロッサ陣営から打倒すると言う判断だ。

 

 

「はい、はい! フェイトちゃんの相手は私がする!」

 

「駄目だ、なのは! そんな危険な真似は許せるか!」

 

 

 士郎の作戦に、手を上げて発言するなのは。

 彼女のそんな逸る態度に、高町恭也は怒りを示す。

 

 

「けど、私がフェイトちゃんと友達になれば、それで協力してもらえると思うから!」

 

「それなら、なのはが敵対する必要はないだろう! 俺がその子を捕縛して、その後で好きに話せば良い!」

 

「それじゃあ、駄目なの!」

 

「何が!?」

 

「だって、私が戦わないと、友達になれないって思うから!」

 

「そんな曖昧なことで!」

 

「落ち着け、恭也。なのは」

 

 

 口論に発展しかけた兄妹を、士郎は間に入って止める。

 

 

「でもっ!」

 

「だが、父さん!」

 

「落ち着け、と言ったぞ。……悪いが、誰が戦うかは既に決まっている」

 

 

 そうして二人の言い争いを止めた後、士郎は一つ呼吸をする。

 

 言いたくはないが、それでも言わねばならない。

 自分の策ながらも納得していない士郎は、それ以外には筋道などないと理解しているが故に、一呼吸を置いた後で言葉を紡いだ。

 

 

「その子と戦うのは、……なのはだ」

 

「なっ!? 父さん!」

 

「やったー!!」

 

 

 二人の反応は、正と負の両極端な物であった。

 士郎の決定が気に食わぬ恭也は、彼に食って掛かる。

 

 

「何を考えているんだ父さん! なのははあんなに辛い目に合っていたんだぞ! それなのに、また危険な目に合わせるっていうのか!?」

 

「……俺だって不本意だがな、恭也。お前は魔導士と戦えるか?」

 

「馬鹿にしているのか、父さん! 空を飛べて、不思議な光線が撃てる。鉄より硬いバリアを張っている。話で聞くだけでも、確かに強力な存在だとは分かるが、戦えない訳がないだろう!」

 

「そうじゃない。そうじゃないんだ、恭也」

 

 

 恭也の訴えに、士郎は首を振る。

 

 問題は、単純な力の差ではないのだ。

 確かに魔導師が人間以上の存在とは言え、彼らとて戦場にて不敗と謳われた御神の剣士だ。

 

 真っ向から対峙すれば、魔導師とだって渡り合える。

 それだけの自負があるし、自負に見合った力量だってあるのだ。

 

 だが、それだけだ。

 それだけ、だったのだ。

 

 

「俺たちにリンカーコアはない。魔力はないんだ。……そんな相手と、正々堂々戦う必要がどこにある?」

 

 

 真っ向から戦えば渡り合えると言う事は、真っ向から戦えなければ勝負にもならないと言う事。

 

 ユーノから魔法に付いて聞いた両者には、それに対する知識があった。

 

 

「……封時結界、か!?」

 

「そうだ。立ち入る存在を任意に定められる結界。ジュエルシードを隠す手段もない俺たちが、それに巻き込まれてみろ。魔力のない俺たちを弾き出して、相手は悠々とジュエルシードだけを持って逃げるぞ」

 

「くっ!」

 

 

 それが魔導士と非魔導士の違い。

 そもそも相手が乗らなければ、同じ土俵に上がる事さえ出来ないのだ。

 

 

「敵と戦えるのは、なのはとユーノくんだけだ。そして、勝ち目があるのは、なのはだけということになる」

 

 

 そんな士郎の言葉にユーノは、微笑みで表情を隠しながら、その手を握り締める。

 

 未だ魔力が戻らず、傷も深い。

 仮に全快の状態であっても、彼は戦闘向きの資質をしていない。

 

 彼とて戦えるならば戦いたい。

 だがそれが出来る状況でもなく、そしてなのはもそれを望んでいないのだ。

 

 

「……分かった」

 

 

 そんな彼を余所に、恭也は士郎の言葉に返答する。

 それはユーノ同様、己の不甲斐無さに耐えるような発言であった。

 

 

「だが、立ち合いくらいはさせてくれ」

 

「ああ、俺もそうしてもらおうと考えていた。復興への協力なども考えると、ある程度自由に動けるのは恭也か美由紀だけだろうからな」

 

 

 海鳴を襲った自然災害によって、この街は悲惨な様相を晒している。

 

 地盤沈下と土砂崩れ。洪水と多くの家屋の倒壊。

 高町家とて、翠屋が全損して消し飛ぶという被害を受けている。

 

 こうして家が無事だったのは、如何なる奇跡か偶然か。

 

 そんな中、家主やその妻が人に言えぬ理由で外すことは出来ない。

 魔法のことを語ったとしても、果たして誰が信じるだろうか。

 

 ならば、なのはと共に動かせるのは、士郎と桃子以外に精々一人か二人。そうなると、実力と性格面で考えて、恭也とするのが妥当な所であった。

 

 

 

 そうして、今後の方針は決まる。

 各々に出来ること、行うことは決定した所で――

 

 

「はい。それじゃあ夕飯にしましょうか。街がこの状況じゃ、お買い物は出来ないから。冷蔵庫の物を使っての料理ですけどね」

 

 

 ぱんと両手を叩いて、桃子が話題を変える。

 エプロンを片手に立ち上がり、調理場へと足を運んだ。

 

 

「ああ、ユーノくんは何か食べれない物とかあるかしら? 好き嫌いは駄目だけど、アレルギーはどうしようもないものね」

 

「え、あ、特にはありませんけど、……僕も頂いて良いんですか?」

 

「当然でしょう。君も今は、高町家の一員なんだから」

 

 

 ユーノの言葉に、桃子は微笑んで口にする。

 その広い器と包み込むような優しさに、母を知らぬ少年は思わず涙を流しかけた。

 

 そんな彼の内心にはまるで気付かず、にこやかになのはが声をかける。

 

 

「お母さんの料理って美味しいんだよ! ユーノくんも絶対に気に入るはずなんだから!」

 

「うん。そうだね。期待してる」

 

 

 スクライアと言う部族の中で、これ程穏やかな時間はあっただろうか。

 高町家と言う家族の温かさを感じながら、ユーノはなのはへと笑顔を返して――

 

 

「あらあら、二人とも仲が良いのね……これなら、美由紀よりも先に、なのはの花嫁衣装が見れるかもしれないわ」

 

 

 そこで桃子が、爆弾を落とした。

 

 

 

 瞬間。その場に居た三人の時間が止まる。

 一瞬にして凍り付いた周囲の空気に、ユーノは危険を察知して頬を引き攣らせた。

 

 

「お母さん! 私とユーノくんはそういう関係じゃないもん!」

 

「あらあら、まあまあ。けど、なのはもお嫁さんになりたいって憧れはあるでしょう? ユーノくんのことも嫌いじゃなさそうだし」

 

「にゃー!」

 

 

 そんな空気に気付かぬなのはと、ニコニコと笑う確信犯の会話。

 いつも通りな母娘の様子を見て、凍り付いた三人の凍結が解除された。

 

 感じた身の危険が、何故だか大きくなっていく。

 

 

「いかん。いかんぞ。いや、確かにユーノくんは今時珍しい、良い少年だとは思う。あのように言い辛いだろうことを正直に語る姿には好感が持てるし、何よりなのはの発言が事実なら、身を挺して庇ったことも一度ではない。ああ、確かに何れはなのはを任せるに足る男になるだろう。例え才能がなくても、今から鍛え上げれば一角の武人には成れるだろう。資質を見れば金が稼げずなのはを路頭に迷わせる心配もない。本人の気持ちを考慮したって、なのはもまた満更ではなく、ああ、考えれば考えるほど優良物件なのは確かだ。だがしかし、今は早いだろう。まだなのはは小学生であり、せめて中学、いや高校、待った大学辺りを卒業するまでは――」

 

「え、え、あれ、何で、私、なのはに先を越されるの? あれ、おねーちゃんが妹から結婚式のブーケを受け取るの? 何でそんな情景がこうも鮮やかに脳裏に浮かぶの?」

 

 

 思考が暴走する父と娘。何気に二人ともユーノを婿候補と認める思考になっているのは、血が繋がらずとも似た者親子という事か。

 

 二人ともに揃って、娘の幸せを願っているし、ユーノの対応に関しては確かな信頼を抱いている。

 

 それでも、まだ早いと感じてしまう辺りも共通していた。

 

 

「なあ、ユーノ」

 

 

 そんな彼らとは違い、平常心を保っていると自負している高町家長男。

 高町恭也は張り付いた笑顔を浮かべながら、ぽんとユーノの肩を叩いた。

 

 

「今日は俺の部屋に泊まると良い。朝まで男同士、色々と語るとしようじゃないか」

 

「あ、あはははは」

 

 

 肩に置かれた手が痛い。

 そんな事実を馬鹿正直に言うことも出来ず、ユーノはただ笑うしか出来なかった。

 

 

「あー! ズルいお兄ちゃん! ユーノくんは今日は私の部屋に来るの!」

 

「HAHAHA! いや、何。なのはに何かあった際、俺は何も出来ないからな。結界の中でも動けるユーノに、色々と託したいと思う訳だ。ああ、他意はない。信を置ける男であることを確認したいだけだとも。悪いが譲ってくれ、なのは」

 

「むー! 今日だけだよ!」

 

 

 ギリギリと肩を握る握力が上がっていることには、きっと被害を受けているユーノしか気付いていないであろう。

 

 性に関する意識が薄く、知識も少ない少女にはきっと他意はない。

 花嫁に憧れる気持ちはあっても、結婚への認識も薄く。きっと友達とお泊りする感覚で部屋に誘ったのであろう。

 

 

(けど、今は言わないで欲しかったな)

 

 

 背後で彼女の兄がどの様な表情をしているのか、ユーノは怖くて振り返ることが出来ない。

 

 そんな彼に桃子が近付き、一言。

 

 

「ああ、それとユーノくん。なのはのお婿さんになる条件は、士郎さんより強くなる事と、私より美味しいお菓子が作れるようになることだから、頑張ってね」

 

「……ハイガンバリマス」

 

 

 壊れた機械のようにそれだけを返す。

 ユーノの心の中で母親に対する憧れが死んで、高町桃子への苦手意識が生まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

2.

 翌日の正午。

 海鳴臨海公園に張られた結界の中で、なのははフェイトを待っていた。

 

 彼女を誘き出す手段。それは策とすら呼べない単純な物。

 かつてユーノが助けを求めたのと同じ、広域念話で呼びかけるという物だった。

 

 言葉は届いていないのではないか。

 届いてはいても、来てくれないのではないか。

 

 そう言う不安は、確かにあった。だが、それも振り払う。

 

 理屈で言えば、来ない道理はないのだ。

 彼女がジュエルシードを求める限り、新たに手に入れるにはなのはから奪うより他になく、声さえ届いたならば必ず来る。

 

 ならば、何度でも呼びかける根気を持てば良い。

 

 それはとても簡単なこと。

 

 

「来た」

 

 

 少し離れた場所で、なのはを見守るユーノと恭也。

 彼らの視界の内に金色の輝きが映り、黒衣の少女は舞い降りる。

 

 

「念話の内容は本当?」

 

「うん」

 

 

 その赤い瞳が、なのはへと向けられる。

 問い掛けに頷いたなのはは、懐からジュエルシードを取り出した。

 

 念話の内容は単純。なのははジュエルシードを、フェイトは己が知る情報を、互いに全てを賭けて戦おうという果たし状。

 

 それを聞いてここに来たということは、果し合いを受けるということだろう。

 

 無言で浮遊したまま、構えを取るフェイトとなのは。

 そんな二人を前に、立会人は最低限のルールを説明する。

 

 

「この勝負の立会人を請け負わせてもらう高町恭也だ。試合には二つ、ルールを付けさせてもらう。一つは殺傷設定の使用禁止。そしてもう一つは浮遊魔法を制御出来ず、地面に足を付けたら敗北として扱うということだ。例えどれほど余力を残していてもな。二人とも、合意出来るか?」

 

 

 そのルールは昨夜考えた、互いの危険を少しでも減らす為の物。

 

 非殺傷でやり合うのは殺し合わない為の大前提。

 そして足を着いたら負けというのは、無茶をしてまで戦い続けることを防ぐ為。

 

 常に余裕を保たなければ、戦闘の継続すら出来なくなるというルールだ。

 

 

「そちらがその言を守るという保証は?」

 

「この刀と俺の首に賭けて誓おう。なのはが破ったと思うなら、遠慮なく持っていけ」

 

「…………」

 

 

 審判が敵の身内である。その事実に懐疑の念を込めて確認をしたフェイトは、恭也の覚悟の籠った言葉に押し負けて黙り込んだ。

 

 

「ユーノくん」

 

「うん。なのは」

 

 

 なのはが差し出したジュエルシードを、ユーノが受け取り恭也の横に立つ。

 

 これより先は、一騎打ち。

 他の誰にも、介入なんてさせはしない。

 

 

「フェイトちゃん!」

 

「何」

 

 

 始まる前に一つ、なのはは言葉を口にする。

 

 

「聞かせて欲しい、あの夜の答え!」

 

「……答えを返すつもりはない。聞きたければ、力尽くで聞き出せば良い!」

 

 

 そんな言葉を、一刀の下に切り捨てる。

 フェイトは揺れない意志で、そう断言して飛翔する。

 

 

「っ、ならっ! 無理矢理にでも聞かせて貰うのっ!」

 

 

 対するなのはもまた、意固地になりながらも飛翔する。

 

 白と黒。

 二人の魔法少女が、空中で交差する。

 

 

 

 本気の戦いは、そうして始まった。

 

 

 

 まず先手を取ったのはフェイト。

 体に気怠さは残っていても、その速さには然程の曇りがない。

 

 元より彼女の方が、なのはより速いのだ。

 デバイスを失っているなのはでは、多少速度が落ちていたとしても、追い付くことなど出来はしない。

 

 

「撃ち抜け、轟雷。サンダースマッシャー!」

 

 

 雷の如き速度で迫るフェイトの魔法。

 襲い掛かるそれを、なのはは障壁で防御する。

 

 だが、それすらもフェイトの想定を覆さない。

 放たれた雷に紛れ、フェイトは自慢の速さで飛翔する。

 

 

「くっ! フェイトちゃんはどこ!?」

 

 

 防いだとはいえ、雷の光に目を焼かれたなのはは、その一瞬で彼女を見失ってしまう。

 

 直後、背筋に悪寒を感じて振り向いた。

 その先に、鎌の形をしたアームドデバイスを振るうフェイトの姿が見え――

 

 

「サイズスラッシュ!」

 

「バリアバースト!」

 

 

 咄嗟に障壁を爆発させて、距離を取ったなのはは、僅か生まれた隙に反撃を行う。

 

 

「今度は私の番!」

 

 

 現状で、なのはが同時に発動出来る魔法数は三つ。

 浮遊魔法で枠一つ。バリアジャケットで二つ目が埋まる以上、使える魔法は常に一つだけ。

 ならば、何を選ぶかと言う迷いなどは生じない。

 

 

「ディバインシューター!」

 

 

 展開されるは誘導弾。

 その数は本来の半分にも満たない、僅か三つ。

 

 これ以上はマルチタスクを圧迫し過ぎ、他の魔法に支障が生まれてしまう。

 

 だが、それで十分。

 三つしかないからこそ、それを最大限に生かし切れる。

 

 

「コントロール! アクセルアクセルアクセルアクセル!!」

 

 

 手足のように自由自在に操られた誘導弾が、フェイトの背を追尾する。

 アクセルのコマンドワードによって加速し続ける誘導弾は、フェイトの速度を持ってしても、そう簡単には振り切れない。

 

 

「くっ、なら、纏めて薙ぎ払う!」

 

 

 時折咳き込みながら、フェイトは全力で飛翔する。

 脳裏に地図を浮かべて、誘導弾の位置を己が速力で誘導した。

 

 そして反転すると、広域魔法を発動する。

 

 

「サンダーレイジ!」

 

 

 ロックオンする対象は誘導弾と、射線上に巻き込んだ高町なのは。

 雷光による拘束の後、対象全てを殲滅する雷撃は放たれて――

 

 

「ディバインバスター・フルパワー!」

 

 

 即座に誘導弾の制御を破棄して、広域攻撃魔法を、同じく広域攻撃魔法で迎撃する。

 轟音を立ててぶつかり合った二色の魔力は、互いの魔力を打ち消し合って掻き消えた。

 

 

「流石に、やる」

 

「フェイトちゃんは、相変わらず強い」

 

 

 戦力は比している。互いの力は拮抗している。

 デバイスのないなのはと、戦闘用デバイスを持ったフェイトの実力は互角であり。

 

 

「けどっ!」

 

「負けないっ!」

 

 

 ならば、その勝敗を決するのは、意志の強さだ。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 閃光に紛れて、接近するは黒の少女。

 多重加速魔法で稲妻の如く鋭角的に疾駆して、その刃を突き立てんとする。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 対するは白の少女は、速度で追い付けぬ故に迎え撃つ。

 使う一つの魔法は防御障壁にあらず。反撃の為の砲撃魔法。

 

 左手の掌に桜色の魔力を展開し、それをぶつける一瞬を待っている。

 

 

 

 二人の影がぶつかり合い、勝負を決するその瞬間――

 

 

「ストップだ。ここでの争いは危険すぎる」

 

 

 再び、彼女達の決着は、妨害者に阻まれる事となった。

 

 

 

 

 

3.

 なのはの砲撃魔法に左手で干渉し、右手でフェイトの斬撃を受け止める。

 黒い鎧の如きバリアジャケットを身に纏った漆黒の少年は、色違いの双眸で両者を牽制する。

 

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。状況の説明をしてもらおうか」

 

 

 そんな言葉に、答えを返す余裕もなく。

 なのはとフェイトは、同時に少年を睨み付ける。

 

 共に大切な戦い。

 それを妨害されて怒っている両者の態度に、クロノはあからさまな溜息を漏らした。

 

 

「管理外世界における、無許可での魔法行使。それだけでも、法に背く行為だ。君達も魔導師ならば、弁明の義務が生じる事くらいは分かるだろうに」

 

 

 そう言葉を口にして、クロノは動き出す。

 弁明も協力の素振りも見えないならば、一先ずは制圧しなければならない。

 

 そんな彼の意を察知して、即座に動いた影が一人。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 気合一閃。高町恭也の剣が振り下される。

 斬と空気を切り裂く斬撃を、硬い金属音が弾き返した。

 

 

「この手応え、義手か!?」

 

「……何の真似だ? 民間人」

 

 

 斬り掛かった恭也自身が、刀を持った手の痺れを感じる。

 鋼鉄よりも硬い感触に、眉を顰めながらも恭也は口にする。

 

 

「何、この子らの対決を見届けると誓ったのでね」

 

「私事か」

 

 

 魔力を感知する右の義眼に反応はない。

 故に高町恭也が魔導師ではない事を理解しながら、それでも向き合う為に、クロノは両手に掴んだ少女らを手放す。

 

 

「目を見れば分かる。確かに君たちも、何か思う所があって対立しているのだろう。だが、公務は私事に優先する。これ以上妨害するつもりなら、こちらとて相応の対処をするぞ」

 

 

 そして、口にするのは傲慢とも思える言葉。

 黒き鎧を纏った漆黒の執務官は、厳正な態度で恭也を見る。

 

 

「ふん。俺たちは管理外世界とやらの人間だからな、知らんよ。お前が本当に局員なのか判断する知識もない――それに、な」

 

 

 そんな彼の言を聞きながらも、恭也は言い捨てる。

 

 

「知らんよっ! お前たちが勝手に決めた法などっ!」

 

「そうか」

 

 

 管理世界が決めた法など、管理外世界には関係ない。

 そう断言して剣を鞘走らせながら、疾駆する高町恭也。

 

 そんな彼の態度に、そうかと一つ頷いて、クロノはデバイスをその手に構えた。

 

 

「まあ、反発も分からなくはない。現地人から見れば、一方的な押し付けを行う組織にしか見えんだろうさ」

 

 

 一閃。二閃。

 閃光の様な斬撃に、魔法の杖で対応する。

 

 日本に古くより伝わる古武術に、軍隊式の杖術でぶつかり合う。

 

 

「だが、魔導師による犯罪に対する法も、対処の術も、どれも管理外世界には存在しない。ならば、僕らの法を適用するしかないだろう?」

 

「道理だがっ、だからと言って納得などしないっ! 悪いが、意地を通させて貰う!!」

 

 

 管理局は、確かに傲慢な面も存在する。

 これは確かに、内政干渉とさえ言える越権行為であるのだろう。

 

 だが同時に、ロストロギアや魔導師に対処する力を管理外世界は持たない。

 故にロストロギア災害や広域次元犯罪者を前にした時、彼らは彼らの法で以ってそれに対処するのだ。

 

 

「厳正過ぎる法の番犬になる心算はないし、正義を騙る程に傲慢な事をする気もない」

 

 

 恭也と打ち合いながらも、クロノは視線を動かす。

 その瞳が見詰めるのは、フェイト・テスタロッサと高町なのは。

 

 

「だけど管理外世界で、こうも大々的に魔法を行使する魔導師。そんな娘たちを見す見す見逃す訳にもいかないんだ」

 

 

 申し開きを問うたのは、彼なりの譲歩である。

 

 裏がないならば、素直に投降する筈。

 それに抗うと言うならば、実力を行使されても異論は言えないだろうと言う話。

 

 

「……さて、語る事は語った。投降ならば、何時でも受け付ける。だから、君の相手もそろそろ終わろう」

 

「舐めたなっ! なら、御神不破の恐ろしさを、その身で味わえ!」

 

 

 分かりやすいクロノの挑発に、分かってなお恭也は応じる。

 

 剣を交えて分かった事、この眼前の少年は頑固者だ。

 多少は譲る気もあるだろうが、それ以上には譲歩しない。

 

 ならば、意志を貫くには、まず勝たねばならない。

 そして高町恭也ならば、確かに勝機は存在している。

 

 彼我の武芸。単純な身体操作において、互いの技術は拮抗している。

 だが流派の技を含めた接近戦での殺し合いならば、本気の自身の方が遥かに上を行く。

 

 ならば魔法を使われる前に、奥義にて勝敗を決しよう。

 御神不破の剣技は、他の武芸を圧倒すると信じるが故に――

 

 

「小太刀二刀御神流・奥義の極み」

 

 

 この奥義は躱せまい。

 

 

「閃!」

 

 

 極限の神速。

 脳のリミッターを解除する事で、肉体限界を突破する神速。

 それを重ねがける事によって、恭也はその秘奥へと到達する。

 

 間合いも距離も武器の差も、あらゆる全てをゼロにすると謳われた斬撃。それは正しく閃光の如き剣。

 

 無拍子の抜刀、などと言うレベルではない。

 気付いた時には、既に斬られている。最早その領域にある超速斬撃。

 

 防げる道理はなく、躱せる道理は更にない。

 そんな不可避にして絶殺の奥義は放たれ、その刃は――

 

 

「驚いたな。陸戦に限るなら、オーバーSでも対処出来ない一撃だったぞ」

 

「なっ!?」

 

 

 気が付けば、視界が暗転していた。

 恭也は地に伏して、理解の外にある現状を思う。

 

 何が起きた。何が起きた。何が起きた!?

 

 何故自分が地に伏している。

 何故、この手にしていた刀が存在しない。

 何が起きて、この不敗の秘奥が破られたのだ、と。

 

 否、今は考えている暇はない。

 即座に起き上がり、現状に対処するべきだ。

 

 そう考え至った恭也は、両手に力を入れて起き上がろうとして――気付けば、空を見上げていた。

 

 

「がはっ!?」

 

 

 起き上がろうとした勢いそのままに、地面に叩き付けられる。

 肺から苦悶の声と共に全ての空気が吐き出され、恭也は無様に咳き込み続ける。

 

 

「ふむ。良い刀じゃないか。……刀は武士の魂、だったか。君の人柄が出ているのかも知れないな」

 

 

 そんな恭也を見下ろしながら、彼から奪い取った刀を品定めする。

 

 その余裕ある姿に、怒りを募らせる。

 このままでは済ませんと、恭也は腹筋に力を入れる。

 

 再び飛び起きようとして――次の瞬間には、うつ伏せで土を嘗めていた。

 

 

「そろそろ、学んだ方が良い。……君では、僕に勝てない」

 

 

 今なお愚直に起き上がろうとする恭也の背を、クロノは足で踏み付ける。

 

 最早、抵抗の術はない。

 この現象を理解しない限りは何も出来ない。

 

 それを理解して脱力した恭也に、残るのは何故という疑問だけだ。

 

 

「何故、だ」

 

「ふむ。確かに君は強い。非魔導士にしては破格と言って良い。……だが、相手が悪過ぎた」

 

 

 驕るでもなく、見下すでもなく、ただ淡々と。

 クロノは恭也の実力を認めた上で、揺るがぬ現実を此処に告げる。

 

 

「僕と君の相性は最良で最悪だ。敵対したのが僕でなければ、或いは君もその意志を確かに貫けただろう」

 

「くっ!」

 

 

 そんな言葉が、何の慰めになると言うのか。

 地に伏した恭也は、光輝くバインドに拘束され、その自由を奪われた。

 

 

 

 そんな戦闘の光景を見て、動いたのは黒衣の魔法少女だ。

 自分でも目で追えなかった青年があっさりと、理解し難い形で敗れた姿に脅威を感じたフェイトは脇目も振らずに逃走を始める。

 

 早く、早く、早く。

 自慢の速度で、距離を取り――

 

 

「逃げるのは良いが、そこは僕の射程距離だぞ」

 

 

 逃げていたはずなのに、気が付けばクロノに腕を掴まれていた。

 

 

「は、なせぇっ!」

 

「ああ、良いぞ」

 

 

 あっさりと拘束が放され、思わずフェイトは踏鞴を踏む。

 

 何を考えているのかは分からないが、確かにこれは好都合。フェイトは即座に反撃に出ようと構え――

 

 

「っ!?」

 

 

 デバイスが奪われている事に気付いた。

 

 

「放すのは良いが、抵抗は許していない。連行するまで、ジッとしていてもらうぞ」

 

 

 想定外の事態に戸惑うフェイトを、光の輪が拘束する。

 デバイスを奪われ、バリアジャケットを解除させられた少女は、為す術なく捕縛された。

 

 

 

 見知った二人が、瞬く間に敗れ去る。

 そんな光景を見て、憤りを覚える少女が一人。

 

 

「フェイトちゃんとお兄ちゃんを放して!」

 

 

 啖呵と共に砲撃を放つ。

 桜色の魔力砲撃は、奪い取った刀とデバイスを両手で遊ばせるクロノへと迫り――

 

 

「万象、掌握」

 

「え?」

 

 

 だが、届かない。

 

 呟きと同時に、なのはの視界は暗転する。

 ふわりと体が浮いた感覚がして、気が付けば自身の目の前に桜色の砲撃が迫っていた。

 

 当たる。

 そう思った直後、なのはは自分の魔法をその身に受けて、地に落ちた。

 

 

 

 

 

 その異常な光景を、遠くから眺めていたユーノだけが正確に理解していた。

 彼だけが何が起きたのかを理解して、それ故に恐ろしいと言う感情を抱いていた。

 

 

「空間操作の希少技術(レアスキル)!? そんな、他人を自由自在に強制転移させる能力なんて!?」

 

「そう。これが僕の歪み。万象掌握だ」

 

 

 ユーノの推論に、クロノは誇るように語る。

 歪み者。大天魔との戦いの中で、人間ではなくなり始めた化外の兆候。

 

 それを、彼は誇っている。

 悍ましき敵と同種の力に、確かな自負を抱いているのだ。

 

 

 

 十四年。それが、クロノの生きた年月。

 たったそれだけの短い期間で、彼が戦場に居た年数はそれより短い。

 

 父が死んで二年。

 ギル・グレアムより魔導士としての稽古を受けて二年。

 そして、士官学校を卒業するまでの二年間。

 

 あの初陣から、実際に戦場に出ていた期間は五年が経った。

 

 五年間、短い時間だ。

 だがその短い間の戦場で、本当に多くのことがあったのだ。

 

 管理局は、数年に一度起こる大天魔の襲撃に対する対処に追われ、他の世界に対して手を伸ばすのが難しい。

 

 当然、治安が悪い世界は多く、世界を滅ぼすようなロストロギアを巡っての騒動に巻き込まれるなど珍しくもない。

 

 運が悪ければ、管理世界で大天魔に遭遇してしまうことだって起こり得る。

 結果、部隊の壊滅など日常茶飯事で、共に戦場に出た仲間達をこの五年で幾度も失ってきた。

 

 その度に思ったのだ。

 後少し手が伸びれば。もう少し手が届けば。

 

 何も全てを救うことを望んだ訳ではない。

 唯、手の届く範囲にある者を守りたいと強く思って、只管にそれだけを思って。

 

 その思いが渇望と呼ぶ域に達した時、天魔に敗れたあの日より己の体を苦しめていた魔力汚染はクルリと反転し、彼が誇る異能へと変わった。

 

 そう。その力はクロノの望んだ通り多くを救い守ったから、彼は何よりもこの力を信じている。この力に対して、確かな自負を持っているのだ。

 

 

「さて、彼らは敗れたが、君はどうする?」

 

 

 己を戦域の絶対者足らしめる歪みの性能に満足しながら、彼は静かにそう告げる。それは勝利宣言であり、同時に降伏勧告でもあった。

 

 

「抵抗するなら相応に対応するが、従うなら情状は酌量する」

 

「……その二人は民間の協力者です。彼らの安全を保障するならば、従います」

 

「民間の協力者。……確かに片方はリンカーコアを持たない民間人のようだが、その少女も、か?」

 

「それは」

 

 

 管理外世界の民間協力者が、何故に魔法を使っている。

 そう言外に問い掛けるクロノに、ユーノは一瞬口籠る。非常事態とは言え、管理局法を幾つも破っている事に、今更ながらに冷や汗が流れていた。

 

 

「ふむ。理由がある、か。その釈明は、行えるんだろうな」

 

「……はい」

 

 

 そんな少年の態度から、大体の所を察してクロノは問う。

 情状酌量の余地があるならば、多少の犯罪行為とて認めよう。

 

 法を守って、人も守る。

 それが常に、イコールにはならないと知っている。

 

 故にクロノ・ハラオウンという執務官は、法の番犬ではなく、人の命を守る者であろうとしているのだから――

 

 

「では、君たち男性二名と、少女一名は任意同行を依頼する」

 

 

 二人の拘束を解き、フェイトを片手に抱えたまま、クロノは母艦と連絡を取る。

 

 現場だけで処遇を決めた事を、罰される事はない。

 

 警察、検察、弁護。

 様々な権限を持つ執務官は、現地においても多くの権限を持つのだから。

 

 

 

 そして、連絡を入れてから数分、彼は空に現れたソレを指差す。

 

 

「紹介しよう」

 

 

 気絶したなのはを抱き起す恭也は、バインドに捕らわれたままのフェイトは、唯一人無傷であったユーノは、それを目撃する。

 

 

 

 白亜の装甲は、日差しの中で美しく輝き。

 その巨大な船体は、見る者全てを圧倒する。

 

 それは船。

 次元を航行する機能を持った、管理局が誇る巡航L級8番艦。

 

 

「あれが我らが母艦。次元空間航行艦船“アースラ”だ」

 

 

 アースラの威容を背に、自慢げな表情でクロノはその名を告げた。

 

 

 

 

 

 




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歪みに詠唱がない理由? 兄様が詠唱必要なのは想いが足りないからって言ってた。
と言うのが表向き、真相は中二詠唱が浮かばなかったから。名前も漢字四字だし。

ミッド語は英語っぽいので、英語の詩から引用しようかと思ったが丁度良いのが見つからないし、だらだらオリ詠唱を口にするのもどうかと思ったので省略。
今後も歪みは名前を宣言。即座に効果発動という形になるかと思います。

以下、オリ歪み解説。
【名称】万象掌握
【使用者】クロノ=ハラオウン
【効果】一定範囲内(約500m四方)にある対象を使用者の任意で強制転移させる。対象となるのは人・物・建物・魔法と多岐に渡る。目視する必要はなく、あると認識すれば効果対象となる。転移先に制限はなく、飛ばすだけなら地球上からミッドチルダにでも飛ばせるが、転移先をちゃんと理解していないと壁の中にいることになる。
強力な歪みだが、この能力が適応される相手は格下に限り、同格以上に対しては相手の同意がなければ転移させられない。故に天魔との戦いでは切り札に成り得ず、主に自身や味方の補助に使われる歪みである。
例外事項だが、建物の中にいる相手やバインドなどの魔法で囚われている相手なら、例え格上であろうと建物自体或いはバインド自体を能力対象にすることで強制転移させることも可能。
これはクロノの身近で失われる命を救いたいという祈りが生んだ歪みである。


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