リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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長く続いたStS編も、これにて終了となります。
残るは間章二つと最終決戦。新章の投稿は遅くなると思います。


第二十七話 貴方と共に生きる今

1.

 歪に蠢く赤い塊。血の赤と骨の白。醜悪に肥大化した筋繊維が、おかしな形に絡まり繋がる。

 それは嘗て人であった物。者ではなく物となったモノ。風船の如くに膨れ上がって、気泡の如くに弾ける肉塊は猛烈な異臭を放っていた。

 

 見ただけで吐き気を催す程に悍ましく、誰もが顔を顰める程の悪臭を齎し、放つ気配は天魔のそれと同じ瘴気。

 人であれば誰であっても、これの直視は耐えられない。顔を背けるか、その場から逃げ出すか。それが当然と感じられる汚濁の塊。

 

 だがこの今、この場所に顔を背ける者はいない。どころか、眉を顰める者すら居なかった。

 これが何であるのか、彼らは既に知っている。嘗て人であった物。歪み者であったモノ。この地を護る為に散った、護国の有志が成れの果て。

 

 その至った果てを前にして、どうして吐き気を堪えるなどと言う恩知らずな真似が出来ようか。

 共に戦った偉大な戦士を、嘗てを守った誇り高き先人達を、どうして悍ましいなどと吐き捨てる事が出来るのだ。

 

 今も尚肥大化している肉塊は、揺り籠と同化していた奈落の一部。そして同じく人でなくなった、彼の槍騎士が姿もある。

 これを放置などは出来ない。今も生きている彼らは、今も苦しみ続けている。そして天魔が現れれば、その手先として操られる危険もあった。

 

 護国に生きて、彼らは死した。それが全てで良いだろう。

 その死後までも穢す様な末路など、在ってはならぬしさせてもならない。

 

 故にこそ、最愛の炎で貴方達を送ろう。

 

 

「修羅曼荼羅――大焼炙」

 

 

 燃え上がる炎が肉塊を包み込む。苦痛の生に縛られた彼らを焼き尽し、来世に向けて送り出す。

 穢れた魂さえも燃やし尽くす獄炎。修羅の宙を展開したアリサ・バニングスは、燃え尽きていく彼らの魂に向けて礼を取る。

 失楽園の日を生き延びた戦士達も同じく、先陣に立つ女に習う。偉大な戦友を送る彼らは、焔が燃え尽き煙が消えるその時まで礼を崩す事はなかった。

 

 

 

 燃える。燃える。炎の中に燃えていく。その光景をキャロは静かに見詰めている。

 燃え尽きる煙の中に消えていく者らの中には、彼女が大好きだった父の姿も確かにあった。

 

 傷だらけの少女は思う。もう立つ事も出来ない少女は思う。

 余りに多くを失くしてしまった。父を失い、共に育った竜を失い、そして掴んだ筈の友すら守れなかった。

 

 自分達はあの時庇われて、酸の雨をその身に浴びた女騎士は倒れた。

 崩れ落ちる彼女を支えようと手を離した瞬間に、抱き締めていた友達を攫われたのだ。

 

 隣に立つルーテシアと、二人の手を握り絞めて涙を堪えるメガーヌの姿を見上げる。

 妻であるが故に泣き崩れそうになり、母であるが故に膝を折れない。そんな女性を見上げて思う。

 

 果たして、自分に何が出来たであろう。いいや、結局何も出来ていない。

 大切な仲間達を犠牲としたのに何も為せずに、肝心な所で足を引いて庇われた。今を生きていられるのは、結局誰の目から見ても路傍の石であったから。

 

 

(私は、もう……)

 

 

 何もかもを失って、残ったのは半身不随となった身体。足が動かない以前に、心が動こうと思ってくれない。

 前に進む気がしなかった。前に進める気がしなかった。もう此処から何処へも行けないのだと、諦めてしまった自分が居た。

 

 

「キャロ」

 

「……るーちゃん」

 

 

 声を掛ける姉の表情も、己と同じく浮かない色だ。もう彼女も分かっているのだ。

 この時分に至っても、歪み者にすら成れていない。そんな自分達は役には立てないのだと。

 

 そんな少女達に、母は優しく言葉を掛ける。疲れた様な表情で、メガーヌは儚く口にした。

 

 

「帰りましょう。キャロ。ルーテシア。……お母さん、もう疲れちゃったわ」

 

 

 言葉に抗う意志はない。少女達は逆らわず、口も開かず、唯首肯だけを返した。

 それを思いの弱さと、一体誰が責められようか。葬送が終わると共に、連れ立ち去って行く母娘を一体誰が止められよう。

 

 誰も彼もが心を折られて、何度も立てる訳ではない。必死の祈りに報いがなければ、心が折れるは自然の道理。

 もう戦う力がない少女達は、もう立ち上がる気力も湧かない。何もかもを全て賭け、賭けたモノを全て無くしたその傷は決して軽くはない。

 

 心に刻まれた傷痕は時の流れで癒えるであろうが、戦士の矜持はもう得られない。

 事実は一つ。彼女達は此処で折れ、この先に進もうとは思わなかった。それが唯一つの事実である。

 

 キャロ・グランガイツ。ルーテシア・グランガイツ。メガーヌ・グランガイツ。

 彼女達の戦いは此処で終わる。これから先の戦場に彼女達が立つ事は、もう二度とありはしないのだ。

 

 

 

 

 

2.

 カタカタと端末を叩く音。幾つもの報告書に目を通し、資料を同時進行で纏めていく。

 その合間に口に運んだ珈琲。その質の悪さに眉を潜めて、カップを置くと深い溜息を吐いた。

 

 部下に買いに行かせたこの珈琲は、それなりの有名店で注文したそこそこに良い銘柄だった筈だ。

 だが思っていた程ではないと不快感を抱いて、その直ぐ後に自覚する。どうやら舌が肥えすぎていた様だ、と。

 

 

「やれやれ、これからはこんな事にも慣れないといけないのか」

 

 

 今までの倍以上に増えた仕事も相まって、正直言って気が重い。

 クロノは肩の凝りを軽く解しながらに、管理局再建に必要な書類群から目を逸らす。

 

 そうして視線を移した先、窓の向こうに広がるのは荒地と壊れた廃屋が増えたクラナガン。

 無数の地獄によって荒らし尽され、嘗ての街並みなどは残っていない。管理局員の犠牲者も多く、先の隊葬では参列者が多くあった。

 失楽園の日が遺した傷痕は、未だ塞がらない。この今もクラナガンの復興は続いていて、管理局の再建もまだまだ時間が掛かるであろう。

 

 

(だが、悪い事ばかりじゃなかった)

 

 

 あちらこちらに見られる工事風景。廃墟は多いが、活気に満ちているクラナガン。

 その光景から視線を移して、書類へ向き合う。モニタに移る電子情報が告げるのは、想定よりも遥かに少ない人的被害だ。

 

 そう。余りに被害が少な過ぎる。ミッドチルダ全土が地獄に包まれたと言うのに、民間人の犠牲者は皆無に近い。

 失楽園の日が奪った命の大半は、クラナガンに駐在していた局員達。民間犠牲者は奈落を作る際に奪われた一握りであって、それ以降の犠牲者数は零。

 

 其処に誰かの意図があると、察せられない程にクロノは愚かではない。其処まで含めて、全てはあの男の策謀だったのだ。

 

 

(奴の目的は、神の弑逆。穢土の討滅ならばこそ、管理局の弱体化など奴が望む展開ではない)

 

 

 端末を操作して、映し出すのは監視カメラに撮影された映像。所々破損した映像には、人命救助の瞬間が映っている。

 奈落に飲まれて意識を失った人々を、戦闘機人やガジェットが回収して運んでいたのだ。安全地帯。身洋受苦処地獄が開かれたその場所へと。

 

 救助部隊は奈落が完成した直後、ほぼ同じタイミングで動いていた。運び込む場所が安全地帯になると言う事は、十分に予想出来ていたのだろう。

 民間人が一ヶ所に集まっていれば、天魔・宿儺は其処で太極を開くであろう。その程度の事、ジェイル・スカリエッティに読めていない筈がない。

 

 なればこその奈落であろう。効率的に命を救い、残る者を選別する為にこそ、スカリエッティは奈落を生み出したのである。

 結果、あの日に生じた民間人犠牲者はほぼ零だ。ごく僅かな犠牲者は、魔鏡が喰らった命のみ。奈落の拡大に使われた陸と空の戦力は壊滅したが、海だけはほぼ無傷で残っていた。

 

 それもまた道理。管理局の戦力は通常、世界の各地に散らばっている。次元世界中でロストロギアの回収や、その他任務を行っている。

 大天魔が襲来する日にはミッドチルダに集まるが、召集命令が来なければミッドチルダにある戦力は基本陸と空だけ。失楽園が突発的な事件であるからこそ、海の犠牲者数は少ないのだ。

 

 

(失楽園で奴が目指したのは、高町なのはの覚醒とナハト=ベリアルの排除。そして、――管理局体制の強化。複雑と化した内部勢力の多くを排除し、一本化する事こそが奴の狙いだったと言う訳か)

 

 

 管理局が三大部門の内、二つが完膚なきまでに壊滅した。最高評議会を含む役職者や、エースストライカーも失った。

 短期的に見れば、損害は大きい。だがそれでも、中・長期的に見れば話は変わる。対抗派閥が無くなり、そして最も重要な戦力は残っているのだから。

 

 高町なのはは太極位階に到達し、トーマは己の願いを自覚し、アリサ・バニングスも天魔と対等域にまで至った。

 新局長となったクロノの下に、彼に逆らう者などいない。海に属する者らは殆どが、アースラで研修を受けた者。詰まりは彼の教え子なのだ。

 

 失った命は尊いし、災いが福に転じたとは断じて言えない。だが組織として見れば、利点ばかりが目に付くのだ。

 もしも失楽園の日がなければ、今も暗闘や権力争いに終始していたであろう。その事を思えば、局長としてはメリットしか存在しない。

 

 相応の立場の人間が多く死した事で、暫くは組織体制の立て直しに時間が掛かろう。

 だが一度体制を立て直せたならば、形となるのはより強固となった組織となる。クロノ・ハラオウンと言う名の英雄の下、権力は一点へと集中する。

 

 時空管理局は真実、一人の意志に統制される。強大なこの組織が、強固な一枚岩となるのである。

 

 

「結局、全てアイツの思惑通り、か」

 

 

 考えれば考える程に、その底が見えない。嗤う狂人の異常な頭脳の、片鱗にすら届けない。

 そんな男が口にしていたのは、このままでは間に合わないと言う言葉。失楽園の日は、間に合わせる為にこそあった策略。

 

 

「業腹な話だが、僕では此処まで上手くはやれなかっただろう。嫌な言い方だが、終焉の日を前にして、この状況は理想的だ」

 

 

 明かされた情報。手元に来た無数の情報。失楽園の日に潰えた者らが、裏で用意していた幾つもの手札。

 最高評議会が伏せていた戦力や、スカリエッティ一派の暗躍。目覚めるのが遅過ぎたなのはとトーマ。

 

 その全てを覆せたのかと問われれば、胸を張って覆せたと答えよう。

 だが、僅か短期間でそれが出来たかと問われれば、胸を張れる程の確証はなかった。

 

 余りに、時間は短過ぎたのだ。気付けばもう、終焉の日は直ぐ其処に。先ず間違いなく、()()()()()()()()()

 

 

「今が6月。そして、奴らが語ったタイムリミットは――今年の末。後六ヶ月しか存在しない」

 

 

 あの終焉が訪れた日に、語られた残り時間は僅か八年。機動六課が設立されるまでに、七年以上が掛かった。

 明確な日付が分からず、終わりの日に多少の前後があると仮定しても、恐らくは年末。次の新年を迎えられるか、時間は極めて微妙なラインであろう。

 

 その時までに管理局を一枚岩に変えて、遠征が出来るだけの戦力を整える必要があったのだ。

 そうでなくば、世界は滅びる。それ以外に道はなく、だが僅か六ヶ月で意志統一など果たして出来たか。

 

 いいや、不可能だろう。一石を投じるまでに、七年と六ヶ月を費やしたのだ。

 真面なやり方で対応していては、時間がまるで足りていない。失楽園の日は、その時間を大幅に削減してくれている。

 

 何せ、もう反発などはあり得ない。残る者らは誰もが新局長の信奉者。ならば後は人事を動かして、空いた部署を埋めるだけ。

 長く掛かったとしても、三ヶ月。或いは二ヶ月もあれば、管理局を以前以上の組織にできる。それ程に、この現状は好都合が過ぎたのだ。

 

 

「差し引き三ヶ月。それだけあれば、トーマの救出と穢土への派兵。精鋭部隊の設立し、()()に向かう事も十分可能、か。……つくづく、アイツ好みの展開だ」

 

 

 時空航行技術に秀で、穢土に向かう為に必要な足である海を残した。其処にも彼の意図を感じられる。

 タイムリミットが訪れる前に、最高の精鋭達を最良の状態で穢土に至らせる。其れこそがスカリエッティの望みであったなら、この状況は正しく彼の思惑通り。

 

 スカリエッティの望みは神殺し。高町なのはを旗頭にして穢土に乗り込み、天魔を全て倒す事。

 なればこそ、管理局の弱体化など望む筈がない。長期的に見れば得しかない今の現状は、正しく彼が意図した物だ。

 

 六課の為に為したのだと、スカリエッティが語っても否定は出来ない成果である。

 ……無論、実際に彼が生きていてそんな事を宣ったならば、クロノは鋼鉄の拳をその顔面に叩き込んでいるであろうが。

 

 

「正しく、頭脳の怪物だな。一体何処まで先を見ていたやら、……それも調査結果次第で分かる、か」

 

 

 あの事件の後から数日、最優先事項の一つに挙げられているのがスカリエッティの遺した施設の調査だ。

 管理局再建と並ぶもう一つの重要事項として、クロノの手勢となった管理局の局員達は今もそれを探っていた。

 

 差し詰め、ジェイル・スカリエッティの遺産と言った所であろうか。

 それを探し続けるのは、管理局だけではない。損耗故に片手間にしか動けぬ彼らよりも、もう一つの勢力である彼女達の方が調査は進んでいた。

 

 故にこそモニタに映り出した彼女は開口一番、微笑みながらに言葉を告げた。

 

 

「ええ、幾つか判明した事があります」

 

「……カリム・グラシア枢機卿ですか。一体何時から」

 

「些か独り言が多いですよ。ハラオウン局長。組織のトップがそれでは、腹黒狸に足を取られてしまいます」

 

 

 新たに判明した事を伝える為に、暫定的な局長室へと通信を繋いだ金髪の女性。

 未だ完全には癒えぬ身体に、無数の包帯を巻いた女。聖王教会の枢機卿に任じられたカリム・グラシアは、自嘲交じりに笑って告げた。

 

 

「箴言。肝に銘じておきましょう。……それで、本題は?」

 

 

 一体何時から覗いていたのか、黙して答えぬ彼女の姿にクロノは額を抑える。

 色々と文句を付けたい所であったが、己が隙を晒していたのも確かな事実。溜息交じりに自制をすると、彼女に先を促した。

 

 

「先ずは一点、騎士シャッハの意識が戻りました。気にしていた様なので、それをお伝えに」

 

「それは、良かったです。彼女の負傷は、魔群を見落としていた僕の不手際でしたから。彼女にも、無事で良かったと伝えて上げて下さい」

 

「ええ、それは勿論。ですが、ご自分でお伝えなさった方が、騎士シャッハも喜ばれると思いますよ」

 

「? 何故そうなるのか分かりませんが、まあ分かりました。機会があれば直接、見舞う事にしましょう」

 

 

 何を問われているのか、分かって僅か煙に巻く。そんなカリムの言葉はそれでも、確かに気にしていた事実。

 故に安堵と共に伝言を伝えるクロノに対し、含みながらに語る女枢機卿。彼女の意図が分からず首を傾げたクロノの姿に、カリムは素直な苦笑を零した。

 

 長年の友人は相も変わらず報われないなと、今も病室に横たわるシャッハを思う。

 全治数ヶ月と言う傷を負った彼女は、最後の戦いに加われない。報われない気質を持った幼馴染は、つくづく哀れで残念に思えたのだった。

 

 とは言え、そんな思考は私事である。此処は非公式であれ公よりな状況であればこそ、情に傾く思考を切り替え、カリムは本題へと入るのだった。

 

 

「それともう一点、ロッサの調査で進展が」

 

「スカリエッティの研究資料。分かった事がありましたか」

 

 

 管理局から聖王教会へと、部署を戻したヴェロッサ・アコーズ。

 聖王教会主導の調査部隊。その隊長を任された彼こそが、恐らくこのミッドチルダで最もスカリエッティを知る人物。

 

 思考捜査によって一年以上、ジェイル・スカリエッティの思考を読み続けていたのだ。

 故にこそ彼が最も、あの狂人の思考パターンをトレースできる。彼が隠した物があるならば、それを真っ先に探し出せるのがヴェロッサなのである。

 

 

「ジェイル・スカリエッティは数年程前から、最果ての地と言う場所へ行く方法を探していたようです」

 

「最果ての地? それは一体」

 

「世界の最果て。最も穢土から遠い場所。滅んで然るべき場所が、何故か今も残っている。まるで孤立した離島の様に、虚無の狭間に浮かんでいるのだ。――スカリエッティの手記に記されていた言葉を借りれば、それが最果ての地だそうです」

 

 

 見つかったのは、ジェイル・スカリエッティが遺した手記。謎掛け遊びと独自の造語ばかりが躍る、一見して意味の分からぬ紙媒体の書面であった。

 文章一つ一つが暗号文。解読するにも幾つもの手順を踏む必要があり、解けたら解けたで解釈なんて無数にある。そんな性質の悪い性格が滲み出ている手記の内容は、彼が興味を惹かれた世界に関する物。

 

 最果ての地。当の昔に滅んでいる筈なのに、まだ滅んでいないその世界。

 ヴェロッサが解読した情報は、スカリエッティが調べた最果ての地の情報群であったのだ。

 

 

「滅びを回避した世界? そんなものが、存在するのか」

 

「多分、回避と言っても一時的な物なのでしょう。少しずつ星の面積は減りつつあると、観測データが見つかりました」

 

 

 手記に残された暗号には、パソコンデータを解除する為のキーも存在していた。

 このタイミングで解読される様に、用意されていたその情報。圧縮されていた画像フォルダには、最果ての地を観測していたデータがあった。

 

 そのデータが真実ならば、彼の世界はあり得ぬ事を起こしている。

 それは或いは天魔を破った管理局に比肩するかも知れない。それ程の偉業であった。

 

 

「……それでも停滞はさせている、と言う訳か。その理由、スカリエッティは見付けていたのか?」

 

「はい。信じられない話ですが……彼の世界は神の加護ではなく、純粋な魔法科学の技術だけで延命していると」

 

「――は?」

 

 

 それは、最果ての地が純粋な技術のみで滅びを妨げていると言う事。

 神の奇跡に頼らずに、消え去るべき世界を留めている。そんな言葉を聞かされて、思わずクロノは腰を浮かしていた。

 

 

「馬鹿なっ!? そんな事、出来る筈が!!」

 

「出来る筈がない事が実際に起きている。だからこそ、スカリエッティも注目していたようです」

 

 

 思わずと言った体で、反発したクロノにカリムは静かに告げる。

 信じたくないのは彼女も同じく、だが証明となる要素があるのに否定だけを続ける訳にはいかない。

 

 個人の感情で動いてはいけないのは、立場ある者にとって義務の一つだ。

 彼ら上に立つ者が信じられないと喚いていては、下にある者らは立脚点さえ覚束なくなるのだから。

 

 

「……あり得ない、そう思いたいが」

 

「はい。ですが実際にそうだと言うなら、そうなるだけの理由があるのかと」

 

「そう、だな。そうでなくば、納得すら出来はしないよ」

 

 

 呼吸を落ち着かせて、驚愕を飲み干す。必ず何か理由がある筈だと、思考を此処に切り替えた。

 神の滅びに抗うなど、スカリエッティでも出来るかどうか。それだけの偉業を果たせた理由は、一体何に起因するのかと思考する。

 

 その答えに行き付く為の材料は、既に彼女の手の上へと流れていた。

 

 

「謎解きの最後、手記にあった言葉が一つ。曰く――最も遠いとは如何なる意味だ、と」

 

 

 それは手記に残った最後の謎掛け。そしてスカリエッティが、その世界を差して示したその言葉。

 最果ての地。何故、ジェイル・スカリエッティは、その呼び名を付けたのか。最も遠いとは、果たしてどういう意味なのか。

 

 

「どういう意味か、だと。……距離的に遠いと言うのは、多分違うな。奴がそんな単純な答えで満足するとは思えない」

 

 

 単純に距離が遠いから、最果ての地と呼んだ。それだけが理由などと、そんな簡単な答えではないのだろう。

 最果てであると言う意味。世界の中心点から遠いと言う事。その距離が生み出す変化とは、一体何なのかと言う問い掛け。

 

 ヴェロッサが最初に辿り着き、カリムが彼から推理を聞かされたその解答。数分程思考の海に沈んだクロノも、漸くにその事実に辿り着いた。

 

 

「最果て。穢土から一番遠い。逆に近いのは地球で、ミッドチルダはそれ程ではない。距離が違うと言うのは、そういう事か」

 

「はい。そう捉えるのが正しいかと」

 

 

 クロノの至った答えを察したのだろう。カリムもそれを肯定する様に頷く。

 そうして二人は答え合わせをするかの様に、互いが至った推論を此処に展開した。

 

 

「僕らにとっての偉大な父。天魔・夜刀は時を停める神だ。時間すらも凍らせる神だ。その影響から遠いとなると、()()()()()()()()()()

 

「最果ての地は相対的に見て、()()()()()()とも言えるでしょう。基礎技術の格差は、或いは数百年分にも迫るかと」

 

「数百年分の蓄積があれば、それだけの技術があれば、滅びに僅か抗う事も不可能ではない、か。……それも完璧ではないようだが」

 

「それでも、十分過ぎる成果でしょう。スカリエッティが目を付けるには、ですが」

 

 

 最果ての地とは、時間の流れが違う場所。時が凍らぬ彼の場所は、此処より数百年は先にある。

 

 如何にジェイル・スカリエッティが規格外の天才であれ、基盤となる文化に大差があれば容易く覆せはしない。

 あの頭脳の怪物が見知らぬ技術に心惹かれぬ理由がなく、故に彼は神殺しの求道を志しながらもその世界へ行く手段を模索していたのであろう。

 

 地球とミッドチルダ以上に、ミッドチルダと最果ての地は離れている。

 周囲が消滅している事もあって、真面な手段で到達できるとは思えない。

 

 だが、あのジェイル・スカリエッティだ。真面な手段で至れぬからと、諦める筈がない。

 そもそも、到達できないならその存在を知る事すら出来ない筈だ。観測データがある時点で、移動手段は既に見付けていたのであろう。

 

 

「後年、スカリエッティは研究施設内に巨大な転移装置を作っていたようです。その設置には当然、助手や腹心の部下を手伝わせていたと見るべきでしょう」

 

「最果ての地に行く為に、か」

 

 

 ミッドチルダ周辺の無人世界の一つに、巨大な転移装置が存在している。

 大規模な装置がなければ、彼であっても、最果ての地には行けなかったのであろう。

 

 それだけの設備、一人で作れたとは思えない。だが支援者であった最高評議会の手を借りるとも思えない。

 となれば、彼を手伝った者らは自然と特定できる。一人は常に共に在った秘書たる戦闘機人なら、もう一人はあの狂人の忠実なる娘しかいないのだ。

 

 

「奴も――クアットロもその事実を、知っているのだろうな」

 

 

 最果ての地の存在を、クアットロ=ベルゼバブも知っている。そうなれば、彼女の行動を予想するのは簡単だ。

 あれ程にスカリエッティを信奉していた小悪党。そんな女が或いはスカリエッティですら届かぬ技術の高みを知って、放置できる筈がない。そんな物が存在していると言う事実を、許容できる器がないのだ。

 

 

「クアットロの性格上、スカリエッティ以上の技術など認めはしまい。そうとなれば話は簡単、奴はそれを証明する為に動き出す」

 

「ええ、先ず間違いなく。反天使達が向かう先は、最果ての地であるかと」

 

 

 反天使の、クアットロの企みは明白だ。あの小物が企みそうな事など、余りに分かりやす過ぎる。

 ジェイル・スカリエッティの技術が、最果ての地の者にも勝ると証明する。その為に、奴はその牙を剥くであろう。

 

 最果ての地を壊し尽して、彼の傑作である己こそがより優れていると。

 あの女は己の父の神聖さを保つ為だけに、暴虐と殺戮と言う手段で全てを蹂躙しようと言うのである。

 

 ティアナからエリオとクアットロの遣り取りを聞いたクロノは、静かに口を閉じて考え込む。

 反天使一行が向かったであろう場所は分かった。ならば彼らに追手を出して、一気に捕らえてしまうべきかと。

 

 

「……追手は、出せんな。今動かせるのはバニングスだけだが、奴を動かせば此処が危険だ」

 

 

 数秒の思考の末に、出した答えは否である。今は対処出来ないと、クロノは静かに目を閉じた。

 

 これが三ヶ月後ならば話は別だが、今直ぐに動かせる戦力が一人しかいないのだ。

 そんな自由に動かせる最高戦力を、推測だけで帰って来れるか分からない場所へは飛ばせない。それがクロノの決断だ。

 

 

「高町なのははミッドチルダに残るのでは?」

 

「暫くはユーノの介護に専念するとな。余程の事がなければ動かないと、奴本人から言われたよ」

 

 

 高町なのはは動かせない。己の想いを強く固めたあの女は、最早決して己の意志を譲りはしないだろう。

 そうでなくとも、真面に日常生活すら送れないユーノを一人にはしておけない。動く意志があったとしても、彼女達を使う訳にはいかない。クロノは彼女達にこれ以上、無理などさせたくなかったのだ。

 

 残る主要戦力の筆頭は、間違いなくアリサ・バニングスであろう。一対一で大天魔を相手取れる。そんな彼女は酷く貴重なのである。

 トーマ救出の為の戦力も出せない現状、唯一の最高戦力を反天使討伐に向かわせる訳にはいかない。この地を護る為に、暫くは居て貰わなくては困るのだ。

 

 

「いざ問題が起きた時、高町の奴が動くまで場を持たせる戦力が必要だ。大天魔相手にそれが出来るのはバニングスだけで、そうなれば動かせんと言う訳だ」

 

 

 アリサ・バニングスは動かせない。だがかと言って、他の者らに任せるのは些か不安が残る。

 魔群クアットロは強大だ。未だに世界人口の五分の一を捕らえているあの女は、他のメンバーでは手に余ろう。

 

 故にこそ追手として使えるのはアリサだけで、彼女が動かせないならそもそも追手が出せないのだ。

 

 

「最果ての地は当面、放置しておくしかないな」

 

 

 この段階で情報を知れる様に仕組まれていた。其処に裏を感じながらも、今は何も出来ないと諦める。

 精々出来そうなのは転移装置の調査ぐらいか。安定して行き来が出来る様にと、技術部の者らに調べさせるくらいであろう。

 

 そう割り切ったクロノ・ハラオウンは、ふと疑問に思った事を問い掛けた。

 

 

「それで、一応聞いておきたいんだが……その世界、名前はあるのか?」

 

 

 最果ての地と呼ばれる場所。其処に正式な名称はあるのだろうか。

 そう問うたクロノにカリムは頷いて、公式には未発見なその世界の住人が名付けた名を呼んだ。

 

 

「エルトリア――彼の地は、そう呼ばれている様です」

 

 

 

 

 

3.

 焙煎した豆を挽く。ミルで粉末状にした後に、サイフォンを使って抽出する。

 見様見真似で淹れた珈琲。彼が用意したブレンドを使っている筈なのに、味にどうにも違いが生まれていた。

 

 準備中の札が掛かった店舗内。これではまだ店には出せないな、と高町なのはは息を吐く。

 そうして天井を見上げる。売り出す商品はまだまだだが、それ以外は既に揃った。ならば開店もそう遠くない話であろう。

 

 木々で作ったログハウス。荒削りな色が残った以前の店舗は、失楽園の日に崩れて落ちた。

 故に今、此処にあるのは再建された建物だ。積み上げた技術ではなくて、魔法でなのはが直した喫茶・桜屋。

 

 息を吐くより容易く建物を再建出来た己の力に、高町なのはは再び溜息を口にする。

 ユーノの努力の結晶を、あっさりと模倣出来てしまう万能の力。己の手を見る度に、自覚する。人から外れてしまったと、そんな理解が確かにあった。

 

 求道神とは、法則を体現する神だ。海に溶けない宝石と例えられる様に、彼らは個として完結している。

 己は刃と語る神は、触れた者全てを斬殺する。処刑の刃に掛かった女神は、触れた者の首を刎ねてしまう。そうした法則強制を、関わる全てに与える者こそ求道神。

 

 高町なのはが日常生活を送れているのは、彼女の願いの性質故だ。“素晴らしい人になりたい”そう願うからこそ、彼女は人の器を模していられる。

 だが本質的には既に異なる。求道の器と目覚めた女は、人の振りをした人擬き。唯人からは掛け離れた、人間の皮を被った化生の類。永劫を生きる怪物だ。

 

 望んではいなかったと否定して、それで元に戻れる様なモノじゃない。

 覆水は盆に返らない。砕けた鏡は照らされず、散った花も戻らない。彼女は最早、人ではないのだ。

 

 愛した人と同じ時を、生きる事すら出来ぬであろう。そうと思えばこそ、女は己こそを忌む。

 例え引き留めたとしても、最早長くは生きられぬ愛しい男。永劫を生き続ける不滅の女。その恋が描く結末は――最早既に見えている。

 

 だからこそ、せめて今を精一杯に。彼と共に生きて行こう。そう願ったからこそ、高町なのはは一線から退いた。先がない男と少しでも、長く共に居たかったのだ。

 

 

(皆には悪いけど、これだけは譲れない。来るべき()()の日まで、私は此処から進まない)

 

 

 神を破壊する。それは己の役目であれば、確かに最後の時には戦士と立とう。

 だがそれだけだ。それ以外の時は彼と共に、そう願ったなのはの頼みに友らは応じた。

 

 暫くは任せておけと、力強く語ったのだ。なればこそ信じよう。彼らならば大丈夫。

 故になのはは日常の中で、彼と共に過ごしている。少しずつ学び、成長していく。そんな人の模倣を続けていた。

 

 

 

 今日三杯目となる失敗作を片付けて、流しに積まれた食器を洗う。

 そうして片付けを進めるなのはは、何かが倒れる様な大きな音を耳にした。

 

 緑色のエプロンで手を拭いながらに、駆け足で音がした場所へと向かう。

 開いた扉の向こうにある部屋。一人用にしては大きなベッドから僅か離れた場所で、ユーノが床に倒れていた。

 

 崩れ落ちて、痛みに震えている男の姿。歩く事さえ出来ぬ彼。

 それを見詰める女の表情は、しかし蒼白とは程遠い。呆れの色が、色濃くあった。

 

 

「まったく、また無茶したの?」

 

 

 何処か問い詰める様に、仕方がないなと諦める様に、言葉を口にしながらなのはが近付く。

 初めて見た時こそ大慌てとなった光景だが、ここ数日も続けば流石に慣れる。溜息交じりに高町なのはは、倒れたユーノを抱え起こした。

 

 

「あ、あはは、ごめんね。なのは」

 

 

 冷たい視線を向けられて、ユーノは小さく苦笑する。その表情は、全くと言って懲りていない。

 寝たきりでしか居られない筈の重度障害。物理的に動かない筈の身体を抱えて、それでもユーノはあの日以来、リハビリと自称する行為を続けていた。

 

 例え魔法に頼った結果でも、確かにあの時は歩けていた。だったら必死に痛みに耐えれば、一歩くらいは歩けるかも知れない。

 そんな根性論。希望的にも過ぎる観測。それだけで前に進み続けようとする姿に、高町なのはは呆れながらに憧れている。どんなに苦しくても、彼は決して挫けないのだ。

 

 

「けど、さ。ほら、少し進んだろ? ちょっとは立って、歩けたんだ」

 

「30センチも進んでないんじゃ、歩けたって言いません。倒れた、の間違いだよ。ユーノ君」

 

 

 とは言え、彼の身体はリハビリどころの話ではない。それは繋がっているなのはが、一番良く分かっている。

 死と蘇生を繰り返し続けて、壊れ切ってしまった肉体。あと一度でも蘇生が発生すれば、ユーノ・スクライアはそれで終わりだ。

 

 故にこそ、彼に残った時間は短い。何もしなくとも、もう長くは生きられない。そして引き留めたとしても、悪化させる事しかなのはには出来ない。

 己の力が制御できる様になったなのはは、だから彼を汚染し続ける力を抑えた。狂おしい程に求めているのは変わらないが、これ以上苦しめる事はもう望まないのだ。

 

 

「た、倒れ方が、前のめりになれた、とか」

 

「言い訳が苦しい。そんな無茶ばっかりなユーノ君は一人にしておけないので、今日の自由時間は終了です」

 

 

 最初は言葉すら真面に話せなかった事を思えば、確かに改善へと向かっているのだろう。

 牛歩の歩みにしかならず、どれ程に挫けようとも前に行く。命尽きる前に行けぬとしても、進む事だけは止めてくれない。

 

 そんなユーノを抱き上げて、ベッドに座らせると己も寄り添う。

 両手で束縛する様に抱き着いて、僅かたりとも離れぬなのは。そんな彼女に、ユーノはもう一度苦笑した。

 

 そうして、苦痛にならない沈黙の中。甘える女に寄り添いながらに、ユーノは頭上を見上げる。

 立つ事も、身体を動かす事も、食事や排泄すら一人では行えない今の己。惚れた女に寄り掛かる姿に情けなさを感じてしまう。

 

 だからこそ無茶なリハビリ。一緒に居れば止められるから一人の時間を提案して、条件付きで飲ませた単独行動。

 無茶をする度にその日のリハビリ時間を削られて、心配掛けた対価とばかりにべったりと甘える女の相手をする事になる。

 

 それがあの日から続いている彼の今。其処に充足を感じないと言えば、嘘になるであろう。

 情けなくも、満たされている。その胸に溢れる感情が更に情けなく、それで良いのかと己に問う。良い筈ないと己は返す。

 

 対等で居たいのは、彼女だけではない。追い掛けているのは、彼も同じく。それが男の原動力だ。

 だからこそ想う。相手に負担だけを掛けている現状。己と言う存在は、寄り添う彼女には相応しくないのではないかと。

 

 

「ユーノ君。それは――」

 

 

 陰陽太極に至った今、彼の思考は筒抜けだ。故にこそ当たり前の様に察したなのはは、それは違うと口にする。

 相応しいとか、相応しくはないだとか、そんな事は関係ないのだ。永遠に生きられる女と、刹那しか生きられぬ男。一緒に居られる時間が違っても、最も大切な事はこの今に。

 

 

「うん。分かっているよ。だからこそ、僕に言わせて欲しい」

 

 

 それを言葉に伝えようとしたなのはを遮り、ユーノは痛む身体を引き摺り彼女へ振り向く。

 重要なのは、己の意志。何時か来る結果。どうなるか分からない未来。そんな物などではなく、この今にある想いこそが確かな物。そんな事は分かっているのだ。

 

 何時も迷って、何度も挫けて、立ち上がって前に行く。そんな自分が、それでも譲れぬと定めた想い。

 それは未だ変わらない。ならばそれを言葉にしよう。きっと傷になると分かっても、それでも愛するが故に傷付けよう。

 

 想えば何時だって、彼女にばかり言わせて来た。自信がなくて、迷ってばかりで、だから何時だって真っ直ぐな太陽に押し負けていた。

 だけどそれでは情けない。唯でさえ恥を掻いているのだ。上塗りばかりでは、男の矜持が廃るであろう。故にこそ彼女の言葉を指で遮り、ユーノは確かな言葉を紡いだ。

 

 

「なのは。僕は、君が好きだ」

 

 

 ずっと抱いていた想い。大切な局面ではいつも、自分から言えなかった言葉。

 身体が真面に動かなくなって、命も後僅かしか残らなくなって、今漸くに己から口にした想い。

 

 

「だから、どうか――君の時間を、僕に下さい」

 

 

 求めるのは、彼女の時間。永遠に生きる彼女へと、刹那に散り行く男は願う。

 

 

「そう長くはならないから」

 

 

 時は待たない。時間は凍り付いていない。

 だから共に居られる時は、永遠と比する事など出来ぬ程に短い物。

 

 

「きっと長くはならないから」

 

 

 きっと長くは生きられない。一年先を超えられるのか、果たしてその後何処まで持つのか。

 己が死ねば傷となろう。より近付けば傷は深くなろう。もう他の術で埋められぬ程に、傷付くと分かって踏み出そう。

 

 

「ほんの少しで良い。永遠の中の、刹那で良いんだ」

 

 

 彼女が生きる永劫の時。その中で共に過ごす刹那の時間。

 過ぎ行く美麗な時として、我は女の心に残る傷となろう。我を心に残す傷として欲しい。

 

 

「この身が終わるその日まで、君と一緒に生きていたい」

 

 

 それは男が見せた一つの我儘。愛した女を求める、身勝手な男の慕情。

 何時か死ぬ男は、何時までも生きる女に向かって、己の想いを一つの言葉に紡ぎ上げる。

 

 口にする言葉はきっと、これこそが一番相応しい。

 男と女が共に在り、愛し合う関係。己が求める幸福の形こそを、ユーノは此処に口にした。

 

 

「僕と、結婚してください」

 

 

 真摯に見詰めて語る青年。翡翠の瞳を見詰めて女は、花開いた様に微笑んだ。

 そうして彼女も想いを返す。言葉を口にするではなく、なのはは己の行動で想いを示した。

 

 寄り添う女は前に踏み出し、愛を囁く男と口付けを交わす。

 長く押し付ける様に接吻を――交わした後に、唇を指でなぞりながらに女は言った。

 

 

「短い時間なんて、言わないで」

 

 

 想いは受けよう。その告白に歓喜を抱いて、だが女はより重いのだ。

 短い時間などでは満たされない。後の永遠なんて欲しくはない。彼と共に生きる時こそ、彼女にとって命の全て。

 

 

「私は貴方と、生きて死ぬ」

 

 

 だから、貴方と共に生きて死のう。永劫の時を、その刹那で終わらせよう。

 

 

「年を取る事は出来なくても、貴方と同じく老いていく」

 

 

 人の振りをしたままに、年老いていく様に見せよう。

 外見だけしか変わらずとも、貴方と共に老いて行こう。

 

 

「死する事なんて出来なくても、貴方と共に眠りに就く」

 

 

 自死が出来ぬと言うならば、刹那の記憶を夢に見よう。

 永劫続く己の生涯。貴方と過ごした時だけを、眠りながら見続けよう。

 

 目覚めぬならば、それは死と同じく。永遠の眠りへと、己が意志で落ちるとしよう。

 

 

「貴方と過ごす刹那こそが、私にとっての永遠だから――」

 

 

 一緒に生きよう。その最期まで、彼と共に生きて行こう。

 一緒に死のう。その最期と共に、己と言う存在は終わらせよう。

 

 それが、この恋と愛の結末だ。

 

 

「大好きだよ。ユーノ君」

 

 

 もう一度、今度は深く唇を交わして。愛し合う男女は互いを見詰める。

 窓から差し込む夕焼けが、愛を紡ぐ間に沈んでいく。だが、それだけでは足りない。故に其処から、更に一歩。

 

 陽は地平線の向こうへと、夜の帳が落ちた後。男女の影が重なる。

 積み上げた想いと心はこの今に、漸くに一つとなって遂げられるのであった。

 

 

 

 

 

                   リリカルなのはVS夜都賀波岐 StS編 了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4.

 ジェイル・スカリエッティが遺した研究施設の一つ。其処に彼らの姿はあった。

 男物の軍服を着込んだ女と、女物の着物を纏った男。そして二人に抱えられて、未だ意識を閉ざした少年少女。

 

 

「んで、こっからどう動く?」

 

「ま、アイツらに見つからねぇのは大前提で、となるとやっぱ一つしかねぇだろ」

 

 

 天魔・宿儺は嗤いながらに、施設中央に位置する巨大な転送装置をその目に映す。

 再起動されて未だ間もないのだろう。転送に使われた痕跡が色濃く残るそれは、最果ての地へと行く装置。

 

 彼の地――エルトリアならば、夜都賀波岐も簡単には到達できない。

 仮に暴れて発見されたとしても、ある程度の時ならば稼げよう。ならば其処に行く他に、目指す場所などありはしない。

 

 

「最果ての地エルトリア、だっけ? 思っていたより、因縁は早く決着しそうね」

 

 

 反天使が向かった事は分かっている。彼らが追い掛ける形となれば、因縁は其処に帰結する。

 少年達は、世界の果てにて対峙しよう。己が雌雄を決する為に、エルトリアこそが決着の舞台となるのだ。

 

 存外に早い決着になりそうだと語る女面に、男面は笑って返す。そうなってくれなくては、困るのだと。

 

 

「そうしてくれねぇと困る。なんせ、後六ヶ月――()()()()()()()()()んだからよ」

 

 

 新年など訪れない。どころか、年末すらも怪しいだろう。後六ヶ月は、神が持たない。

 あの終焉が訪れた日とは、状況が変わっているのだ。彼に余計な消耗を強いている。そんな者が生まれているのだから。

 

 

「どう言う訳か、アイツの消耗が激しい。こりゃ、あれだ。もう一人くらい、居やがるな」

 

 

 予想よりも、力の消費速度が早い。それは神から直接に、力を奪う者が居るから。

 彼らが認識している数は三人。だがそれではこの速度にはなり得ない。詰まりはそう、あと一人神に繋がる者が居る。

 

 

「トーマにエリオ。それにザフィーラだっけ? こっちで確認してるのは三人だけど、後一人。彼に繋がってる奴が居るって訳ね」

 

「どうにも繋がりが薄くてよ。俺や黒甲冑でも探せねぇ。代行殿は、存在すら気付いてねぇんじゃなねぇか。コイツはよ」

 

 

 その第三者は、先ず間違いなく六課の敵だ。管理局に属さぬ者で、夜都賀波岐とも別であろう。

 怪しいのは白衣の狂人で間違いないが、既に彼は死した後。死人に口はないのだから、何処の誰かが分からない。

 

 恐らくは無限蛇の盟主。未だ姿を見せぬその者こそが怪しいが、明確な確証など宿儺であっても掴んでいない。

 そんな正体不明を探して、それで時間切れとなっては元も子もない。故にその存在を無視した上で、宿儺は行動に出たのである。

 

 

「そいつの息の根止める為に、探してる様な時間はねぇ。だったら、こっちも動きを速めるしかないわなぁ」

 

 

 出した結論は白衣の狂人と同じく、時間が足りぬならば展開を速めると言う物。

 抱えた少年を神の座へと至らせる為に、その果てに己の望みを叶える為に、天魔・宿儺は仲間達を裏切ったのだ。

 

 全ては一つ。最期に勝つ為。天魔・宿儺としてではなく、自滅因子としてでもなく、遊佐司狼として勝つ為に。

 

 

「なぁ、トーマ。約束通り、お前を鍛えてやる」

 

 

 必要なのはバランスだ。重要なのはタイミングだ。

 此処から先は万事が綱渡り、何が起きても不思議じゃない。

 

 

「相応しい舞台と理由は俺が整えてやっから、死ぬ気で強くなって流れ出せ」

 

 

 罪悪の王も、掌に蠢く空を亡ぼすモノも、その全てを使い潰そう。

 誰も彼もが両面が掌で転がされ、しかし転がす両面にすら先の展開は見えていないのだ。

 

 

「時間はねぇぞ。足踏みしてる余裕はねぇ。乗るか反るか、今こそが分かれ目って奴だ」

 

 

 乗るか反るかの丁半博打。天命に全てを委ねる為に、先ずは人事を尽くさんとする。

 最後に生まれる結果は明確、どちらにしても天魔・宿儺にとっては問題ないと言える物。

 

 それでも、遊佐司狼は博打の勝利を願っている。それが眠り続ける親友に、唯一彼が捧げられる物なのだから。

 

 

「期待してるぜ。――最期に、勝つ為によ」

 

 

 次なる舞台は、最果ての地――エルトリア。時の流れが違う場所。

 彼の地にて神に反する堕天使達は暴れ狂い、両面悪鬼は嗤い続けるのであろう。

 

 

 

 

 




宿儺「よっと、邪魔するぜぇ」
4番「来るなぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


キャロ。ルーテシア。メガーヌ。シャッハ。最終決戦不参加確定。
偶には死亡じゃなくて、折れて離脱するキャラが居ても良いと思ったので。

アミティエ。キリエ。フローリアン姉妹のゲスト参戦確定。
未来世界エルトリアは、時間の流れが違う次元世界として処理してみました。


因みにグランツ・フローリアンとジェイル・スカリエッティの技術力はほぼ同等の設定。でも技量的には同等だけど、スカさんはかなり歪なイメージ。

例えて言うと。グランツさんが東京スカイツリーの展望室で作品作りしているなら、スカさんはライトフライヤーにジェットエンジン取り付けて同じ高さを空中飛行しながら作品作りしている感じ。

数百年の技術蓄積をちゃんと収めているグランツさんが凄いのか、数百年分の技術力差を発狂した精神性で覆しているスカさんが凄いのか。
どっちが優れているのかは分からないけれど、頭おかしいのは確実にスカさんの方だと思う。





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