リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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副題 顔芸。
   クロノくんは苦労人。
   悪い子になりたいんだ。



第十一話 子供の我儘

1.

 ヨレヨレの白衣を靡かせ、ぼさぼさな紫の髪を振り回し、端正な顔立ちを醜悪に歪めながら、男は大声で己の名を名乗る。

 

 

「私の名は! ドクタァァァッ! ジェェェイルゥ・スカリエッッッティ!! 気軽にドクターと呼んでくれたまえ」

 

「は、はぁ」

 

「な、何か凄い人がいるの」

 

 

 思わず、なのはとユーノはぴしりと固まる。

 余りにも高過ぎるテンションについていけず、彼らは表情を引き攣らせていた。

 

 

 

 近未来と言われてイメージする艦の内部。

 ファーストコンタクトとして遭遇したのは、そんな一風変わった人物であった。

 

 ジェイル・スカリエッティ。

 優れた科学者であり、生物学と機械工学を専攻とする研究者。

 それ以外の分野にも広く深い見識を持ち、名実共に管理世界の最高頭脳と称される男。

 

 クロノは彼の事をそう説明した後、頭痛を堪えるかの様に額を押さえながら、冷たい声音でスカリエッティへ向かって言葉を口にした。

 

 

「はぁ、何の用だ、スカリエッティ。僕はこれから彼らを艦長の元に連れて行かなくてはいけないんだが」

 

「ふむ。ふむふむふむ。おぉ、体のこの部位の筋肉がこう発達しているのか!?」

 

「いや、聞けよ!?」

 

「貴様、何をする!?」

 

 

 そんな彼の発言は、あっさりと流される。

 興味深い現象を見たスカリエッティと言う螺子の外れた科学者が、常識的な対応などする筈がなかった。

 

 クロノの言葉を完全に無視して、スカリエッティは恭也の下へ移動する。

 そして無遠慮にその身体を触り、筋肉の付き方や骨格、人体の柔らかさ等を確認する。

 

 その姿は、もう変質者と呼ぶしかないだろう。

 そんな変質者は目を輝かせて、恭也に対して無茶な提案をするのである。

 

 

「時に青年。私に解剖されてみる気はないかね? その人体を解明できれば、私の技術は更に上へ向かうだろう!」

 

「誰が頷くか!?」

 

 

 当たり前の様に拒絶され、それでも変質者は諦めない。

 何が悪いのかなど考えずに、どうすれば承諾されるのかを思考するのが彼である。

 

 

「いや、そこを何とか。バラして中を見た後は元通りにすると約束するから」

 

 

 元通りにするから、それで良いだろう。

 そう語る研究者の技術力は、確かに大した物なのだろう。

 

 だがどうにも、彼は人の感情の機微と言う物が分かっていなかった。

 

 

「おい。クロノ。刀を返せ、こいつを斬らせろ」

 

「いや、そんな奴でも管理局最高の頭脳だからな。今死なれると困る」

 

「おお、その頭脳さえなければここで斬られてしまった方が良いのに、と言わんばかりの冷たい瞳。情がないな、クロノ少年」

 

 

 本気で敵意を向けられながらも、スカリエッティはニヤニヤと笑う。

 そんな楽しそうな破綻者の姿に、クロノと恭也は嫌な表情を隠せなかった。

 

 

 

 そんな彼らを見ながら、なのははふと思う。

 

 

(この人が一番頭の良い人なら、もしかして――)

 

 

 それはもしかしたら、程度の期待。

 けれど儚い可能性であっても、試してみずにはいられない。

 

 

「あ、あの!」

 

「おや、何だい?」

 

 

 だからなのはは、その残骸を両手に持って声を上げる。

 幼い少女の目に真剣な色が見えたから、珍しくスカリエッティは真摯に向き合った。

 

 

「ええと、これ、治せませんか?」

 

 

 彼の前になのはが取り出したのは、黙して動かなくなったデバイス。

 ユーノから預かり、自然となのはの相棒となっていたレイジングハートである。

 

 

「ふむ。これは、……少し手に取って調べさせて貰っても良いかね?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

 レイジングハートをスカリエッティに手渡す。

 手渡された赤い宝石を左手に持って、科学者はジロジロと観察を行う。

 

 

「ふむ。これは一見インテリジェントデバイスのように見えるが、その実ロストロギアのようだね。いや、滅んだ文明が作った高性能デバイスと言うべきか。ふむ。珍しい」

 

「設備もないだろうに、分かるのか?」

 

 

 ただ手に持って、見ているだけ。

 それだけでそんな解答を導いたスカリエッティに、クロノが問い掛ける。

 

 そんなにあっさりと、分かる物なのだろうか。

 

 専門家でさえ大規模な設備を使っても分からぬ事の多いロストロギア関連物だと言う話を聞いたからこそ、クロノはそう疑問を抱いていた。

 

 そんな当たり前の疑念に対して、スカリエッティは笑いながら返答する。

 

 

「こんなこともあろうかと、そう、こんなこともあろうかと! 普段から多機能デバイスを持ち歩いているのだよ。さながら今の私は、簡易研究所と言ったところだろうか。ああ、しかし良いなこの言葉。こんなこともあろうかと!」

 

 

 無駄に高いテンションで返る答え。その面倒臭いアクションに、誰もが引き気味でうざいと思ってしまったのは仕方がないことだろう。

 

 

 

 誰もが引き気味で見詰める、ニヤニヤと笑う男。

 彼に対して臆せずに声を掛けたのは、黙り込んでいた金髪の少女であった。

 

 

「……それ、直るの?」

 

 

 何処か鬱屈とした声音で、その瞳にドロドロとした感情を抱いたまま、フェイト・テスタロッサは問いかける。

 

 そんな少女の機微に気付く事などなく、スカリエッティは当たり前の様に返答した。

 

 

「ふむ。難しくはある。こうも見事に壊されていたら、一流のデバイスマイスターでも直すことは出来んだろう。だが、私の辞書に不可能はない! 管理局最高の頭脳として、一晩で直して見せようではないか! おお、口にすると滾って来るな!」

 

「ほ、本当ですか!」

 

 

 スカリエッティの発言に、なのはは喜びの声を上げる。

 

 覆しようがない程に変人だが、それでもスカリエッティは管理局で最高の研究者。

 故にこそ、これ程に壊れたレイジングハートであっても、彼ならば修理する事が可能であったのだ。

 

 

「ユーノくんからの借り物だったので、壊しちゃったのがちょっと悪いなって思ってて」

 

「……僕は貸したんじゃなくて、あげたつもりだったんだけど。だから、そんなに気にしなくて良いのに」

 

「け、けど」

 

 

 なのはの言葉に、ユーノは言葉を返す。

 気にしなくて良い。レイジングハートはなのはにこそ相応しいのだから、と。

 

 その言葉に思う所はあっても、それでも喜色は隠せない。

 相棒と言えるデバイスが直ると言う事実を前に、歓喜する心は隠せなかったのだ。

 

 

「良かったじゃないか。スカリエッティは性格こそどうしようもないが、頭脳だけは本物だからな。宣言したからには必ず直すだろう」

 

「ああ、なのはも喜んでいる」

 

 

 言葉数は少なく、ただ優しげな瞳で少年少女を見詰める男二人。

 

 恭也は妹の喜ぶ姿に、純粋に感謝を抱いている。

 スカリエッティの不躾な態度には怒りを感じなくもないが、それ以上に妹の恩人としての感謝が勝っていた。

 

 クロノはジェイル・スカリエッティと言う男の本質を知るが故に、手放しには喜べないと分かっている。

 

 だがそれでも、確かにその能力を信頼するが故に、レイジングハートの復活は確実だろうと断じていた。

 

 

「ああ、今日は実に良い日だな! 人体の常識を覆す動きをした人間を観測できたと思ったら、こうして珍しいロストロギアまで研究出来る! これではテンションが天井知らずに上がっていってしまうではないか!!」

 

 

 そしてジェイル・スカリエッティは、表情を歪めて笑う。

 珍しい現象。珍しい情報。それは彼にとっては、万金に値する知識。

 

 そう。彼には目的がある。絶対に果たさねばならぬ求道があり、故に知らない情報は宝石よりも価値がある。

 

 故にそれを纏めて得られた、今日と言う良き日。

 それに感謝を抱いて、ジェイル・スカリエッティは高笑いを続けていた。

 

 

 

 

 

「……そう。なんだ」

 

 

 そんな明るい空気を纏った彼らに対し、鬱屈した少女は真逆の空気を纏う。

 一人離れた場所から見詰めながら、恨み言を言うかの如き声音でフェイトは呟いた。

 

 

「バルディッシュは直らないのに、君のデバイスは直るんだね」

 

 

 そんな少女の変化に、誰も気付けない。

 誰にも気付けない程に小さく、フェイトはその瞳を濁らせた。

 

 

 

 

 

2.

 戦艦内に作られた小さな和室。

 畳の上に正座した緑髪の女性は、これまでの経緯を聞いて一つ頷いた。

 

 

「そうですか、そのようなことが」

 

 

 美しい緑髪の女性。

 リンディ・ハラオウン艦長は、ユーノが語った経緯の審議を思考する。

 

 一行を代表したユーノの言葉。

 それを証明する物こそ未だないが、それでも嘘を吐く理由もない。

 

 スカリエッティが預かった赤いデバイスが直れば、データの回収による裏付けも出来るであろう。

 

 リンディ・ハラオウンはそう考えると、一先ず彼らの言葉を信じ、その功績を称えた。

 

 

「良くぞ、やってくれました。……大人としては危ないことをしでかした子供を怒るべきかもしれませんが、貴方達が動かなければ被害はもっと拡大していた。それはこうして話を聞くだけでも明らかです」

 

「言い訳になるがな。僕達だって遊んでいた訳ではない。ロストロギア輸送艦が襲われた際の救難信号。それをキャッチしてから即座に動いたさ」

 

「ですがその時には既に、魔力痕跡のほとんど拡散してしまっていたのです。あの次元震が起きるまで、積荷がどこに行ったのかも分からない状況でした」

 

「だからどうしても遅れてしまった。……それが君達に負担を掛ける結果になってしまった以上、すまないと詫びるだけでは足りないだろう。それに、確かに感謝している。君達のお陰で、最悪の事態は避けられた。本当にありがとう」

 

 

 リンディ艦長と執務官クロノの感謝の言葉。

 二人の人物から褒められて、なのはは何処か気恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

 だが、二人の感謝は事実である。

 誇張でも過大評価でもなくて、確かになのはとユーノがいなければ最悪の事態が起きていたであろう。

 

 巨大樹による大地震と巨大狗による民間人襲撃。

 大量破壊能力を持った核兵器の爆発と、それによる結界内の汚染。

 海鳴全土を巻き込んだ竜巻の同時多発的発生と、地球全土を揺らした次元震。

 

 どれか一つでも放置していれば、街は確実に滅んでいただろう。

 それ程の規模の事件を防げたのだから、なのは達の功績は実に大きいのだ。

 

 

 

 そんな言葉に照れる少女の姿に微笑んで、一息を入れると表情を変える。

 管理局の将官としての表情に変わったリンディは、フェイトに向かって冷たい言葉を投げ掛けた。

 

 

「さて、今の話が全て事実ならば、私達は貴女を拘束しなければなりません。……申し開きはありますか? フェイト・テスタロッサ」

 

「え、何で!?」

 

 

 リンディの言葉に、なのはは反発する。

 どうしてフェイトちゃんが捕まるのか、その問いに答えるのは黒衣の少年。

 

 

「管理外世界での魔法使用だけなら兎も角、その後がまずい。特に管理外世界に甚大な被害を与えたジュエルシードの強制暴走だけは、お咎めなしとはいかないさ」

 

 

 実際に行った行為だけでも、立件されるには十分過ぎる犯罪行為。

 そしてフェイト・テスタロッサに掛かる疑惑は、それだけでもない。

 

 

「それに、輸送艦を襲った雷光の魔法のこともある。彼女とその背後の人物への疑いがあるのさ」

 

「で、でも」

 

 

 ジュエルシードを求める者が、ジュエルシードが散逸した場所にいる。

 襲撃後すぐさま駆け付けた管理局より早く、フェイトと言う探索者を出せている。

 

 何とも出来過ぎな話である。

 襲撃者とフェイトが無関係と考えるより、繋がりがあったと考える方が自然であろう。

 

 フェイト・テスタロッサ自身か、それに連なる者こそが襲撃の下手人である。

 それはちょっとでも思考すれば、子供でも分かる程に単純な理屈であった。

 

 

「フェイトちゃんは、きっと何か理由がっ」

 

「だとしても、だ。彼女は余りに被害を出し過ぎた。……罪には罰が必要なんだよ」

 

 

 当然なのはも気付いている。気付いて、だからこそ反論の言葉が口を出ない。

 反発する気持ちはあっても、庇いたい気持ちを上手く言葉にすることが出来ない。

 

 だからこそ、クロノを納得させる事は出来なくて、フェイトは拘束された。

 

 

「連れて行け」

 

「はっ!」

 

 

 クロノの言葉に、艦長室の入口に控えていた二人の武装隊員が敬礼を返す。

 

 その硬い動作と力が入り過ぎている敬礼。

 少女を連行する手際の悪さに、新兵がとクロノは内心で毒吐く。

 

 

(全く、理屈は分かるが、納得は出来ん話だ)

 

 

 そんなクロノの思考を余所に、二人の屈強な男に連れ去られていくフェイト。

 

 小さくなっていく彼女の背に、なのはは何か声を掛けようとして――

 

 

「フェイトちゃん!」

 

「…………」

 

 

 だが、答えは返らなかった。

 なのはの手は届かずに、フェイトはこの場より連れ出される。

 

 フェイト・テスタロッサは振り返ることすらせずに、扉の向こうへ姿を消した。

 

 

 

 また、届かなかった。

 二度目の拒絶に、なのははしゅんと項垂れる。

 

 一度目は反発も出来たけど、二度も続けば確かに感じる。

 

 嫌われているのかな、と。

 それは幼い少女の気分を落とすには、十分過ぎる物。

 

 

「さて、それでは貴方達の今後について話しましょう」

 

 

 そんな彼女を哀れに思いつつも、リンディは管理局員としての言葉を告げた。

 

 

「ジュエルシード回収は、我々管理局が引き継ぎます。貴方達は今まで通りの生活に戻ってください」

 

「……協力に対する表彰と褒賞。それから被害に対する補填に関しては後日改めて連絡を入れる。預かったデバイスもその時に返却しよう」

 

「え、でも!?」

 

 

 もう関わるな。後は任せろ。

 それは民間人に頼る訳にはいかない、管理局員としての言葉。

 

 そんな二人の発言に、なのはは反発する。

 今になって、関わるなというのか、と。私にもまだ、出来る事はあるのだ、と。

 

 

「私にだって出来ます! 出来ることはあるんです!」

 

「……悪いけど、民間人をこれ以上巻き込むことは出来ないの」

 

「この事件には大天魔の姿が確認されている。……その恐ろしさは、君達も知る所だろう」

 

 

 そんななのはの訴えは正面から否定される。

 

 民間人は巻き込めないという管理局員の矜持。

 そして大天魔という、自分達でさえも生存の保証がない危険すぎる存在。

 

 その二つの理由があるが故に、なのはの言は一顧だにする意味すらない。

 

 

「あ」

 

 

 そして、なのはも思い出す。

 あの両面宿儺と呼ばれた悪鬼の脅威を、あの怪物に向き合う怖さを。

 

 

――で? お前に何が出来るんだ?

 

 

 ぶるりと、身体が震える。

 甦ったトラウマに、少女は何も言えなくなった。

 

 振り切れた訳ではない。拭い去れた訳ではないのだ。

 歩き出すことは出来たけど、あの出来事は未だにトラウマとして、なのはの心に残っている。

 

 だからこそ――

 

 

「今までありがとう。後は僕達に任せておけ」

 

 

 そんなクロノの言葉に、なのはは何も言い返せなかった。

 

 

 

 

 

3.

「と、ここがアースラの展望室。星海の綺麗な光景が見えるから、休憩の際にここで寛ぐ人は結構いるんだよ」

 

「…………」

 

 

 エイミィ・リミエッタは、一行を案内しながら説明する。

 オペレーターという職柄か、彼女の解説は中々堂に入っていて観光客相手なら喝采を受けていたであろう。

 

 だが、そんな彼女でも現状はどうしようもない。

 冷汗を流しながらも、自分にこんな役割を振った相棒を胸中で罵倒するより他に出来る事がなかった。

 

 

(クロノくんめ! 気分が滅入っているだろうから、気分転換にアースラを案内してやってくれとか言って、こんな状態の子達を押し付けるとか、今に見てろよ)

 

 

 鬱々とした表情で考え込んでいるなのは。

 そんな彼女を心配して右往左往しているユーノ。

 我関せずと、返却された刀を確認している恭也。

 

 一行は誰一人としてエイミィの話など聞いておらず、その姿に表情が引き攣るのをアースラのナンバー3は自覚していた。

 

 

(自己紹介からずっとこの調子で凄く気まずいんだけど! クロノくんマジ許さねぇ。クラナガンに帰ったら、雑誌で人気のあのスイーツを嫌って言う程奢らせてやるんだから!)

 

 

 ブリッジ。食堂。休憩所。展望室。

 

 流石に見せられない機関部や、見ても楽しくないであろう部屋は除いたが、もうアースラ全てを見せて回ってしまった。

 

 必死に盛り上げようとエイミィは笑うが、その効果もない。

 なのは達の纏う空気は変わらず、エイミィは胃が締め付けられる様な痛みを感じていた。

 

 

(パークロードでのデートと最新の映画。序でにホテル・アグスタでのディナーも追加してやる)

 

 

 クロノの財布に大打撃を与える事を、エイミィは決意する。

 

 丁度その時、それまでは考え事に集中していたなのはが、初めてエイミィに向かって声を掛けた。

 

 

「あの、エイミィさん」

 

「な、何かな、なのはちゃん」

 

 

 やっと話しかけてくれた少女に、エイミィは目を輝かせて対応する。

 この居辛い沈黙が改善するならば、どんな言葉にでも対応してみせよう。

 

 そんな彼女は――

 

 

「お願いがあるんです」

 

 

 なのはの告げた無茶な願いに、頭を抱えることになった。

 

 

 

 

 

 帰る前に、フェイトちゃんとお話をさせて欲しい。

 

 それが高町なのはが口にした願いであった。

 

 

 

 本事件の重要参考人にして、管理外世界に多大な被害を与えた犯罪者。それがフェイト・テスタロッサである。

 

 アースラの独房に拘留されている彼女と話をさせる。そんな権限はエイミィにはない。

 

 妨害行為を行ったとしても、それ以上に功績のある協力者の願いだ。出来れば叶えたい。だが、民間人と犯罪者を会話させるのは果たしてどうなのか、と思い悩む。

 

 

「と、とりあえず艦長に確認取ってからね」

 

 

 結局、彼女が選んだのは、責任転嫁。

 責任者はこういう時にこそ、その役割を果たすべきであろう。

 

 そう自己弁護しながら、乾いた声で返す事しか出来なかった。

 

 

 

 そんな彼女の心配を余所に、許可はあっさりと出る。

 

 エイミィ・リミエッタも同席すること。

 時間は十分以内の短時間で済ませること。

 

 条件として挙げられたのはそれだけであり、なのははその言葉に輝かしい笑顔を返す。

 

 本来の業務内容以外のことを押し付けられたエイミィは、胸中でクロノに集る内容を増やしつつなのは達を案内した。

 

 

 

 通常の通路から外れた道。

 アースラの船底近くに設けられた、独房エリア。

 

 凶悪な魔導士を捕える為に、この一帯は魔法発動を妨害するAMFが張られていることを説明しながらエイミィは先に進んで行く。

 

 フェイト・テスタロッサの独房。

 その扉の横にあるキーパネルを操作して扉を開く。

 

 その扉の先、ベッドに腰を掛けてぼんやりとしていたフェイトは、突然入ってきた人物に目を向けて――

 

 

「え?」

 

 

 驚きのあまり唖然とする。

 ぽかんと間抜けに口を開いたまま、彼女は刀の鞘を振りかぶるなのはの姿を見た。

 

 

「ごめんなさい!」

 

「んなっ!?」

 

 

 なのはは木製の鞘を、エイミィの脳天に振り下ろす。

 鉄の装飾がある部分で後頭部を叩かれたエイミィは、変な声を上げてその場に倒れた。

 

 

「おぉ、見事だ。一撃で人を気絶させるのは難しいんだが、流石に御神の血を引くだけはあるな」

 

「なんで、そんなに冷静なの!?」

 

 

 二人にやや遅れて入ってきて、そんなことを呑気に言う恭也。

 その二人の姿と態度に、フェイトは驚愕を隠せない。

 

 そんな彼女の問い掛けに、恭也は予想していたからなと軽く返す。

 余り多くを語らないのは彼の性格もあるが、同時に自分が語るべきではないと思っているからでもある。

 

 そう。彼女の驚愕に答えを返すのは、なのはの役目だ。

 

 

「なのは。扉の外の武装隊員は無力化したよ。これで転送ポートまでの障害はもうない」

 

「ありがとう、ユーノくん。大変じゃなかった?」

 

「恭也さんが協力してくれたし、皆油断していたからね。僕もなのはが念話で教えてくれるまで、こんなことをするとは思いもしなかったし」

 

「にゃはは」

 

 

 恭也と共に入ってきたユーノが、そんな風に状況を彼女らに伝える。

 

 多大な功績を上げた民間人が、愛らしい容姿の幼子達がこんなことを仕出かすなどと、一体誰が予測できただろう。

 

 新兵ばかりの武装局員達はそれに対処出来ず、結果無様を晒していた。

 

 

「……どうして、君はこんなことを」

 

 

 信じられないモノを見る瞳で、フェイトはなのはに問いかける。

 

 管理局員に喧嘩を売って、犯罪者一人を逃がそうとする。

 そんな事をしてしまえば、ただでは済まないだろう。そんなフェイトの言葉。

 

 それに対して返るのは、身勝手な想い。

 

 

「フェイトちゃんは頑張っている。それは私にも分かる。凄く頑張っているって思うんだ」

 

 

 なのはは自分の想いを語る。

 フェイトが捕まってから、考えてきたこの想いを。

 

 

「だから、そんな子が報われないのは間違っている」

 

 

 それは所詮は子供の我儘。

 大局を見れていない、今だけを見た言葉であるだろう。

 

 

「捕まるのが正しくて、それを守るのが良い子だって言うなら、私は悪い子になりたい。悪い子でありたい。そう思ったんだ!」

 

 

 それでも、それは確かな思いだからこそ。

 

 

「君は……本当に……」

 

 

 全てを拒絶しようとした少女の胸にも、確かに届いていた。

 フェイトは自分の為に悪い子になりたいと語る少女を、もう悪意だけで拒絶する事は出来なくなっていた。

 

 

(ずるい。ずるいよ。なのは)

 

 

 フェイトは、言葉にせずに胸中で呟く。

 こんなにも向き合ってくれるなのはに、ずるいと口を尖らせる。

 

 そう。高町なのははずるいのだ。

 

 好ましいのに憎たらしい。

 忌々しいのに嫌いになり切れない。

 

 太陽のような笑顔を向ける少女は、フェイトの心を否が応にも掻き回していく。

 

 

「行こう! フェイトちゃん!」

 

 

 手を伸ばす。

 その小さく、けれど温かい掌。

 

 ずるいと感じながらも、それでも拒絶は出来なかったから、フェイトは確かに差し出された手を掴み返した。

 

 

 

 

 

4.

「あの子達はぁぁぁぁっ!!」

 

 

 ブリッジで監視カメラ越しに、その光景を見ていたクロノは憤怒の声を上げた。

 

 彼の胸にあるのはとんでもない事を仕出かした子供と、そんな彼らにしてやられた無様な局員達に対する怒りである。

 

 

 

 このアースラに配属された局員は、クロノとリンディ、エイミィの三人を除いて新兵揃いだ。

 

 クロノの調整の為にアースラに乗り込んでいたスカリエッティは除くが、正規に配属された者達は皆、士官学校や訓練施設を出たばかりの若い面子である。

 

 何故、そのような人事になっているのか。

 話は単純だ。クロノの持つ歪みが理由である。

 

 彼の歪み。万象掌握。

 それは危険地帯と化している海において、その真価を発揮している。

 

 アースラクルーと他の艦では、生存率が大きく異なるのだ。

 故に新兵はアースラに一度所属し、実際の戦場を知ってから他の部署に行くという形が出来てしまっていた。

 

 鍛え上げた武装隊員達が他の艦に取られ、穴埋めに新人が送られてくる。

 その度に武装隊の隊長職を兼任しているクロノは、強い苛立ちを覚えた物だ。

 

 それでもどうにか遣り繰りしながら任務を熟し、そうしている時に救難信号をキャッチしたのだ。

 

 新兵揃いや、仮にも管理局の重要人物が乗り合わせる現状。そんな面子で大天魔と対する事に、不安は当然今もある。

 

 だが他の海域に向かった艦を待つ時間がない以上は仕方がないと、そうクロノは判断していた。新人でも人手としては動いてくれるだろうと。

 

 子供達にしてやられるというミスをやらかすまでは、の話だが。

 

 そんな新兵と、彼らと同じ無様を晒した相棒に、戻ったら再訓練を課すことを内心で誓う。

 

 そうして、クロノは艦長席を仰ぎ見る。

 ブリッジの艦長席に座るリンディは、幼い子供達の暴走する姿とそれを容認どころか加担している保護者の姿に頭を抱えていた。

 

 

「艦長!」

 

「ええ、分かっています。あの子達には悪いけど、フェイト・テスタロッサは逃がす訳にはいきません。あの位置は貴方の歪みの効果範囲内でしたよね」

 

「はい。艦内ならばどこに居ようと、絶対に逃がしません!」

 

「ならば、対処を。……ただし、余り被害は出さないように」

 

「……善処はします」

 

 

 リンディの言葉にクロノはそう返し、己が歪みを発言させる。

 万象掌握。彼を絶対者足らしめるその力が、ここにその真価を見せようとして――

 

 

「それ、ちょっと待ってくんない?」

 

 

 ぐさり、と何かを突き刺す音がした。

 リンディは己の体、右胸から生えた血の滴る白銀の刃をその目にする。

 

 痛みはなく、滴り落ちる銀光に、ただ違和感だけを感じている。

 身体は動かず、意識が遠のいていく事を、まるで他人事の様に感じていた。

 

 

「母さん!! っ!?」

 

「ほら、お前も動くな。動いたらこいつが火を噴くぜ」

 

 

 咄嗟に対応しようとしたクロノは、その後頭部に硬く冷たい何かを押し付けられて動きを封じられる。

 

 彼の背に笑うのは、女性物の着物を着込んだ金髪の男。

 両面の鬼が持つ男面が、その手に持った質量兵器を向けていた。

 

 

「はぁーい。おっひさー」

 

「よう。元気か? 管理局の犬ども」

 

 

 リンディの胸に生えたレイピアを握る軍服の女が、クロノの後頭部に拳銃を押し付ける着物の男が確かにそこに立っている。

 

 厳重な体制下にあったアースラ内部に、何時の間にかその悪鬼は出現していた。

 

 

「天魔・宿儺!」

 

 

 動きを封じられたクロノは、忌々しそうにその名を呼ぶ。

 そんな彼の声に応と答えて、両面悪鬼はニィとその表情を笑みで染めていた。

 

 

 

 

 




ネット投稿は不慣れなので、これからも文章のレイアウトなどをコロコロ変えるかもしれません。意見。感想は是非に、改訂の参考にさせて頂きます。


スカさんは作者のイメージではこんな人。
日常シーンではネタキャラだけど、実は凄い黒い人ってタイプですね。

当然、当作内でも、スカさんの腹黒さはトップクラスです。
多分コイツが諸悪の根源の一人じゃね? ってくらいに真っ黒です。

そんな奴を使わないといけない。
それ程に管理局は追い詰められていたりします。


ウエスト風味なネタキャラ臭を纏うスカさんの所為で、リンディさんやエイミィの影が薄くなっている気がします。



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