リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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2.Salvator(Dies irae)


楽土血染花編第四話 楽園に咲く血染の花 上

1.

 月夜の下に、虫の音だけが響いている。羽搏いていく小さな灯火は、ある種幻想的である。

 この幻燈を眺めていると、まるで先の一件が嘘の様。黄昏を過ぎた逢魔ヶ時に、闇と見えた事すら夢幻に思えてくる。

 

 されど、先の一件は夢ではない。闇に堕ちた女が見せた怨嗟の色は、今も此処に残っている。

 崩れ落ちた月村邸の残骸。地下へと続く階段の前に立ち、月村すずかは夜風を吸い込む。吐き出す呼気は、思っていたよりもずっと冷たかった。

 

 

「菟弓華」

 

 

 名前を口にする。被害者にして加害者。夜の一族に奪われたからこそ、夜の一族から奪おうとする者の名を呟く。

 彼女達が生み出した闇。その存在へと抱いた情は、果たして一体如何なる色か。夜襲に備え一人警戒を続けるすずかは、空いた時間に思考を進める。

 

 怒りや憎悪と言った情。身内を傷付けられた事への感情は確かにある。それでも然程強くはないのは、現実感が湧かないからかはたまた別か。

 悔恨や憐憫と言った情。同じ女として想像する。その身に襲った悲劇はそれだけでも、耐え難いと言える程。そんな経験をさせた事、其処に情が芽生えぬ筈もない。

 

 夜闇の中に一人、女は思考に埋没する。己の感情を、己自身を、振り返って考えるのは己の解答。

 

 

「私は、何が出来るんだろう。何をするべき、なんだろう」

 

 

 話を聞いて、素性を知って、想う所はそれ一つ。加害者が示した正当性を前にして、何が出来るか思い悩む。

 それはこの今に、余裕があるからこそ出来る事だろう。切羽詰まった状況で、相手の事など考えられない。滅びろと言われても、そんな要求は飲めないのだから当然だ。

 

 今直ぐにでも彼女が復讐を果たしに来て、ならば素直に迎え撃つだろう。殺さなければ止まらないと言うならば、身内を救う為にも殺すであろう。

 だが、追い詰められて咄嗟にと言う状況ならば兎も角として、思考の猶予が出来た今に何も考えずに敵として唯倒す事など選べやしない。加害者ならばせめて、己の罪に向き合うべきなのだ。

 

 それが、本当の意味で怪物にならない為の方法。罪を自認し、思い悩みながら、確かな答えを探していく。それが月村すずかにとっては、人である為の最低条件なのである。

 

 

「……すずかが悩む必要はないわ」

 

 

 物思いに耽っていたすずかの背後から、見知った女の声が掛けられる。振り返って振り向いた先、階段を上って来るのは桜色の人影。

 

 

「さくらさん」

 

 

 周囲を警戒しているからだろうか、獣の様な耳を隠せていない成人女性。地下から出て来た彼女の名を、すずかは苦言を口にする様な鋭さで呼ぶ。

 未だ危険は過ぎ去っていないのだから、地下に避難していて欲しいと言っただろうに、どうして出て来たのか。そんな姪の視線に謝罪を返しながらにさくらは語る。さくらには、表に出てでも語らなければならない理由があったのだ。

 

 

「弓華さんの一件は、氷村遊の責任よ。月村すずかは関係ない。責任を負うべき立場じゃないの。それだけは、絶対に間違いないって断言出来る」

 

 

 先に行われた情報の擦り合わせ。敵の素性を聞いて、顔色を曇らせたすずかを見ていた。だからこそ、綺堂さくらは此処に来た。

 菟弓華を傷付けたのは、氷村遊だ。彼女が傷付けられた一件に、月村すずかは欠片だって関係していない。ならばそんな彼女が、責任を負う必要が何処にある。

 

 身内が罪を為したなら、其の親や子までも鞭に打たれるべきか。誰かが悪を犯したならば、一族郎党滅びるべきか。同じ種族が後ろ指を刺される行いをしたとして、種族全てが滅ぼされて正当か。

 親や子の罪を、子や親が償う。それは本当に必要か。罪を為したから族滅などと、それは余りに前時代的ではないか。極少数の人間が他の命を悍ましい手段で蹂躙したとして、だから人間種全てが滅びないといけないと言う理屈など成立すらしないだろう。

 

 

「氷村遊の罪。それは、それを育てた氷村の家系や、彼を止められなかった私が負うべきかも知れないわ。……けどね、すずかが思い悩む事じゃないの」

 

 

 要は何処で線を引くかと言う問題だ。何処にまで責任を求めるかと言う問題だ。

 

 悪い奴が居た。悪い奴は人間だった。ならば人間全てが滅びろ。そんな論説、通りはしない。

 悪い奴が居た。悪い奴を育てた奴が居た。ならばその身内が償え。受け入れられる論理など、精々その辺りであろう。

 

 菟弓華はやり過ぎだ。あの女は行き過ぎだ。当時幼い子供でしかなかった、血が繋がっているだけでしかない、そんな少女に一体何を償えと言うのであろうか。

 綺堂さくらは、故にそれを伝えに来たのだ。貴女は悪くない。貴女が咎を負う必要などはない。真に罪深い者は既に亡く、貴女は唯巻き込まれただけなのだからと。

 

 そんなさくらの言葉に、確かな思い遣りを感じる。感じてそれでも、すずかは首を左右に振った。

 

 

「そう、かもしれません。それが正しいのかも知れないです。……だけど、私はこうも想うんです。彼女を傷付けたのは、夜の一族。この流れる血と同じく、ならきっと私は無関係じゃ居られない」

 

「違うわ。それは――」

 

 

 思い遣りから伝えられた言葉を、己の想い故にと否定する。己は無関係な立場ではないのだと。

 そんなすずかに、さくらは否定を口にする。同じ一族だからと、罪に感じる必要などはない。そんな言葉を伝えようとして、しかしそれを口にする前にすずかが言葉で遮った。

 

 

「それに――悪くないから、気にしなくて良い。正当性がないなら、開き直ってしまって良い。……それは違う。違うんだって、思います」

 

 

 仮に綺堂さくらの語る理屈の全てを受け入れて、自分が責められる立場にないと判断したとしよう。

 だがだとしても、それを理由に開き直る訳にはいかない。だから相手の事など考えなくても良いと、そんな理屈を通してはいけない。月村すずかは、そう思う。

 

 

「傷付けられた人。大切なモノを穢されて、とてもとても怒っている人」

 

 

 菟弓華は、愛した人を奪われた。大切なモノを穢されて、よくもよくもと怒りを燃やしている。

 そんな女の怒りによって、身内を害された。相手に正当性がないと語るなら、その怒りだって飲み干せる筈がない。

 

 

「そんな怒りに奪われて、よくもよくもと怒りを燃やす。その先には、負の連鎖しか待ってはいない」

 

 

 奪われたのだ。奪い返そう。奪い返されたのだ。今度は奪い返されぬ様に、もっと徹底的にやってやろう。

 怒りに対して怒りを返せば、結果として出来上がるのは負の連鎖。もっともっとと悪化する。どうしようもない地獄の絡繰り。

 

 一番悪い奴がもう居ない。氷村遊は何処にも居ない。だからどちらも悪くはないと、開き直ってしまえば限がない。

 地獄の絡繰りが止まらない。悪くないのに奪われたから許せずに、許せないから傷付ける度に憎悪が積み上がっていくのである。

 

 

「本当に悪い人はもう居なくて、皆悪くはないのに争っている。そうしないといけない程に憎悪が積み上がっていて――だからこそ、このまま終わりじゃ余りに救いが無さ過ぎる」

 

 

 その先に救いはない。その先は碌でもない。何処かで止めないと、どちらかが消え去るまで終わらない。

 どちらも本当は悪くはないのに、一番悪い奴がもう居ないから、何処で止まれば良いのかも分からない。

 

 そんな地獄の絡繰りは、菟弓華と夜の一族だけの話じゃない。同じ様な関係性が、確かに他の場所にもある。それをすずかは、もう知っているのだ。

 

 

「……これは、縮図なんだって思います。この世界で起きた事、それにとても良く似ている」

 

 

 其れは穢土・夜都賀波岐と、この時代に生きる人間達との関係性。大きな世界の縮図が正に、この小さな世界で起きている。

 前代より世界を絶やさぬ為に戦い続けて、今を憎むに至った英雄達。前代の英雄達に奪われて、過去を憎む様になった人間達。この関係に、余りに酷似し過ぎていた。

 

 

「傷付けられた人。大切なモノを汚されて、とてもとても怒っている人達」

 

 

 守ったのに、守り続けていたのに、お前達は裏切った。今も苦しむ父の腸を、浅ましくも貪る子供達。其処に怒りを覚えたのが、嘗てを生きた英雄達。

 許さない。認めない。終わらせてなるものか。その一念で刃を振り上げ、多くの命を奪い取った。世界を存続させる為に、沢山沢山命を刈り取り終わらせた。

 

 そんな古き者らの怒りに、奪われた者らも怒り狂った。よくもよくもと、よくも奪ったなと憎悪を燃やした。

 戦乱の地で腐って落ちた命があった。宇宙の塵と化した船があった。生きたいと言う願いすら、届かず消えた少女が居た。それをどうして、許せるのかと憤る者らが居た。

 

 本当に悪い奴(第六天・波旬)はこの世界に居ないのに、互いの理由で傷付け合って、憎悪と怒りを積み重ね過ぎた光景が確かに其処にあったのだ。

 

 

「そんな怒りに奪われて、よくもよくもと怒りを燃やす。その先には本当に、負の連鎖しか待ってはいないじゃないですか」

 

 

 そんな怒りと憎悪の連鎖。その地獄の絡繰りを、食い止めた者を知っている。すずかはあの日、異なる答えを確かに聞いた。

 青き光の力で感じた想いの共有。古きに生きた敗軍の将が伝えた決意。彼の黄金を前にして、高町なのはが口に出した答えを確かに知っている。

 

 

――真に愛するならば壊せ! 真に愛するからこそ、壊すんだ!!

 

 

 この世界を、それでも愛しているのだと語った女。憎悪ではなく愛で壊す。それが彼女の出した結論。今を生きる女はあの時に、確かに過去と向き合った。

 

 

「だから、私も向き合うべきなんです。知れて良かったと、心の底からそう思います」

 

 

 奪われた怒りや憎悪に身を任せぬのは、現実感の喪失だけが理由ではない。

 失ったと言う実感が薄いだけではなくて、それではいけないと確かにもう分かっているから。

 

 憎むのも、怒るのも、恨むのも、もう十分だと知っている。ならばどうして、被害者に対しそれだけを向ける事が出来るのか。

 

 

「菟弓華が姉さんや、雫。さくらさんを傷付けようと言うなら、否はありません。戦います。奪います。終わらせなくちゃいけないなら、この手で確かに終わらせる」

 

 

 それでも、女が止まらぬならば手に掛けるだろう。こうして悩んではいても、その場に立てば戦うだろう。

 憎悪でも憤怒でも怨嗟でもなく、それでも相手を仕留めよう。天秤の片側に乗った者らが重いなら、両天秤が揺れ動く筈もない。

 

 結果として、月村すずかは菟弓華と敵対する。例えどんな結論を出したとしても、あの女を殺す為に動くだろう。ならば、懊悩に意味はないか。否である。

 

 

「それでも、知るべきじゃなかったなんて思わない。自分は悪くないなんて、思いたくなんてない。どうすれば良いのか、考える事を止めたくない」

 

 

 例え至る結果が同じでも、抱いた想いが違うならば意味が変わる。それはとても小さな違いにしかならずとも、決して無為などではない。

 憎悪ではなく、怨嗟でもなく、殺意ですらなく――何か違う形での解答を。その為に知る事が出来た。それだけでも、きっと無意味などではないのだ。

 

 

「それが、月村すずかの譲れない答えです」

 

 

 だから、その気遣いは受け取れない。お前は悪くないのだと、その言葉には頷けない。

 月村すずかは弱いから、一方的に恨める関係になってしまえば恨んでしまう。そう言う自覚があればこそ、頷くなんて出来はしない。

 

 

「……余計な事、だったかしらね」

 

「はい。ですがお気持ちは確かに、ありがたかったです」

 

 

 月村すずかの譲れぬ想いに、気遣いなど無粋であったかとさくらは語る。

 見ていない間に成長していた姪っ子は、そんな彼女の言葉を肯定しながらも本心からの感謝を返した。

 

 

「分かっていても、悩んでしまう。未だこの血を受け入れる事すら出来ていない。そんな私ですから、悪くないと言って貰えて、それだけでも少し気持ちが楽になりました」

 

 

 受け入れる事は出来ないけれど、気遣って貰えただけで楽にはなった。そう語るすずかの言葉に苦笑する。

 自己への嫌悪を拭えずに、未だ成長なんて出来ていない。そんな姪の言葉に思わず、綺堂さくらは笑みを零した。

 

 

(もう十分に、大きくなっているじゃない)

 

 

 自覚はないのかも知れないが、それでも月村すずかは変わっている。確かに長く合わなかったさくらだからこそ、一目瞭然なその変化。

 

 周りに居る者達が、余りに早く駆け抜けていったからだろう。彼女の自己に対する評価の低さは、友人達の成長に置いて行かれていればこその物だろう。

 それでも、何も変わっていない訳がない。進めていない訳ではないのだ。月村すずかと言う女とて、確かな想いを胸に抱いて、無数の苦難を乗り越えて来たのだから。

 

 

「すずか」

 

 

 自己評価が低い姪っ子へと向けて、笑みを零したさくらはそれを伝えようと口を開く。

 己を振り返る切っ掛けの一つにでもなれば良いと、すずかを肯定しようとした彼女の言葉は――

 

 

「アクセス――マスターッ!」

 

 

 恐怖に震える幼子の叫びと共に、天から落ちる強大な炎によって遮られたのだった。

 

 

 

 

 

2.

「っ!? 下がって、さくらさんッ!!」

 

 

 巨大な炎が落ちて来る。それは宛ら、夜に生きる化外の者らを滅ぼし尽さんと燃え滾る太陽。

 さくらに言葉を投げ掛けて、即座に己の掌に瘴気を収束する。日の光など要らないと、その意志を落ちる炎に叩き付ける。

 

 

「ぐっ、っぅぅぅぅっ!」

 

 

 炎を喰らい、減衰して、それでもやはり相性が悪い。日の光は吸血鬼にとっては天敵だ。

 ましてや、これは熾天使の火。太陽の統率者が放つ力であればこそ、その炎には光輝く聖性が宿っている。

 

 これは光だ。夜を照らし出す、聖なる光。これは太陽だ。吸血鬼にとっては天敵たる空に輝く太陽だ。

 腐毒よりも、聖別された銀よりも、唯の炎よりも、遥かに最悪の相性だ。そんな力を前にして、月村すずかが絶えられよう筈もない。吸い込んだ直後に、己の身体を内側から焼き尽くされる。

 

 

「あ、がっ、くっ、っぅぅぅぅ」

 

 

 それでも、吸収しないと言う選択肢が存在しない。身を守っただけでは耐え切れず、しかし回避は出来ないのだ。

 背後に居る身内。彼女が居る限り、攻撃は躱せない。身を守っても耐えられないなら、迎撃する他に一切の術がない。

 

 太陽の炎を吸い取って、身体を燃やされながらにすずかはデバイスを操作する。

 氷の魔法だけでは迎撃出来ず、簒奪の霧だけで如何にかしようとすれば自滅する。故にこそ解決策は、その同時使用以外にある筈ない。

 

 簒奪の霧が減衰させて、氷結の嵐が温度を下げて、無数の氷の盾が漸くに聖なる炎を受け止める。

 四肢を焼け爛れさせながら、魔力と体力を大量に消耗して、其処までして漸くに唯の一撃を受け止める事が出来たのだ。

 

 そして、すずかは空を見上げる。薄暗い暗闇を切り裂いて、空に浮かんだ白き翼をその目にする。

 白い衣。白い翼。色違いの瞳を恐怖に揺らがせながら、空に浮かんだ純白の反天使。ヴィヴィオ=アスタロスの姿を見た。

 

 

「ヴィヴィオ。それに――」

 

 

 そして、そんな少女の身体に纏わり付く黒い雲。聞こえる羽音は嘲笑を浮かべた蠅声。

 恐怖に震える人形を抱き抱える様に、繰り手はもう生皮すら残っていない身体を形成した。

 

 

「Oh Amen glorious!!」

 

「クアットロッ!!」

 

 

 魔鏡ヴィヴィオ=アスタロス。魔群クアットロ=ベルゼバブ。先の襲撃から一晩も明けぬ内に、攻め込んで来たのは二柱の反天使。

 

 最早立っているだけでやっと。それ程に消耗したすずかの影で、さくらは地下へと去っていく。

 役に立てぬ屈辱に震えながらも、身の丈を知るが故に残ろうとはしない。そんな足手纏いが逃げ去る姿に、しかしクアットロは何もしない。

 

 

「はぁい。すずかちゃぁん。お元気ですかぁ?」

 

 

 先の邂逅から感じていた様に、余りにもらしくない対応。

 警戒心を強めるすずかに、クアットロはまるで世間話をするかの様な口調で嗤った。

 

 

「大事な大事な身体だもの。お腹を冷やしたりしてぇ、身体を悪くしちゃ駄・目・よ」

 

 

 醜悪な顔で嗤いながらに、濁った瞳で見詰めている。その視線に宿った感情は、嫌悪を感じる類の物。

 ゾクリと背筋に悪寒がする。冷たい汗が流れた理由は、相性最悪の天使が居るからではない。この視線の色に、余りにも慣れ親しんで居たからだ。

 

 向けられている視線。それは、情欲に似た感情だ。己と言う肉体を求める、美貌に狂った薄汚い者らが見る視線と同じく。

 この肉体を求めている。クアットロの視線に宿った意志は、間違いなくそんな色。だからと言って、この女が同性愛者に宗旨替えをしたと言う訳ではない。

 

 

「夜の一族。容姿と身体能力、両面で優れた肉体。……母体としてぇ、これ以上はないわよねぇ」

 

 

 視線の色を察し、その表情を嫌悪に歪めた月村すずか。その事実に気付いたクアットロは、その笑みを深くする。

 そして隠す事もなく、己の意図を此処に示す。魔群が吸血鬼の少女に求めた事は、新たな父を産み出す為の胎盤だ。

 

 

「想像してみなさい。私のドクターが、至高の頭脳を持つドクターが、夜の一族として生まれるのぉ。完璧な存在って、その為にある様な言葉じゃないかしらぁ?」

 

 

 生まれついてより優れた身体能力と美貌を持ち、人より長い時を生きられる上に程度差はあれ誰もが再生能力を持っている。

 夜の一族とは、クアットロが考える内において最高峰の肉体だ。それに至高の頭脳が組み合わされば、最早玉傷などは何処にもない。

 

 正しく完璧。正しく完全。生まれ落ちる彼を想像するだけで、達してしまいそうな程の完成度。

 故にこそ、クアットロにとって菟弓華は邪魔なのだ。彼女達の目的は相容れない。夜の一族が滅んでしまっては困るのだから。

 

 

()()()()()()()()()。ドクターの母体として、貴女こそが相応しいの。だから、ねぇ」

 

 

 だが、あの女は動けない。態々悪夢を掘り返して、散々に嘲笑したのはその為にこそ。

 彼女が魘されている夜の間に、月村すずかを抑えるのだ。そして再び動き出す前に、彼女を連れて何処ぞにでも姿を消そう。

 

 放っておけば、盟主は勝手に自滅する。この星や周辺世界を巻き添えにするかも知れないが、そんな事はクアットロにしてみればどうでも良い事に過ぎない。

 故にこそ、此処に来た。だからこそ、此処で動いた。全ては月村すずかを此処に抑えつけ、彼女に新たな子を産ませる為だけに。魔群はまたも、味方を裏切ったのだ。

 

 

「適度に痛め付けなさい。壊しちゃ駄目よ、アスト」

 

「……イエス、マスター」

 

 

 女の身体を舐め回す様に見詰めながら、魔群はアストへと指示を下す。恐怖に震える幼子は、その指示に従って力を振るった。

 放つ光刃。降り注ぐ刃。虹を白く染め上げた魔力は、光輝く聖なる力。展開した瘴気を浄化して、女の抵抗など知らぬとばかりに攻め立てる。

 

 血杭で抵抗しようにも、何処までも相性が良くはない。ならばせめて、氷結魔法の方がまだマシだ。

 操られた幼子の姿に複雑な感情を抱きながらも、すずかは氷の魔力で迎撃する。聖なる光を打ち落としながら、荒い呼吸と共に吐き捨てた。

 

 

「人の身体を道具みたいに、そんなの絶対御免だよっ!!」

 

 

 友人の娘を戦う為の傀儡とし、己を出産道具として求める魔群。何処までも他者を唯の道具と、見下す女に反発する。

 周囲の草花より命を簒奪して傷を治しながら、氷結魔法を敵へと向ける。討つべき敵と見定めたのは、少女に纏わり付いている悪なる獣。

 

 されど、劣勢の内に放った力は届かない。蟲に向かった氷の魔法を防いだのは、アストの展開する虹の鎧だ。

 相手の反撃に対し、ノーモーションでアストは防御魔法を行使する。クアットロを守るのは、この幼子の意志ではない。

 

 

「うふふふ。嫌がっちゃってまぁ」

 

 

 脊髄に針を突き刺して、直接に寄生した黒い蟲。それがアストの行動を、完全に制御している。彼女はクアットロの傀儡だ。

 故にエルトリアで見せた様な欠陥は、今のアストにありはしない。繰り手がこの場に居る限り、どんな状況にも対応し切ろう。

 

 恐怖に震えて、涙を瞳に浮かべたままに、しかし魔鏡アストは最大戦力を維持していたのだ。

 

 

「けど大丈夫。すぅぐに自分から孕みたいって、言い出す様になるわよぉ。本当、直ぐにねぇぇぇ」

 

 

 茨の棘をその身に纏って、黒き颶風と変じながらに移動する。黒き針鼠の様な姿に変じて、無数に放つのは氷の針だ。

 白い魔力と凍れる魔力のぶつかり合い。銃撃戦にも似た戦闘を続けながらに、すずかは高速で周囲を飛び回る。足を止めての撃ち合いを、今のすずかは選べなかった。

 

 聖なる光をその身に浴びれば、今の傷付いたすずかでは一撃で落ちる危険がある。撃ち合いになったなら、正直に言って勝ち目がない。それ程に相性が悪いのだ。

 背後に居た身内は地下深くへと逃げ切った。その気配が感じ取れない状況ならば、足を止めている理由もない。高速機動で敵を翻弄しながらに、打ち勝つ為の隙を探すのだ。

 

 

「アクセス、マスター」

 

 

 されど相対するアストも、内情は兎も角戦力としては最盛期。高速戦闘の最中であっても、その異能を振るえぬ道理がない。

 迸る聖性はより強く、その波動だけで焼かれそうになりながらもすずかは攻勢を止めない。やらせはしないのだと、寧ろ苛烈さを増していく。

 

 

幸いなれ、黙示の天使よ(Slave Gabriel,)その御名は、汝の下にて(cuius nomine tremunt)戯れる水の精をも震わさん( nymphae subter undas Indentes )

 

 

 周囲を凍結させながら、駆け抜け続ける茨の颶風。明けない夜は展開できない。赤い月の下に聖なる太陽を取り込めば、その太陽に世界全てが焼かれてしまう。

 闇と夜とは真逆、夜と光は最悪相性。少女が背に負う翼が纏った光に、真面に近付く事すら出来ていない。近付けば光に焼かれてしまうから、遠巻きに氷の礫を飛ばすしかないのだ。

 

 

さればありとあらゆる災い(Non accedet ad me)我に近付かざるべし( malum cuiuscemodin)我何処に居れど(quoniam angeli sancti)聖なる天使に守護される者ゆえに( custodiunt me ubicumeque sum)

 

 

 如何に高速で翻弄し、射撃を続けようとも止められない。近付く事すら出来ない時点で、既に両者の戦力比較は決定的だ。

 最良の相性ならば格上すら喰える吸血鬼も、最悪の相性を前にすれば手も足も出せない。魔鏡の隙を魔群が埋める現状で、ならばこの結果も当然だった。

 

 

「蒼き衣を纏う者よ、EHEIEH――来たれエデンの統治者」

 

 

 言葉と共に門が開いて、空より落ちて来るのは流星群。邪なる敵を討つ。討つべきは、天に唾する吸血鬼。

 楽園の統治者ガブリエル。その名と共に告げられるのは死の宣告。邪悪を前にした瞬間、これは恐ろしい程の力を発揮する。

 

 吸血鬼は邪悪なればこそ、その特効は牙を剥く。石の雨は正しく光の速度を超えて、認識するより遥かに前に、月村すずかを射抜いていた。

 

 

「っ、ぁァァァァァァァッ!!」

 

 

 痛みも苦しみも、全てが遅れてからやって来る。倒れた後に、痛みが襲った。

 

 真価を発揮したガブリエルを躱せる者など、最速の獣程度であろう。爆ぜる光が輝く前に、穿たれた敵は崩れ落ちる。

 邪悪であるならば、最強種であっても回避は不可能。当然の様に躱せぬすずかは、全身の神経を断ち切られて血に沈んだのだ。

 

 

 

 赤い血が流れ落ちる。滴り落ちて大地を染める。引き裂かれた全身に、感じる痛みは聖なる力。

 針で全身に穴を空けられ、其処から硫酸を流し込まれた様な苦痛。身体が溶ける感覚に、すずかは歯を食い縛って耐え続ける。

 

 ジリジリと、じわじわと、感じる痛みは塞がらない。聖なる傷は治せない。ならば、その部位を切り捨てる。

 瘴気を伸ばして命を吸って、溜め込んだストックも全てを消費して、如何にか切り落とした身体を復元させた。

 

 

「あらあら、治っちゃったわぁ。凄いわねぇ、すぅずかちゃぁぁん」

 

 

 呼吸を荒げて仰ぎ見ながら、まだ立ち上がれないすずかは臍を噛む。

 嘲笑を浮かべた黒い影と、彼女が纏わり付く白き反天使。相手が悪過ぎる。条件が厳し過ぎる。彼女らに対する手段が一つも、何一つとしてありはしないのだ。

 

 

「んー、本人を嬲り続けるよりぃ、やっぱり周囲を虐めた方が早いのかしらねぇ? そんな訳でアストちゃん」

 

「イエス。アクセス、マスター」

 

 

 長い舌で唇を舐める様に、剥き出しの歯茎を舐め上げながらに魔群が嗤う。見下す先には、地下へと続く防空壕への入り口だ。

 その鉄扉を見詰めて、表情を変えるすずかに嗤って、唯々諾々と従う魔鏡に指示を出す。恐怖故に頷く魔鏡が示すのは、神敵を燃やす破壊の太陽。

 

 

幸いなれ、義の天使。(Slave Uriel, )大地の全ての生き物は、(nam tellus et omnia )汝の支配をいと喜びたるものなり(viva regno tuo pergaudent)

 

 

 白き天使の翼が、漸くに白み始めた空を彩る。登り始めた太陽を背に、その輝きはまるで一枚の絵画の如く。

 空に二つの太陽が浮かび上がる。近付けば最後、あらゆる穢れを浄化する。そう思える程の強大な火が、空を真昼の如くに染め上げていた。

 

 これが落ちれば最後、地下深くにある避難施設も含めて消え去るだろう。この海鳴市に聳える山が、跡形もなく消え去るだろう。

 燃え盛る炎を振り下ろす少女は止まれない。背後で操り続ける魔群が居る限り、この幼子は裁きを止めない。ならば止められるのは、この場に残る吸血鬼だけ。

 

 

「――っ、あッ」

 

 

 命を集める。生命力を簒奪する。肉体再生速度を限界にまで高め、必死の想いで立ち上がる。

 このままではいけない。このままでは失ってしまう。ならば落ちて来る太陽を、この場で何としても食い止めるのだ。

 

 

さればありとあらゆる災い、(Non accedet ad me )我に近付かざるべし(malum cuiuscemodin)

 

「さ、せるかぁぁぁぁぁッ!」

 

 

 アストが放つ聖なる力は、未だ僅かたりとも落ちてはいない。義の天使の降臨に、寧ろ増してさえ居る有り様だ。

 近付けば、その波動だけで身体が燃える。相性が悪過ぎるのだ。その聖なる玉体へと近付き過ぎれば、夜の眷属はそれだけで滅び去る。

 

 そうと分かって、それでも月村すずかは駆けた。立ち上がった女は此処に、聖なる炎を纏った少女に向かって飛び出したのだ。

 氷の魔法じゃ届かない。簒奪の瘴気じゃ止められない。夜を展開したとして、この太陽に燃やされる。故にこそ、女は前に向かって飛び出した。

 

 身体を焼かれながらに、魂を燃やされながらに、己の五体で抑え付ける。それこそが最後に残った対応策で――

 

 

「あらまだ元気。でも残念」

 

 

 だが、そんな器が傷付く方法。クアットロが許す筈もない。

 悪辣なる魔群は此処に、その仕込んでいた罠の一つを明かしていた。

 

 

「あ、っ――?」

 

 

 瞬間、見ていた世界がぐるりと形を変える。己の意識が、身体が制御出来なくなっていく。

 滴り落ちる水滴に、がくがくと震えながらに膝を付く。喘ぐ様な呻き声が口から洩れて、上気した脳が思考を止める。耐えられない程の身の熱に、蹲る様に倒れてしまった。

 

 

「ぅ、んぁ――っ」

 

「胸が熱いの。アソコが疼くわ。頭がまるで燃える様。……痛くはないけど、苦しいわよねぇ。満足に動けないくらいには」

 

 

 無意識に、甘えた様な声が零れる。耐えられない程の身の熱は、夜の一族が持つ特有の身体状況。前後不覚と成る程に、身体を侵す欲情は正しく――発情期のそれであった。

 

 

「ク、アッ、トロ」

 

 

 夜の一族は年に一度、子を生す為に発情状態となる期間がある。己の性欲を抑える事が難しくなる程に、そういう体質を持って生まれて来る生き物だ。

 されど、それにしては余りにも予兆が無さ過ぎた。そして予兆がないにしては、余りにも感じる欲望が大き過ぎたのだ。

 

 何故急に、それもこんなに急激に。あり得ない事態に困惑しながら、月村すずかは一人悶える。

 そんな女を見下して、ニヤリと嗤い続ける魔群。これは全て、この魔群の仕業。彼女が仕込んでいた罠が故である。

 

 勝敗なんて、最初から付いていた。ずっと以前から、クアットロは月村すずかを狙っていたのだ。

 彼女を母体に使おうと、そう考えていたのは偉大な父が生きていた頃から変わらない。失楽園の日より前に、この女の身体こそを標的と狙っていた。

 

 故にこそ、あの日より以前から罠を仕込んでいた。その毒が残っているかの確認を終えて、しっかりと残っていたのだ。故にこそ、月村すずかは抗えない。

 己の五感。神経の一本一本に至るまで、既にすずかの物ではない。嬲り甚振っていたのは、その残った心に刻み付ける為。勝敗などは最初から、魔群の勝利と決まっていたのだ。

 

 

「うふふ。ふふふ。さぁ、やっちゃいなさい。アストちゃん」

 

 

 一体如何なる罠に掛かっているのか、今になっても分からない。それでも、まだ立ち上がれる。

 まだ完全に敗れた訳ではない。己にそう言い聞かせながらに、湧き上がる情欲を抑え付けながらに、小鹿の如く震える足で立ち上がる。

 

 上気する身体。夜の一族が年に一度体験する発情期。それを数倍にする濃度で強制的に引き起こされて、それでもすずかは立っている。

 逆上せる頭は真面な判断を下せず、震える身体は一歩も進んではくれない。それでも諦めるものかと、そう食い縛った彼女の意志は。

 

 

我何処に居れど、(quoniam angeli sancti )聖なる天使に守護される者ゆえに(custodiunt me ubicumeque sum)

 

「ウフフ、アハハ、アァァァァハハハハハハハァッ!!」

 

 

 されど、嘲笑う魔群から見たら無駄の極み。従い続ける魔鏡を止めるには不足が過ぎている。

 最初からギリギリだったのだ。喰い止められる瞬間はほんの一瞬しか非ず、その一瞬をもう使い果たしてしまった。

 

 食い止める為に駆け出して、其処が阻止臨界点。一度発情して膝を負った瞬間に、もう吸血鬼は間に合わなくなっていた。

 

 

「斑の衣を纏う者よ、AGLA――来たれ太陽の統率者!!」

 

 

 聖なる炎が空を染める。鏡の少女が無慈悲に告げる。落ちる太陽はもう止まらない。

 守ろうとした者達が燃やされて、全てが天の裁きに打ち砕かれる。最早、吸血鬼には止められない。

 

 

 

 大地に落ちた太陽が、聖なる光となって爆発した。

 

 

 

 

 

「あ、ぁぁ……」

 

 

 涙が溢れる。上気し、熱に浮かされた頬を涙が伝う。溢れ出す感情は、愛別離苦の類――じゃない。

 それは、嘆きの色ではない。それは確かな歓喜の色。信じた想いに、答えて貰えた時の物。確かに仲間が、間に合ってくれた時の色。

 

 吸血鬼では間に合わない。ならば――それを食い止めたのは、吸血鬼ではなかったのだ。

 

 駆け付けた援軍は二人。僅か二人であれど、万軍をも超える者。

 其処に立つ青と赤。彼らは正しく、この今に動かせる最高戦力たちである。

 

 

涅槃寂静(アインファウスト)終曲(フィナーレ)ェェェェッ!!」

 

 

 落ちた聖なる太陽の爆発を、届かぬ様にと停める力。信じた仲間が託した救援が此処に、確かに危機を食い止めている。

 

 太陽を前にして、されど時の鎧は砕けない。爆発する一瞬を何処までも引き延ばし、決して後背には届かせない。

 そうとも、彼は守る者。憎悪に堕ちた今となっても、その本質は誰かを守るならばこそ、守るべき者らを背にして敗れる理由がない。

 

 蒼き獣が此処に立つ。守護の盾が此処に在る。彼がこの戦場に在る限り、最早犠牲者などは生まれ得ない。そう確信させる程に、刃を背負った背は雄々しく在ったのだ。

 

 

「後方は任せろ。被害は出させん。……だから、後はお前達の好きにやれ」

 

 

 太陽を砕いて、青は揺るがず其処に立つ。地下へと続く扉の前に、仁王の如く立ち塞がるは守護の獣。褐色肌の男が護る盾ならば、貫く矛が別に居る。

 

 増援は二人。決して、彼だけではなかった。仲間の危機を前にして、局長が下した判断は全力投入。故に当然、この女も居たのである。

 

 

「あ、うぅ、あぅあ」

 

 

 まるで赤子の如く、言葉を無くした魔鏡の姿。戸惑う幼子の前に、その女傑が舞い降りる。

 轟と紅蓮の炎が燃え上がる。燻る炎を孕んだ風が、金糸の髪を躍らせる。女の持つ双眸が、炎の如くに輝いた。

 

 女は戸惑う幼子を一瞥して、纏わり付く蟲を苛立たしげに見て、そして月村すずかに目を移す。

 如何にか立ち上がろうとする女へと、手を貸すような女じゃない。何処までも苛烈なこの女は、静かに一つ告げるのだ。

 

 

「まだ、やれるわよね。すずか」

 

「……大丈夫。未だ、やれるよ。アリサちゃん」

 

 

 問い掛けて、返る言葉に一つ頷く。ならば良し、やれると言うならやってみせろ。

 燃え盛る炎の女が語る業火の如き信頼に、月村すずかも意識を切り替える。湧き上がる熱は、既に色を変えていた。

 

 月村すずかの内側に今、渦巻くのは膨大な量の歓喜だ。仲間が信頼に応えてくれた。これ程に嬉しい事は他にない。

 夜が更ける前に出した救援要請。見て直ぐ即座に動いたのだろう。そうでなければ成り立たない速度の増援に、湧き上がる歓喜はより強くなっていく。

 

 思わず叫び出したくなる程に。引き起こされた発情期と相まって、この場に彼が居たならば抱き着きキスの嵐くらいはしていただろう。

 男嫌いのすずかがそうと思ってしまう程に、この増援は嬉し過ぎた。ほんの僅かな時間で良くぞと、心の底から感謝を抱いて友らを称える。

 

 

「なら、クアットロは任せた。私は、あの馬鹿娘に用がある」

 

「うん。任された。……大丈夫。どんな罠があったって、あんな小物に負けるものかっ!」

 

 

 交わす言葉は僅か数言。互いの役割を此処に決めると、即座に別れて始動する。

 すずかは光を恐れずに、黒き瘴気を魔群に放つ。聖なる鎧を砕くのは、ならば残るアリサの役目だ。

 

 

「フォイアッ!」

 

「っ!?」

 

 

 鎧を砕き、されど本人は傷付けない。絶妙な出力で放たれた力に、ヴィヴィオ=アスタロスは僅かに怯んだ。

 その瞬間を見逃さず、月村すずかは接近する。展開したのは簒奪の瘴気。魔群の身体を引き寄せて、無理矢理に引き剥がすのは凶殺の血染花。

 

 

「つ、月村、すずかぁぁぁぁっ!?」

 

 

 如何に無数の蟲であれ、その力は血を媒介とした物。血を吸う薔薇の簒奪に、魔群は決して抗えない。

 飛び出したまま飛び去っていく月村すずかに力を吸われ、引き摺られる様に蟲の群れも去っていく。此処に戦場は分断された。

 

 

「マ、マスター」

 

「アンタはこっちよ。馬鹿娘っ!」

 

「――っ!?」

 

 

 壊れた人形と化した少女は、主に向かって手を伸ばす。恐怖を抱いた相手であっても、彼女にとっては指示をくれる上位者だ。

 その意志に従っていれば良い。震え戦いたままに唯々諾々と従って、何も考えていなくて良い。今のアストはそう言う生き方しか知らぬから、引き剥がされる事実に怯えている。

 

 そうして伸ばした掌を、妨げるかの様に炎が燃える。焦がれた炎を目に焼き付けて、思わず立ち止まってしまう魔鏡。

 分からない。分からない。何もかもが分からない。答えをくれる主は連れ去られ、目の前に立つのはどうしようもなく怖い人。

 

 何故こんなにも震えるのか。何がこんなにも怖いのか。なのにどうして、零れる涙が止まらないのか。

 分からないまま呆然と、それでも如何にか距離を取る。怖い物から離れようと、そんな娘の行動にアリサは深く深く息を吐き出した。

 

 

「本当に、面倒ばっかり掛けさせて。この馬鹿娘は」

 

 

 燃え上がる炎が周囲を円状に包み込み、そして景色が切り替わる。逃げようとする馬鹿な娘を、逃がさぬ為だけに己の宙を展開する。

 作り上げられたのは、逃げ場などない決闘場。己と相手、たった二人しか居ない場所。此処はドーラ砲の砲身内。燻る炎が燃え続ける、修羅の天に生まれた焦熱の世界。

 

 己の宇宙に取り込まれ、それでも出口を探して逃げようとしている魔鏡。

 そんな馬鹿な娘を見上げたまま、アリサ・バニングスは確かに告げる。言うべき言葉は一つだけ。

 

 

「さあ、帰るわよ。ヴィヴィオッ!!」

 

 

 我が子の名を此処に呼び、呼ばれた子は跳ねる様に身を震わせる。そんな光景に僅か苦笑を浮かべて、しかし女の意志は揺らがない。

 

 そうとも、帰宅は既に決定事項。子の我儘など、聞いてはやらぬ。嫌だと言うなら、無理矢理にでも連れ帰る。

 

 アリサ・バニングスは此処に立つ。この苛烈過ぎる母親は、泣いているのに帰って来ない馬鹿な娘を迎えに来たのだ。

 

 

 

 

 




すずかベイは相性が良ければ格上にも喰らい付けるが、相性が悪いと同格相手に無双される安心と信頼の中尉スペック。

そしてアリサママ&ザッフィー参戦。戦場は二手に分かれ、アリサVSヴィヴィオ、すずかVSクアットロと言う形で進行します。



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