リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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瞬殺のファイナル・ブリットッ!!!


第一話 決戦前夜 其之参

1.

 第一管理世界ミッドチルダ。クラナガンは中央区画、再建された法の塔が麓にある管理局傘下の大病院。

 その一角にある個室の病室。換気の為に開かれた窓から吹き込む風の冷たさに、少女はその瞼を小さく開いた。

 

 視界に飛び込む知らない天井。染み一つない真っ白な清潔さは、まだ汚れを知らぬ新築の証明。

 一瞬の空白。状況を理解出来ない困惑とした感情のままに、リリィ・シュトロゼックは静かに呟いた。

 

 

「此処は」

 

「気が付いたのね。リリィ」

 

 

 ベッドに横になったまま、呟くリリィに掛かる声。顔を横へと傾けて、見上げた其処には見知った顔。

 オレンジの長い髪を頭の左右で束ねて伸ばして、ツインテールに纏めた少女。ティアナ・L・ハラオウンが少女の顔を見詰めていた。

 

 起きるまで待つ心算だったが、直ぐ目が覚めるとは幸運だった。そう嘯きながらに、立ち上がってカーテンを纏めている。

 窓を開けた少女の背を見て、呆然としていたリリィ。寝起き故に纏まらなかった思考はゆっくりと、明晰さを取り戻すと同時に冷静さを失った。

 

 

「ティアナ? ……そうだ。トーマがッ!」

 

 

 ぼんやりと、呆然と、そんな時間は残っていない。その事実を自覚して、リリィは慌てて立ち上がろうとする。

 穢土・夜都賀波岐の行動。トーマ・ナカジマの誘拐。天魔・夜刀の復活は間近で、己はそれを伝えなければならないと。

 

 慌てて立ち上がろうとして、言葉を捲し立てようとして、しかしその動きをティアナに止められる。

 目の前に広げられた女の掌。それに押し留められる様に、動きを止めたリリィに向かってティアナは言った。

 

 

「落ち着きなさい。もう大丈夫、分かっているわ」

 

 

 もう大丈夫。分かっているから。言われなくても、この現状は理解している。

 そう語る少女の言葉に度肝を抜かれて、熱が抜け落ちた様な表情でリリィは再びベッドに倒れた。

 

 ポカンと、そうとしか表現できない表情。そんなリリィに向かって、ティアナは己達が理解している事を説明する。

 

 

「また攫われたんでしょ、アイツ。大丈夫、取り戻す準備は出来てるから」

 

「ティアナ。どうして……」

 

「予想するのは不可能じゃない。想定出来ていれば、準備する事も出来るわよ」

 

 

 先にクロノが出した推論と同じだ。状況が答えを出している。トーマがリリィと居ない事、それが何よりの証拠である。

 故にこそ、既に準備は出来ている。リリィが眠り、そして今日に目覚めるまでの時。その間に建造された航行船は、出航の時を待っていた。

 

 

「それじゃあ、私は」

 

 

 とは言え、彼女の視点で見れば何を理由に推測したかも分からぬ状況。白百合が感じたのは、肩透かしにも似た無力感。

 伝えなければと必死になって、自分が戻らなければと意志を燃やして、だが辿り着いた場所で皆はもう知っていた。其処に、何も思わないで居られる筈もない。

 

 自分が戻らなくても、彼らは辿り着いたのではないか。間に合えたのではなかったか。

 前後の状況が分からなければ、そう判断するのも無理はない事。幼さがあればこそ、そんな感情を飲み込めない。

 

 故にぽすんと、気が抜けた様に呆然と。そんなリリィの様子を理解して、それでもティアナは何も言わない。

 

 リリィが居なければ、確証を得る事はなかった。彼女だけが帰って来なければ、これ程に切羽詰まってるとは気付かなかった。彼女の努力は無為じゃない。

 口に語るべき言葉はそれこそ山程に、数え切れない程に擁護する要素は存在している。だがそれでも、この今に言うべき事はそれじゃない。そんな弁護は必要ない。

 

 故にティアナは口にする。彼女が言うべき言葉は、たった一つしかなかったのだ。

 

 

「明日の朝、10:00時。クラナガン北部、旧臨海第八空港跡地」

 

「え?」

 

「閉鎖された空港を、秘密裡に再建していたのよ。其処のドックを使って、アースラⅡは建造されていたわ」

 

 

 ティアナが口にした言葉。それは穢土を目指して海を行く。アースラⅡの出航時間。

 既に用意は出来ている。既に準備は万端だった。彼女が目覚めるより前に、故にこそ――彼らはリリィを待っていたのだ。

 

 

「準備はとうに出来ていた。私達はね、貴女が起きるのを待ってたの」

 

「私、を?」

 

 

 ティアナは真っ直ぐに、蒼く輝く右目で見詰める。其処に映った光景は、彼女の歪みが見せた未来の断片。

 

 

「見えたわ。たった一つの方程式。私達が向かうべき、新たな世界に辿り着くべき道筋が」

 

 

 可能性はこの今、極めて微かで脆い筋道。だが、偶然を必然にする女が見た瞬間に確定した。

 見えた景色は見知らぬ校舎。悍ましいと睨み付ける黄金の瞳の目の前で、白百合の手が彼へと届くその光景。

 

 リリィ・シュトロゼックが其処まで辿り着いたのならば、トーマ・ナカジマは目を覚ます。それが未来の可能性。

 

 

「切り札は、私達。この目と、そして――リリィ・シュトロゼックと言う女」

 

 

 その景色が確かにある。その未来は確かにある。ならば、其処に続く道筋を一つ一つと埋めていく。

 切り札となるのは、ティアナとリリィだ。トーマの目が覚めたのならばその瞬間に、新たな世界は流れ出すから。

 

 

「気を抜くのは早いわよ。やるべき事はまだ存在している。だったら、何をするべきかは分かってるでしょ?」

 

 

 頑張った意味がないと、ウジウジしている暇はない。為すべきを終えたと、気を抜くには未だ早い。

 何を為すべきか。どう動くべきか。強い視線を向けて来る色違いの瞳を見詰め返して、リリィは確かに頷いた。

 

 

「ティアナ。その目で、道を照らし出して欲しい。私が歩くべき道を」

 

「任せなさい。アンタこそ、明るい道で立ち止まるんじゃないわよ。リリィ」

 

 

 今は身を休めて、全ては明日の朝から始まる。新たな世界を始める為に、二人の少女は戦場へと。

 ぎゅっと握った拳を前に突き出す。その拳に己の拳を軽く当て、互いの意志を確認する。そうして、二人は揃って言った。

 

 

『私達で、トーマを取り戻しに行こうッ!』

 

 

 迷っている暇はない。悩んでいる時間はない。落ち込んでいる必要なんて何処にもない。

 今は唯、真っ直ぐ前へ足を踏み出す。取り戻す為に、その手を彼に向かって伸ばす。そうする理由なんて、一つだけ。

 

 

(取り戻そう。トーマをこの手に、私達は、彼が大好きなんだからッ!)

 

 

 愛する人を取り戻す為、二人の乙女は前を見る。戦う力がない彼女らが、されど六課にとっての切り札。

 新たな世界を生み出す為、恋する想いを届かせる為、リリィ・シュトロゼックとティアナ・L・ハラオウンは穢土へ行くのだ。

 

 

 

 

 

2.

 森の奥にある小さな喫茶店。木で出来た扉が小さく軋んで、ゆっくりと開いていく。

 扉を開いた女性は其処で、立ち止まって男を待つ。かつんかつんと松葉杖が音を立て、彼はゆっくりと歩いていた。

 

 それは如何なる奇跡の産物か。或いはどれ程の幸運が重なった結果であるか。彼を知らぬ者らはきっと、神の御加護(そういうもの)と結論付ける。

 そんな考えを思い浮かべて、しかし栗毛の女は否定する。青年の努力を知っているから、それがポッと出の奇跡や幸運なんかじゃないと分かっていた。

 

 汗を流して、筋を引き攣らせて、何度も何度も倒れて転げた。その為に苦痛を味わって、それでも前に進む事を諦めない。

 見っとも無く、情けなく、優雅さなどとは程遠い。それでも諦めないで積み上げて、漸くに形になった今。彼は漸く、立って歩ける様になっていた。

 

 それを誰にも、誰かのお陰だなんて言わせない。高町なのははそう想う。その意志を、誰より間近で見詰めて来た。

 今は未だ短時間。杖を突かなければ、出歩く事すら覚束ない。それでも、まだ先へ。今より先へと見詰める瞳は揺らいでいない。

 

 

「それじゃ、行こうか」

 

 

 どちらからともなく口にする。お店の入り口に閉店中と看板を下げて、彼らは寄り添い歩き出す。

 深緑の色が立ち並ぶ中、涼やかな風を感じて歩く。男は支えを望んでおらず、だから女も彼を支えたりなどしない。

 

 金髪の彼は、一歩ごとに玉の様な汗を流している。それでも彼は動ける限り、自分の意志で前へと進む。

 そんな彼から半歩を下がって、共に歩きながらに見詰める。前を見詰め続ける瞳は、幼い頃から変わっていない。

 

 小さな頃に挫折して、それでも意地で奮起した。主の為に己を捧げた。そんな従者の如くに、己に誇れる道を選んだ。

 例え弱くとも、出来る事はきっとある。例えちっぽけなままでも、歩く事なら出来る筈。だから、前へ、前へ、それが青年の原点だ。

 

 ユーノ・スクライアは前を見ている。どれ程に苦しい状況でも前を見詰めて、一歩を確かに積み重ねていく。

 地に足を付けて、ゆっくりと歩く青年。そんな彼を見守りながら、高町なのはは一人想う。己は彼に、追い付けたのであろうかと。

 

 そんな高町なのはの視線を感じて、前に進みながらにユーノは想う。月を照らす太陽に、彼が感じた想いは同じだ。

 空に身を投げ出して、飛び去っていく女。気付けば遠ざかっていく彼女に対し、己は追い付く事が出来たのだろうか。

 

 理性は語る。感情は語る。どちらも否と。追い付けてなどいないのだと。

 それでも、隣に居る。追い付けてはいなくとも、この今に寄り添っている。

 

 ならばきっと、それが答えなのだろう。その事実を前に、共に抱いたのは満足感。これで良いのだと、二人揃って感じていた。

 

 

「ねぇ、ユーノくん」

 

「なんだい、なのは?」

 

 

 木々の間をゆったりと、土の道をゆっくりと、進みながらに言葉を交わす。口にするべき内容は、今に迫った最後の戦場。

 

 

「もう直ぐだね。もう直ぐ、これがきっと最後」

 

「そうだね。もう直ぐに終わる。いいや、始まるのかな」

 

 

 明日に迫った穢土決戦。凍った地獄が終わりを迎えて、新たな世界が始まる日。

 そうしなければならない。そうならなければいけない。それが今まで守られた、黄昏が末裔の役割だと知っている。

 

 

「私は行くよ。今を壊す事、それが私が果たさなくちゃいけない事だから」

 

 

 穢土決戦。大天魔の領土である彼の地では、彼らはその真なる力を取り戻す。ミッドチルダで戦った、あの日の比にはならぬであろう。

 そしてその戦場は、生半可な形にはならない。素直に退いてはくれる事はない。ならば彼の地は即ち死地だ。生きて帰れる保証など、何処にも在りはしないのだ。

 

 故にこそ、高町なのはは向かうと語る。故にこそ、彼女は口に出さずに思っている。ユーノ・スクライアには、来て欲しくはないと。

 

 彼は足手纏いだ。魔力は欠片も残っておらず、身体も上手くは動かない。そんな状態でしかない。

 ナンバースと言う武器こそあるが、其処に幾つも術式を入れてはいるが、それでも戦力と数えられる状態ではないのである。

 

 強大なる大天魔。真なる力を発揮する彼らを前に、ナンバースと身体補助魔法だけでは力不足だ。

 相性の良かった天魔・宿儺でさえ、今の彼では相手になるまい。故にこそ、高町なのはであっても死地と感じる戦場に、彼を連れて行きたくなんてない。

 

 

「…………」

 

 

 そんな想いが伝わったのか、それとも自分の現状を分かっているからか、ユーノは口を開かない。

 一歩、一歩と進みながらに前を見詰める。そんな彼の思考を知ろうと思えば知れたのだろうが、それは無粋と高町なのはは望まなかった。

 

 二人揃って前へと進む。言葉を交わす事はなく、彼らは前へと進んで行く。

 まるで自分に何かを課しているかの様に、進み続けるユーノ・スクライア。一歩一歩と進む中で、彼は想いを形にしていく。

 

 役に立たないなんて分かっている。何も出来ないなんて知っていた。それでも、歩き続けた事が彼の意地。

 だからこそ、答えなんて決まっている。ならばこそ、進む道は唯一つ。其処へ辿り着いた時、ユーノは杖を手放した。

 

 森を抜けた先にある公園。その入り口で杖を捨て、よろけながらに前へと進む。

 一歩、一歩、また一歩。倒れそうになりながら、それでも進んだユーノは其処で振り返る。

 

 

「ねぇ、覚えているかな? 僕らが出会った、事件の始まり」

 

 

 語るならばこの場所で、あの日の公園によく似たこの場所で。此処まで辿り着ける事、それが己に課した事。

 それを成し遂げた青年は、嘗てを思い出しながらに笑う。ボロボロの身体に笑みを浮かべて、そうして過去を振り返る。

 

 

「あの日もこんな公園で、今は変身魔法を使えないけど、ボロボロ具合は似たり寄ったりの状態だ」

 

「うん。覚えているよ。忘れるなんて、はずがない」

 

 

 笑うユーノの瞳を見詰めて、なのはは確かに頷き返す。覚えている。忘れるものか。あの日に語った言葉の全て。

 太陽の光に目を焼かれてしまった弱い少年は、何も考えずに少女に頼った。愚かに過ぎた小さな少女は、抱いた劣等感を覆す為に戦場へと出た。

 

 素直に言える。愚かであった。考えなしにも程があったと。だからこそ、幾度も悲劇があったのだ。そんな痛みの記憶の始まり、忘れる筈なんてない。

 

 

「ロストロギア。あまりにも発展し過ぎた文明が作り上げたとされる、行き過ぎた発明品。僕らを繋いだ一つの偶然」

 

 

 何度も泣いた。何度も叫んだ。何度も苦痛に倒れて伏して、何度も何度も後悔した。

 それでも、その度に立ち上がった。立ち上がって、前に進んだ。その先に、この今がある。

 

 間違っていた。考えなしだった。それでも、あの日の選択があったからこそ、こうして今此処に居る。

 最初の想いが間違っていても、貫いたのならば其処に嘘偽りなんてない。歩いた道は、決して間違いなんかじゃない。

 

 詰まりはそう言う事なのだろう。ユーノはそう感じている。そんな想いが、なのはの内にも流れて来た。

 故にこそ、なのはは僅かに微笑み語る。嘗てを思い出す様に、悪戯を仕掛ける様に、小さく笑いながらに言った。

 

 

「……そんな危険な物が、どうして海鳴に?」

 

 

 唐突なその発言。この場に似つかわしくはない言葉。それでも、それにユーノが気付かない訳がない。

 あの日の事を振り返って、そんな最中に口にしたのはあの日の言葉。全く同じ言葉を前に、青年も微笑みながらに同じく返す。

 

 

「ごめん。僕の所為なんだ……」

 

 

 台詞を思い返しながら、緩みそうになる頬を抑える。笑顔を隠して、真剣な表情と言う仮面を被る。

 そうして出来上がったのは、不器用な二人の拙い演劇。嘗て交わした遣り取りを、違う想いを抱いて紡ぐ。

 

 

「輸送船が襲われた時に守り抜ければ、……いや、そもそも僕がジュエルシードを発掘しなければ」

 

「ううん。君の所為じゃないよ」

 

「……ありがとう。ごめんね。……ええ、と」

 

「なのは。私は高町なのはだよ」

 

「ありがとう、なのは。僕はユーノ。ユーノ・スクライアです」

 

「それじゃ、ユーノくんって呼ぶね」

 

 

 出会った頃に交わした言葉。あの日は心が離れていて、されど今は繋がっている。

 魂が交わっているから、ではない。共に寄り添いたいと願えているから、擦れ違う事なんてありはしない。

 

 

「くすっ」

 

「ははっ」

 

 

 繋がりを感じて温かく、拙い演技に噴き出す様に、揃って笑顔を浮かべる男女。

 そんなふざけた遣り取りが、何処までも愛おしい。そう思える程に強く、強く互いを求めている。

 

 だからこそなのはは、思考を読まずに居ても、ユーノの語ろうとする想いに気付いていた。

 

 

「ああ、本当に懐かしい」

 

 

 青年は少年だった頃を思い出す。女は少女だった頃を思い出す。

 一緒に行こう。そう語りながらも何処までも離れていた、そんな始まりを思い出す。

 

 懐かしいと思う程に昔、十年の時が過ぎ去って変わった物。変わらない物が確かにあった。

 

 

「あれから十年。あの日の様に、また君は戦場へと進んで行く」

 

 

 変わった物は二人の関係。抱き締めた身体は育って、二人は確かに大人になった。

 変わらないのは、彼女の決意。因となる想いが変わろうと、戦地に向かうと言う果は変わらない。

 

 そして同じ様に、変わらない事がある。それは此処に立つ青年。彼が未だに、無力であると言う事実。

 あの日以上にボロボロで、身体は満足に動かない。あの日以上に弱くなって、それでも心は確かに変われた。

 

 

「僕はまだ、あの日の様に弱いままで――だけど、少しだけ変われたんだって思うから」

 

 

 不安に怯える心はある。怯懦に震える心はある。痛みを叫ぶ感情も、逃げ出したい弱さもある。

 それでも、前に進む意志がある。力は無くても、前に進もうとする意志がある。残酷な今を、乗り越えんとする意志がある。

 

 だから、ユーノ・スクライアは彼女を見詰める。誰より愛した女に向かって、己の決意を口にした。

 

 

「一緒に行かせて欲しい。何も出来ないかも知れないけど、何かが出来るかも知れないんだ」

 

 

 理性で考えるならば、ユーノの選択は何処までも間違いだ。彼にしか出来ない事など、何一つとしてありはしない。

 多くの天魔に対して、出来る事など何もない。宿儺の相手をするにした所で、地球から武術家でも連れて来た方が勝機がある。

 

 感情で考えるならば、ユーノの選択を否定したい。彼に出来る事など何もなく、生きて帰れる保証もない。

 此れから挑むは最後の戦場。過去最高となる戦乱の地。其処に愛する人を無防備で、突き落とす事をどうして認められようか。

 

 

「……うん。そうだね」

 

 

 それでも、その瞳に憧れた。その意志の強さにこそ、心惹かれて想いを寄せた。その輝きこそを望んだのだ。

 だから想う。だから願う。この輝きを穢したくはないと、それが女の祈りであった。ならば足を引く事など、彼女に出来る筈がない。

 

 故になのはは答えを返す。彼を止められない事に苦痛を感じて、共に居てくれる事に歓喜を覚えて、女は笑顔で言葉を紡いだ。

 

 

「私一人じゃ駄目なんだ。だから、さ。ユーノくん」

 

 

 あの日の焼き直し。同じ様に口を開いた彼に合わせて、彼女が言うのはあの日の言葉。

 自分一人じゃ駄目なんだ。そう語った彼の言葉を此処に借り、あの日と同じ様に手を伸ばす。

 

 其処に抱いた感情は、或いはあの日の彼と同じか。そんな事を想いながらに、伸ばした手は握り返された。

 同じ想いを此処に抱いて、同じ言葉を口にして、同じ様に戦地に向かう。それでも今度は、心が擦れ違う事はない。

 

 

「力を貸して、一緒に行こう。二人ならきっと、超えられない物なんて何もない」

 

 

 言葉はきっと本心から、其処に偽りなんてない。彼が共に居るならば、負けはしないさ負けられない。

 男と女はあの日の様に、少年少女の誓いを立てる。高町なのはとユーノ・スクライアは、共に穢土へと向かうのだ。

 

 

 

 

 

3.

 クラナガン北部。旧臨海第八空港跡地。災禍に崩れ落ちた表層から、奥へ奥へと潜航したその先。

 広い広い空間に、白く輝く巨大な船体。再建されたアースラⅡを前にして、八人の精鋭達が揃っていた。

 

 エースオブエース。至高の魔導師。黄金を継いだ求道神。高町なのは。

 解脱に至り掛けた者。女の呪詛(アイ)に縛られて、この地に繋ぎ止められた男。ユーノ・スクライア。

 

 万象流転の担い手。管理局が誇る若き英雄局長。クロノ・ハラオウン。

 盾の守護獣。主を想う復讐鬼。されどそれでは終わらぬ者。ザフィーラ。

 

 狩猟の魔王を継いだ者。赤き炎を燃え上がらせる、慈愛と苛烈を持つ女。アリサ・バニングス。

 白貌の吸血鬼。初恋の天使。夜と昼を継承し、己の血筋を肯定し、闇を統べると定めた女帝。月村すずか。

 

 未来を視る瞳を持つ少女。決して強くはなく、それでも不屈の闘志を抱いている女。ティアナ・L・ハラオウン。

 黄昏の模倣と作り出されて、その果てに己を見付けた恋する乙女。小さく儚い百合の花。リリィ・シュトロゼック。

 

 以上、八名。彼ら八人こそが、管理局に残った最精鋭。穢土へと挑む決戦メンバー達である。

 

 

「さて、作戦を確認するぞ」

 

 

 集まった者らを前に、クロノ・ハラオウンが口を開く。皆の中心へと立って、局長が語るは作戦内容。

 穢土侵攻。その目的は唯一つ。世界を終わらせない為に、全てを凍らせない為に、そして新たな世界を生み出す為に、全てが一つで果たせる事。

 

 

「要点は一つだ。リリィとティアナを何としてでも、トーマの元へ辿り着かせる」

 

 

 トーマ・ナカジマの救出。それが作戦の目的。彼らが絶対に、為さねばいけない必要事項。

 ティアナの瞳が見た未来。それを現実の物に変える為に、彼女達を穢土の最奥へと辿り着かせる事こそ要点だ。

 

 究極的には、夜都賀波岐を倒す必要すらありはしない。トーマを救出出来ればその瞬間に、彼らの勝利は確定するのだ。

 

 

「トーマを取り戻せば、新世界は流れ出す。即ち、その時点で僕らの勝利だ」

 

 

 リリィの証言を聞いて確信した。彼が攫われる直前に辿り付いていた、流出位階のその階。

 あの失楽園の日を考えれば、簡単に予想する事が出来る。あの時に見た協奏の、上位互換と言うべき力。

 

 それを発動させられれば、互いの戦力値は引っ繰り返る。彼が流れ出せば、この世界の寿命が解決する。

 故にこそ、トーマの救出こそが最優先目標。それを達成できれば、その時点で機動六課の勝利は確定するのである。

 

 

「私達の役割は、道を拓いて進む事」

 

「出来る限り多くの戦力を残したまま、穢土の最奥へと侵攻する」

 

 

 月村すずかとアリサ・バニングスが確認する様に口にする。それは何より、優先すべき共通事項。

 リリィをトーマの元へと送り届ける。その際に出来る限りの戦力を維持出来れば、それに超した事はない。

 

 リリィとティアナだけでは、常世が守るトーマの救出には不足があろう。

 故にこそ、其処に行くまでに戦力を残す事。最低限の戦力配分で、夜都賀波岐を止める事こそ勝利に必要な要因だ。

 

 

「最低限の戦力で、夜都賀波岐を拘束する。それが作戦の根幹って事かな」

 

「とは言え、倒せるならば倒してしまっても良いのだろう?」

 

「無論、当然だ」

 

 

 ユーノがそれを確認し、ザフィーラが強気に笑ってみせる。そんな男達の言葉を、クロノが頷き肯定した。

 悪路。母禮。奴奈比売。宿儺。大獄。彼らに邪魔をさせない為に戦力を配して、それでも配した戦力が突破出来るならそれに超した事はない。

 

 この先を死地と捉えている。終わるべき場所だと決めている。そんな男達は此処に、決着を付けるべき相手の姿を幻視していた。

 

 

「これから先は、時間との勝負」

 

「私達が辿り着くのが先か、天魔・夜刀が甦るのが先か」

 

 

 ティアナとリリィが案じる様に不安を語る。敗北に至る要素がそれだ。間に合わない事、それこそ避けねばならない事。

 全てを凍らせる訳にはいかない。彼を消滅させる訳にはいかない。愛した男を取り戻し、共に未来を生きる事を望んでいる。

 

 恋する乙女が立ち向かうのは、愛に狂った天魔の指揮官。同じ男の別側面を、愛する者らの戦いだ。

 負ける訳にはいかない。敗れるなんて認めない。諦めるなんてあり得ない。己の想いは負けないのだと、彼女は意志を強くする。

 

 

「行こう。皆」

 

 

 思い思いに想い耽る。最後の戦いを前にして、高町なのははその手を伸ばした。

 その手と瞳を見詰めて、何がしたいか理解する。そんな彼女の恋人と友達が、他の者らを促していく。

 

 八人全員で円を組む。伸ばしたなのはの手に、皆が一人一人と己の手を重ねていく。

 性に合わない。恥ずかしい。そんな風に想いながらも、これが最後と想いを重ねる。そうして彼らは、互いを見詰めた。

 

 

「これが最後の決戦だッ!!」

 

『応ッ!!』

 

 

 重ねた手を振り下ろして、皆で言葉と心を一つとする。願う先は唯一つ、新世界の開闢だ。

 古き過去を終わらせて、此処にある現代を未来へと繋げていく為に。機動六課は、穢土の大地へ出陣した。

 

 

 

 

 




○おまけ
ユーノ「なぁ、クロノ。割と我ながら鬼畜過ぎる作戦思い付いたんだけど」
クロノ「何だそれ。……正直聞きたくないが、まぁ言ってみろ」
鬼畜フェレット「穢土の座標が分かるなら、なのはがミッドからロンギヌスで絨毯爆撃すれば良くね? 隙間なくロンギヌスでファランクスシフトやった後に、残った大獄を囲んで棒で殴るのが最強だと思う」
クロ助「ちょっ、おまっ!? それは色んな意味でやっちゃ駄目だろうッ!?」

※尚、それをやるとトーマ君が蒸発するので、お蔵入りした模様。



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