リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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俺が遅い? 俺の投稿がスロウリィ? 速さが足りないッ!!

……次回は宣言通り、本当に遅くなる予定です。
出来ればDiesアニメが放映する前に完結したかったけど、多分年内完結が精々だろうなぁと思うくらいの速度を予定しております。

推奨BGM
1.此之命刻刹那(神咒神威神楽)


第二話 穢土侵攻

1.

 第零接触禁忌世界、穢土。全ての次元世界が始まった惑星が、目に見える程に近付いている。

 迫る最後を前にして、艦橋に居る八人誰もが唾を飲む。完全な機械制御で航行する艦内に、存在しているのは彼らだけ。

 

 

〈Confirmed EDO. The remaining time is approximately ten minutes until arrives at the gravisphere.〉

 

 

 機械音声のアナウンスが時を数える。到達まで残り十分。その推定時間に間違いは、ありえないと断言出来る。

 次元の座標。世界の位置。それは既に知っている。古き者らが遺したのだ。御門顕明。最高評議会。無限の欲望。その遺志が、同じ道を示している。

 

 彼らは各々、掲げた理想が違っただろう。それでも、新しい世を望んだ点では一致していた。ならばきっと、この情報に虚偽はない。

 そう信じている。信じたいのではない。心の底から己の意志で、確かに彼らの遺志を信じた。故にこそ、間違っているなんて思いもしない。

 

 

「準備は良いな」

 

 

 黒いバリアジャケットを纏って、クロノ・ハラオウンは言葉を伝える。彼へと返る反応は、力強い皆の頷き。誰もがもう、意志を固めた。

 桜と赤と青と橙。席を立ち上がった女達は、己の魔力で戦闘装束を展開する。ユーノは巨大な複合兵装をその手に持ち、ザフィーラが時の鎧を駆動する。

 

 各々、戦闘に備える男女を前に一人。立ち上がって、しかしそれだけと言う少女も居る。

 白百合の乙女。リリィ・シュトロゼックの変わらぬ姿は、準備が出来ていないと言う訳ではない。元より彼女は戦士ではないのだ。

 一人では戦えないのなら、戦う事がそも愚策。ならば平時の姿で問題ない。彼女が用意するべき物は、胸に抱える覚悟だけで十分なのだ。

 

 

「予定通り、重力圏に到達する直前に転移する。神域深くに切り込むなどは出来ないが、行ける所まで一気に跳ぶぞ」

 

 

 穢土と言う世界は、夜都賀波岐にとっての本拠地だ。彼らの領土の内側で、強制力の競い合いなどしても勝てはしない。

 その体内で可能な転送。転移の距離は、極めて限定的な物となるだろう。クロノの歪みを用いたとして、掌握できる事象は限られる。

 

 故に、先ずは此処から跳ぶ。船でゆるりと降下をすれば、先ず間違いなく撃墜される。だから此処から、一気呵成に侵攻するのだ。

 そんな局長の言葉に、誰もが無言で頷き返す。奥へ向かう者。足止めを行う者。既に割り振られて役割を、誰もが己が内で反芻し――

 

 

「行くぞ。――万象・掌握ッ!!」

 

 

 メインモニタに穢土と呼ばれる蒼き星が映った瞬間、クロノはその異能を行使した。

 そうして感じる浮遊感。一瞬の内に景色がガラリと切り替わり、八人全員が雲に包まれた淀んだ空に投げ出される。

 

 落ちる。落ちる。落ちていく。そんな浮遊感から続く重力落下。されど覚悟が胸にあればこそ、誰も動揺などしない。

 飛行魔法で飛翔する者。夜の血筋を利用して、肉体を変異させる者。爆風を背や足元に起こして、空を跳躍する者。巨大な盾を浮遊させ、ボードの如く乗りこなす者。

 

 自力で飛べない少女が二人と出るが、その表情に怯えはない。彼女らが落ちる前に、ユーノがその身を受け止める。

 それは事前にあった取り決めの通り、戦力として劣る彼の役割。三人乗りのライディングボードに、火を入れ空を飛翔する。

 

 

「此処が、穢土」

 

 

 桜色の魔力を纏った高町なのはは、胸を突く感情に一つ呟く。溢れ出す様な感慨が、確かに言葉に宿っていた。

 それでも浸っている様な時間はない。一秒にも満たぬコンマの間に思考を切り替え、暗き雲に覆われた空を飛翔した。

 

 前へ、先へ、奥へ。高町なのはを筆頭に、列を成して飛んでいく。彼らが落ちた場所は奇しくも穢土の入り口、淡海と呼ばれた境界だった。

 僅か飛翔すれば、其処に着く。魔導師の速度を考慮に入れれば、淡海は決して広くはない。境界を越えた先にあるのは、決して破れぬ不敗の関だ。

 

 故に、不破之関より彼らが来る。その二つの神威はその瞬間に、己の地獄を顕現させた。

 

 

「無間・叫喚」

 

「無間・焦熱」

 

 

 戦闘前の前口上、名乗り上げすら其処にはない。彼らにとっての全力とは、遊びが一切ないと言う事。

 万象全てが腐敗する。万象全てが燃え落ちる。腐った風と地を焼く業火。降り注ぐ雷光は、既に嘗ての比ではない。

 

 此処は彼らにとっての最重要地。敵地であった第一管理世界とは異なって、この今こそが彼らの全力なのである。

 

 

「天魔・悪路ッ! 天魔・母禮ッ!」

 

 

 迫る地獄を前にして、一体誰が口にしたのか。名を呼ばれようと彼らは不動。さあ乗り越えてみせろと変わらない。

 だが揺るがないのは六課も同様。黄金より継承した記憶を共有した事で、彼らの真は知っている。故に先ず真っ先に動くであろうと、予測は既に出来ていた。

 

 知識があれば、予測ができる。予測が出来れば、対策を組み上げられる。前以て必要となる要素を揃えたならば、乗り越えられない窮地などは何処にもない。

 

 

「涅槃寂静・終曲ッ!!」

 

 

 押し迫る二つの覇を前にして、動くは蒼き守護の獣。これが最期の戦いと、ならば余力を残そうなどと思わない。

 敵が全力ならばこちらは全霊。死に物狂いで力を発して、太極がぶつかり合う間に溝を生み出す。その僅かな空間は、誰も支配してない領域。

 

 渇望力を競い合い、所有権を奪い合うなら打ち勝てない。それでも、誰も支配していない空間ならば話は別だ。

 僅かに開いたその場所を、奪われる前に支配する。そうして万象流転の担い手は、其処で彼らを更にと前へ跳ばした。

 

 不破之関。決して破れぬ城壁を、六つの影が越えていく。破れないものなんて、ありはしないと言うかの様に。

 天魔はいかせるものかと刃を握る。この城壁を超えさせるかと、だが残る男達も許しはしない。彼らが残った理由は、その為なのだ。

 

 

「計斗・天墜」

 

 

 大天魔が背を向けた瞬間に、落ちて来るは巨大な隕石。そしてその影から迫る、処刑の刃を背負った獣。

 無抵抗で受ければ傷となる。無防備で受ければ被害を受ける。故に二柱の大天魔は身を翻し、先ずは彼らを敵と定めた。

 

 燃え上がる獄炎が、巨大な石を蒸発させる。腐毒を孕んだ暗き颶風が、迫る獣を吹き飛ばす。

 どちらも容易く、男達の初手を防ぎ切る。無傷で変わらずある姿に、クロノとザフィーラは怯懦を燃やして向き合った。

 

 

「お前達が、私達を相手にするのね」

 

 

 初撃を防がれ、関を超えられ、此処に至って漸くに相手を捉える。対等に向き合い打破するべき、敵として此処で初めて認めた。

 故に赤く染まった瞳で敵を睨んで、口にする言葉は最早ただの確認事項。天魔・母禮は燃える様な赤い瞳で、眼前に立つ二人に向けて剣を構えた。

 

 

「憎悪を燃やし、憤怒を叫び、我らを討つか」

 

 

 何処かで見知った顔である。確かに覚えている者である。故にこれは復讐か。奪われた者の慟哭だろうか。

 奪った男は静かに問う。お前達は何故此処に残ったのかと、問い掛けながらに睨み付ける。悪路の瞳は、何処までも腐って淀んだ色をしていた。

 

 情を燃やし尽くす様な烈火の瞳。全てが腐り切った死人の冷たさ。相反する視線に籠った力は、どちらも共に強烈だ。

 見ただけで燃える。見ただけで腐る。そうした神域の存在が、相手を敵と見定め睨む。その視線の重圧に、潰されずに居られる道理がない。

 

 カラカラと喉が渇いて、肌に感じる威圧は痛い程。自死した方が遥かに楽だと、そう思えてしまう圧を前にする。

 そして、笑った。それは怯懦を隠す様な強がりで、それでも二人は確かに笑った。笑みを浮かべて揺るがぬ瞳で、彼らを見詰めて言葉を紡ぐ。

 

 

「いいや、個人の恨みだけではない」

 

 

 此処に立った理由は、個人的な恨みだけと言う訳ではない。憎悪を叫ぶ為に、此処にやって来た訳ではない。

 盾の守護獣は瞳を閉じて、脳裏に嘗てを思い浮かべる。どれ程に愛そうと、最早戻らぬその輝き。小さく儚い少女が望んだ、当たり前に生きる明日。

 

 それを思い浮かべて、憎悪が沸き立ち憤怒が燃え上がる事を自覚する。それでも、心の内にあったのは、憎悪(それ)だけではなかったのだ。

 

 

「重ねた因縁。募った想い。その全てを此処に――だけど、それだけではないんだ」

 

 

 目の前に立つ腐った男は、愛する人を奪い去った。父を、母を、或いは妻となった女性を奪い去った。

 其処に何も思わない訳がない。この一時に、足止めを請け負った理由は或いはそれか。だとしても、クロノの心はそれだけではないのである。

 

 失った者が確かにある。守れなかった者が確かにある。届かなかった弱さがあった。

 それでも、今に何もない訳ではない。明日に繋いでいくべき者があるならば、それこそ戦う最たる理由だ。

 

 

「……君達の決意が如何で在れ、僕らの役目は変わらない」

 

 

 憎悪と憤怒を此処に抱いて、それでも答えはそうではない。強がりながら語る決意に、悪路は僅かに瞳の色を変えていた。

 だが、だから何かが変わるかと言えば、何も変わりなどしない。如何なる決意を向けられ様と、その在り様は変わらないのだ。

 

 

「そう。だから来なさい。次代の英雄」

 

 

 故に語る。故に示す。己の意志はこの今に、これを遺志へと変えてみせろ。

 過去を乗り越え、今を守り通し、そして未来を求める為に。夜都賀波岐と言う残骸は、唯その為だけに残っている。

 

 

「此処で君達を殺す」

 

「そして、抜けた者らも追い掛け殺す」

 

『滅侭滅相。誰も生かして帰さない』

 

 

 二柱の決意は即ちそれだ。此処でクロノとザフィーラが倒れたならば、彼らは抜けていった者らを追おう。

 そして、その背を切り付ける。如何なる状況であれ、如何なる目的であれ、全て取るに足りぬと叩き切る。躊躇いなどある筈ない。

 

 他の天魔達を足止めする仲間達が、その最中に後背を突かれればどうなるか。結果は予想するに容易いだろう。

 戦闘中に割り込んで、不意を打ってその首を落とす。そんな恥知らずな行いですら、全て許容してみせよう。そう言う意志が、その目にある。

 

 故にこそ、負けられない。彼らを此処で食い止めて、勝利を確かに掴んでみせる。

 想いを胸に、決意を抱いて、男達は前を見詰める。彼らに必ず勝利する。己が魂にそう誓って、二人は此処に啖呵を切った。

 

 

「主が愛し、生きたいと願った日常。小さく儚い。だが、確かにあった幸福の景色」

 

「それを此れからも紡いでいく為に――消えて貰うぞ、嘗ての英雄ッ!!」

 

 

 クロノ・ハラオウンはデュランダルをその手に携え、盾の守護獣ザフィーラはその力を最大限に行使する。

 天魔・悪路は無言のままに、片手で先が折れた大剣を。天魔・母禮は嘗てを思い出しながら、その両手に二つの剣を握り締める。

 

 第一の戦場は此処、不和之関。嘗ての因縁を清算し、明日を繋いでいく為に――現代(イマ)の英雄は、過去(カツテ)の英雄へと挑むのだ。

 

 

 

 

 

 二つの地獄に生まれた隙間。切り拓いたその道を、飛び越えた彼らは北上する。

 向かうべき場所、それを知るのは白百合だ。彼女が持つ一つの繋がり、誓約を辿る形で進んで行く。

 

 高町なのはが最前列を警戒しながら飛翔して、ナビゲータを抱えるユーノが彼女に続く。

 そんな彼女らを庇う様に、蝙蝠に変じて飛ぶ月村すずかと、炎を爆発させながら跳躍を繰り返すアリサ・バニングス。

 

 不和之関を北へと抜けた山間部。鬼無里の上空を、彼らは戦列を成して進んで行く。

 その戦列。この隊列。最も脆い場所は何処か。見詰める魔女は問うまでもなく、それを確かに此処に見抜いていた。

 

 故にこそ彼女が動く。誇りも矜持も友情も、全て裏切り捨てると決めた。そんな魔女の咆哮が、此処に津波となって現れた。

 

 

「無間ッ! 黒縄ォォォォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 顕現したのは巨大な神相。襲い来るのは大海嘯。荒れ狂う影の大波は、上空を飛翔する者らを飲み干す程に強大だった。

 まるで壁だ。湧き上がる影は断崖として、その隊列を叩き切る。誰もを飲み干すではなくて、列の隙間を広げる様に溢れていた。

 

 そうとも、魔女は分かっている。己の力量を正しく理解出来ていて、故に彼女は見極めていた。

 己の実力で如何にかなる限界点。その領域を僅かにはみ出した所、天魔・奴奈比売の持つ性能で行える事を行うのだ。

 

 

「アンナッ! アンタが私を相手にするっての、上等じゃないッ!!」

 

 

 影の津波が狙ったのは、六課が持つ戦力の分断。空を飛んで前へと向かう。その戦列で、最も崩しやすかったのが彼女である。

 飛翔魔法を苦手としている。故にこそ足下を爆発させながらに跳躍する。そんな移動は隙だらけ、足を引く対象と選ぶのに十分過ぎる要因だ。

 

 故に影に進行を遮られ、アリサは大地に落ちていく。小刻みな爆破で落下速度を調節しながら、舞い降りた女はその手に剣を握って振り被る。

 

 

「修羅曼荼羅――大焼炙ッ!!」

 

 

 燃え上がる城壁(ツルギ)。影の津波に対する様に、炎の津波が湧き上がる。激痛の剣はあっさりと、影の海を消し去った。

 それも当然。如何に天魔がこの地で本来の力を取り戻そうと、元の実力差を覆せない。赤き騎士を継いだ女は、既に彼女を超えていた。

 

 迫る影を焼き尽して、女は此処に笑みを浮かべる。来るなら来いと、そんな想いを抱いた女にとってこれは好都合。

 第一陣が夜都賀波岐の兄妹ならば、次に来るのは彼女であろう。そんな彼女を取り戻す為に、戦うならば自分が行こう。

 

 それが此処に来る前に、アリサが心に決めた事。大切な友を取り戻す為に、皆に向かって口にした事。

 故にこそ、前を行く者らは不安を感じない。故にこそ、此処に居る女は怯懦を覚えない。故にこそ、彼女達は見落とした。

 

 

「――ッ!? いないッ!!」

 

 

 何ら抵抗なく焼き尽くされる影の海。太極の発現を一方的に消し飛ばしたアリサの顔に浮かぶのは、予想に反する事実への動揺。

 己を足止めする為に、そうと思われたその太極。それを放った下手人が、影も形も見当たらない。天魔・奴奈比売と言う名の魔女は、太極発動と同時に次の一手を放っていたのだ。

 

 

「アイツ、一体何処に――んなっ!?」

 

 

 驚愕に目を見開く。信じられないと言わんばかりに、その光景に唖然とする。思考が此処に硬直した。

 あり得ない。己の実力を明確に理解して、知性に溢れる魔女だからこそ。そんな選択は、あり得る筈がなかったのだ。

 

 

「アンナちゃんッ!?」

 

 

 驚きの声を上げたのは、飛翔を続ける月村すずか。その眼前、目と鼻の先と言わんばかりの至近距離に魔女が居た。

 天魔・奴奈比売はニヤリと嗤う。彼女を知るが故にこの状況に即応できない。そんな友らの姿を嗤って、彼女は此処に吠え上げる。

 

 

「悪いわね、すずか。アンタも堕ちろォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 湧き上がる黒き影。溢れ出す女の地獄に、すずかは思考を切り替える。未だ驚愕は抜け落ちないが、脅威を前に身体は動いた。

 

 

「修羅曼荼羅――楽土・血染花ッ!!」

 

 

 迫る影が己の身を落とすよりも前に、その津波を吸い尽くす。簒奪する力に抗えず、影はすぐさま消えていく。

 されど、襲い来る津波は一つじゃない。二層三層、破った先にまた溢れる。黒き影の脅威は止まらず、すずかは先へと進めない。

 

 足を止められたすずかの姿に、僅か迷うなのは達。このまま先に向かうべきか、或いは否か。

 予定と違う状況に、驚くのは一瞬だ。最悪は此処で時間稼ぎをされる事。そうと思い直せばこそ、後を任せて先へと進む。

 

 飛び立っていく彼女らを、天魔・奴奈比売は黙って通す。彼女の今の役割は、単純な足止めだけではない。

 そうでなくとも、元より既に手一杯。両手に掴んで溢れ出す程に、己の無謀を理解しながら彼女は笑みを浮かべていた。

 

 

「はっ、随分と舐めてくれたじゃない」

 

 

 無数に重ねた影の層。それを燃え上がる紅蓮の剣が、焼き尽くして道を斬り裂く。

 妨害がなければ、女が辿り付くのは一瞬。簒奪の夜と激痛の剣の双方に、耐える力は影にはない。

 

 

「私達二人を、一人で相手にする気? 幾ら何でも、侮り過ぎじゃないかな」

 

 

 影の海を吸い尽くしながら、月村すずかは思考を切り替える。足を引かれて止められたものの、未だ彼女が敗れた訳ではない。

 故に先ずは友を二人掛かりで、その後に合流すれば良い。ましてやアリサの消耗も抑えられるなら、この状況は好都合とも言えるだろう。

 

 それでも、感じる苛立ちは隠せない。背中合わせに立つ二人。アリサもすずかも怒っている。

 舐めたな。侮ったな。私達二人をたった一人で止められるなどと、驕り昂り見下す心算か。彼女達は友を見詰めて、怒りを内に燃やしていた。

 

 

「……えぇ、そうね。そんなの、気付いてるわよ」

 

 

 傲慢だと詰る声。慢心だと見詰める瞳。その二人の言葉を耳にして、天魔・奴奈比売は確かに認める。

 己一人で彼女達を止めようなどと、明らかに無謀が過ぎる事。そんな事実、この魔女は既に理解していた。

 

 

「皆、先に行ってしまうの。私は置いて行かれるだけ、気付けば貴女達の方がずっと前に行っている」

 

 

 アリサとすずか。どちらか片方だけを相手にしても、十度戦って一か二か。己の勝機はその程度。

 彼女達は既にどちらも、自分よりも強くなっている。それを素直に認めた上で、それでも魔女が選んだのはこの道だ。

 

 

「それでも、ね。意地があるの。理由がある。あの大馬鹿の所為で、腹を括っちゃったのよ。だから、さ」

 

 

 天魔・宿儺は先に嗤った。誰もが必死に全力を尽くせば、彼の策謀は成るのだと。そんな彼が、しかし動いた。

 その理由は、奴奈比売が退こうとしたから。彼女が止めるべき戦力が、自由になれば策が崩れ去る。両面が抱いた大望は遠く、故に策謀の均衡は極めて繊細なのである。

 

 そう。宿儺が描いた絵図面を、覆し得るのは彼女達。アリサ・バニングスと月村すずか。

 両面が策謀によって選ばれ、魔女によって力を与えられた者。そんな彼女達がその策を覆し得る要素になるなどと、それは一体如何なる皮肉か。

 

 笑い、嗤い、哂いながらに女は告げる。意地があって理由がある。だからこそ、魔女は此処にその強がりを見せるのだ。

 

 

「舐めるな? 侮るな? 百年も生きてない様な小娘共を、私一人で止められない?」

 

 

 一対一でも敵わない。二対一なら結果は言うまでもなく、勝機など何処にもある筈なんてない。

 それでも、それは命の奪い合いに限った話。相手を必ず殺すのだと、殺意を向け合った場合の話。この今の状況は、それとはしかし違うのだ。

 

 

「この私を――」

 

 

 ならば、天魔・奴奈比売にも勝機はある。これは殺し合いではなくて、互い意図を妨害する戦闘なのだ。

 誰かの足を引く。他人を狙って貶める。他者の妨害に限って言えば、魔女の右に出る者など世界の何処にも居はしない。

 

 

「彼の永遠(アイ)を――」

 

 

 沼底から面を上げる。泥の底から空を見上げる。遠く己を置き去りにした、そんな友らを見上げて叫ぶ。

 舐めるな。侮るな。甘く見るな。絶叫の如くに声を上げ、影の海が荒れ狂う。巨大な多足の神相が、その情念を圧と発した。

 

 

「甘く見てるんじゃないのよ、アンタ達ィィィィィィィッ!!」

 

 

 吹き付ける神威。溢れ出す情念。膨大な密度の影が、途方もない量となって襲い来る。

 されど、迎え撃つ女達は震えもしない。迫る黒縄地獄を前に、互いに武器を手にして前を見る。

 

 

「……ふん。予定と違うけど、まぁ良いわ」

 

「折角の機会だからね。どれだけ成長したのか、見縊ってるのがどっちか、教育してあげるよ。アンナちゃん」

 

 

 負ける道理はない。敗れる理由はない。越えられない筈がない。

 金と紫の女は背中合わせに、己達の物へと変わった法を紡ぎ上げる。

 

 また、四人で一緒に。そう願ったあの日へと帰る為に、此処で友を取り戻すのだ。

 

 

『ぶちのめして、取り戻す。私達の友達をッ!!』

 

 

 嫉妬と愛情。友誼と執着。煮詰まった情を示して、逆境でも吠え上げる天魔・奴奈比売。

 迎え撃つ女達は揺るがない。アリサ・バニングスも月村すずかも、生きて帰るべき未来を視ている。

 

 第二の戦場は此処、鬼無里。片や全てを裏切って、片や明日を掴む為。女達が見据える明日には、確かに魔女の姿も在った。

 

 

 

 

 

 全てが予定通りに行く訳ではない。分かっていたが、此処に来て思い知らされている。

 余剰戦力は後僅か。自由になるのは、もう一人だけ。先陣を切る不屈のエースには、彼女にしか出来ない役目があった。

 

 最強の大天魔。天魔・大獄と戦う為に、彼女の消耗は見過ごせない。ならばこそ、二人の少女と同じく切れない手札。

 故に次、何かが起きれば動くべきは己であろう。痛む身体を抑えながらに、ユーノ・スクライアは静かに思う。己の役目は、もう直ぐに迫っていると。

 

 そんな彼の想いに応えるかの様に、北上する彼らの前に次なる天魔が姿を見せる。

 鬼無里を北へと抜けた箱根の上空。その空を塞ぐ様に現れた巨大な影は、男女の顔を併せ持った随神相。

 

 

「はぁ~い。おっひさ~」

 

「よう。元気そうじゃねぇか、テメェら」

 

 

 まるで日常で口にするかの如く、余りに軽い挨拶言葉。紡がれた音は平凡だろうと、見える光は余りに異常だ。

 男の頭に、女の顔。男女の手が二本ずつ、合わせて四つの腕に大筒を持つ。山より巨大なその身体は、間違いなく彼の両面悪鬼。

 

 天魔・宿儺。幕引きによって滅ぼされた筈の怪物に、白百合は表情を凍らせる。その存在は、想定の外に在ったのだ。

 

 

「どうして、貴方がッ!?」

 

「はっ、今更聞くなよ。白けるだろうが」

 

「疑問に必ず答えが返るだなんて、思っちゃ駄目よ。リリィちゃん」

 

 

 天魔を裏切り、倒された。そんな自滅の鬼が甦った光景に、女達は感じる焦燥を隠せない。

 自滅の異能を前にして、高町なのはは相性が悪過ぎる。ティアナもリリィも、コレと戦うなどは出来ないだろう。

 

 その快進撃は此処で終わりだ。残った皆を叩き潰せる。それだけの性能をこの悪鬼は有している。

 ならばこそ、此処で快進撃は終わるのだ。次代へ繋がれる可能性は潰えるだろう。……彼にその心算が、在ったとするのならば。

 

 

「んで、今回の俺らの目的は戦力調整なんだがよ。……姐さん頑張り過ぎじゃね?」

 

「これ以上削り過ぎたら、多分これ足んなくなるわよねぇ」

 

 

 だが、しかし、両面悪鬼は必ずしも敵と言う訳ではない。彼は夜都賀波岐にとって、味方と言う訳ではない。

 その思惑は、己の策謀を達成させる為に。全ては友を想えばこそ、彼は全てを裏切った。故にこの悪鬼が行うは、盤面を整えると言う行為。

 

 高町なのはは必要だ。リリィ・シュトロゼックは必要だ。ティアナ・L・ハラオウンは必要だ。諏訪原に辿り付くのは、この三人だけで良い。

 他の者らの足止めを。程良い形に調整を。そうした企みを教えた相手が、自分の仕事を全て持ってった。鬼にとっても想定外なその奮起。感謝しながら宿儺は嗤った。

 

 

「っー訳で、だ」

 

「遊ぼっか、優等生くん」

 

 

 今の宿儺に残った仕事は、抜けてきた者らの排除だけ。故に何れかの場所で勝敗が決するまで、する事がないと言うのが実情だ。

 故にこそ、鬼は青年の姿を見る。この盤面における浮き駒。後に残ろうと役には立たない彼だけが、この場で排除しても良い存在なのだ。

 

 後に残ろうと何も為せない者。今は何もする事がない鬼。共に手持ち無沙汰の同士、遊びながらに時を待とう。

 男の顔が嗤う。女の顔が哂う。見下しながらに笑みを浮かべて、両面悪鬼は砲火を放つ。手にした四つの砲門が、彼に向かって火を噴いた。

 

 

「――っ! ユーノくんッ!!」

 

 

 愛する男の窮地を前に、思わずなのはは叫びを上げる。そんな悲痛の声に返るは、物理的な衝撃だ。

 狙われた男が投げ付ける。広げた女の腕に、二人の少女の身体が飛び込む。身軽になった青年は、その手を盾へと当て笑う。

 

 

「二人を頼むよ、なのは」

 

 

 迫る砲火を前にして、青年は恐れはしない。その存在を前にして、驚愕なんて抱かない。

 ナンバーズの機能を動かす。スカリエッティが作り上げたこの武装。彼が遺したレリックを内蔵し、嘗ての制限など残っていない。

 

 溢れ出すロストロギアの魔力。それによって身体機能を補助しながら、ユーノは三つの機能を行使する。

 エリアルレイヴ。ライドインパルス。レイストーム。三つの先天固有技能を同時に発動して、砲火の雨を潜り抜ける。

 

 ニィと嗤う巨大な悪鬼。山より大きな怪物に挑む唯人は、同じ様に笑って言った。

 

 

「約束したろ? コイツは僕が倒すって、さ」

 

 

 強がりながら笑って言うのは、嘗てに交わした一つの約束。時の庭園と呼ばれた場所で、口にした男の誓い。

 泣いてる彼女を護りたくて、口にした時は根拠がない強がりだった。それでも己に誓ったのだ。必ず、勝つと。その約束を今、確かに彼は果たすのだ。

 

 きっとこの時の為に、この地にやって来たのだろう。微笑みながらに強がる背中は、あの日の如く大きな物。

 だからこそ、なのはも伝える。それはあの日には言えなくて、負けないでとしか言えなくて、それでも一番伝えたかったその言葉。

 

 

「お願い、勝ってッ!」

 

「任せて、必ず勝つさ」

 

 

 勝利を祈る。その言葉。当たり前の様に頷いて、あの日の少年は巨大な鬼へ向かって行く。

 その背中を見守り続ける事はなく、女は少女達を連れて飛び上がる。彼は勝つと言ったのだ。ならばその想いを信じて、己は唯前へと進む。

 

 過ぎ去って行く女達を止める事はなく、挑んでくる青年の魔力弾を片手間に防ぎながら、両面悪鬼は静かに見詰める。

 青年の想いを見定める様に、男の言葉を転がす様に、見詰めながらに色を変える。視線に宿ったその色は、最早遊びが残っていない。

 

 

「必ず勝つ。必ず勝つ、ねぇ」

 

「大きく出たものね。一体何を根拠にしてるのやら」

 

 

 男は言った。必ず勝つと。それを言った男を認めていればこそ、両面悪鬼はその意識を切り替える。

 時間稼ぎの遊びではなく、戦って勝利を勝ち取ると彼は言ったのだ。ならばそう、敵と認める男を前に思考を変える。

 

 天魔・宿儺が知る限り、ユーノは常に思考をする者だ。考えて、考えて、考え尽くして勝機を探る。そんな男だ。

 そんな彼が、勝てると言った。勝ってみせると言ってのけた。ならば其処には勝機があると、そう思った訳であろう。

 

 彼を知るが故に、敵と認めるが故に、そう考えた悪鬼は嗤う。彼の導き出した勝機が己の太極(コトワリ)ならば、それに乗ってやる気などは最早ない。

 

 

「まさか、自滅の法則に期待している訳じゃないわよね?」

 

「まさか、太極を使って貰えるなんて思ってる訳じゃねぇよな?」

 

『お前に、無間身洋受苦処地獄は使わない』

 

 

 遊びでなく、戦って勝つと啖呵を切った。ならば勝ってみせろと嗤い、しかし相手に合わせはしない。

 自壊の法則に期待しているのならば、それは間違いだと断じよう。ユーノ・スクライアに対し、もうあの地獄は使わない。

 

 

「忘れてねぇよな。お前は負けたんだ。対等な条件で、俺が勝ったんだよ」

 

「敗者復活戦をするにもさ。資格ってもんが必要な訳。んで、今の君にそれはない」

 

 

 何故ならば、既に決着は付いている。勝敗は決しているのだ。故にこそ、対等の勝負など望みはしない。

 いいや、今の状況で太極を開いたとしても、対等の勝負には成り得ない。天魔・宿儺はそう考えているのである。

 

 

「君は勝利するって言った。詰まりは遊び相手になるんじゃなくて、対等に戦いたいって事だよね?」

 

「けどよ。俺は敗者に恵んでやる物なんざ持ってねぇ。誰が好き好んで、負け犬と同じ場所に堕ちてやるものかよ」

 

「実際、今の君に合わせるって事はさ。相手を見下して、機会を恵んであげるのと同じって事。正直、それの何処が対等かしら?」

 

 

 これは敵だ。この男は己が認めた唯一の敵だ。故にこそ、あの日に決闘を望んだのだ。

 そして、ユーノは敗れた。同じ条件で敗れ去ったその時に、彼との戦いは終わったのである。

 

 己は勝者だ。彼は敗者だ。既に彼我の立場は明確で、対等さなどは何処にもない。

 それは太極を使っても同じく、敗者に勝者が合わせると言う時点で見下す情が生じているのだ。

 

 故にこそ、そんな戦いに意味はない。少なくとも、己から使ってやる心算にはなれない。だから、天魔・宿儺は決めていた。

 

 

「だから決めた。テメェが勝負を挑んで来たら、今度は太極を使わねぇ」

 

「だから決めた。使わないって決めたのに、追い詰められて使ったのだとしたら、それは君の勝利となる」

 

 

 嘗て倒した男。一敗地に塗れた敵たる青年。半死人の有り様で、それでもまた挑んできたのならば機会を与えよう。

 遊びではなく、戦いを挑んで来たならば試練と与える。天魔・宿儺の随神相。それを倒せたのならば、また対等だと認めよう。

 

 そうして初めて、太極を使う価値がある。そうしなければ、互いが対等となる事がない。それが、勝利する為に必要な最低条件なのだ。

 

 

「一勝一敗。敗者復活戦の条件がそれだ」

 

「一回、生身で随神相を倒してみなさいよ。その時こそ、本当の意味で対等だって認めてあげる」

 

『さあ、ユーノ・スクライア。この両面悪鬼を倒して魅せろッ!!』

 

 

 山より大きな鬼が発する。その気が狂いそうな程の圧力だけで、ユーノは盾ごと吹き飛ばされる。

 如何に武装をしようとも、如何にロストロギアを持とうとも、彼は立って歩くがやっとの半死人。鬼の圧に晒されて、対抗できる筈がない。

 

 必死に盾に縋ったままに、大地に叩き落される。転がる事で衝撃を殺して、それでも息が真面に出来ぬ程。

 鬼の四腕は加減を知らない。倒れた彼へと砲門を向けて、躊躇う事なく砲火を放つ。降り注ぐ無限の鉄火に、吹き飛ばされながらもユーノは吠えた。

 

 

「あの日に約束したんだ。君を泣かせるこの鬼は、僕が必ず倒すって」

 

 

 勝てる訳がない。勝機なんて欠片もない。今の青年は立ち上がる事もやっとな様で、それを魔力補助で誤魔化している。

 ロストロギアを取り込んだナンバーズを以ってしても、トップエースには遠く届かない。そんな彼は当然、襤褸雑巾の如くになっていく。

 

 僅か数手。両面悪鬼が圧で潰して、その砲門から弾丸を放っただけ。たったそれだけで、もう死にそうな程に消耗する。

 そんな有り様でも、ユーノは盾を支えに立ち上がる。勝機などは欠片もなくとも、意地を口にするのは出来る。守りたい約束が、確かに此処に在ったのだ。

 

 故に彼は宣言する。己の意志で立ち上がって、両面宿儺を睨んで叫んだ。

 

 

「上等だッ! 随神相も人間体も、どっちも纏めて倒してやるから覚悟しろッ!!」

 

 

 片足を棺桶に入れた半死人。魔力もなく、身体も動かず、在るのは友より貰った武器と、愛する女に貰った想い。

 そんなたった二つを頼りに、立ち上がって前を向く。ユーノ・スクライアの瞳を見詰めて、天魔・宿儺は楽しそうに笑っていた。

 

 第三の戦場は此処、箱根。立って歩くが精一杯の青年は、巨大な随神相と相対する。神話に残る鬼退治、その再現へと挑むのだ。

 

 

 

 

 

 そして、残った女達。箱根を超えて更に北へと、辿り着いたのは穢土・諏訪原。

 その空域へと到着した瞬間に、高町なのはは表情を引き締める。そうして大地に降り立つと、二人の少女を手放し告げた。

 

 

「後は、二人で行って」

 

 

 ティアナとリリィを見る事すらなく、余裕がない声でそう語る。彼女達を見ないのではなく、それから目を離す余裕がなかった。

 見ている。見られている。彼の終焉が女を見詰めて、女もそれに気付いてしまった。故にこそ、此処から先は余裕がない。流れる汗を拭う隙すら、あの怪物の前にはないのだ。

 

 

「分かりました」

 

「なのはさん。ご武運を」

 

 

 そんななのはの様子から、感じ取った二人は頷く。そうして前へと、月乃澤学園へと彼女達は走り去る。

 

 

「…………」

 

 

 まるで、少女達が立ち去るのを待っていたかの如く、過ぎ去った瞬間にその怪物が現れる。

 高町なのはでなくては、接近にすら気付けなかったであろう。そんな虎面の怪物が、無音で其処に立っていた。

 

 大獄が見詰める。女の姿を見詰め、その魂を見詰め、そして静かに判断する。見られる女は視線を外さず、黄金の杖をその手に構える。

 流れる汗と心音が、邪魔だと感じる程に苦しい沈黙。何時まで続くのであろうかと、そんな沈黙を破ったのは黒き虎面の天魔であった。

 

 

「場所を、変えるぞ」

 

「――っ!?」

 

 

 嘗ての邂逅。十年前を知るが故に、その一瞬に動揺する。天魔・大獄の速度は嘗てを、大きく上回っていた。

 そしてその一瞬の隙に、大獄の拳は迫っている。咄嗟に出来たのは杖での防御。身を守る女の身体が、黒き拳に吹き飛ばされた。

 

 幕引きの一撃。唯の一撃で五回は死んで、その度に蘇生する。身を守っていたと言うのに、これ程の被害を受ける。

 ましてや、その一撃の目的は殺意ではない。天魔・大獄が望んだ事は、その口にした言葉の通り。戦場を変えると言う一点だ。

 

 穢土・諏訪原。この地は彼らが将にとっての故郷。大切な思い出が多く在る場所である。

 如何に時の鎧で守られようと、彼の神は未だ完全とは言えない。大獄は判断したのだ。己とこの女がこの場で戦えば、余波で穢土・諏訪原が崩壊すると。

 

 故に場所を変える。相手を大きく吹き飛ばす様な殴り方で、高町なのはを南へ向かって吹き飛ばす。

 殴り飛ばされた女はその衝撃を殺せぬまま、只管に南下を続ける。そうして箱根を飛び越えて、巨大な山にぶつかった。

 

 山の表面に穴が開く。開いた亀裂は拳で生み出したとは思えぬサイズのクレーター。

 奥へ奥へと岩盤を貫きながらに突き抜けて、漸くに止まった場所は山の中心。霊峰不二の中腹だ。

 

 相手を殴り飛ばして場所を変える為だけに、そんな拳が伴う余波だけで巨大な霊峰が半壊する。

 中腹までの土砂が崩れて、その大きさは凡そ半減。崩れ去っていく山の中、しかし対する女も並じゃない。

 

 

「レイジングハート・ロンギヌスッ!!」

 

 

 即座に傷を消し去って、膨れ上がる魔力は絶大。飛び上がった女は此処に、何時の間にか出現していた天魔を睨む。

 無言で佇む不動の天魔。だがその最高速は、己が反応するのもやっと。そうであると理解すれば、もう隙となる事はない。

 

 警戒心を最大限に、戦意を燃え上がらせる高町なのは。そんな彼女を前に、揺るがぬ天魔は唯無言。

 語る事など何もない。告げる事など何もない。己の拳を以ってして、その意志は既に示している。故に鋼の求道は揺らがない。

 

 

「言いたい事は色々ある。納得いかない事、想う言葉はそれこそ沢山。だけど、今は――」

 

 

 決して変わらぬ不動の意志。断じて揺るがぬ鋼の求道。その終焉を前にして、想う言葉はそれこそ無数。

 その渇望を否定する意志。その精神性への反発感情。女子供が戦うなと言う侮辱に、抱いた怒りはこの今だって燃えている。

 

 それでも、それを言葉に紡ぎはしない。声では届かない。言葉では納得しないと知っている。

 故に示すのは実力だ。力を見せて、敗北(ナットク)させてみせるのだ。それが、この今に為すべき事。

 

 

「貴方を超える。至高の終焉のその先に――何処までも平凡な明日こそが、私達が望んだモノだからッ!!」

 

 

 土砂と共に崩れ去っていく霊峰を背に、高町なのはは黄金の杖を握って告げる。

 対する天魔・大獄はやはり何も口を開く事はなく、唯その拳を握る事を以って答えを返した。

 

 第四の戦場は此処、霊峰・不二。互いの陣営において、最強である戦士達。彼らが織り成すこの戦場は、他の何処も届かぬ死闘と化すであろう。

 

 

 

 

 

 そして諏訪原。月乃澤学園の校門前に、少女達が辿り着く。閉じられた鉄の扉を、魔力の弾丸が撃ち抜いた。

 クロスミラージュを構えて、ティアナが放った魔力弾。建造物を壊すには至らずとも、道を開くには十分だった。

 

 錆びて止まった門が僅かにずれる。自重に傾いていき、先へと進む道が生まれた。

 

 

「トーマッ!!」

 

 

 その僅かな隙間から、迷わず校庭へと進んで行く白百合。その背中を、苦笑交じりに見ながら追い駆ける。

 一歩退いた様なその態度。恋情と言う一点において、この相手には勝てないのだろう。そう思いながらにティアナは、故に己の役目を決める。

 

 

「此処に居るのね。なら――ここから先が私の仕事」

 

 

 追い掛けて追い付いて、校舎を目指して走りながら口にする。

 幾つかある校舎の入り口。複数ある校内の階段。目的地である屋上に、最も相応しいルートを探る。

 

 その答えを探し出す為の瞳で、恋する乙女を愛する人の下へと辿り着かせる事こそ彼女の役目だ。

 

 

「見付け出すわ。一番最善のルート。必ず、助け出すわよッ!」

 

「うん。行こうッ! 大好きなトーマに、また逢う為にッ!!」

 

 

 橙色の少女の言葉に、白き百合は真っ直ぐ頷く。空を飛べない彼女らは、大地を二人で進んで行く。

 校舎へと近付くその姿。彼の想い出の地を荒らす少女達。其処に怒りを覚えぬ様な、常世はそれ程に温和な性格をしていない。

 

 

「……許さない。認めない」

 

 

 校舎の屋上から、校庭を進む彼女らを見下す。汚らわしい手足で以って、想い出を穢す者らを見る。

 其処に怒りを抱いて、其処に憎悪を抱いて、されど常世は動かない。トーマの純化は終わっておらず、彼女は此処から動けないのだ。

 

 それでも、そんな理屈は関係ない。そう言わんばかりに、憎悪を募らせた女は恋敵を睨んで告げた。

 

 

「貴女達には譲らない。貴女達なんかには奪わせない。私が愛したあの人を――貴女達なんかに渡して堪るか」

 

 

 例え動けないのだとしても、打てる手筋はまだ残っている。それはこの今、この場所に、夜刀の神体があれば出来る事。

 彼の身体に触れて、流れる血潮を掬い取る。かつての戦で生じた傷口から、今も零れ続ける生き血。それは僅か数滴で、力を発揮する圧倒的な密度の神血。

 

 両手に貯めた血液に、排除の意志を込めて大地に落とす。すぐさま溜まった血の池から、溢れ出すは巨大な蜘蛛。

 人の身の丈を僅かに超える程。そんな巨大な蜘蛛が無数に、血の池から溢れ出す。神の体内に存在する白血球が、見る見る内に増えていく。

 

 瞬きの間に増えた数。百や二百を超えるその総数は、一瞥では数え切れない程。

 体内にあるモノを排除する。そんな意志なき防衛機構が、常世の指揮の下に迫る少女達へと襲い掛かった。

 

 

「ちっ、リリィ。ルートを変えるわよッ!」

 

「ティアナッ! 分かったッ!!」

 

 

 瞬く間に校舎を満たして、校庭にまで溢れ出す蜘蛛の群れ。手にした銃で牽制しながら、ティアナはリリィに向かって叫ぶ。

 最適のルートを、最善の道筋を、示してみせるから付いて来い。そう告げるティアナに向かって、リリィは素直に頷き後に続いた。

 

 

「騎兵隊の参上ってね。男女逆転してるけど、眠り王子を救うお姫様の歩く道を作る為に、邪魔だってんのよアンタ達ッ!!」

 

 

 眠ってしまった姫を救う為、走り出した王子様。その道筋を均すのは、王子に使える騎士の仕事だ。

 男女逆転している辺り、些か格好付かない話。それでも胸を張って誇れる程には、己の役割は重要なのだ。

 

 弾丸一発では倒せぬ蜘蛛。十や二十と打ち続けて、漸く足を止める化外の群れ。

 無数に迫る怪物を退けながら、ティアナは道を作っていく。彼女が切り拓いたその道を、リリィは真っ直ぐ進み続ける。

 

 その胸にある想い。繋がりから感じる常世の所業。痛い痛いと伝わって来る度に、リリィは怒りを強くする。

 走り抜ける校舎の箱庭。転がり消えゆく魔力の塊は、塵と捨てられた彼の欠片。思わず飛び出しそうになる。時が許せば慌てて集め、抱き締めたであろう。

 そんな愛しい想い出を見詰めて、天魔・常世の行いを許せる筈がないからこそ、リリィ・シュトロゼックは想いを叫んだ。

 

 

「トーマは塵なんかじゃない。あの人しか見てない貴女に、彼を渡して堪るものかッ!!」

 

 

 お前なんか認めない。そう感じたのは互いが同じく。恋する乙女達は此処に、互いを不倶戴天と捉えている。

 迫る少女達を前に、決して愛する人は奪わせないと猛る天魔・常世。動けぬ彼女が指揮する蜘蛛を、躱しながらにリリィとティアナは前へと進む。

 

 第五の戦場は此処、穢土・諏訪原は月乃澤学園。同じ男の別側面を、同じく愛する少女達。己が最愛を取り戻す為、互いの情念を競い合う。

 

 

 

 

 




第一試合 クロノ&ザフィーラVS悪路&母禮。
第二試合 アリサ&すずかVS奴奈比売
第三試合 ユーノVS宿儺
第四試合 なのはVS大獄
第五試合 ティアナ&リリィVS常世&蜘蛛の群れ

そんな訳で決戦メンバー決定。二ヶ所程バランスおかしいけど、何時もの事なので笑って許すが良いと思うよ?

言いたい事は唯一つ。宿儺の無茶振りは何時もの事だし、ユーノの逆境は定期的にやんないといけない恒例行事なので唯一つ。……BBA無理すんな。



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