リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

149 / 153
神父様、キリエ、空亡たん「知ってた」(先行入力)
リリィ、マリィ、香純「知らなかった!?」

推奨BGMは、刹那・無間大紅蓮地獄です。Einsatzでも可。


第四話 新世界に語れ――超越に至る意志

1.

 あらゆる全てが凍り付いた始まりの地。崩れていく屍の上に築かれた、三柱鳥居を前に降臨する。

 舞い降りた彼こそ、真実真正なる神威。他の七柱は彼の恩恵を受け、偽神と化していた者らでしかない。

 

 故にその圧も、故にその神聖さも、故にその力強さも――あらゆる全てで、彼は正しく格が違う。

 過去最強。嘗て最強と言われた刹那。次元世界の全てと等しい身体に、人の個我を有した存在。これぞ覇道の神である。

 

 

「櫻井」

 

 

 降臨した神は此処に、瞳を閉じて想いを馳せる。想うのは、口に出した友らの名前だけじゃない。

 流れた時間。積み重ねた物。振り返るのは嘗ての日々から、今日に至るまでに起きた何もかもを思い返していく。

 

 

「戒」

 

 

 彼は見ていた。故に彼は知っている。この地に起きた出来事を、彼の愛する宝石たちが過ごして来た時間の全てを。

 それも当然、覇道の神とは世界そのもの。木々の揺らぎ、風の囁き、水の流れ。あらゆる全てが彼である。その全ての事象が、彼の祈りにて形を成していた。

 

 時には見上げた夜空の月として、或いは見晴らす限りの青空として、何気なく踏み締めた大地として、全てを此処に見続けていたのだ。

 

 

「アンナ」

 

 

 悲劇を見た。余りに辛い物を見た。愛する仲間が、愛する子らを傷付けていく。そんな悲しい物を見た。

 その理由が己の為で在ったのだから、溢れる涙が止められない。血涙が頬を流れる度に、あの日敗れた己の弱さを強く呪った。

 

 それでも、彼らに向ける想いは変わらない。その名を呼ぶ声音には、一片たりとも憎悪の情は宿っていない。己を憎めど、邪神を憎めど、それ以外など憎めなかった。

 

 

「リザ」

 

 

 悲劇に立ち向かう者らを見た。余りに辛いであろう現実に、それでもと叫びながら進み続けた子らを見た。

 

 黄昏の末裔。愛した女が産み落としたその魂。刹那の断片。己の魂より零れ落ちたその血肉。混じり合って生まれた子らは、正しく己の愛し子達。

 彼らを襲う悲劇に涙し、それでも立ち上がる姿を見る度に歓喜した。良くぞ良くぞ良くぞ良くぞ、喝采と共に叫びたい。良くぞ、とても強く育ってくれた。

 

 

「司狼」

 

 

 数億、数十億と言う歳月。消え掛けながら世界を維持して、同時に腸を内より貪り続けられた苦痛。

 そんなもの、彼らの姿に比すれば取るに足りない。彼らが受けた悲劇を想えば、負って当然と言うべき痛みだ。

 

 仲間達はどれ程に苦しんだ。傷付く己の姿を見て、どれ程に重い逡巡の果てにその決断を下したのか。

 愛する子らはどれ程に苦しんだ。追い詰められて追い立てられて、その悲痛を思えばこそ比較などしてはならない。

 

 それでも、彼らは選んだのだ。後に託す事を、今を継ぐ事を、確かな想いで選んでくれた。ならばその輝き、己が誇らずして誰が誇る。

 

 

「ミハエル」

 

 

 故にその名を刻み付ける。散っていった仲間達と、同じく散っていった子らを想う。忘れぬ様にと、己の心に刻み込む。

 故にその名を刻み付ける。輝かしい選択を選んで消えた者らと、輝かしい選択を選んで進もうとする者ら。最期に此処へと現れたのは、それを見届ける為にこそ。

 

 己を求めた友が居て、己が居ても良い理由を作ってくれた友が居る。故にこそ、彼は此の地に舞い戻って来たのである。

 

 

「テレジア」

 

 

 秀麗にして艶美な容姿に、浮かべているのは確かな喜色。もう誰も居なくなったこの場所で、それでも確かに微笑んでいる。

 

 

「すまない。そして礼を言おう。よくぞ、この時の果てまで付いて来てくれた。お前達を誇らせてくれ」

 

 

 今の彼を満たすのは、確かな歓喜の色である。積み重ねた日々の果てに、こうして今に至れた事。天魔・夜刀は確かな想いで、輝かしい全てに感謝を贈った。

 

 

「ああ、素直に想うよ。俺の仲間が、お前達で良かったと」

 

 

 そして、その目を静かに開く。ゆるりとした瞼の動きと共に、発する圧はしかし絶大。

 唯それだけで、先程までの世界であれば穴が開いていたであろう。そう確信する程に、余りに大きな力の動き。

 

 それでも、まだ開かない。それは単純に、自傷をする意味がないから。この世界は、天魔・夜刀なのである。

 そうでなくとも、容易く亀裂が入る事などないだろう。並の神格などでは届かぬ程に、嘗ての刹那(サイキョウ)は強大だ。

 

 そんな神が瞳で見詰める。目を向けた先に在ったのは、仲間達が彼の為にと回収していた蒼き宝石。

 ジュエルシード。無くても問題はないが、あった方が便利な物。十三個の宝石の使い道は、今この場所にこそ在る。

 

 来い。そう視線に意を宿した瞬間に、空を飛来して掌中に納まる。手に転がせる宝石には、虚数への道を開くと言う機能がある。

 その性質を己の力で強化すれば、大した労力を必要とせずに虚数の果てへと到達できよう。己の力だけでも出来る事だが、その先を思えば消費を抑えた方が良い。

 

 虚数の先、その果てにこそ――夜刀にとっての怨敵、打ち倒すべき極大の邪悪が潜んでいるのだから。

 

 

「波旬。第六天」

 

 

 その名を呼ぶ。極大の憎悪と憤怒。余りにも濃密な負の感情と共に、怨敵の名を口にした。

 

 

「感じるぞ。貴様の力を――随分と、安寧に浸っていた様だな」

 

 

 虚数を挟んでその先に、感じる力は確かに大きい。それでも、在りし日程ではない。ならば、今の自分ならば、勝てるのだと確信した。

 瞬間、湧き上がって来るのは憎悪と歓喜が混じった物。膨れ上がった恨みつらみを晴らす時に感じる様な、陰的な喜びの情。それを感じて、それでも彼は抑え付ける。

 

 

「……だが、今の俺の相手はお前じゃない。お前などに、(カカズラ)ってはいられんのでな」

 

 

 今直ぐにでも、この恨みを晴らしたい。そう想いながらも、そう出来ない。

 そうすれば、失われてしまうモノがある。受け継げない光がある。己の恨みだけで動いてはいけない。そんな理由が在ったのだ。

 

 故に彼は視線を移す。手にした宝石を握り潰して、虚数へ至る道をその権能で凍結させた。

 これで彼が望まぬ限り、そして彼を乗り越えぬ限り、神座に至る事などもう誰にも出来はしない。

 

 

「そう言う訳だ。俺は決めたぞ。……なのに、お前は一体何時まで寝ている心算だ?」

 

 

 座へと繋がる天を塞いで、見下ろす視線が見詰める先は荒れ果てた母校の姿。

 在りし日に追悼の念を抱きながら、その先に倒れた者を確かに見詰める。其処に居るのだ。彼こそがそうなのだ。

 

 彼が居るから、甦ると決めたのだ。友が彼に賭けたからこそ、此処にある事を許容したのだ。

 故にこそ、未だ彼が眠り続ける現状は腹に据え兼ねる。己が道を決めたと言うのに、受け継ぐお前がそれで一体どうすると言う話だと。

 

 理不尽な言い分と分かっていて、それでも彼だけは特別だ。真実の意味で今の彼は未だ、己の愛し子ではない。

 彼だけは違う。彼だけが違う。ならばこそ、その対応も自然と厳しくなっていく。目を覚ます事が出来ぬのならばと、その視線は鋭さを増していく。

 

 やはり起き上がれないのではないか。蒼き石を砕いたのは早計だったか。無数に感じる迷いはそれこそ山の様。

 それでも信じてみようと待てるのは、彼を信じているからではない。彼に賭けた親友を、その瞳を信ずればこそ、此処に待とうと想えたのだ。

 

 そうとも、遊佐司狼と言う親友は、この一瞬の為だけに全てを捨てて賭けたのだから。

 

 

――そんじゃ、そろそろ種明かしと行こうかね。

 

 

 空に浮かび見下ろす神が、思い浮かべるのは先の遣り取り。彼を誰より愛した裏切り者がこの地で交わした、策謀の裏にあった真実だ。

 

 

――俺の目的なんざ、単純さ。前提条件こそ面倒臭いが、言葉にすりゃシンプルで陳腐な話だよ。

 

 

 その目的は単純だった。彼の狙いは簡単だった。それを困難にしていたのは、前提となる条件が悪過ぎたから。

 彼は別に、特別な事を望んだ訳じゃない。本来ならばきっと、決して高望みだった物じゃない。それは与えられて然るべきモノを、友に与える為だけに。

 

 天魔・宿儺が選んで、天魔・大獄がそれを決める。そんな両翼の遣り取りこそが、そもそも最初から嘘だった。

 彼はそんな事を望んでいない。そうとも、遊佐司狼が望む筈がない。選んでいいのは、決めて良いのは、天魔・夜刀だけなのだから。

 

 

――俺らの大将をトーマと逢わせる。それも現実の世界で、だ。唯それだけが、俺の狙いだったのさ。

 

 

 故に、その策謀の意味するところは即ちそれだ。嘗てと次代の邂逅を、未来を託す一戦を。

 遊佐司狼が望んだ事は、天魔・夜刀に選択の機会を与える事。たったそれだけの事でしかなかったのだ。

 

 

――テメェで言ってて、無理があるとは分かっているさ。大将が甦れば、トーマが死ぬ。常にどっちかしか存在出来ない。それがまあ、大前提の話だろうよ。

 

 

 だがそれは口で言うのは簡単だが、実現させる事は不可能としか言えない難事であった。

 

 何故なら、トーマと夜刀は同一人物。同じ魂が二つに分かたれ、輪廻の果てで生まれた別人格でしかない。

 どちらか片方が存在したのなら、どちらか片方は消滅するより他にない。故に精神世界での遣り取りならば兎も角、現実の場で出会う事などあり得ない。

 

 

――けどよ、どうしてそんな前提が成り立つ? それは大将とトーマが同一人物だから、別の側面でしかないからって理由な訳だ。

 

 

 だからこそ、其処に策謀が必要だった。全てを裏切り欺き誇りを投げ捨て、それでも最期に賭ける以外に道がない。

 可能性はあった。那由他の果てを掴むよりも気が遠くなる程、一度は全てを諦める程、それでも可能性は確かにあった。

 

 故に遊佐司狼は全てを賭けた。アンナ・マリーア・シュヴェーゲリンもそれに乗った。ならば天魔・夜刀が応じぬ理由は、最早世界の何処にもない。

 

 

――だったら、話は簡単だろう。同一人物だから逢う事が出来ないって言うんなら、別人にしちまえば良いのさ。

 

 

 遊佐司狼の目指す場所。それは魂の製造。同一人物の魂を使い回しているから、彼らは決して逢えないのだ。

 故に魂をもう一つ用意する。彼だけの魂を作り上げる。トーマ・ナカジマと言う少年を、天魔・夜刀ではない存在へと変革するのだ。

 

 

――人に魂は作れねぇ。俺らに魂は作れねぇ。大将でも自由自在っつー訳にはいかねぇし、それこそそういう渇望を持った神になるか、座の力が必要になる。そう言う不可能な部類な訳だ。都合の良い魂を生み出そうって言うのはよ。

 

 

 人に魂は作れない。それは偽りの神でしかない彼らもまた変わらない一つの真実。都合の良い魂を、ポンと用意する事なんて不可能だ。

 人の魂を生み出せるのは、己の身体から産み落とせる覇道神か。魂を弄る事を願った求道神か。全知全能の力を持った座を、掌握している支配者くらいだ。

 

 それでも、人の魂は生まれない訳ではない。作れないけれど、生み出す事は出来るのだ。

 

 

――けどよ、人は魂を生み出せる。その絆が紡いだ記憶が、確かな魂に変わるんだよ。

 

 

 偽りの命を持った、雷光の少女が居た。プロジェクトFと言う技術で作られた肉の器は、しかし確かな魂を育んだ。

 機械仕掛けの乙女達が居た。作られた存在である彼女らは、しかし確かな魂を持っていた。人と繋いだ絆が確かに、彼女達を人にしていた。

 

 実例はあるのだ。保証はあるのだ。生まれる可能性は、確かに其処にあったのだ。

 故に絆を紡がせよう。故に記憶を重ねさせよう。何が在っても薄れぬ程に、強い想いがあれば其処に魂は育まれる。

 

 その為だけに、その少年を鍛え上げた。彼に多くの苦難を与える様に、情勢全てを操った。遊佐司狼が望んだ事は、その真実の産声だった。

 

 

――なら、必要なのはバランスだ。重要なのはタイミングさ。

 

 

 壊れた母校の校庭に、転がる無数の欠片達。煌きながら消えて行く、それが次代の可能性。

 積み上げられた想い出は、確かに重いが脆い物。血肉や魂に守られていない欠片では、神座闘争の余波にすら耐えられまい。

 

 さりとて、これを凍らせてしまえばそれも問題。今は未だ、彼は誰にも成れていない。

 故に此処で守ってしまえば、己の内に取り込まれる。唯の想い出として、統合されて御終いだ。

 

 なればこそ、この今にしか可能性は存在しない。此処で争う理由はそれだ。神は確かに、彼が立ち上がる事に期待していた。

 

 

――魂が芽生えるに足る記憶の量に、だが大将が復活できる程度に色を抑える。丁度その状態になった直後のタイミングで、先輩が回収する様に立ち回ってたって寸法よ。

 

 

 その期待に応える様に、誰かが確かに呼応する。不要と切り捨てられた異物が其処で、蒼き宝石の欠片と共鳴しながら輝いた。

 そして一点へと集まっていく。切り捨てられた異物が拾い集めて、記憶がその場所へと集っていく。一つも取り零しはしないのだと必死になって、それが確かに次へと繋がる。

 

 無数の欠片が山となる。今は文字通り塵の山でしかない有り様だが、きっと生まれてくれると信じよう。もう自分ではない存在へと、彼の新生を此処に待つのだ。

 

 

――後は、まぁ賭けだわな。先輩が何処までトーマを捨てんのか、捨てられた欠片が生まれ落ちてくれんのか。丁半博打だ。無駄金を磨る結果になったら、まぁ道化に終わったと嗤ってくれや。

 

「……嗤うものか。笑わせるものかよ。お前を道化になど、させて堪るか」

 

 

 そうとも、此処で生まれなければ友が道化になってしまう。信じた彼が、愚かだったと終わってしまう。

 そんな事、断じて認める筈がない。何としてでも、起きて貰わねば困るのだ。故に天魔・夜刀は、発破を掛ける様にその名を呼ぶ。

 

 

「トーマ・ナカジマ。俺の親友は、お前にすべてを賭けたんだぞ?」

 

 

 彼に全てを賭けたのは、神の親友だけではない。多くの者らが、確かに彼に期待している。

 機動六課も、夜都賀波岐も、彼が居たから認めたのだ。其処に続く次代の美麗さを、確かに認めたからこそ今がある。

 

 だと言うのに、高々魂を回収されたぐらいで死んでいる。そんな形で終われる程に、お前の背負った荷は軽くはない。

 

 

「とっとと起きろ、新鋭――主役を気取りたいんだろうがっ!」

 

 

 それが、主役の背に掛かる期待の重さ。余りに苦しい程の重量を、笑って抱えられる事こそ主役の矜持。

 今この場にて立ち上がり、古き神を打倒せよ。それが求められた役割に対する、主役の責任と言う物なのだ。

 

 

「その何たるか、先人(オレ)が教えてやるから掛かって来いっ!!」

 

 

 雄々しく、神々しく、主役を張り遂げた男が確かに語る。その何たるか、此処に教え込んでやろうと。

 そう語る偉大な神の眼前で、確かな光が其処に生まれた。唯の塵山でしかなかった想い出が、煌く様に輝いたのだ。

 

 

 

 

 

――ねぇ、君? 私の家族にならない?

 

 

 手を差し伸べてくれた母が居た。強く優しい女が、彼に母性を教えてくれた。

 始まりは其処に。生まれ落ちる事が出来なかった無垢さは消えて、彼の個我が芽生え始めた。

 

 

――あーっと、ゲンヤだ。今日から、お前の親父になる。

 

 

 何処かおっかなびっくりと、互いに手を伸ばした記憶。不器用だけど優しい父が、父性と言う物を教えてくれた。

 その繋がりがあったから、彼は歩き出す事が出来た。最初の一歩を踏み出す強さを、確かに与えてくれた存在だった。

 

 

――気にしなくて良い。先生は、そんなに柔に見えるかい?

 

 

 始まりの想いと、踏み出す一歩。それをくれたのが父母ならば、強さの意味を教えてくれたのがその人だ。

 先生と呼び慕った一人の人間。解脱に至り掛けたその人こそが、確かに人の強さを育んだ。少年の土台はこの時までに、確かに積み上げられていた。

 

 

――私はティアナよ。ティアナ・L・ハラオウン。アンタの相棒だから、また忘れるまで覚えときなさい。

 

 

 共に居てくれる人が居た。迷い悩んで歩を止めそうになって、それでも手を引いてくれる人が居た。

 その未来を見詰める瞳を想う。迷わずに真っ直ぐ進んで行く彼女が居たからこそ、己ももう迷わないで進んで行ける。

 

 

――トーマ・ナカジマ。君は確かに、私の友の一番弟子だ。

 

 

 そうとも、迷う必要などはない。今も敬意を抱く先達が、確かに認めてくれたのだ。己の中には、父母と師の教えがあると。

 求道に狂った研究者は、それでも確かな見る目を持っていた。その瞳が保証してくれたのだ。此処に居るのは、確かな己なのである。

 

 

――私は貴方と、そう生きたいよ。

 

 

 寄り添いながらに微笑む白百合。嘆きを叫んだままに凍った姿に、己は何をしているのかと奮起する。

 囚われて、奪われて、それで終わりか。いいや、そんな無様を見せる訳にはいかない。何故ならば、己は確かに託されたのだ。

 

 

――トーマ。君は強いね。

 

 

 焦がれる様な瞳で見上げる悪魔の王。天魔・常世に異物と弾かれた彼の欠片が、確かに想い出を集めてくれた。

 そんな彼が言っている。己に勝利した男が此処で終わるなど、認めないと言っている。ならば、どうしてこのまま眠っていられる。

 

 出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。不可能だ。

 

 何も為さずに眠るなど、どうして行う事が出来ると言う。此処で挑まずに終わる事を認めるなんて、決して不可能な事なのだ。

 故に目を覚ます。開く瞼がないと言うなら、此処に器を形成する。身体を生み出す魂が存在しないと言うならば、此処に己の意志で作り上げる。

 

 出来る筈だ。不可能なんかじゃない。何故ならば――既に己は想えている。我思う故に我があるのだ。

 

 

「俺、は――」

 

 

 此処に思考する自己を認識した瞬間に、トーマ・ナカジマは産声を上げる。

 生まれたばかりの魂が、活動して形を作る。形成するべき物とは即ち、踏み出す為の己の五体だ。

 

 

「トー、マ。トーマ・ナカジマだっ!」

 

 

 茶色の髪に、白い肌。黒いシャツに、青のジーンズ。開いた青い瞳には、双頭の蛇(カドゥケウス)など浮かんでいない。

 断頭台の痕はない。流れる様な白いマフラーだってない。神の全てと確かに決別して、少年はトーマ・ナカジマとして立っていた。

 

 

「そうか。お前はそう言うのか」

 

 

 立ち上がった少年の名乗りに、天魔・夜刀は静かに微笑む。それで良い。そうでなくてはいけないと。

 己から完全に切り離されたその存在。生まれたばかりの赤子の誕生に、胸中にて喝采を贈りながらも口にはしない。

 

 

「ならば、トーマ・ナカジマ。お前に此処で、俺が全てを教えてやる」

 

 

 誕生したばかりの魂は、酷く脆くて弱々しい。今の彼が動けているのは、天魔・夜刀がそれを許しているからでしかない。

 だが、それではいけないのだ。そんな弱さを見せたままでは、後を託せる筈がない。今足りていないと言うなら、此処で一気に鍛え上げる。

 

 

「容易く死ぬなら、期待は出来んぞ。余りに無様を見せるなら、偽りの己と粉砕して、俺が波旬を倒すとしよう」

 

 

 故に夜刀は刃を動かす。背に負う翼が駆動して、処刑の太刀が空気を切り裂く。舞い降りる真空の剣は、一瞬後には数え切れない程に。

 迫る処刑の刃。これでも加減はしているが、それでも容赦はしていない。容赦をしては意味がないから、生まれたばかりの赤子に向けて無数の刃を落とすのだ。

 

 

「故にな、先ずはこのくらい躱してみせろ」

 

 

 吹雪の如くに迫るのは、数億数兆と言う刃の嵐。飲み込まれれば最期、その一瞬で切り刻まれて死に至る破滅の凶風。

 同時に世界を覆う神の力場は、加減こそされてはいるが存在しない訳ではない。停止に満たない停滞の色が、凶風を前にするトーマの足を重くした。

 

 

「っ! くそっ!! これが生まれたばかりの奴に、する仕打ちかよっ!?」

 

 

 魂の活動。肉体の形成。誕生から一足飛びに、其処まで来た時点で既に限界。生まれ直せた事が、そもそも奇跡の部類であった。

 故に疲弊を隠せぬ少年は、毒吐きながらに身を捩る。あらゆる動作を十分の一にまで停滞させられて、それでも必死に身体を動かした。

 

 破滅の凶風から逃れる様に、凍り掛けた時の中を必死に動く。それでも余りに逸った意志の速さに、生まれたばかりの身体が追い付かない。

 未だ身体を動かす事すらしていないのだ。寝起き直後に全力疾走などすれば、どうなるかは自明の理。意志に付いて来れない血肉は、足を縺らせ崩れ落ちる。

 

 この窮地を前に、倒れ込んでしまうと言う大失態。それでもそれで終わりだと、諦める様ならそもそも立ち上がってなどいないのだ。

 故に倒れると言う無様を晒しながらも、必死に手を伸ばして身体を這い摺らせる。少しでも影響圏から逃れ出ようと、大地を這う虫が如き抵抗は――

 

 

「遅いぞ、トーマ・ナカジマ」

 

「――っ!?」

 

 

 大空を飛翔する翼を前に無為と化す。必死に凶風から逃れた先に、既に先回りしていたのは天魔・夜刀。

 元より二段重ね。一つを超えたからと言って安堵する様では、先がないと断じる念押し。其処まで乗り越えて初めて、彼が認めるに足りるのだ。

 

 その点で言えば、この少年は既に論外。嘗て自分だった者に対して向ける厳しさも確かにあるが、それでもそんな論を下した理由は別にある。

 

 

「一度は踏破した道だろうがっ! 一体何時まで、形成位階(そんなところ)で止まっている!?」

 

 

 地を這う少年の頭を片手で掴んで、大地を引き摺りながらに叱責する。どうして其処で上を目指さず、先ずは足場を安定させようとしたのかと。

 魂を活動させた。それは良し。肉体を形成した。それも良し。だがどうして、最初にその先まで行かない。進めないなどとは言わせない、一度は辿り着いた場所だろう。

 

 魂が変わった程度で、届かないと語るならば落第だ。それはトーマの力ではなく、夜刀の力の恩恵を受けて辿り着いていたと言う証明になってしまうのだから。

 

 

「さあ、お前の祈りを魅せてみろっ! 俺の力が無ければ至れない様な存在ならば、このまま磨り潰されて終わると知れっ!!」

 

 

 引き摺り磨り潰されながら、痛みの中で確かに想う。感じる情は恐怖じゃない。見下す様な瞳に対する、怒りと屈辱の感情だ。

 目覚めたばかりで、叩き付けられた理不尽な試練。其処に反発する様に、魂を燃やし上げる。お前の力が無くても至れるのだと、確かに示して魅せると奮起した。

 

 魂の活動の先、肉体の形成の次、それは法則の創造だ。己の渇望を思い出す為に、内にある異能を確かに認識する。

 

 それは美麗刹那・序曲ではない。死想清浄・諧謔でもない。涅槃寂静・終曲などでもない。それらはもう、一切使用できなくなった。

 何故なら夜刀とは決別したのだ。その三つの祈りは彼の力であれば、彼でない存在が使用できる筈がない。故にトーマが使える祈りは、真実たった一つのみ。

 

 

明媚礼賛(アインファウスト)・協奏っっっ(・シンフォニー)!!」

 

 

 真実、彼が望んだのはその手を取る事。誰かと対等の立場に立って、絆を結んで共に進み続ける事。

 トーマの内から零れ落ちた願いはそれだけで、故に此処で使える力もこれだけだ。そんな絆の祈りを以って、此処に法則を紡ぎ上げる。

 

 その効果対象は、目の前に居る天魔・夜刀。己の頭を五指で掴んで、地に叩き付ける神へと手を伸ばす。

 力を共有する為に、位階を共有する為に、紡ぎ上げたその法則。力に巻き込む形で得るのは、天魔・夜刀に等しい強さだ。

 

 

「オォォォォォォォォォォォッッッ!!」

 

 

 強制共有。人に話し掛けられた時、瞬時にその事実を理解してしまう様に、拒絶は認識の後にしか行えない。

 故に彼の異能は遥か格上にでも、一瞬であれば成立する。その瞬きにも満たない瞬間に、力の規模を対等にする。それがトーマの選んだ対抗手段。

 

 それに対し、天魔・夜刀は驚きもしない。奪いたければ好きにしろと言わんばかりに、繋がれた手を払い除けない。

 其処に違和を感じながらも、拒絶されないならばそれに越した事はない。覇道神の頂点にへと迫った少年は、己の顔を掴む腕を振り払う。

 

 力の規模は既に対等。完全に伍とするこの今に、トーマの膂力を片手では防げない。夜刀は薙ぎ払われるまま、自ら飛び退き立て直す。

 驚愕も動揺もない姿。当たり前の様に距離を取った天魔・夜刀は、トーマの姿を見据えながらに次へと移る。彼の背にて音を立てて動くのは、鈍く輝く巨大な時計だ。

 

 

「シーク・イートゥル」

 

 

 時計の文字盤が動き始める。構成する歯車が振動する。蛇の鱗が零れる様に、随神相を織りなす部品が次から次へと落下する。

 随神相・流星。降り注ぐ巨岩の雨を前にして、トーマ・ナカジマは右手を掲げる。彼らは同じになったのだから、神に出来る事は今のトーマにも出来るのだ。

 

 

「アド・アストゥラ」

 

『セクゥェレ・ナートゥーラム』

 

 

 頭上から降り注ぐ鉄の雨に対し、地上より舞い上がるのは書物の頁。一つ一つが星を砕ける隕石にも、負けない程の密度を持っている。

 故に結果は対消滅。共に消え去る無尽の力を前にして、トーマは刃をその手に形成する。己の内より取り出したのは、想いを貫く為の銃剣(バヨネット)

 

 

「俺は負けない。俺達は負けない」

 

 

 心で繋がりながら、流れる想いを共感する。その真実の全てを己の目で見届けて、それでも今更尻込みしない。

 負けない。負けられないのだ。だから負けない。その背には既に多くの物があり、己の眼前には打ち倒される事を望んでいる者が居るのだから。

 

 

「軽くないんだ。重いんだよ。積み上げた物は、背負った物も――だから、アンタの為にも負けられるもんかっ!」

 

 

 だから、負けない。強き瞳でそう口にして、その手に握った砲門を神へと向ける。

 銃剣の先より放つ一撃は、全てを貫く至大至高。それは天魔・夜刀の全力にも、全く引けを取らない力。

 

 

「此処で終われ、天魔・夜刀。その億年を超える終止符が、この今で在ると知れっ!!」

 

 

 神を狙って、引き金を引いた。瞬間溢れ出す光の柱が、空に佇む天魔・夜刀を飲み干していく。

 動けないのではない。動かなかったのだろう。その意志を理解しながらも、応える為にこそ躊躇はなかった。

 

 砲身が焼き切れる程の力。自分の身体に掛かる異常な程の重さ。共有しても尚、余りに身の丈を超えていた至高の一撃。

 反動だけで身が引き千切れる様な、余波だけで身体が焼け付く様な、痛みの共有だけで心が折れそうになる程の、そんな破壊の光が全てを包んだ。

 

 

 

 そして、撃ち放った銃剣から煙が噴き上がる。まるで灰薬莢か何かの様に、再現したカートリッジが吐き捨てられた。

 後に残ったトーマは一人、感じる痛みに身を震わせる。それでもこれだけの一撃だ。唯で済む筈がないと思考して――

 

 

(っ!? まだ、共有が続いているっ!?)

 

 

 その事実に戦慄する。まだ天魔・夜刀は消えていない。そうとも、この程度では終わらない。

 彼は誰より守勢に秀でた存在。邪神の一撃にさえ耐え抜いたその真価とは、防衛において発揮されるもの。

 

 夜刀の全力攻撃と同等程度では、その全力防御を破れない。それは唯、それだけの話だったのだ。

 

 

「……だから、言っただろうが」

 

 

 慌てて見上げた視線の先に、姿を見せる白き鎧。翼を背負った猛き神は、未だ全く無傷である。

 そして流れ込んでくる。共有した繋がりを介して、力と共に流れて来た感情は憤怒と失意の混じった物。

 

 彼は怒りを抱いている。彼は失望を抱いている。トーマ・ナカジマの選択が、余りに間違えた物だったから。

 

 

「俺の力が無ければ至れぬ様では、このまま磨り潰してやるとっ!!」

 

「――っ! まだ、上がるのかっ!?」

 

 

 夜刀の力がその威を増す。全てを止める凍てつく風が、その激しさを増していく。

 共有し流れ込む力に圧し潰されそうな程に、それでも強化が止まらない。この今にも、神威が荒々しく怒りを叫ぶ。

 

 

「教えてやろう。既知感だ」

 

 

 トーマ・ナカジマは間違えた。一度の過ちが形成位階で止まった事なら、二度目の過ちとは手を握る相手を間違えた事。

 天魔・夜刀に追い付くだけで手一杯では、そもそも後が続かない。彼は先に語っていたのだ。己の力に頼らず至って魅せろと。

 

 

「其れは既知も修羅も黄昏も、そして刹那(オレ)も敵わなかった。それでは届かないんだよ」

 

 

 夜刀の手を取る事は間違いだ。彼から力を奪おうとするのは間違いだ。それでは決別した意味がない。

 故に彼は怒りを見せる。それでは駄目だと断言する。そしてその威は力を増す。己の模倣を前にして、彼が負ける訳にはいかないのだ。

 

 

「選択を間違えたな。見るに耐えない」

 

「っ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 凍る。凍る。凍っていく。手足の先から身体の芯まで、全てを止める力が押し寄せる。

 力の規模ではもう対等な筈なのに、同じ特性を手にしている筈なのに、その凍結が防げない。

 

 それは極めて単純な話。力が同じなのに届かないのなら、それは想いの量が違っているのだ。

 同じ想いを共感しても、内より生まれた物には届かない。ましてや、彼は覇道神のハイエンド。自己の渇望だけで、過去第二位と言う強度を持つ存在なのだから。

 

 

「身の程を識れ。……己の真実を知った上で、己の在り方を示すが良い」

 

 

 此処に採点を下す。示した数字は落第点。及第点にも遥か遠く届かない、赤点以下の解答例。

 これでは死ねない。これでは託せない。こんな形では納得できない。それでも、答えは彼の内にあるのだと知っている。

 

 故にこそ、天魔・夜刀は此処に示すのだ。己にとっての真実至高、自らの存在など比較にならない程に愛した女の姿。

 全てを包んで愛してやりたいのだと、微笑みながらに語った無垢なる女。彼女へ捧げる想いこそ、彼の内側に存在している至高であるのだ。

 

 

「血、血、血、血が欲しい。ギロチンに注ごう飲み物を。ギロチンの渇きを癒すため。欲しいのは、血、血、血――マルグリッド・ボワ・ジュスティスッ!!」

 

 

 時を止められ、凍り付いたトーマの元へと落ちて来る。首を切り落とす為のギロチンを、トーマはもう躱せない。

 動けない。その想いに圧倒される。凍てつく風すら防げないのに、どうしてそれ以上の愛に耐えられようか。故にその幕引きは必然だった。

 

 斬。振り下ろされた斬首の刃が、少年の首を切り落とす。頭を失くした胴体が、大地に倒れて砕け散る。

 想い出から生まれ落ちた命は、再び想い出の塵山へと。壊れて潰えたトーマの姿を前に、夜刀は視線を逸らさない。

 

 己も同じ痛みを共有していると言うのに、決してそれを表に見せない。そんな彼は無言の内に瞳で示す。

 今度こそ、正しい答えを見付けて来い。まるでそう言うかの如く、想い出と化した残骸を見詰め続けるのだった。

 

 

 

 

 

 再び想い出と化した少年は、何もない静寂の暗闇にて思考する。己は一体、何を間違えたと言うのであろうか。

 戦う為の力を求めた。相手は己より遥かに遠く強大だから、その力を利用するのは理に適っていると言える解答だろう。

 

 だが、それでは駄目だと語られた。自分の力で立って進めと、共有による強化自体を否定されたのだ。

 そんな形じゃないだろう。それは答えじゃないだろう。そう叱責された少年は、しかし答えに迷ってしまう。

 

 

「勝てない。あんな想いに、勝てるもんか」

 

 

 最後に共感した想い。その余りの重さに絶句した。時を止められていなくとも、動けなくなっていた程の愛情。

 まるで暴力の如き質量。心を殴り飛ばされた様な、そんな重さに心が挫ける。あんな想いには勝てないと、何処かで納得してしまう。

 

 それも当然、天魔・夜刀は個の頂点だ。その想いは単独で至れる境地。個人で並び立てる様な存在ではない。

 最強と言われた邪神ですらも、畸形嚢腫と言う他者が居なければ極限にまでは至れなかった。純粋な個と言う意味では、天魔・夜刀こそ最強なのだ。

 

 そんな存在に、個人で戦って勝てる筈がない。その力を奪い取る以外に、一体どんな術があると言うのであろうか。

 分からない。分からない。分からない。再生の時に致命的な部位でも欠落してしまったのか、どうしてもそれが分からなかった。

 

 故に――答えが分からぬ無様な姿を、彼が黙って見ている筈がなかったのだ。

 

 

「……全く、何て無様だ。君がそれを忘れて、一体何ができると言うんだ」

 

 

 全てを覚えている訳ではない。幾つも取り零した物がある。それでも、その声は確かに覚えていた。

 暗闇の中に浮かぶ赤い色。色濃い隈を刻んだ瞳に、浮かんだ色は見下す侮蔑。心底から下らないと吐き捨てながら、彼は此処に答えを伝える。

 

 

「君が一人で、何か出来た事があったかい? 一度でも、たった一人で乗り越えた事があるなんて語るんじゃないよ。何時だって、君は誰かと一緒に居ただろう?」

 

 

 蔑む様に口にする。侮蔑を意味する言葉の羅列は、しかし真実見下している訳ではない。その過去を、下に見ている訳ではない。

 

 

「僕以上に誰が知る。ずっと見ていたんだ。だから断言して上げるよ。君は一人じゃ無能だし、結局何も出来ない雑魚なんだよ」

 

 

 他の誰が認めなくとも、彼が認める。他の誰が否定しようと、彼が認める。他の誰でもない、エリオ・モンディアルが確かに認める。

 

 

「だけど、君の強さはそうじゃない。君の(つよさ)は、個の強さとは違うんだろう?」

 

 

 たった一人でしかなかった悪魔の王は、その強さにこそ焦がれたのだ。一人では絶対に持つ事が出来ない力を前に、彼は敗れ去ったのだから。

 

 

「は……、何で、忘れてたんだろうな」

 

「知らないよ。痴呆にでもなったんじゃないのかい?」

 

「言ってくれるよ。全くさ」

 

 

 言われてすとんと得心する。気付けばどうして分からなかったのか、そうと言える程に簡単な解答。

 一人じゃ勝てない。だから勝利は出来ないと、そう考えるのがそも間違い。一人で勝てないと言うのなら、一人で挑まなければ良いだけの話であろう。

 

 そうとも、何時だって一人じゃなかった。戦い勝利して来た時には何時だって、自分の傍には信じられる仲間が居たから。

 

 

「忘れないさ。ああ、もう二度と忘れない」

 

 

 もう忘れない。本当にもう二度と、これ以上は忘れない。自分の強さのその意味を。

 個の究極になんて至れない。群れの長にも成れやしない。それでも、トーマは決して弱くはない。

 

 それを伝えに行くとしよう。それが答えと示すとしよう。たった一人になった頂点に向かって、今を生きる皆で挑もう。何時だって、トーマは一人なんかじゃない。

 

 

「上等だ。個の極点。一人で勝てないって言うんなら、皆でお前に勝ってやる」

 

 

 暗闇の中、前を向いて立ち上がる。進むと決めた瞬間に、三度の誕生は始まっている。

 まるで夜明けを斬り裂く様に、昇る日差しの如く輝く光。暗闇を照らし出して未来へと、進む背中に言葉が掛かる。

 

 

「助けはいるかい?」

 

「いらないさ。お前の助けがなくても、他に助けてくれる人が居る」

 

「そうか。それは何より。僕も君に手を貸すなんて、正直反吐が出る話だからさ」

 

 

 悪魔の王に助力は乞わない。その助けは必要ない。彼に手を貸して貰わなくとも、助け合える仲間がいる。

 そう語るトーマの背中に、嗤って返すエリオの言葉。何時もの様に斜に構えた遣り取りを、素直になれないままに交わして背を向ける。

 

 

「じゃあな。行ってくる」

 

「ああ、もう此処には戻って来るなよ」

 

「当たり前だっ!」

 

 

 背中合わせの状態から、トーマは光に向かって駆け出して行く。もう二度と、彼は後ろを振り向かない。

 そうなると分かっていたからこそ、天使は一人優しく笑う。彼の背中が見えなくなる程遠のいてから、優しい笑みと同時に願いを言った。

 

 

「トーマ。君の力への意志(ヴィレ・ツァ・マハト)を聴かせてくれ。……きっとそれが、確かな答えだろうから」

 

 

 

 

 走る。走る。走り抜ける。光に向かって駆け出しながらに、その手を伸ばして訴え掛ける。

 どうか手を貸して欲しい。一緒に戦って欲しい。己は一人では勝てぬから、この身をどうか支えてくれ。

 

 

――矢よ我が身を射抜け、槍よこの身を突き刺せ。

 

 

 先ず最初に彼の言葉に応えたのは、未来を視通す力を持ったその少女。

 己こそが相棒なのだと、そう言う自負を抱いた彼女は頷く。言うのが遅いと怒りながらに、それでも確かに手を取った。

 

 

――万象よ我らを囲み、清浄な世を取り戻す為に流転せよ。

 

 

 妹がその手を取ったのならば、兄も一緒に支えるのが役目であろう。故に彼女に続くのは、管理局の英雄局長。

 万象流転の担い手が、トーマの伸ばした腕を取る。未来を決める戦いに、彼も確かに参戦する。それを拒む理由など、何処にもありはしないのだ。

 

 

――薔薇の花弁は慈愛を広め、美しき炎は歓喜を齎す。

 

 

 仲間達は増えていく。未来視と万象の支配者。彼ら兄妹に続くのは、鮮やかな色をした二人の女。

 月の一族と生まれた薔薇に、麗しき心を受け継いだ一つの炎。慈愛と歓喜。二つの色を纏ったままに、彼女達も共に行く。

 

 

――澄みわたる空の陰陽よ、真の言葉で遍く照らせ。

 

 

 月と太陽。空に輝く二人も此処に、少年の手を確かに握る。助けを求められたのならば、決して否などありはしない。

 何処に居たってその手を取ろう。何度だって握り返そう。確かな絆が其処にあるのだ。ならばどんな窮地だって乗り越えられる。

 

 

――聖母の花よ、その久遠の御手で我らを導け。

 

 

 最後に望み求めたのは久遠の少女。彼の傍らに寄り添う様に、微笑みを浮かべるのは百合の花弁。

 永遠を象徴する聖母の花は、此処に愛する少年と共に行く。その想いは誰にだって、負けるだなんて思わぬ物だ。

 

 

――天地開闢の日はここに。穏やかな転換の中で、今こそ確かに伝えよう。

 

 

 新たな世界が開く日は、正しくこの今この時に。皆で確かにこの想いを伝えよう。

 何時だって、聴いていた。自分達は愛されていた。そんな想いに満たされた世界は、確かに美しいのだと。

 

 だからこそ、伝える言葉は唯の一つ。誰もが知っている事実を此処に、確かな言葉と紡ぐのだ。

 

 

――愛されし子らよ、美しき世を謳歌せよ。

 

 

 神に愛された全ての民よ。その愛に今応えよう。彼が望んだその幸福を、確かな形に変えて進もう。

 繋いだ手に、力が籠る。繋いだ心を、此処に皆で同じくする。たった一人では届かなくても、皆で語れば伝わるから。

 

 

――刹那の皆に願う、俺を高みへと至らせてくれ。

 

 

 光に届いた瞬間に、場を満たす色が溢れ出す。爆発するかの様な勢いで、白き光が全てを染める。

 流れ出すのだ。新たな世界の理が。この凍った世界を染め上げる程に、その光が此処に確かな形を成したのだ。

 

 

流出(Atziluth)――先駆せよ(Holen sie sich )超越に至る道(wille zur macht)

 

 

 そして、新世界は流れ出す。彼が語るは、超越に至る意志。より良き場所を目指そうと願う、其は力への意志(wille zur macht)

 

 

「そうか。それがお前達の答えか」

 

 

 天魔・夜刀が見詰める先、其処に居たのは新世界を語る少年だけではない。寄り添う様に、支える様に、共にあるは仲間達。

 ティアナ・L・ハラオウンが其処に居る。クロノ・ハラオウンが其処に居る。月村すずかが其処に居て、アリサ・バニングスも其処に居る。

 

 ならば当然、高町なのはとユーノ・スクライアもその場所に。彼らと共に、トーマ・ナカジマは立っている。

 その腕にリリィ・シュトロゼックと言う名の少女を抱いたまま、もう誰もが時の縛鎖に縛られぬ程にその存在規模を増していた。

 

 

「く、くくく、くはは――」

 

 

 思わず、口から零れたのは笑みだ。隠し切れない程に、抑えられない程に、歓喜の情が溢れ出す。

 腹を抱えて笑わなくては耐えられない程に、その光景は美麗であった。だからこそ、本当に嬉しそうに夜刀は笑うのだ。

 

 

「ははははははははははははっ!!」

 

 

 本当は生きてなど居たくなかった。彼女が死んだあの日から、もう生きている事が辛かった。

 それでも生きたのは、失ってはならない生命(せつな)があったから。大切だからこそ、決して絶やす訳にはいかなかったのだ。

 

 だから願った。だから求めた。望んだのは、何も特別な事じゃない。些細で良い。当たり前の物でも良かった。

 大切なのは、生まれては消えていく命の連続性を絶やさぬこと。次があるという最低限の、希望と可能性を残し続ける事。それさえあれば、何でも良かった。

 

 だからこそ、この刹那(イマ)に想う。最低限を求めた父に、最高の輝きを答えと返した子供達。その姿に歓喜を、覚えずには居られない。

 その答えは既に知っていた事ではあるけれど、美しい物は何度見ても素晴らしい。彼は不変の既知を好んでいたから、その尊い刹那こそを愛しているのだ。

 

 

「改めて、名乗りを上げよう」

 

 

 見事。見事。見事。見事。美しい絆と言う輝きを前にして、その目を細めながらに喝采する。

 褒め称えながらに名乗りを上げるのは、認めた上で刻み付けたいと願ったから。最期にその輝きの全てが見たいと、確かに想えたから名乗りを上げる。

 

 

「我は穢土・夜都賀波岐が主将、天魔・夜刀。旧世界において、黄昏を守護した者の残骸なり」

 

 

 覇道流出は共存できない。他を染め上げる力と力は、互いに食い合い消耗してしまう。二柱が流れ出した時点で、どちらかの滅びは必定だ。

 そして滅ぶべきはどちらか、今更問うまでもない。だから、最期にその全てを見たい。もう大丈夫だと分かっているけど、もっと見たいと願ってしまった。

 

 

「お前達が望む新世界は、この身を超えた先にある。我が身を討ち果たした時にこそ、世界の開闢は始まるだろう」

 

 

 老人の我儘に付き合わせる事を、悪く思うがこの程度は勘弁して欲しい。

 そう苦笑しながら演じる姿は、とても分かりやすい大根役者。彼は何処までも、芝居と言う物に向いていない。

 

 

「さぁ、来い。トーマ・ナカジマ。機動六課。――俺の宇宙に、亀裂を刻んで見せるが良い!!」

 

 

 それでも、分かるからこそ答えよう。それを望んでいるならば、その最後まで魅せ付けるのが我らの責務。

 今の民は武器を取る。父の最期にこれ程強くなったのだと示す為、その手に握った刃を彼へと向けて挑むのだ。

 

 

「行こう、皆」

 

 

 見詰める先、巨大な時計を背に立つ天魔・夜刀。歓喜を以って迎える父を前にして、己の闘志を燃やしていく。

 壊すと決めた愛しい刹那。今の今まで守り続けてくれた揺り籠を、此処で全て破壊する。全ては心の底から、愛してくれた想いに応える為に。

 

 

「愛した過去(キノウ)に、応える為に」

 

 

 ティアナ・L・ハラオウンは銃を取る。クロノ・ハラオウンは杖を取る。背負った過去の重さを強さに、彼らの心が燃え上がる。

 

 

「愛しい現在(キョウ)を、続ける為に」

 

 

 月村すずかはその手に氷を、アリサ・バニングスがその手に炎を。高町なのはとユーノ・スクライアが、寄り添いながらに前を見る。

 今を愛し、今を続けたいと願った者達。どれ程に愛しているのかを、この優しい神に伝えるのだ。ありがとうと言う想いと共に、確かな(つよさ)を魅せ付けよう。

 

 

「目指した未来(アシタ)へ――此処で全てを乗り越えるんだっ!!」

 

 

 リリカルなのはVS夜都賀波岐。穢土決戦は最終幕――これより始まるのは、既に結果の決まった戦い。紡いだ絆と重ねた強さを、偉大な父へと示すのだ。

 

 

 

 

 




トーマが復活出来たのは、想い出を集めてくれた存在が居たから。

あの時点で動けたのは、夜刀と繋がりがあるから凍っておらず、準・流出級の魂を持っていたエリオ君だけ。その事を理解してから、この台詞を再度振り返ってみるとしましょう。

エリオ「僕も君に手を貸すなんて、正直反吐が出る話だからさ」

これがトーマの欠片を必死になって集めていた、ツンデレなヤンホモの台詞である。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。