リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回はフェイトちゃん回。

副題 白い魔王。
   戦いの決着。
   不器用な母親。



第十三話 少女の決意

1.

 二人の魔法少女の戦い。

 それは、大方の予想を裏切る形で進んでいた。

 

 

 

 ユーノ・スクライアは思考する。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ。彼女らの実力は拮抗していると。

 

 故に待つのは互角の対峙。

 一進一退互いに譲らぬ激戦が繰り広げられると、これまでの彼女らを知るが故に、本気でそう考えていた。

 

 

 

 クロノ・ハラオウンは予想する。

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ。彼女らの違いは咄嗟の判断力にあると。

 

 故にその天秤はフェイトに傾く。

 自身を前に逃走という選択を瞬時に選んだフェイトこそが、相手の力量も見極められずに挑んで来たなのはよりも判断力に優れている。

 

 砲撃型の魔導士と高速機動型の魔導士の戦いの本質は陣取り勝負。

 そうと知るが故に、その小さな差が勝敗を分けると本気でそう考えていた。

 

 

 

 リンディ・ハラオウンは想定する。

 二人の少女達。どちらの勝利が管理局にとって都合が良いか。

 

 悩むまでもない。都合が良いのはフェイトの勝利だ。

 

 仮になのはが勝利した場合、フェイト・テスタロッサは再び拘束される。

 そしてそれから、相手の拠点を聞き出すという余計な作業が必要となるのだ。

 

 幼い少女への尋問。あるいは拷問も必要となるかもしれない。

 それは、流石に気が進まない。必要とあれば出来なくもないが、流石に気が引ける。

 

 それに再び、天魔が来ると言う恐れもある。

 彼らは何処にでも出現するのだから、襲撃を拒む術はない。

 

 ならば単純。彼女がジュエルシードを回収して、拠点に戻る瞬間の魔力痕跡を探知した方が楽で良い。

 

 仮にも自陣営に所属する少女。その敗北を期待している自身に嫌気がさしながらも、リンディは冷静な思考でその瞬間を待っている。

 

 

 

 そんな彼女らの思惑。思想を裏切る形で、その二人の戦闘は続いていた。

 

 

 

 否、それはもう戦闘とは呼べないだろう。

 

 戦闘と言うには余りにも、高町なのはは強過ぎた。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

〈Blitz rush〉

 

 

 加速魔法に、更に加速魔法を重ね掛けする。

 少女は宛ら雷光の如く、恐るべき速さで飛翔する。

 

 そんな彼女の暴力的なまでの速さに、当然なのはは反応出来ていない。

 ならば必然。彼女の手にした魔力の鎌は、少女を刈り取ろうとその身に迫り――

 

 

〈Protection EX〉

 

 

 レイジングハートが発する電子音と共に、障壁を貫通する力を持ったはずの魔力刃が弾かれた。

 

 

「くぅっ!」

 

 

 理屈は単純。フェイトの障壁貫通魔法の魔力を、優に超える魔力を使って練られた障壁だから、そんなちっぽけな刃では通らない。

 

 少なくとも、追加で障壁を破る効果がある。

 そんな程度の魔法では、彼女の守りは揺るがない。その障壁は貫けない。

 

 フェイトは動かずに、その目を宙に浮かぶ少女へ向ける。

 

 なのはが纏う障壁。その数は三。

 三重の障壁が曼荼羅を描くように、彼女の周囲を片時も離れることなく、その身を守り続けている。

 

 今のフェイトの火力では、その一つを貫くことすら出来はしなかった。

 

 

「今度は私の番! 行くよ、フェイトちゃん!!」

 

〈Excellion buster〉

 

 

 振りぬいた杖より、放たれるのは桜色の砲撃。

 それは緩やかながらも、確かに軌道を制御された強大な砲撃魔法。

 

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 必死になって逃げるフェイト。

 彼女をその風圧だけで吹き飛ばしながら、海に大波を作り出す。

 

 その威力は、かつて共闘した際に見せた星の輝きに近い。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 完全に躱したはずなのに、その魔砲が伴う衝撃波だけでボロボロとなる。そんな状況下で、フェイトは荒い呼吸を整えている。

 

 絶望的な力を見て、それでもその瞳に戦う意志は薄れていない。

 

 だが、遠い。

 意志の一つでは届かない。

 

 高町なのはは、フェイト・テスタロッサの遥か先を行く。

 

 

「凄い。流石だね、フェイトちゃん! なら、こっちも!!」

 

〈Accel shooter〉

 

 

 現れたるは無数の誘導弾。

 天を覆わんと錯覚させるその数は百。

 

 それら三桁の魔力弾を、なのはは手足の様に操る。

 その制御を外れる弾丸は、一発としてありはしない。

 

 

「バルディッシュ!!」

 

〈Blitz action〉

 

 

 まるで壁が向かってくるような暴威に、フェイトは死に物狂いで魔力を操り加速する。

 

 隙間を縫うように、雷光の如く飛翔する少女は、しかし全てを躱せない。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 咳き込みそうになり、速度が乗り切らない。

 嘗てこれ以上の弾幕を躱し切った少女は、然し今は躱し切れずにその全てを小さな体に食らった。

 

 

 

 ダメージが大きい。頭がクラクラとする。

 そんな彼女がふらつく視線で見上げた先には、桜色の魔力を集める少女の姿。

 

 圧倒的過ぎる力を持ちながら、全く油断していないなのはの姿。

 それを苦しみながら見上げて、フェイトは舌打ちを打ちたくなった。

 

 

 

 高町なのはは誤解している。

 フェイト・テスタロッサを遥かに超えた現状でも、彼女の方が格上だと錯覚している。

 

 だから、そこに油断はない。

 それは勝ち筋の見えない少女にとっては、まるで絶望のような光景であった。

 

 

 

 

 

 彼女ら二人。

 これほどの実力差が生じたのは何故であるか。

 

 一つは体調の差。

 放射能に侵され、劣悪な状況下で休まずにいたフェイト。

 家族に守られ、今も管理局の船で最高頭脳の診察を受けられているなのは。

 

 二人を取り囲む環境は、あまりにも格差が生じている。

 

 

 

 二つはデバイスの差。

 魔法を嫌う天魔の多くは当然、そこまで深い知識を持つ訳ではない。それはリザ・ブレンナーという女も変わらない。

 

 その長き生の中で必然として詳しくはなっても、その分野を専門に研究する者に比べれば、二歩も三歩も後塵を拝している。

 そんな彼女が手慰み程度に作り上げた新たなバルディッシュが、そこまで性能を高められるはずがない。

 

 対してなのはのデバイスは、元よりロストロギアという強力な物。

 それを管理局が誇る最高の頭脳が手を加えて作り上げた最高傑作だ。

 

 この時点でその差は歴然としている。

 それを覆す要素など、何一つとしてありはしない。

 

 

 

 彼のジェイル・スカリエッティは、なのはのデバイスを修理する際に新たな力を与えている。

 それは古代ベルカで用いられたカートリッジシステム、ではない。

 

 元よりなのはの魔力量は、異常と言って良いほどに大量であった。

 

 そんな彼女に、魔力を上乗せするシステムなど無意味。

 むしろ、その反動で体にダメージが残る分、害悪ですらあるとスカリエッティは判断する。

 

 よって彼が手を加えたのはAI部分。

 それを構築するコンピュータにこそ、その技術の粋を費やした。

 

 結果得られたのは、マルチタスクの多彩化と魔法の効率化。

 今のレイジングハートは、魔力を注げば注ぐだけ魔法の性能を引き上げる。

 

 そして――

 

 

「レイジングハート!」

 

〈Divine buster, Excellion buster, Divine shooter, Accel shooter〉

 

 

 同時に多種類の魔法を複数展開することすら、容易となっている。

 

 

 

 決して破れぬ障壁に守られた少女が、頭上から無数の魔法を降らせて来る。

 

 その姿、その様はまるで要塞。

 個人を相手にしているのではなく、軍隊に守られた巨大な城壁に挑んでいる。

 

 そんな感想を、魔法の雨を受けて落ちる、フェイトに抱かせていた。

 

 

 

 そして最後に一つ。

 少女達を最も大きく分けた差が、才能の差だ。

 

 凡人は1を知って1を理解する。

 秀才は10を知って10を理解する。

 そして天才は1から10を理解する。

 

 その表現で言えば、フェイト・テスタロッサは正しく努力する天才。己の天分に溺れず、只管に己を高めた努力家だ。

 

 そんな彼女すらこうして圧倒する高町なのはは、正しく魔法の怪物だ。

 

 天才すらも凌駕する鬼才。

 まるで魔法を使う為に生まれてきたような少女。

 

 彼女は1を知り、100でも1000でも理解する。

 凡人や秀才や天才が積み上げた物を、一足飛びに乗り越えていく存在である。

 

 その片鱗は既にあった。

 

 最初は引き出された才能に振り回されていた少女が、デバイスなしでアームドデバイスを装備したフェイトと互角だった時点で既に彼女を超えていた。

 

 なのはがそれまでに経験した魔法戦闘は三度。

 両面の鬼に蹂躙された経験を入れても、四度の戦闘でしかない。

 

 そうでありながら、あの時点で拮抗していた。

 そうでありながら、彼女は今フェイトの経験すらも凌駕している。

 

 そんな才能を、怪物と呼ぶ以外にどう呼称する。

 それ程の圧倒的な才気の器を、彼女はその身に宿しているのだ。

 

 

 

 そんななのはの圧倒的な才能を前に、自分のこれまでの努力が無駄であったかのように、フェイトは錯覚してしまう。

 

 それほどまでに、高町なのはという存在は理不尽だった。

 

 

 

 そんな光景を、アースラで眺める魔導士達は絶句して見詰める。

 

 クロノ・ハラオウンは驚愕する。

 歪みをなしで挑めば、あれは僕でもどうしようもないぞと。

 

 リンディ・ハラオウンは戦慄する。

 何故、管理外世界にあれほどの怪物が生まれ得たのかと。

 

 ジェイル・スカリエッティは歓喜する。

 それほどの才。その暴威を見て、あれこそ私が求めたモノだと確信した。

 

 そんな彼らの、誰もがフェイト・テスタロッサの敗北を理解した。

 

 そう。あれはどうしようもない、と。

 

 

(だから、諦めろと言うのか!)

 

 

 対峙する金髪の少女こそが、そのどうしようもなさを誰よりも理解していた。

 

 太陽のような笑顔で、修羅の如き攻撃を続けるなのはの姿を、恐ろしいとさえ感じている。

 

 

(だけど!)

 

 

 だが負けたくないのだ。

 あの少女には、高町なのはにだけは。

 

 あんな子供の理屈を振りかざし、どうしようもなく自身の心を乱す少女にだけは負けたくはない。負けられない。

 

 違うのだ。勝利にかける想いの量が。

 違うのだ。強さにかける想いの熱が。

 

 体調で劣る? ――だからどうした。

 道具が劣る? ――そうだな。それがどうした。

 才能で劣る? ――だからと言って、諦められない。

 

 そう。負けられないという意思があり、負けたくないという想いがある。

 

 ならば、このまま終わる道理などは何処にもない。

 

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフトォォォ!!」

 

 

 桜色の暴威に蹂躙されながら、フェイトは起死回生の一打に賭ける。

 

 それは儀式魔法。

 彼女が持つ最大攻撃魔法。

 攻防一体の切り札。それを――

 

 

「ストレイトバスター!」

 

〈Straight buster〉

 

 

 ただ一発の魔力砲が、全てを打ち消していた。

 

 

 

 ガタガタと膝が震える。

 

 己の最大魔法があっさりと敗れ去った事実を見て、それを為した少女を見て、まるで御伽噺に出て来る悪魔の王だとフェイトは思った。

 

 そうして隙を晒した少女は、バインドによって繋がれる。

 

 桜色に輝くレストリクトロック。

 対象とした一定範囲内の敵を捕縛する力が、フェイトの身体を捕えた。

 

 

「受けてみて! これが私の全力全開!!」

 

〈Starlight breaker〉

 

 

 全力の攻撃には全力の返礼を。

 そんなことを考えるなのはは、自らが持つ最大の魔法を展開する。

 

 集うは黄金の輝き、放たれるのは星の極光。

 

 それは捕らわれたままのフェイトを飲み込み、そして海を二つに割った。

 

 

 

 

 

 落ちる。堕ちる。墜ちていく。

 体に力は入らず海に向かって落下して、意識は暗闇の中へと。

 

 ああ、このまま敗れると言うのか。

 それほどに、母への想いはちっぽけな物であるのか。

 

 

(そんな、訳、ないっ!)

 

 

 否。否。否。

 

 そう。負けは認めない。

 まだ切り札すら切っていないのに、フェイト・テスタロッサは終われない。

 

 

(そうだっ! 未だ、私はっ!)

 

 

 手にしたデバイスを見る。与えられた力を見る。

 振るえば命を削ると言われた。使えば死ぬと明言されたその力を――

 

 

「カートリッジ。ロード」

 

 

 フェイトは躊躇いもなく使用した。

 

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 迸るのは悲鳴。金髪の少女の悲鳴だった。

 

 

 

 リザ・ブレンナーが用意した札。

 それは、ただのカートリッジに非ず。

 

 その外装。その機構は正しくカートリッジシステムである。

 だが、その内に込められた魔力が違う。その中身が異なっていた。

 

 それは天魔が放つ太極。

 それと同質同量の高密度な魔力である。

 

 常のカートリッジの千倍、万倍。

 正に桁違いの魔力が込められた、フェイトの切り札。

 

 そう。これは人間には過ぎた力。人の身には余る程の魔力量。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 魔力が満ちる度に、体の皮膚が引き裂かれる。

 神経が断ち切られて、破裂した血管から血が溢れ出す。

 

 制御不可能となった魔力はバリアジャケットの形を成せず、そして溢れ出す膨大な魔力波が少女の衣服を吹き飛ばす。

 

 専用の調節がされているのに、砕けそうになっているデバイスを握り締める。歯を噛み締めて暴威に耐える。

 

 ただ一度のカートリッジ行使。

 それだけで、この有様になっているというのに――

 

 

「カートリッジィッ! ロォォォォォォドォォォ!!」

 

 

 血反吐を吐きながら少女は、更に魔力をそこに重ねた。

 

 一つでは倒し切れるという確信がなかったから、それだけの理由で命を捨てる。

 

 体が持たない。自壊を始めている。

 それを勝利への執念で強引に繋ぎ止めて、フェイト・テスタロッサは飛翔した。

 

 

 

 その速度は正しく神速。

 今の彼女は、光すらも置き去りにする。

 

 

「え?」

 

 

 ふと、振り向いたなのはは、既に背後に飛翔し大剣を構える少女を見た。

 

 

 

 傷だらけで、秘部も隠さずにいるその姿。

 

 黄金のような髪の毛は色を失い。

 全身の肌は見るも無残になっているというのに――

 

 

「綺麗」

 

 

 太陽を背にする魂の輝きに、なのはは見惚れた。

 

 

 

 そしてその瞬間に、戦いは決する――

 

 

「私のぉぉぉ! 勝ちだぁぁぁぁぁっ!!」

 

〈Plasma zamber breaker〉

 

 

 振り下ろされる雷光の刃は、なのはの三重の障壁を容易く切り裂く。

 守りの要を破られた少女は咄嗟に反応し切れずに、そのまま海へと墜落した。

 

 

 

 ここに少女達の決闘。その勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 ふらつく意識を意地で支えて、フェイトは眼下を見やる。

 雷光を受けて、落ちた少女を受け止め抱き抱える少年の姿。

 

 その姿に、少しだけ羨望を覚えつつも、彼女は飛翔し少年の持つジュエルシードを奪い取る。

 

 五つのジュエルシードを大切そうに握りしめて、一瞬意識を失いかけているなのはと目が合った。

 

 

 

 フェイト・テスタロッサは転移魔法を発動させて立ち去っていく、その一瞬に――

 

 

「高町なのは」

 

 

 彼女は、あの夜の答えを返す。

 

 

「私は、君と友達にはなれない」

 

 

 それは拒絶の言葉。

 ただそれだけを言い残して、金色の少女は姿を消した。

 

 

 

 

 

 高町なのはは、担架で運ばれながら思う。

 

 

「フェイト・テスタロッサとジュエルシードの魔力痕跡は追えたな! 場所は!」

 

「判明しています」

 

「ならば武装隊を送り込め! 僕も直ぐに向かう!」

 

 

 慌しく動き回る周囲の喧騒。それすらも意識には捉えず。

 

 

「ほう。あれは時の庭園。なるほど、プレシア女史が黒幕だったか」

 

「……プロジェクトFの基礎理論を構築したと言われている女性か」

 

「ああ、ヒュードラ事件後、管理局への奉仕活動という形で一時在籍していた女性だよ。彼女が居なければ、人造魔導士の誕生は後数年は遅れていたと言われているね」

 

「そして本人も、オーバーSの魔導士。大魔導士と呼ばれていた女傑ですね」

 

「ああ、そんな女史の居城だ。何の罠もない、とは言えないだろうね」

 

「……なら、魔力炉の停止を優先しよう。どんな罠であれ、魔力がなければ意味もない。……武装局員各位は防戦を主に、プレシア・テスタロッサの捕縛を命じる。僕も魔力炉を停止しだい歪みを用いて君達と合流する」

 

 

 アースラの戦闘員達が、転移魔法によって出撃していく。

 

 目指すは敵本拠地。時の庭園。

 

 

 

 そんな彼らの隅、医務室へと運ばれていくなのはは思う。

 

 

 

 諦めたくはないな、と。

 

 

 

 

 

2.

「え?」

 

 

 母にジュエルシードを渡したフェイトは、その直後に信じ難いことを聞かされていた。

 

 

「う、うそ、ですよね」

 

「……もう一度言わなくてはいけないのかしら、本当に出来の悪い人形。もう貴女はいらないの、これを持って、さっさとどこでも去りなさい。その短い命、私の目の届かない場所で好きに浪費していなさい」

 

 

 フェイトに投げつけられたのは、機械仕掛けのペンダント。

 ジュエルシードが収まったアクセサリー。

 

 

「本当に使えない子。最後の最後で役に立ったからそれをあげるけど。生み出した役割すら果たせない人形はもういらないの」

 

 

 プレシアは語る。

 少女の由来を、少女の命の意味を、フェイトに良く似た少女が入った医療ポッドを優しく撫でながら。

 

 

「私のアリシア。可愛いアリシア。この子を失ってから、失意にあった私が作った慰みの為のお人形。出来損ないが貴女よ。フェイト」

 

 

 聞きたくない。

 そんな言葉を母は口にして。

 

 

「今だから言うけどね。貴女のこと、ずっと嫌いだったのよ」

 

 

 そんな言葉を最後に、フェイトはその部屋から叩き出された。

 

 

 

 部屋の扉が閉まる。

 それは彼女の拒絶を示しているようで――

 

 

 

 フェイト・テスタロッサは与えられたペンダントを手に、茫然とその光景を見詰めることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 数刻の後、フェイト・テスタロッサは時の庭園を徘徊していた。

 

 死にたい。

 

 何となくそんな風に思うけど、既に死んでいてもおかしくない、どころか死んでいない方がおかしい体は倒れてはくれない。

 

 それはプレシアに与えられたペンダントが理由。

 彼女に渡されたそれは、ジュエルシードの力によってフェイトの体の傷と魔力を癒している。

 

 死に瀕した彼女を完治させるほどでなくとも、確かに延命させるだけの力があった。

 

 これを捨てれば死ねるのに。

 

 そうは思えど、最後に母に贈られた物を捨てることが、彼女には出来ない。

 

 母に捨てられた身であると言うのに、未だ自身は彼女に縋っている。

 

 

 

 ふとどこかで戦闘の音が聞こえた。

 どうやら自分が付けられてしまったようだ。

 

 だがそれもどうでも良い。

 

 無気力に、己が何をしたいのかも定められず歩き回るフェイトは、そこで彼女と遭遇した。

 

 

「あら?」

 

「リザ、さん」

 

 

 リザ・ブレンナーは少女の目を見て悟る。

 己の真実を知ったのだと。

 

 

「リザさんは、知っていたんですか?」

 

「貴女のこと? ええ、知っていたわ。……気付いているかしら? 私は彼女の旧友よ。もう十年以上も会っていなかった、そんな旧友。それが、未だ十に満たない幼子と面識がある訳ないでしょうに」

 

「……ああ、この記憶も、アリシアの物なんですね」

 

 

 そうして第三者から、目の背けようもないほどに事実を突きつけられて、フェイトは絶望の海へと沈んだ。

 

 そんな打ちのめされた少女の姿に憐れみを感じなくもないが、リザが思うのは少し別の事。

 

 

(本当に、不器用な女ね。プレシア)

 

 

 少女の首に掛けられたペンダントを見て、あの不器用な友人の想いを察していた。

 

 

 

 今、この場でフェイトに全てを話す必要はなかった。

 本当に要らないというのなら、後少しで死を迎えるこの少女を、攻めて来ている管理局員にぶつけて使い潰せば良いのだから。

 

 全てを語ったとしても、延命の為のペンダントを渡す必要はなかった。

 既に死に体。執着によって生きていた少女の心を折ったのだから、それさえなければフェイトはもう死んでいた。

 

 矛盾している。必要なのに要らないと言う。要らないと言うのに命を救う。

 どこまでも不器用なプレシアの言葉は、考えれば直ぐにボロが出る程に矛盾している。

 

 あの不器用な友人は、自分の感情にも気付けていないのではないか、ふとそんなことをリザは思い。

 

 

「ついて来なさい、フェイト」

 

 

 少しだけ、手を貸してあげようと思った。

 

 彼女の願い。彼女の目的は果たさせる訳には行かないけれど。

 結果が変わらなくても、過程の変化には確かな意味があるだろうと。

 

 拒絶はない。

 

 黄金の少女は唯無言のまま、リザに従い時の庭園を進んだ。

 

 

 

 

 

「ここ、は」

 

 

 その場に着いた時、思わずフェイトは驚きの声を上げていた。

 

 

 

 時の庭園の魔力炉。

 その傍に作られた廃棄施設に詰まれていたのは少女の体。

 

 フェイトと同じ、顔、顔、顔。

 

 

「アリシアの墓場。……私はここをそう呼んでいるわ」

 

「アリシアの墓場」

 

 

 アリシアの墓場。

 此処はプレシア・テスタロッサの狂気が作り上げた場所。

 

 アリシアにもフェイトにもなれなかった少女達が、この場所に捨てられていた。

 

 

「彼女は幾度もアリシアを取り戻そうとした。けれど出来なかった。その度にここに死骸は積まれていく。あれでアリシアを深く愛した彼女だから、同じ顔を処分することは出来なかったのでしょう。腐って消えてしまうことを望んで、こうして蓋をした」

 

 

 リザの言葉に、フェイトは少女達の声を聞いた気がした。

 

 羨ましい。羨ましい。

 そこにあるのは憎悪ではなく羨望。

 

 こんな様になってなお母を愛する少女の欠片達は、未だ母の為に動けるフェイトを羨望していた。

 

 

 

 リザ・ブレンナーの姿がぶれる。その外装が剥がれ落ちる。

 

 花魁のような衣装に身を包み、化粧を纏ったその姿。

 しかしそれ程着飾っても、溢れる死臭は隠し切れず、それは人に似ているが故に人ではない姿。

 

 そうフェイトは知っている。

 この他を圧する威圧感を知っている。

 

 

「天魔」

 

「天魔・紅葉。それが今、私を呼ぶ名ね」

 

 

 苦笑と共にそう語る女は、本性を曝け出した今も敵意を見せることはない。

 

 

「この子達は言っているわ。こんな様になってしまっても、母の為に何かがしたいと。……それで、この子達と違って動ける。この子達にならなかった貴女は何を望むのかしら?」

 

 

「私の、望み」

 

 

 分からない。

 そんな直ぐに答えは出せない。

 

 けれど、何だかどうしようもなく、母に会いたくなった。

 

 

「なら行きなさい。終わってしまえば、全ての想いは遅いのだから」

 

「はい」

 

 

 お辞儀をして、フェイトは走り出す。

 

 そんな彼女の背を見詰めて、彼女と入れ違いに入ってきた少年に目を向けた。

 

 

 

 

 

――天が雨を降らすのも 霊と体が動くのも

 

 

 女が口にするのは呪。死人操る呪いの言葉。

 

 

――神は自らあなたの許へ赴き 幾度となく使者でもって呼びかける

 

 

 それは女自身が嫌う。死者を捕える太極。魂を縛る女郎蜘蛛の巣。

 

 

――起きよ そして参れ 私の愛の晩餐へ

 

 

 開く、開く、太極が開く。そして蘇るは少女達。

 アリシアに成れなかった欠片達が、空洞の眼下で少年を見つめる。

 

 

――太・極――

 

 

「随神相、神咒神威、無間等活」

 

 

 その死者の軍勢を前にして、立ち入って来た少年。クロノ=ハラオウン執務官は、怒りの咆哮を上げた。

 

 

「貴様らは死者すらも愚弄するか! 天魔・紅葉!!」

 

「……そう。貴方には、これが愚弄に見えるのね」

 

 

 鬼女の顔をした巨大な蜘蛛。

 それはアリシアの墓場と動力室の間の壁を粉砕し、時の庭園の魔力炉を腹に守るように包みながら出現する。

 

 巨大な蜘蛛と、巣に捕らわれた無数の少女達を前に、クロノは大天魔へと立ち向かう。

 

 

 

 

 

3.

 走り、走り、走り続ける。

 そうしてフェイトがその場所に辿り着いた時、そこは戦場になっていた。

 

 

「皆、頑張れ! 執務官が来るまでの辛抱だ!」

 

「そう。防戦に徹すればどうにかなると? あまり大魔導士を甘く見ないことね」

 

 

 必死で追い縋る武装局員達を、プレシアの魔法が蹂躙する。

 その戦いは戦いにすらなっていない、ワンサイドゲーム。

 

 ここまで時の庭園を防衛する機構を相手に、何とか切り抜けてきたのであろう。

 既に武装局員達の体に傷は多く、新米でしかない彼らの闘志は揺れている。

 

 それでも執務官が来れば勝てる。

 そう信じる彼らに、プレシアは雷光を降らせることでそんな時間はやらぬと答える。

 

 だが――

 

 

「げふっ、ごふっ!」

 

 

 プレシアは、魔法を展開する途中で吐血した。

 過去に固執する鬼女の身体は、既に限界を超えていたのだ。

 

 ジュエルシードを得てから完全に解析し、フェイトに贈るペンダントを作る。

 なまじ個数が多過ぎたから、やることが多過ぎたから、もうプレシアの体は限界を迎えている。

 

 

「今だ!」

 

 

 その隙を逃さずに、局員の放つ魔力弾がプレシアに迫る。

 咳き込んだままプレシアは、それを躱そうと体を動かして――

 

 

「フォトンランサー!」

 

 

 咄嗟に飛び出したフェイトが、その魔力弾を迎撃していた。

 

 

 

 場の時が止まる。

 武装局員とプレシアの間に入った少女の姿に、誰もがその動きを止めた。

 

 

「何をしに来たの」

 

「……貴女に伝えたいことがあります」

 

 

 そう。伝えたい事がある。

 

 顔を見た時に、体は咄嗟に動いた。

 未だ変わらない想いがあって、伝えるべき事は最初からあったのだ。

 

 その事実に、漸くフェイトは気付いていた。

 だからその事実を伝えようと、想いを言葉にして紡ぐ。

 

 

「私はアリシアじゃない。唯の失敗作なのかもしれません」

 

 

 突きつけられたのは事実だ。

 

 心が痛くて、涙が出るほどの事実。

 目を背けたくて、でも出来ない事実。

 

 それを確かに受け止めて、フェイトが下した答えは単純な物。

 

 

「でも、フェイト・テスタロッサは貴女の娘です」

 

 

 そう。それが答え。

 例えどんな生まれ方をしたとしても、自分が母の娘であるという事実は変わらない。

 

 

「私が貴女の娘だからじゃない! 貴女が私の母さんだから!」

 

 

 気付けた答えはそれだけで、それだけあれば十分だった。

 自分は母の娘で、そんな馬鹿な娘はまだ母が好きだから、それを確かに伝えよう。

 

 もう何も出来ない姉妹達と違って、まだフェイトには想いを伝えることが出来るのだから――

 

 

「私は貴女を守ります! 例え母さんが私を嫌いでも、私が母さんが好きだからっ!」

 

 

 想いを示すのは、簡単だ。

 確かな言葉を声で紡いで、此処に誓いを見せるだけ。

 

 

「だから、私はそう生きる!」

 

 

 好きだから、嫌われていても守ると決めた。

 大切だから、何と言われようとそう進むと決めた。

 

 それが、フェイト・テスタロッサの生きる意志。

 

 

「……だから、何。私に貴女を娘と思えと?」

 

「貴女がそれを望むなら」

 

 

 誰もがその母娘の遣り取りに飲まれていた。

 邪魔をしてはならないと、敵でありながら感じていた。

 

 

「私はアリシアと共にアルハザードに向かうわ」

 

「はい。分かっています」

 

 

 返る言葉は首肯。

 未だ母が、アリシアしか見ていないのは知っている。

 

 

「貴女は置いていく。アリシアだけを連れて行く」

 

「……はい。分かっています」

 

 

 その言葉は痛いほどに、とてもとても悲しいけれど。

 それでも守りたいと思うほどに、まだ母さんが大好きだから。

 

 だから、フェイトは揺るがない。

 それを確かに理解して、プレシアは一つ息を吐いた。

 

 

「そう。……なら、好きにしなさい」

 

 

 プレシアは背を向け、扉の向こうへと歩を進める。

 重音を立てて閉まった扉は、宛ら拒絶の意志を示している様で――

 

 

「はい。……好きに、します!」

 

 

 しかし、フェイトはもう項垂れない。

 これは己が望んだ生だから、決して項垂れる事はない。

 

 

「来るなら来い、管理局! ここから先は、絶対に通さない!!」

 

 

 武装隊を前に、フェイトはデバイスを構える。

 扉を背に、先には進ませないと、雷光の少女は宣言した。

 

 

 

 

 

 




脱げば脱ぐほど速くなるフェイトちゃん。全裸になれば光速超えるのは確定的に明らか。


ちょっと矢継ぎ早かな、と思いつつ、けど時の庭園に攻め込まれているのでダラダラ話はさせられないよなと書いた今回、フェイトちゃんの心理変化がちゃんと納得出来る形で伝わっていれば幸いです。


なお無印編は後二話か三話くらいで終わる予定です。

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