リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回の幕間話はなのは視点・ユーノ視点を交互に進めていきます。


副題 四人娘in子狸
   スカさんは平常運転
   とらハキャラは魔改造される物




空白期1
なのは編第一話 貴族院の男


1.

「だからな、ほんまに空気が美味しかったんやって」

 

「だからってねぇ」

 

 

 最近、同じことばかりを考えている。

 高町なのははふと、そんな風に思った。

 

 

「うん。空気が旨い、なんて言わないかなぁ」

 

「せやから、ほんまに空気旨かったんやよ。ついつい車椅子から立ち上がって、叫んでもうたわ」

 

 

 思い出すのはあの日々の記憶。

 とても濃厚で濃密な記憶。二月程度しかなかった。

 けれどなのはのこれまでの生涯で一番激動だった日々。

 

 

「あの異常気象の日でしょ。何でそんなことやってたのよ」

 

「何や私にも分からんのやけど、空が変な色になった時、すっごく体が軽くなったんよ。んでな、ちょっとだけ車椅子なしでも歩けたんや」

 

「それでテンションが上がっちゃって、ってやつ?」

 

「そう。それや! ついつい空ぅ気が旨い! って言うてもうたんや」

 

「その微妙なアクセントは何なのよ、一体」

 

 

 あの日々を思い浮かべると、泣きそうになる思いがある。

 あの日々を思い浮かべると、必死に頑張った記憶があって。

 

 

――大丈夫。待ってて、なのは。

 

 

 そんな少年の事を思い出す。

 誰よりもなのはを見ていて、誰よりも雄々しくあの鬼に立ち向かった少年の背中を。

 

 

「あ、赤くなった」

 

「さっきから赤くなったり青くなったり、なんや忙しい子やな。なのはちゃんってこんな子なん?」

 

「うーん。何時もはもうちょっと違うんだけど」

 

「トロくさいのはいつも通りよね」

 

 

 再会の約束を。それをしてから気付く。

 あのペンダントを送って約束をするという御呪い(オマジナイ)は、家族や恋人に行う行為であると。

 

 ユーノくんは家族ではない方だから、恋人相手の御呪いね。

 あらあらと微笑む母にそう指摘され、随分と慌ててしまったものである。

 

 なのは以上に、周囲の家族が慌てていた姿が印象的だったが。

 

 

「けど大丈夫なん、なのはちゃん」

 

「大丈夫じゃないわね」

 

「大丈夫じゃないんじゃないかな」

 

「んー。もうちょっと見ていたいけど、そろそろ突っ込んでおきましょうか」

 

 

 けど決して嫌だという思いがある訳ではない。

 先の事なんてまるで見えてこないし、恋人とか結婚とか、まるで意識の外だけど。

 

 父と母のように、仲良く彼と一緒にいるのは、それはとても魅力的なことに思えて――

 

 

「ばぁ!」

 

「にゃぁっ!?」

 

 

 突然目の前に飛び出してきたアンナの顔に、思わず驚きの声を上げてしまう。

 

 そんな彼女達に集中する視線。

 図書館の司書が、苛立った視線を向けて来る。

 

 ああ、そうだ、図書館に来ていたんだった。

 司書の注意に謝罪しながら、なのははこれまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

 と言ってもそれほど大事があった訳ではない。

 なのは達の通う私立聖祥大学附属小学校は、度重なる災害により休校状態に陥っていた。

 

 復旧の目途は半年ほど。

 それまでの間、他の学校への受け入れや青空教育をするべきか、という意見もあったが、通う生徒の家柄の良さがかえって邪魔をした。

 

 彼女らに負担が掛からない範囲内で良家子弟が通うに足る学校が見つからず、見つかっても一時的な受け入れを拒否する学校も少なくはなかった。

 

 だが進学校を語っている以上、教育を疎かにする訳にもいかない。

 結果、校舎の復旧を急がせると同時に、大量の課題を出す。そんなお茶を濁す形に落ち着いた訳だ。

 

 

 

 そんな訳で夏休みの宿題を倍にしたくらいの大量の課題に嫌そうな表情を浮かべたなのは達は、ここ風芽丘図書館に来ていた。

 

 海鳴市中央から外れた風芽丘一帯は巨大樹による被害はなく、台風災害でも建造物が倒壊するような事態は起こらなかった。

 結果として、こうして図書館は数日の休館こそあったが今開館しているのである。

 

 

 

 とは言え、復興の為に人々が働いているこの海鳴市で、現在図書館を利用する人はそう多くないのだが。

 

 

「ごめんね、皆」

 

 

 ぼーっとして話を聞いていなかった。

 そのことを謝ると四人は別に構わないと返した。

 

 そう。四人。なのはの大切な友達たち。

 金髪の勝気な少女、アリサ・バニングス。

 紫髪の温和な少女、月村すずか。

 赤髪の快活な少女、アンナ・マリーア・シュヴェーゲリン。

 

 そしてなのはと同じ茶髪をした、車椅子に座った少女を見る。

 目が合って、にっこりと笑ってくる少女に、なのはは笑顔を返して――

 

 

「…………あれ、誰だっけ?」

 

 

 初めて見る少女の姿に、そんな言葉を零した。

 

 

 

 

 

2.

「やはり、そうだったか」

 

 

 管理局本局内に用意された自身の研究室。

 そこでジェイル・スカリエッティは納得するように頷いていた。

 

 

「第九十七管理外世界。地球。……そこにこそ、彼らの目的はあるか」

 

 

 そう。発想の転換を求めて、様々な世界を探査していた際に偶然発見した異変。

 微弱な魔力集中をあの世界に発見して、スカリエッティはそこから天魔があの世界に潜んでいると予想した。

 

 誰もが彼らが出現する時の威圧感に、天魔の来訪を判断している。

 だが彼だけは違う。違う物を判断基準としている。

 

 彼は天魔が出現する際に必ず起こってしまう、魔力の集中するという現象こそを重視していた。

 

 それを確認出来るなら、戦う意志のない状態の彼らを観測できるから。

 

 

「っと、どうやら近付き過ぎてしまったようだね」

 

 

 くわばらくわばら、とこちらに情報を送ってきていた端末が跡形もなく焼き尽くされた事実に、お道化た態度を見せる。

 

 高精度かつ隠密性を引き上げたサーチャーであったが、やはり天魔の眼は誤魔化せなかったか、と。

 

 

「しかし、八神はやて、か。はてさて、彼らは何を望んでいるやら」

 

 

 サーチャーを焼かれたことも痛くはない。もう十分な情報は揃っている。

 

 遠目に確認した。彼らが潜んでいる家屋の表札。

 それを元にスカリエッティは、市のデータベースにハッキングを掛けて関連する情報全てを盗み取った。

 

 

 

 八神はやて。

 関西出身。海鳴市風芽丘町在住。満九歳の少女。

 近い血縁はおらず、遠縁の親戚から引き取りの話も出ているがこれを拒否、両親の死後も彼らの残した邸宅にて生活中。

 

 一人暮らしを案じたその親戚が、在宅ヘルパーを雇用。

 少女の年齢や性別を考慮して、選ばれたのは年頃の近い同性のヘルパー。名を。

 

 

「櫻井螢」

 

 

 そう。戸籍を洗うと如何にもおかしな所の出て来る女。

 

 無論、パッと見では不備はない。

 櫻井螢自身の情報はしっかりと作られている。

 

 

「だが、系図を遡ることが出来ない。三親等内ですら実在しない人物が多い」

 

 

 安直な考えである。単純な思考である。

 だが天魔の反応を追い掛けたサーチャーが焼かれた八神家と、関わりのある経歴に不明な点が見える女。

 

 天魔とこの女を等号で結ぶのは、全く的外れとは言えないだろう。

 

 

「しかし、これだけの情報を作り、態々櫻井螢が実在する大学を卒業するという作業まで行っている。数年単位での仕込みになるな。間違いなく天魔にとって、次は本命と言える試みになるのだろう」

 

 

 ジュエルシードを巡る騒動などは序の口だ。

 

 櫻井螢の存在に気付いたスカリエッティが、態々管理局の船舶にありもしない次元震を第97管理外世界周辺で察知するように細工した。

 そして神座世界に至ろうとしていたプレシア・テスタロッサに、ジュエルシードの性能と在処を吹き込んでやった。

 

 今回の騒動はそれだけのことでしかなかった。

 天魔が釣れれば良い。そんな単純な思考で起こした出来事に過ぎない。

 

 故に、出てきた天魔らには遊びが多く見られた。

 敵を殺さず、見極める事に終始した天魔・宿儺。

 ジュエルシードを回収せず、友と呼んだ女を見届けることを優先した天魔・紅葉。

 

 

「だが、次は彼らも必死になるぞ。目に映る物は滅侭滅相。皆殺しの地獄が生み出されるぞ」

 

 

 ああ、怖い怖いとスカリエッティは道化る。

 流石にその戦場には巻き込まれたくはないと、今回は静観することに決めた。

 

 

「ドクター。天魔・宿儺。天魔・紅葉。彼らのデータ解析終了しました。こちらの方に纏めてあります。」

 

「ああ、有難う。ウーノ・ディチャンノーヴェ」

 

 

 十九番目のウーノ。

 自身に付き従う。量産型戦闘機人の名を呼び、スカリエッティは微笑んだ。

 

 

 

 管理局にて量産されている自身の娘達。

 情報管制・解析にウーノタイプ。

 潜入・諜報・破壊工作にドゥーエタイプとセインタイプ。

 戦闘型にトーレタイプとチンクタイプ。

 他の娘達も量産したかったのだが、管理局が正式に生産を認めたのは彼女ら五人だけだった。

 

 戦闘機人に求めるのは肉壁。あるいは人手不足の補佐だ。

 指揮官型など不要だし、比較的安全な後方からの支援は人間の魔導士にやらせる。

 近接戦闘型とて、能力値の高い物だけを増やせば良い。

 

 そんなことを言われてしまえば、不満はあれどスカリエッティとて納得するしかない。

 

 今はまだ、彼も管理局の首輪を付けられているのだから。

 

 

「さて、とりあえず今は彼らの発言に対する証明を得るために、実験を行うべきだろうね」

 

 

 今、スカリエッティには興味を抱いている物がある。

 プレシア・テスタロッサの作り上げたプロジェクトFの人形達が、自分のそれとは違って魂を保持していたという事実だ。

 

 

「天魔・紅葉の太極で動かせた。その事実が示している。私の子供達はアレに飲まれることはないのに、何故同じ製法で作り上げたプレシアの娘達はアレに取り込まれた?」

 

 

 恐らく、鍵となるのはクローン元の生死。

 

 管理局の協力を得てこのミッドチルダに生きる全ての人間のクローンを作り上げた物だが、それでその中にフェイト・テスタロッサのようにクローン元を超える人造魔導士は生まれ得なかった。

 

 むしろ劣化に劣化を重ねた出来損ないばかり発生している。

 戦闘機人量産が軌道に乗ったことで、もう人工魔導士は廃止しようという意見すら出ているほどだ。

 

 それだけの違いを生んでしまった理由。それは恐らく魂の差異だ。

 リンカーコアが魂の力を集める器官であるならば、魂の力の扱いにはやはり純度の高い魂が必要となるのだろう。

 

 

「無論資質の違いもありそうだね。やはり質の良い素体で一度実験してみるべきだろう」

 

 

 そう。エリオ・モンディアル。

 今まで作り上げたミッドチルダ住人のクローンの中では、やはり彼が一番プロジェクトFと相性が良かった。

 

 だからこそ、スカリエッティは実験体として彼を選択する。

 

 

「彼のオリジナルは、まだ生きていたね。ああ、一歳になった頃だろうか」

 

 

 オリジナルが生きていてあのレベルだった。

 ならば、完全なクローンのすぐ傍でオリジナルが死亡した場合、その完成度はフェイト・テスタロッサを超えるであろう。

 

 

「ああ、距離の因果関係や、年齢や性差による違いもデータにとっておきたいな」

 

 

 ならば、モンディアル夫妻も一緒に終わらせてあげよう。

 死に方や死ぬ瞬間の思いも関係するかもしれないから、そこもしっかりと確認しなくてはいけない。

 

 

「ふふふ、ふはは、ははははははっ! ああ、やることが多いと楽しいなぁ」

 

 

 無限の欲望は笑う。狂ったように笑い続ける。

 その求道に、その生き様に、多くの命を犠牲にしながら、狂人は止まらない。

 

 

 

 

 

3.

「あれはないわー。流石に酷いわー。なのはちゃん」

 

「ご、ごめんね。はやてちゃん。……自己紹介の時、上の空になっちゃってて」

 

「傷付いたわー。ほんま傷付いたわー。この心の傷はカリカリくんアイス食べて、波紋コーラ飲まな、治らんなー」

 

「え、え? アイスとコーラ? 今コンビニやってたっけ?」

 

「そこ、騙されて買いに行こうとしない! 後、はやてふざけ過ぎ!」

 

「てへぺろ」

 

「殴りたい、その笑顔!」

 

 

 右往左往とするなのはを見て、ニヤニヤと笑っていたはやてにアリサが突っ込みを入れる。

 舌を出して笑うはやてに、悪ノリするアンナ。

 そんな彼女らをすずかは苦笑いで見る。

 

 

「しっかしアンナちゃんの言った通り、アリサちゃんのツッコミは切れがええなぁ。そや、私と組まへん? アリサちゃんが相方なら世界獲れるわ」

 

「ダメよ、はやて。アリサは私と世界を笑いで席巻するのだから、ボケは二人も要らないのよ」

 

「な、熾烈な争いがここにあったやて!? アンナちゃんはトリオ漫才を否定する気や!!」

 

「ふっ、青いわね八神はやて。ボケとツッコミ。その比率は一対一こそ至高。そこに余分を増やすなど純度を下げる行為。愚行と言うより他にないわね」

 

「馬鹿な!? トリオ漫才でも面白いもんあるで!! あのお茶の間アイドル、シュピ虫さんのトリオ漫才。虫けら大名御三家のコントの面白さ知らんのか!?」

 

「ふっ、それこそ愚問。あれはシュピーネ、げふんげふん。シュピ虫一人のネタで持っているような物。岩倉も千種も余計なお荷物に過ぎないわ」

 

「はっ、確かにあのコント! 岩倉と千種がいる意味あんの、とかネットで叩かれ取った。けど、けどあの二人の影が薄いネタやって!!」

 

「アンタらは何、お笑い談義してんのよ!!」

 

「それより以前に、図書館では静かにしようよ、皆」

 

 

 和気藹々と盛り上がる少女らを、司書が凄い形相で見ている。

 その事に気付いたすずかが気まずそうに告げた。

 

 ごめんなさーいと全員で司書に頭を下げるのだった。

 

 

「貴方達、何をしているのよ」

 

「あ、螢姉ちゃん!」

 

 

 そんな少女達に、黒髪の美しい女性が声を掛ける。

 十代後半から二十代前半くらいの若さの女は、自身を姉と呼ぶ少女の笑みに微笑みを浮かべ――

 

 直後その背後にいる赤毛の少女の存在に気付き、その頬を引き攣らせた。

 

 

「……マレウス」

 

「え、何、アンナちゃんと知り合いなん?」

 

 

 思わずと漏らしてしまった声に疑問が返る。

 秘密にしろとジェスチャーで告げる赤毛の少女に、女は痛くなる頭を抱えた。

 

 

「ええ、知り合いよ。……ちょっとこの子と話すことがあるから、はやてはもう少し待っていてくれる?」

 

「へー。アンナちゃんとなー。ま、ええよ。病院行く時間まではまだありそうやし」

 

「ええ、直ぐに終わるわ」

 

「あーれー」

 

 

 ズルズルとアンナを引き摺り、女は図書館を後にする。

 その姿を見送りながら、少女たちは言葉を交わした。

 

 

「あの人、はやてちゃんの知り合い?」

 

「螢姉ちゃんって言うんや。在宅ヘルパーしてくれとる人で、家での手伝い以外にも病院の送り迎えとかしてもらっとるんや」

 

 

 八神はやては、自慢の姉を説明するかのように口にする。

 その表情と言葉に宿った色だけで、彼女がどれ程に大切に思っているかは伝わる物だ。

 

 

「ほんまは時間外労働とかいけないらしいんやけど、私が頼むとこうして病院前に図書館に連れて来てくれたり、夜眠れん時に一緒にいてくれたりする。優しい人やで」

 

 

 自分の時間を削ってまで一緒に居てくれる櫻井螢と言う女性を、はやては本当の家族のようだと思っている。

 

 何に変える事も出来ない。

 大切な家族だと思っているから――

 

 

「はやてちゃんはお姉さんが好きなんだね」

 

「そや、一番大好きな自慢の姉ちゃんやもん!」

 

 

 八神はやては本当に嬉しそうに、にっこりと笑って言うのだった。

 

 

 

 

 

 図書館を出て暫く行った先、路地裏に赤毛の少女を連れ込んだ女は告げる。

 

 万が一にも誰かに聞かれる訳にはいかない。

 そう言う事情故に時間を掛けて、隣町に近いこの場所まで足を延ばしていた。

 

 そんな黒髪の女は、そこで少女の形をした魔女に問いかける。

 

 

「何故、貴女がはやてと接触している? あの子のことは私が対応するはずでしょう?」

 

「偶然よ。意図しての事じゃないわ。今日初めて会った訳だし、友達が仲良くしている子に関わろうとしないんじゃ、かえって悪目立ちするでしょうに」

 

「……その言、信用出来ると思うのか、マレウス」

 

「随分と言ってくれるじゃない、レオン」

 

 

 両者の間に険悪な空気が流れる。

 一触即発。今にも争い出しそうな空気で、二人の同胞は暫く睨みあう。

 

 

「いや、今回は私が詫びよう。……魔法を肯定しているお前が何か仕出かすんじゃないか、そう思い込んでしまっていた」

 

「ふーん。ま、貴方達があれを嫌う理由も分からなくないし、別に良いけどね」

 

 

 だがすぐに、櫻井螢が視線を外す。

 それをアンナは深く追求しようとせず、話を変えるように別の内容を口にした。

 

 

「随分と懐かれているみたいね、レオン。お飯事は楽しい?」

 

「ふん。お前が信頼を勝ち取れと言ったのだろう。その通りに動いただけだ」

 

「うーん。そうかしらね。私としてはそれなりの信用を築いてくれればそれで良かったんだけど、気付いてる? あの子、ヴァルキュリアを見ていた頃の貴女と同じ目をしていたわ」

 

 

 ニヤリと嗤う赤毛の少女。

 見た目不相応な底知れなさに、螢は瞳を鋭くする。

 

 

「…………それがどうした」

 

「何、確認よ。信頼は必要だけど、あまりに近過ぎると後が辛くなるわ。……やるべきこと、忘れていないんでしょう?」

 

「無論」

 

 

 少女の問い掛けに、黒髪の女は冷たく返す。

 お前達とは違うのだと、心を凍らせながら女は告げた。

 

 

「マレウス。私はお前や遊佐くんとは違う。……遊びなど介する余地などもうありはしない」

 

「……そう。なら良いわ」

 

 

 そう言葉を交わして、今あるべき場所へ戻る為に足を動かす。

 距離を取り過ぎたから、病院に遅れてしまうかも知れないと螢は内心で思考する。

 

 とは言え人目がある以上は、転移や高速移動といった無茶もできない。

 まだ見つかる訳にはいかないのだから、そんな事をして露見する訳にはいかないのだ。

 

 桜井螢は少し焦りながら、足早に図書館へと向かって走る。

 その姿は、彼女が語る様な偽りの関係を築いているとは思えない程に、少女の事に真剣に向き合っている様に見えた。

 

 

 

 

 

4.

「螢姉ちゃん、遅いなー」

 

 

 図書館の時計を眺めながら、はやてはそう呟いた。

 十分もあれば戻って来ると判断していたが、三十分が過ぎてもまだ二人は戻って来ない。

 

 このままでは病院の診察時間に遅れてしまうのではないか、そんな不安にはやてはきょろきょろと周囲を見回している。

 

 

「あー! もうさっきから鬱陶しいわね。そんなに気になるんなら探しに行けば良いじゃない!」

 

「おお! その手があったわ!!」

 

 

 苛立ち紛れに助言をするアリサに、はやてはぽんと手を打つ動作をしてその言の正しさに納得する。

 

 内緒話をしているとしても、そんな遠くには行っていないだろう。

 そう安易に考える少女は、車椅子を動かして移動を始める。

 

 

「あ、私が押すよ、はやてちゃん」

 

「ありがとなー、すずかちゃん」

 

「いいよ。それについでだから、飲み物でも買って来て少し休憩にしようか。お喋りしながらだけど、ずっと勉強していたから」

 

「ん。そうね。なのはも良いでしょ」

 

「にゃー。課題が終わらないのー」

 

「一日二日で終わるか馬鹿なのは。取り合えず図書館内は飲食禁止だし、近くの公園にでも行って待ってるわね」

 

 

 そう決めるとアリサは、なのはを引き摺って公園に向かって行く。

 そんな彼女らとは逆方向に、はやてとすずかは歩を進めて行った。

 

 

「あー。じゃ、ジュースは何にするん? 波紋コーラ? 午前のアバ茶? ショウユビタミンZ? 俺の白汁やどろーり濃厚ピーチ味練乳添えは勘弁やで」

 

「何で、そんな不味いジュースばっかり上げるの!? はやてちゃん」

 

「波紋コーラは上手いで! 腹破裂するんやないかって思うくらい、炭酸が強烈やけど」

 

「あ、はやてちゃーん! すずかちゃーん! 私、どろーりピーチで!」

 

『なのはちゃん、それ飲めるの!?』

 

 

 そんな遣り取りをして、少女達は分かれた。

 

 

 

 

 

「おらんなー」

 

「いないね」

 

 

 図書館の通路、広場、近くの公園から、トイレの中に喫煙室に至るまで。

 様々な場所を歩き回ったが、どうにも二人の姿は見つけられなかった。

 

 十五分ほど探し回って見つからず、流石に待たせすぎだろうと考える。

 取り合えずペットボトル飲料を四本購入して、公園で待つ彼女らの元へと向かっていた。

 

 

「波紋コーラがあったんが唯一の収穫やな」

 

「どろーりピーチはなかったね。普通のピーチジュースだけど納得してくれるかなぁ」

 

 

 そんな風に雑談しながら歩く彼女ら。

 車椅子の車輪が回る音が、人気の少ない住宅街に響く。

 

 そんな静けさの中、夕焼け空の下で、ふと足が止まった。

 

 

「ああ、少し待ってくれるかな君達」

 

 

 まるで、タイミングを合わせた様に声が掛かる。

 突然、物陰から出てきた男が、そう言葉を投げ掛けていた。

 

 茶色の髪に青い瞳。整ったその容姿は、すずかが知るある人物の物。

 

 

「氷村、叔父さん」

 

 

 夜の一族が一人。氷村遊。

 人を家畜と蔑む外道の男が、笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「……何の、様ですか?」

 

「何、大した事じゃない。……君を迎えに来ただけだよ。すずか」

 

 

 警戒するすずかにそう答えて、パチンと彼が指を鳴らす。

 その合図に従って、黒服の男たちと、金髪をした女が数人現れる。

 

 女達の顔は全て同じ物。

 イレインという量産された戦闘人形。

 

 その手に抱えられた二人の少女の姿を目にして、すずかは驚きの声を上げた。

 

 

「アリサちゃん! なのはちゃん!!」

 

 

 すずかの叫び声に応えるように、アリサはジタバタともがく。

 だが少女の抵抗虚しく、鋼鉄の腕に囚われた彼女は逃げ出すことも出来ない。

 

 

「逃げなさい、すずか!!」

 

「……と、この下等種は言っているけど」

 

 

 逃げたらどうなるか分かるね。

 そう口にして微笑む氷村の姿に、すずかは背筋がゾッとした。

 

 

(まずいの)

 

 

 抗うアリサのすぐ近くで、同じように囚われたなのはは思う。

 

 

(レイジングハート。忘れてきちゃった)

 

 

 いざと言う時に、いつもの忘れ物癖が出てしまった。

 なのははそう内心で呟いて、周囲を囲うイレイン達を見詰める。

 

 

(このイレインさんがあのイレインさんと同じなら、レイジングハートなしじゃ勝てないの)

 

 

 そう。彼女はイレインの恐るべきスペックを知っているから、この量産型イレインも強力なのだと思い込んでいる。

 

 彼女が魔法を使えば、イレイン達は倒せるかもしれない。

 だが、それで勝てる保証がなければ、皆も巻き込んでしまう結果になり兼ねない。

 

 

(……それに)

 

 

 同時に高町なのはは、氷村遊と言う男を見詰める。

 

 フェイトとの闘いの中で得た、魂の色を見る瞳。

 その目に映る巨大な影が、この男が決して容易い存在ではないと伝えてくる。

 

 

(まるで、黒い御日様。夜より濁った、悪い物)

 

 

 悍ましい黒。醜悪な色。だが確かに大きく、強大なその魂。

 大天魔には遥かに遠く及ばずとも、あの日のフェイトやユーノに比肩する程の輝き。

 

 

(この人が誰かは知らないけど、きっと強い。それだけは分かるの)

 

 

 魂の輝きと、強さは決して等号ではない。

 それでも魂の規模が強さに繋がるが故に、強者の魂は須らく輝く物。

 

 どす黒い太陽の様な輝きに、なのはは静かに思考する。

 レイジングハートがなければ、まともにやっては勝てないと納得する。

 

 故に彼女は、こう思考する。

 

 

(隙を見て、動くしかないの)

 

 

 無数のイレイン。底知れぬ男。

 彼らと相対するには、まず機を見るより他に術はない、と。

 

 そんな彼女の考えとは別に、事態は進展する。

 

 

「さて、すずか。それとそこの下等種族。僕に付いて来てくれるかな?」

 

「はやてちゃんや皆は関係ないでしょ! 離してよ!」

 

「……口の利き方がなっていないな、すずか」

 

 

 すずかの反抗的な態度に、氷村は歪な笑みを浮かべる。

 子供の反意を受け流す器すら持たない小物は、「やれ」と一言だけ名を下した。

 

 

「な、何なん! アンタら! 何する気や!?」

 

 

 見せしめに選ばれたのは、八神はやて。

 少女達の目の前で、標的となった彼女は黒服の男達に引き摺り降ろされる。

 

 

「や、やめて!!」

 

「駄目だなぁ。すずか。頼むにしても、頼み方があるだろう?」

 

 

 すずかの叫びに、嗤って告げる。

 車椅子から少女を引き摺り下ろされた少女は、男達に暴行を振るわれていた。

 

 

「いや、いやぁぁぁぁっ!!」

 

「やめて! はやてちゃん! やめてっ!!」

 

「あはは、はははははっ! いつ聞いても、家畜の叫びは傑作だ。豚が泣いている様に滑稽だぞ」

 

 

 車椅子が壊れる。少女が悲鳴を上げる。氷村遊は嗤っている。

 

 踏み躙られるはやてと、怒りで暴れているアリサ。

 我慢の限界を迎えつつあるなのはと、己の所為だと涙を零しているすずか。

 

 彼女らに向かって、黒い太陽は微笑み掛ける。

 

 

「さて、すずか。君が素直にお願いをしてくれないと。そこの下等種が人としても、女としても使い物にならなくなるだろうね」

 

 

 言葉使いと甘いマスクで気取っているが、その醜悪な本性は隠せない。氷村遊と言う名の男は、度し難い程の外道である。

 

 

「まあ、まだ下等種は二人も残っている訳だから、どうでも良い話ではあるのだけれど」

 

「やめて、止めて下さい! 私が付いて行きますから」

 

 

 男達に、拳を振るわれるはやての姿。

 そして彼が残る二人に目を向けた事で、すずかは折れた。

 

 涙ながらにそう告げる少女に、男は暗く嗤って語る。

 

 

「お願いします、だろう?」

 

「……お願い、します。氷村さん」

 

 

 土下座も同然に、頭を下げさせる。

 年端もいかない少女にそうまでさせて、ようやく男は笑みを戻した。

 

 

「良し。良い子だ。……さあ、彼女達を僕の今の居城に案内するとしよう」

 

 

 氷村遊はかつて、相川真一郎に敗北した。

 それは度し難い程に無様な敗北で、されど忘れられない屈辱の記憶。

 

 故に記憶を都合良く書き換えて、彼は一つの決断を下す。

 あんな下らない痴話喧嘩に気を抜かれたのではなく、人間の積み重ねた物に己は敗れたのだと思い込んだ。

 

 そうして何とか結果を受け入れると共に、彼は慢心を悔いて思考を改める。

 例え下等種族に過ぎない家畜共とは言え、油断が過ぎれば喉笛を噛み切られる結果に終わる。そう学習したのだ。

 

 故に氷村遊は暗躍を主とした。

 月村安二郎を煽り、動かしながら陰で味方を増やしていた。

 

 夜の一族と古くからの誼ある家系。

 古くにこの国の支配者達が集った貴族院へと渡りを付けることにさえ成功した。

 

 最も、彼らの多くは既に途絶えている。

 手にした物は彼らが拠点としていた物と、その末裔から譲り受けた特殊な秘薬だけだった。

 

 それでも、氷村遊は満足している。

 己が夢想する理想の自分。それに相応しい力は得たのだ。

 

 

「光栄に思うと良い。君達は貴族院辰宮。その現当主でもあるこの僕、氷村遊の傾城反魂香を見ることが出来るのだからね」

 

 

 故に男は動き出す。

 さあ、今こそ全てを我が手に収める為に――

 

 

 

 氷村遊はその端正な容姿を醜悪に歪め、赤く染まった瞳で嗤った。

 

 

 

 

 

 




人気お笑いトリオ『虫けら大名御三家』。彼らの今後の活躍にご期待下さい。もう出ませんけど。


後、氷村さん登場。
そのままだと瞬殺確定でしょっぱかったので、魔改造。

別に邯鄲法の五条楽とか習得している訳ではないので安心してください。

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