リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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A’s編の導入話。
A's編は不遇な扱いのキャラが増えるので注意が必要です。

今回はなのは回。或いはなの破壊。


副題 練習風景。
   綾瀬の口伝と少女達。
   白魔王、奈之覇。




A's編
第十七話 闇の書の守護騎士


1.

 12月1日の早朝。

 この世界の法は無間神無月。永劫に終わらぬ秋だけの世界。

 

 とはいえ、主神たる彼には今、無間神無月を維持し続けるだけの力がない。その性質を受けて、秋の季節が停滞している。

 

 春夏秋冬の内秋だけが倍近い長さとなり、それ以外の季節が一月ずつ短くなっている。それがこの世界の現状である。

 

 故にこの世界の12月1日とは、未だ紅葉は終わらぬ季節であり、少しずつ寒さが強くなり始める時期の事を指す。

 

 冬入りにはまだ一月以上あるとは言え、まだ日が昇る前の街の空気は肌を刺すように冷たい。

 

 

 

 あの事件の後、高町なのはの朝は早くなった。

 時計の短針が真下に位置する前に目を覚ますと、着替えをして家を出る。

 

 駆け足気味に街中を駆け抜けて、息を荒らして一休み。

 町外れの林の中へ入ると封時結界を展開し、魔法の練習を始めるのだ。

 

 

「レイジングハート。いつもの、お願い」

 

〈All right.〉

 

 

 レイジングハートが起動する。

 展開される魔法は、使用者に幻影を見せる魔法。

 

 オプティックハイドのような幻術魔法ではない。

 そんな魔法を使う資質などなのはにはない。故にこれは、もっと単純な魔法である。

 

 デバイスの記録の中から、抜き出した情報を元に作り上げた幻像。

 使用者に、高精度なイメージトレーニングを行わせるだけの機能。

 

 マルチタスクで行われるイメージトレーニング。

 それをもう一歩進めた。それだけの単純な魔法がこれである。

 

 

〈Standby, ready.〉

 

 

 レイジングハートの電子音に続いて、なのはの視界の先に現れる。其は金色にして黒色の残影。

 

 黒い水着のようなバリアジャケットを纏った、金髪の少女の幻影が踊る。

 黒衣の魔法少女を前に、白い魔法少女は杖を握り締める力を強め、始まりの合図を待った。

 

 

〈Five, four, three, two, one, practice battle, start〉

 

 

 レイジングハートの合図と共に、今日の訓練も始まる。

 

 レイジングハートに蓄積された戦闘データより再現されたのは、あの海上の決戦にて戦ったフェイト・テスタロッサの幻影である。

 

 その性能は決戦の最後、二発のカートリッジを使用した後の彼女とそれ以前の彼女のデータの中間値。

 走力も魔力も全てが、カートリッジを一度だけ使った場合の彼女を想定して再現されている。

 

 故に模擬戦闘。

 戦闘訓練とは言え、容易な相手とはならない。

 

 正しく神速という速度で、飛翔するフェイトの影。

 その姿をなのはは捉えることが出来ない。故に行動を予測する。

 

 設置型の魔法やバインド。歪みによって幾らでも展開出来るようになったそれで行動を制限する。

 

 雷光の魔法の恐るべき威力。それはなのはの三重防御壁であっても止めきれず、予測が外れればなのはは一瞬で撃墜されてしまう。

 

 なのはほどの重装甲をもってしても、ダメージを受ける火力。

 そしてフェイトの影は一撃を加えれば、そのまま息も吐かせぬ猛攻を続けるのだ。

 

 その流れに飲まれてしまえば、逆転するのは非常に厳しいとなのははこれまでの訓練で熟知していた。

 

 幻影の中で桜色と金色の輝きが宙を彩る。

 神速の速さで立ち止まらずに動き続けるフェイトの影と、多種多様な魔法をばら撒きながら対抗するなのは。

 

 その戦いは正に一進一退。互角の攻防を続けている。

 

 なのはの基本戦術は距離を取っての撃ち合いだ。そのパターンに持ち込めば、ほぼ試合は決する。

 油断をせずに理詰めに攻めていけば、高町なのはが勝利するのは不動となる。

 

 フェイトの影が用いる基本戦術は、絶えず距離を変動させながら高速で行われる中距離戦闘だ。

 一瞬足りとて止まらず、神速で斬り込む。無数の弾丸を囮にして、一撃でも当てれば即座に隙を突いての連続攻撃に持ち込む。

 

 故に初撃必殺。一撃でも受ければ守りを崩され、その瞬間になのはの敗北はほぼ確定する。

 

 無論、これは訓練だ。

 故に実戦ならば行うであろう手筋を、禁じ手として封じている。

 

 フェイトの影が如何に速かろうと、なのはが面での攻撃に切り替えればその時点で勝負は決まる。

 

 彼女の歪み、無尽蔵の魔力を引き出す不撓不屈を持ってすれば面どころか、空間全てを桜色に染め上げることもそう難しいことではない。

 

 だがそんな力技での対処ばかり続けていては、戦闘技術が磨かれることはないだろう。故にこそ制限して、結果として苦戦するのだ。

 

 

 

 白と黒の魔法少女は数度ぶつかり合い、十数分ほどの戦闘時間を経て勝敗を決する。

 

 その戦いの結末は――

 

 

「にゃー。また負けちゃった。……やっぱり二度目のカートリッジを使われちゃうと、何もできないや」

 

〈Don’t mind, my master〉

 

 

 高町なのはの敗北で終わった。

 

 この訓練を始めてからおよそ半年。勝率は七割弱をキープしている。

 残る三割の敗北。その何れもがフェイトの影が、カートリッジを使用することを阻止出来なかった結果である。

 

 追い詰めると、二つ目のカートリッジを使用する様に設定された幻影。

 落とし切れずに対処不可能な速さとなった彼女に、なのはは真っ向から切り伏せられるという結末を辿っていた。

 

 

〈I feel, you become stronger than before.〉

 

「そうかなぁ」

 

 

 負けてしまったと落ち込むなのはに、レイジングハートは以前よりも良くなっていると励ましの言葉を告げる。

 

 それはデバイスの贔屓目も確かにあるだろうが、それでもなのはが半年前よりも遥かに強くなっているのは確かな事実であった。

 

 

「はえー、いつ見ても凄いね、なのは」

 

「お姉ちゃん」

 

 

 保護者として同伴していた高町美由紀は、目を丸くしてそんな言葉を口にする。

 

 幻影相手とは言え、実際に動き回り、魔力弾を使用しながら行っていた訓練である。

 なのは以外には見えない相手と戦っている。傍目から見れば、違和感しか感じられない訓練だが、桜色の光線が空を染め上げる光景は、相手が見えなくとも圧巻の光景と言えるだろう。

 

 高町美由紀は、未熟とは言え御神の剣士。

 なのはの挙動や目の動きから、彼女が見ている幻影を正確に予想しイメージするくらいは可能である。

 

 その上で感嘆の声を上げるのだ。人間の上限などあっさりと超えている魔法という技術。それを凄まじい精度で物にしている妹に対して。

 

 

「魔法の訓練はこれで終わり?」

 

「うん。後はマルチタスクで出来ることだけだから」

 

「なら次は体を動かす方の訓練だね」

 

「……にゃー。やっぱり今日もやるの?」

 

「こういうのは毎日続けないと身に付かない物だからね。継続は力なりってね」

 

 

 高町美由紀がなのはに付いてきたのは、朝方とは言え人気がない時間帯に幼い少女を一人で外出させることを危惧したからだけではない。

 

 彼女が付いてきた理由には、なのはを肉体的に鍛え上げるという目的もあったのだ。

 

 

 

 氷村遊が起こした事件以降、高町家では何度か家族会議が行われた。

 

 士郎と恭也と、月村家やバニングス家の協力を得て行われた犠牲者の捜索。

 その結果として彼の犠牲者達の内数名。無事、とは言えない物の五体満足の者がある程度見つかった。

 

 捜索の為に彼らが居ない間は防衛力の高い月村邸に家族を避難させると言う形を取ったが、そんな緊急対応を長く続けている訳にもいかない。

 こうして保護者が戻った以上、今まで通りの生活に戻るのは道理であり、それだけでは不安が残るのもまた事実であった。

 

 今回は無事に済んだが、次に同じような事が起こればどうなるだろうか、と。

 

 その対策に家族会議は紛糾し、結論として出たのがなのはに護身手段を与えるという物であった。

 

 とは言え格闘技など仕込んだ所で、短期間では付け焼刃にもならないだろう。

 なのはの運動神経の悪さもある。よほどの天才なら兎も角、その真逆を直走る彼女では付け焼刃の技術が己を傷付ける結果にも繋がりかねなかった。

 

 その為、そんな技術を教え込むよりもレイジングハートを肌身離さず持ち歩くように教え込み、そして魔法技術を磨き上げる方が有効だと考えたのである。

 

 とは言え、今の走れば転ぶというなのはの運動音痴はあんまりと言えばあんまりなので、魔法練習の前後に軽く体を動かす時間が用意された訳だ。

 

 なお、これは美由紀の鍛錬も兼ねている。

 なのはの特訓を見ながら、流れ弾として飛んでくる魔法を躱し続ける。そして運動音痴ななのはを人並みに走れるように教え込む。

 

 見切りと回避技術。教導の技術を磨く良い機会という訳だ。

 

 なのは自身も、魔法の特訓はすんなりと受け入れた。

 朝寝坊ばかりしていた少女が、早朝特訓を自らの意志で受け入れる。そこにどんな思考があったのか。

 

 忘れずに覚えているジュエルシードを巡る事件。

 忘れてしまったとは言え、確かに残る想いもあった氷村の起こした事件。

 

 それらが彼女の心に、力を求める意志を呼び起こしているのは確かである。

 

 だが、きっとそれだけではなく。

 

 

――大丈夫。待ってて、なのは。

 

 

 あの日、雄々しく立ち向かった人が居た。

 そして自分は、あの小さくも大きな背中に憧れたのだ。

 

 唯、少年に守られるだけではなく、その隣に立って歩いていきたい。

 そんな願いがあったから、こうして今も努力を重ねているのであろう。

 

 とは言え――

 

 

「それじゃ、取り合えず海鳴市を一周しようか? 山道に砂浜。色々障害はあるから、しっかり体力が鍛えられるよ」

 

「にゃー」

 

 

 彼女に課された鍛錬は、未熟な少女には厳し過ぎる物だった。

 

 高町家一同に間違いがあるとすれば、運動音痴ななのはを美由紀に預けたことであろう。

 

 真面に他者を鍛え導いた経験などはなく、学校の体育を遊戯か何かだと認識している高町美由紀。

 彼女はなのはと同じ年頃に自身が受けた兄の教えを、基礎鍛錬と認識しているが故に平然となのはに課すのである。

 

 トライアスロンの選手顔負けの運動量が待ち受けていることを思い、なのはは頬を引き攣らせる。

 

 幾らやる気があっても、運動音痴にやらせることではないだろうと思いつつ。

 

 

(……また今日も、辛い時間が始まるの)

 

〈Please exert my master〉

 

 

 レイジングハートの激励を受け、にゃははとなのはは引き攣った笑みを見せる。

 

 朝食に間に合わせる為にも、さあ行くよ。とジョギングを行う姿勢で、短距離走さながらの速度を発揮する美由紀。

 

 そんな彼女に追い立てられて、なのはは必死に走るのであった。

 

 

 

 

 

 その結末だけ、ここに記そう。

 なのはは精一杯努力をしたが、途中の山道で力尽き、美由紀に抱えられて帰宅することとなった。

 

 担がれる形で朝食前に帰宅したなのは。

 当然のように朝食も喉を通らず、ぐったりとした様子でリビングに倒れ込んでいる。

 

 そんな彼女を後目に美由紀は朝食に舌鼓を打ちながらも、なのはが少しずつ走れるようになってきたと家族に報告する。

 

 今日は三分の一も走れなかったけど、今年中に半分の距離は行けるように目指すよと告げる言葉に背筋を震わせつつ、なのはは横になって体力の回復に努めるのであった。

 

 

 

 

 

2.

「――水底の輝きこそが永久不変。永劫たる星の速さと共に、今こそ疾走して駆け抜けよう。どうか聞き届けてほしい。世界は穏やかに安らげる日々を願っている。自由な民と自由な世界で、どうかこの瞬間に言わせてほしい。時よ止まれ、君は誰よりも美しいから」

 

 

 鈴の音を転がすような美しい声で歌われる歌。五人の少女達は高町桃子が紡いだ言の葉に、聞き惚れるように目を閉じてその詩を耳にしていた。

 

 

「と、これが綾瀬の家系に伝わっている詩ね。はやてちゃんが最初の方を歌えるのには、少し驚いたわ」

 

「へぇ、あの続きってこんな詩やったんやね。螢姉ちゃんに聞いても、何も教えてくれへんから知らんかったわ」

 

「……うーん。どこかで聞いた覚えがある詩なんだけど」

 

「アリサちゃんも? ……私も名前は出て来ないんだけど、どこかで聞いた覚えがあるんだ」

 

「すずかちゃんもなんだ。……ねぇ、お母さん。その詩ってどんな名前なの?」

 

 

 何処かで聞いた筈なのに、何処で聞いたのか分からぬ詩。

 心を揺さぶる程に“その刹那を素晴らしいと思って”、されどどうしてそう想うのかが分からない。

 

 そんな姦しい少女達の問い掛けに、少し困ったように苦笑すると桃子は語る。

 

 

「それがね、タイトルだけは伝わってなくて。……詩の由来は伝わっているんだけど」

 

「なんやそれ、めっちゃ気になるわ」

 

 

 目を輝かせる少女に、くすりと笑みを返す。

 そして桃子は、綾瀬の祖が言い残した、この詩の由来を口にする。

 

 

「意地っ張りで心配性で格好付けたがりの神様が、訪れる新世界とそこに生きるべき人々と、愛しい女神様を想って歌った愛の詩。……綾瀬の家系ではそう伝えられているわね」

 

「はー」

 

「なんや、ロマンチックな話やね」

 

 

 詩の由来に、少女達は目を輝かせ――ただ一人、赤毛の少女だけは苦笑を浮かべた。

 

 

(あの子らしい解釈ね)

 

 

 懐かしさに、思わず笑みが零れる。

 今はもう居ない同胞の想いが、確かに残っていると実感する。

 

 遥か昔の出来事が伝わっていないのは悲しくとも、それでもこうして残っている物を知る度に無駄ではなかったのだと思えたのだ。

 

 

「そう。それとね、なのは。綾瀬の家には果たさなくてはならない義務がある、と伝えられているのよ」

 

「義務?」

 

 

 首を捻る娘の姿に、そう難しいことではないわよと微笑んで、桃子はその口伝を伝える。

 

 

「そう。……意地っ張りな神様が安心できるように、世界をしっかりと支えること。世界を良くする事こそが、綾瀬の家系に託された義務」

 

「にゃー。何か難しそう。何をすれば良いのかも分からないの」

 

「ふふっ。……きっとそう難しいことではないわ。ご先祖様も出来ないことは口にしないでしょう」

 

 

 どうしたら良いのか、まるで分からないと口にするなのは。

 そんな娘に微笑んで、桃子は自分の解釈を言葉にして伝えた。

 

 

「私はね、なのは。こう思うの。……昨日より今日。今日より明日。以前に誇れるように生きましょう。そう言う意味で残された言葉だと思うわ」

 

 

 一日を、大切に生きよう。次の日をより良くしよう。

 そんな想いを込めた願いなのだろう。そう彼女は受け取った。

 

 そんな綾瀬の末裔の姿に、先祖を知る少女は内心で苦笑する。

 

 

(いや、あの子のことだし。割と本気で無茶振りしただけだと思うわよ)

 

 

 綾瀬を継ぐ母娘の遣り取りを聞きながら、当時を知る赤毛の魔女はあの少女の無茶振りを思い苦笑する。

 

 疑似とは言え神格と化している大天魔でも不可能な事を、ただの人間にやらせようとか酷過ぎるだろう。

 

 そんな事を思う彼女も、続く言葉を聞いて激しく動揺した。

 

 

「そしてもう一つ。伝わっている口伝が一つ」

 

 

 それは綾瀬香純という少女が残した無念。

 いつか届くことを祈って、後世へと伝え遺した一つの言葉。

 

 

「世界を支えて、全てが報われた後に……もしも綾瀬の血筋に生きる者が、赤い髪に赤い瞳の神様に出会うことがあったなら、一つ伝えて欲しい言葉がある」

 

 

 いじっぱりで、格好つけな神様に伝えて欲しい。

 ずっと一人で頑張った彼に、ありがとうとお疲れ様を――

 

 

「今まで有難う。私達はもう大丈夫です。……だから安心して、眠ってください」

 

 

 綾瀬香純と言う女は、それを伝えたいと願っていた。

 そしてその女はそれを果たせず、けれど何時かと願って逝ったのだ。

 

 長き時の中で、口伝も変化している。

 伝言ゲームのように、少しずつ言葉面は変わっているのであろう。

 

 だがきっと、そこに込められた意味は変じていない。

 きっとそれこそを、彼女は自身の口から伝えたかったのだろう。

 

 当時を共に生きた魔女には、どうしようもなくそれが分かってしまうから。

 

 

「いつか、どこかで、神様と会うことがあったなら、それを伝えるのが綾瀬の義務よ。覚えておいてね、なのは」

 

「うん」

 

 

 もう大丈夫となった世界で、もう大丈夫だと神様に伝えること。それこそが綾瀬の義務である。

 

 そんな口伝を継承する母娘を見て魔女は思う。

 きっとそんないつかは、永遠に訪れることはないのだろう、と。

 

 

 

 

 

 こうして今、綾瀬の家の口伝が語られているのは、八神はやてという少女が翠屋を訪れたことが理由の一端であった。

 

 一週間ほど前に、風芽丘にある図書館を訪れたすずかが出会った少女。八神はやて。

 初対面とは思えぬほど意気投合した二人は友達となり、お互いの友人・家族を紹介するという名目でこうして集まったのだ。

 

 とは言え、はやて側の家族は忙しいのか、来られないという話だったので集まったのは月村すずかの友人三人だけだった。

 

 もう少し早く知り合っとれば、シグナム達を紹介できたんかなぁ、とははやての言である。

 

 月村邸で集まり、そこでなのはの家が洋菓子が美味しいと評判の喫茶店だと言う話が出て、はやてが行ってみたいと口にしたのがきっかけだ。

 

 丁度昼の書き入れ時が過ぎた時間ということもあって、人気の少なくなった喫茶店は少女達の来訪を歓迎した。

 

 出されたシュークリームと、ミルクと砂糖が混ざったコーヒーに舌鼓を打ちつつ、上機嫌に鼻歌を歌うはやて。

 そんな彼女の口遊んだ歌の続きを桃子が知っている、と答えた所から話は膨らみ、こうして綾瀬の口伝を語る形となったのだ。

 

 

「あら、お客様ね。……いらっしゃいませ」

 

 

 書き入れ時を過ぎたとは言え、翠屋は地元の人気店。

 そしてその売りは、ランチメニューよりも洋菓子にこそある。

 

 故に食事時の後も忙しくなる為、桃子は少女達に断りを入れて立ち去っていく。

 

 

「と、忘れる所だったわ。……なのは宛てにユーノ君から手紙が来てたわよ」

 

「え! ユーノ君から!?」

 

 

 立ち去る間際に、手紙を残していく桃子。

 それをはしゃいで受け取ると、封を切って早速目を通し始めた。

 

 

『前略。そろそろ肌寒くなってくる頃、いかがお過ごしでしょうか。

 と、なのはの祖国ではこういう入りをするのが手紙の基本なんだよね。

 ちょっと慣れないから不安だけど、形式通りに書けていれば嬉しいかな』

 

 

 出だしの文言は、知的ながらもどこか不安が混ざった物。

 そんな記された言葉すらも彼らしいと、なのははくすりと微笑みを浮かべる。

 

 

『僕は渡航制限が中々解除されなくて、暫く足止めを受けている。

 人手も足りないという事なので、管理局の医療班に協力しています。

 

 後、クラナガンの炊き出し作業や瓦礫除去の作業にもかりだされたかな』

 

 

 そして続くは現状報告。

 瓦礫撤去と言う言葉に何があったのか、僅か不安になるが続くエピソードに安堵を漏らした。

 

 

『他にはDSAAが主催するストライクアーツって格闘技の大会にも出場したんだ。

 慰安目的で行われた大会。見事優勝したのでその写真も添えておくね。

 トロフィーとかは直に見せてあげたいかな、とも思っているんだ。

 

 興味がない話だったらごめんね。その場合は無理しないで、言って欲しいかな』

 

 

 そんな気遣いに溢れた文章。何度か書き直した文章。

 全く小心が過ぎるだろうと、安堵を抱きながらもなのはは思う。

 

 

『渡航制限が解除されるまで、郵便物も転送させられないという話なので、

 この手紙を書いてから、どの程度でそちらに届くか分からないんだ。

 

 ただクロノの予想では、あと一月。

 十二月頃には自由に行き来出来るようになるだろう、と言っていたかな。

 

 長くなりましたが、もう一度君に会える日を心待ちにしています。

 

                           ユーノ・スクライア』

 

 

 

 手紙を読み終え、その隙間から一枚の写真が零れ落ちた。

 

 金髪の少年が、トロフィー片手に揉みくちゃにされている写真。

 そこに写る人々、懐かしいと感じる彼らの笑顔に、温かい物を感じて――

 

 ふと、写真の隅でそっぽを向いている眼帯姿の少女が気にかかった。

 自身より幼い少女。笑顔ではないが、それでも敵意を向けている訳ではないと写真越しでも分かる。

 

 ユーノ。クロノ。リンディ。エイミィ。知った顔が四人。

 金髪の少女。青髪の女性。他数名。なのはの知らない人の姿。

 

 別に彼女らが、気に食わない訳ではない。

 ただ、彼の傍に知らない誰かがいる姿が、どうにも胸に引っかかった。

 

 この感情が何なのか、なのはは分からずに首を捻る。

 取り敢えず写真を拾おうと、少女は小さな手を伸ばして――

 

 

「おぉっ、それは男ね。男なのね!」

 

「にゃっ!?」

 

 

 背後から覗き込んでいた、お祭り好きな少女が歓声を上げた。

 驚いて写真を拾って振り返ったなのはの目に映るのは、ニヤニヤと笑うアンナの姿。

 

 

「なのはに男の影が、これは恋ね、恋なのね」

 

「ほ、ほんまなん、なのはちゃん!?」

 

「にゃ、にゃー。違うの、私とユーノくんは、その」

 

 

 揶揄い八割という表情を浮かべるアンナと、如何にも興味津々ですと目を輝かせるはやて。

 

 この年頃の少女達にとって、恋話というのは興味をそそられる物である。

 

 

「へぇ、……なのはちゃんに男の影が」

 

「……全く、そういう相手がいるなら少しは話しなさいよ! 私の親友の相手に相応しいかどうか、見極めてやるんだから!」

 

 

 暗い笑みを浮かべるすずかと、その相手の男が親友を託すに足る者か見極めようと激するアリサは少数派と言ったところだろうか。

 

 そんな風に勝手に盛り上がる友人達の姿に、なのはは慌てて言葉を告げる。

 

 

「だ、だからユーノ君はそういう相手じゃ」

 

「けど、あんまり悪い気はしないんでしょ?」

 

「あ、うん。一緒にいたいなって、思うけど」

 

「きゃー! 聞きました奥さん」

 

「ええ、聞いたで奥さん。恋人ではない。けど一緒にいたいやて。なのはちゃんも青春しとるなー」

 

「にゃー!!」

 

 

 少女を揶揄う二人の姿に、なのはは顔を真っ赤にして手を振り回す。

 そんな彼女らを眺めて、ふとアリサが気付いたことを口走った。

 

 

「そう言えば、ユーノってあのフェレットの名前じゃなかったかしら?」

 

「あ、うん。そうだよね。……同じ名前?」

 

「そ、それはその。ユーノ君の飼い主さんがユーノ君で、ユーノ君はユーノ君だからペットにユーノ君という名前を付けて、ユーノ君がユーノ君を迎えに来たからユーノ君は帰国して行って、ユーノ君はユーノ君でユーノ君だから、……あれ?」

 

「落ち着いて、なのは。慌て過ぎて、ユーノ君がゲシュタルト崩壊しているわ」

 

 

 割と鋭い所を抉るような追及に、なのはの苦しい言い訳を口にする。

 そう語っている内に訳が分からなくなって首を捻る少女に、アンナが少し落ち着けと助け船を出す。

 

 そうして落ち着いたなのはと異なり、皆の話題は盛り上がりを見せていく。

 

 

「しっかし自分と同じ名前をペットに付けるって、おかしな飼い主よね」

 

「もしかしたら、フェレットのユーノ君と人間のユーノ君は同一人物かもしれへんで」

 

 

 おかしな奴と語るアリサに、何気なく核心を突きつつあるはやて。

 恋話に盛り上がる少女達は、喧々囂々。好き勝手に口を開いている。

 

 

「まっさか、そんな魔法みたいなこと、ある訳ないじゃない」

 

「……奇跡も魔法もあるんやで。もしかしたらユーノ君もザッフィーと同じやもしれんし」

 

「ザッフィーってのが何だか知らないけど。……もしユーノ君が人間だったら、私達の裸も見てるんだよね? それでなのはちゃんに手を出している。……これは去勢が必要かな」

 

「にゃ、にゃはは」

 

 

 他愛無い会話を交わす二人に、何処か瘴気の様な物を発しているすずか。

 そんな友人達の言葉に置き去りにされて、なのはは乾いた言葉を上げることしか出来ていない。

 

 

「とにかく! そのユーノって奴がこっちに来たら、私達に紹介しなさい。見極めてやるわ!」

 

「……取り合えず、駄目男だったらどうするかも考えておかないとね」

 

「あ、なら私も見てみたいわ。なのはちゃんの恋人候補」

 

「私も私も、揶揄いなら任せなさい!」

 

 

 そんな姦しい少女達に押し負けて、なのははユーノが来たら皆に紹介すると約束させられるのだった。

 

 

 

 

 

 夜。友人達が立ち去った後。

 寝間着姿の高町なのはは、家の自室で写真を眺めていた。

 

 今日送られて来た写真と、あの日公園で取った写真。

 二つの写真に写った彼を、ベッドに寝そべったままに見詰める。

 

 会えない時間は、想いを膨らませる。

 ちょっと良いなと思う感情は、半年の間に少しずつ募っている。

 

 それは慕情の芽吹く前、未だ恋慕には至らぬ感情。

 けれどそんな想いの欠片が、その先を容易く想像させる。

 

 

「恋人、か」

 

 

 好きな人とは、恋仲になる物だ。

 そんな幼い思考で、少女は一つ想い浮かべる。

 

 何をするんだろう、という疑問がある関係。

 それでもそうなることを想像すると、不思議と不快感はない。

 

 昼間の友人達の囃し立てを思い出す。

 そう口にされる度に、そうなる先を予想してしまう。

 

 幼い、まだ恋慕とは言えない感情は、そうした周囲の反応に少しずつ大きくなっている。

 会えない時間と、皆の態度が、まだ至らない恋慕の欠片を、確かな想いに育てるのだ。

 

 

 

 ふと思いついて、ベットの上から起き上がる。

 机の隅に立てられたペン入れから、ピンクのラインマーカーを取り出した。

 

 二人で隣り合って、映った写真。

 恥ずかしそうに立っている少年と少女の姿をハートのマークで取り囲む。

 

 

「にへへ」

 

 

 そんな簡単なことなのに、何だか胸が温かくなるような気がして笑みが零れた。

 

 ベッド脇の時計を見る。

 そろそろ寝ないと朝が厳しい時間になってきている。

 

 ペンで書き込んだ写真を枕元に置いて、お休みなさいと眠りに落ちる。

 

 

 

 今日は良い夢が見られそうだ。

 

 

 

 

 

 

3.

 ふと、なのはは目を覚ました。

 

 周囲の色が変わっている。

 慌ててベッドから立ち上がると、色が変わった天井を見上げた。

 

 

「これ、封時結界?」

 

 

 誰が展開したというのか、まだ明け方。

 早朝というにも、余りに早い時間である。

 

 家から飛び出して、様子を確認しようかと思う。

 

 そこでふと、枕元にあった写真が目についた。

 手を伸ばしたが慌てていた所為か、ベッドの隙間に落ちてしまう。

 

 大切な物だから、閉まってから外に出よう。

 そう考えたが故に、なのはは体を屈めてベッドの下へと手を伸ばす。

 

 何とか写真を掴んで、それを引き出そうとした所で――

 

 

「テートリヒ、シュラーク!!」

 

 

 少女の高い声と共に、高町家の天井が崩れ落ちる。

 咄嗟に身を守る為になのはは体を丸くして、ビリッと何かが破れる音を聞いた。

 

 

「あ」

 

 

 無理矢理引き抜いた所為で、写真が破れてしまった。

 ピンクのマーカーで書かれたハートのマークは、中央から二つに分かれていた。

 

 

 

 そして、屋根が飛んで野晒しになった部屋の中から、空を見上げる。

 

 赤い髪に赤い服。赤い帽子に白いうさぎの人形。

 大きな機械仕掛けの槌を構えた少女の姿を確認して、なのはは自分の中で何かが切れる音を聞いた。

 

 

「……悪ぃな。お前に恨みはねぇが、リンカーコアを頂いていくぜ」

 

 

 その少女が、何事かを言っている。

 だが聞こえない。そんな言葉は届かない。

 

 人生で二番目に激怒している今の彼女は、そんな言葉では揺るがない。

 

 

「少し、頭冷やそうか」

 

 

 レイジングハートを起動する。

 その一瞬でなのはの姿は、白き衣を纏った魔導師のそれに変化していた。

 

 

「てめぇ、魔導師か!?」

 

 

 驚愕する少女を前に、なのはは彼女と同じ高さまで浮遊する。

 絶対に許さない。なのははその思いを胸に、機械仕掛けの杖を謎の少女に向けるのであった。

 

 

 

 

 

「くっそがぁぁぁぁっ!」

 

 

 赤の少女が罵倒する。地に落ちる彼女は満身創痍。

 天より降り注ぐ桜色の豪雨を前に、抗いながらも飛翔する。

 

 

「打ち抜け! アイゼン!!」

 

〈Gigant shlag〉

 

 

 その天災の如き暴威に抗いながら、赤き少女は数十倍に肥大化したデバイスを振り下ろす。

 

 その魔法はギガントシュラーク。

 巨人の一撃。鉄槌の騎士ヴィータが誇る最大魔法。

 

 それを――

 

 

「で?」

 

 

 だが、届かない。

 鉄槌の一撃は、少女の身体には届かない。

 

 

「くそっ!?」

 

 

 その一撃は、確かになのはの障壁を打ち破る。

 

 だがなのはの障壁は三層。

 高々一つを破るのが限界な魔法では、決して届きはしないのだ。

 

 返礼とばかりに、返されるのは桜色の魔力光。

 ディバインシューターの雨は、ヴィータの守りごと彼女を打ち据え、再び地に落とす。

 

 大地に這い蹲る赤毛の少女を見下ろして、桜の少女は空に浮遊する。

 

 そこから上がることなど許さない。

 遥か高みからそう告げるかのように、なのはは騎士を見下ろしていた。

 

 

「次はこっちの番」

 

 

 そして、なのはの杖が向けられる。

 そこから放たれるのは、膨れ上がった極大の魔砲。

 

 僅か数秒の隙もなく放たれた大魔力は、たった一撃で決着を付けることが出来る威力を誇る。

 

 

「っ!」

 

 

 必死で身を捻り、何とか躱し切るヴィータ。

 そんな彼女のすぐ傍を通り抜けた桜色の破壊の光は、軒並ぶ家々を吹き飛ばしながら結界にぶち当たり、たった一撃で結界を消滅寸前にまで押し込んだ。

 

 僅か一瞬、軽い腕の一振りで放たれた魔砲。

 その威力を垣間見て、震えるような声でヴィータは呟いた。

 

 

「集束砲を溜めなしで撃つとか、冗談だろ」

 

 

 その声が震えている。信じ難いと震えている。

 この少女は怪物だ。人の見た目をしているが、まるで別の怪物だ。

 

 

「……集束砲? 何を言っているの」

 

 

 そんな呟きに、白き少女は告げる。

 

 それは、残酷な真実。

 集束砲だと誤解した彼女に、確かな現実を教えよう。

 

 

「あれは唯、魔力を固めて放っただけだよ。……唯の射撃魔法を撃っただけ」

 

「な、んだと」

 

 

 収束砲どころか、砲撃魔法ですらない射撃魔法。

 たったそれだけの魔法が、今では星の輝き。スターライトブレイカーにも匹敵するほどに引き上げられていた。

 

 

「ふざけんな、んだよ! そりゃ!?」

 

 

 思わず、そう叫んでしまう。

 

 戦場にあって、戦を忘れる。

 そんな騎士に、見下ろす瞳は冷たい物。

 

 

「それは、こっちの台詞だよ」

 

 

 高町なのはとは、最早怪物の域にある魔導士である。

 

 

「君は、弱いね」

 

 

 圧倒的な力に恐怖し、動揺するヴィータ。

 そんな彼女に高町なのはは、冷たい言葉を掛ける。

 

 そして、桜の光が全てを焼く。

 焼かれた少女は大地に落ちて、満身創痍を晒していた。

 

 

 

 大地に伏して、それでも必死に立ち上がる。

 傷だらけになって、それでも諦める事はしない。

 

 

「まだ、だ……」

 

 

 突如、襲い来た少女。

 なのはにとっては、通り魔に過ぎぬ敵。

 

 それでも彼女には、相応の理由がある。

 

 

「負けられねぇ、私には負けらんねぇ理由があるんだよ!」

 

 

 思い描くのは、初めて経験した温かさ。

 守りたいと思った、愛しい日常の光景。

 

 長くを生きた騎士にとって、漸くに手にした平穏。

 それが崩れ去ると理解して、だからこそ救う為には確かに必要となる。

 

 

「魔力がいるんだ。必要なんだよ。だからっ!」

 

 

 彼女を救う為には、魔力が必要となる。

 

 頼み込めば、分けて貰える。

 その程度では足りぬから、こうして外道を成している。

 

 そんな少女の咆哮を前にして、しかしなのはの瞳は揺れない。

 負けられないと必死で起き上がる少女を、しかしなのはは冷たい目で見下していた。

 

 

「……そうなのかな、まるで真剣には見えないよ」

 

 

 なのはの目に映る赤毛の少女の姿。

 それが彼女には、酷く矮小なものに見えていたのだ。

 

 

 

 元より資質のあった少女は、あの海上での決戦以来、強い想いを発する魂を目にすることが出来るようになっていた。

 

 人は強い想いを抱いた時、その魂を美しく輝かせる。

 その魂の輝きこそが、人に限界を超える力を与えるのだ。

 

 あの日、フェイト・テスタロッサは命を燃やし尽くした時、その魂はとても美しい黄金の輝きを放っていた。

 あの日、両面鬼に挑んだユーノ・スクライアは、確かに美しくも力強い輝きを見せていた。

 

 もう余り覚えていないが、どこかで見た吸血鬼は悍ましい色の魂をしていた。

 まるで黒い太陽。闇に吸い込まれるかのような輝きは、確かにフェイトやユーノのそれと遜色ないほど強大な輝きであった。

 

 だが、眼前に立つ赤毛の少女にそれはない。

 だからこそ、なのはの目には、少女の真剣さが伝わらない。

 

 軽いのだ。薄いのだ。

 想いがまるで足りていない。

 

 人間を模して造られて、役割を果たすだけの人形。

 それにどうして、真なる輝きが宿ると言えるのだろうか。

 

 

 

 人に魂は作れない。なのはは知る由もないが、起動する度にリセットされている守護騎士という人工物に、そんな魂が生まれているはずもない。

 

 だから、その行為の真剣さが伝わらない。

 その想いが軽い物にしか、なのはの目には映らない。

 

 

「貴女が何をしたいのか知らない。興味もない。……ただそれは、貴女が本当にしたいことなの? まるで伝わってこないよ。与えられた役を演技しているみたい。本当の貴女はどこにいるの?」

 

 

 怒りは未だある。だがそれ以上に、その在り様に憐れみを感じたのだ。

 

 だからなのはは問いかけた。

 騎士と言う殻を被った。ヴィータという役割を与えられた少女に対して――

 

 

「貴女はだぁれ?」

 

 

 勝手な事を。ヴィータはその小さな体に怒りを漲らせる。

 

 彼女は、闇の書の守護騎士だ。

 闇の書と言うロストロギアが、作り出した偽りの人型だ。

 

 闇の書より生まれた守護騎士。

 主を守るという思考は、書の機能として与えられた物であるのだろう。

 

 病に苦しむ主を救う為に、闇の書を完成させる。

 そういう思考に辿り着き、それ以外の方法を考えもしないのも、闇の書を完成させるという存在理由に左右されたが故に守っていることなのだろう。

 

 それでも、確かに言える事が一つある。

 それでも、ヴィータだけの想いは確かにあるのだ。

 

 

「ふざけ、やがってぇっ」

 

 

 主を救う。それは自身の意志である。

 彼女を守る。それは自分で決めたことである。

 

 

「舐めてんじゃ、ねーよ! 見下してんじゃ、ねーよっ!」

 

 

 帽子に付いた、白いぬいぐるみに目を移す。

 のろいうさぎ。今の主である少女に強請って買ってもらった、お気に入りのお人形。

 

 それだけは、そこに宿った想い出だけは、ヴィータだけの物であると自信を持って言えるのだ。

 

 

「私はヴィータだ! 他の何でもねぇ、人形なんかじゃねぇ! 闇の書の守護騎士! 主の為に戦う騎士! 鉄槌の騎士ヴィータだ!!」

 

「あ」

 

 

 なのはは立ち上がる少女の姿に、確かに魂の芽生えを見た。

 

 とても小さく、フェイトや氷村遊とは比べ物にならないほど小さく。だが確かに偽りの生命に魂が生まれる瞬間を目にする。

 

 

「我が主の為! 闇の書の糧となれ! 魔導師!!」

 

 

 その輝きは小さくとも、確かに美しい。

 生まれたばかりで儚くて、だけどなのははその輝きに魅せられる。

 

 それは隙となる。

 その一瞬を歴戦の騎士が見逃すはずもない。

 

 

「ツェアシュテールングス! ハンマァァァァッ!!」

 

 

 カートリッジを、此処で全て消費する。

 生まれ落ちたばかり魂が、その真価を発揮する。

 

 この一瞬に、鉄槌の騎士は嘗ての自分を、魔法生命の限界を超えた。

 完成された個を超えて、少女は新たに生み出した魔法を行使する。

 

 ロケット噴射と共に、迫るは大槌。

 その先端のドリルが、なのはの障壁を破る。

 

 一つ。二つ。三つ。

 三層の防御障壁を全て打ち壊し、その鉄槌を振り下ろした。

 

 だが――

 

 

「……今初めて、ヴィータちゃんに会った気がする」

 

「んなっ!?」

 

 

 それでも、届かない。その鉄槌は空ぶっていた。

 それは高町なのはが、尋常ではない速度で移動した為。

 

 高速移動魔法。フェイト・テスタロッサという神速には届かないが、それでもなのはの今の速度は音速を超えている。雷鳴の如き速度で疾走する。

 

 彼女は動けない要塞ではない。動こうと思えば、高速機動を得意とする魔導師など足元にも及ばない速度で移動できる。

 

 唯今まで、それほど速く動く必要がなかっただけだ。

 

 

「本当はね。障壁だけならもっと展開出来るんだ。ただ攻撃と防御と移動速度のバランスが一番良いのが三重障壁だから、そこで止めているだけ」

 

 

 言葉と共に、展開されるは多層の防御壁。

 一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ九つ十。

 その数は一瞬で二桁を上回り、三桁へと到達する。

 

 一つ破るのに、攻撃特化の騎士が命懸けで挑む必要のある防御壁。その数が108。

 

 それは鉄槌の騎士では破れない。

 悪魔か魔王を思わせる少女の、圧倒的に過ぎる防御陣。

 

 

「お話し聞かせてくれるかな? 君に少しだけ、興味が出てきたんだ」

 

 

 その武威を持って、語られる言葉。

 その圧倒的な力を前に、ヴィータは恐怖で震える。

 

 

 

 障壁を纏ったなのはが移動する。

 

 それだけで108もの障壁は物理的な威力を発揮する脅威となって、ヴィータは押し潰されるように落とされた。

 

 地に落とされたヴィータは、動かすだけで痛みが走る身体を抱えて呟く。

 

 

「……悪魔、め」

 

 

 その少女の姿は、御伽噺に語られる悪魔のように。否、それでも足りないだろう。

 悪魔の王。白き大魔王。ヴィータは眼前の少女が、そんな化け物にしか見ることが出来ない。

 

 

「悪魔で良いよ。それならそれらしく、お話し聞かせてもらうだけだから」

 

 

 罅割れたアイゼンを手に、それでも諦めまいと立ち上がるヴィータを前に、障壁の数を減らして誘導弾を展開することでなのはは答える。

 

 全く油断していない。

 

 そんな格上の態度に忌々しそうに舌打ちをすると、ヴィータはボロボロの体で、しかし確かに力強く構えを取る。

 

 

 

 そんな両者の間に、割って入る二つの影が現れた。

 

 

「誰!?」

 

 

 弾かれる様に遠のいたなのはは、乱入者達へと向かい合う。

 なのはの零れるような疑問に答えを返すのは、赤髪の女と青髪に獣耳の男。

 

 

「烈火の将、シグナム」

 

「盾の守護獣、ザフィーラ」

 

 

 白と赤の騎士甲冑を着込んだ女。名を烈火の将シグナム。

 浅黒い肌に青い服と銀の手甲を身に付けた男。名を盾の守護獣ザフィーラ。

 

 ヴィータと同じく、闇の書より生まれ落ちた騎士が名乗りを上げる。

 そして彼らの到着に笑みを浮かべ、寄り添うようにヴィータも満身創痍で立つ。

 

 

「鉄槌の騎士、ヴィータ!」

 

 

 ここに揃った、三人の騎士。

 彼らこそが、闇の書が主に仕える守護の騎士。

 

 

『我ら、夜天の空に集いし雲! ヴォルケンリッター、ここにあり!!』

 

 

 声を揃え己を宣する三人の騎士。

 新たに現れた敵手の存在を前に、なのはは警戒して構えを取った。

 

 

「多勢に無勢だが、悪く思うなよ魔導師!」

 

「……別に良いよ。纏めて倒して、お話し聞かせてもらうだけだから」

 

 

 白き魔王と雲の騎士達の戦いは、ここに新たな局面を迎える。

 

 

 

 

 

 




奈落之覇王。略してなのは。
戦闘時の推奨BGMは『覚醒、ゼオライマー』あたり。


ヴォルケンズのスペックはシグナムさんを基準に想定しています。
古代ベルカ産のロストロギア。そのモデルになった人は戦乱期の英雄だろうな、と考えたのでシグナム・オリジナルが陽5陰5の等級を想定。
コピー現象での劣化を考慮してシグナムは陽陰共に4と4です。
ヴィータ、ザッフィーは一段落ちるイメージなので、魔法型のヴィータが陽3陰4。逆に魔法が補助以上の意味を持たないザッフィーが陽4陰3と考えています。

なのはは基本陰5でレイハさん効果でほぼ6。まず勝てないのでこういった結果になりました。


主人公が通り魔に襲われた話なのに、勇者パーティーが魔王に挑む最終決戦にしか見えない不具合。前のシーンとのギャップ差で萌えが演出されてれば良いなー(願望)


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