リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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2016/10/12 改訂完了


副題 風雲奈之覇城。
   ジョブチェンジ。
   不穏の種。



第十八話 激闘の果ての再会

1.

 紅に染まった世界の中、杖と刃を向け合う四人の魔導師。

 この四者の中で、最も素早く動けるのは誰か、論ずるまでもない。

 

 この戦場で最速なのは、高町なのはだ。

 

 雷鳴の如き速さで疾走する少女は、全てを置き去りにする速度で飛翔する。

 攻撃型のヴィータも、防衛型のザフィーラも、圧倒的な速力差故に真面な反応すら出来ていない。

 唯一の例外は指揮官型故に万能なシグナムだが、彼女にした所で速度に反応出来るだけ。追い付ける道理は何処にもない。

 

 故に彼女は、戦域を自由に操れる立場に居る。

 その速力差を持って、自身の望んだ立地を得る。地の利を抑える事が出来るのだ。

 

 

「レイジングハートッ!」

 

〈Divine shooter〉

 

 

 結界内の上空、最上部に少女は陣取る。

 そして雨霰の如く降らせるは、誘導制御の直射弾。

 

 数の限りなどはなく、無尽蔵に生じる絶対量。

 絶対優位の場所から行われる空爆は、宛ら天罰の如くに地表を焼いた。

 

 

「ざっけんなっ!! あいつ、どんだけ魔力持ってんだよ!?」

 

 

 対する守護騎士達は民家を含める建物を盾とし、回避と防御に専念しながら抵抗を続けている。否、それは抵抗と呼べる物か。

 

 反抗の術はない。抗う余地はない。降り注ぐ脅威を前に逃げ惑う騎士達。

 彼我の実力差は明確であり、拮抗あるいは一部に置いて凌駕するという物のない戦いは戦闘と呼べない。最早蹂躙と言った方が近いであろう。

 

 

「さあ、な。想像も付かんよ」

 

 

 ヴィータの吐いた毒に、シグナムは身を隠しながら言葉を返す。

 理不尽だ。襲撃した側が何を、と言われるかもしれないが、それでも理不尽だと思わざるを得ない。

 

 常の魔導士ならば、否オーバーSの魔導士であっても枯渇するだろう程の魔力消費。湯水のように魔力を使う少女に、衰えは一切見られない。先の一瞬までヴィータと戦っていたというのに、だ。

 

 不撓不屈。己の意志力を、魂を魔力へと変換するその力は効果を発揮している。

 

 少女の中にある怒り。話を聞きたいという想い。

 それらが魔力へと昇華され、正しく無尽蔵というべき魔力を少女に齎している。

 

 数の利などは、圧倒的な質の差を前にすれば意味を為さない。

 己の三倍という人数差を、あっさりと覆す要素に他ならない。

 

 

「だが、あれだけの魔力を蒐集出来れば、間違いなく闇の書は完成する。……そう思うと、やる気が出るとは思わんか、お前達」

 

 

 それでも、将たるシグナムは笑みを浮かべている。

 身を隠す建物ごと降り注ぐ魔法に消し飛ばされて、巻き込まれる寸前で辛うじて回避しながらも、そんな軽口を叩いている。

 

 彼女ら、守護騎士には理由がある。

 

 民間人の襲撃と言う、誇り高き騎士にはあるまじき行い。

 一対一だとしても恥だと言うのに、複数人で一人を襲うと言う更なる上塗り。

 

 それを許容せねばならないだけの理由が、彼女達には存在していた。

 

 

「確かに、な。あの娘一人で、闇の書は完成する。ならば、この恥知らずな行いにも意味がある」

 

 

 闇の書。それは魔導士やリンカーコアを持つ生物より魔力を蒐集し、持ち主に絶大な力を与えると信じられているロストロギア。

 

 完成すれば何でも望みが叶う書を、しかし彼女らの主は望まなかった。

 

 書を完成させる為には、666頁にも及ぶ闇の書の内部を相応の魔力で満たす必要があり、他の生命が持つ魔力を蒐集しなければならない。

 

 魔力を無理に奪われれば、其処には当然痛みが伴う。

 急激に魂の力を消失すれば、最悪の場合死に至る危険すら存在する。

 

 それだけの魔力を集めるには、どれだけの蒐集を必要とするか。

 それだけの回数を重ねれば、或いは最悪の展開を引いてしまう可能性も高まるだろう。

 

 故に彼女らの主は、闇の書を完成させてはいけないと語った。

 だが、守護の騎士らは主に反する。何故ならば、その主の命が危険である為に――

 

 

「ああ、あいつ一人ではやてを救える。……なら、どんな化け物でも潰してやろうじゃねぇか!」

 

 

 半身不随の少女。八神はやて。

 彼女こそが今代の主に選ばれた、大凶の籤を引いてしまった娘である。

 

 少女の身に襲う半身不随は、闇の書が原因であった。

 完成に至ろうとする書が、主従の繋がりを介して、彼女の魂を削っているのだ。

 

 このまま、蒐集をしなければ、早晩にもはやては死ぬ。

 身体の麻痺は全身に到達し、彼女は闇の書に憑り殺されてしまうのだ。

 

 守護の騎士らに、それは許容できない。

 この時代にあって、騎士達に人の温かさを教えてくれた優しき主。それがどうして、失われると分かって放置が出来ようか。

 

 だが、騎士は書に抗えない。

 闇の書に作られた騎士らは、闇の書には逆らえないのだ。

 

 故に求めたのは、書の完成。

 完成と共に得られる絶大な力で、八神はやてを救う事。

 

 だから、膨大な魔力が必要となる。

 それも短時間の内に、途方もない量が必要なのだ。

 

 通常の魔導士では蒐集対象にしたとて、数頁分の魔力しか回収出来ないであろう。

 高ランクの魔法生物を倒したとしても、収支がつぐなわない。時間が足りな過ぎるのだ。

 

 だが高町なのはだけは違う。彼女の魔力は正しく無尽蔵である。

 故に、高町なのはを蒐集すれば、その瞬間に666頁全てが埋まるのだ。

 

 

「行くぞ。お前達。……誇りに反する事。主に反する事。それら全ての背任も、この一戦にて終わりにしようっ!」

 

 

 主を救う術が、すぐ目の前にある。

 それを前にして、戦意が高まらぬ理由はない。

 

 

 

 しかし当然。それだけの魔力を持つという事は、それだけの強さを持つと言う事実に他ならない。

 

 

「ディバインバスター・ファランクスシフトっ!!」

 

「っ、おぉぉぉぉっ!?」

 

 

 桜の砲火が、大地を焼く。降り注ぐ雨が、あらゆる全てを押し潰す。

 隠れ潜む家屋が吹き飛ぶ。溢れる輝きに飲み込まれそうになって、躱した筈なのに余波だけで吹き飛ばされる。

 

 帽子に付いた人形が、桜に飲まれて大地に落ちる。

 転がり落ちたその先で、倒壊した家屋に巻き込まれて潰れていく。

 

 

「くそっ、くそっ、アイツ。よくも――」

 

 

 主に貰った大切な物が、見るも無残に壊される。

 自分から仕掛けたという事すら一瞬忘れて、頭の中が怒りに満たされる。

 

 

「落ち着け。ヴィータ」

 

「……わーってるよ。頭に血が上れば、それまでだってさ」

 

 

 だが、それも一瞬だ。怒りをぐっと飲み干して耐える。

 三人がかりでこの状況。そんな中で感情のままに飛び出せば、一瞬足りとて持たないと分かっていた。

 

 

「ほんっと、悪魔ってか、大魔王だろ。ありゃ」

 

 

 高町なのはは、怪物だ。

 

 巨大な生命力を持つ魔法生物。

 圧倒的な技術を持つ大魔導士。

 一騎打ちでは負けなしを誇る優れた騎士。

 

 それら全てが、彼女の前では無力となる。

 それら全てが同時に挑んでも、勝ち目は那由他の果てにしか存在しない。

 

 力が足りない。魔力の桁が違っている。

 多少の小細工でどうにか出来る範囲を、既に逸脱しているのだ。

 

 

「……なあ、この状況。何かを思い出さないか?」

 

「あ? 何だよシグナム。くっちゃべってると死ねるぜ、これ」

 

「ふっ、一番口を開いているお前には、言われたくないがな」

 

 

 高町なのはの魔砲は、あくまでも非殺傷設定だ。

 魔力ダメージを与えるだけで、対物理には影響を与えない筈の物だ。

 

 だが、建物が消し飛んでいる。

 非殺傷の砲撃で、物理的な破壊が起きている。

 

 それは単純に、威力が過剰に過ぎる為。内包する魔力量の問題だ。

 

 この世のあらゆる現象は、魔力によって形成されている。

 本来魔力ダメージとは、形成された後の魔力には影響を与えず、未形成の物にのみ変化を与える代物だ。

 

 だが余りに魔力が過剰に過ぎれば、余程洗練された技巧を持たない限り、物理的な影響が生まれてしまう。

 例えば魔力砲が移動した際に生じる余波、それだけでも物理的な破壊現象を伴ってしまうのだ。

 

 その領域にまで至れば、非殺傷であることなど殆ど関係しない。

 

 これ程に大量な魔力が移動すれば、その余波だけでも建造物が消し飛ぶ。

 直撃など受ければ、その瞬間にショックで心停止を起こす可能性だって存在する。

 

 そうでなくとも、確実に意識は飛ぶであろう。

 そして、こんな状況で気絶すればどうなるか、想像するに容易い。

 

 射撃と共に発生する建物の倒壊に巻き込まれる可能性や、砲撃が開いた地の大穴に落ちる危険性。どちらにしても後に待つ結果は碌な物ではないだろう。

 

 直撃は死を意味する。作り物であれ古代ベルカ戦乱期より存在している歴戦の強者達は、その事実を確かに理解している。

 

 

「まあ聞け、ヴィータ。それにザフィーラ」

 

 

 そんな死地において、シグナムは笑みを浮かべている。

 守護騎士の現場指揮官である女騎士は、既に攻略への一手を脳裏に描いていたのだ。

 

 

「この状況。私達は嘗てにも経験しているはずだろう?」

 

「……ああ、言われてみれば分かるぞ。懐かしいとすら感じている」

 

「んだよ、てめぇらだけで納得しやがって、もっと簡潔に言えよっ!」

 

 

 誘導弾を迎撃し、迎撃など出来ない魔砲から身を隠す。

 そんな行為を続けながら、ヴィータは苛立ちながらに口を開く。

 

 

「分からないか、ヴィータ――」

 

 

 そんな彼女にシグナムは、懐かしむような表情で答えを告げた。

 

 

「これは攻城戦だよ」

 

「あ? 敵はあいつ一人。……って、そういうことかよ」

 

 

 ヴィータも漸くに、シグナムの言わんとすることを理解する。

 

 城壁よりも強固な障壁に守られ、一人の魔導士が展開しているとは思えない程大量にして高出力の魔力を撃ち続ける高町なのは。

 これと相対するとは、個人の戦闘の延長にはあらず。完全防備を整えた巨大要塞に挑むのに等しい。

 

 高町なのはを一個人と考える事。それこそが過ちに他ならない。

 一個人として考えなければ、確かに対処の術は存在しているのである。

 

 

「だが、な。相手が城ならばやり様はある。攻城戦は、我らが得意とする物の一つであろう」

 

 

 その身が偽りであれ、その中身が作り物であれ、ヴォルケンリッターとは歴戦の勇士である。遥か昔より戦場を戦い続けた戦士である。

 不都合な部分を処理され、起動の度に記憶をリセットされる彼らであるが、本来の役割を果たす為に必要な戦闘経験だけは引き継がれているのだ。

 

 

「はっ、古代ベルカの首都防衛網が餓鬼の玩具に見えるレベルの城だけどな。しかも高速移動可能と来た」

 

「だが、攻城戦ならばそれ相応の作法がある」

 

 

 それでも、三人は確かに確信を抱いている

 百年を超える研鑽は、この怪物を相手にしても通じると信じているのだ。

 

 

「行くぞ! ヴィータ! ザフィーラ!」

 

『応!』

 

 

 故に、守護の騎士らは勝負に出る。

 高町なのはと言う城壁を破る為に、今此処に攻城戦を行うのだ。

 

 

 

 攻城戦の基本とされる戦術には、幾つかの種類が存在している。

 

 包囲。或いは兵糧攻めとされる手法。

 城の周囲を取り囲み、物資の補給を滞らせる。敵を干上がらせて、戦うことが出来ないようにする戦術だ。

 

 交渉。或いは調略と言われる方法。

 脅迫や取引により、相手に城を放棄させる駆け引き。敵に自らの意思で防備を放棄させる戦術だ。

 

 奇襲。夜討ちや朝駆けなどを含む手法。

 相手の準備が整わない内に攻めたて、一気呵成に城を蹂躙する戦術。

 

 これら全てが、現状では意味がない。

 

 まずは包囲。これは不可能だ。

 高町なのはは言うなれば、移動できる要塞である。動かない拠点ではないのだ。

 

 包囲したとて、その包囲網を強引に打ち破ることは容易い。

 守護騎士達にも遅延戦術を行うような時間はない。まず論外な戦術である。

 

 ついで交渉。これもまた論外だ。

 

 なのはが城のような性能を持っていても、彼女は個人である。

 彼女以外に交渉するべき相手はおらず、襲撃という形で仕掛けた以上対話の余地はないだろう。

 

 既に戦線が開かれている現状。戦闘の真っ只中で敵に対して和平の使者を立てるなど愚策だ。仮に停戦したとして、それで彼らの望む結末が得られる訳でもない。

 

 襲撃を詫びて、事情を語り協力を頼む。

 そうすれば素直にリンカーコアを差し出してくれる魔導士がいる。

 

 そんなことを信じられるほど、守護騎士達は純粋ではいられない。

 そんな都合の良い事が起こり得ると、信じる事など出来はしないのだ。

 

 最後に奇襲だが、こうして向き合って対立している状況で、どうして奇襲を仕掛けられようか。

 予想の外から仕掛けるという案は悪くはないが、こちらが全滅でもしない限り、高町なのはが警戒を解くことはないだろう。

 

 ならば、守護騎士達の選ぶ戦術とは何か。

 

 それは――

 

 

「行くぜ、ザフィーラ!」

 

「任せろ!」

 

 

 赤い少女は、青き狼に跨って空を駆ける。

 盾の守護獣ザフィーラは、空を駆ける足となる。鉄槌の騎士たるヴィータを届かせるべき道と化す。

 

 その四足は高町なのはの砲撃を躱し、その頑健なる体躯は誘導弾の痛みに耐える。盾の守護獣は鉄槌の騎士を背に乗せて、戦場を唯直走った。

 

 彼らの選んだ戦術とは、即ち強行突破。

 攻城側の被害が最も多くなる戦術であり、他に術がある状況でなら間違いなく悪手とされる戦術だ。

 

 

「無駄だよ。届かせない」

 

 

 無駄だ。盾の守護獣では届かない。

 どれ程に覚悟しようとも、その絶対の差は覆せない。

 

 彼女の攻撃は、神速であるフェイト・テスタロッサを相手取るよう磨き抜かれた物である。

 大天魔と同等という規格外な魔力で、命を投げ捨ててまで得た速力。光の速ささえ超えたそれを捉える為に、磨かれたのが今の射撃技術である。

 

 故に、盾の守護獣では躱せない。

 ザフィーラの速度で振り切れる程に、それは甘くなどない。

 

 誘導弾をその身に受けて傷付きながら、砲火の隙間を縫って進むザフィーラ。だが砲火に隙間などはない。そこにあるは罠である。

 

 レストリクトロック。光の輪がザフィーラを捉える。

 安易な対応をした獣を嘲笑うかのように、天より桜色の輝きが降り注いだ。

 

 

「っ! おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 雄叫びを上げて魔砲に耐える獣。彼に最早逃げ場はない。

 膨大な破壊の魔力を前にして、耐えるだけでは何れ潰される。

 

 だが侮るなかれ、見縊るなかれ。盾の守護獣は確かに速力で劣るが、それでもフェイト・テスタロッサが持たない物を持っていた。

 

 

「盾の守護獣を、嘗めるなぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 それは耐久力。純粋な防御力の高さ。

 例え一瞬。一分一秒に満たずとも、確かに耐え抜く耐久性を持っているのだ。

 

 主の、そして味方の体を守る為に、盾の守護獣とはその名の通り盾となる。

 

 故に、彼に最も求められた物こそ防御力。古代ベルカの戦艦の主砲。それにも耐え抜けるだけの装甲こそを盾の守護獣は誇っている。

 

 それは今の高町なのはの守りにこそ劣れど、この場で二番目の強力な障壁。

 魔法抜きでの身体の頑強さ。それら二つの要素が盾の守護獣の防御力を保障している。

 

 盾の守護獣だけは、なのはの砲撃をその身に受けても、一撃では沈まない。

 絶えず受け続ければ直ぐに落ちるが、それでも一分一秒程度は耐え切ってみせる。

 

 ならばそこに、一瞬の隙を生み出せるのは道理である。

 

 ザフィーラはその身を人型に変える。

 獣を捕える形と化していた捕縛の輪は、僅かにだが隙間を生み出す。

 

 自由になるは腕一本。されどそれだけ動かせるならば十二分。

 自由になるその腕で鉄槌の騎士を抱き上げると、思い切り上空へと放り投げた。

 

 

「喰らえよっ! こん畜生がぁぁぁっ!」

 

 

 桜色の砲火を抜けてきた鉄槌の騎士は傷だらけ。

 既に満身創痍。だがその傷は全て、先の一騎打ちにて高町なのはに与えられた傷である。

 

 この一瞬の攻防で付いた傷はない。

 盾の守護獣は、その少女を守り抜いている。

 

 ならばその鉄槌に、威力の不足などはあり得ない。

 

 

「けど!」

 

 

 宙を飛ぶヴィータは無防備だ。如何にここまで道を開いたとて、高町なのはとの距離はある。

 

 それは数字化すれば僅かな間合いに過ぎずとも、高町なのはという強大な魔導士を前にする限り絶望的な断崖として存在する。

 

 届かせる為に、打ち破る為に、越えねばならぬ壁がある。そしてヴィータにそれは超えられない。

 

 ここで迎撃に魔力砲を一撃でも放てば、それで彼女は落ちるから――高町なのははレイジングハートを構え、そこでその事実に気付いた。

 

 

「はっ、やっと気付いたかよ!」

 

「っ、この位置じゃ!?」

 

 

 位置取りが、悪い。

 射線の向かう位置が悪過ぎる。

 

 これではヴィータは落とせない。

 

 

「ああ、てめえの魔法の威力なら、私ごと結界を消し飛ばして、外にまで被害が出る位置だよな!」

 

 

 高町なのはの弱点の一つ。それは火力が高くなり過ぎていること。

 最も軽い威力であるはずの魔力弾でさえ、結界を揺るがす程の火力と化してしまっている。

 

 溢れる魔力を溢れるままに行使するのは簡単でも、極限にまで絞ってコントロールするのは難しい。

 高町なのははその無尽蔵の魔力故に、魔力量で威力の変動する魔法全てが強力な物と化してしまうのだ。

 

 結界内という限られた空間において、なのはが使用できる魔法は限られてしまう。

 威力が固定され、魔力を増やしても数が増えるだけの誘導弾か、直接攻撃力を持たない魔法。或いは攻撃の向きを真下に固定して、結界に被害が出ないように攻撃を行うしかない。

 

 故にこそ、地の利を真っ先に抑えたのだ。

 そこを見抜かれ、こうして街を人質に取るような対応をされてしまえば、高町なのはの攻勢は緩む。

 

 その一瞬の隙さえあれば、ヴォルケンリッターはその刃を届かせる事が出来る。

 

 

「ぶっ潰せ、アイゼン!」

 

〈Jawohl.〉

 

 

 防御も回避も慮外して、力の全てを攻勢に回す。

 強烈なヴィータの一撃は、高町なのはへと遂に届いた。

 

 

 

 この戦いを攻城戦。高町なのはを巨大な城と捉えるならば、鉄槌の騎士とは攻城兵器だ。

 

 その一撃は確かに障壁を打ち破る。その攻撃は城壁に穴を開ける。

 守護騎士の強行戦術。それが繋ぐは城壁破壊という勝利に繋がるただ一手。

 

 

「っ! けど!」

 

 

 高町なのはは、その音速を超えた速度。

 雷鳴の如き速力で、鉄槌の騎士から距離を取る。

 

 接近戦でヴィータと相対するのは危険があり、間合いを自由に出来るだけの速力差があればこその選択は――

 

 

「はっ、だよな。お前は退くよな。速えんだから、自分の障壁を打ち破れる私と足を止めてやり合う必要がねぇ!」

 

 

 読まれている。歴戦の勇士を前にして、それは余りに短慮が過ぎる反応だった。

 

 守護の騎士はその殆どが接近しての技術に長けており、射撃を得意とするなのはを前にすれば近付くだけで命を掛ける必要がある。故に速度に差があるならば、距離を取るのは確実と言える対処であろう。

 

 だからこそ、予想するのが簡単だった。

 当たり前の行動であり、そうであるが故に守護騎士達は既に読んでいる。

 

 

「翔けよ、隼!」

 

 

 烈火の将シグナム。ヴィータ、ザフィーラという味方を囮に、建物から建物の影を移動しながら身を潜めていた女。

 彼女は自身のアームドデバイス、レヴァンテインの形を変える。

 

 

〈Sturm falken〉

 

 

 弓の形をした形態、ボーゲンフォルム。それに魔法の矢を番えると、ヴィータがなのはに殴り掛かるとほぼ同時に、何もない空間へと向かってその矢を放った。

 

 

「え?」

 

 

 放たれた矢は宙を疾走する。その矢が射抜かんとする場所に、ヴィータの攻撃を回避した直後の高町なのはが踊り出す。

 

 

 

 高町なのはは恐ろしいレベルで完成している魔導士だ。

 その攻勢。その防御。その速度。全てが常軌を逸した領域に至っている。

 守護騎士達の全てを纏め上げたとして、それで届くであろう位置にはない。

 

 されど、彼女に欠けている物が一つ。守護騎士達を下回る物が一つある。

 

 それは戦闘経験。多種多様な相手と戦う経験である。

 

 彼女がこれまでに戦った相手はフェイト・テスタロッサ。イレイン。氷村遊。ジュエルシードの怪物。――そして天魔・宿儺である。

 

 内ジュエルシードのモンスターはなのはに比べると極端に弱く。敵と呼べるだけの力を持たなかった。なのはに蹂躙されるだけで終わった為に、大した経験になっていない。

 

 天魔・宿儺はその逆。なのはがただ蹂躙されるだけだった。それほどまでに彼の大天魔は強く、故に精神面ではともかく、技術面においてはその経験は役に立たない。

 

 氷村遊との戦いは、身体面での多少の経験となっていたはずだったが、記憶が消えてしまっている今では余り意味がない。

 

 必然。彼女の力を支える経験とは、フェイトとイレイン。その両者に依存する形となる。

 どちらも強大な敵であった。神速のフェイト。質量兵器を操るイレイン。そのどちらもが容易い相手ではなかった。

 

 だが、所詮は二者。如何に強力とは言え数が少なければ、戦闘はパターン化される。

 当時の戦闘データを元に訓練している以上、パターン化された攻撃への対処に慣れてしまう。

 

 故に、高町なのはには足りていない。

 多種多様な相手との戦闘技術が、致命的なまでに不足している。

 

 それが足りてないが故に、その回避行動はとても綺麗な物となる。

 教科書通りの対応。攻撃に対して最も単純かつ効果的な躱し方は、それ故にとても読みやすい。

 

 ならば話は単純だ。目に見えない速さで、動き回る敵手であっても、来るべき場所が分かるのならば仕留めることは可能となる。

 

 

「レイジングハート!」

 

〈Protection EX〉

 

「グラーフアイゼン!」

 

〈Gigant schlag〉

 

 

 足を止めて迫り来る矢を障壁で防ぐなのはに、背後より鉄槌の騎士が襲い掛かる。

 三重の障壁は一層を矢に貫かれて、一層をヴィータに崩されて、残る一層を砕かんと矢を放った直後の烈火の将が剣を振るう。

 

 

「紫電一閃!」

 

 

 炎を纏った斬撃が振るわれる。残る一層は砕かれる。

 慌ててなのはは両手を使う。右手の杖でシグナムの炎剣を受け止め、左手に魔力を纏わせるとヴィータの鉄槌をその手で押さえた。

 

 一瞬の拮抗。鍔迫り合い。自身の不利を知り、そんな物に付き合う必要のないなのははその速力で、離れようとする。

 

 

 

 だが忘れるなかれ、守護騎士はもう一人いる。

 

 

「させん! 鋼の軛!!」

 

 

 その身は満身創痍なれど、立ち上がりしザフィーラは魔法を放つ。

 地上より盾の守護獣が放つ魔法。それは地面より溢れ出す光の拘束条。それは幾重にも重なり刃の如く、その先端を届かせる。

 

 地面からしか出せず、上空数十メートルの範囲しか縛れない捕縛魔法。

 だが故にそれは、広く普及している捕縛魔法を大きく上回る性能を有している。

 

 上空90メートルの位置から魔法を降らせていたなのはは、ぎりぎり射程内にいる。

 

 ならば届こう。ならば逃がさぬ。

 その足元を光の刃が貫き、故に彼女は移動出来ずに足止めされる。

 

 

「これでっ!」

 

「終わりだ!!」

 

「ぶっ潰れろぉぉぉっ!」

 

 

 足を取られ、両手を塞がれ、その身に迫る炎剣と鉄槌を防ぎ切れない。

 三人の守護騎士が誇る最大の一撃を、その一身に受けて――なのはは。

 

 

「まだ、だ!」

 

〈Reacter purge〉

 

 

 バリアジャケットを魔力に変えて、三者を吹き飛ばす。

 その魔力波は強大。鋼の軛を打ち破り、ギガントシュラークを押し飛ばし、紫電一閃を弾き飛ばした。

 

 守護騎士三人の全力を、たった一人で押し返す。

 膨大な魔力によるごり押しで、あらゆる技巧を振り払う。

 

 バリアジャケットと引き換えに、なのはは三者の全力攻撃を打ち破り――故に四人目の守護騎士を前に、その無防備な隙を晒した。

 

 

「ああ、やっと繋がった」

 

 

 嫌な感触がして、己の胸から知らぬ女の手が生える。

 バリアジャケットと言う守りを失った少女は、故に伏兵の奇襲を受けた。

 

 

「え、あれ?」

 

 

 宙に浮かぶなのはの胸から、若い女の手が生えている。

 その手は小さく光り輝く結晶を、確かに握り締めていた。

 

 小さな光。桜色に淡く輝くその結晶。

 魂に属する器官でありながら、人が触れることの出来る臓器として存在している物質。

 

 その名はリンカーコア。

 

 

「おせぇぞ、シャマル!」

 

 

 満身創痍のヴィータが毒吐いて、何時の間にか居た金糸の女が頭を下げる。

 

 緑の衣装を纏った若い女は、闇の書に属する最後の一人。

 一冊の本を手に、自由な片手を鏡のような物に突き入れている女。

 

 穏やかそうな見た目の彼女こそが、最後の守護騎士。後方支援を担当する“湖の騎士”シャマル。

 

 

 

「ごめんなさい。旅の鏡が全然展開出来なくて」

 

 

 旅の鏡。それは転移魔法の一種であり、空間を繋ぐ鏡によって指定した対象を取り寄せる魔法。

 防護服や魔力障壁で容易く防がれる程度の魔法だが、今のなのはにはそのどちらもないが故に、こうして嵌ってしまったのだ。

 

 

 

 古今東西を問わず、攻城戦で最も恐ろしい戦術とは内応であろう。

 如何に堅牢な城壁を誇ろうとも、城とは内側からの攻撃に脆い物なのだ。

 

 シグナムもヴィータもザフィーラも皆囮に過ぎず、シャマルこそが守護騎士達の本命であった。

 

 

「それじゃあ、蒐集を始めましょう」

 

〈Sammlung.〉

 

 

 彼女の手にした一冊の本。

 闇の書が一人でに宙に浮かび上がると、そのページが開き始める。

 

 

「っ! ああああああああっ!?」

 

 

 リンカーコアから魔力が奪われる。

 力が奪われることで生じる倦怠感と、体を襲う痛みに思わず少女は苦悶の声を上げた。

 

 そして闇の書の白紙のページに文字が踊る。

 一行二行、一頁二頁と闇の書の空白は見る見る内に埋められていく。

 

 

「……本当に、この子凄い」

 

 

 一瞬の間に闇の書の記述は三百頁を超え、それでも尚、なのはの魔力は尽きる兆しすら見せない。

 

 その大量の魔力にシャマルは感嘆の声を漏らし、少女の体がぴくりと動いた。

 

 

「え?」

 

 

 その戸惑いの声は、湖の騎士の物。

 彼女のみならず、烈火の将、盾の守護獣もまさかという表情を浮かべている。

 

 高町なのはは蒐集されながら、その腕を動かしている。

 レイジングハートを小さく手に持ち、その先端を自分の胸へと向けている。

 

 その杖の先に、桜色の輝きが集っていた。

 

 

「まさか、自分ごとシャマルを吹き飛ばす気か!?」

 

「え、ええええっ!?」

 

 

 気付いた声と戸惑う声に、なのははニヤリと笑みを返す。

 さあもう対処は遅い。纏めて吹き飛ぼうとその魔法の名を口にする。

 

 

「ディバイーン!」

 

「ギガントシュラーク!!」

 

 

 それが放たれる直前、なのはが動くと同時に飛び出していたヴィータがその鉄槌を振り下ろす。

 

 放たれようとしていた魔法は妨害されて、なのはの身体を鉄槌が打つ。

 振り下ろされた鉄槌は少女の体を打ち貫いて、高町なのはは天より墜落した。

 

 

「おい! 何してんだよ。お前ら」

 

 

 他の三者が驚愕する中、最も長くなのはと戦った彼女だけは理解していた。

 

 こいつはやらかす、と。

 

 故にこそ、なのはに抵抗を許さない速度で、ヴィータは動けたのだ。

 

 脱力した少女は轟音を立てて、瓦礫と化した高町家へと墜落する。

 その様を固まったまま眺めている三人の仲間へと、ヴィータは毒吐く様に口にする。

 

 

「さっさと確認しにいくぞっ!」

 

「あ、ああ。……だが流石に今のは死んだんじゃないか?」

 

「はっ、あの魔王がこんなんで死ぬもんかよ。下手すりゃピンピンしてるかもしれないぜ」

 

 

 自分の言に確信があるかのように、ヴィータはそう語る。

 その自信に溢れる姿に従って、彼らは高町家跡地へと着地した。

 

 

 

 崩れ落ちた高町家の瓦礫の山。

 其処に紛れる形で、満身創痍の少女は、辛うじての息をしていた。

 

 

「う、あ」

 

 

 地面に激突する寸前。残る魔力を放出して墜落のダメージを軽減したなのはは、確かにまだ生存していた。

 

 だがその身は傷だらけ、起き上がることも出来ない程に傷付いている。

 

 

「ま、だ。私、は」

 

 

 それでもなお、立ち上がろうとしている。

 諦めないという不屈の心で、瓦礫を支えに前へ進もうとしていた。

 

 そんな少女を前にして、赤い髪の騎士は立ち塞がる。

 

 

「はっ、やっぱり健在だったな」

 

「……ヴィータ、ちゃん」

 

 

 巨大な鉄槌を担ぐ騎士は、高町なのはを過小評価したりはしない。

 こうして満身創痍となっていても、それでも放っておけば逆転の一手を打って来ると認識している。

 

 だから――

 

 

「悪ぃが、寝てな」

 

 

 油断も躊躇いもなく、その手にした鉄槌を振り下ろさんと、大きく振りかぶった。

 

 

 

 其処に――

 

 

繋がれぬ拳(アンチェインナックル)!」

 

「うおっ!?」

 

 

 頭上より現れた乱入者が放った拳圧が、振り下ろされたグラーフアイゼンを打ち返した。

 既になのはとの戦闘で罅割れ、限界を迎えつつあった鉄槌は繋がれぬ拳に打ち砕かれる。

 

 大振りに体を動かしていた影響で、ヴィータの上体が泳ぐ。

 

 体幹がぶれて明確な隙を晒した赤毛の少女の胴を撃ち抜くように、舞い降りた金髪の少年の蹴撃が撃ち込まれて、少女の小さな身体は大きく跳ね飛ばされた。

 

 

「ヴィータ!」

 

 

 狙って跳ね飛ばした先にいるのは烈火の将。

 躱す訳にもいかず、その両手で鉄槌の騎士を抱き留めて、故に生まれた隙を少年は見逃さない。

 

 

「はっ!」

 

「ふん!」

 

 

 拳を握りシグナムに襲い掛かる少年を、盾の守護獣が拳で押し止める。

 

 交差は三度。

 初撃にて双方の存在を認識し、続く二撃にて互いの実力を認識した。

 

 拳を合わせて分かる実力。純粋な身体能力では盾の守護獣が勝り、戦闘の技巧と小回りの早さで少年が僅か勝る。

 

 実力は拮抗している。戦力は同等である。

 互いに互いを難敵であると認識した瞬間に、少年は三度目の蹴撃で生じた反作用に身を任せて、後方へと跳躍した。

 

 そして、旅の鏡から飛び出している女の腕を圧し折る。

 痛みに震えたそれがリンカーコアを手放した瞬間に、その手を無理矢理押し込み旅の鏡に干渉して強制的に閉じる。

 

 少女の肩を抱き、膝裏を支えて抱き抱える。

 そうしてそのまま更に後方へと跳躍し、守護騎士達と距離を取った。

 

 

「ユーノ、くん」

 

 

 掠れる瞳で、なのはは見上げる。

 再会を約束した少年の姿は、嘗て見た時よりも少しだけ、けれど確かに力強くなっていた。

 

 

「ごめん、なのは。遅れた」

 

 

 少年は優しくなのはを下ろし、壁に寄りかからせる。

 その前に立って立ち塞がると、少年は鋭い視線で守護騎士達を睨みつけた。

 

 

「何、なのはに手ぇ出してんのさ、お前達」

 

 

 本来穏やかな気性の少年は、過去に類を見ない程に怒っている。

 許さないぞお前達。己の太陽を傷付けられた少年は、守護騎士達を睨みつけて告げる。

 

 

「ぶっ飛ばすぞ!」

 

 

 ここにユーノ・スクライアが参戦した。

 

 

「はっ、上等!」

 

 

 デバイスを破壊されたヴィータは、ユーノの啖呵に笑って返す。

 確かに今は後れを取ったが、それでも金髪の少年に劣る気は一切しない。

 

 武器が無くなったくらいで、無力化されると思うな。

 そう赤毛の少女は、幼いながらも凄みのある笑みを顔に浮かべていた。

 

 互いに構えを取り、そうして激突する。其処に至る、一瞬前に――

 

 

「待て」

 

「あ、何だよシグナム」

 

 

 飛び出そうとしたヴィータを、シグナムが抑えていた。

 

 将の脳裏に抱く疑問は、少年が何処から来たのかと言う物。

 長距離転移で入れる程に、守護騎士の張った封鎖領域は軽くはない。

 

 ならば、近くに居る筈だ。

 彼を送り込んだ勢力が、確かにその先には居る筈なのだ。

 

 将が見詰める先、そこは一見何もない虚空。

 だがその更に先、星の近海にやってきたそれを、シグナムは確かに認識していた。

 

 

「……ここは退くぞ」

 

「あ、何で? ……って管理局かよ」

 

 

 近付いてくる敵の影。

 その白く優美な姿は、管理局が誇る次元航行船。

 

 シグナムは敵戦力を想定する。

 

 恐らく自分達と同等のスペックを持つだろう乱入者の少年。

 満身創痍とは言え未だ行動は可能であるだろう、自分たちが四人掛かりで何とか打倒した少女。

 

 それに加えて管理局の増援など相手にしては、流石のヴォルケンリッターも敗れる他ないと確信出来る。

 

 高町なのはのリンカーコアは確かに魅力的であるが、欲をかいて倒される訳にはいかない。

 今回で三百頁にも及ぶ蒐集が出来たのだ。戦果としては十分過ぎる程であろう。

 

 冷静にそう判断すると、シグナムは転送魔法を行使した。

 

 

 

 鉄槌の騎士と高町なのはの視線が交差する。

 

 次は私が勝つと、鉄槌の騎士は笑みを浮かべる。

 なのはは倒れ込んだまま、ただ強い瞳で今度は負けないと睨み返した。

 

 盾の守護獣とユーノ・スクライアの視線が交差する。

 互いに互いを好敵と捉えた男達は、何れ雌雄を決しようと一瞥だけして別れる。

 

 そして湖の騎士は涙目で折られた腕を抑えながら、烈火の将は末恐ろしい子供達だと内心で戦慄しながら、ヴォルケンリッターはこの場より立ち去った。

 

 

「逃げたか」

 

「……遅いよ、クロノ」

 

「悪い。……戦闘機能のセーフティ解除に手間取った」

 

 

 ヴォルケンリッターと入れ違いになるように、クロノ・ハラオウンが到着する。

 休暇扱いでこの管理外世界にやってきた彼は、故にその戦闘機能に大きく制限を受けていたのだ。

 

 体内にある戦闘機人としての部分。義手のデバイスとしての機能を休暇中は停止させておくのが原則となっている。

 

 有事の際には、自分で解除できるレベルのセキュリティ設定。

 戦闘機能の再起動自体は簡単なのだが、上位者の許可も法律上必要となってくる為に、解除にはどうしても時間が必要となっている。

 

 自分が後一歩早ければこの場で奴らを捕まえられていただろうに、僅か遅れた事をクロノは後悔していた。

 

 

「……まあ、それほど強敵には見えないからな。今回は直ぐに収まるだろう」

 

 

 クロノ・ハラオウンは闇の書を知らない。

 その守護騎士達の存在を知らない。大天魔がそれを狙っていることを知らない。

 

 闇の書は目覚めたばかり、大天魔達もまだ監視は緩い。

 故に今回こそが最大の好機であったことを知る由もなく、クロノは彼らを大した敵ではないと結論付けたのだった。

 

 

 

 

 

 そうして、戦いが終わった後に――

 

 

「行ってやれ、お姫様が待ってるぞ」

 

「あ、うん」

 

 

 黒ずくめの少年は、金髪の少年の背を軽く叩く。

 叩かれた少年はふら付きながらも、少女の元へと近付いていく。

 

 一歩一歩と、近付いてくるユーノの姿に、何とか立ち上がったなのはは笑顔を浮かべた。

 

 

「また、会えた」

 

「うん」

 

 

 見つめ合う少年と少女。

 ボロボロの少女は嬉しそうに、はにかむ少年に抱き付いた。

 

 

「おかえり、ユーノ君」

 

 

 抱き付いてきた少女を抱き返して、ユーノは微笑んで返す。

 漸く再会出来た彼の太陽に向かって、最高の笑みを返した。

 

 

「ただいま、なのは」

 

 

 こうして、高町なのはとユーノ・スクライアは再会する。

 この再会と襲撃を切っ掛けに、新たな物語は幕を開くのであった。

 

 

 

 

 

2.

「あっちゃー、まさかこんなに差があるとは」

 

 

 海鳴市の海岸線にて、座り込んで眺めていた少女は苦笑を漏らす。

 その赤き四つの瞳。死人のような肌の色が示すように、少女は人ではない。

 

 

「んー。あの子達はあれで戦乱期の英雄のコピーだし、もう少し行けるかなと思ってたんだけど」

 

 

 予想を超えて、高町なのはが強過ぎた。

 その才を引き出したのは他ならぬこの少女であるが、あの時よりも成長しているというのは流石に予想外だった。

 

 その身に宿る才。それを限界まで引き出したはずだったのだ。

 これ以上成長することはない。そんな限界点まで引き上げたはずだったのだ。

 

 それなのに、高町なのははその限界点を超えている。

 この大天魔の予想を、大きく上回る成長を見せていたのだ。

 

 

「闇の書の完成には、本格的な介入が必要かも知れないわね」

 

 

 元より、彼女は高町なのはを戦場に巻き込むつもりはなかった。

 あの宝石の魔獣に襲われた際、選択肢としてあったのは彼女の力を目覚めさせることと自分が表に出て守ることの二つであった。

 

 見捨てるという選択肢はない。それを選ぶには些か情が湧き過ぎた。

 

 少女が力を望んでいたこともあって、魔力を引き出すという選択を選んだ。

 それでもその程度の力であれば、守護騎士達には負けるだろう。一度完全に蒐集されればもう二度と狙われなくなる。

 

 あの歪みさえなければ、高町なのは一人を蒐集したとて闇の書は完成しない。

 

 両面宿儺が暴れ回ったジュエルシードの戦いで戦力外となり、闇の書の戦いで蒐集されて離脱し、その後魔法が使えるだけの普通の少女として生きる。

 

 それこそが彼女――天魔・奴奈比売がなのはに与えたかった将来だ。

 

 だがそれは狂う。もう再構築できない程に、狂ってしまった。

 それは自分の影響で目覚めてしまった歪みが呼び水となり、あの強大な魂が覚醒しつつあるが故か、それとも何か他に要因があるのか。

 

 兎角、あれ程の力に目覚めた少女だ。

 流石は獣の血筋だと、呆れ半分に感心するより他にない。

 

 

「……けど、失敗したなぁ」

 

 

 奴奈比売は、己の行動を振り返る。

 あの時彼女に力を与えたのは、失敗だったと今になって感じている。

 

 あの時、自分が表に出ること。それが最良の選択であったのだろう。

 天魔・奴奈比売がこの地に降り擬態した理由は一時の戯れであり、それが今も続いているのは偶然、彼女がこの地で闇の書を見つけ出したからに過ぎない。

 

 別に今の彼女は素性がバレても問題ないのだ。

 それでもそれを避けたのは、知られる事を恐れたからだ。

 

 自分はもう少しだけ、と望んでしまった。

 結果としてこんな状況になったのだから、もう自嘲するより他にない。

 

 

「……分かってる。今回は、絶対に失敗出来ないって、分かってるのよ」

 

 

 此度は決して、遊びや失敗は許されない。

 それだけの理由が、確かに此処に存在しているのだ。

 

 

 

 遥か昔に穢土から奪われ、大天魔が今も探し続ける三つの内が一つ。

 

 その内の一つ。闇の書。夜天の書。

 正確にはその内側にあるシステムUD。砕け得ぬ闇。

 

 その動力源である永遠結晶エグザミアこそが、奪われし物。

 この地に降り立った時に砕かれた夜刀の最も大きな欠片の一つ。永遠の刹那の心の欠片である。

 

 それは彼の憎悪であり、彼の憤怒であり、彼の絶望。

 天魔・夜刀と言う強大な神の、あらゆる負の感情が結晶化した欠片である。

 

 結晶の内に込められた魔力は、現状の大天魔すら上回る。

 その総量は人に使い切れる物ではなく、正しく無限の力と言えるだろう。

 

 だがそれは、神の負の意思が凝縮した物。

 当然、それから湧き出した魔力にもその想いは宿る。

 

 闇の書が破壊を繰り返すのは、砕け得ぬ闇が暴走し続けるのは、唯単純に力が大き過ぎるだけではない。神の怒りなど内に入れてしまえば、狂うことこそ自然であるのだ。

 

 

 

 その結晶を夜都賀波岐は探し続けた。

 神の瞳は全てを見通す。とは言え、彼は今消耗している。

 

 天魔の同調率は著しく低下し、今では同一世界で起きたことをリアルタイムで観測する程度の力しかない。

 

 今なお、複数の次元世界や人の心の内側まで覗けるのは、彼に最も近い夜都賀波岐の両翼。天魔・宿儺と天魔・大獄のみである。

 

 そしてその双方ともが、奪われた物の回収に乗り気でない。

 

 片や遊び呆け、片や不動で我関せずとしている現状。

 奪われた物を見つけ出すのは本当に大変な事だったのだ。

 

 最早、この世界に時間はない。

 今回闇の書を逃がせば、次は何時見つかるだろうか。

 

 最悪、見つけ出す前に、この世界は終わりを迎える。

 ならば、如何なる外道の行いであろうと、為さずにはいられない。少しでも確率を上げる為だけに、屍山血河を築くであろう。

 

 

「今回は本当に、甘くはないの」

 

 

 必要なのは六百六十五頁の蒐集だ。それ以上でも以下でも不味い。

 

 唯完成させるだけでは、内にある物は出て来ない。

 だがその厳密な出現条件を、大天魔達も知りはしない。

 

 ロストロギアとは、魔法技術の結晶。最も魔法を深く知る奴奈比売であっても、その全てを理解することは出来ない技術体系である。

 

 故に手探りで探りながら、可能性を積み上げるしかない。

 神が憎悪を抱いた状況に少しでも近付けて、最悪の展開を生み出すしかないのだ。

 

 

 

 天魔を構成する魔力と人の持つ魔力には多少の差がある。

 それは個人の色に染まっているか否か、その些細な違いが闇の書にどのような影響を与えるかさえ分からない。

 

 である以上、行き成り天魔を蒐集して完成という訳にはいかない。

 だが最後の一押しは、大天魔の魔力で完成させた方が良い。神格の持つ魔力は、彼の欠片に対する呼び水となるだろう。

 

 だからこそ、六百六十五頁の蒐集だ。

 

 そのタイミングを計る為に、内側にいる必要がある。

 そして少しでも可能性を引き上げる為に、所有者に夜刀の欠片と同じ感情を抱かせる必要がある。

 

 その為にこそ天魔が一柱、闇の書の主の元にいる。

 その為にこそ他でもない彼女は、書の主に親しい人間となる必要があったのだ。

 

 故に、彼女は最後の一瞬まで動かせない。

 彼女だけは動かさずに、闇の書を完成寸前にまで至らせる必要がある。

 

 その邪魔になる者達を、ここで排除しなくてはならない。

 これ以上関わるならば、彼女だろうと排除しなくてはいけないのだ。

 

 

「……だから、お願い。早く止まって、もう進まないで――なのは」

 

 

 天魔・奴奈比売――アンナ・マリーア・シュヴェーゲリン。

 悠久を生きた魔女の祈る様な言葉は、少女には届かず虚空に消える。

 

 今こうしてその身を案じているのも、自分の正体を晒そうとしなかったのも、見捨てることが出来なかったことも、それらの理由は全て一つ。

 

 そこに情が生まれてしまったから、それ以外に在りはしない。

 

 唯の暇つぶし。ちょっと遊ぶだけの心算だったのにな。

 

 そう小さく呟いて、天魔・奴奈比売は影に飲まれて姿を消した。

 

 

 

 

 




永遠結晶は設定改変。それを表に出す方法は捏造設定です。

正直原作でのシステムUD起動条件が分かんない。
闇の書壊せば発動すんのかどうか、取り合えずここでは闇の書覚醒時に特定条件満たすと、永遠結晶が表側に出て来そうになる。覚醒時に天魔なら回収可能な場所まで出て来るという設定にしています。



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