リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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本編は日常回。


副題 少女の日常。
   少年の今。
   艦長の考察~リンディ茶を添えて~




第十九話 嵐の前に

1.

 魔法少女と騎士達の邂逅から数日、海鳴市風芽丘町にある一軒家にて、家主の少女は眼前に浮かぶ黒塗の書に目を丸くしていた。

 

 

「おぉっ! ふわふわしとる! 浮かんどるで!?」

 

「はい。闇の書の管制人格も目覚めつつあるのでしょう。そう遠くない内に会話も出来るようになると思われます」

 

「ほな、もう一人家族が増えるんやな。名前、あるん?」

 

「……管制人格。という呼び名しか我らは知りませんね」

 

「なら考えとかなあかんな。祝福のエール。リィンフォースとかどないやろ?」

 

「ええ、良き名だと思います」

 

 

 自身の周囲を浮かび回る一冊の書物に、歓声を上げている車椅子の少女。

 そんな彼女の姿に、赤毛の女騎士は柔らかく微笑みながら賛同の言葉を口にする。

 

 命名センスを褒められた少女を鼻を高くしながら、ふと疑問を抱いて首を傾げた。

 

 

「……けど、何で今になって起きたんやろ?」

 

「……さあ、何故でしょうか。我らが目覚めてから半年程経ちましたし、時間経過で目覚めたのでは?」

 

「シグナムにも分からへんのか。……ま、ええか。私は唯、家族が増える準備をしとけばええもんね」

 

 

 嘘が苦手なのだろう。あからさまな誤魔化しに気付いて、それでも少女は追及しない。

 気になるのは確かだが、久方振りの一家団欒を、そんな無粋には使いたくなかったのである。

 

 

 

 秋の日差しの差し込む八神家の居間に揃って、守護騎士達は一時の平穏を謳歌している。

 

 時間制限は存在している。

 未だ主の命の保証を得た訳ではない。

 

 とは言え、先の争いで三百頁もの魔力を稼げたのは大きかった。

 これまでの蒐集と合わせて、その総数は五百頁にも届かんとしている。後一歩で、管制人格も目覚めるだろう状態だ。

 

 ここまでくればそう焦る必要もない。

 主はやての全身を侵そうとしている麻痺症状も、その進行を抑えられている。

 

 ここで無理して蒐集を急ぐよりも、一度息抜きをした方が良いだろう。

 烈火の将はそう判断し、彼女ら守護の騎士達は、こうして久方振りの平穏の中にいた。

 

 

「なー、はやて! そんな話より浦鉄やろうぜー!」

 

「浦島太郎電鉄やなー! 四人プレイやし、シグナムもやろ! 皆でヴィータ嵌めて、またクイーンボンビー付けたるでー!」

 

「……ええ、それも良いかもしれませんね」

 

「おまっ!? 多人数で組むのは卑怯過ぎるだろ!」

 

 

 八神はやても、燥いでいるように見受けられる。それはこれまで守護騎士達が色々と理由を付けて、席を外していることが多かったからであろう。

 

 主の為にも、こうした時間を増やしていくのも良いだろう。

 こうした休息の中で戦う意味を確認する事が、戦場を行く者にとっては重要だとも知っている。

 

 故にこの判断はきっと、間違いではなかった。

 そう一人思考しながら、燥ぐ鉄槌の騎士や数合わせで連れて来られた湖の騎士と共に、烈火の将はテレビの画面を囲むのだった。

 

 

 

 

 

 和気藹々と遊び始める少女達の姿。

 それを縁側から眺めていた黒髪の女は、小さな笑みを浮かべる。

 

 

「櫻井殿は参加されないのですか?」

 

「……私が加わったら五人になってしまうでしょう? それに、そう言う貴方こそ参加はしないの?」

 

「私はこれ、この通りコントローラーとやらを持てませんから。……それに、人型になると主はやてを怖がらせてしまいます故」

 

 

 庭で放し飼いにされている青き獣が人語を解する。

 傍目にはおかしな光景であるが、女に驚いた素振りは見えない。

 

 事実、彼女は新たに現れた者達の素性を知っている。

 本人から直接聞いたことも、それ以上の事実も、櫻井螢は全てを知っている。

 

 そんな彼女は、眩しそうに、美しい情景を見るかのように、目を細めて彼女らを見守る。彼の愛した刹那のような、温かな光景を。

 

 

 

 妹のような少女。八神はやて。

 その無邪気に自身を慕う姿に、かつての面影を無意識に重ねる。

 

 今は胸の内で、疲れ果てて眠っているあの女性。

 彼女は幼い自分をこんな気持ちで見守っていたのかと、そんな益体もないことを考えている。

 

 どこぞの誰かを彷彿させるような容姿の堅物騎士シグナム。

 赤毛で炎を使う堅物女という姿に、実は若干の苦手意識を持っている。

 

 それでも主の為にと言う実直な騎士の姿は、苦手であっても嫌いになれよう物ではない。

 

 はやてとまるで姉妹のように騒いでいるヴィータ。

 初対面では一番敵意を剥き出しにし、そして共にある内で警戒心を真っ先に解いた守護の騎士。

 

 はやてと同様に懐いてくるその姿を、どうして嫌うことが出来ようか。

 

 転んで腕を折ったと言う如何にもテンプレートな言い訳を口にして、包帯でグルグル巻きにした片腕を庇っているシャマル。

 

 メシマズコンビ同士、一緒に頑張りましょうとか言ってくるが、一人でやってくれと言いたい。

 私はそこまでメシマズではない。ポイズンクッキングには優っているはずだ。多分。きっと。

 

 

 

 今和気藹々とゲームに興じる彼女達は、櫻井螢すらも家族のように扱う。そんなおかしな者達だから――

 

 ああ、どうして何れ奪うと知って、なのにこうして気を許してしまうのか。

 

 

「やはり貴女を信じて良かった」

 

「……何よ、急に」

 

 

 物思いに沈んでいた彼女の傍らに、何時しか青い狼が座っている。

 庭を歩いて近付いて来たザフィーラが、そんな女にとっては的外れな感謝を口にしていた。

 

 

「いえ、そう言えば感謝の言葉を口にしていないと思いましてな。……初対面での非礼を許して頂けたばかりか、貴女には色々とご迷惑をかけてばかりですから」

 

 

 初対面の際、闇の書を狙う敵かと思い櫻井螢に襲い掛かった守護騎士四名。

 優れた技巧を前にあっさりと返り討ちにされ、その時ははやての制止もあり一旦は刃を収めることとなった。

 

 だが魔法を使っていないとは言え、守護騎士を単身で制圧する生身の女に、彼らが警戒しない訳がない。

 ヴィータなどはあからさまに敵意全開で対応していた物だが、そんな対応も守護騎士らが櫻井螢という女を知るまでの短い期間の話であった。

 

 

「主が笑顔で居られたのは、きっと貴女が傍にいたおかげでしょう。彼女の笑顔には影がない。幼子が一人暮らしをせねばならぬという状況下でも、ああして笑っていられるのは、きっと貴女という家族が居たからです」

 

 

 彼らは今、彼女を信用している。その人柄を知り、その在り様を知り、信を置ける人物だと理解している。

 

 信用し信頼した時に、闇の書についてを、はやてを今蝕む異常についてを、全てを櫻井螢に明かしていた。

 

 闇の書こそが、彼女の足を麻痺させている事実を。

 その麻痺が少しずつ広がっていて、このままでは全身に及ぶと言う事実を。

 

 それを止める為に闇の書を完成させる必要があるという内容を、全て彼女に伝え、自分達が離れている間の主を託した。

 

 故に、盾の守護獣は感謝を口にする。

 

 

「……貴女のような強者が傍にいられるから、我らは後顧を憂うことなく戦場に出られる。本当に、貴女が居て良かった」

 

「…………」

 

 

 盾の守護獣の言葉に、櫻井螢は無言で腕を握り締める。

 誰もが笑い合っている陽だまりの中で、女だけは痛みを感じていた。

 

 

「あー! ボンビー付いた!?」

 

「あはは! はやてザマァ! ってシグナムてめぇ! 私ばっか狙ってんじゃねえよ!」

 

「済まんな、ヴィータ。だが、主を狙う訳にはいかんのだ。……しかしシャマルは静かすぎんか」

 

「……サイコロが1しか出ない、カードマスで良いカードが全然出ない」

 

「逆にスゲーな。おい。まだスタート付近じゃねぇか」

 

「あかん。あかんで! こりゃ応援呼ばな! ザッフィー! 螢姉ちゃん!」

 

「……お言葉ですが、呼んでどうされるので?」

 

「コントローラーねぇし、人増える意味ねぇぞ」

 

「ふふん。螢姉ちゃんとザッフィー。私と組んで三人揃えばリアルラックもアップするんやで、多分」

 

「……ああ、皆と同じマップに行きたい」

 

 

 騒がしく言い合う少女達に呼ばれ、蒼き狼は苦笑を漏らす。

 行きますかと螢に声を掛けてから、ザフィーラは縁側へと上った。

 

 窓の傍に置いてある雑巾で器用に足の汚れを拭うと、四本足でゆっくりとはやての元へと向かって行く。

 

 

 

 そんな彼の背を見詰めながら――

 

 

「勘違いよ。盾の守護獣。……私はそんな、立派な人物ではないわ」

 

 

 誰にも届かないような小さな声で、櫻井螢はそんな言葉を呟く。

 そうとも櫻井螢と言う女は、彼が語る様な立派な人物ではありはしない。

 

 どれ程の絆を繋いでも、結局最後には天秤に掛けて、斬り捨てると決めているロクデナシだ。

 

 

〈……やっぱり、私が、変わった方が……〉

 

 

 拳を握り締める女の頭に、擦れたノイズ塗れの声が響く。

 長き時の中で摩耗したもう一人が、眠りから目覚めかけていた。

 

 

(……起きたのね。ベアトリス)

 

〈螢。貴女は、近付き、過ぎたの。……あの子を、斬り捨てれば、最悪は……。だから、私が……〉

 

 

 そんな姉の提案に、櫻井螢は首を振る。

 それは彼女の現状を案じるが故であり、そしてそれ以上に――

 

 

「これはきっと、私がやらないといけない事よ。ベアトリス」

 

 

 この身は下劣畜生と同じく堕ちる。

 世界を繋ぐ為には、堕ちねばならない。

 

 表層が変わらず、意識を入れ替えるだけならば確かに、彼女にも役割は果たせるだろう。天魔・母禮は二人で一つ。どちらを表に出すかで変わる。

 

 だがそれは駄目だ。それだけは、駄目なのだ。

 それをしてしまえば、この身は下種以下へと堕ちると分かるから。

 

 

「大丈夫。貴女はまだ眠っていて、――世界の終わりを前に、果たさなければならない役がある。……それまで我ら夜都賀波岐は、決して欠ける訳にはいかないのだから」

 

 

 どれ程に辛いと感じても、この痛みから目を逸らしてはいけないのだろう。

 

 

 

 

 

 我らは穢土夜都賀波岐。

 化外に堕ちた我らには、この蔑称こそが相応しい。

 

 

 

 

 

2.

「たのもー!」

 

 

 バンと大きな音を立てて、高町家の扉は開かれる。

 扉の先に男らしく仁王立ちする少女が一人。名をアリサ・バニングス。

 

 

「さあ、聞いたわよ! 来てるみたいね、ユーノ・スクライア! 私が直々に見定めてやるから、正々堂々勝負なさい!!」

 

「……なのはちゃんと同棲とか、死んで良いよね」

 

 

 男らしい少女の影で、ボソリと物騒な言葉を口走る少女が一人。名を月村すずか。

 

 数日前の晩。高町なのはからの救援メールでユーノの来訪を知った彼女達は、さあ見極めてやるぞと平日の昼過ぎに高町家に来訪していた。

 

 当日や翌日に来れなかったのは、良家子弟である為に避けられない稽古事や其々の事情による物である。

 

 人様の家とは言え、幾度となく訪れた場所。何の躊躇いもなく少女達は扉を開く。

 高町夫妻は翠屋に行っていて、ここに残っているのはなのはとユーノだけという話だ。

 

 昼過ぎとは言え住宅街にある一軒家だ。近所迷惑にならない程度に声量を抑え、だが叫ぶという器用な真似をしながら言葉を告げる。

 

 訪問の合図はそれだけで、インターホンなどは押さない。

 扉は開けておくから好きに入ってくれて良い。そうなのはから伝えられた少女二人は慣れた様子でズカズカと室内を進んで行って、それを高町家のリビングにて発見した。

 

 

「あんたがユーノか! って、んな!?」

 

「し、死んでる!?」

 

 

 二人が見たのはリビングで倒れる端正な容姿の少年の姿。

 まるでサスペンス劇場の死体のように倒れ込んだ少年は、身動き一つ出来ていない。

 

 どう見ても動く気配がない。返事もない。ただの屍のようだ。

 

 そんな屍の如き少年は、死んだ魚のような目で何もない虚空を見上げている。

 少年の口から漏れた霊体の如き白い何かが、必死で生きていることを主張していた。

 

 

 

 

 

「……無様な姿をお見せして、真に申し訳ありませんでした」

 

「紛らわしいのよ。アンタ。本気で死んでるかと思ったじゃない」

 

 

 死体と勘違いされるような姿を晒していたユーノは、アリサに付き従っていた万能執事鮫島の気付けによって意識を取り戻していた。

 

 コップに入れられた水を口に含み、一息吐くと少女達と自己紹介を交わす。

 名を交わし合い、互いの素性を知ると次に至るのは当然の疑問。何故あのような様を晒していたのかという疑問である。

 

 

「んで、何であんな風になってたのよ」

 

「あ、あはは。……別に大したことじゃないんだけどね」

 

 

 遠い目をして語るユーノ。

 彼はこの地球にやって来た直後から、己の身の回りで起きた出来事を思い出していた。

 

 

 

 ただいまと言って帰還したは良いが、ここ第九十七管理外世界にユーノは高町家以外の縁故を持たない。

 

 正式な国交もない世界。現地住民の協力もなしに住居を用意するなど、魔法犯罪でも行わなければ出来ないことだ。

 

 とは言え堅物であるユーノがそんな選択をする訳がない。

 ならば高町家に頼るしかないが、色々と迷惑を掛けた負い目があった。

 

 それに家にお邪魔するとなると、なのはと一つ屋根の下という状況になる。

 気になるあの子と一緒に生活するのは、健全な青少年としてまあ抵抗があったのだ。

 

 

 

 そんな折、彼に声を掛けたのがリンディ・ハラオウン。

 

 暫く都合により地球に借り住まいする事になった。

 それに伴い自分達やアースラクルーが利用するセーフハウスを用意したが、君もどうか。そう彼女から誘われたのだ。

 

 リンディ達と共にアースラで地球に移動して、その最中でクルー達と友好関係を築いたユーノ。知った仲の者も多く、共同生活もさほど苦にはならないだろう。

 

 故にユーノは、その申し出を受けることにしたのだった。

 

 

 

 リンディが用意した局員用の住居。さざなみ寮と言う名の施設の隣に建てられた、そのアパートに向かおうとしたユーノ。

 

 そんな彼に、待ったと声を掛ける者が居た。

 

 その内の一人は当然、高町なのはであった。

 だが予想外な事に、彼女以上にユーノの滞在を強く希望した人物が三人も居たのだ。

 

 高町士郎。桃子。恭也。

 一家の主たる夫妻と、長子が揃って強く同居を勧めたのである。

 

 士郎と恭也の目論見は、少年に御神不破の技を教え込む事にあった。

 

 龍に本家が滅ぼされ、僅かに残った伝承者達も軒並み氷室遊に殺された。

 結果として御神の剣士は数を減らし、このまま次に何かあれば最悪失伝する可能性まで見えている。

 

 ならば継承者は一人でも多く必要であり、だが誰でも良いと言う訳でもない。

 やる気があって、信頼も出来る。しかも愛娘や妹の婿候補となれば、この少年に白羽の矢が立つのも当然の事と言えたであろう。

 

 ストライクアーツを学んでいるとは言え、否、学んでいるからこそ、彼の身動きや体捌きにはその色が強く出てしまっている。

 

 新たな技術体系をそこに加えるのは生半可な鍛錬では難しく、しっかりと基礎から鍛え上げる為にも同居した方が効率が良いと彼らは語ったのだ。

 

 

 

 ユーノは御神の実力を深くは知らないが、それでも規格外の技術であると分かっている。故にあっさりと、彼はその提案に頷いた。

 

 あのクロノが、陸戦Sにも比肩すると断じた実力者。

 リンカーコアを持たない彼らをその域に引き上げる技術は、あの両面鬼に立ち向かうのに必ずや役立つと判断したのである。

 

 無論。ストライクアーツを止める訳ではない。

 だが魔法使用を前提とするストライクアーツは、そのままでは身洋受苦処地獄を超えられない。

 

 ならば魔法の代わりに、極めれば魔導師とも渡り合える技術を代替とする。

 

 ストライクアーツを主体として、御神不破の技を混ぜるのだ。

 それこそが自分が辿り着くべき場所なのだと、彼の頭脳は判断したのである。

 

 

 

 そうしてユーノの鍛錬の日々は、幕を開けたのであった。

 

 

「んで、その御神不破の特訓で死に掛けてたの?」

 

「いや、そっちは問題なかったんだよ。……格闘の鍛錬は慣れてたし、肉体的疲労だけなら耐えられる。そこには問題なかったんだ」

 

 

 少年はそう簡単に口にするが、御神不破の特訓となれば尋常な物ではない。

 

 常軌を逸した鍛錬量。

 文字通り血反吐を吐くような訓練量。

 

 規格外の技術を身に付けるには、当然無理無茶の一つ二つは必要となろう。

 

 毎朝日の出前に起きては、翠屋が開かれる時間まで体を苛め抜く。

 まずは土台作りから始まり、次には身体が動かなくなるまで延々と型稽古。

 

 それが御神不破の訓練であり、ユーノの場合はそれにストライクアーツの訓練も加わるのだ。

 

 彼は自分に、才能がない事を自覚している。

 天分の才を持たない彼にあるのは、明晰な頭脳と根性だけだ。

 

 故にマルチタスクが算出した最高効率で、動かなくなっても身体を動かす。

 治療魔法と食い縛るだけの覚悟があれば、限界の一つ二つ超えてもギリギリ身体は壊れない。

 

 そんなハードワークを己に課し続ける意志力は、規格外と言えるだろう。

 その瞬間に燃え上がるだけではなく、苦難を延々と重ねる事こそ難しいのだから。

 

 幾ら理論上身体の治癒が間に合うレベルでも、心の疲弊は拭えない。

 それがオーバーワークとなって、少年の精神が追い詰められているのは事実である。

 

 だが彼がこうして潰れているのは、それが原因という訳ではなかった。

 

 

「問題は……桃子さんだったんだ」

 

 

 苦い顔をしながら、ユーノは桃子の言葉を思い出す。

 彼が算出した理論的限界値寸前の無茶に、更なる上乗せを加えた言葉を。

 

 

――なのはのお婿さんの条件。あれ、本気だから、頑張ってね?

 

 

 そう笑顔で語る桃子から与えられたのは、修行と並行して、お菓子作りの基礎を覚える事という課題であった。

 

 基礎と言っても高町桃子基準でのそれは、一般のパティシエと同程度の技術を要求する物である。

 

 翠屋が閉まる時間となってから、毎夜繰り広げられる甘味との格闘。

 笑いながら駄目だしする桃子の姿は、まるで悪鬼羅刹のようだったとユーノは語る。

 

 上手く出来なければ、眠る事すら許さなかった菓子作りの修羅。

 一晩で出来る訳がないと言うユーノに、返る言葉は「大丈夫。治癒魔法があるから、寝なくても死なないわ」という鬼畜の如きそれ。

 

 限界スレスレの無茶を隠しているユーノには、治療魔法込みでこの状態なのだとは説明出来ない。

 ストライクアーツの訓練は自分が独自にやっている事で、御神不破だけでも子供には過剰だからと、独自訓練は止められていたのである。

 

 それでも休めば腕が落ちるからと、お目付け役が居ない時間に鍛錬量を増やしていた。

 そんな彼は既に治癒魔法込みでも限界を超えていると、どうしても説明する事が出来なかったのだ。

 

 そんな状況で、それでも根を上げる事はなかった。

 

 意図的に無理をさせて、ユーノに自分の無茶を自覚させようとしていた桃子。

 彼女も驚くレベルでユーノは耐え抜いて、こうして見事に物理的限界を迎えていたのだった。

 

 

「最初はシュークリーム。次はチョコレートケーキ。その次にリンゴのタルトを作って、昨日はたまには和菓子を作ってみようって……毎日やる事が、全然違うんだよ」

 

 

 作らされるお菓子は毎日違う物であり、本人視点では一向に上達した気がしない。

 毎夜作る菓子の総数は十を超えて、失敗作を食べ続けた結果、甘味が苦手になりつつある。

 

 それでいて肥満にならないのは、日々の鍛錬の賜物か。

 そんな無理を続けていれば、こうして屍のような様を晒すのも当然だろう。

 

 

「……強く生きなさい。ユーノ」

 

「うん。ありがとう」

 

 

 思わず涙を流しながら肩を叩くアリサに、ユーノは乾いた声で感謝を返す。

 

 

「……そのまま死ねば良いのに」

 

 

 そんな風に呟いている紫髪の少女からは、揃って目を逸らす。

 金髪の少女は以前の引っ込み思案であるが優しげだった親友の姿を思い浮かべながら、どうしてこうなったと呟きながら溜息を漏らした。

 

 

「けど、高町家の人達らしくないわね。アンタが放置されてるなんて」

 

 

 死体同然で突っ伏していたユーノの姿。

 それを思い返しながら、高町家らしくないとアリサは口にする。

 

 彼らならば介抱くらいはするだろうし、倒れる前に見抜いて止めるだろう、と。

 

 

「あ、あはは。ストライクアーツの方は僕が勝手にやってるだけだし、ね。……実は早朝鍛錬の後、今日はもう休めと言われてました」

 

 

 そんなアリサの言葉に乾いた笑いを浮かべながら、ユーノは自分の否を認める。

 隠れてやっていた鍛錬の全部を見抜かれて、無茶のし過ぎだから休めと怒られた。

 

 それでいて、休まなかったのは、完全に自業自得である。

 

 

「……何やってんのよ」

 

「い、一日サボると取り返すのに三日はかかるから、つい」

 

 

 冷たい目で見据える金髪の少女から、少年は気まずそうに視線を逸らす。

 そんな二人の妙に近い遣り取りに機嫌を悪くしながら、月村すずかは問い掛けた。

 

 

「お目付け役、とかいなかったのかな?」

 

「うん。居るには居るんだけど」

 

 

 ユーノがリビングの奥、階段に通じる扉を見詰める。

 釣られるようにアリサとすずかがそちらに目を向けると、そこから覗き込んでいた栗毛の少女と目が合う。

 

 瞬間、扉の向こうから覗き込んでいた高町なのはは、さっと扉の影に隠れる。

 そのあからさまにおかしな態度に、アリサとすずかはポカンとした表情を浮かべた。

 

 

「なに、あれ?」

 

「なのは。何故か再会してから、ずっとあの調子なんだ。……まあ、お蔭で鍛錬してても止められないんだけど」

 

「んで、死に掛けてたら意味ないでしょうが! ってかアンタも何してんのよ!」

 

「にゃー!」

 

 

 アリサが追い掛けると、慌ててなのはが逃げ出す。

 以前までならば、なのはが走り出してすぐに転んでいた為に捕まえるのは簡単だった。

 

 だが、どうにも最近動きが速くなってきた高町なのは。

 今の彼女を捕えるのは、運動が得意なアリサでも中々に至難となりつつある。

 

 そんな訳で二人の遣り取りはやや長くなる。

 騒がしい少女達の鬼ごっこは、もう少し続きそうであった。

 

 

 

 扉の向こう側でどったんばったんと音がなり、残されたユーノはどうにも相性が悪そうな紫髪の少女に苦笑を見せる。

 

 

「あ、あはは、……これ、どうしよっか?」

 

「ちっ」

 

 

 即座に舌打ちを返された。

 

 女の子がしてはいけない表情をするすずかから目を逸らして、ユーノは一つ息を吐く。

 

 そうこうしている間に、扉の向こうで行われていた、二人の鬼ごっこは終止符が付いていた。

 

 

「ぜぇ、はぁ、やっと、捕まえたわ」

 

「にゃー」

 

「だい、たい、なんで、逃げ、回んの、よ!」

 

「だってー」

 

 

 息を荒げる少女達の言い合う声が聞こえて来る。

 扉越しにも聞こえる程に、彼女らの声は荒く大きい。

 

 

「……ユーノくんと、どうお話ししたら良いか分からなくて」

 

「そう言えば、アンタ。メールでも、そんなこと、言ってた、わね」

 

「うん。再会した時、つい抱き付いちゃったから、冷静になるととっても恥ずかしくなって、何か顔を見るとどう声を掛けたら良いのか分からないの」

 

 

 色恋に目覚め始めた少女は、漸く無邪気さの中に恥じらいを覚え始めている。

 

 恥ずかしくて面と向かって話せない。けど気になるから離れたくない。

 そんな思春期に入りかけている少女の葛藤は、とても愛らしい物である。

 

 

「んで、遠くから眺めるか馬鹿なのは! とにかく当たって来なさいよ!」

 

「にゃー!」

 

 

 当然、扉越しに大声でそんなことを言い合っていれば、当事者にもその言葉は聞こえてしまう物だ。

 

 高町なのはの稚拙ながらも確かな好意を、向けられている知ってユーノは顔を真っ赤にする。

 

 

「あ、あはは。……これ、どうしたら良いんだろう?」

 

 

 恋愛経験どころか対人経験すら未熟な少年は、そんな言葉を漏らして対面の少女を見る。

 

 瞬間。汚物を見るような目をした紫髪の少女は、ぺっと吐き捨てるように言葉を口にした。

 

 

「ちっ、死ねば良いのに」

 

「今度は直球だ!?」

 

 

 呟くのではなく言い聞かせるように、対面に居た月村すずかは心底から忌々しそうに口にする。

 

 男らしい親友に説き伏せられて、顔を真っ赤にしたなのはが居間に入って来るまで、ユーノはドス黒いオーラを発するすずかと一対一で、戦々恐々と過ごす破目になるのであった。

 

 

 

 

 

3.

 

――高町なのはには、おかしな部分が多々見受けられる。

 

 

 海鳴市に用意した一軒家の書斎で、リンディ・ハラオウンは思考を回す。

 

 引っ越しの荷解きを午前中に終えて、漸く確保出来た時間。

 この世界特有の飲料である緑茶の入った茶碗を両手で持ちながら思い浮かべるのは、リンディがこの世界に来ることになったその理由。

 

 ジェイル・スカリエッティが口にした、その言葉を思い返していた。

 

 

――細かく分ければ幾つもあるが、最たるは歪みに目覚めた事だ。彼女は何故、あのような力に目覚めた?

 

 

 スカリエッティは語った。

 それは余りにもおかしな話だ、と。

 

 

――高町なのはの言を信じるならば、彼女が遭遇した天魔は一柱。ユーノ・スクライアは宿儺から逃れる際に、もう一柱、大天魔と思わしき者と遭遇したと語っているが、それを加えても僅か二柱。……歪み者になるには、どうにも接触が足りていない。

 

 

 そう語った彼の言葉を思い出しながら、緑茶を一口。

 ちょっと味が足りないと思い、角砂糖の入ったポッドに手を伸ばす。

 

 

――共にあったユーノ・スクライアは目覚めていないというのに、高町なのはだけが歪み者となった。ならば両者を分ける物が、そこにある。……そんなことは、誰でも思い付く単純な思考の帰結だ。

 

 

 砂糖を一つ二つと加えながら、その単純な思考の帰結が意味する所を静かに考察する。

 

 にやけ面で語る科学者の言葉を思考の隅に追いやりながら、リンディは管理局員にとっては常識とでも言うべき情報を思い浮かべる。

 

 

 

 歪み者。それを管理局では、重濃度高魔力汚染患者とも呼んでいる。

 書類などでの正式名称として用いられるのはこちらであり、歪み者というのは御門一門が広めた俗称のような物だ。

 

 大天魔侵攻の際、彼らの莫大な魔力をその身に受け、肉体に重篤な被害を受けてしまった者。

 高密度の魔力によって人体が正常な機能を失う。或いは余計な機能が増えてしまう。

 

 そうした大天魔の被害者こそが、重濃度高魔力汚染患者だ。

 

 肉体の欠損は、管理局の医療技術や御門の生体義手などで対処できる。

 純粋な魔法治療だけでは難しいが、プロジェクトFの恩恵もあって、肉体部位のクローニング治療はそう難しい事ではない。

 

 かつてのティーダ・ランスターのように、或いは今のティアナ・ランスターのように、戦場での欠損部位を再生治療などで取り戻すのが管理局のスタンダードだ。

 

 スカリエッティに戦闘機人化されることを望むなど、クロノのように、特に強い力を望む一部の例外だけであろう。

 

 だが、魔力汚染だけは治療の方法が確立されていないのである。

 火傷や部位欠損の治療より難しい。リンカーコアや魂にまで及んでしまう変質現象。

 

 正常な機能を失いながらも、それを取り除く事が出来ない。

 それ故に重濃度高魔力汚染患者は、管理局内でも対処に困る問題となっている。

 

 

 

 歪み者と重濃度高魔力汚染患者は、厳密に言えば呼び方の違いでしかない。

 

 それでも一般的には、汚染して変質した機構が害にしかならないのが汚染患者で、己を汚染する高魔力を意志の力で操れるのが歪み者と呼ばれる事が多い。

 

 高魔力汚染患者は歪みを持たない。

 歪みと言える力を使える様になる為には、強い意志が必要となる。

 

 心の強さ。貫くという意志。抱いた渇望。

 

 それら意志の強さによって、己の身体を汚染した重濃度魔力を制御する。

 それができるようになった時、体内の汚染が歪みの原動力へと変じるのだ。

 

 されどその本質は、やはり汚染患者なのである。

 

 人体を汚染する魔力を、意志で活性化させ奇跡を為す。

 ならば当然、活性化した魔力は人体を蝕み汚染の濃度は増していく。

 

 その力が制御する意志力を上回った瞬間に、歪み者は自壊する。

 その性質上、歪み者は短命だ。どうしても長く生きるなどは出来ない。

 

 返しの風。歪みを使う度に生まれる反作用。

 

 進み続ける魔力汚染の除去は不可能である以上、その先はない。

 力を使い続ければ使い続ける程、肉体の魔力汚染は深刻な物となる。

 

 守る為、救う為に力を使う。

 その果てに着くのは救い一つない塵処理場(ジャンクヤード)だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが、そうでない歪み者は制御できる範囲を超えて汚染が進んでしまえば、当然のように真面な生活など不可能となる。

 

 身体機能の一部に異常が出て、病院で寝た切りになる程度はまだ救いがある話だ。

 生命活動に必要な内臓器官が動きを停止して、即座に死に至るであろうことも少なくはない。それでも死ねるならまだマシである。

 

 最悪は肉体が変異し過ぎてしまい、人型を保てなくなること。知生体としての思考自体を失ってしまうことだ。

 

 そうした人間として破綻した状態で、されど中途半端に人の規格を超えてしまった結果、死ねなくなる。

 

 高位の歪み者ほど、その影響は顕著だ。

 クロノやゼストクラスとなると、内臓の位置を自分の意思で移動させて致命傷を防ぐ、くらいの事はやってのける。

 

 それが行き過ぎれば、人型を外れ、そして戻れなくなるということも十分に想定出来る事実であろう。

 

 管理局において、人から外れた結果処分された歪み者。

 脳が真っ先に機能を停止してしまい、それでも反射行動だけで生き続けてしまった歪み者なども居た記録も少なからずある。

 

 歪み者というのは、そういう者だ。

 特別な力を好き放題に使用できる。そんな都合の良い存在ではないのだ。

 

 使い続ければ何れは必ず破綻する。借金をして借金を返済するような、始めから破綻した力。果てに救いのない行為だ。

 

 突き抜けた結果神格となれば、あるいは借金を踏み倒してやりたい放題出来るのであろう。だがこの世界の人間の魂にそんな力はない。

 

 故に歪み者は皆例外なく、何れ必ず破滅する。

 

 そう。例外はないはずだった。

 

 

――だが、高町なのはは事実。汚染されていないというのに、歪みに目覚めた。重濃度高魔力汚染患者ではない歪み者という例外。それこそが高町なのはだ。もしかするとあの少女は、使用する度に汚染が進み、正常な身体機能を失っていくという等価交換すら行っていない可能性もある。

 

 

 面白いね、と語るスカリエッティに同意は出来ない。

 ただ、リンディにも分かる。それが異常事態であるということは。

 

 歪み者に救いはない。だからこそリンディは我が子に対して負い目のような物を持っていた。

 

 角砂糖を七つ、八つと加えながら、思い出すのは過去のクロノが管理局員として戦場の最前線に立つことを希望した時のことだった。

 

 九つ十。ハラオウン家の権力を持ってすれば、あの子を比較的安全な後方勤務に移動させることが出来たのだ。

 

 事実、管理局上層部の子らの多くは本局勤めとなっている。

 前線に出ない事務官やオペレーターとして経験を積み、そして本局上層部へと進んでいく。それが管理世界の良家子弟が辿る一般的な出世コースである。

 

 はねっかえり娘であったリンディは、そのコースから途中で外れ、前線で死に掛けた所を今は亡き夫に救われたという過去を持つが、それは完全に余談であろう。

 

 本来、クロノはもっと安定した職務に付けていたのだ。

 それを、本人の希望とは言え止めなかったこと。その結果として少年の寿命を大幅に縮めてしまったことは、リンディの心に暗い影を落としている。

 

 一個一個砂糖を加えるのが面倒になったリンディは、ポッドを茶碗の上で逆さに引っくり返した。

 

 あの子が寿命と引き換えに得たのがあの力。距離を制するという歪み。

 だと言うのに、高町なのはという少女は何の制約も代償もなく、同じ場所に至っているのか。

 

 そう考えると、どうしても思う所がないという訳にはいかない。

 

 

――高町なのはは重濃度高魔力汚染患者ではない。だがね、彼女は重濃度かつ高魔力の影響をその身に受けている。え? 矛盾していないか? していないさ。汚染ではなく体に馴染ませるように、異常が現れないように魔力を沁み込ませたのだろう。

 

 

 まるで大切な宝物をしっかりと手入れするかのように、心を込めて丹精に魔力を馴染ませていた。

 その魔力が高町なのはを傷付けないように、長い年月を掛けてゆっくりと馴染ませるように注がれていた。

 

 そう語る狂人の言葉を思い出しながら、リンディは半ば固形化した緑茶をティースプーンでかき混ぜる。

 

 

――彼女の身体検査を行った時、つい胸が躍ってしまったよ。ああ、あんな形の魔力汚染など見た事もなかったからね。……とは言え、それを為した存在にとって、あの場面で歪みに目覚めたことが思惑通りではなかったのだろうと予想出来る。その時点での彼女は他の歪み者に比べると汚染の総量が少なかったのだ。覚醒に足るレベルではなかった。まだ当分、目覚めさせるつもりはなかった、と捉える方が自然だろう。

 

 

 その言葉が事実であれば、それは一つの真実を示している。

 

 

「高町なのはの傍に、大天魔が存在している?」

 

 

 そう結論を出した瞬間。スカリエッティが笑みを浮かべたように見えたのは、果たして気のせいであったか。

 

 ティースプーンを取り出すと緑茶に口を付ける。

 自分好みの仕上がりに、ほぅと一つ息を吐いた。

 

 

「……藪に手を入れるのは危険だけれど、そこに蛇が居ないと知らないままでいるのは、それより危険よね」

 

 

 大天魔がこの地球に居るかもしれない。

 それを知ってしまっては、動かない訳にはいかなかった。

 

 何故、この地に居るのか。

 彼らがこの地で一体何を、企んでいると言うのだろうか。

 

 知らないと言う事は、恐怖と同じだ。

 何が起こるか分からずに、最悪の展開もあり得てしまう。

 

 地球と言う地に縁故が出来たから、それも確かな理由となる。

 リンディと言う女が抱える甘さは、見知った人の危険を良しとはしない。

 

 

「相手を刺激し過ぎない様に、派遣出来るのはアースラだけ。……ミッドチルダ以外で戦えば、勝機なんて欠片もないのだから、援軍だって期待は出来ない」

 

 

 正直言えば、今回の行為は危険が過ぎる

 出来れば何事もなく、何かあっても偵察だけで終わってくれれば良い。

 

 だと言うのに起きた襲撃事件に、リンディは頭を抱えていた。

 

 

「これも彼らの仕込みなのかしらね。……ベルカ式を扱う魔導師。いいえ、騎士と言うべきだったわね。その裏に大天魔が居るなら――」

 

 

 何もなければ、少し長い休暇程度で終わるだろう。

 彼らが関係していないと言うなら、事件は早期に解決するだろう。

 

 だがもしも、何かが起こるとするならば――

 

 

「母さん」

 

「……あら、クロノ。どうしたのかしら?」

 

 

 書斎の扉を叩く音に、リンディは思考の海から上がる。

 ノックして書斎に入って来たクロノは、茶碗から香る甘ったるい匂いに顔を引き攣らせながら口を開いた。

 

 

「いえ、ユーノに誘われたので、少し出かけてこようと思いまして。エイミィも一緒に行くので、声を掛けておこうかと」

 

「珍しいわね。任務期間中に貴方が抜け出そうなんて」

 

「任務と言っても、実質裏も取れていない長期の警戒任務でしょう? 自分に割り当てられた待機時間外くらい、息抜きしないと持ちませんよ」

 

 

 甘い香りの中に顔を顰めるクロノは、面白そうな表情をしたリンディに返す。

 衛星軌道上にあるアースラにて、つい先程まで警戒勤務を行っていた彼は、どこか眠そうにしながらも肩を竦めた。

 

 

「遠出はしませんし、いざとなったら動ける様に装備は持ち歩く予定です」

 

 

 緊急対応は出来る様にする。

 向かうべき場所もしっかりと報告する。

 

 そうなればリンディに、否と言う答えはない。

 

 元より休みくらいは、気を抜いていて欲しいと思っていた堅物息子の提案だ。

 そんな彼が遊びに行くと言う展開に、内心でガッツポーズをしながら、リンディは笑って口にした。

 

 

「貴方が友人の誘いに乗るなんて、一体何時振りかしら? 折角だしエイミィと一緒に今日から連休って形にしても良いわよ? どうせ交代で休みを入れる予定だったから、今ならある程度は自由が効くもの」

 

「……それは魅力的ですけど、僕とエイミィが同時に抜けるのは不味いでしょう。遠慮しておきます」

 

 

 シフト上がりの半休が、そのまま連休に変わる。

 そんな魅力的な提案に惹かれつつも、責任者が揃って抜けたら不味いだろうとクロノは拒否する。

 

 そんな彼の変わらぬ態度に、リンディはふぅと息を吐いた。

 

 

「全く、貴方は。……エイミィに怒られても知らないわよ」

 

 

 彼の堅物理屈で行けば、エイミィと一緒には休暇を取れない。

 

 クロノはアースラのナンバー2で、エイミィはナンバー3。

 いざと言う時に動くべき立場だから、一緒に休めないのはある意味道理だ。

 

 それでも、恋人相手にそれで良いのか。

 そう問い掛けるリンディに、クロノは頭を抱えながらも答えを返す。

 

 

「まあ、アイツには任期終了後にでも、何か考えておきます。……それに今日行くのは、新装開店したレジャー施設ですから、コブ付きとは言え、それなりには楽しめるでしょう」

 

 

 海鳴市に新装開店した施設。

 郵便チラシの折り込みで、海鳴市住人に対して無料チケットが配布された。

 

 チケットは一枚で一家族分。最大五名まで招待できる。

 月村とバニングスを含めて十五人分。使用期限が間近に迫っていることもあり、折角だしどうか、と誘われた訳だ。

 

 ユーノがクロノを誘うその裏には、彼とエイミィを保護者代わりにしようという打算もあった。

 

 高町家の住人を始め、平日なので基本大人組は参加が出来ない。

 子供達だけでは温水の施設は危険が多く、故に保護者代わりになれる人を求めているという訳である。

 

 見た目が同年代のクロノでも、実際には十四歳だ。

 地球で使える証明書類の一つも持てば、最低限の役は果たせる。

 そして彼より二つ年上のエイミィならば、見た目の上でも違和感は存在しない。

 

 

「ユーノ達にもそう言う意図がある訳ですから、こっちも精々休暇の出しに使わせて貰いますよ」

 

 

 その辺りを理解して、だからクロノはそう笑う。

 折角御招きに預かったのだから、互いに利用し合うとしよう、と。

 

 そんな風に笑う少年を見つめ、リンディは思う。

 

 職務に励む公人としてこそ有能だが、私人としては色々と問題がある我が子だ。

 顔は広いがその友好関係は管理局員ばかり、年の近い友人も以前の天魔襲来でなくしてしまった。

 

 実直で有能である点は母として誇らしくあるが、もっと気を抜いていても良いんじゃないかと思ってしまう。

 

 ユーノ・スクライアとは年もそう離れていないことだし、このまま友好関係を築けると少しは安心出来る。

 

 そんなことを、益体もなく考えながら――

 

 

「私もそろそろアースラに戻るから、鍵はちゃんと持っていくのよ。友達と楽しんできなさい」

 

「友達、という感じではありませんがね。知り合い、という程度の関係ではありませんし、ユーノとはどういう関係だと言えばいいのか。……ただまあ、楽しめるように努力してきます」

 

「……全く貴方は、そういう所が頭が固いと言われるのよ」

 

「自覚はしてますが、性分ですので。それでは行ってきます」

 

 

 そう告げると去って行くクロノの姿。

 まだまだ未熟と言える少年の姿に、リンディは一人溜息を吐いた。

 

 

「……けど、まだ十四歳なんだものね」

 

 

 未熟で当然。早熟に成らざるを得ない状況こそが大人の不手際である。

 

 責任ある人間として、そして一人の大人として、未熟であることが許される内に、子供達をしっかりと導いていかなければいけない。

 

 

「ねぇ、貴方」

 

 

 書斎の写真を見詰める。

 そこに写るは、若き日の一家団欒の光景。

 

 

「私は誓うわ」

 

 

 天魔の遁甲に、今も囚われた人。

 クロノの報告を聞いて、直ぐにでも助けに行きたいと思った人。

 

 彼に向かって、リンディは告げる。

 写真の中で微笑む青年に、内心で誓いを立てる。

 

 

「あの子達を護り導く。そんな大人の義務を、果たす事を」

 

 

 立場と義務感で、溢れ出す感情を抑えている。

 そんなリンディは、茶碗に入った緑色の砂糖を飲み干すと、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 一人の大人として出来ることをする為に、彼女はアースラへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

4.

「認めぬ。許せぬ。断じて、否! 私のおっぱいパラダイスはどこいったんや!?」

 

「……何を怒っておられるのですか、はやて」

 

「これを、これを認めろと言うんか!? 露天風呂という名目で日差しの直下、晴天の真下に作られた広くて深い石造りの浴槽。混浴だけど、公序風俗を考慮してますと言わんばかりの水着着用。これもうプールやん! 温水プールやん!! 銭湯やないんか!? スーパー銭湯言うたやん!! あっちを見てもこっちを見てもおっぱいぷるんぷるん! 親方! 湯に浮かぶ二つの山が!? とか、そういうんが銭湯やろ!? な、なぁ、私、何か間違ったこと言っとる!?」

 

「……あ、ここに説明書きがあるわ」

 

 

 八神一家は海鳴市にあるスーパー銭湯へと訪れていた。

 

 ポストに投函されていた無料チケット。

 折角人が揃っているのだから、使おうという話になった訳だ。

 

 人数は五人まで。八神一家は六人家族である。少なくともはやての認識では。

 

 足りない分は最初、ザフィーラが留守番をしようと言う話になった。

 彼曰く男一人では余り行く意味がないでしょうとのこと。

 

 ならば仕方ないと女五人で行く話になったのだが、そこに櫻井螢が待ったを掛けた。

 曰く、ヘルパーの契約の方で少し手続きがあると。

 

 仕事ならばしょうがない。だからザフィーラが変わりに行こう。

 そういう話になり、受付でチケットを見せ、男女に分かれて更衣室へと入っていった。

 

 そしてその先で、八神はやては絶望を知る。

 

 

「……半年前の大地震の影響で、一度経営停止状態になったみたいね。それで経営再開時に折角だから、と完全改修したみたい」

 

「なんでや、なんでそっちの方向に行くんや」

 

 

 期待に胸膨らませてやって来た銭湯。

 

 そこではやてに齎されたのは、水着を着ないと入れないよという残酷な言葉と、案内図に描かれている巨大浴場という名の温水プールの姿であった。

 

 

 

 巨大樹が引き起こした大地震。

 その直下にあったこのスーパー温泉は、特に大きな被害を受けていた。

 

 この温泉施設が誇っていた無数の温泉も、それに付随した多くの施設も、全てが跡形もなく崩壊した訳だ。

 

 当初、経営していたオーナーは撤退も止む無し、と判断してこの店舗を営業停止にする予定であった。

 

 それを変えたのは、この地に生きる人々。

 復興作業にせいを出していた、若い衆である。

 

 この温泉施設に限らず、大地震の影響で倒壊した家屋の瓦礫を除去する。

 

 営業が苦しい施設に対し、総出で募金活動を行う。

 倒壊した建物を、建築の知識や技術を持つ市民が無償で立て直す。

 

 そう言った海鳴に生きる人々の協力があって、この施設は小さな町の銭湯くらいの営業なら出来る状態まで立て直したのだった。

 

 この話に感動したのが、都会でこの銭湯に出資していたグループのオーナーである。

 

 そうまでして人々が建て直した施設を、ただ潰してしまうのは惜しい。

 金に糸目は付けぬから、しっかりとした形で作り直し、海鳴の住民達には感謝を形にして示すようにと部下たちに命じたのだ。

 

 

 

 スーパー銭湯とは銭湯としての基本設備に、色々な物が付加された銭湯の事を言う。一般には健康ランドと町の銭湯の中間のような存在という認識であろう。

 

 食事処の設置や、湯の種類を増やす等が一般的なスーパー銭湯の対応だが、中には散髪施設や運動施設などが入っている物もある。

 

 ただ、応急の処置が割と雑だった影響で、この海鳴市のスーパー銭湯は大胆な改装に打って出る必要があった訳だ。

 

 大地震で地盤沈下してしまった大浴場。折角深くなったのだから、そのまま巨大な浴槽として使おう。吹き曝しになった天井も露天風呂と言い張れば通せる。

 

 成人男性の頭より底が深くなってしまったが、源泉が湧き出しているのだから温泉と言えるだろう。そう、震災後に応急処置をした職人は語っていた。

 

 それはもうプールだろ、と突っ込める人間はその場にいなかったのである。

 

 先にも挙げたようにオーナーが感激してしまっている以上、今更大浴場を作り直せとは言えない。

 善意の協力であり、無償行為なのだから、そもそもそんなことを言う資格がない。

 

 故に巨大な浴槽をどうにか生かす方向に持っていこうと努力した結果、スーパー銭湯と言う名の温水プールが生まれた訳だった。

 

 無論、従来通りの風呂も中にはあるが、プールである以上は水着着用で入るのが原則であり、はやての望むような状態にはならないであろうことは確かであった。

 

 

「はやてー。結局入んのか?」

 

「入る。入らんと、何か負けた気分になるし」

 

 

 そんな遣り取りの影で、タオルしか持ってきていなかった事に気付いた烈火の将は、ちゃっかりと水着の貸し出し申請を行っていたりした。

 

 

 

 服を脱ぎ、貸し出された水着に着替える。一緒に持って来た闇の書をコインロッカーに預け入れて、八神はやては準備万端と整える。

 

 烈火の将に抱き抱えられて、目の前を彩る双丘に頬をだらしなく緩ませる。

 ゆっくりとした速度で彼女らは移動しながら、大浴場という名のプールを目指した。

 

 

「けど、ザッフィーには悪いことしたなー」

 

 

 揺らさぬように注意しながら運ばれるはやて。彼女はふとそんな言葉を呟いた。

 

 

「仕方ないでしょう。このような施設に獣の姿で立ち入ることは出来ない。とは言え、主が男性に恐怖心を持つ以上、一緒に行動は出来ないのですから」

 

「けどなー。ザッフィーが悪い訳やないんよ。私が理由もなく、怖がっとるだけやもん」

 

 

 氷村に誘拐された際の記憶は残っていなくとも、その時振るわれた暴行への恐怖は残っている。

 

 あの日以来、はやては成人男性と会話をすることが出来なくなった。

 

 その前に立つだけで足は震え、言葉を口に出来なくなる。

 それは信頼を置いているはずのザフィーラでさえ、例外ではない。

 

 こんなんじゃ、主失格やなと呟くはやて。

 彼女の言葉に反発するように、ヴィータは否定の言葉を口にする。

 

 

「……はやては良い奴だぜ。歴代の主の中には私相手に発情するような糞みてーなのもいたしな」

 

「それと比べんで欲しいわ。けどありがとな、ヴィータ。……考えてもしゃあないとは分かっとるんやけど、私が嫌わなザッフィーも一緒に居られた思うと、どうしても考えてもうて」

 

 

 ヴィータの稚拙な励ましの言葉に微笑んで、しかし負い目を晴らせないはやて。

 家族を大事にする彼女だからこそ、家族と思った相手と向き合えない現状は歯痒いのであろう。

 

 

「はやてちゃんは、ザフィーラが嫌いなのかしら?」

 

「ううん。嫌いやない。モフモフのザッフィーは大好きや」

 

「……ならそれで良いでしょう。嫌われているのでなければ、奴も理解します。それでも気になると言うのなら、少しずつ慣れて行けば良いのです」

 

「そか。そやね。頑張っていかな、あかんね」

 

 

 今は出来なくても何時か。きっと向き合えるようになる。

 

 そう信じて、少しずつ前に進む。

 そう決めたはやてに、茶化すようにヴィータは軽口を言う。

 

 

「案外あいつも楽しんでんじゃねーの? 休暇だーって」

 

「ほかな?」

 

「そうね。女性ばかりで居辛いでしょうし、偶には羽を伸ばせているんじゃないかしら?」

 

「……仲間外れやなくて、お休みあげたーって、そう考えてもええんかな?」

 

 

 首を傾げるはやてに、守護騎士達は頷く。

 その光景を見詰めながらも、はやては思った。

 

 何時か人型になっても一緒にいられるよう、少しずつ頑張っていこう。それまではお休みだと思って楽にしてくれると嬉しい。

 

 苦手な成人男性とは言え、彼も確かに家族であるのだから。

 

 

 

 そんな話を続けながら、ヴィータが脱衣所の扉に手を掛ける。

 注意散漫となっていたのであろう。前を見ずに飛び出して、丁度入って来た人物と頭をぶつけた。

 

 

「ってー! 何すんだ、てめぇ!」

 

「にゃっ!? ごめんなさーい!!」

 

 

 咄嗟に喧嘩を売る少女と、咄嗟に謝る少女。

 互いの性格が出る対応に、互いの声音に聞き覚えのある両者はふと顔を見合わせて。

 

 

『あーっ!!』

 

「ヴィータちゃん!?」

 

「てめぇ、魔王!?」

 

「にゃっ!? 魔王呼ばわりはないの!?」

 

 

 互いに予想外の人物に、目を白黒とさせる両者。

 そんな二人の人物。双方を知る少女が声を漏らす。

 

 

「なのはちゃんやん。奇遇やね。海鳴市在住やとチケット貰えたみたいやし、それで来たんかな? ってか二人とも知り合いやったんやなー。どこで知り合ったん?」

 

「うん。私も無料チケットで来たんだけど。……ヴィータちゃん、はやてちゃんと友達なの?」

 

「てめぇこそ、はやての知り合いかよ!?」

 

 

 険悪な表情で睨み合う両者の姿。

 事情を知らぬはやてはのほほんと呟き、事情を知る守護騎士二人はさてどうした物かと思案する。

 

 

 

 ここに、誰も望んでいなかった邂逅が起こった。

 

 

 

 

 

 




アースラクルーが居る理由=スカさんの仕込み。
なのはちゃんに死なれたら困るので、命綱として優秀な歪みを持つクロノくんを放り込んできました。

無印の元凶で、A'sではリンディさんを戦地に放り込む。STSでは恐らく最高評議会を手玉に取り、FORCE前にエクリプスウイルスとか作っちゃうだろうスカさん。

その内「それも私だ」とか言い出しそうなイメージが作者の中にあるキャラクターです。


歪みは割と独自解釈。KKK原作序盤であれ程言われていたのに、何時しか消えていた返しの風要素。必ずあると表現されていた反作用が何故なくなったのかと考察し、神格化や解脱したからじゃねと解釈しました。
なので本作では、そう言った例外事項にならないと、歪み者は長生き出来ないと言う設定になっています。


後、管理局や古代ベルカの歴史とかで自分と読者の認識に違いがあると感じたので、この作品内での独自解釈やその根拠となる原作で判明している要素とか下記に記しておきます。

・旧暦462年の次元世界で起きた大災害は聖王のゆりかごが原因らしい。
 そうなると聖王の没年がその年。ベルカ末期の聖王戦争時代は旧暦462年の出来事と推測できる。

・サウンドステージに出てきた冥王イクスヴェリア。
 彼女は千年の眠りより目覚めたと語られている。少なくとも千年前にはベルカがあった。

・STSフェイトの発言から、管理局はSTS時点で創設150年。
 新暦75年の話なので、新暦になるちょうど75年前に管理局という形になったと想定出来る。

・StSでのヴィヴィオ関連情報的に、聖王オリヴィエの没年は400年前。

 これらの情報によって、旧暦462年=原作400年前となる。
 聖王没年から600年前に、冥王イクスヴェリアは休眠している。

 両王共に戦乱期、大きな戦争を経験している。

 六百年戦争が続くって、何それ修羅界?
 なので普通に考えれば、ベルカには最低でも二度の大きな戦争があったと思われる。


ここから上がほぼ確定な原作情報。
ここから下は作中キャラの発言などから推測した独自解釈です。


・三脳は聖王信者。原作発言やヴィヴィオの存在から考えて、神として信仰しているのではなく、聖王と言う優れた個人を崇拝していた様にも見える。

 彼らが聖王教会の信者と考えるより、聖王と縁ある人物であると考えた方が自然。
 四百年物の脳みそは少し無理があるが、不可能な設定と言う訳ではない。ベルカ脅威の技術力とか考えれば、ある程度肉体を保ったままでの延命も可能そう。

 なので聖王家を初めとするベルカ遺産保護や、聖王教会への協力など。三脳が当時のベルカ関係者なら、行っていても不思議ではないし、聖王個人への信仰も自然。

 なので今作では、そう設定。

 管理局は三脳がベルカ遺産をそのまま引き継いで、ミッドチルダにあった基盤組織を大きくして出来たとする。


・ViVidであれ程王家血筋が残っていた事も疑問点の一つ。
 ベルカ壊滅後の質量兵器戦争が長続きしていれば、王家なんて真っ先に根絶やしにされそう。少なくとも、意図して残そうとしない限り400年も残らない。

 そうならなかったのは、ベルカ崩壊から管理局設立までの325年間で、三脳が率先してベルカ王族や文化を保護したのではないだろうか。

 少なくとも聖王教会はその時点ではない。

 戦争直後の文明が余力を残している筈もなく、ベルカ自治領の成立もどう考えても後年の物となる。ならばそこで三脳と繋げるのは、然程不自然とは言えないだろう。



 管理局設立以外の問題点は、冥王の1000年という年月。
 聖王の時代が末期戦争でも、冥王も同じくらいの規模の戦争を体験している。

 どう考えても、同じ戦争ではない。
 600年間も戦争が続けば、そもそも600年も国が国体を保てない。

 冥王戦役(仮称)を聖王の戦争より軽い物と仮定しても、1000年も伝承が残っている時点で大概である。

 そう考えるとやはり、国家解体寸前までの騒ぎがあったっぽい。
 そんな戦争が二度も続いている国家が、600年以上も長く続くとは思えない。

 地球文明の王朝の歴史とか考えると分かりやすいが、300年以上続く王朝は実際少ない。
 統治領域が広くなればなるほど短命国家になりやすいことを思うと、幾ら魔法の影響で内政能力が上がっていても、複数の惑星、複数の次元世界を纏め上げる次元国家がそんな長命とはどうしても思えない。

 なので古代と近代でベルカを分割。態々古代ベルカと分けて呼んでいるのだから、魔法の分類だけでなく国家も一度滅んでまた出来たというイメージで良いんじゃねという話。


 夜天の書や冥王は古代ベルカ産。1000年以上前の産物。
 聖王家は古代ベルカ王家の直系だが、他の各王家は近代ベルカ産という設定で本作は書いていく予定です。

 夜天の書は古代ベルカ末期に、魔法の記録媒体として作られた後、近代ベルカ初期に闇の書に書き換えられたイメージ。

 作成されたのは1000年以上前だが、闇の書になったのは600年くらい前を想定しています。


 ちなみに闇の書の誕生理由も変えています。
 原作では歴代の主が勝手に書き換えたとなっていますが、本作では、当時の主と管制人格の同意を得て、紫天の書の製作者、御門顕明が協力して意図的に改変した設定。

 無限再生も無作為転移も、大天魔から永遠結晶を守り通す為に与えられた機能としています。

 顕明が龍明から受け継いだ第四天のえげつない技術を使っているので、大天魔でも容易には捉えられない形ですね。

 魂を識別する能力も持つので起動後だと、天魔発見直後に主を食って魔力を生成、その力ですぐに逃げてしまう。

 その影響でこれまで捕まえることが出来ませんでした。



 それなのに起動後、夜天の書や守護騎士達が螢の正体に気付けていないのは宿儺の太極の影響。
 識別能力が大きく狂っている現在の夜天の書。ある意味宿儺のおかげです。




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