リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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連続投稿三回目。

副題 ある日、林の中、ユーノくんに、出会った。
   高町なのはの日常。


第三話 出会い

1.

「で? 教科書全部忘れてきた、と?」

 

「ふぇぇぇぇ。……だってぇ」

 

 

 昼休みの屋上で、仲良し四人組は揃って昼食を食べていた。一人例外はいるが。

 

 

「いや、なのは。あんた来る前に鞄の中くらい確認しなさいよ」

 

「……いつもは教科書入れっぱなしだったから」

 

 

 そんな風に口を酸っぱくして小言を言う金髪の少女。

 名をアリサ・バニングス。なのはの友人の一人である。

 

 

「昨日宿題出てたもんねー。なのはは宿題やったのに忘れたっていう馬鹿やってるけど」

 

「にゃぁぁぁぁ」

 

 

 ニヤニヤと笑いながら続けるのはアンナ・マリーア・シュヴェーゲリン。

 なのはの最初の友達である赤毛の少女だ。

 

 

「あ、あはは、二人とも、なのはちゃんも反省してるみたいだし、それくらいで」

 

 

 苦笑交じりに二人の友人を止めようとする紫髪の少女、月村すずか。

 彼女もまた、なのはの友人の一人である。

 

 

「すずかは甘いのよ。この天然は毎回毎回何か忘れてきて」

 

「にゃぁぁぁ! ありあひゃん、いひゃいいひゃい!」

 

「おー! なのはの頬っぺたがまるでゴムのように」

 

 

 女三人寄れば姦しいとは良く言うが、四人揃えばどうなるのか。

 彼女らは幼くとも、立派な女性と言うことだろう。

 

 

「しかも、こいつ。また昼のお弁当忘れてきてるし」

 

「にゃぁぁぁ、伸びるー。ほっぺ伸びるのー!」

 

「あ、あはは、それは擁護出来ないけど。……なのはちゃん。少し分けるね。お弁当の蓋に置くけど良いかな?」

 

「ううう。すずかちゃんは優しいの」

 

「全く、しょうがないから私のも分けてあげるわ」

 

「おぉう。さっすがアリサちゃん。中々のツンデレっぷりですねー」

 

「なっ! いきなり何言い出すのよ、アンナ!」

 

「べっつにー。アリサちゃんが素直になれないお子ちゃまだなんて思ってもいませんよー」

 

「思いっきり言ってんじゃないの、このバカ! って逃げるなこらー!」

 

 

 屋上の外周で追いかけっこを始める赤毛と金髪の少女達を後目に、すずかは三人分の御裾分けが乗ったお弁当の蓋をなのはに手渡した。

 

 

「にゃぁぁぁ、これで今日も飢えないのー」

 

「明日はちゃんと持ってこようね、なのはちゃん」

 

 

 人の温かさに感謝しながら、騒がしくも輝かしい、いつも通りの日常を送る。

 

 こんな日々はきっと何時までも続く。

 永久不変なのだろうとすら思えてくる。

 

 そうとも、誰もがきっと望んでいる。

 今がずっと続けば良いのに。この世界は、とても素晴らしいのに。

 それは刹那の中に生まれた今の人々が、自然と抱いてしまう神への賛歌。

 

 

(それとも、変わるのかな?)

 

 

 だが、凍る世界は完全ではない。時計の針は動いている。

 

 ならばきっと、変化は避けられない。

 騒がしく駆け回る友人らを眺めながら、変わるかも知れない未来を想う。

 

 変化した日常の先を、思い浮かべることは出来ない。

 そんな未来のことを考えてしまうのは、授業中に出された宿題が原因だろう。

 

 高町なのはは、出せない答えに溜息を吐いた。

 

 

「……将来の夢、か」

 

「ん? ああ、さっきの授業中に出た」

 

「うん。……すずかちゃんは何て書いたの?」

 

「機械とか工学とか、そっち方面に進みたい、かな。まだ明確な形にはなっていないけど、やりたいことの方向性は見えているつもり」

 

「……凄いね。すずかちゃんは」

 

 

 私に比べて。

 口元まで出かかったその言葉を飲み込み、なのはは駆け回る友らを見る。

 

 

「アリサちゃんは会社を継ぐんだろうし、アンナちゃんは何でも出来るから、きっと何をしても上手くいくんだと思う」

 

「あー、そうだね。……何かアンナちゃんは失敗してる所がイメージ出来ないし」

 

 

 なのはの言葉に苦笑いしつつ、すずかも同意する。

 そんな風に苦笑したすずかは、なのはに向かって問い掛けた。

 

 

「それで、なのはちゃんは何になりたいの?」

 

「分からない」

 

 

 友の問い掛けに、なのはは少し間を開ける。

 そうして膝を抱えながら答えた言葉は、分からないと言う疑問の言葉。

 

 

「分からないんだ。何がしたいのか、何が出来るのか」

 

「……翠屋の二代目は?」

 

「多分。そうなると思う。でも、それって何か違うんじゃ、とも思うの」

 

 

 アリサやすずかの様に、優れた能力があり目標があるわけではない。

 アンナのように、何でも上手くやる器用さと要領の良さがある訳でもない。

 

 

「私には、何も出来ることがないから」

 

「……なのはちゃん」

 

 

 そこにあるのは正しく歪み。その感情の名は劣等感。

 

 常に傍に誰かが居たから、孤独や良い子で居なくてはいけないという強迫観念などは抱かなかった。

 

 だが、常に傍に優秀な誰かが居たからこそ、雪のように鬱屈した気持ちが積み重ねられて来たのであろう。

 

 それら一欠けらはすぐに溶けるような感情でも、降り積もってしまえば簡単には消えることがない。

 

 高町なのはの歪みとはつまりそういう物だ。

 

 

「なーに暗い顔してんのよ」

 

「にゃ!?」

 

 

 追い回されていたはずの赤毛の少女が、背後から抱き付いて来る。

 その事実に驚きの声を上げたなのはへ、彼女が伝えるのは一つの言葉。

 

 

「何も出来ることはない? ええ、貴女がそう思うのならそうなのかもしれないわ」

 

「アンナちゃん!?」

 

 

 なのはの言を肯定するような言葉に、思わずすずかが腰を浮かす。

 それに対し視線と表情で任せておけと返したアンナは、ぎゅっと抱きしめる力を強くしながら言葉を伝える。

 

 

「けれど、ずっとそうではないの。ええ、断言してあげるわ。貴女はきっと、貴女だけにしか得られない力を手に入れる。貴女だけにしか出来ないことが出来るようになる」

 

「アンナちゃん?」

 

「これは絶対よ、なんたってこの私の保証付きなんだから」

 

 

 にっこりと笑いながら語るアンナの言葉に、なのはは頷きを返す。

 彼女が何を知っているのか、それはまるで分からないけれど、確かに感じる想いはあったのだ。

 

 

「だらっしゃー!!」

 

「きゃー!」

 

「にゃー!」

 

 

 そんな風に語り合う少女達を、金髪の少女が放った跳び蹴りが吹き飛ばした。

 弾かれて飛んでいく二人に対し、華麗に着地したアリサは仁王立ちして宣言する。

 

 

「さっきから暗いのよ! 大体、なのは、あんた理数系は私より成績良いじゃない! 他にも色々。…………理科とか算数とか、理科とか算数とか出来るじゃない」

 

「アリサちゃん!? 理数系しか言ってない!?」

 

「うっさいバーカ! テストの解答欄間違って零点になってるあんたにはお似合いでしょうが!」

 

「あ、あれは問題文と解答欄の位置が悪いんだよ! 間違えたのはなのは一人じゃないよ、きっと」

 

「……どうでもいいけどさー。何か良い感じの台詞言ってた私も蹴られたのは何で?」

 

「アンナはムカつくから!」

 

「割と理不尽!?」

 

 

 先ほどまでのしんみりとした空気は霧散し、そこにはいつも通りが帰って来る。

 なのはがドジし、アリサがツッコミ、すずかが慰め、アンナが掻き回す。そんな当たり前の光景が。

 

 

「ふ、ふっふっふっふ」

 

「な、何よ、アンナ。やる気! 受けて立つわよ!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべだしたアンナに、拳を握りシャドウボクシングのように動かしながら男らしく対峙するアリサ。

 

 そんな彼女に、アンナは宣言する。

 

 

「理不尽なアリサには、その唇を奪う罰をくれてやろー!」

 

「はっ!?」

 

 

 わきわきと両手の指を動かすアンナの姿に、一瞬唖然としたアリサは状況を理解し、慌てて言葉を返す。

 

 

「ちょ、あんた本気!?」

 

「おうともよー。さぁて、ちゅーしちゃうぞー」

 

「ぎゃー! こっち来んなー!!」

 

 

 青ざめて全力で逃げ出すアリサと、ニヤニヤと笑いながら追い掛けるアンナ。

 先ほどとは追う側と追われる側を入れ替えた追走劇に、残された二人は苦笑いを浮かべるしか出来ない。

 

 

「……でも、アンナちゃんもアリサちゃんも正しいんだよ、なのはちゃん」

 

「え、あれが?」

 

 

 すずかの言葉に、思わず涙目で逃げ回るアリサと下ネタを連呼しているアンナを見やる。

 

 あれが正しい?

 そう疑問符を浮かべるなのはに、すずかが返すのは座った視線。

 

 

「私たちは何も見ていない。いいね」

 

「あ、はい」

 

 

 有無を言わせぬ強い口調に思わず頷くなのは。

 そんな彼女に対し、軽く咳払いをした後で、すずかは言葉を重ねた。

 

 

「なのはちゃんが気付いていないだけで、今出来ることが確かにあるというのは正しい。それにこれから先に出来ることが見つかるってこともきっと正しい。私が言いたいのは、そういうことだよ」

 

「……見つかる、のかな?」

 

「見つかるよ、一人では難しくても、皆で一緒に探せば、必ずね」

 

「皆で一緒に?」

 

「うん。四人揃って。……何があっても、きっとそれだけは変わらない、って信じてる。なのはちゃんは?」

 

「そう、だね」

 

 

 皆が別の道を選んだとしても、友達で居られると確信できる。

 四人一緒なら、きっと出来ないことはないと信じている。

 

 この景色は何時までも変わらない。

 そう思うと不思議と気持ちが軽くなるのを、なのはは確かに感じていた。

 

 

 

 

 

2.

〈助けて……〉

 

「にゃ? 今何か?」

 

 

 学校からの帰り道、なのはは不思議な声を聞く。

 それは誰かが助けを求める声。今朝見た夢の声と同じ音。

 

 

「どうしたの、なのはちゃん?」

 

「何立ち止まってんのよ?」

 

 

 塾に行く為に、共に歩いていた二人が問いかける。

 

 

「今、声が」

 

「声? そんなの聞こえないけど」

 

 

 声の主を探しているのか、きょろきょろと辺りを見回すなのは。

 その姿にアリサとすずかは、困惑の表情を浮かべるしか出来ていない。

 

 

〈助けて……〉

 

「やっぱり聞こえた! こっち!!」

 

「あ! ちょっとなのは!?」

 

「なのはちゃん! 待って!!」

 

 

 道路から抜け出して、林の中へとなのはは飛び出す。

 一人で草木を掻き分けながら獣道を進んで行ってしまう彼女を、アリサとすずかは慌てて追いかけた。

 

 

「ふふ、なーんか、面白いことになりそう」

 

 

 彼女らの後ろ姿を眺めながら、魔女はにたりと笑っていた。

 

 

 

 

 

 そして四人の少女が、その場へと辿り着く。

 

 

「うっ」

 

「酷い、どうして」

 

 

 アリサは思わず口元を抑え、すずかはその惨状に悲しさを感じた。

 

 小さなフェレットが血溜まりの中に倒れている。

 体の一部がおかしな方向に歪んでいて、全身が泥と血に塗れている。

 掠れるような呼吸音さえなければ、死んでいると錯覚してもおかしくはない。

 

 虫の息と言うべき有様だった。

 あまりにも酷い姿に怯む二人を後目に、なのははしゃがみこむと血で汚れるのも気にせず両手で優しくフェレットを抱き上げる。

 

 

「アリサちゃん。動物病院はどこ!?」

 

「えっ?」

 

「すずかちゃん!」

 

「あ、この近くだと槙原さんのところが」

 

「連れてって!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。今鮫島を呼ぶから」

 

 

 普段の鈍さがまるで見えない少女の対応。

 それに思わず気圧されながらもすずかは場所を説明し、アリサは携帯電話で専属執事へと連絡を入れる。

 

 

「早く! 早くしないとこの子が!」

 

「はいはい。落ち着きなさいな」

 

 

 掌中の冷たさに慌てるなのは。

 彼女へと、アンナは落ち着かせるように言葉をかけた。

 

 

「その子はちゃんと呼吸もしてるし、まだ大丈夫よ。急がないといけないのは確かだけど、慌てて揺らしたら怪我が酷くなってしまうわ」

 

「え、じゃあ、どうしたら?」

 

「だから落ち着いて、揺らさないように道路脇まで行きましょう? アリサが車呼んでくれてるんでしょう?」

 

「……それだけ、で良いの?」

 

「何なら声くらいかけてあげなさい。その子に頑張れってね」

 

「うん」

 

 

 優しく抱き留めて、なのは言われた通りに声を掛ける。

 

 頑張れ、もう大丈夫だから。

 そう優しく声を掛ける少女を後目に、アンナは林の中へと目を落とす。

 

 赤い宝石が一つ落ちている。

 それが何であるのか正確に理解しながら、それを拾い、なのはへと差し出した。

 

 

「アンナちゃん?」

 

「その宝石、この子のみたいよ。失くしちゃわないように、なのはが大切に持っておきなさい」

 

「……うん。分かったの。あ、今は手が使えないから、鞄の中に入れて」

 

「仕方ないわねぇ」

 

 

 なのはが素直に頷き、アンナがなのはの鞄の中に赤い宝石を入れるのとほぼ同時に、連絡が終わったのかアリサが二人を呼んだ。

 

 

 

 そうして少女達は、駆け足気味に林を抜ける。

 数分後にやってきた車に四人は乗り込んで、槙原動物病院を目指すのだった。

 

 

 

 

 

3.

 槙原動物病院。

 山の地主である槙原愛と呼ばれる女性が院長を務める、海鳴市にある動物向けの医療施設。

 その手術室より出て来た穏やかそうな女性は、待合室で座っていた少女達へと声を掛けた。

 

 

「……もう大丈夫よ。皆」

 

 

 フェレットを受け取ってすぐ、血相を変えて手術室へと連れていった槙原獣医師。

 流石に手術室までは同行出来ず、ハラハラと見守っていた三人の少女。彼女達はその言葉に、漸く安堵の溜息を吐いた。

 

 

『よかったぁ……』

 

 

 脱力して床に座り込んだ少女たちに対し、槙原は微笑みを浮かべながら軽い説明をした。

 

 

「もう命の心配はないけれど、傷んだ内臓や折れた骨が治るまで無理をさせちゃ駄目よ。完治するまでにはまだまだかかるから、二・三ヶ月は様子も見る必要があるでしょうね」

 

 

 フェレットの容態は、予想以上に深刻であった。

 あと少しでも処置が遅れていれば、危なかったであろうと槙原は判断している。

 

 

「それで、この子はこれからどうするつもりかしら?」

 

 

 怪我をしている所を拾った、というのはすでに伝えてある。

 槙原動物病院は、野生動物の治療費はタダにすると言う方針の下に成り立っている。

 

 元より大地主である彼女の、趣味的な意味も強い病院だ。

 金銭面での不具合はないが、それでもずっと預かり続けるのは支障も出よう。

 

 故に彼女は問いかけている。

 飼い主を探すのか、誰かが引き取るのだろうか、と。

 

 

「貴方たちが引き取れそうにないなら、こちらで引き取り先を探してみるけど、どうかしら?」

 

 

 正直、ここまで傷付いた動物の引き取り手を探すのは、非常に難しい。

 そう内心で思いながらも、槙原獣医師はそれを表情に出さず問いかける。

 

 問われ少女たちは其々が思考した。

 

 

「……うちは無理ね。犬がいっぱいいるし、大怪我しているこの子を置いておけないわ」

 

「うちも駄目、かな。……猫さん達がこの子を苛めないと言えないし」

 

「あー。私も無理。うちのマンションってペット禁止だから」

 

 

 アリサ、すずか、アンナ、三人がそれぞれの理由で引き取れないと口にする。

 

 

「…………」

 

 

 そんな中一人黙していたなのはは良しと頷いた。握りこぶしを作ったまま、彼女は口を開く。

 

 

「お父さんとお母さんに頼んでみる。翠屋じゃなくて家の方なら、大丈夫だと思うから」

 

「ええ、それじゃご両親と相談して、明日か明後日にでも結果を教えてくれるかしら?」

 

「うん。分かったの!」

 

 

 元気に返事をするその姿に、槙原は笑みを返す。

 その真っ直ぐに成長している姿は、例え彼女の両親が認めなくて引き取れなくても、彼女が安心できるよう全力を尽くそうと、そう思わせるだけの輝きがあった。

 

 そうしてフェレットの進退が決まった後、少女達は思い思いに語る。

 

 

「しっかし、なんなのよ、何であんな子が酷い目に」

 

「大きな獣の歯型とか爪痕があったみたいだしね。……けど助かりそうで良かった」

 

 

 アリサはどうして、と義憤に駆られる。

 すずかはその境遇を悲しみながらも、同時に安堵を抱いている。

 

 

「……ま、私もやるだけやっておきましょうかね」

 

「にゃ? 何をするの?」

 

「なんでもないわよー」

 

 

 底の見えない笑みを浮かべたアンナ。

 なのははその笑みの質にも気付けずに、純粋な疑問を浮かべて首を傾げる。

 

 そんな四人は、傍目に見ても確かな友誼を結んでいる。

 きっと彼女らの日常は、とても素晴らしい物なのだろうと思えてくる。

 

 

「しっかし、さっきのなのはは凄かったわねー」

 

「うん。確かに。思わず気圧されちゃった」

 

「にゃ?」

 

 

 大切だと思える日常を重ねていけば、確かに輝かしい物が残る。

 そのまま輝かしい日常を送っていけば、きっと良い大人になれるだろう。

 

 

「あんたって普段はとろいのに偶に凄くなるわね。本当に偶にだけど」

 

「にゃー! とろいって言われたの!?」

 

「うん。そう言えば友達になった時もなのはちゃん、さっきみたいな感じだったね」

 

「その後、すぐにいつものトロなのはに戻ったけどねー」

 

「ああ、あれは別人なんじゃないかって、我が目を疑ったわ」

 

「にゃー! 変な呼び名付けないでー!」

 

 

 騒がしくはしゃぐ少女達を微笑ましく思いながら、槙原はそんな風に思考していた。

 

 とは言え、ここは病院である。

 そして彼女は医者である以上、責任は果たさねばと叱りつける。

 

 

「はいはい。ここは病院です。騒ぐなら、外で騒ぎなさい!」

 

『はーい』

 

 

 元気に返事をして外に出ていく四人の少女。

 執事服姿の壮年の男性が軽く会釈をして、その後を追っていく。

 

 そうして、槙原は一つ溜息を吐いて。

 

 

「こんな風に感じるなんて、年取った証かしら」

 

 

 彼女達に対して抱いた思考。

 それは余りにも年寄り染みているだろうと、真剣に悩みかけるのであった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 両親の説得に成功したなのはが病院を訪れる。

 

 

「これからよろしくね」

 

 

 まるで、太陽に向かって花開く向日葵の様に。

 未だ眠り続けるフェレットに対して、なのはは笑みを向けるのであった。

 

 

 

 

 

4.

 時刻は僅か遡り、フェレットが病院に収容された日の深夜。

 槙原動物病院の近くで、人知れず一つの戦いが起きていた。

 

 いや、それは戦いと呼べるものか?

 

 否。これはただの蹂躙。ただの暴力。

 戦などとは呼べぬ、一方的な暴虐である。

 

 

「そう。理解する知性もないんでしょうけど、まあ諦めなさいな」

 

 

 獣はただ唸り声を上げる。

 それしか出来ていなかった。

 

 災厄の宝石より生まれし黒き獣は、生じた瞬間より人を圧殺するだけの性能を有している。

 事実、ユーノ・スクライアは心身共に追い詰められていたとは言え、唯々蹂躙されるだけだった。

 

 だというのに、この眼前の少女には抗えない。

 格が違う。圧が違う。強さの桁が文字通り違っている。

 

 獣の突進も、鋭い牙も、その身から放たれる魔力の衝撃波も届かない。

 敵対者を傷付けることは愚か、身動き一つさせることも出来ずに居た。

 

 対して伸縮して獣に纏わり付いた影はあっさりと、呼吸をする暇もないほど一瞬で獣からあらゆる自由を奪い去る。

 

 正しく、力の桁が違っている。

 そもそも戦いにすらならない程に、両者の存在は隔絶していた。

 

 赤い短髪に額にある二つの紅玉。

 両の瞳も赤く、袖のない和服に首飾りで着飾った少女。

 

 彼女は、その四つの赤い瞳で獣を見下す。

 その見詰める光は冷たく、何処か嗜虐の色さえ含んでいる。

 

 そんな敵対者の視線を前に、獣は挑むことも逃げることも許されず影に囚われる。

 獣の唸り声が恐怖に震えて泣き叫んでいるように聞こえるのは、果たして気のせいだろうか。

 

 

「それじゃぁ、Auf Wiedersehen」

 

 

 腕の一振りと共に獣が消し飛ぶ。

 後にはただ、淡く輝く宝石だけが残されていた。

 

 

「さーて、ジュエルシードゲット!」

 

 

 青き宝石を手にした少女は、手遊びをしながら動物病院の方向へと目を向ける。

 

 無差別広域念話によって大量の魔力を撒き散らし、私を狙ってくれと言わんばかりの有様だったあの小動物を思い誰にともなく呟いた。

 

 

「ま、私がしてあげるのはこの程度。あとは貴女がどうにかしなさい。その為に必要な物は全て揃えてあげたのだから」

 

 

 一人の少女の名を舌の上で転がして、されど言葉には出さない。

 

 そうして和服の少女は己の影に消えていく。

 まるで沼に飲まれて姿を消すかのように、僅かな波紋を地面に残して。

 

 そうして後には、何事もなかったかのように、静寂に包まれた町並みだけが残されていた。

 

 

 

 

 




Q.なのはさんってこんな子だっけ?
A.元々寝坊助で、所々ボケ要素があった感じの女の子。原作では良い子でいなくちゃという強迫観念があってそれだったのだから、気が抜けてるとこんな感じになると思う。


20160811 文章をやや改訂。

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