リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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出会いがあれば別れがある。
出会わなければ良かったのに。

今回はそんな感じの話です。


副題 瞬・殺。
   地星の魔女。
   そして少女は届かない。

推奨BGM
2.Disce libens(Dies irae)
3.Letzte Bataillon(Dies irae)



第二十六話 別れの言葉

1.

 どしんと轟音を立てて、巨体が地に倒れ伏した。

 その倒れる姿を見下しながら、鉄槌の騎士は吐き捨てる様に言葉を漏らす。

 

 

「はぁ、はぁ、……やっと、倒れやがった」

 

 

 肩で荒い呼吸をしながらに、デバイスを待機形態へと戻す。

 そんな少女の顔には隠せぬ程に、疲弊が色濃く刻まれていた。

 

 魔法プログラムに過ぎないはずの彼女にも、人格を持つが故か疲労という物は存在している。

 魂を得てしまったが故に精神的な疲労は強くなり、既に行動能力に支障が出る程に疲弊していた。

 

 そろそろ休まなくてはいけない。それでもまだ、休む訳にはいかない。

 腰を落ち着けられる程の時間はない。ゆっくり休んでいられる程に、今は時間がないのだ。

 

 

(くそ。あとどんくれぇ、はやては持つんだ)

 

 

 分からない。分からない。分からない。

 闇の書の完成が間にあうのか。病み衰えた少女が持つのか。自分達は間に合うのか。

 

 だから休むべきだと思っても、休める物かと感じている。

 自分の苦しさよりもきっと、主の方が大変なのだからと歯を食い縛る。

 

 

(一端、再構成するべきか?)

 

 

 最悪、闇の書に戻り作り直すのも手であろう。

 或いは書のデータから、シグナムを再構成して加えるのも手であろうか。

 

 そう考えて、だが其処に一抹の不安を感じる。

 それはしてはならないと、何故だか恐怖心にも似た想いがあった。

 

 守護騎士プログラムは、闇の書が健在な限り不滅な筈である。

 溜まりに溜まった精神疲労による不具合ならば、消して作り直せば消える筈だ。

 

 だが、それをすれば、何故だか自分が消える気がした。

 もう一度シグナムを呼び戻したら、それこそ最悪の展開となる気がした。

 だから蒐集効率だけを考えるならばそうした方が良いと分かって、それでもヴィータは選べなかったのだ。

 

 

「……くそっ」

 

 

 ヴィータは弱々しく吐き捨てる。

 根拠もない怯懦で作業効率を下げている己が、何よりも忌々しく思えていた。

 

 

〈Sammlung〉

 

 

 そんなヴィータと共に立つシャマルが、手にした闇の書で蒐集を開始する。

 対象となるはヴィータが今しがた打倒した巨大な生物。全長にして10メートルを超える鳥形の魔法生物だ。

 

 獣が悲鳴を上げる。それに内心で謝罪しながらも、シャマルは蒐集の手を休めない。

 一秒二秒と時間経過に伴って、書の白紙に文字が踊り、魔法生物の呼吸はゆっくりと弱っていった。

 

 

〈Geschrieben〉

 

 

 そうして、蒐集は終わる。

 それを見届けた鉄槌の騎士は、同胞たる女に問い掛けた。

 

 

「終わったか、どんな具合だ?」

 

「……駄目、全然溜まらないわ」

 

 

 蒐集を完了した闇の書を手にしたシャマルは、どの程度魔力が集まったかを問うヴィータに首を横に振って返した。

 今回の大型生物。竜種程でなくとも危険生物認定を受けるだろうそれを倒して得た戦果は、僅か三行。闇の書の一頁。その一割程度にしか届いていなかった。

 

 

「くそがっ! このレベルで一割かよ!?」

 

「……多分、同じ獲物を狩り過ぎたのも理由だと思うけど」

 

 

 限界が見えた。頭打ちが迫っている。

 両者は口に出さず、だが同じ結論に至っていた。

 

 このままでは、間に合わない、と。

 

 だが、これ以上に何を求めれば良いというのか。この魔法生物は近隣世界でも最強種に近い生命体だ。

 これ以上魔力を持つ存在となると、それこそアルザスの巨大竜か、或いは管理局のエースストライカーくらいしか思い浮かばない。

 

 

「……標的を変えれば、少しはマシになると思うけど」

 

「多種多様な相手の蒐集が出来れば、か。……けど、これじゃ焼石に水だぜ」

 

 

 隠れ潜みながら動いている現状。僅か二人しか居ない実動員。

 その二人にも蓄積された疲労。何故だか魔力が集まり難くなっている闇の書。

 

 状況はすこぶる悪い。最悪一歩手前である。

 だからだろうか。邪念と呼ぶべき質の思考が、二人の脳裏に過ぎっていた。

 

 

「……なぁ、シャマル。こいつから“死ぬまで蒐集”したら、どの程度集まりそうだ?」

 

「……蒐集で殺すまではしたことがないから、その情報は多分一頁分くらいにはなるわ」

 

『…………』

 

 

 迷いはある。戸惑いはある。躊躇いはある。

 それだけの事をして、その対価となるのが一頁では、それこそまるで割りに合わない。

 

 

「……やるか」

 

 

 だけど、他に考えは思い付かない。

 天秤に乗せた二つの荷物は、一つが決定的に重いのだから、比べる事すら出来はしない。

 

 

「ええ。……一頁でも、今は大きいのだから」

 

 

 守護騎士は踏み外す。盛大に人道を踏み外す。

 たった一つの目的に専念する彼女らは、それ以外になど頓着出来ない。

 騎士の誇りと獣の命。それで主が救えるならば、それは問うまでもない結論なのだ。

 

 

「……悪ぃな」

 

 

 ヴィータは詫びの言葉を口にし、シャマルは闇の書を再び開いて――そこで景色が一変した。

 

 

「何だ!?」

 

「これは、封時結界!?」

 

 

 ヴィータとシャマルを閉じ込めるかのように、否、確かにその意思を持って、結界が展開されている。その色は青。管理局の若き執務官である彼の魔力光に他ならない。

 

 結界を認識した直後、何の予兆もなく三人の少年少女が空中に出現する。

 一人は黒髪に黒いバリアジャケット姿の少年。一人は金髪に民族衣装姿の少年。そして最後の一人は白き衣を纏った魔法少女。

 

 その姿を、彼らの事を守護騎士達は知っていた。

 

 

「あいつら、どうやって!?」

 

 

 驚愕を口にする騎士は、そんなことをしている場合ではないかと自省する。

 悩むのも考えるのも後だと、すぐさま迎撃の体勢を整えて――しかし、そんな物は何の意味も果たさなかった。

 

 

「万象掌握」

 

「んなっ!?」

 

「きゃぁっ!?」

 

 

 クロノの呟きとほぼ同時に、襲い来る浮遊感。

 彼の力を知らない守護騎士達に対処の術などはなく、その身は宙へと移される。

 

 何が起きたのか分からず、だが対処の為に姿勢を直そうとするヴィータは、眼前に迫っている拳を認識した。

 

 

「がっ!?」

 

 

 顔面にその一撃が撃ち込まれ、鼻血がその拳を赤く染める。

 金髪の少年は血に染まった手など気にすることはなく、すぐさま鋭い回し蹴りを幼い少女の腹へと叩き込んだ。

 

 

「チェーンバインド!」

 

 

 痛みと吐き気。それに襲われて体を九の字に曲げているヴィータに、翠色の鎖が絡みつく。

 その拘束に抗うことも出来ぬまま、行動一つ出来ぬ少女の身体へと――駄目押しとなる一撃が叩き込まれた。

 

 

繋がれぬ拳(アンチェインナックル)!!」

 

 

 轟音を立てて少女は地面に墜落する。

 騎士甲冑を砕かれて、勢いよく落ちた少女は大地に小さなクレーターを作り上げるのであった。

 

 地に倒れた少女は激痛に表情を歪めたまま、空を見上げる。

 そこで同胞であるシャマルが、自身と同様に無力化される瞬間を見た。

 

 

「ディバイーンバスタァァァ!!」

 

 

 桜色の砲撃が放たれる。

 その一撃はこの青き結界すら一撃で破壊しかねない程に凶悪な物。

 

 極光に飲み込まれて、悲鳴一つ漏らせずにシャマルは撃墜される。

 その身は非殺傷の一撃を受けたとは思えぬ程にボロボロで、地に落ちた女は完全に意識を失っていた。

 

 

 

 正しく瞬殺。一瞬で片の付いた戦いは、最早唯の蹂躙劇。

 だが、これは確かな現実。これこそが両陣営の力の差。

 今の疲弊した二人の守護騎士では、この三人には抗うことすら出来ないのだから、当然の結果であったのだ。

 

 

「……てめぇら、何で」

 

 

 何故、とヴィータは問う。如何にして自分達を捉えたのか、と。

 

 

「語る義理もないし、話す時間もない」

 

 

 そんな問いを、クロノは一蹴する。

 どれほど優位にあっても、彼らには時間がないのだから話をする余裕などはない。

 

 本番はこれからなのだ。これは前哨戦にもならぬ戦い。

 

 それでも無事に逃げられる可能性があるのなら試す必要はある。

 故に逡巡する暇もない程、素早く撤退をする必要があるから。

 

 だから、口にするとしても一言だけ。

 

 

「千の瞳からは逃れられない。唯、それだけの話さ。……さあ、ミッドに行くぞ! ユーノ。高町なのは」

 

「ああ!」

 

「うん!」

 

 

 クロノの言葉にユーノとなのはが頷く。

 彼らは撤退する為に倒した守護騎士達と闇の書を捕まえてから、クロノの元へと移動した。

 

 

「……なんだよ、それ」

 

 

 首根っこを掴まれて引き摺られながらヴィータは、クロノの答えになっていない答えに対して、そんな言葉を漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 サウザンドアイズ・システム。千の瞳と呼ばれる機構。

 それは管理局が誇る情報管轄システムであり、同時に管理局の闇ともいうべき負の結晶でもある。

 それは最高評議会に直轄されるシステムであり、どこに存在しているのかも一局員には知らされていない。

 ただ、“本局”内にあるとだけ噂され、実態は一切不明ながらもその優れた機能から様々な場で活躍する、局員からの信頼も厚いシステムだ。

 

 ジェイル・スカリエッティが作成に難色を示したというその機構。その実態は、500人のウーノをバラして繋げた監視システムである。

 最適化と合理化。同時に人工魔導士技術で得た複数のリンカーコアと大型の魔力炉を混ぜ合わせることによって、それは大規模な監視範囲と圧倒的な情報処理能力を持つ。

 

 500人。一対の瞳の総数は1000。

 その瞳は一度に数百の次元世界の監視を可能とし、24時間365日使用しても機能が落ちないだけの耐久性も維持している。

 

 それはエインヘリアルやアルカンシエルと並ぶ、管理局の最重要機構の一つであった。

 

 

 

 クロノの仕掛けた罠とは、その千の瞳を用いた物。否、罠とすら言えない程、単純で稚拙な物であった。

 本来ならば大規模な任務でなければ使えないそれを、スカリエッティやハラオウン家縁の高官達に繋ぎを取り、袖の下などを渡して、どうにか一部分だけだが使用の許可を取った。

 

 そしてクロノはそれをもって、複数の次元世界を監視していたのだ。

 対象となるのは第九十七管理外世界に近く。魔法生物の多い次元世界。

 

 管理世界。管理外世界。観測指定世界。無人世界。接触禁忌世界。

 管理局が現時点で発見している次元世界は500を超える。そしてそれとて、無限に広がる次元世界の内のほんの一部に過ぎないであろう。

 

 その中から、守護騎士を見つけ出すなど本来は不可能だ。

 千の瞳によって、地球とその周辺を観測し続けていたクロノも、この方策は待ちの策だと判断していた。

 

 釣りをするかのように気長に、そう考えていたからまだ時間はあると零していた。

 地球には都度戻っているようだから、本命はそこに残されるであろう転送の痕跡。

 そこから行動のパターンを割り出し、ゆっくりと追い詰めていく予定だったのだ。

 

 それがこうもあっさりと嵌ったのは、彼女らの浅はかさ故だろう。

 監視されている可能性など気付かず、こうして第九十七管理外世界から程近い距離にある、高魔力を持つ生き物がいる世界に乗り込んでいたのだから。

 

 

 

「くそがっ」

 

 

 ヴィータは痛みで霞んでいく思考で、そう吐き捨てた。

 それしか出来ない少女は、せめて意識だけは手放してやるかと歯噛みして。

 

 そんな少女の様子を気にすることもなく、クロノ・ハラオウンは万象掌握を使用した。

 

 

 

 

 

2.

 ある女の話をしよう。

 

 その女は古き世。今はない世界に生まれた。

 それはこの世界において、ヨーロッパと呼ばれる地と同じような地。中世という時代と同じような時代であった。

 そんな時代。ドイツと呼ばれる国の片田舎で、女は生まれ育った。

 

 女は村の中においても優れた者であった。

 美しい容姿。優れた能力。器量良しなその女に、多くの男が求愛し、多くの女が羨望した。

 

 そんな女は己が器量を自覚しながらも、特に驕ることはない。

 当たり前のように生き、当たり前のように恋をして、当たり前のように結婚した。

 

 幸福となるのだろう。誰もが皆そうであるように。

 寂れた農村であったが貧困に苦しむ程ではなく、故に何の根拠もなくそう信じ込んでいた当たり前。

 だが、そんな当たり前な人生が、ある一つの要因によって破綻した。

 

 魔女狩りだ。

 

 中世において、どれ程に“本物”の魔女が居たであろうか。

 どれ程の“魔女”が謂れのない罪で迫害された者であったか、どれ程の権力者が己の欲で“魔女”を作り上げていたのか、どれ程の人々が狂騒に促されその愚行に加担したのか。

 それらを知る事などは出来ないが、この件においての真実は一つ。

 

 女は魔女などではなかった。それだけが確かな事実。

 

 

 

 嫉妬した女達は語る。あの女があれ程に美しいのは魔女だからだ、と。

 振られた男達は語る。あの女は人を食い物にする恐ろしい魔女である、と。

 彼女に魅せられた権力者は語る。あの女は悪しき魔女だから、我らが浄化せねばならないと。

 

 そして彼女が愛した伴侶は語る。

 自分はあの魔女に騙されていた。自分を騙した魔女が恐ろしい。だから今すぐにでも、あの魔女を殺してくれ、と。

 

 かくて女は魔女として、凄惨極まる拷問と権力者の欲を満たす為の辱めを受ける。そして、その末に獄中へと繋がれた。

 

 死刑を宣告され、しかしそれは訪れず、六年の間牢獄の中で過ごしていく。

 全ての裏切りを憎んで、己を襲った理不尽を嘆いて、そうして唯死んでいく。

 

 そう。そうなる筈だった。

 光さえ届かぬ牢獄の中で、“影”に出会うまでは――

 

 

 

 

 

 海を一望出来る埠頭の先端に腰掛けて、アンナ・マリーア・シュヴェーゲリンは、そんな過去を思い出していた。

 ぶらぶらと足を振りながら今更ながらに振り返るのは、こんな今に未練が生まれてしまったからか。

 

 

「そう。私はあの日、魔女になったんだ」

 

 

 あの日は”影”の存在を理解すら出来ず、唯怯えて震えるしか出来なかった。

 

 そんな自分に魔道の力を与えた“影”。

 それこそ第四天永劫回帰。彼女を神々の争いに巻き込んだ元凶たる悪辣な神。

 そんな神に力を与えられた女は、真実魔女となったのだ。

 

 魔女となった少女は、思い出した記憶を辿っていく。

 

 

 

 

 

 魔道によって自由を得た魔女は、己が望みを叶える為に動き出した。

 魔女は復讐を始める。そう魔女は逆襲を行う。そう魔女は皆の願いを叶える。

 

 お前達は私が魔女であって欲しかったのだろう?

 ほら、見るが良い。ここにあるはお前達が望んだ残虐な魔女だ。望み通り残虐な趣向で甚振ってやろう。

 

 お前達は自分より優れた者がいるのが許せないんだろう?

 ならば良し。全員足を引いて泥の底に落としてやる。出る杭はない。皆同様に無価値となるが良い。

 

 お前達は私を貶めて愉悦に浸っていたのだろう?

 ならばお前達も同じ目に合ってしまえ。皆、憎悪と絶望と苦痛の中で、凄惨な生き地獄を味わい続けろ。

 

 

 

 そうして魔女は、己の生まれ故郷を滅ぼして、当てのない旅路を始めた。

 

 

 

 生きた。生きた。長く生きた。

 百年を超え、二百年を超え、三百年を超え、四百年という時を魔女は生きた。

 

 

 

 時は移ろう。

 

 ナポレオンがフランス皇帝となった瞬間を見た。あの強大だった神聖ローマ帝国が滅んでいく姿を目に焼き付けた。

 ギリシャ独立戦争で死んでいく人々を嗤いながら眺めて、アメリカ合衆国のモンロー宣言に驚いて、個人的な恨みから妨害していたカトリック教徒解放令が成立した時には苛立ち紛れに八つ当たりした。

 ジャガイモ飢饉の時は空腹に悩み、相次ぐ革命戦争に巻き込まれることを恐れて逃げ回り、場末の酒場で聞いた奴隷解放宣言の内容を鼻で笑った。

 

 刹那的に享楽的に生き続けて、けれど居住地の欲しくなった魔女は故郷であるドイツに舞い戻る。

 一度目の世界大戦。それによって荒れ果てた隙を突いて、ドイツ国内に入り込んだのだった。

 

 

 

 ヒトラーのオカルト遊び。

 遺産管理局に潜り込んで、実際に力持つ遺物を掠め取りながらも気楽に生きる。

 

 そろそろ生きる活力も失せてきて、もう死んでも良いかなと考え始めていた頃、魔女はある出会いをした。

 

 彼女を変える程の出会い。

 今でも恋い焦がれる彼に出会ったのだ。

 

 ロートス・ライヒハート。

 あの輝く星のように生きた、刹那を愛した男に。

 

 

「あの時は気付かなかった。恋とか愛とか、そんな気持ちは当に失せていて。もう抱くことはないと思っていたから」

 

 

 振り返る今ならば言える。

 確かにあの時、刹那を愛するあの男に恋をしたのだと。

 

 楽しい今がずっと続けば良い。

 そんな子供みたいな理由で永遠を夢見て、それでも永遠になれない刹那であることを良しとした男に恋をしていたのだ。

 子や孫は愚か、それ以上幼い男を、魔女は年甲斐もなく愛していたのだ。

 

 

 

 戦乱の中で彼が命を落としても己の想いに気付けず、それでも無意識の内に終わらぬ永遠を求め続けた。

 そうすれば、居なくなってしまった彼の刹那に成れる気がして。その為に、修羅道至高天へと頭を垂れ、その断崖の果てを望んだのだ。

 

 彼を愛していたことに気付いたのはもっとずっと後の話。

 その時になって、もう決して彼の刹那には成れないのだと嘆いた。

 

 けれど――

 

 

「貴方はそこに居た」

 

 

 彼の第四天が作り上げた戦神。

 神の血と、戦場の犠牲者達の魂を混ぜて作り上げた超越する人の理(ツァラトゥストラ・ユーヴァーメンシュ)

 

 その彼の内側に、確かに愛した男の姿を見たのだ。

 其処に居たのだ。刹那が愛おしいと語った男は永遠の刹那の血肉となって、ああけれど確かに夜都賀波岐の主柱は彼でもあった。

 

 

「そんな貴方が私を求めた。必要だと、消えて欲しくないと。大切な宝石だと言ってくれた」

 

 

 そこに異性への愛はなかったけれど、それでも、それだけでも魔女は満たされていたから。

 これまでの薄幸だった人生への嘆きも、嘲弄され続けた運命への怒りも、全て解けてしまう程に、その言葉で満たされたから――少しだけ、欲が出てしまったのだ。

 

 

「貴方が愛した刹那を、知りたいと思った。私が切り捨て、貴方が抱き締め続ける刹那。それともう一度だけ関わってみようと思ったのよ」

 

 

 だから、あの日、あの場所で、高町なのはに出会った時、魔女は少女と共にあろうと考えたのだ。

 彼が愛した日常を、もう一度だけ覗いてみようと思って、そして今更になってそれを後悔している。

 

 出会わなければ良かったと後悔してしまう程に、この今を大切に想ってしまったのだ。

 

 

「ああ、けど、欲張り過ぎたのかしら」

 

 

 神の瞳。万象を見通す天眼に映るは、守護騎士達が少年少女に敗れる姿。

 闇の書がミッドチルダに持ち去られる。これ程の仕込みが全て無駄になるやも知れない状況で、しかし彼女以外の大天魔は動かない。

 

 これはアンナへの踏み絵であるから、彼らは決して動かない。アンナ自身の手で終わらせなければならないのだ。

 

 

「ねぇ、貴女はどう思う? アリサ」

 

 

 問い掛けられた金髪の少女は、即座に言葉を返せなかった。

 

 

 

 アリサ・バニングスは資産家の令嬢であるが故に、多くの習い事をさせられている。

 今日もまた当たり前のように夜遅くまで、スケジュールはびっしりと詰まっていた。

 

 夕方の六時頃、塾を終える。

 その後は家に招かれた、高名な人物より教えを受ける。

 

 そんな予定だったのに、何故だか今日に限っては不安が湧いたのだ。

 違和感と言っても良い。虫の知らせというかのようなそれは、根拠もないままにアリサを突き動かしていた。

 

 この後の予定を無視して、迎えに来た車から飛び出して、当てのないままにアリサは街中を走り回った。

 

 何故だか知らないのだけれど、ここで動かなければもう二度と会えないような気がしたのだ。

 訳も分からず、どうしてかも説明出来ず、追い掛ける家の使用人たちを撒いて探し続けた。

 

 高級な仕立ての服はボロボロになっている。

 追手を撒く為に入り込んだ藪に引っかけて、途中で転んでしまった事で泥に塗れて、それでも立ち止まらずに走り続けて――深夜も遅くになって漸く、この場所に辿り着いたのだった。

 

 

「何よ。それ」

 

 

 アンナの独白。それがまるで理解出来ない。

 一人の魔女の話。哀れにも思う。切なくも思える。憤りだって感じている。

 だがそれが親友の姿と、まるで結び付かない。一致する物か、彼女は自分の友達なのだから。

 

 そんなアリサの様子にくすりと笑みを零すと、アンナの姿がぶれた。

 そうして友達が居たその場所に立つのは、赤い四つの瞳を持った化外の女。

 

 

「っ!?」

 

 

 その姿を知っている。その姿を見知っていた。

 確証はなく、けれどきっとそれは親友であると確信していたその姿。

 

 赤い髪より覗く額の紅玉。白目は黒く。黒目は赤く。死人の如き血の通わぬ肌。

 纏うは袖のない和装。数珠や勾玉で飾ったその姿は、何かに仕える巫女のようにも感じられる。

 

 その女。その天魔。その咒を――

 

 

「天魔・奴奈比売。……と言っても、貴女は分からないんでしょうけど」

 

 

 夜都賀波岐が一柱。天魔・奴奈比売。

 

 名乗りを上げる。真実を告げる。

 これが貴女の知りたがっていた現実であると、威圧感を放ちながらに女は語った。

 

 

「あ……ぐぅ……」

 

 

 その威圧感に飲まれ、アリサは脂汗を浮かべて震える。

 正しく大天魔の気配。それはなのは達が感じていた物と同じもの。

 

 そんな自身を恐れる友の姿に、無理もないかと奴奈比売は笑う。

 

 加減はしている。手は抜いている。

 歪み者でも、魔導士でもない彼女では、大天魔の姿を見ただけでその魂に押し潰されて死んでしまうから。

 

 けれど、加減されてなお、アリサ・バニングスには耐えられない。それが人の限界だ。

 だから、このまま恐れて逃げて行けば良い。そんな風に絆を壊す事を、アンナは寂しそうに選択していた。

 

 その顔が、余りにも寂しそうに見えたから――

 

「な、めんな」

 

「え?」

 

 

 アリサは意地で、その場に立ち上がった。

 震える体を抑えて、恐れる心を捻じ伏せて、脂汗を浮かべたまま笑う。

 

 舐めるなと、ビビる物かと、少女は無理に笑っている。

 怖くて堪らないだろうに、本能は警鐘を鳴らしているのに、それでもこれは友だと感情で叫んでいた。

 

 

「魔女とか、天魔とか、そんなの知るか! 知った事じゃない!!」

 

 

 その姿に驚く奴奈比売に、恐怖を押さえながら震える声でアリサは叫ぶ。

 そんな少女の頭に浮かぶのは、あの大事な事だけは間違えない親友の言葉。

 

  

――生まれも種族の違いも関係ない! 私達の絆だけはそんな物では崩れないって信じている!!

 

 

 そうなのだ。それが全てだ。

 撃ち抜かれるような衝撃を受けたあの時の言葉を思い出せたからこそ、同じように自分も答えるのだ。

 

 

「アンタは友達だ! 私の大切な親友だ!! 私にとってはそれが真実。それだけが真実。この、アリサ・バニングスを甘く見てるんじゃないのよ!!」

 

「…………」

 

 

 ああ、全く、この娘はどれ程に愚かなのか。

 こんなどうしようもない魔女に、友達だと語るなど。

 

 そしてそれ以上に愚かしいのは、そんな言葉に喜びを抱いているこの我か。

 

 

「ほんっと、馬鹿ね」

 

「何よ、馬鹿アンナ」

 

 

 馬鹿にされたと思ったのか、口を尖らせるアリサ。

 その姿に貴女に言ったんじゃないんだけどな、と苦笑して。

 

 

「さ、帰るわよ」

 

 

 金髪の少女が手を伸ばす。その手を取ろうか迷った魔女の手を握り締める。

 震えているのに、今も怖がっているのに、それでも何でもないことのようにその手を確かに握り締めた。

 

 ああ、その対応を好ましく思うからこそ、この絆は壊さなくてはいけないのだ。

 

 どれ程友と絆を作っても、結局最後はこの世界を終わらせる。

 それは天魔・奴奈比売にとっては、絶対の選択だ。

 

 彼への想いと、友との絆。

 それは天秤を揺らさぬ程に、絶対に優先順位が変わることはないのだから。

 

 何れ滅ぶこの世界。仮にそうならぬ選択があったとしても、天魔・奴奈比売がそれを選ぶことはない。

 何れ壊れるこの社会。アンナはそれを壊す側であり、決して守る側になることはあり得ない。

 

 大天魔はもう諦めた。この数億年で諦めた。

 何度期待しても、貴方達は至れなかった。もう自分達も寿命を迎えつつある。

 こうして明確な愚行をしているのは、隠せぬ程に自滅衝動が膨れ上がっているからだ。

 

 人の魂は、どれ程に延命を重ねようと悠久の時には耐えられない。

 どんなに強い意志を持とうが、長く生き続ければ其処に玉傷を抱えていく。

 

 限界を迎えてるのだ。その命が終わりを求めている。

 その自傷の衝動。あらゆる全てに何時かは訪れる自滅の衝動。それを、今の大天魔たちは患っている。

 既に魂が限界を迎えている。最早精神は崩壊しかけている。この現状で大天魔が滅びれば、もう最低限の救いすらも残らない。

 

 時間がないのだ。彼が死ぬか。我らが死ぬか。

 時間がないのだ。他に考える時間も、次を期待する時間も、既に全ては遅きに尽きる。

 

 だから大天魔は諦めた。だから夜都賀波岐は諦めた。

 

 この世の全てが凍り付く。或いは全てが虚無へと消える。

 何時かそうなると知っているなら、それまではせめて安らかに――

 

 唯人が大天魔に関わって良い事などありはしないのだから、力がない人間はもうここで退かないといけないのだから、ここで決定的に絆を壊してしまうとしよう。

 

 

「ねぇ、アリサ」

 

「何よ」

 

 

 触れる。その手に触れる。その手で触れる。

 大天魔が放つ威圧でも折れぬ少女を、完全に圧し折る為に意識に介入する。

 

 見せるのは、嘗てにあった悲劇の形。そして、或いはあり得た未来の形だ。

 

 

「見なさい。これを」

 

 

 瞬間。アリサの瞳に映る衝撃映像。

 彼女の有り様を徹底的なまでに粉砕するショックイメージ。

 

 繋いだ手を介して、魔道によって生み出された幻像は、けれど確かな現実感を伴っていた。

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 廃墟と化したビルの中。陰惨な光景が脳裏に映る。

 薬物。強姦。輪姦。殺人。そんなあり得るかも知れなかった未来を見せられた。

 

 

「あああああああああ」

 

 

 魔女が嗤いながら人を壊す姿を、犠牲者の立場になって追体験させられる。

 体が壊れる。心が壊される。それを嗤いながら見る魔女の姿に、只々精神を凌辱される。

 

 

「あああああああああああああああっ!?」

 

 

 分かる。分かる。分かってしまう。

 

 それは幻覚であれ、確かにアリサに訪れるかも知れない未来の一つ。

 それは偽りであれ、確かに過去のアンナが行っていた事だ。

 

 そんな光景を見せられて、そんな現実感を伴った追体験をさせられて、それでも立ち上がれる程アリサ・バニングスは強くはない。

 目の前の魔女が恐ろしくて、アリサは絶叫しながらその手を離す。そんな思い通りの結果を、何故だか寂しげにアンナは見詰めていた。

 

 

「あっ、私……」

 

 

 手を離した瞬間に幻影は消える。

 記憶に残ることもなくその魔法は消え失せて、トラウマになることもなく忘れ去られる。

 

 だから、そこに残るのは手を離したという事実のみ。

 自分が何をしたのか、分かって戸惑う友達(アリサ)の姿。

 

 それを見詰めて、ただ、ごめんねと思う。

 自分の戯れで、興味本位の御遊びで、こうして無駄に傷付けてしまった少女に詫びた。

 

 自分と関わらなければ、こうして苦しむことはなかっただろう。

 そんな風に自分勝手に完結したまま、寂しげに微笑む魔女は別れの言葉を友へと告げた。

 

 

「バイバイ」

 

 

 落ちていく。埠頭の先から海面へと。アリサを見ながら、背中から海へと落ちていく。

 魔女は自ら壊した絆に、寂しげな笑みを浮かべたままに堕ちて行く。

 

 

「あ、待って……」

 

 

 衝撃に腰を抜かしていたアリサは、何とかその手を彼女へと伸ばそうとする。

 ああ、しかし届かない。伸ばしたその手はもう遅い。

 

 笑みを浮かべたまま魔女は、ドボンと海へと落ちて行った。

 彼女が浮かび上がって来ることはない。もう別れは告げてしまったから。

 

 

「あ、ああ」

 

 

 茫然と、誰も浮かび上がって来ない漆黒の海を見詰める。

 

 

「ああ、あああああっ」

 

 

 手を離してしまった自分が疎ましくて、繋いだままで居られなかった弱さが悲しくて、魔女に見せられた光景が忘れ去った今でも恐ろしくて。

 

 

「ああああああああああああああっ!!」

 

 

 グチャグチャになった思考を纏めることが出来ず、アリサは一人、泣き声を上げ続けた。

 

 

 

 

 

3.

 そして大天魔は目を覚ます。

 

 

「おい! 何やってんだよ、クロノ!!」

 

 

 何時まで経っても転移を開始しないクロノの姿に、苛立ちを抱いたユーノがそう言葉を投げかける。

 そんな切羽詰まったユーノの言葉は、しかし的外れな物だった。

 

 しないのではない。出来ないのだ。

 

 

「違う! 僕はもう万象掌握を使っている!!」

 

「なっ!?」

 

 

 当の昔に発動しているはずの力は、しかし効果を発揮しない。

 クロノは感じ取る。この感覚は、同一系統の能力者。それも格上に妨害された時の物。

 

 だが、クロノを超える空間支配能力の持ち主など、ここにはいるはずもなくて――ならば答えは単純だ。クロノの力を制限できるような存在が、この地にやってきたことに他ならない。

 

 

「なっ!?」

 

「何ぃっ!?」

 

「にゃあああっ!?」

 

 

 突如として湧き上がって来た黒い影。

 それに飲まれて、三人は別の世界へと強制転移させられる。

 

 そう。そこには――泥の底から星を見上げる魔女が居た。

 

 

「さあ、遊びましょう」

 

 

 嗜虐的な笑みを浮かべた少女が立っている。

 年の頃は十代前半程度。死人の様な肌に、赤い四つの瞳で少年少女を見下す和装の女。

 

 

「アンナ、ちゃん?」

 

 

 その姿はまるで違う。

 ああ、だが何故分からないと言えようか、その魂は紛れもなく最初の友人のものであった。

 

 

「天魔・奴奈比売!」

 

 

 その姿を知るクロノが叫ぶ。天魔という言葉が耳に残る。

 ああ、そんなはずはない。あの友達が、あんな恐ろしいモノであるはずがない、と。

 

 だが、そんななのはの懇願など嘲笑うかのように、天魔・奴奈比売は笑みを深める。

 

 

「さあ、壊してあげる」

 

 

 妖艶で嗜虐的で醜悪な表情。

 けれどその中に何処か寂しげな笑みを浮かべて、天魔・奴奈比売はそう宣言するのであった。

 

 

 

 

 




千の瞳はスカさん的には駄作。欠陥品。
娘を犠牲にする割りに神殺しにはあまり関係しない物なので、本当に嫌々作ったイメージ。なので本人も千の瞳は使わず、自家製のサーチャーを使用しています。

最高評議会を通さずにクロノくんにそれを使わせたのは、彼らへの意趣返しも含んでいたりするとかしないとか。


出会いと別れ。甘酸っぱい恋模様。男同士の殴り合い。
青春シーンが多いA's編。そうか、今回は青春劇だったのか(お目々グルグル)


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